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724 IEEJ Journal, Vol.138 No.11, 2018 © 2018 The Institute of Electrical Engineers of Japan. 門はポッポみちとは全く異なる場所に あり,国立駅からポッポみちを経由す ると遠回りとなる。正門に正対するひ かりプラザには図4 に示す新幹線試 験電車 951 形が展示されている。 鉄道総研の前身の一つである旧国 鉄・鉄道技術研究所は,1964 年に 東京~新大阪間が開業した東海道新幹 線の研究開発において中心的役割を 担った。951 形は,山陽新幹線の岡 山開業前に速度向上試験を行うために 製作された車両であり,当時の最高速 度記録 286 km/h を樹立している。 また,さらなる高速鉄道として旧鉄道 技術研究所のころから,図5 のよう な超電導リニアモータカーの研究開発 を行っている。最近では環境を意識し た蓄電池を搭載したハイブリッド車 や,燃料電池車の研究開発が知られる ところである。 2.鉄道総合技術研究所 鉄道総研は,我が国で初めて鉄道技 術の研究を行う国家機関として創設さ れた帝国鉄道庁鉄道調査所をその発祥 とする。1942 年に鉄道技術研究所 と改称し,1949 年に公共企業体日 本国有鉄道の設立に伴い国鉄本社の研 究所となり,東海道新幹線の着工式が 行われた 1959 年に現在の所在地で ある国分寺市に移転した。1986 年 に現在の財団法人鉄道総合技術研究所 が設立され,1987 年の国鉄分割民 営化により,鉄道技術研究所,鉄道労 1.はじめに JR 中央線国立駅北口から西に少し 歩くと, 図1 のように緩やかな右カー ブの上にわずかばかりの長さの線路が 敷かれた道があった。看板を見ると ポッポみちというそうだ。しばらく歩 くとこの道は柵により打ち切られ,柵 の内側には図2 のように線路が敷か れていた。この先は何か大切な研究の 施設のようだ。 この施設は(公財)鉄道総合技術研 究所(鉄道総研)である。かつては ポッポみちに線路が敷かれ鉄道総研と 国立駅が接続されており,試験車両の 搬出入がこの線路を通して行われてい たそうだ。図3 に示す鉄道総研の正 取材三好正太 〈文〉 ・米田琢見・武田広大・大西亘(東京大学) 協力/ (公財)鉄道総合技術研究所 鉄道の明日を拓く ~公益財団法人鉄道総合技術研究所~ 図 1 ポッポみち 図 3 鉄道総合技術研究所正門 図 2 鉄道総合技術研究所引込線跡 図 4 ひかりプラザに保存されている新 幹線試験電車 951 形 図 5 リニアモータカー試験車たち。左か ら ML 500,ML 100,MLX 01。

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724 IEEJ Journal, Vol.138 No.11, 2018© 2018 The Institute of Electrical Engineers of Japan.

門はポッポみちとは全く異なる場所にあり,国立駅からポッポみちを経由すると遠回りとなる。正門に正対するひかりプラザには図4に示す新幹線試験電車951形が展示されている。 鉄道総研の前身の一つである旧国鉄・鉄道技術研究所は,1964 年に東京~新大阪間が開業した東海道新幹線の研究開発において中心的役割を担った。951形は,山陽新幹線の岡山開業前に速度向上試験を行うために製作された車両であり,当時の最高速度記録286 km/h を樹立している。また,さらなる高速鉄道として旧鉄道技術研究所のころから,図 5のような超電導リニアモータカーの研究開発を行っている。最近では環境を意識した蓄電池を搭載したハイブリッド車や,燃料電池車の研究開発が知られるところである。

2.鉄道総合技術研究所

 鉄道総研は,我が国で初めて鉄道技術の研究を行う国家機関として創設された帝国鉄道庁鉄道調査所をその発祥とする。1942 年に鉄道技術研究所と改称し,1949 年に公共企業体日本国有鉄道の設立に伴い国鉄本社の研究所となり,東海道新幹線の着工式が行われた1959年に現在の所在地である国分寺市に移転した。1986 年に現在の財団法人鉄道総合技術研究所が設立され,1987 年の国鉄分割民営化により,鉄道技術研究所,鉄道労

1.はじめに

 JR中央線国立駅北口から西に少し歩くと,図1のように緩やかな右カーブの上にわずかばかりの長さの線路が敷かれた道があった。看板を見るとポッポみちというそうだ。しばらく歩くとこの道は柵により打ち切られ,柵の内側には図2のように線路が敷かれていた。この先は何か大切な研究の施設のようだ。 この施設は(公財)鉄道総合技術研

究所(鉄道総研)である。かつてはポッポみちに線路が敷かれ鉄道総研と国立駅が接続されており,試験車両の搬出入がこの線路を通して行われていたそうだ。図 3に示す鉄道総研の正

取材/三好正太〈文〉・米田琢見・武田広大・大西亘(東京大学)協力/(公財)鉄道総合技術研究所

鉄道の明日を拓く~公益財団法人鉄道総合技術研究所~

図 1 ポッポみち

図 3 鉄道総合技術研究所正門

図 2 鉄道総合技術研究所引込線跡

図 4  ひかりプラザに保存されている新幹線試験電車 951形

図 5  リニアモータカー試験車たち。左からML─500,ML─100,MLX─01。

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725電学誌,138 巻 11号,2018 年

働科学研究所などの国鉄の研究開発部門を継承し,現在に至る。 鉄道総研は車両,構造物,電力設備,人間など鉄道に関係するあらゆる主体を研究の対象とするために13の研究部・研究センターを持ち,各研究部,研究センターが専門性を活かして将来の鉄道を拓く技術の研究開発を行っている。研究拠点は東京都国分寺市の国立研究所を始めとして,滋賀県米原市に風洞技術センター,新潟県南魚沼市に塩沢雪害防止実験所,新潟県村上市に勝木塩害実験所,東京都日野市に日野土木実験所があり,各地区の特性を活かした研究,フィールド実験が行われている。鉄道総研は,2015 年度から基本計画RESEARCH 2020として,革新的な技術の創出を目指して五つの基本方針① 鉄道のイノベーションを目指すダイナミックな研究開発の実施

② 総合力を発揮した高い品質の研究成果の創出

③技術的良識に基づく信頼される活動④ 鉄道の海外展開への支援と国際的プレゼンスの向上

⑤生きがいを持てる働きやすい環境作りと,四つの研究開発の方向①安全性の向上②低コスト化③環境との調和④利便性の向上さらに,三つの研究開発の柱①鉄道の将来に向けた研究開発②実用的な技術開発③鉄道の基礎研究を定め,革新的な技術を創造し,鉄道の発展と豊かな社会の実現に貢献することを目指している。 加えて,我が国を代表する鉄道研究機関として,海外の鉄道事業者,研究機関,大学との共同研究や鉄道分野の国際規格の審議対応等,世界の技術をリードする国際活動に積極的に取り組

んでいる。

3.電力技術研究部の取り組み

 鉄道の明日を拓くべく鉄道技術の幅広い分野を研究している鉄道総研において,我々は研究部の一つである電力技術研究部を取材させていただいた。 電力技術研究部は走行する車両に電力を供給するための設備を研究しており,き電,集電管理,電車線構造の3研究室で構成される。き電とは,漢字で書けば饋電であり,「饋」は与えることを意味し,つまり車両に電気を供給することを意味する語である。電車線とは,架線あるいは第三軌条の総称であり,車両の集電装置と直接触れることで給電を行う地上の設備である。 電力技術研究部の掲げる現在の目標は「省エネルギー・省メンテナンスで安定した電力設備の実現に貢献」することであり,き電研究室ではき電回路の解析とき電設備の省エネルギー化手法の提案が,集電管理研究室では電車線の効率的なメンテナンス手法の提案が,電車線構造研究室では新しい電車線の開発が,現在の研究開発の主題となっている。 電力技術研究部に限らず,鉄道総研における研究開発では低コスト化が大きな課題となっている。電力技術研究部では,特にメンテナンスの低コスト化が課題である。その背景には,電力設備のメンテナンスが主として夜間の保守間合いに停電を行い,短い作業時間帯に作業員を集中的に投入することによって実施されているが,労働力の確保が困難になりつつある中で保守作業のさらなる効率化,自動化が強く要請されている,という事情がある。さらに,メンテナンスの省力化を進めつつも安全を担保するために,次のような研究開発を行っている。電力設備事故を抑制する方針として,まず,事故を進行段階別に分割する。そして,事故の各段階に対し,次の段階への進行

を防ぐ方策を確立することにより,より安全性の高い設備の実現,監視技術の向上,確実な保全作業の支援を行う。 省メンテナンスとならび主題に掲げられている省エネルギー化については,地上設備,車両,運転の総合的な取り組みにより,消費エネルギーの10%削減を目標に掲げている。運転操作の最適化,車両,地上設備等の総合的な省エネルギー化手法の研究開発のために,列車運行電力シミュレータの開発を行い,これを利用して電力設備,車両の動作ならびに運転パターンを計算する。これにより,さまざまな省エネルギー化手法の効果の予測,評価を可能としている。また,き電設備による省エネルギー化方策として,超電導き電ケーブルや超電導磁気軸受フライホイールを用いた電力貯蔵装置,き電電圧制御のための高機能整流器の研究開発を行っている。

4.電力技術研究部の施設見学

 本取材では,電力技術研究部の集電試験装置,低圧大電流試験装置,超電導き電ケーブル,電車線非接触測定装置を見学させていただいた。それぞれの装置の概要,研究状況を紹介する。4.1 集電試験装置(1)

 集電試験装置を図 6に示す。図中左にある小屋が操作室であり,走行台車の制御ならびに測定データの集約を行う。桃色の配管の後ろが走行路である。全長 500 m の走行路のうち,起点方の240 mが加速区間であり,旧鉄道技術研究所が開発した,リニア直流機の一種であるリニアサイリスタモータにより加速を行う。続く 70 m が定速区間であり,台車は惰性走行し,この区間で電車線や集電装置の試験を行う。さらに続く 190 m が減速区間であり,渦電流ブレーキにより減速する。走行台車は最高速度200 km/h で走行可能であり,架線やパンタグラフに変位計やひずみゲー

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ジ等各種センサを取り付け,パンタグラフ押上量や架線・パンタグラフ間の接触力や離線率,架線やパンタグラフの加速度などの集電の安定性にかかわる項目を測定する。 新幹線用の集電装置については低騒音化が主要な課題となっており,高速域における集電性能向上と低騒音化を両立させるため,パンタグラフのアク

ティブ制御の研究が行われているほか,省メンテナンスや高速集電を目的として,剛体架線や第三軌条を含む新たな電車線を開発するための試験が行われている。4.2 低圧大電流試験装置(2)

 低圧大電流試験装置は,低電圧大電流の直流を発生する装置であり,交流6,600 V を入力し降圧,整流するこ

とで最大出力電圧20 V,最大出力電流10,000 A を発生させる。装置は制御盤,変圧器,誘導電圧調整器,整流器からなり,誘導電圧調整器により出力電流値を自由に設定できる。 本取材では,図7のように空 により絶縁された2本のレールの間に電位差を加えるとき,車輪を模した導体により両者が短絡される瞬間にアーク放電を生じる実験を見学させていただいた。 この実験で模擬しようとしている実際の鉄道で起こる状況を説明する。都市鉄道では一般に直流電化が行われている。レールは車両駆動電流の帰線の役目を持つが,このほかに,レールに微弱な信号電流を流し,車輪がレールを短絡することで車両を検知する軌道回路と呼ばれるシステムが設置されている。信号の閉塞区間の境界には,き電回路を分割する機器であるインピーダンスボンドが,図 8のようにレールの継ぎ目に接続されている。通常,レールの継ぎ目における電位差はほぼ0であるが,上下線間の渡り線等ではレール間に電位差が生じることがあり,ここを車輪が通過する際に電位差による電流が流れ,実験と同じ状況が発生して,アーク放電が生じることがある。この例のように,電車線と集電装置との間やレールの継ぎ目においてアーク放電が繰り返し発生すると,最悪の場合には電車線やレールが溶断する事故が発生し,長時間の輸送障害の原因となる。そこで,このようなアーク放電に伴う電車線,レールの溶断現象の発生メカニズムや対策を検証するため低圧大電流試験装置を使用した実験が行われている。4.3 超電導き電ケーブル(3)

 超電導き電ケーブルはき電線に超電導材料を用いることで送電の損失を低減し,省エネルギー化,き電線における電圧降下の軽減,変電所数の削減を図ることを目的として開発された。き

図 6 集電試験装置。左の小屋が操作室であり,桃色の配管の後ろが走行路である。

図 7  低圧大電流試験装置。左側,柱の手前にある装置が本体であり,2つの絶縁されたレールの間に 12 V の電位差を加えている。レールをなぞる導体により両者を短絡すると数千Aの電流が流れ,その瞬間にアーク放電を生じる。

図 8  インピーダンスボンド。左図上方枠で囲まれた部分が本体であり,配線がレールに接続されている。右図はレールの継ぎ目であり,通常はレールボンドと呼ばれる導体により電気的に接続するが,軌道回路の切れ目ではインピーダンスボンドが設置され,レールの継ぎ目部に絶縁体を挟んでレール間を絶縁する。

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電線となる超電導体の周囲を冷却用の液体窒素で満たすことにより,き電線を超電導状態に保つ。送電損失の低減による省エネルギー効果とケーブルの冷却に要する冷凍機の消費電力増加が相反関係にある。 現在は長さ 300 m の超電導き電ケーブルが図9のように所内に敷設され,通電,電車走行試験が行われている。4.4 電車線非接触測定装置(4)

 電車線非接触測定装置は図10のような装置であり,線状に撮像素子を並べたラインカメラとレーザ光の反射を利用した測域センサを使用し,電車線を構成するトロリ線,ちょう架線の高さ,左右偏位(左右方向位置)や電車線を支持する金具の状態を計測する。電車線のメンテナンスは安定した集電,ひいては鉄道の安定運行のために必須である。そこで,補修作業を要する箇所を特定する作業が重要である

が,現状では多くの人手がかかる徒歩巡回や近接検査により電車線の外観検査が行われており,その省力化が求められている。 電車線非接触測定装置は,左右 2台のラインカメラによるステレオ計測(三角測量)とレーザ光を用いた測域センサによる測距とを組み合わせることにより,効率よく,なおかつ精度よく,電車線の位置を計測するとともに,支持金具の状態を観測する。車載用のため,ジャイロセンサを搭載して車両のロール角を測定することで,車両の揺動による計測距離の乱れを補正する。ラインカメラは太陽の向きによっては強い逆光となるため,発光強度の高い LED光源を備える。 図11に示すラインカメラによる観測結果を見ると,架線と支持金具が記録されていることが分かる。観測された架線の細かい波打ちは揺動の影響を補正していない生データを表示しているためである。 測定装置の性能については,速度130 km/h の在来線における昼夜の測定が可能となっており,360 km/h 程度の新幹線においても測定を可能にすることが目標となっている。現在,測定結果を解析することにより,電車線の位置測定,ならびに金具類の検出が可能である。得られた金具の画像からその良否を判定する信頼度を上げることが課題となっている。

5.おわりに

 今回の取材を通して,電気鉄道に不可欠な電力技術の最前線を知ることができた。放電現象,送変電技術,モーションコントロール等,さまざまな分野の専門力と総合力がよく発揮される場であった。研究目標として省エネルギーと省メンテナンスが強調されているように,社会の要求に対応し,持続可能な鉄道を目指す研究開発が重視されており,正に必要は発明の母との感想を持った。その一方,低圧大電流試験装置によるレールや電車線における放電現象の解明等,基礎研究も盛んであり,鉄道技術の奥深さを感じた。そして,現在ある技術,知見の応用に留まらず将来を見据えた研究を行える点に鉄道総研の活力を感じられた。 最後に,今回の取材を快諾いただいた上,各種の実験装置の説明を,実演を交え丁寧にご説明くださった鉄道総合技術研究所電力技術研究部の皆様に深く感謝する。 文 献 (1) (公財)鉄道総研 集電試験装置研究開発 https://www.rtri.or.jp/rd/division/rd

44/rd4430/rd44300201.html(2) (公財)鉄道総研 直流低圧大電流試験

装置研究開発 https://www.rtri.or.jp/rd/division/rd

44/rd4410/rd44100202.html(3) (公財)鉄道総研 鉄道用超電導ケーブ

ルシステムの開発研究開発 https://www.rtri.or.jp/rd/division/rd

49/rd4940/rd49400109.html(4) (公財)鉄道総研 画像処理技術を用い

た電車線検測研究開発 https://www.rtri.or.jp/rd/division/rd

44/rd4420/rd44200108.html

図 9  所内試験線に敷設された超電導き電ケーブル(3)

図 10  電車線非接触測定装置。線状に撮像素子を並べたラインカメラと光源,レーザ光の反射を利用した測域センサにより構成される。

図 12  鉄道総合技術研究所電力技術研究部の皆様と取材班

図 11  電車線非接触測定装置のラインカメラで架線を撮影した結果。架線の状態と支持金具の形状が確認できる。

支持金具

架線