尿路感染症
臨床薬物情報学研究室
学部4年 坂口百合野
2010/9/2 症例解析
シナリオ
• 30歳の妊娠中女性が新しい処方箋(セファレキシン500mg/分3/dayを1週間分)を持って来局
• 胎児に影響が無いか不安がっている
尿路感染症とは
• 腎・尿管・膀胱・尿道におこる非特異的炎症。• 主として細菌の上行性感染によって起こる。
上部尿路感染症
下部尿路感染症 膀胱炎
腎盂腎炎
非特異的尿路感染症
単純性尿路に感染を引き起こしやすい基礎疾患を有さない場合
複雑性
基礎疾患を有する場合
急性 慢性経過:
[分類]
上部(膀胱よりも上流の尿路膀胱)
下部(膀胱以下の上流の尿路膀胱)
腎盂腎炎 膀胱炎
単純性 複雑性 単純性 複雑性分類(基礎疾患の有無):
感染部位:
急性単純性膀胱炎
1.病態
• ほとんどが女性に発症する。女性は外尿道口が膣前庭に開口し、また、尿道が男性と比較して短い
→尿路が細菌の侵入を受けやすい
→原因菌の大半は腸管由来の細菌
男性の膀胱炎は複雑性膀胱炎のことが多い。
• 性行為との関連による発症が多い。ストレスも誘因となりうる
• 20歳代を中心に性的活動期にピークが見られ、閉経前後の中高年期にもう1つのピークがある。
2.症状
排尿痛、頻尿、尿混濁*発熱を伴わず、通常は末梢白血球増加やCPR高値などの炎症所見も認めない
3.診断
*膿尿・・・尿中に白血球を認める場合(無遠沈尿を用いた
計算盤法、または尿沈渣の検鏡
*細菌尿・・・尿沈渣の染色または尿の定量培養で調べる
膿尿、細菌尿排尿痛、頻尿、残尿感、
膀胱部不快感
治療開始基準
検査所見症状
4.検査• 膿尿検査尿中白血球の定量①計算盤法
無遠沈尿(そのままの尿)を用いる。
基準:≧10cells/mm3の白血球検出②尿沈渣の検鏡
基準:5cells/hpf以上• 細菌尿検査①尿沈渣の染色(単染色またはグラム染色)標本での
細菌の有無の確認
②尿の定量培養
基準:≧103cfu/ml*発症初期では菌量が少なく培養結果が陰性となることもある
• 尿細菌培養検査は、尿路感染症診断において非常に重要。実際の臨床ではテストテープを用いた検尿法
(ろ紙を尿に浸してろ紙の色の変化を見る)で膿尿、細菌尿の定性検査を行っていることが多い
• テストテープは簡便だが、定性的であり偽陽性、偽陰性がある• その他の臨床症状と照らし合わせながら注意深く判断する• 再発症例、小児、妊婦、高齢者など尿路基礎疾患が存在する可能性がある高リスク群は、治療開始前の尿細菌培養と、
薬剤感受性試験の提出を積極的に行うべきである
しかし
5.原因菌
急性単純性膀胱炎から分離される大腸菌の
薬剤感受性は多くの薬剤に対して良好だが、
薬剤使用頻度の上昇とともに大腸菌においても耐性菌
が徐々に増加している
大腸菌プロテウス
6.治療
• 急性単純性膀胱炎の26%は2週間以内に自然治癒する。急性期は保温、安静、水分摂取(利尿による細菌の洗浄効果の促進に加え、
脱水予防、尿の浸透圧の低下、酸性尿の補正、抗菌薬の腎毒性軽減)
抗菌薬の使用法
治療効果判定抗菌薬投与終了は、症状に加えて膿尿、細菌尿の消失を目安とする。
治療後の効果判定は投薬終了後1週間で行い、約1ヶ月後に再発の有無を確認することが望ましい。
7日間ペニシリン系薬(β‐ラクタマーゼ阻害薬配合)
7日間新経口セフェム系薬
3日間ニューキノロン系薬投与期間選択薬剤(経口)
第一選択
複雑性膀胱炎
• 尿路に気質的、機能的基礎疾患を有して生じる膀胱炎
• 発症のピークは小児期と老年期• 基礎疾患は小児期が先天性水腎症、重複腎盂尿管、尿管異所開口などの尿路奇形。
老年期は前立腺肥大症、前立腺癌、膀胱腫瘍、神経因性膀
胱、尿路結石、糖尿病など排尿障害をもたらす尿路疾患
• 基礎疾患の十分なコントロールが必要• 起因菌は多岐にわたる。抗菌薬に耐性をしめす細菌も多い。
1.病態
• 基礎疾患高齢者男性:前立腺肥大症、前立腺癌、膀胱腫瘍、尿道腫瘍な
どの腫瘍性疾患、その他は尿道狭窄、尿道結石
女性:神経因性膀胱、膀胱癌、膀胱結石
下部尿路の基礎疾患であっても上部尿路にまで感染が
及んでいることも多く、診断においては尿路の検索を念頭に置く。
• 尿路への留置カテーテル異物反応としての炎症・挿入時や抜去時に粘膜損傷・カテーテル
挿入部から細菌が浸入(挿入後2~4週間後にはほぼ全例に膿尿と細菌尿がみられる)
基礎疾患による排尿困難
残尿 複合性膀胱炎
2.症状• 無症状、または軽い頻尿や下腹部不快感など軽微なことが多い。
• 急性増悪時には、単純性膀胱炎と同様の排尿痛や頻尿を呈する
• 基礎疾患に基づく頻尿、排尿痛、排尿困難、尿失禁などの排尿障害の症状が見られることがあり、識別が必要。
3.診断
• おもに尿所見(有意の膿尿と細菌尿を認める)尿の細菌培養と薬剤感受性検査は必須。
• 症状を欠く場合は抗菌薬の適応とならない症状を有する急性増悪時に抗菌薬を投与。
• 基礎疾患のコントロール>抗菌薬治療
4.原因菌
大腸菌、腸球菌、緑膿菌が三大原因菌だが、頻度はそれぞれ10~20%程度。
大腸菌
緑膿菌
エンテロコッカス・フェカーリス
5.治療• 基礎疾患のコントロール• 慢性複雑性膀胱炎の急性増悪時の抗菌薬治療培養・薬剤感受性検査成績に基づいた薬剤選択
抗菌薬の使用方法
初回感染例では、大腸菌を第一ターゲットにし新経口セフェム薬を投与(empiric therapy)
治療効果判定• 7日間の投与で著効が得られ、尿所見が正常化すれば治療を終了する。• 同一抗菌薬の投与は長くても14日間で終了。• 感染を繰り返す場合は尿路日和見感染菌の関与を考慮しフルオロキノロン系薬の10~14日間投与を検討
7~14日間ペニシリン系薬(β‐ラクタマーゼ阻害薬配合)
7~14日間新経口セフェム系薬7~14日間ニューキノロン系薬投与期間選択薬剤(経口)
単純性腎盂炎1.病態• 尿路に明らかな基礎疾患を有さず、主に菌側の要因(ビルレンスファクター)によって起こる。
• 発熱などの全身症状を呈することが多い• 症状は強いが抗菌薬治療によく反応し治癒しやすい
• 性的活動期の女性に多い。男性では極めて稀。2.症状• 発熱、罹患部の腎部痛、腰痛発熱は悪寒戦慄を伴い、悪心、嘔吐などの
消化器症状を伴い、全身倦怠感が強い。
3.診断特徴的な発熱と、罹患部の腎部痛、腰痛、患側の側腹部(CVA)痛を認める。
尿所見・・・膿尿と細菌尿
血液所見・・・ 白血球増多、赤沈亢進、CRPの上昇などの炎症症状
膿尿、細菌尿
末梢白血球増多
CRP上昇
患側の腎部痛・CVA痛腰痛
37.5℃以上の発熱悪心・嘔吐
治療開始基準
検査所見症状
• 菌血症や敗血症の可能性がある場合は血液培養検査が必須
• 劇症の腎盂腎炎では、播種性血管内凝固症候群(DIC)や急性呼吸促進症候群(ARDS)などの合併を見ることがあり、血行動態の管理が必要
• 画像診断は必ずしも必要でないが、再発例、再燃例、治療により速やかな解熱が得られない例などは積極的に超音波検査、排泄型腎盂造影、CTなどを行う
*超音波検査は水腎症の有無、結石、腫瘍性病変のチェックなど多くの情報が得られるためできる限りおこなうべき
4.原因菌急性単純性膀胱炎とほぼ同様。
• 主な菌は大腸菌、クレブシエラ、プロテウスなどグラム陰性桿菌
→薬剤感受性が良好、セフェム系、ニューキノロン系、アミノ配糖体系薬剤
その他グラム陽性球菌
→薬剤感受性が劣ることがあるので、抗菌薬選択に注意
5.治療重症例→入院
軽症例→経口薬のみを用いた外来治療
一般に再発、再燃などによる治療失敗が起こりうる
理由:①腎実質への薬剤の移行が不十分
②尿中・血中の薬剤濃度が腎実質の薬剤濃度
を正確に反映していない
薬剤の腎組織への移行を考慮に入れて薬剤を選択
治療目標*腎内、血中の細菌の完全除去*腎盂腎炎に伴うDIC,ARDSなどの感染の拡大や全身への影響の防止
解熱後に経口薬に切り替え(合計で14日間)
第二世代セフェム系
ペニシリン系(β‐ラクタマーゼ阻害薬配合)
アミノ酸配糖体系薬剤
注射用ニューキノロン薬→
経口ニューキノロン薬への切り替えも検討できる
重症例(注射)
7~14日間14日間
ニューキノロン系
新経口セフェム系
軽症(経口)
投与期間選択薬剤
腎内薬物持続時間
アミノ酸配糖体系薬>ニューキノロン系>ペニシリン系、セフェム系
*副作用:腎機能障害
治療効果判定
• 症状・膿尿・細菌尿の消失、末梢白血球数の正常化が治療終了の目安
• 投薬1週間後、その後約1ヶ月後に判定を行う
腎感染により通常より腎内薬物濃度が上昇、長時間持続
複雑性腎盂腎炎1.病態
基礎疾患を有するために上部尿路に感染がおこった
もの。
基礎疾患:尿路奇形、尿路腫瘍、カテーテル留置時などほとん
どの尿路病変
+基礎疾患に基づく腎機能障害 感染に基づく腎機能障害
難治性・再発性再発を繰り返すことで腎機能増悪
2.症状症状なし→治療対象外
急性増悪時=有熱性→抗菌薬投与
3.診断
基礎疾患の把握
尿所見
尿の細菌培養と感受性検査は必須
画像検査・・・尿路閉塞の有無を診断
4.原因菌複雑性膀胱炎とほぼ同様(スライド 参照)
5.治療
抗菌薬の使用方法
①尿路基礎疾患のコントロール(適切な尿路管理)②適切な抗菌薬投与③全身状態の管理
解熱後に経口薬に切り替え(合計14日間)
第3・第4世代セフェム系薬カルバペネム系薬
ペニシリン系薬
(β‐ラクタマーゼ阻害薬配合)
+
アミノ酸配糖体系薬剤
重症例(注射)
7~14日間ニューキノロン系薬
新経口セフェム系薬
ペニシリン系薬
(β‐ラクタマーゼ阻害薬配合)
軽症~中等症
(経口)
投与期間選択薬剤
治療効果判定
抗菌薬投与期間終了
↓
終了1週間後に症状・膿尿・細菌尿の消失を確認
↓
1ヶ月後 治癒判定
シナリオ
• 30歳の妊娠中女性が新しい処方箋(セファレキシン500mg/分3/dayを1週間分)を持って来局
• 胎児に影響が無いか不安がっている
患者情報
• 氏名:?• 年齢:30歳• 性別:女性(妊娠中)• 処方内容:セファレキシン500mg/分3/dayを
1週間分• 病歴:尿路感染症• 既往歴、アレルギー、副作用歴、生活歴は不明
Problem List
#1 尿路感染症
#2 胎児への影響
#1 尿路感染症
S:妊娠中であるO:処方内容 セファレキシン500mg/分3/dayを1週間分。セファレキシンの用法、用量は1回250mg 6時間毎なので、やや少ない。
A:妊娠中の女性は胎児による尿路の圧迫が尿路の閉塞をもたらし尿路感染を誘起していると考えられる。
用量については何か医師の考えがあるかもしれない
P:医師に妊娠中でどのような治療法選択がなされたのか、会話のなかで確認する
(基礎疾患の有無、検査の実施、検査結果、症状など)
#2 胎児への影響
S:胎児への影響が気になるO:セフェム系薬が処方されているA:妊娠中であることを考慮した処方であるP:安全であることを伝え、今後も妊娠、授乳期に薬剤を服用するときは必ず医師・薬剤師に相談してもらうよう伝える
妊娠中・授乳中の抗菌薬投与
どの抗菌薬も不必要な投与は行わない。特に12週まではできるだけ避ける
安全に使用できる薬剤群:
①ペニシリン系(β‐ラクタマーゼ阻害剤含める)
②セフェム系(β‐ラクタマーゼ阻害剤含める)
③マクロライド系のうちエリスロマイシンとアジスロマイシン
避けるべき薬剤:
ニューキノロン系、テトラサイクリン系、アミノグリコシド系、
ST合剤、クロラムフェニコールなど*ほとんどの薬剤は極微量の母乳移行が見られるだけで臨床的に問題がないと考えられるが、定説がない。
上記薬は授乳中も避けたほうがよい
Q4 妊娠中に使える抗生物質
使用可能ペニシリン系、セフェム系、モノバクタム系、カルバペネム系、ペネム系、ホス
ホマイシン系、バンコマイシン、マクロライド系、リンコマイシン系、
(注意・有益のみ・未確立)
使用には厳重注意• アミノグリコシド系(注意・有益のみ・第8脳神経障害)• テトラサイクリン系(注意・有益のみ・一過性骨発育不全)• クロラムフェニコール(注意・有益のみ・動物で早産、生存率低下など)• ケトライド系(注意・有益のみ・未確立、動物で生殖細胞の成熟低下、受胎率の低下傾向など)
Q5b 妊娠中の栄養
①エネルギー推定エネルギー必要量=基礎代謝量×身体活動レベル
妊娠時(初期+50kcal、中期+250kcal、末期+500kcal)授乳中+450kcal②栄養素
タンパク質摂取目標量2.0g×体重/日妊娠時負荷量 10g③脂質
妊娠時は非妊娠時と同様、脂肪エネルギー比率の目安は20~30%
③炭水化物非妊娠時の成人女性と同様
④その他
葉酸 400μg/日ビタミンA 上限15000μgRE(5000IU)鉄
参考文献
• 「最新泌尿器科診療指針」村井勝等、永井書店、2010• 「新臨床栄養学」岡田正志等、医学書院• 「治療薬マニュアル2010」北原光夫等、医学書院、2010• 「薬と疾病Ⅲ」(社)日本薬学会、東京化学同人、2005• 「抗菌薬使用のガイドライン」日本感染症学会等、協和企画、2005
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