「デザイン、マーケティングと社会イノベーション」(九州大学講義)...

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デザイン、マーケティングと社会イノベーション Advocacy for Innovation 〜よりよい社会の設計のために〜 九州大学JASRAC寄附講座講義 マカイラ株式会社代表 藤井宏一郎

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デザイン、マーケティングと社会イノベーション

Advocacy for Innovation

〜よりよい社会の設計のために〜

九州大学JASRAC寄附講座講義

マカイラ株式会社代表 藤井宏一郎

最近、デザイン系・コンサル系の方々や、NPO関係者の間で「デザインで世界を変え

る」「ソーシャルデザイン」「デザイン思考」ということがよく言われます。

一方、PR系や広告系の専門家は、古くから「コミュニケーションデザイン」「ソーシャル

マーケティング」などのコンセプトを提唱してきました。

これらのいわゆるバズワードや専門用語の意味や関係を分析し、分かるようでわから

ない「デザインとコミュニケーションと社会変革」について系統立った見取

り図を提供することが本講義の目的です。

また法制度についても、社会を動かすためのアーキテクチャーの観点から、デザインと

の関係を考えてみたいと思います。

デザインで世界を変える

デザインで世界を変える 住みやすく幸せな世界を作るためには、大きく分けて「人々の能力を変える」「人々の体

験を変える」「人々の行動を変える」の3つの方法があります。どれにおいても「デザイ

ン」の力が用いられます。

「行動を変える」「能力を変える」

クリエイティブな公共広告→ 事故が減る 

Big Boda Bike     → 

運搬能力が上がる

「体験を変える」

ユーザーフレンドリーな市役所

サイト→ 生活が便利になる

人々の能力・体験を変える「発明」

「人々の能力や体験を変える」のは単なる「発明」の場合もあります(蒸気機関の発明

など)。この場合は、物理的な意味での自然科学の原理の応用が「デザイン=設計」の

本質ということになります。

ジェームズ・ワット*の蒸気機関

*正確には、ワットの貢献は発明と

いうより「改良」

普及しないと意味がない

しかし、せっかく「人々の能力を変える」素晴らしい発明でも、世の中に普及しないと、世

界を変えることはできません。

→ 「Qドラム」は、途上国での水の

運搬手段を画期的に変える発明とし

て期待されましたが、製造コストが

高く、途上国の人が購入できない価

格となってしまい、なかなか普及で

きていません。

普及しないと意味がない

カンボジアで鉄分不足による貧血症を直そうと、料理の時に鍋に鉄の板を入れることを

勧めたが、普及しませんでした。現地の文化を調べ、器に入った魚が幸運の印と分

かったので、魚の形をした鉄塊にしたら、一気に普及しました。

技術優位のものが普及するとは限らない

技術は優れていたのに普及に負けた製品の代表例として挙げられることの多い、VHSに負けて市場から消えたベータマックスの場合:

● 録画時間が長かった(スポーツ試合や映画が丸

ごと一本録画できる)

● 販売店が多くて購入しやすかった。

● 部品が少なく低下価格化しやすかった。

● 録画時間の表示がわかりやすかった(VHSは時

間、ベータはフィルムの長さ)

● アダルトビデオの参入を許した

ベータマックスの方が画質はよかったが。。。

VHSの方が

これらはほとんど、製品の

技術とは関係ない話。

人々の真のニーズを捉えき

れていないことが敗因となっ

ている。

こういうのを「マーケティング

に失敗した」ともいう。

「マーケティング」とは

一般的には、こう定義されています。

     

(4Pは作って売る側から見た場合、4 Cは買って使う側から見た場合の言い方 )

「マーケティング」が成功する条件

4P 4C

Product Costomer value 製品が真のニーズを満たすこと

Price Cost コスト的に手がとどくこと

Place Convenience 場所的に手に入れやすいこと

Promotion Communication 分りやすく説得的な説明があること

つまり「世界を変える製品」は、マーケティングの4条件を満たす必要があります。

     

→ これらは技術よりも「人間洞察」が重要になる。技術的に解決できる場合もあるが、

先に「人間洞察」がないと、何の問題を技術で解決すればよいのかも分からない。

     

デザイン思考とは

このように、工業製品などの「デザイナー」は、「マーケティング的=人間洞察的」な発

想を求められます。その際に「デザイナー」がよく使う発想や手法を体系的にまとめたも

のが、いわゆる「デザイン思考」と言われる、課題解決のための思考方法です。

● Step 1) Empathize=共感:ひたすらユーザー(人間)を観察し、共感することによって隠れたニーズを

見つける。

● Step 2) Define=問題定義:隠れたニーズから、技術やデザインなどで解決すべき課題を定義する。

● Step 3) Ideate=創造:ブレインストーミングにより、出来るだけ多くのアイディアを出す ● Step 4) Prototype=プロトタイプ:実際にテスト用の模型などを作ってみる

● Step 5) Test=テスト:ユーザーに使ってもらい、フィードバックをもらう。これを何度も繰り返していく

 (スタンフォード大学デザインスクール「 d.school」の5つのステップの定義より )

提唱者であるIDEOのティム・ブラウンCEOによるデザイン思考の定義:「デザイナーの感性と手法を用いて、人々のニーズ

と技術の力を取り持つこと」

ちなみにデザイナーとマーケターの違い

デザイン思考はもともとアート系・クリエイティブ系の活動から派生したので、デザイン

思考は、創造的・直感的・統合的・右脳的な傾向を持ちます

製品A

家族持ち独身

戸建暮らし

マンション暮らし

製品B

製品C

マーケティングは、左のようなターゲット層を見出し定める過程での市場分析の話が多い傾向がある。デザイン思考は、ターゲットの人物から始めて、深い人間洞察によりその人の抱える課題への技術的解決を求める。(あくまでも傾向として。両者のプロセスは完

全には分離できない。)ターゲット層

これに対してマーケティングは、文字通り市場(マーケット)分析から発展した学問なの

で、どちらかというと分析的・計量的・論理的・左脳的な話になりがちです。

より重要なデザイナーと科学者の違い

デザイナーと同じくらいに創造力と直感力が必要なのが、宇宙の起源などを解き明か

す科学者の仕事。これも「デザイン思考」ということができるでしょうか?

「人間の活動と関係ない」場面で、自然の原理を解き明かすことが仕

事なので、ここでいう「デザイン思考」ではない。No

あくまでも Human-centric Design (人間中心のデザイン)で、技術と人間とビジネスをつなげていく、という発想。

理系人にもアート人文社会の素養が必要に

これが最近の教育などで言われる From STEM to STEAM の流れ 

日本政府も毎次の科学技術基本計画で、科学技術政策における人文社会の視点の重

要性を訴え、RISTEX(社会技術開発センター)を設置したりしています。

もっとも、純粋な科学者はともかく、ビジネスの場面では、理系人であってもデザイン思考

のような「人間との接点」を無視してイノベーションは起こせません。

Science, Technology, Engineering, Math + Art

● 第5期 「経済・社会的な課題への対応」

● 第4期 「社会とともに創り進める政策の実現」

● 第3期 「社会・国民に支持される科学技術」

● 第2期 「科学技術と社会の新しい関係の構築」

我が国が目指すべき国の姿の実現に向けて科学技術の振興を図っていくに当たり、特に、社会との関係を考えて政策を展開していく必要がある。科学技術は社会に受容されてこそ意義を持つものであり、社会が科学技術をどのように捉え、判断し、受容していくかが重要な鍵となる。(第2期基本計画より)

モノや技術だけでなくサービスや制度も

デザイン思考やマーケティングは、モノや技術だけでなく、サービスや制度にも、ユー

ザー中心主義、人間中心主義の視点を取り込みます。

例:IDEOがデザインした学校 InnovaSchool において、IDEOは校舎だけでなく、カリ

キュラムや教授法、不足する英語教師の育成採用方法まで、総合的な システムとし

てデザインを提案しました。https://www.ideo.com/case-study/designing-a-school-system-from-the-ground-up 

次は「人々の行動を変える」方法

ここまでの復習:

次は、マーケティングやデザインによって、より直接に「人々の行動を変える」方法を検討します。

● 世の中をより良く変えるには、人々の「能力を変える」「体験を変える」「行

動を変える」の3つの方法がある。

● モノや技術は人々の「体験」や「能力」を変えうるが、人間中心の視点がな

いと普及せず意味がない。

● このため使われる思考方法が、マーケティングやデザイン思考。

● マーケティングやデザイン思考は、サービスや制度にも応用できる。

何が人々の行動を規定するのか

法(Law) 強制力のあるルール 例)タバコを禁止する法律例)電気の使用量を制限する法律

規範(Norms) 道徳やマナー、文化など

例)禁煙マナー例)節電文化

市場(Market) 経済的その他のインセンティブ

例)タバコ税例)電気料金の値上げ

アーキテクチャ(Architecture)

物理的・技術的な環境 例)自販機でのTASPO設置例)自動的にスイッチが切れるエアコン

ハーバード大学のローレンス・レッシグ教授は、人々の行動は、       「法・規範・

市場・アーキテクチャ」の4要因によって規制されるとします。

以下、大まかにこの枠組みに沿って、行動変革のための各種キャンペーンについて考

えてみます。

ボランタリーな行動変革

● 「規範」 → コミュニケーションによって人々の物の見方や考え、信念       

などを変える

● 「市場」 → 特定の行動へのインセンティブを埋め込んだサービスや        

仕掛けを作る

まず、人々の意識に働きかけ、人々のボランタリーな行動を変革する「規範」と「市場」

について。

法律と、アーキテクチャ(の一部)は強制力を持ち、必ずしもボランタリーな行

動を前提としないので、別に分けて検討します。

デザインやマーケティングの考え方は、このような場合にも活用されて

います。

市場:良い行動を促すビジネスモデル

たとえば、フィリップ・コトラー教授が提唱する「マーケティング3.0」

市場 X 規範:規範を市場の枠組みで考える

同じくコトラー教授の「ソーシャルマーケティング」

に分ける

規範:コミュニケーションで促す

道徳や意識の変革を、広告やPR、イベント、街なかの仕掛けなど、様々なコミュニ

ケーション手段によって促すこともますます活発になっています。

ピンクリボン運動(乳がん啓発) アイスバケツ・チャレンジ(筋萎縮性側索硬化症 (ALS)研究支援)

規範:ソーシャルグッドな広告クリエイティブ

世界最大の広告賞フェスティバルである「カンヌライオンズ」でも、「ソーシャルグッド

系の広告」の割合がどんどん増えています。

LGBTへの偏見排除をうたった Love Has No Labels キャンペーン(カンヌライオンズ 2015より)

アーキテクチャ:強制するものと促すもの

物理的・技術的な制約環境の実装である「アーキテクチャ」は、拘束的な強制力を伴う

ものと、単に心理的に「促す」ものがあります。

強制力伴うもの

呼気判定式アルコール・インターロック

単に促すもの

オフィス内の人的交流を「促す」 ”マグ

ネットスペース”http://www.itoki.jp/company/press/2014/141112_fika.html

注)アルコールインターロックの使用が義務化されていないことは、アーキテクチャ自身の強制力の問題でなく、メタレベルの「法」領域での問題なので、混同しないようにしましょう。

アーキテクチャ:コミュニティデザイン

ランドスケープデザイナーの山崎亮さんが提唱した「コミュニティ・デザイン」は、このよう

な「交流を促す構造建築デザイン」の概念が物理的なデザインの枠を超えて広がったも

のです。

脱線:ソーシャルデザインとは

「ソーシャルデザイン」は最近バズワード化していますが、現状では以上紹介した

複数のタイプの「デザイン X マーケティング=よりよい社会 」的なものが、すべて

「ソーシャルデザイン」と呼ばれています。

● 造形的なデザインの文脈

● ビジネスモデル的なデザインの文脈

● 広告クリエイティブの文脈

● コミュニティデザインの文脈

ここで認知システムの話をします

人が行動を変える場合には以下の2つがあると言われます。

● 置かれた行動環境や目の前の選択条件から、反射的・無意識的に行動する場

合(システム1≒ 周辺ルート*→ ”自動システム”** )● 明確に言語化できるメッセージを意識的に受け入れ、理解・納得の上で合理的

に行動する場合(システム2≒ 中心ルート*→ ”熟慮システム”** )

一般的には、大きな結果を伴い(いわゆる高関与)、選択肢の違いが明白な場合、

人は熟慮システム=中心ルートを作動させ、

それほど大ごとでなく(いわゆる低関与)、選択肢の違いも明白でない場合、自動

システム=周辺ルートで「意思決定の省エネ化」を図ります。

* 精緻化見込みモデル   **後述する書籍 ”Nudge”より

軽くて無害な決定のための「促し」

無意識で直感的な行動選択をしても害がない場合や、カジュアルな行動変革を促

す場合は、自動システム寄りの軽めの広告コミュニケーションや、アーキテクチャー

による「促し」が使われることが多いし、効果的です。

感情や雰囲気に訴えるコミュニケーション 無意識を促すアーキテクチャ

重要な意思決定のための「熟慮」

一方、国民生活を大きく左右する政治的な意思決定(投票など)では、フルに熟慮

システムを働かせなくてはいけません。

検証可能なデータと意識的な言語コミュニケーションが社会の行動選択を基礎づける

べき場面です。 社会変革には、導く行動内容とコミュニケーション手段のマッチングが重要

間違った選択

重大な社会選択に安易に「自動システム」を用いると、国を誤ります。

https://fossbytes.com/canadas-immigration-website-crashes-donald-trump-president-usa/

どういう場合に自動システムは許される?

問題:「やめさせるべき裁判官にXをつける」という最高裁判所裁判官国民審査の用紙

は、アーキテクチャとして不当な誘導ですか?

人間には「現状維持バイアス」があり、何をデフォルトの選択肢とするかによって、まっ

たく異なった選択結果となることがわかっています。

選択アーキテクチャと行動経済学

このように人間が持つさまざまな無意識のバイアス

を、あえて社会システム設計の中に組み込んで、世

の中をよりよくしようという考えが、行動経済学をベー

スに主張されています。

 「リバタリアン・パターナリズム」の立場

シカゴ大学リチャード・セイラー教授ハーバード大学キャス・サンスティーン教授“Nudge: Improving Decisions About Health, Wealth, and Happiness”(題直訳:「促すこと:健康と富と幸せに関する決定を改善するために」)

日本ではなぜかこういう題に。。。

最後に「法」:最上位の規制とメタ構造

「法」は他の3つの制約要素を強制する力を持つ、社会の最上位の制約要素です。ただ

し法を作る言論や言論を作るアーキテクチャとの入れ子構造を持ちます。

「法」

「規範」規範の強制は法そのもの

「市場」経済法により、市場という       

アーキテクチャをデザイン

「アーキテクチャ」規格や標準は    

デザインの法制化(ISOなど)

言論規制法*

ボランタリー

強制

*ネットでは「言論アーキテクチャ」がより問題になるとの考え方も →レッシグ

デザインとしての法システム

民主主義という制度自体が、社会契約に基づく一つの社会システムデザインです。た

だし憲法という最高法規に規定されるため、反復検証によるデザインやマーケティング

が難しい領域です。

また選挙システムも、一つの「選

択アーキテクチャ」です。

近年では、シビックテックやロビイ

ングへの関心の高まり、各国で

の「民主主義の失敗」などによ

り、今後この分野でどのような議

論が行われるのか、興味深いと

ころです。

最後にこの図を眺めながら講義を終えます

Journal of Design and Science に掲載された

“ Krebs Cycle of Creativity “(創造性のクレブス回路)