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Links気質とパーソナリティ

パーソナリティと性格に対する正しい理解

―気質や資質、行動特性との関係は?―

産業・組織心理学者

永井隆雄

はじめに

 私は、産業・組織心理学が専門で、基礎心理学、臨床心理学は基本的に専門外である。

私が個人的にその学説や立場に確度の高さを感じている心理学者は、そう多くはない。一

人が佐野勝男、もう一人が若林明雄、また、村上宜寛、丹野義彦、最後が安藤寿康である。

もちろん、ここに列挙した人たちの学説は必ずしも一致していない。

佐野勝男先生は、私の指導教授の恩師であり、クレッチマーの枠組みを緻密に実用的に

落とし込み、文章完成法や臨床的な診断に活用する仕組みを樹立した。クレッチマーの気

質論に関しては、体型との関連性が本当にあるかなど、疑問視される向きもあるが、佐

野の開発した文章完成法は臨床心理士に最も活用されているツールの 1つである(『精研式文章完成法テスト解説(成人用)』金子書房,1972)。ただ、佐野理論では、アスペルガーや自閉症スペクトラム、人格障害などの説明が十分

に行えるわけではない。とはいえ、佐野先生の実務家に向けた貢献は最も大きい。佐野

は、アセスメントセンターで用いるインバスケット・ゲームの紹介でも貢献がある。

また、若林明雄先生は、若い頃、クレッチマー主義者だったが、英国に 2年ほど留学され、その際、アイゼンクの影響もあり、『パーソナリティとは何か―その概念と理論』

(培風館,2009)という名著があるが、これは現在、到達可能なパーソナリティ理論のフロンティアではないかと個人的には支持している。若林のパーソナリティ論は、膨大な

過去の学説を踏まえ、欧州の伝統と英国の理論を成功している。

村上宜寛先生は、『性格のパワー』(日経BP,2011)という好著がある。また、徹底した村上氏のこだわりがあり、統計的に独自に調査し、自ら構築した5 因子性格理論の

質問紙に関しても、村上オリジナルのものがある。そして、村上氏は、自分自身が作成

したもの以外は間違っていると強調する。村上氏は、後に説明する古代ギリシャで起

こった 4気質論については根拠がなく、無意味だとしているが、この考え方が 2000年以上、支持されてきたことも否定できないとする。

丹野義彦先生は、文学部心理学科を出て、その後、医学部で精神医学を学んだ本格派で、

日本における臨床心理学のフロンティアの一人だと思われる。丹野氏は、『性格の心理―

ビッグファイブと臨床からみたパーソナリティ』(サイエンス社,2003)のほか。緻密で確度の高い著作を上梓している。丹野氏の立場は、1980年代以降、ビッグファイブ

(5 因子性格理論)が通説になってきたとするもので、過去の学説史も、この 5 因子の枠

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組みの中で解説することに徹している。ただ、丹野氏は、精神分裂症の諸相に関しては、

単純に 5 因子性格理論のバリエーションでは説明できるものではないと考え、緻密で厳

格な事例研究のアプローチも行なっている。

安藤寿康先生は、私とほぼ同世代の研究者で、行動遺伝学の第一人者である。自然科学

的な観点から、長らく双子研究を熱心に行なっている。『パーソナリティ心理学』(有斐

閣アルマ,2009)が、人間科学的/自然科学的/社会科学的のアプローチを的確に視座構

成を示している。

また、追加的な心理学者として、木島伸彦氏の『クロニンジャーのパーソナリティ理論

入門: 自分を知り,自分をデザインする』(北大路書房,2014)がいる。クロニンジャーの

考え方は、脳内伝播物質と気質・性格の関係を結びつけたという意味では画期的な意義を

持つ。なお、クロニンジャーは、気質として、遺伝的な要素が強く、①新奇性追求、②損

害回避、③報酬依存、④固執の 4つに集約し、他方、性格は、環境の影響も受けつつ、⑤

自己志向、⑥協調、⑦自己超越があるとし、4つの因子を想定した。そして、それらが、

脳内伝播物質と関連しており、さらに、様々な人格障害なども、この枠組み(7 次元モデ

ル)で説明可能だとした。

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1. 性格をめぐる定義

性格とパーソナリティ、さらに気質・気性というべきものがあると考えられている。

ドイツやフランスなど欧州では、性格(キャラクター)を好んで用いるようだ。これに

対して、英語・米語圏では、パーソナリティが用いられる。また、その人の体質的なも

のに由来して気質・気性が用いられる(村上,2011)。学会名も長らく、日本性格心理学会と呼称されていたが、現在は日本パーソナリティ心

理学会と改訂されていた。

2. 4気質とは何か?心理学の起源は古代ギリシャの時代に遡ることができる。また、古代エジプトにも心

理学的な思索活動の証拠が残されているという。

古代ギリシャでは、医学の創始者ともされるヒポクラテス(紀元前 460年頃-紀元前

370年頃)が人間の体液と気質を結びつけた独自の気質論/四体液説を提唱した。

四体液説(humoralism)とは、「血液(空気:Air)、粘液(水:ater)、黄胆汁

(火:Fire)、黒胆汁(土:Ground)」の 4 種類を人間の基本体液とする体液病理説

(en.humoral pathology)である。なお、体液と気質の関係は徐々に切り離され、変わって、空気、水、火、土が代替され

るようになった。そこで、つぎのようなモデルが考案されるようになった。この気質論

は現在でも一定において支持されている。また、ヴントやパブロフなどの近代以降、心

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理学者も一定の意義があることを認めている。

 

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 ローマのガレノス(129年頃 - 199年)は、ヒポクラテス医学をベースに当時の医学

をまとめ、人間の体液は血液を基本に「血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁」の 4つから成り、

そのバランスが崩れると病気になるとする四体液説を継承し発展させた。

ガレノス以後、体液病理説(四体液説)は、西洋文化圏で行われたギリシャ・アラビア

医学の基本をなしており、19 世紀の病理解剖学の誕生まで支持されていた。

なお、4気質については、次のように解釈されていた。『サレルノ養生訓』, 12~13世紀)などにみられる各体液に典型的な気質・体質である。

<4気質の特徴>

① 多血質(en.Sanguine):人柄は機嫌よく社交的で、ずうずうしいが、気前もいい。

先のことは考えず、心変わりしやすい。娯楽が好きで好色、教養とは無縁のタイプ。

体質は、筋肉質でたくましく、脈は規則的で皮膚はぬくもりと弾力があり、胃は丈夫

で睡眠の悩みもない。舌が乾きやすく、太りやすい。風邪をひきやすく、関節炎の

タイプで、頭痛や歯痛を伴うこともある。この気質の良い状態が維持できれば、老

いを寄せ付けないため、長生きする。

② 黄胆汁質(胆汁質, en.Choleric):荒々しい性格で熱血漢、短気で行動的、野心も強

い。気前がいいが、傲慢で、意地悪で、気難しい面もある。消化力が高く、大食だが

しばしばやつれて見える。脈が速く、心臓に負担がかかる傾向があり、また、張り

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切りすぎて肝臓や腎疾患に陥りやすい。黄色味がかかった熱く乾燥した肌をしてお

り、硬くて水気に乏しい筋肉をしている。

③ 黒胆汁質(憂鬱質, en.Melancholic):寡黙で頑固、孤独癖があり、運動も休養も社

交も好まない。強欲で倹約家、利己的で根に持つタイプ。神経質で自殺願望の傾向が

ある。注意深く、明敏、勤勉で、一人で思索に耽ってばかりいる。黒胆汁は主に悪い

イメージを持たれ、狂気・精神錯乱と関連する体液といわれたが、天才を生み出す体

液だとも考えられた。土気色で乾燥した冷たい皮膚をして、たいてい痩せている。

脈は遅く耳は遠い。欠尿症で、食欲はあったり、なかったり、である。

④ 粘液質(en.Phlegmatic):精神的に鈍く優柔不断で臆病だが、おだやかで公平、人

を騙したりしない。背は高くなく太っており、食べることが好きで運動や努力が嫌

い。血の気のない皮膚の色で、肉質はやわらかく肌は湿っている。脈は遅く弱く、

胃弱で口臭がひどい。貧血や腺病、鼻風邪やカタルに罹りやすく、耳鳴りや難聴にな

りやすい。また、粘液から逃れようとつばを吐く。

 

3. 4気質論への評価 ゲーテとシラーはこの分類を踏まえ、それぞれの性格類型に対して好ましい人物像を

想定した。

次の表は、四体液と各項目の対応を示す。

体液元素

関係す

る部位季節 方角 年齢 気質 性格

血液 空 心臓 春 東 子ど 多血質 社交的, 楽天的,

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(Gk. haima) 気 も 好色, 無教養

黄胆汁(Gk. chole)

火 肝臓 夏 南 青年黄胆汁質(胆汁質)

熱血, 野心家, 短気, 気難しい

黒胆汁(Gk. melan

chole)

土 脾臓 秋 西 壮年黒胆汁質(憂鬱質)

思索的, 孤独癖, 神経質, 利己的

粘液(Gk. phlegma)

水 脳/肺 冬 北 老年 粘液質おだやか, 公平, 無気力, 臆病

一般に、気質とは、人間や動物が先天的に持っている、刺激に対する反応する特性を言

う、とされている。性格は、気質によって形成される態度や行動傾向を言う。

杉山他(2000)では、「学習理論的立場からの性格理解」でパブロフ(Pavlov,I.P.)が条件反射の研究過程で、条件反射がすぐに成立し、なかなか消去しないイヌと、なか

なか成立せずにすぐに消去してしまうイヌという個体差があることを発見し、これはイ

ヌの種類とも関係するが、一種の「気質」であると考え、ガレノス(Galenus)以来の 4体液質との関連で条件付けやすさとして理論化した」と紹介されている。

アイゼンク(Eysenck,H.J.)は、これを踏まえ、内向性―外向性、情緒的不安定傾向と

の 2軸によるモーズレイ性格検査として開発した。

詫摩武俊(1990)は、「性格についての関心は古くからあった」とし、それは主に文

学作品における性格描写という形で表現されることが多かったと指摘したうえで、ギリ

シャ時代に生まれた気質分類の構想を紹介している。

「2 世紀にガレノスは、体内には 4 種の体液があり、血液、胆汁、黒胆汁、粘液がそれ

で、そのうちどれが優勢になるかで、多血質、胆汁質、憂鬱質、粘液質の 4気質が出現す

ると考えた」と紹介している。

「体液と気質を結ぶ考え方はその後、否定されたが、この 4つの気質の名称は現在でも

残っており、これは性格を類型化する萌芽であった」としている。言うなれば、類型論

の典型であり、その嚆矢だった。

詫摩武俊(1990年)は、「性格についての関心は古くからあった」とし、それは主に

文学作品における性格描写という形で表現されることが多かったと指摘したうえで、ギ

リシャ時代に生まれた気質分類の構想を紹介している。

「2 世紀にガレノスは、体内には 4 種の体液があり、血液、胆汁、黒胆汁、粘液がそれ

で、そのうちどれが優勢になるかで、多血質、胆汁質、憂鬱質、粘液質の 4気質が出現す

ると考えた」と紹介している。

また、「体液と気質を結ぶ考え方はその後、否定されたが、この 4つの気質の名称は現

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在でも残っており、これは性格を類型化する萌芽であった」としている。

その後、クレッチマー(Kretchmer,E. 1888-1964)は、体型と性格を関連付けて気質を考える説を主張しました。やせ型の人は分裂気質、肥満型の人は循環気質、闘士型の

人は粘着気質だとし、精神疾患とも関係すると考えた。しかし、体型が人々のパーソナリ

ティに関係しているという判断には疑問が寄せられている。

 ドイツで主流を占めた類型論に対して米国では特性論が台頭したが、今日でもこれら 2つが併存するのが実情である。

 哲学者のカント(1702-1804)も四気質について述べており、4つの気質を、感情の気質(多血質と憂鬱質)と活動の気質(胆汁質と粘液質)に分類した。そして、これら 4つを四角形のモデルを作ることができ、4つの気質が混合した気質は存在しないと述べた。

特性論は長らくどのような項目にするかで論争が続いたが、 1980年代には 5 因子

(ビッグファイブ)で考えるというのが通説にはなっているが、その項目については共

通した見解は得られていない。ビッグファイブは日本人には適さないという批判もある

(杉山他,2000,pp.144-155)。佐藤方哉(慶應義塾大学名誉教授)は、パブロフが条件付けの実験の中で、伝統的な気

質類型である 4気質と犬の個体差に関連性があることを確認したことを紹介している。

パブロフは、ロシア人として初めてノーベル賞を受賞し(医学・生理学賞)、現代の実験

心理学に大きな影響をもたらした。

若林明雄(ブレーン出版 2000年)は、性格を類型で捉える発想は古くから存在したと

し、上述の、多血質、胆汁質、憂鬱質、粘液質の 4 類型が長く影響を持ったとし、科学的

心理学者の開祖とされるヴント(Wundt,W.)も、この 4 類型を踏襲し、情緒反応の強

さとその変化の速さとの組み合わせによって性格が説明できると考えたと紹介している。

ヴントはライプチヒ大学に世界で初めて心理学の実験室を作り(1879年)、この年は心理学が学問的に独立した年とされている。ヴントのもとには世界中から留学生が集ま

り、多くの研究者を輩出した。

その後、体型と気質を関連付けたクレッチマーや、内向性―外向性という基本類型を提

唱したユングなどの学説も登場した。類型論の系譜にある学説として、フロイト、フロ

ム、ホーナイ、シュプランガーなどがある。

4気質を人間教育と結びつけて展開したルドルフ・シュタイナー(2000)は、人間に

は 4気質のうち、それぞれ主たる気質があるものと想定されるが、自分にはない気質を

後天的に学習することで成長することができると考えた(2000年)。その後継者である、ヘルムート・エラーは、いろいろな状況にあって、気質の違いが

異なる反応や態度、行動を示すと説明し、自分にはない気質を体験的に学習することが成

長につながり、また他者を理解することにもなり、役割演技をしていくうちに自分にな

い気質を習得できると説いた。

イギリスで知能やパーソナリティを精力的に研究していたアイゼンク(Eysenck,H.J.

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1916-1997)も、ガレノスの四気質を想定しながら、パーソナリティ構造を考えた。現

代では、体液と気質との関係は否定されているが、4つの類型や 2つの軸で捉えるという側面は現代の心理学になお強い影響を与えている。

なお、情動性は逆転させると、神経症傾向(X軸の上方)、また、可変性と不可変性は、

外向性と内向性で(Y軸の左右)、なので、突き詰めると、ビッグファイブのモデルの 1類型に包摂されることになる。

<アイゼンクの 4気質の円環モデル>

<参考文献> 

ヘルムート・エラー(2005)『4つの気質と個性のしくみ-シュタイナーの人間

観』トランスビュー

詫摩武俊「性格・パーソナリティ・気質」(1990)『臨床心理学体系-パーソナリティ』金子書房

村上宣寛(2011)『性格のパワー』(日経 BP) 小塩真司(2010)『はじめて学ぶパーソナリティ心理学―個性をめぐる冒険』ミネ

ルヴァ書房

ルドルフ・シュタイナー(2000)『人間の四つの気質-日常生活の中の精神科学』

風涛社

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杉山憲司・堀毛一也編著(2000)『性格研究の技法』福村出版

佐藤方哉(1976)『行動理論への招待』大修館書店

若林明雄(2000年)「性格の類型論」『性格の理論』ブレーン出版 所収

若林明雄(2009)『パーソナリティとは何か―その概念と理論』培風館)

<著者紹介>

永井隆雄:慶應義塾大学文学部人間関係学科卒業、同大学院商学研究科修了(労働経済

学専攻)、社会学研究科博士課程単位取得退学(産業・組織心理学専攻)、九

州大学大学院博士課程単位取得退学(経済学・経営学専攻)。日本総研、アー

サーアンダーセン(マネジャー)、関西経済同友会(主任研究員)、日大、

立教、九大等の大学講師(英書購読、統計学等)、人材育成学会理事などを経

てフリーランスの経営コンサルタント、産業・組織心理学者。著書・論文・

コラム多数。主な論文「介護職のバーンアウトと離職」『人材育成』第 2 号

第 1 巻など。