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- 24 - 黒部五郎岳縦走 八木恭一 これまで北アルプスといえば、後立山連峰、槍・穂高連峰、剱・立山連峰、 乗鞍岳等の比較的アクセスが容易な山域に行ったことはあっても、奥座敷と呼 ばれる黒部川源流域には足を踏み入れたことがなかった。今年息子が2~3人 用のテントを購入し、テント泊での黒部五郎岳縦走に誘われたので、今後の偵 察を兼ねて行くことにした。 9月22日から25日までの3泊4日で21日に富山で前泊をする計画とし た。1日目は富山駅からバスで折立登山口に入り、太郎兵衛平から薬師峠のテ ント場へ。2日目は太郎兵衛平まで戻り、太郎山、北ノ俣岳を経由して黒部五 郎岳からカールを下り黒部五郎小舎テント場へ。3日目は黒部五郎小舎から三 俣蓮華岳、双六小屋、鏡平を経てわさび平のテント場へ。4日目はわさび平か ら新穂高ロープウェイ乗り場まで下り、そこからバスで平湯温泉経由、松本駅 へという計画とした。 出発前の週間予報では1、2日目が雨模様で降水確率が高く、3日目以降は 回復という天気予報であまり芳しくはない。息子からは中止の連絡はなく、今 年は雨ばかりだなと思いながら、21日夕方の北陸新幹線で富山駅に向け出発 した。富山駅には20時40分頃到着し、駅前のコンビニの開店時間と折立行 バス乗り場の位置を確認後、駅から徒歩5分の東横インに泊った。 翌朝、ホテルのロビーで息子と合流して、富山駅前から6:30発折立行の バスに乗り込んだ。雨予報の影響か、バスは比較的空いていた。しかし、後か ら同乗者に聞いた話では、直前まで予約が取れなかったそうだ。バスの中で車 掌が運賃を回収するシステムなので、予約したまま来ない人もいるのかなと思 った。バスは途中でトイレ休憩のため15分程停車し、有峰林道を通って8: 30に折立登山口に到着した。出発準備をしていると雨が降り始め、先が思い やられた。 雨が降る中、樹林帯の急坂を登って行くが、ところどころ道が川のようにな っていた。2時間弱登ったところで、三 角点がある広場に到着し、少し開けてき た。ここから先は少し緩やかになり、ハ イマツと草原で見通しがきくようになり 歩きやすくなった。途中冬毛に変わり始 めた雷鳥に遭遇するうち、13:25に 太郎平小屋に到着した。計画ではここか ら薬師岳方向に20分程の薬師峠のテン ト場でテン泊の予定だったが、本降りの 雨のなか太郎平小屋で素泊まりすることにした。

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黒部五郎岳縦走

八木恭一

これまで北アルプスといえば、後立山連峰、槍・穂高連峰、剱・立山連峰、

乗鞍岳等の比較的アクセスが容易な山域に行ったことはあっても、奥座敷と呼

ばれる黒部川源流域には足を踏み入れたことがなかった。今年息子が2~3人

用のテントを購入し、テント泊での黒部五郎岳縦走に誘われたので、今後の偵

察を兼ねて行くことにした。

9月22日から25日までの3泊4日で21日に富山で前泊をする計画とし

た。1日目は富山駅からバスで折立登山口に入り、太郎兵衛平から薬師峠のテ

ント場へ。2日目は太郎兵衛平まで戻り、太郎山、北ノ俣岳を経由して黒部五

郎岳からカールを下り黒部五郎小舎テント場へ。3日目は黒部五郎小舎から三

俣蓮華岳、双六小屋、鏡平を経てわさび平のテント場へ。4日目はわさび平か

ら新穂高ロープウェイ乗り場まで下り、そこからバスで平湯温泉経由、松本駅

へという計画とした。

出発前の週間予報では1、2日目が雨模様で降水確率が高く、3日目以降は

回復という天気予報であまり芳しくはない。息子からは中止の連絡はなく、今

年は雨ばかりだなと思いながら、21日夕方の北陸新幹線で富山駅に向け出発

した。富山駅には20時40分頃到着し、駅前のコンビニの開店時間と折立行

バス乗り場の位置を確認後、駅から徒歩5分の東横インに泊った。

翌朝、ホテルのロビーで息子と合流して、富山駅前から6:30発折立行の

バスに乗り込んだ。雨予報の影響か、バスは比較的空いていた。しかし、後か

ら同乗者に聞いた話では、直前まで予約が取れなかったそうだ。バスの中で車

掌が運賃を回収するシステムなので、予約したまま来ない人もいるのかなと思

った。バスは途中でトイレ休憩のため15分程停車し、有峰林道を通って8:

30に折立登山口に到着した。出発準備をしていると雨が降り始め、先が思い

やられた。

雨が降る中、樹林帯の急坂を登って行くが、ところどころ道が川のようにな

っていた。2時間弱登ったところで、三

角点がある広場に到着し、少し開けてき

た。ここから先は少し緩やかになり、ハ

イマツと草原で見通しがきくようになり

歩きやすくなった。途中冬毛に変わり始

めた雷鳥に遭遇するうち、13:25に

太郎平小屋に到着した。計画ではここか

ら薬師岳方向に20分程の薬師峠のテン

ト場でテン泊の予定だったが、本降りの

雨のなか太郎平小屋で素泊まりすることにした。

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太郎平小屋の自炊場兼談話室には10名程が自炊していたが、皆テン泊を断

念した方々だった。この中に一応テント場まで様子を見に行った方がいたが、

その方の話によると、5~6張りのテントがあったそうだ。雨にも負けない強

者がいるんだねと感心した。

夜も屋根を雨がたたく音がやまず、翌朝も

本降りの雨で時折激しく降っていた。意を決

して半乾きの雨具を着込んで6:10に出発。

太郎山、北ノ俣岳と登り一旦下る。時折雨足

が激しくなり、北ノ俣岳の稜線では強風にあ

おられた。中俣乗越らしき場所を通過し、黒

部五郎岳への急坂が始まった。激しい雨と強

風で思うように進まず、かなり疲れた。この

日は時には雷雨との予報だったので、ストックを使わずに来たが、背に腹は代

えられずストックの助けを借りる。何とか黒部五郎岳の肩にたどり着いた。ザ

ックをデポして空身で山頂を往復。山頂では雨が激しくなり写真だけ撮って退

散した。

黒部五郎岳の肩からはカールを下る。

少しガスがかかっていたが、目印が明確

だったので迷うことなく下った。カール

を2時間弱程下って行くとガスの中に突

然黒部五郎小舎が現れ、ほっとした。1

3:45到着。小屋ではなく小舎と書い

てあるのが印象的だった。ここもテント

はあきらめ小舎に素泊まりをすることに

した。

三日目はわさび平までこの山行で最も行動時間が長い。そこで、3:00に

起床して5:00に小舎を出発した。天

気予報通りの晴天、星を見ながらヘッド

ランプの明かりを頼りに三俣蓮華岳に向

けて登って行く。振り返ると昨日は全く

見えなかった黒部五郎のカールが現れた。

だんだん明るくなり、やがて黒部五郎岳

と薬師岳に陽が差し始め素晴らしいモル

ゲンロートになった。行く手には三俣蓮

華岳に続く稜線と、右に笠ヶ岳の雄姿が

見え始める。さらに高度を上げていくと

雲ノ平が現れ、さらに鷲羽岳から水晶岳への稜線が見えてきた。

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黒部五郎小舎を出発して2時間半で三俣蓮華岳に達した。残念ながら穂高、

槍方面は雲の中だった。わさび平までの時間を考慮して、三俣蓮華岳からは双

六岳には行かずに中道を通って双六小屋に下った。双六小屋から弓折乗越を越

えて鏡平へ向けて下りにかかる頃、穂高、

槍方面の雲が切れ始め、稜線が見えるよ

うになった。いつも上高地や常念岳側か

ら見ている景色を裏側から見るのは初め

てであり興味深いものがあった。

双六小屋から2時間弱で鏡平に到着し

た。丁度昼時で、山荘に「10食限定手

作りかき揚げ入りうどん」のメニュー書

きを見つけ、さっそく注文、あと残り3食だった。

鏡池に映る槍ヶ岳を観賞した後、小

池新道を下ってわさび平小屋に14時

40分頃到着し、この山行で初めての

テント泊となった。

最終日はわさび平から新穂高ロー

プウェイまで1時間歩くだけだが、こ

の後にもう一つの楽しみが待っている。

新穂高ロープウェイから8:55発

のバスで平湯温泉バスターミナルに移

動。近くの温泉施設「ひらゆの森」(露

天風呂の湯船が7個)でゆっくり入浴し4日分の汗を流した後、館内のレスト

ランで飛騨牛の鉄板焼きの昼食を摂った。その後13:50発のバスで松本に

移動していつもの居酒屋で馬刺しで一杯となった。ひらゆの森レストランでは

トンカツ定食も頼んだので、最終日は

豚肉、牛肉、馬肉の饗宴となった。

息子とは松本で別れ、彼は上田行の

バスに乗り、私は千葉行の特急あずさ

30号に乗り込んだ。この日は松本で

J2の松本山雅と清水エスパルスの試

合があったのだが、あずさには清水エ

スパルスのユニフォームを着たサポー

ターが多数乗車していた。

平成 28 年 11 月 25 日記

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奥日光の山旅

舩木 健

奥日光の山と聞いて先ず思い浮かぶのは白根山だろう。この山(2,578m)より北

にこの標高を超える山はない、北緯37度線以北の雄峰でもあるために。けれども今回目

指した山は白根山の東北方にある温泉ヶ岳(ゆせんがたけ)とこの白根東方にある山王帽

子山(さんのうぼうしやま)であった。

前者に関しては昔(1992年10月)、かつてのIMC会員であった山戸さん・木佐

貫さんと日光沢温泉から根名草山に登り、湯ノ湖へと下った時に、そのすぐ近くを通過し

たことがあった。だが、その時は縦走路から外れて少し戻り気味に登らねばならないこと

もあって終バスに間に合わせるために後ろ髪引かれる思いで立ち寄るのを断念したのであ

った。けれどもその2千m峰への未練は断ちがたく今回ようやく登る決心をするに至った。

後者は日本300名山の1座である太郎山の西方に位置しているが、この山だけに登る

人は余りいない謂わば不遇の山であり、だいぶん前から気になっている山であった。そこ

で、前者と合わせて1泊2日で2座に登る計画を立てた。同行者は毎年1~2回は一緒に

出かける昔からの山の友I君。

10月7日(金)スタートは浅草7時10分発の乗りなれた快速電車だ。東武日光に9

時20分着。この日は3連休直前の金曜日なので駅前には大勢の人が溢れていた。予定し

ていた湯元温泉行バスは満員のため見送って2台目のバスを待つ。幸いにも座席を確保で

きた。天気は上々、絶好の行楽日和だ。1時間25分、車窓風景を楽しんだ後、湯元温泉

には11時20分着。宿に着いて早速軽登山の装備を整えた。元気のいい宿の奥さんの運

転で出発。金精峠登り口のある金精峠トンネル(全長755m)すぐ手前の駐車場まで送

ってもらった。登山者カードに記入してから登りにかかる。思った以上に急坂続きだ。随

所に梯子が掛けられている。要所にはロープも張ってある。12時30分、漸く峠に到着。

ここで昼食。これから登る温泉ヶ岳は目の前にどっしりと構えている。視線を右に転じる

と、眼下手前には湯ノ湖、その向こうに戦場ヶ原と中禅寺湖、その左手には名峰男体山が

聳えている。何とも名状しがたい天然の名画が広がって

いた。

13時、食事を終って登山開始。コースタイムは山頂

まで約1時間の軽いコースだ。昔、山戸さんたちと見送

ったであろう分岐点まで行き左折、頂上まではあとひと

登りであった。標高2,333m。念願の三角点(標石

には御料局三角点と刻まれていた。これは珍しい。初め

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て見た)の頭にタッチ。目を上げると、そこには360度の大展望が。この山頂では我々

のほかに3人パーティが眺望を楽しんでいた。「どちらから?」と訊くと、「群馬県の太

田から」との答え。自分たちは先程根名草山に登ってきて今はその帰りだ、と言う。日帰

り登山と知り、皆さん健脚ですねー、と感心して言った。そこで「実は」と小生は遠慮し

ながら切り出した。「来る時は宿の車に送ってもらったのですが、帰りは金精峠登り口か

ら車道を1時間以上テクテク歩かなければならないので、もしお差支えがなければ、湯元

までお車に乗せて戴けませんか?」と訊いてみた。すると、ドライバーと思われる1人の

男性が「いいですよ」と感じよく請け合ってくれた。「ヤレヤレ助かった」と内心ホッと

した。頂上からの眺望は絶佳、表日光の山々はもちろんのこと、ほぼ北方指呼の間には2

4年前にわれらも3人で登頂した根名草山、その左手西北方には猫の耳を立てたような燧

ヶ岳が望めたのは大きな収穫であった。

14時過ぎ下山開始。下りは5人パーティとなった。前を行く3人の足並みは揃ってい

る。元来た道を忠実に辿り、峠で一息入れた後なお下った。大型の車(スバルレガシ―バ

ンだろうか)に乗せてもらい、15時半過ぎ、無事湯元温泉バス停まで帰着することがで

きた。実にありがたかった。宿に向かって湖畔を歩いていると、そこここに小学生の集団

が。あるグループは全員で写真撮影の最中である。また他のグループは案内人の説明に耳

を傾けている。そうか!彼らは東京近辺から来た小学校6年生で修学旅行に来ているのだ。

かく言う小生も昔、大田区立赤松小学校6年の修学旅行生約100名の1人としてここへ

来て泊ったことがあった。戦後間もない、昭和24年10月中旬のことで、米をはじめさ

まざまな物資はまだまだ不足気味、交通も不便な時代によくもこの遠方まで来られたもの

だなあ、とあの日々を想い出し引率の先生への感謝も新たに暫し感慨に耽ったのであった。

16時前、宿に着き、こんこんと流れ出る硫黄泉に漬った後は部屋出しの夕食だ。先ず

からからに乾いた喉にビールを流し込む。料理の品数は多く、それぞれが美味で、もう言

うことなしであった。

明くる8日(土)、山王帽子山に登る日だ。天気予報では、あいにく朝9時から降雨、

とのつれない宣告。朝食を終え、雨具はすぐ取り出せるように準備した後、宿の車に乗り

込む。6時55分、光徳牧場方向へと出発。太郎山登山口の小さな案内板を見つけて下車。

昨日今日と続けて送ってもらった宿の奥さんにお礼を言って、7時20分歩き始める。山

王峠へ向かっていると、8時前には早くもポツポツ降り始めた。1時間も早いなんて約束

が違うではないかとお天道さまに言っても始まらないが、と思いながら、しかたなく雨具

を着ける。峠までは雨の中、コースタイムをオーバーしながらも登って行けた。

1時間半後に車道(奥鬼怒林道)に飛び出した。が、その先で山道は下り始めた。ハテ

これはおかしい、と思い10分後に引き返すことにする。峠まで戻って道標をよく見ると、

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いま歩いたはっきりした道は切込湖・刈込湖へ行くハイキングコースなのであった。ここ

までのロスタイムは20分強。手ひどい目に遭った。今度は車道を左へ行く。これも違う

ようだ、と思いまた引き返す。右往左往した挙句、少し車道を下った左手に登山口を見つ

けることができた。それにしても、峠にある案内板の何と不親切なことか!これではまる

で山王帽子山へは登るな、と言わんばかりだ。早速森へ入りその先でクマザサをかき分け

ながら進む。雨風はドンドン激しさを増してきた。気が折れそうになるが、折角ここまで

来たのだからもうひと踏ん張り、と思い登りを続けた。

10時50分過ぎ、やっとの思いで山頂(2,077m)に到達。目よりも高い所に山

名表示板があって、間違いなかった。ヤレヤレ、と思った。だが、ひどい吹き降りは一向

に収まる気配はなく、写真撮影どころではない。早々と頂上を後にする。走るように下っ

た。ほどなく先程の車道に出た。ここから先距離は長くなるが、判りやすいので舗装道路

を下ることにする。雨脚も若干弱まったようだ。テクテク歩くこと、1時間強。今朝の登

山口の先のアストリアホテル前に到着。13時43分発のバスを待つ。皮肉にもこのあた

りまで来た時に陽がさし始めた。

今回の山行で紅葉を見るにはまだ少し早かった。が、上記2座の頂上を踏めたことで満

ち足りた気持ちを以て日光を後にすることができた。

つらつら思うに、日光には個性的な山が多い。男体山(一名下野富士、「奥の細道」で

は黒髪山と詠まれてもいる)は堂々とした風貌で中禅寺湖との組み合せはまさしく天然造

化の妙と言えよう。その後方、東から西へと連なるのは女峰山(またの名は女貌山)・小

真名子山・大真名子山・太郎山で、深田久弥はこれら5座を指して「いかにも一家族の山

という気がして面白い」と書いている。それと、中禅寺湖を隔てて男体山と対峙するよう

に立つ山に社山がある。これらのすばらしい山々はいやがうえにも私の登高意欲をかきた

ててきた。過去30数年間でこれらの峰々すべてに足跡を記すことができ、今回一応の終

止符を打てたのは幸せこれにすぐるものはないという心境だ。

蛇足になるが、日光には東照宮や二荒山神社、日光山輪王寺など「日光の社寺」として

世界遺産に登録されている建造物が数多くある。それらをめぐる観光バスも駅前から1日

に44本(11月23日まで)も出ていてとても便利だ。上記の山ともども、正に「日光

を見ずして結構と言うなかれ」なのである。

2016年10月20日 記

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開聞岳と鹿児島の旅

豊岡一夫

IMCに加入して2年目の夏を迎え、クラブ山行計画に意欲的に申し込み満を持していた。しかし、

7月~9月のハイシーズンは天候不順により3大アルプスを含む6つの山行計画が中止となった。さら

に、参加した山行も山頂での眺望ゼロが多く、散々な夏山登山で終わってしまった。そんな折、航空会

社のマイレージ有効期限が切れるとの通知を受け、これを利用してどこか遠くの山に行こうと思いたっ

た。思案の結果、10月中旬に鹿児島の開聞岳と決めた。だが、これも天候に恵まれず3回も予約変更

をしての実現となった。

開聞岳は鹿児島の薩摩半島南端に位置し、海に突き出

た円錐形の優美な姿は「薩摩富士」とも称されている。

また、錦江湾の入口にあることから「海門岳」の異名も

あり、航海の重要な目印であることから海上安全の神と

しても古来より篤く信仰されてきた山である。

10月18日4時50分、鎌取駅から羽田行きのバス

に乗り 6時40分発の便に乗る。途中、無冠雪の富士

山、青々とした南アルプス、雲海に浮かぶ霧島連山を眺

めながら鹿児島空港に降り立った。続いて、高速バスと

電車を乗り継ぎ定刻12時7分に開聞駅に到着した。なんと、そこは駅舎が無く、一息つく間もなくそ

のまま登山口へ向かった。天気は真夏日で蒸し暑く、

開聞岳の頂上には雲がかかっていた。2日間の予備日

を設け、現地の天候をみて判断するつもりで来たが、

電車の中でその日に登ることに決めた。休憩を入れた

コースタイムを往復5時間半とし、12時10分にス

タートすると、帰りの電車が5時34分、日没が5時

45分だからギリギリである。もし予期せぬトラブル

があると間に合わなくなるし危険である。おのずと急

ぎ足となった。

駅から緩い坂道を2㎞弱歩いて2合目登山口に着く。急いだせいか、もう全身が汗でビッショリであ

る。登山道はしばらく鬱蒼とした暗い道が続いたが、高度を上げるにつれ木々の間から青い海が少しず

つ見え光も入ってきて、海洋の島を登っていることを実感した。標識も整備されていて危険な所は無か

った。ただ一人なので慎重に登った。5合目に展望デッ

キがあり長崎鼻や池田湖、大隅半島の山々が見えたが、

水平線は雲がかかり屋久島は望めなかった。徐々に岩が

多くなり大きくなっていく。8合目を過ぎると両手を使

っての岩登りとなった。9合目まで来ると展望が開け、

景色の変化から円錐状の山を螺旋状に登ってきたこと

がよく分かった。朱い鳥居のある枚聞(ひらきき)神社

の奥宮を過ぎるとすぐ山頂だった。途中、十数人の登山

者とすれ違ったが、頂上にはもう誰もいなかった。

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頂上は岩ばかりで狭く、北側は灌木が伸びていてパノラマビューは望めなかった。15分の休憩を取り、

枕崎市に伸びていく海岸線や池田湖の展望をしっかりと目に焼き付けて下山した。4時間10分のあっ

という間の登山であった。時間に余裕ができたため、近くの薩摩一宮である枚聞神社を参拝すると、運

良く神社前から指宿行きのバスがあったので飛び乗った。

初日に目的を達成してしまったので、あと二日間はゆっくりと観光である。19日は電車と路線バス

を乗り継ぎながら指宿を見て周った。先ずは、薩摩今

和泉駅で下りて幕末に徳川家の存続に尽力した天璋院

のゆかりの地を散策した。海辺に立つ篤姫幼少期の「於

一像」や豊玉媛神社、今和泉島津家の墓地などを観て

まわり、当時の面影を偲ぶことができた。そこからバ

スで「イッシー」で知られる池田湖へ行ったが、曇っ

ていて開聞岳の姿は無かった。しかし、次の長崎鼻で

は霞みがかった美しい開聞岳の姿を見ることができた。

前日登ったルートを思い起こしながら眺めた。昼食を

とろうとレストランを探したが無かったので、バスで

指宿駅に行き電車の待ち時間に駅裏の蕎麦屋に入った。蕎麦ができるまでの間に注文したきびなごの刺

身と日本酒がとても旨かった。鹿児島中央駅に着くとすぐに「維新ふるさと館」に行った。明治維新の

原動力となった薩摩藩の功績の偉大さを想うとともに、

宮崎から来ていた小学生たちがノートを手に真剣に見

学する姿に歴史教育の大切さをあらためて感じた。その

夜は、天文館で活魚料理に舌鼓を打ち、昔よく食べたラ

ーメンで締めることができて満足であった。

20日は早朝にホテルを出て西郷隆盛や小松帯刀、島

津斉彬の像などを見て、照国神社を参拝した。その後城

山に登り、久し振りに桜島の雄姿を目の当たりにして感

激した。錦江湾にどっしりと腰を据えた姿はまさに鹿児

島の主でありシンボルである。開聞岳にしても桜島にしても、このような存在感のある山を毎日見て育

ち、生活する人々の郷土への愛着は一層強いものに違いないと思った。次に、西郷隆盛が籠った洞窟や

終焉の地を歩き、鶴丸城跡と黎明館を見学した。最後にもう一度桜島を見たいと思い鹿児島本港まで歩

いて行き、空港行のバス時刻まで桜島を眺めていた。

九州勤務の時に鹿児島には何回も来ていたが、街を

ゆっくり歩いたのは初めてであった。明治維新で活躍

し近代日本を創った英雄たちと、彼らを育みその精神

を醸成した薩摩の風土の一端なりを感じることができ

て有意義であった。こうして、開聞岳登山と鹿児島の

旅は無事に終った。

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20回目の塔ノ岳

舩木 健

今年の夏は家庭の事情(親戚に重篤の病人がいるため)で遠くの山へは出掛けられなかった。

そこで7月1日、わが家から行き易く、しかも登り応えのある塔ノ岳に登ることにした。いつ

もの通り渋沢からバスで大倉へ。

8時45分、歩き始める。昭文社版の標準コースタイム(以下、標準CTと言う)では頂上ま

で3時間30分となっているが、さてどうなるか?今日は単独行なのでマイペースでトコト

コ・コツコツと歩く。神聖な山に対して甚だ失礼ながら、この大倉尾根はまたの名をバカ尾根

と言われるだけあって随分長くて、シンドイコースなのだ。幸い天気はいいので、体調同様気

分も上々である。 時々トレイルランをする若者が走り下りてくるので、しかたなく立ち止まる。

ほんとうは登り優先なのだが、ぶつけられてけがをしたのではモトもコもなくなる。登山道の

脇にはウツギや野バラが咲いていて、うんざりさせられる登路に彩りを添え元気を与えてくれ

る。10時半過ぎ、ほぼ中間地点の駒止茶屋(905m)まで来た。思い起こすと、前回登っ

たのはちょうど5年前の7月であった。その時は長男が一緒だったので比較的速いスピードで

登ったが、今回はゆっくりしたマイペースだ。ところどころに番号の入った道標が立っている。

堀山の家を過ぎて、No.31、32・・・37の立つあたりは急坂の連続だ。もう標準CT

から大幅に遅れてしまった。No.38の花立を過ぎるとピンクのシモツケソウが現れてホッ

とさせてくれる。エゾハルゼミがジーコジーコと鳴くのもこの季節だけの風物詩だ。

結局標準CTより45分ほど余計にかかって13時ちょうどに頂上着。晴れていれば目の前

に富士山の秀麗な姿がド―ンと望めるのだが、あいにくの曇天下でそれは叶わなかった。この

日は週日なので、さほど多くの人は見られず、そこここに10人ほどの人が憩いの時を過して

いた。ゆっくり昼食を摂った後、尊仏山荘へ行き小屋管理の人に、「元来た時とは違う道で最

も早く大倉へ戻るにはどう行ったらいいですか?」と尋ねたところ、「それならば政次郎尾根

がいいですよ」と親切に教えてくれた。

13時30分、下山にかかる。下りは快適だ。しっかりした道を走るように下る。木ノ又小

屋を過ぎると、ほんの少し登りになった。その途端、足がつってしまった。新大日茶屋の前で

暫し休憩。そこに私と同年輩と思われる1人の登山者がいた。一声かけると、彼も足がつった

のだと言う。そこで私はエアサロンパスを取り出して、どうぞ使って下さい、と差し出した。

彼はそれを噴きかけて何とか治ったようだ。よかった。ここから先は2人で政次郎尾根を下ろ

うということになった。旅は道連れ。いろいろと話しているうちに彼は横須賀を今朝車で出て

大倉まで来たことが判った。だらだらと長いこの下り道を彼のスピードに合わたので、標準C

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Tよりはだいぶん時間がかかった。戸沢山荘からは長い林道のテクテク歩きだ。17時45分、

大倉バス停着。ここから彼の車に乗せてもらい秦野の駅前でお礼を言って下車した。この日始

まったOさんとの交流は今も続いている。一期一会ではないが折角できた絆を今後も大事にし

たいな、と考えている。

この日の塔ノ岳登山で頂上を踏むこと20回(明細表は別途作成済)、そこで感じたことを

二三記して終りとしよう。(参考までに、塔ノ岳登頂が何千回という人がいる。それに較べる

と私の通算登頂回数などその足元にも及ばぬ微々たるものだが・・・。)

その1.今回の登りで、標準CT(40歳男性が基準と言われる)通りには歩けず約20%上

回った。その現実にはいささかショックを受けたが、それはやはり真摯に受けとめなければな

らない、と思う。前回長男と登った時は今より速く歩けたのだが、それから5年という歳月が

経過したので、その間の体力の衰えは否定できない。人はいつまでも若くはないのだという貴

重な教訓を得たのであった。

その2.下山路で一緒になったOさんは退職後、シングルを自称する腕前のゴルフをはじめい

ろいろな趣味があったが、やはり今後自分のやりたいのは山だと悟った、と言う。この夏は念

願の槍ヶ岳に登りたい、との熱い思いも語った。私より5歳若い(70歳代前半)が、これか

らあちこちの山に登りたい、と言うやる気満々の男性に会えたことはこの日の大きな収穫であ

った。 2016年8月31日 記

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カナダへの旅

~カナディアンロッキーと紅葉のメープル街道~

荒井 克益

今年の夏山シーズンは天候に恵まれず、7~8月の山行は殆ど計画倒れに終わってしま

った。そんな時に目にしたのが“紅葉のカナダ周遊8日間”の新聞広告だった。気分転換

といつも自由に山行に送り出してくれている妻へのお礼も兼ねてカナダ旅行に行くことに

した。二人とも初めてのカナダである。前半は西部のカナディアンロッキーへ、後半は東

部のメープル街道の紅葉とナイアガラ滝観光などの8日間のツアーだ。

10月 1 日(土)夕刻に成田空港からの直行便で西部のカルガリーへ飛び立った。ツア

ー参加者は何と31名! 紅葉最盛期の人気ツアーとはいえ、旅行中スムーズな移動・行

動ができるのだろうかとちょっと心配がよぎった。もちろん、空港で全員にイヤホンガイ

ドが渡され、機内・車内以外では常に耳に付けるように念押しされた。

9時間半ほどでカルガリー空港に到着。15時間の時差があるのでまだ10/1の午前 11

時前だ。直ぐバスで 2 時間ほどかけてカナディアンロッキー観光の中心地であるバンフの

町に向け北方に移動。バスに乗って間もなく、覆っていたガスも消え薄っすら雪を被った

ロッキーの山々が見え始めた。日本の山とは趣の異なる鋭角的な稜線を持つ山容を眺めて

いると異国に来たことを実感した。到着したバ

ンフの町は 2~3,000m級の山々に囲まれ、標高

1,383mの高地にあるきれいなリゾートタウン

だ。ここで暫しそれぞれ昼食とショッピングを

楽しんだ後、15時過ぎに今夜宿泊するバンフス

プリングスホテルに着いた。このホテルはボウ

川の峡谷を見下ろす山腹の針葉樹の森に壮

観な外容を聳え立たせており、100年以上の

歴史のある古城風ホテルである。その昔、マリ

リンモンロー主演の映画『帰らざる河』のロケーションにも使われて有名になったらしい。

今回このツアーを選んだ主な理由の一つがこのホテルに宿泊してみたいという妻の強い要

望であった。憧れのホテルでの滞在を満喫した翌日はいよいよカナディアンロッキー観光

だ。早朝はさすがに冷え込み空気がピーンと張り詰めたような寒さだ。恐らく氷点下に近

いのだろう。バスでロッキー山脈に沿

うように北上し徐々に高度を上げてい

くに連れ、昨夜降ったであろう雪で周

囲の針葉樹が薄っすら雪化粧し、いっ

そう神秘的な美しさを見せている。

次々に現れる美しい山並みと湖、氷河

と深い森。モレーン湖、ルイーズ湖、

クロウフット氷河、ボウ湖、ペイト

湖・・・。

バンフスプリングスホテル

ルイーズ湖畔にて

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それぞれ雄大なスケールの大パノラマに魅

了されながら、カメラのシャッターを押し続

けた。どんどん北上し続けて最後に行き着い

たのがコロンビア大氷原のアサバスカ氷河。

徐々に縮小してきているとはいえ、最も厚い

部分で 360mもあるという氷河の上を巨大な

雪上車で走りまた自分の足で踏みしめてい

ると、別世界にいるような不思議な感覚を覚

えた。その後今日来た道を南下し、この日宿

泊するルイーズ湖畔のホテルに 18時過ぎにたどり着いた。

3日目はカナダ西部から東部への移動日である。カルガリーから空路約 4時間でモントリ

オールへ。そこからバスで約 2 時間北上し、メープル街道随一の紅葉の名所ローレンシャ

ン高原のホテルに到着したのは深夜 23時過ぎであった。メープル街道とは、北はケベック

州のケベック・シティから、南はオンタリオ州のナイアガラまで、全長約 800kmに及ぶル

ートで、メープル(カエデ)の木が多く群生し秋になると一斉に紅葉することから、日本

では「メープル街道」と呼ばれている。ガイドの話では、英国統治時代に軍艦建造用に針

葉樹の白松(ホワイトウッド)などを伐採し尽したため、残ったカエデやシラカバなどの

広葉樹が繁茂したのだという。われわれが2連泊するホテルはメープル街道の北よりに位

置するローレンシャン高原の奥にある、小さな集落を模したようなトレンブランビレッジ

内の自炊設備付の滞在型ホテルである。冬場はカナダ東部最大のスキーリゾートとなり、

秋には東部の紅葉のメッカともなる場所

で、色鮮やかな屋根のレストランや土産

物店が軒を連ねる。今年の紅葉は例年に

なく美しいという現地情報に胸をときめ

かせながら眠りについた。

4 日目は外のレストランで全員揃って

朝食を摂ったあとは、夕食時間までこの

ビレッジでほぼ一日自由行動である。天

候は晴れ!先ずは小さなゴンドラに乗っ

て、冬はスキーゲレンデになるトレンブ

ラン山に登ることにした。ゴンドラから見下ろす風景はまるで山が真っ赤に燃えているよう

なダイナミックな紅葉だ。山頂から山麓を見下ろすと、真っ赤な紅葉の中に真っ青なトレンブラ

ン湖が横たわり、そこに白い遊覧船が浮かんでいる。パンフレットに載っている写真のようだ。

ゴンドラに乗り合わせた同じツアーのご夫婦と写真を撮り合っていると、下りはゴンドラに乗ら

ずに歩きませんかと誘われた。同年配のそのご夫婦は船橋市在住で、二人とも既に“日本百名山”

登頂を達成し、現在は“関東百名山”に挑戦中だという。山登りの話で盛り上がり、また写真を

撮り合いながら、ゴンドラなら数分間のところを約 1 時間掛けて下山した。実に楽しいひと時

であった。

氷河上でガイドと記念撮影

にて

ローレンシャン高原

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5 日目はメープル街道をバスでモントリオールまで南

下。そこからは大陸横断鉄道でトロントへ、その後最終

目的地のナイアガラまでバスで移動。モントリオールで

は列車出発時刻まで数時間の市内観光だ。最も印象に残

ったのがノートルダム大聖堂だった。1829年に完成した

高さ 77m、幅 41m の大聖堂はネオゴシック様式の最高

峰とも呼ばれ、ブルーにライトアップされた大きな祭壇

やおおきなパイプオルガン、細かい細工のされた柱や天

井の装飾など思わず息を呑んでしまう幻想的なブルーの

世界であった。約 5時間の列車の旅を楽しみながら、ナ

イアガラのホテルにたどり着いたのは、またも深夜の 23

時過ぎであった。

6日目はツアーの実質的な最終日で、目玉の一つナイアガラ滝

観光だ。今日も朝から快晴。ナイアガラ滝はホテルから歩いて 20分ほどの距離にあるのだ

がバスで移動。ナイアガラ滝は五大湖の一つエリー湖からオンタリオ湖に流れるナイアガ

ラ川にあり、カナダ滝とアメリカ滝の 2 つの滝からなる。流れ落ちる水量は世界最大で、

南米のイグアスの滝、アフリカのビクトリアの滝と並んで世界 3 大瀑布に数えられている

らしい。ナイアガラ川はカナダと米国の国境にもなっており、近くのレインボーブリッジ

を渡れば即米国だ。テレビなどでお馴染みのオレンジ色のポンチョを着て滝つぼに近づく

とさすがに迫力満点だ。クルーズ船の中は滝の轟音と様々な言語の歓声で会話もままなら

ないほどの賑やかさで

あった。30分ほどのク

ルーズの後は、川岸に

立つホテルの高層階レ

ストランで昼食。幸い

ナイアガラ滝全体を見

渡せる窓際の席を確保

し、ゆっくりとビール

を飲みながらランチを

楽しんだ。

翌日はトロント空港

から直行便で無事に予定通り帰国した。今回のツアーは期間を通して天候に恵まれ、紅葉

のタイミングもバッチリ、宿泊したホテルも期待以上のレベルで大満足の思い出深い旅に

なった。何といっても妻が大いに喜んでくれたのが最大の成果かな・・・。

平成 28年 12月 記

ノートルダム大聖堂

左:アメリカ滝、右:カナダ滝

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<平成28年総会>

平成28年(2016年)10月22日、総会を会員18名の出席で山中湖「湖と浬」にて開催し、今

期の実績及び来期の計画の確認を行い承認された。また役員全員が再任された。その場で、小田さんの

100名山達成を祝い目録(ピッケル)を贈った。

池田さんの音頭でカンパーイ!

翌朝 富士山をバックに全員で記念撮影

小田さんに百名山達成お祝贈呈

総会風景

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トピックス ~岩村誠之さんが写真展出品~

IMC 会員の岩村誠之さんが、所属する写真サークル“木写会”の写真展(同じ講師が指導する他のサ

ークルと合同)に出品。今回は山行でもおなじみの尾瀬で撮影した、「尾瀬ヶ原の池塘」6点を組写真とし

て2組出品されました。

日程:11月4日(木)~11月9日(水)

時間:10:00~18:00(最終日は17:00)

場所:川崎市高津市民館ギャラリー(マルイデパートの11階)

期間中は、岩村さんも案内役として3日間ほど会場で待機。その時間帯を狙ってIMC会員有志も作品鑑賞と

激励に訪れ、一緒に楽しい時間を過ごしました。

2016.12 荒井 記

講演風景

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トピックス ~池田鎮雄さんが講演~

IMC 会員の池田鎮雄さん(柏市在住)が12月10日(土)、市原市青葉台の青葉大学(*)で講演を

行った。当日は団地内自治会館で満席の70名を超える聴講者を前に“タンカー船長から見た南シナ海

問題”と題し、約2時間、スライドを使って講演を行った。

池田さんの長年の乗船経験をもとに、日章丸・イラン石油事件や最近の南シナ海問題などにも触れな

がら、日本の石油輸送のシーレーンやその重要性などを熱く語った。当日は話題の映画“海賊とよばれ

た男”の封切日ということもあり、聴講者も強い関心を持って聞き入っていた。

講演後の池田さんの話では、1年ほど前に青葉台在住で IMC会友の高田さんに講演を依頼され、それ

から資料・情報収集、整理、スライド作成等を行いながら、会場にも2回訪問し打ち合わせを行うなど

大変ご苦労されたようです。

2016.12 荒井 記

(*)青葉大学とは

平成4年に青葉台団地内に自治会館が完成したのを機に、地域有志により企画・運営されている雑学

講座。以来1回/月の講座を積み重ね、今回の講演会が294回目の講座。なお、青葉台には現在6名

の IMC会員・会友がおります。

講演会ポスター 講演風景

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NO. 期日 行き先 リーダー コース概要 程度 歩行時間 宿泊 締め切り 費用概算 留意事項

(曜日) (標高) 日時 場所

1 1/5(木) 高尾山(599m) 小沼東京駅→高尾駅→相模湖駅→桂橋→やまゆり園→大垂水峠→分岐→もみじ山→高尾山→稲荷山コース→高尾山口駅

一般向き

5:00 -12月25日(木)(一次締切)

1月5日(木)9: 30

JR中央線相模湖駅

6,200東京駅起点

懇親会会場予約のため締切を早めています

2 1/24(火) 富山(349m) 八木(恭)千葉駅→岩井駅→宮谷口バス停(福満寺)→富山南峰→富山北峰→伏姫籠窟→富山中学校→岩井駅→保田駅→ばんや→保田駅→千葉駅

一般向き

3:00 - 1月22日(日)1月24日(火)

9: 40JR内房線保田駅前

6,000千葉駅起点

3 2/5(日) 高川山(976m) 長谷川新宿駅→初狩駅→シイタケ栽培場→男坂女坂分岐→女坂合流→高川山→田野倉・禾生分岐→中谷→田野倉駅→大月駅→新宿駅

一般向き

3:30 -2月4日(土)

18:002月5日(日)

9: 40JR中央本線

初狩駅5,500

新宿駅起点

42/18(土)〜2/19(日)

北八ヶ岳 小田

1日目:新宿駅→茅野駅→北八ヶ岳ロープウェイ山麓駅→山頂駅→雨池峠→縞枯山→茶臼山→大石峠→麦草ヒュッテ(泊)2日目:麦草ヒュッテ→出逢ノ辻→五辻→山頂駅→北横岳ヒュッテ→北横岳山頂→山頂駅→山麓駅→茅野駅→新宿駅

一般向き

1日目3:30

2日目6:00

麦草ヒュッテ 1月27日(金)2月18日(土)

10: 00JR中央本線

茅野駅バス乗り場27,420

新宿駅起点

宿泊先予約のため締切を早めています

5 2/23(木) 四阿屋山(772m) 結城西武池袋駅→西武秩父駅→薬師堂→観景亭→両神神社奥社→四阿屋山(昼食)→福寿草園→薬師の湯→西武秩父駅→西武池袋駅

やや健脚

3:00 - 2月16日(木)2月23日(木)

9:10西武秩父駅

駅前ロータリー7,100

池袋駅起点

6 3/4(土) 大霧山(767m) 小川東武池袋駅→小川町駅→橋場バス停→粥新田峠→大霧山(昼食)→旧定峰峠→定峰峠→白石車庫バス停→小川町駅→東武池袋駅

一般向き

3:00 - 3月1日(水)3月4日(土)

9: 00

東武東上線orJR八高線

小川町駅バス停

4,800池袋駅起点

7 3/17(金) 大野山(1,793m) 岩村

小田急新宿駅→新松田駅→JR松田駅→JR谷峨駅→登山道入口→頼朝桜→大野山(昼食)→犬くびり→旧共和小学校→大野山入口→JR山北駅→JR松田駅→新松田駅→小田急新宿駅

一般向き 4:30

- 3月15日(水)3月17日(金)

9:10JR御殿場線

谷峨駅5,280

新宿駅起点

8 3/31(金) 御前山(1,405m) 川嵜

立川駅→青梅駅→奥多摩駅→奥多摩湖→サス沢山→惣岳山→御前山(昼食)→避難小屋→栃寄大滝→境橋バス停→奥多摩駅→もえぎの湯→奥多摩駅→青梅駅→立川駅

やや健脚

6:00 - 3月29日(水)3月31日(金)

9: 25

JR青梅線奥多摩駅2番バス

5,000新宿駅起点

集 合

平成29年第一期山行計画概要平成28年11月15日

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H28.7.18 以東岳山頂にてH28.7.18 以東岳山頂にて

H28.7.19 大朝日小屋にて

H28.7.23 中門岳にて

H28.7.31 苗場山頂上にて

H28.7.24 燧ヶ岳(俎嵓)頂上にて

山行写真(1/9)

H28.7.31 斑尾山山頂にて

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H28.8.6 白馬岳山頂にて

山行写真(2/9)

H28.8.1 笠ヶ岳山頂にて

H28.8.8 尾瀬沼からの燧ヶ岳

H28.8.8 燧ケ岳俎嵓山頂にて

H28.8.7 悪沢岳山頂にて H28.8.8 聖岳山頂にて

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山行写真(3/9)

H28.9.2 不帰ノ嶮にてH28.8.29 森吉山山頂にて

H28.9.3 槍沢からの槍ヶ岳

H28.9.3 槍ヶ岳山頂にて

H28.8.20 西穂高岳山頂にて H28.8.25 火打山山頂にて

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H28.10.2 於茂登岳山頂にてH28.10.2 燧ケ岳山頂にて

H28.9.24 釈迦岳山頂にて H28.9.27 御嶽山石室山荘前にて

H28.9.3 浅間隠山山頂にて

H28.9.24 三俣蓮華岳山頂にて

山行写真(4/9)

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山行写真(5/9)

H28.10.2 桧枝岐小屋にて

H28.10.11 摩利支天山山頂にて

H28.10.12 大菩薩峠にて

H28.10.16 三本槍岳山頂にて

H28.10.15 経ヶ嶽山頂にて

H28.10.2 尾瀬三条の滝にて

-48-

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山行写真(6/9)

H28.10.18 開聞岳山頂にて

H28.10.23「湖と浬」の前でH28.10.22 石割山山頂にて

H28.10.19 赤岳山頂にて

H28.10.23 王岳山頂にてH28.10.23 富士山奥庭・御中道にて

-49-

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山行写真(7/9)

H28.11.5 コヤシロ山山頂からの富士山

H28.11.12 英彦山山頂にて

H28.11.1 搭ノ岳山頂にて

H28.10.30 晩秋の尾瀬ヶ原 H28.11.4 黒桧山山頂にて

H28.11.1 蛭ヶ岳からのダイヤモンド富士

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山行写真(8/9)

H28.11.12 仏果山山頂にて

H28.11.14 破風山山頂にて

H28.11.20 仏舎利搭の前にてH28.11.26 鹿倉山山頂にて

H28.11.20 日光白根山山頂にてH28.11.19 那須茶臼岳山頂にて

-51-

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山行写真(9/9)

H28.12.3 御坂黒岳山頂にて H28.12.18 湯の丸山山頂にて

H28.12.21 大山山頂にて

H28.12.21 弘法の里湯にて忘年会H28.12.18 筑波山山頂にて

H28.12.21 大山富士見台からの富士山

-52-

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No. 氏 名 住 所 備 考 No. 氏 名 住 所 備 考

1 和田 義信 横浜市 会友 26 矢作 良平 袖ヶ浦市

2 成住 俊二     千葉市 初代会長、会友 27 田中 哲 杉並区 会計

3 緒方 淳夫 市原市 会友 28 大賀 進 川崎市

4 高田 順甫 市原市 4代会長、会友 29 杉山 修二 船橋市 会長

5 瀬尾一太郎 江戸川区 2代会長 30 海堀 進 横浜市 副会長・企画

6 山戸 昌 守谷市 3代会長、会友 31 結城 勝也 松戸市 総務

7 舩木 健 横浜市 32 荒井 克益 市原市 広報

8 春田 義彦 太宰府 会友 33 川嵜 健次 調布市 総務

9 塚原 恒夫 川崎市 34 小田 憲和 千葉市 企画

10 長谷川 徹 町田市 7代会長、監事 35 細川 強 さいたま市

11 吉永 次広 鳩ヶ谷市 会友 36 小川 啓夫 横浜市

12 池田 鎮雄 柏市 37 八木 恭一 市原市 企画

13 村重 高男 市原市 会友 38 佐藤 幸博 横浜市 総務

14 松尾憲之助 佐倉市 5代会長、会友 39 八木智恵子 横浜市

15 三木 雅雄 目黒区 40 鈴木 憲 木更津市 広報

16 豊田 治 周南市 会友 41 原 恵三 品川区

17 小沼 英夫 国分寺市 42 石塚 雄二 千葉市 広報

18 西川 幸男 江戸川区 43 石井 昭介 高崎市

19 岩村 誠之 練馬区 顧問 44 菅 謙三 市原市

20 佐藤 博 横浜市 6代会長 45 豊岡 一夫 市原市

21 大川 佳伸 港区   46 西殿 芳人 横浜市

22 佐藤 英樹 木更津市 会友 47 児玉 正宏 市原市

23 高橋 傳 さいたま市   48 安間 香録 市原市

24 住吉 龍教 葛飾区 副会長・事務局 49 寺本 正志 市原市

25 矢作 良平 袖ヶ浦市

(異動) *9月27日 会友 天ケ瀬昇さんが逝去されました ご冥福をお祈りいたします   *平成28年下期退会者 :千葉正夫さん、 お世話になりました!

(注)個人情報保護のため電話番号・メールアドレスは掲載しません。必要であればIMCホームページの会員紹介のページでご確認下さい。

      IMC会員・会友一覧  (平成28年12月末、会員:38名、会友:11名)

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編集後記

1)山行実績

平成28年下期の山行実施報告は46件(クラブ11&自主35)で、クラブ山行につ

いては夏場から秋口にかけての悪天候により6件が中止になったため、例年に比べ低調で

あった。一方、自主山行については、HPに実施報告書が登録されたもの、One Driveに写

真がアップされたもの、あるいは会報に紀行文が投稿されたものを山行実施報告一覧表に

リストアップしましたが、例年以上の件数を登録いただきました。なお、クラブ山行のリ

ーダーは山行実施後遅滞なく(1 週間以内目途)実施報告を HP に登録お願いします。

2)会員・会友異動

下期には会友の天ケ瀬昇さんが逝去されました。また千葉正夫さんが退会され、12月

末時点で会員38名、会友11名、合計49名です。会員の平均年齢はほぼ71.8歳、

会友は81.5歳で、一層高齢化が進んでいます。引き続き入会勧誘も心掛けたいもので

す。

3)遭難事故防止への備え

警察庁の統計によれば、

〇平成28年夏期における山岳遭難は、 発生件数660 件( 前年対比+ 13件)遭難

者753 人( 前年対比-29 人)で、発生件数は統計の残る昭和43 年以降で最も多

く、また遭難者の60歳以上が全遭難者の46.7%と増加傾向です。(P5グラフ参照)

〇平成28年から29年にかけての年末年始(12/29~1/3)の山岳遭難が49件の

56人に上り、うち11人が死亡、2人が行方不明。遭難件数、人数ともに統計の残る平

成15年以降で最多。 (P9グラフ参照)

杉山会長の年頭所感にも述べられていますが、自分の技術、体力に見合った山行を選定

され多くの山行を堪能しましょう。

4)投稿等お願い

〇今回も多くの投稿を寄せていただきありがとうございます。山行等の印象を綴ったり、

写真をスライドショーにまとめたりすることにより、思い出がより鮮明になり永く記憶に

残ります。より多くの皆さんの投稿をお待ちします。

〇山行以外にもいろいろな分野で活発に活動されている会員・会友の方

もおられます。面白いイベントやトピックスがありましたら、是非ご紹

介ください。 (文責 荒井)