第3節 デフレ脱却に向けた動き 本節では、物価の現状について概観し、長期にわたる景気回復によりデフレ脱却に
向け局面変化が着実に見られていることを確認する。またその局面変化を確実にデフ
レ脱却に結び付けるためにはどのような課題があるかについても考察する。最後に、
最近の金融市場の動向についても触れる。
1 デフレ脱却に向けた局面変化
(物価動向について) 消費者物価の動向を、生鮮食品を除く総合(コア)でみると、2016 年に入り、円高
方向への動きやエネルギー価格の低下等により、前年比で低下していたが、2016 年
後半からのエネルギー価格の上昇などにより、2017 年に入ってからプラスに転じ、
2017 年 11 月時点において0%台後半で推移している(第1-3-1図)。
他方、物価の基調について、「生鮮食品及びエネルギーを除く総合(いわゆる「コ
アコア」)」でみると、2016 年後半以降は前年比、前月比とも0%近傍の動きとなって
いる。これは、原材料費の上昇などにより一般食料工業製品などが上昇し、またイン
バウンドが好調であることなどを背景に宿泊料が上昇しているほか、単身世帯の増加
もあって外食が上昇している一方、携帯電話機や携帯電話通信料などが下落している
ことが主な要因である。
また、民間エコノミストによる予想物価上昇率は、2012 年以降徐々に上昇し、2015
年は1%程度で安定的に推移した後 2016 年に入って低下した。その後、原油価格の
影響等により再び上昇したが、足下では1%弱程度となっている。一方で、家計の予
想物価上昇率については、食料品の値上がり等の影響を受けやすいことから民間エコ
ノミストによる予想物価上昇率に比べれば高い水準で推移しているものの、2%程度
で落ちついている。
- 50 -
第1-3-1図 物価関連指標の動向
消費者物価(コアコア)は 2016 年後半以降前年比、前月比ともに0%近傍
(1)消費者物価指数
(2)ドバイ原油とエネルギー
(3)消費者物価(コアコア)の寄与度分解
(前年同月比、%)
(月)
(年)
(百円/バレル)
(月)
(年)
(前年同月比寄与度、%)
(月) (年)
-1.5
-1.0
-0.5
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 11
2012 13 14 15 16 17
生鮮食品を除く総合
生鮮食品及び エネルギーを除く総合
総合
80
85
90
95
100
105
110
115
0
20
40
60
80
100
120
1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 11
2012 13 14 15 16 17
(2015年=100)
エネルギー(目盛右)
ドバイ原油 (円ベース)
-0.8
-0.4
0.0
0.4
0.8
1.2
1.6
1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 1011
2014 15 16 17
公共サービス
家賃 耐久消費財 (携帯電話機など) 食料
他の財
個人サービス (宿泊料、外食など)
携帯電話通信料
生鮮食品及びエネルギー を除く総合(折線)
- 51 -
(4)予想物価上昇率
(景気回復の長期化もありGDPギャップはプラスに転じる) 景気循環を均した平均的な供給力を示す潜在GDPと実際に需要されたGDP水
準とのかい離率であるGDPギャップは、これまでマイナスの期間が多かったが、長
期にわたる景気回復もあり、プラスに転じている(第1-3-2図)。GDPギャッ
プがプラスになるということは経済全体で需給が引き締まっている状態である。これ
までの消費者物価(コア)とGDPギャップのデータを用い、両者の相関を見ると、
GDPギャップの上昇から半年程度のラグを伴って消費者物価も上昇する傾向が見
られること(付図1-3)から、今後は、GDPギャップの引き締まりが消費者物価
の押上げに寄与することが見込まれる。ただし、過去のデータから推計される関係式
からは、GDPギャップの変化が消費者物価(コア)を押し上げる効果は限定的 18で
ある点には留意が必要である。これは、デフレが長期化したことにより、賃金や価格
設定の行動様式が慎重化したこと等が反映されている可能性がある。
18 CPI(コア)の前年比に対し、GDPギャップの水準の計数は 0.2 程度であるため(推計式
のα/(1-θ)に相当)、例えばGDPギャップがプラス1%の水準になってもCPI(コア)の押し上げは 0.2%にとどまる。
(月)
(年)
(備考)1.内閣府「消費動向調査」(二人以上の世帯)、総務省「消費者物価指数」、 日経NEEDS、日本銀行「外国為替市況」、日本経済研究センター「ESP フォーキャスト調査」、Bloombergにより作成。 2.(1)について、連鎖基準。また、(1)及び(3)について、消費税率 引上げの影響を除いたもの。 3.エネルギーは、電気代、都市ガス代、プロパンガス、灯油、ガソリンから構成される。 4.消費動向調査は、一定の仮定に基づき試算したもの。2013年4月から郵送調査への 変更等があったため、それ以前の訪問留置調査の数値と不連続が生じている。 点線部は郵送調査による試験調査の参考値。 5.BEIはそれぞれの時点で残存期間が最長のもの(BEI(旧)は旧物価連動国債、 BEI(新)は新物価連動国債(残存10年物))を使用。
-3
-2
-1
0
1
2
3
4
1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 11
2008 09 10 11 12 13 14 15 16 17
(%)
消費動向調査 (家計の物価予想)
ESPフォーキャスト (民間エコノミストの物価予想)
BEI(旧) BEI(新) (金融市場参加者の物価予想)
- 52 -
第1-3-2図 GDPギャップ、コアの要因分解
GDPギャップは消費者物価(コア)と正の相関がみられるが、コアの押上げ効果は限定的
(1)GDPギャップ
(2)消費者物価(コア)の要因分解
-8.0
-7.0
-6.0
-5.0
-4.0
-3.0
-2.0
-1.0
0.0
1.0
2.0
3.0
ⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢ
2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17
(%)
(期) (年)
-2.4
-1.8
-1.2
-0.6
0.0
0.6
1.2
1.8
2.4
ⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢⅠⅢ
2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17
(前年同期比寄与度、%)
(期)
(年)
為替要因
GDPギャップ要因
消費者物価 (実績、折線)
輸入物価要因
前期の消費者物価要因
予想物価要因
その他要因
(備考)1.内閣府「国民経済計算」「消費動向調査」、総務省「消費者物価指数」、日本銀行「企業物価指数」 「実効為替レート」等により作成。消費税率引上げの影響を除いたもの。
2.GDPギャップは、内閣府による試算値。 GDPギャップ=(実際のGDP-潜在GDP)/潜在GDP 3.予想物価上昇率は消費動向調査より一定の仮定に基づき試算したもの。 4.消費者物価(コア)の推計式は以下のとおり。ただし、 CPI:消費者物価(コア)前年比、GAP:GDPギャップの水準、EXP:予想物価上昇率、 IPI:輸入物価(契約通貨)前年比、EX:名目実効為替レート前年比、データ期間は1999年以降。 CPI(t)=αGAP(t-2)+βEXP(t)+γIPI(t-1)+δEX(t-3)+θCPI(t-1) 推計結果は以下のとおり。括弧内の数値はt値。 β、γ及びθは5%水準で有意。δは10%水準で有意。 α=0.105(4.31)、β=0.208(4.69)、γ=0.010(3.06)、δ=-0.007(-1.78)、θ=0.431(5.65)
- 53 -
(人手不足感が四半世紀ぶりの高水準となり、パートを中心に賃上げが続く) 前節で見たように、景気回復の長期化により雇用・所得環境は改善を続け、人手不
足感は四半世紀ぶりの高水準となっている(第1-3-3図)。また、雇用環境のひ
っ迫によりパートを中心に賃金が上昇している。
賃金の伸びをマクロ的にみるために、生産一単位当たりの労働コスト(ユニットレ
ーバーコスト、以下、「ULC」という。)の変化を生産性要因と賃金要因に分解する
と、賃金要因が生産性要因を上回っているため 2014 年半ば以降前年比でプラスが続
いている。ULCの上昇は、生産性の上昇以上に賃金が上がっていることを意味する
ため、企業にとってはコストプッシュ要因 19となる。消費者物価のコアコアとULC
の関係を見ると緩やかな正の相関が長期的に確認できるため、今後はプラスで推移し
ているULCとともにコアコアも緩やかに上昇することが期待される。
第1-3-3図 雇用判断DI、賃金、ULC、消費者物価(コアコア)とULCの関係
人手不足感は四半世紀ぶりの高水準
(1)雇用人員判断DI
(2)一般労働者とパートの賃金
19 賃金上昇により雇用者の所得が増加することで需要が高まるため、中期的にはディマンドプルの効果も考えらえられる。
-50
-40
-30
-20
-10
0
10
20
30
40
50
1980 83 86 89 92 95 98 2001 04 07 10 13 16 18
全産業
非製造業
製造業「過剰」超
「不足」超
予測
(「過剰」-「不足」、%ポイント)
(年)
95
100
105
110
115
120
125
1993 95 97 99 2001 03 05 07 09 11 13 15 16
一般(所定内給与)
パート(時給)
(1994年=100)
(年)
- 54 -
(3)ULC(4四半期移動平均)
(4)消費者物価(コアコア)とULCの関係
(企業物価は最終財価格も上昇し始め、一部の消費者向けでの価格転嫁の動き) 企業物価の動向を需要段階別で見ると、資源価格の回復により素原材料価格が
2017 年に入り前年比で大きく上昇し、その動きが中間財、さらには最終財にも波及
しつつある(第1-3-4図)。
-6
-4
-2
0
2
4
6
8
199091 92 93 94 95 96 97 98 99200001 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17
(前年同期比(4四半期移動平均)、%)
賃金要因
生産性要因
ULC(折線)
(年)
(1993Ⅳ-1998Ⅳ)y = 0.11x + 0.47
R² = 0.31(2.95)
(1999Ⅰ-2012Ⅳ)y = 0.14x - 0.30
R² = 0.33(5.10)
(2013Ⅰ-2017Ⅲ)y = 0.13x + 0.40
R² = 0.17(1.86)
-2.5
-2.0
-1.5
-1.0
-0.5
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
-8 -6 -4 -2 0 2 4 6 8
(消費者物価(コアコア)前年同期比、%)
(ULC前年同期比、%)
(備考)1.内閣府「国民経済計算」、厚生労働省「毎月勤労統計調査」、総務省「労働力調査」 「消費者物価指数」、日本銀行「全国企業短期経済観測調査」により作成。 消費税引上げの影響を除いたもの。 2.一般労働者は所定内給与、パートは時給(=所定内給与/所定内労働時間)を用いている。 3.ULC=名目雇用者報酬/実質GDP =(名目雇用者報酬/労働投入)/(実質GDP/労働投入) =単位賃金/労働生産性 4.内閣府「国民経済計算」は、1994年以降は2011年基準、1990年から1993年までは2000年基準 を接続して使用。 5.(4)について、括弧内の数値は、xの計数のt値
- 55 -
企業物価の最終財のうち、消費財と消費者物価(財)との時差相関をみると、企業
物価の消費財の上昇から半年程度のラグを伴って消費者物価(財)が押し上がると見
込まれる(付図1-4)。また、人件費の上昇による運送料の上昇やインバウンド需
要の高まりによる宿泊料の上昇などにより企業向けサービスも緩やかに増加を続け
ており、価格転嫁の動きが企業物価では着実に進行していることがうかがえる。景気
回復局面においても企業向けのみで上昇を続けていた配送料については、2017 年 10
月からは消費者向け価格でも上昇の動きがみられる。また、外食でも価格が上昇して
いる。ただし、小売全体でみると、仕入れ価格が上昇しているものの、販売価格の上
昇はわずかであり、今後は価格転嫁がスムーズに行われるか否かが注目される。
第1-3-4図 企業物価と消費者物価
企業物価は最終財価格も上昇し始め、一部の消費者物価も上昇の動き
(1)国内企業物価及び需要段階別企業物価
(2)企業向けサービス価格(総平均(国際運輸を除く))
70
80
90
100
110
120
130
140
150
92
94
96
98
100
102
104
106
1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 11
2012 13 14 15 16 17
(2015年=100)
最終財
素原材料(目盛右)
(2015年=100)
中間財
国内企業物価
(月) (年)
-0.8
-0.6
-0.4
-0.2
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 11
2012 13 14 15 16 17
(前年同月比、%)
(月) (年)
- 56 -
(3)価格上昇がみられるサービス品目
(4)販売価格と仕入価格(小売・全規模)
95
97
99
101
103
105
107
109
111
113
115
117
Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ
2012 13 14 15 16 17
(期) (年)
テーマパーク入場料 宿泊料
企業向け運送料
外食
消費者向け運送料
-40
-30
-20
-10
0
10
20
30
40
50
199091 92 93 94 95 96 97 98 99200001 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18
(「上昇」-「下落」、%ポイント)
(年)
販売価格判断DI(折線)
販売価格判断DI-仕入価格判断DI
仕入価格判断DI(折線)
「上昇」超
「下落」超
予測
(備考)1.総務省「消費者物価指数」、日本銀行「企業物価指数」「企業向けサービス価格指数」 「全国企業短期経済観測調査」により作成。消費税率引上げの影響を除いたもの。 2.素原材料、中間財、最終財は、国内企業物価及び輸入物価を需要段階別に分類したもの。 3.国際運輸は、国際航空旅客輸送、定期船、不定期船、外航タンカー、国際航空貨物輸送、 国際郵便。 4.運送料、外食、テーマパーク入場料は原数値。宿泊料は内閣府による季節調整値。 企業向け運送料は「企業向けサービス価格指数」の宅配便。 5.(3)について、2017年第Ⅳ期は10-11月の平均値。
(2012年=100)
- 57 -
(物価を取り巻く環境の局面変化) 以上で確認したように、物価を取り巻く環境については、GDPギャップがプラス
に転じるとともに、人手不足感が四半世紀ぶりの高水準になっている。こうした需給
のひっ迫に加え、第1節でみたように企業収益が過去最高を更新する中で、春闘では
過去4年間にベアを含む賃上げが実現し、緩やかではあるが賃金も上昇し、ULCも
僅かながらプラスとなっている。加えて価格転嫁が企業物価では着実に進行し、配送
料など一部ではその波が消費者物価に及びつつある。このように、物価を取り巻く環
境には局面変化がみられるが、消費者物価の基調が現状では横ばい圏内にとどまって
いることを踏まえると、物価の持続的な上昇につながるためには、まだ課題も残って
いる。次項ではこうした局面変化をデフレ脱却に確実につなげるための課題を確認す
る。
2 デフレ脱却に向けた今後の課題
(国際的にみても賃金の上昇が物価の押し上げに重要) 我が国のみならず、アメリカやEUなど他の先進国においても、景気回復の割には
賃金や物価上昇率が過去と比べて低い水準にとどまっているとの指摘がなされてい
る。こうした背景には、相対的に賃金水準の低い非正規労働者の比率が高まっている
こと 20や、ネットを通じた電子商取引が拡大する中で価格競争が激化していること等
が指摘されている。こうした要因の影響があるとしても、我が国の物価上昇率は他の
先進国と比べても低い水準にとどまっており、これら以外の要因も我が国の物価上昇
率を抑制していることが考えられる。そこで、日本、アメリカ、ユーロ圏の物価上昇
率について、財とサービス価格に分けて動向をみてみると、経済のグローバル化に伴
い安い財を輸入できることもあり、これら先進国・地域の財の価格は横ばい圏内で推
移している(第1-3-5図)。他方、サービス価格の動向について、日米欧を比較
すると、アメリカ及びユーロ圏のサービス価格は一貫して日本のサービス価格の伸び
を上回って推移しており、こうしたサービス価格の動向の相違が、物価全体の動向の
違いを生み出していることが示唆される。サービス業においては、財と比べて人件費
比率が高いことから、サービス価格の動向はそれぞれの国・地域の雇用・賃金動向を
大きく反映していると考えられる。実際に、時間当たり賃金の伸びを、日米欧で比較
すると、我が国の賃金上昇率は、一貫してアメリカやドイツの賃金上昇率を下回って
いる。
20 OECD(2017)。
- 58 -
こうしたことを踏まえると、デフレ脱却に向け持続的な物価上昇を実現するために
は、賃金上昇率を高めていくことが重要な課題であると考えられる。
第1-3-5図 物価と賃金の国際比較
日本は賃金の伸びが弱く、サービス物価上昇率も低水準
(1)財物価・サービス物価の国際比較
-8
-6
-4
-2
0
2
4
6
8
10
ⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢ
2008 09 10 11 12 13 14 15 16 17
(期)
(年)
(前年同期比、%)
日本
アメリカ
ユーロ圏
財物価の国際比較
-2
-1
0
1
2
3
4
5
ⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢ
2008 09 10 11 12 13 14 15 16 17
サービス物価の国際比較(前年同期比、%)
(期)
(年)
日本
アメリカ
ユーロ圏
- 59 -
(2)賃金の国際比較
(人手不足感が高まっても、一般労働者の賃金の上昇は緩やか) 我が国の労働市場においては、労働需給が引き締まり方向で推移している中で、既
にみたように、パートの時給は上昇しているものの、一般労働者の定期給与の伸びは
緩やかとなっている。主な産業別に労働者の過不足感と一般労働者の所定内給与及び
パートタイム労働者の時給の上昇率の相関をみると、パートでは労働者不足の産業ほ
どパート時給の増加が高いという関係が見い出せるが、一般労働者ではその関係を見
出すことができず、所定内給与の増加幅も小さいことから、人手不足感が高まっても
一般労働者の賃上げにはあまり結びついていないことが確認できる(第1-3-6
図)。
こうした背景には、人手不足への対応として、一般労働者の賃上げで対応すると企
業にとって中長期的にコスト増につながるので、比較的調整のしやすいパートでの賃
上げでこれまで対応してきたと考えられる。ただし、労働需給のひっ迫もあり、雇用
形態としては、パートタイム等の増加より正社員の採用や登用の増加で対応する意向
がみられる。具体的には、企業が労働者不足にどのように対応しているかを厚生労働
省「労働経済動向調査」でみると、「臨時・パートの増加」で対応する企業よりも「正
社員採用・登用の増加」で対応する企業の割合が高い。なお、人手不足への対処方法
は、外部からの人員確保だけではなく、労働条件の改善や省力化投資による対応など
様々な手法となっており、今後はさらなる賃上げの実現や省力化投資の増加が期待さ
れる。
-3
-2
-1
0
1
2
3
4
ⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢ
2008 09 10 11 12 13 14 15 16 17
日本
アメリカ ドイツ
(期)
(年)
(前年同期比、%)
(備考)1.総務省「消費者物価指数」、厚生労働省「毎月勤労統計調査」、Bureau of Labor Statistics "Consumer Price Index"、Eurostat、ドイツ連邦統計局により作成。 2.ユーロ圏の消費者物価指数(HICP)のサービス物価には持家の帰属家賃が含まれない ため、日本及びアメリカについても持家の帰属家賃を除くサービス物価を使用。 3.日本は、内閣府で消費税率引上げの影響を除いたもの。 4.(2)について、非農業の平均時給。
- 60 -
第1-3-6図 一般、パートの労働者過不足感と賃金、労働者不足の対処方法
一般労働者の賃金の伸びは緩やか
(1)一般・パートの人手不足感と賃金
(2)労働者不足の対処方法
建設業
製造業
運輸業・郵便業
卸売業・小売業
宿泊業・飲食サービス業
医療・福祉
調査産業計
-1
0
1
2
3
10 15 20 25 30 35 40 45
一般労働者の所定内給与と人手不足感
(所定内給与の上昇率、%)
(DI、「不足」-「過剰」、%ポイント)
建設業
製造業
運輸業・郵便業卸売業・小売業
宿泊業・飲食サービス業
医療・福祉
調査産業計
y = 0.13x + 2.71(3.57)
R² = 0.760
2
4
6
8
10
12
0 10 20 30 40 50 60
パートの時給と人手不足感(時給の上昇率、%)
(DI、「不足」-「過剰」、%ポイント)
0
10
20
30
40
50
60
70
正社員採用・
登用の増加
臨時・パート
の増加
派遣労働者
の活用
在職者の労働条件
の改善(賃金)
在職者の労働条件
の改善(その他)
求人条件
の緩和
離転職の防止策の
強化、定年延長等
配置転換・
出向者の受入れ
省力化投資・
外注化、下請化等
(%)
外部からの人員確保
労働・求人条件の改善 内部の人員確保
(備考)1.厚生労働省「毎月勤労統計調査」、「労働経済動向調査」により作成。 2.時給と所定内給与は、2012年第3四半期から2017年第3四半期への上昇率。 3.人手不足感は、2012年8月調査から2017年8月調査までの雇用形態別の労働者過不足判断DIの平均値。 4.労働者不足の対処方法は、労働者不足に対処した企業の内訳で、2016年8月から2017年7月 までの過去1年間における対処方法を示している。
- 61 -
(ベア実現のためには生産性上昇、成長見込みの上昇が重要) 春闘においては、これまでと比べると、過去4年間で2%程度の高い賃上げ率が達
成されている。賃上げは定期昇給とベースアップ(ベア)に分けられるが、定期昇給
がマクロでみた賃金上昇に与える影響については、労働者全体の年齢構成が変化しな
い場合、全体でみると相殺 21されることになる。このため、マクロでみた賃金を上昇
させるためには、ベアをどの程度確保できるかが重要となる。ただし、これまでみた
ように、人手不足にもかかわらず企業は中長期的なコスト増になる一般労働者の定期
給与増には慎重であり、ベアは過去4年間、0%台半ばの上昇率にとどまっている。
ベアを企業の成長率見込み、労働生産性、CPI(総合)(いずれも1期前)で要
因分解すると、これまでのベアの動きを、相当程度、この3要因で説明できる(第1
-3-7図)。労働生産性は企業の収益に直結するのでベアにも影響されることに加
え、ベアは将来的な企業のコスト増につながるため企業の将来の成長見込みにも影響
されること、また労働側としては足下の物価上昇を踏まえて来年度の賃上げ交渉をす
ることから 1 期前のCPIが重要な要素になると考えられる。
このことからベアを確実に実現するためには労働生産性を高めるとともに、企業が
将来にわたり高成長が続くという見込みを持てる環境を整備することが重要である
といえよう。ただし、今回の景気回復局面の動きを見ると、特に 2014 年度から 2016
年度においては実際のベアがこれら3要因で説明できる推計値より大幅に下回って
いる。企業が過去最高の企業収益を更新していることも踏まえると、今後はこれまで
以上の高いベアの実現が期待される。
21 年齢構成比が変わらないとし、ベアがゼロだった場合、60 歳の労働者が退職しても 59 歳の労
働者が1年前に 60 歳だった労働者の賃金を受け取ることになり、以下、他の年齢層においても同じことがおきるだけで全体の賃金水準は変化しない。
- 62 -
第1-3-7図 ベースアップ率の要因分解
労働生産性や成長率の見通しが高いほどベースアップ率は高まる
コラム1-4 労働者の年齢構成の変化が賃金に与える影響
賃金カーブはおおむね 50 歳代前半をピークとしていることから、賃金水準の高い
中高年の労働者が増加することにより、全年齢を平均した一人当たりの賃金が押し上
げられるが、逆に賃金水準の高い高年齢の労働者の退職や賃金水準の低い若年の労働
者の増加により、一人当たりの平均賃金が押し下げられることになる。そのため、団
塊世代(1947 年~1949 年生まれ)の退職に伴い、構造的に一人当たりの平均賃金が
上がりにくくなっているとの指摘がされることがある。
そこで、一般労働者の定期給与の変化を、年齢構成が変化することによる要因と各
年齢の賃金水準の変化による要因とに分解し、過去 10 年の動きを分析すると、年齢
構成による効果は、2002 年以降もプラスに寄与しているものの、賃金を決める要因
としては、各年齢の賃金水準の変化による効果が大半を占めていることがわかる(コ
ラム1-4図)。
2007 年~2011 年頃は、団塊世代の賃金水準が大幅に落ち込む 60 歳代に差し掛かる
ことで年齢構成効果のプラスの寄与が減少していたが、団塊の世代の退職が進み賃金
-2
-1
0
1
2
3
4(前年度比、%)
消費者物価指数の上昇率
労働生産性の上昇率
ベースアップ率
今後3年間の実質経済成長率の見通し
(年度)
(備考) 1.内閣府「国民経済計算」、「企業行動に関するアンケート調査」、厚生労働省「毎月勤労 統計調査」、労務行政研究所「モデル賃金・年収調査」、総務省「消費者物価指数」、 「労働力調査」により作成。 2.ベースアップ率の推計式は以下のとおり。ただし、 CPI:(消費税引上げの影響を除く)消費者物価指数(総合)前年度比、 LP:労働生産性上昇率、EGF:今後3年間の実質経済成長率の見通し。 ベースアップ率=α×CPI(-1)+β×LP(-1)+γ×EGF(-1) 推定結果は、以下のとおり。括弧内の数値はt値。 α=0.34(3.51)、β=0.24(4.46)、γ=0.21(4.32)
- 63 -
水準も低くなった 2012 年以降は、主に団塊ジュニア世代(1971~1974 年生まれ)が
賃金水準の高い 50 歳代前半に近づきつつあることで、プラスの寄与が再び増加して
いる。また、若年の労働者の割合は少子化の影響等により長期的に減少傾向 22にある
ため、年齢構成効果に対するマイナスの寄与はしていない。
さらに、一般労働者の賃金カーブの 2002 年から 2016 年への変化を見ると、20 歳
代の若年層の賃金が上昇し、30 歳代後半から 40 歳代の中年層の賃金が減少している。
こうした中年層は、団塊ジュニア世代とも重なることから、賃金水準の低下している
中年層の割合が増加していることは、一人当たりの平均賃金の伸び悩みの要因の一つ
として考えられる 23。
コラム1-4図 年齢構成と賃金
22 ただしこのところは景気回復の長期化に伴う雇用環境の改善により新卒採用も増加しており、若者の雇用者数は正規雇用を中心にやや増加傾向にある。 23 黒田(2017)は、就職氷河期に新卒を迎えた中年層の賃金が低下していることが、平均賃金の押し下げ要因として影響を与えていることを指摘している。
0
2
4
6
8
10
12
14
16
18
~19 20~24 25~29 30~34 35~39 40~44 45~49 50~54 55~59 60~64 65~
一般労働者の年齢構成
団塊ジュニア世代
団塊の世代2002年
2007年
2012年
(%)
2016年
-0.6
-0.4
-0.2
0
0.2
0.4
0.6
0.8
2002~2006 2007~2011 2012~2016
一般労働者の賃金の要因分解
年齢構成変化による要因
その他の要因(各年齢の賃金水準変化による要因)
(%)
賃金の前年比(期間平均)
(年)
(歳)
- 64 -
(生産性向上とともに、大幅な賃上げが重要) 企業は労働生産性を高めることで収益向上を実現し、労働者への賃上げも可能とな
る。我が国の労働生産性と賃金の動向を製造業、非製造業に分けてみると、製造業は
労働生産性が向上しているもののそれに見合った賃上げができておらず、そのためU
LCも低下が続いている(第1-3-8図)。90 年代半ばについては急激に円高が進
んだため、労働生産性が向上しても賃上げではなく円ベースで見た販売価格の引き下
げを選択していた可能性がある。ただし、現在はかつてのような円高局面ではなく、
第1節で確認したように交易条件も改善しているため今後は労働生産性上昇に見合
った賃上げが期待される。
非製造業はICT資本の利活用の遅れなどにより労働生産性が上がっていないた
め賃上げが難しく、ULCも横ばいの動きとなっている。我が国は少子化もあり生産
年齢人口が減少しており、潜在成長率を高めるためにも生産性の向上は急務である。
特に労働生産性の伸びが緩慢な非製造業は、産業構造の変化もあり、GDP、雇用面
で見ても我が国経済の多くの部分を占めるため、今後は非製造業を中心に、労働生産
性を大きく向上させることが重要であるとともに、製造業も含め大幅な賃上げが期待
される。
10
15
20
25
30
35
40
45
~19 20~24 25~29 30~34 35~39 40~44 45~49 50~54 55~59 60~64 65~
一般労働者の賃金カーブ
2016年
2002年
(万円)
(備考)1.厚生労働省「賃金構造基本統計調査」により作成。 2.一般労働者の定期給与(月額)を用いている。 3.年齢構成変化による要因は、年齢構成が前年と同様だった場合の賃金上昇率を算出し、 それを実際の賃金上昇率から引くことで算出している。
(歳)
- 65 -
第1-3-8図 製造業と非製造業の生産性
非製造業は労働生産性の伸びが緩慢なため賃上げが困難
(消費者への価格転嫁のためには需要面の強さも重要) 消費者物価において、価格が最近上昇している一部のサービス価格の動向の背景を
みると、当該サービスに対する需要増加により価格転嫁が可能となっている面がみら
れる。日銀短観の各産業の販売価格判断DIと仕入れ価格判断DIの差を価格転嫁の
程度とみなし、当該産業の需給判断DIを需要の強さを示すものとみなして、両者の
相関をみると、総じて需要の強い産業において価格転嫁が進んでいる傾向がみられる
(第1-3-9図)。
60
80
100
120
140
160
180
1990 92 94 96 98 2000 02 04 06 08 10 12 14 15
製造業
労働生産性
名目賃金
ULC
(1990年=100)
(年)
60
80
100
120
140
160
180
1990 92 94 96 98 2000 02 04 06 08 10 12 14 15
非製造業
労働生産性
名目賃金
ULC
(1990年=100)
(年) (備考)1.内閣府「国民経済計算」、厚生労働省「毎月勤労統計調査」、総務省「労働力調査」 により作成。 2.内閣府「国民経済計算」は、1994年以降は2011年基準、1990年から1993年までは2000年基準 を接続して使用。 3.労働生産性=実質GDP/(労働時間×雇用者数) 名目賃金=名目雇用者報酬/(労働時間×雇用者数) 4.労働生産性、名目賃金はマン・アワーベース。
- 66 -
既にみたように、企業は消費者物価への価格転嫁に慎重な姿勢がみられるが、こう
した背景を確認するために、ある財の価格が上昇した際に、当該財の需要がどの程度
変化するかを示す、財別の需要の価格弾力性を推計した。この結果をみると、耐久財
の価格弾力性が 1.4 程度と最も高く、食品等を含む非耐久財の価格弾力性が 0.5 程度
とその次に高くなっている。特に、食品等を含む非耐久財の価格弾力性については、
その多くが必需品であり、本来は価格弾力性がほとんどないと考えられるが、時系列
で価格弾力性の変化をみると、近年上昇傾向がみられており、消費者が食品や日用品
などの価格変化に敏感になっている可能性が示唆される。
こうした点を踏まえると、今後、消費者物価レベルでの価格上昇が広くみられるよ
うになるためには、コスト面の押し上げだけでなく、需要面の強さも重要であること
が示唆される。こうした観点からは、賃金の上昇によって、家計の勤労所得が増加し、
それに見合って消費需要も強くなることが期待される。
第1-3-9図 需給と価格
需要の強い産業では価格転嫁が進む傾向
(1)非製造業の国内需給判断DIの変化幅と「販売価格判断DI-仕入価格判断DI」の変化
幅の関係
y = 0.29x + 1.44(2.25)
-2
0
2
4
6
8
10
12
14
16
18
-5 0 5 10 15 20 25 30 35
建設
不動産・物品賃貸
卸売
運輸・郵便
通信 鉱業・採石業・ 砂利採取業
小売 宿泊・飲食サービス
対事務所サービス
情報サービス
(国内需給判断DIの変化幅、%ポイント)
(販売価格判断DI-仕入価格判断のDI変化幅、%ポイント)
その他情報通信
全産業
製造業
非製造業
対個人サービス
- 67 -
(2)消費の価格弾力性(形態別) (3)非耐久財の価格弾力性の変化
コラム1-5 運送料が上昇した場合の物価全体への影響
人手不足感の高まりに伴う人件費の上昇等により、企業向け運送料が上昇している
点については既に述べたとおりだが、ここでは、企業向け運送料の上昇が、消費者が
直面する物価 24にどの程度の影響を及ぼすかについて見てみよう。 各産業が財・サービスを生産・販売する際には、別の産業から原材料やサービス等
を購入している。この連鎖的なつながりを表したものが産業連関表である。この産業
連関表(54 部門)に基づき、54 部門の価格がそれぞれ1%上昇し、これが投入され
る産業において全て価格転嫁されたと仮定した場合における物価全体の上昇率を試
24 物価全体の上昇率について、各部門の価格上昇率を産業連関表の家計消費支出でウエイト付けして加重平均することで算出しており、総務省「消費者物価指数」とは一致しない点に留意。
0
0.2
0.4
0.6
0.8
1
1.2
1.4
1.6
耐久財 半耐久財 非耐久財 サービス0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
2005 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15
(年度)
(備考)1.内閣府「国民経済計算」、日本銀行「全国企業短期経済観測調査」により作成。 2.(1)について、2012年10-12月期から2017年7-9月期までの変化幅。直線は 非製造業の各産業の値を回帰したもの。ただし、電気・ガスの価格は原油等の 価格に左右されるため、回帰式には含まない。 3.回帰式の下の括弧内はxの係数のt値。 4.価格弾力性については、内閣府「平成23年度年次経済財政報告」を参考に、 形態別実質消費支出(前年度比)を被説明変数とし、定数項及び 名目純可処分所得(前年度比)、形態別消費支出デフレーター(前年度比) に回帰することで推定した。データ期間は1980年度~2015年度。 1980年度~1994年度は旧基準(2000年基準・93SNA)。 5.(2)は形態別消費支出デフレーターの計数の絶対値。 白抜きは係数が1%水準で有意でなかったもの。 6.(3)は1981年度~2005年度までの25年分の推定を起点に、 1年度ずつ推定の始点と終点を後ろにずらした場合の係数の推移を表す。 破線部及び×印は係数が5%水準で有意ではなかった年。
- 68 -
算した。その結果、54 部門の平均は 0.03%となったのに対し、運送業の定義に近い
道路貨物輸送が含まれる運輸・郵便部門が1%上昇した場合の物価全体の上昇率は
0.09%となり、平均を大きく上回った。この背景としては、運輸・郵便部門は様々な
産業に利用されており、価格上昇が物価全体の押上げにつながりやすいことが挙げら
れる。
次に、具体的にどの産業への影響が大きいかを確認するため、産業連関表において
道路貨物輸送の価格が上昇した場合の影響について同様の手法を用いて試算すると、
特に飲食品部門や対個人サービス部門等の価格押上げに寄与するとみられる。これは
飲食品部門や対個人サービスにおいて、特に運送業が利用される割合が高いことが要
因である。
実際に価格上昇に伴うコスト増加を販売価格にどの程度転嫁するかは各企業の判
断になるため、ある程度の幅を持って見る必要があるものの、他部門との関連の強い
品目の価格上昇は、広い範囲の財・サービス価格を押し上げる可能性があることが示
唆される。
コラム1-5図 各部門の価格が1%上昇した場合の物価上昇率
(1)各部門の価格が1%上昇した場合の物価全体の上昇率
0.00
0.05
0.10
0.15
0.20
0.25
商業
対個人サービス
飲食料品
運輸・郵便
その他の対事業所サービス
医療・福祉
石油・石炭製品
電力
通信・放送
農林水産業
0.09
全部門平均:0.03
(%)
- 69 -
(2)道路貨物輸送の価格が1%上昇した場合の他部門の物価上昇率
3 金融市場の動向と家計の資産運用
(金融市場の動向) この1年の金融市場の動向を見ると、日本銀行の「長短金利操作付き量的・質的金
融緩和」の効果もあり、10 年債利回りはおおむね0%程度のプラス圏で安定的に推
移した(第1-3-10 図)。また、アメリカのFED(連邦準備制度)が利上げを行
う中、インフレ率の低位安定等を背景にアメリカの長期金利も大きな変動がなかった
ため、日米の金利差は安定的に推移、ドル円の為替レートも変動が少なく推移した。
なお、2016 年以降の日本銀行の金融政策の変遷と、その間の国債利回りの動向を
振り返ると、金融政策については、2016 年1月には、「量」・「質」・「金利」の3つの
次元で金融緩和を進めていく「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入を決定
0
0.001
0.002
0.003
飲食料品
対個人サービス
金融・保険・不動産
商業
その他の製造工業製品
医療・福祉
乗用車
運輸・郵便
電力
農林水産業
(%)
(備考)1.経済産業省「平成26年(2014年)産業連関表(延長表)」により作成。 2.各部門の価格上昇率は、以下の式から算出。 ΔP=t((I-(I-M)A)-1)ΔV なお、Pは生産者価格ベクトル、Iは単位行列、Mは輸入係数行列、Aは投入行列、 Vは付加価値ベクトル、tは転置行列を表す記号とする。 3.物価上昇率は各部門の価格上昇率を産業連関表の家計消費支出でウエイト付けして加重平均 したもの。 4.(1)は各部門の価格がそれぞれ1%上昇した場合における物価全体の上昇率の上位10部門。 ただし、金融・保険・不動産を除く。 5.(2)は道路貨物輸送の価格が1%上昇した場合における他部門の物価上昇率の上位10部門。 ただし、運輸・郵便は道路貨物輸送を除く。
- 70 -
した。また同年9月の金融政策決定会合においては、「量的・質的金融緩和」及び「マ
イナス金利付き量的・質的金融緩和」の下での経済・物価動向と政策効果について「総
括的な検証」を行い、イールドカーブ・コントロール等を盛り込んだ「長短金利操作
付き量的・質的金融緩和」を導入した。この間の国債利回りの動向をイールドカーブ
の変化を通じて概観すると、従来からの長期国債買入れと組み合わせたマイナス金利
政策の導入によって、金利にさらなる下押し圧力が加わったことで、イールドカーブ
全体が低下したほか、特に長い年限の金利水準が大きく低下したことによって、イー
ルドカーブはフラット化した状態となった。その後は、2016 年9月に導入された「長
短金利操作付き量的・質的金融緩和」の下で、短い年限の金利水準は小幅のマイナス
圏で推移し、10 年債利回りはおおむねゼロ%程度のプラス圏で安定的に推移するな
かで、長い年限の金利水準は上昇した。その結果イールドカーブは、「長短金利操作
付き量的・質的金融緩和」導入時を上回って推移している。
一方、企業収益が過去最高を更新していることなどもあり、日経平均株価は年後半
に上げ幅を拡大し、バブル崩壊後の戻り高値であった 1996 年の水準を超える水準に
まで回復した。
第1-3-10図 金融市場の動向
2017 年後半に日経平均株価は上げ幅を拡大
(1)金融市場の動向
-1
0
1
2
3
80
90
100
110
120
2017
(2017/1/4=100) (%)
10年債利回り(目盛右)
日経平均株価ドル円レート
(月)(年)
日米金利差(目盛右)
- 71 -
(2)イールドカーブの変化
(家計の金融資産の動向) 前項で確認したように株価の上昇などによる資産効果も消費を押し上げているが、
人生百年時代を迎える中、将来への備えとなる家計の安定的な資産形成という観点か
らも金融資産の動向は重要である。家計の金融資産残高の動きを見ると、緩やかに増
加を続けているが、現預金の比率が一貫して高水準で推移し、株式などのリスク性資
産の割合は低位にとどまっている(第1-3-11 図)。
2014 年1月にスタートしたNISAは、個人投資家のための税制優遇制度であり、
総口座数は増加しており、累積買付額は 11 兆円超となっている。NISA以外にも
ジュニアNISA、つみたてNISA、iDeCOなど投資を促進する制度が次々と
できており、今後は、将来への備えとなる安定的な資産形成の実現に向けた動きが促
進されること、また「貯蓄から投資へ」の流れが促進されることで家計から企業への
資金供給が拡大し、経済が成長するとともに、家計も潤い、さらなる投資につながる
という好循環が生みだされることも期待される。
-0.6
-0.3
0.0
0.3
0.6
0.9
1.2
1.5
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 15 20 30 40
(%)
(年)
2016/1/28
マイナス金利付き量的・質的金融緩和導入前日
2017/12/29現在2016/9/20
長短金利操作付き量的質的金融緩和導入前日
2016/7/6 40年債利回り最低
(備考)1.Bloombergにより作成。 2.日経平均株価、10年債利回りは当日終値、ドル円レートはインターバンク直物中心相場。 3.日米金利差は10年債利回りの差。
- 72 -
第1-3-11図 NISA口座などの状況
投資を促進する様々な制度が発足
(1)家計の金融資産の保有動向 (2)NISA口座開設数・買付額
(3)各種制度の概要
NISA ジュニア NISA つみたて NISA iDeCo
対象者 20 歳以上 0~19 歳
(運用管理者は二親等以内の親族) 20 歳以上 20 歳以上 60 歳未満
対象商品 株式・投資信託等 一定の投資信託 預貯金、保険商品、
投資信託、信託等
非課税投資枠 上限 120 万円/年
(最大 600 万円) 上限 80 万円/年
上限 40 万円/年
(最大 800 万円) 年間掛金×年数
非課税期間 最長 5 年 最長 5 年 最長 20 年 制限なし
投資可能期間 2014~2023 年 2016~2023 年 2018~2037 年 -
税制優遇 運用益が非課税
① 掛金が全額所得控除
② 運用益が非課税
③ 受給時の退職所得控除等
払出し 制限なし 原則 18 歳まで制限
あり 制限なし 原則 60 歳まで制限あり
0
20
40
60
80
100
0
500
1,000
1,500
2,000
2,500
2000 02 04 06 08 10 12 14 1617
(兆円)
(年)
(%)
その他
保険・
年金等
現預金
リスク性資産
現預金比率
(目盛右)
リスク性
資産比率
(目盛右)
0
2
4
6
8
10
12
14
0
200
400
600
800
1,000
1,200
1 3 6 12 3 6 9 12 3 6 9 12 3 6 9
2014 15 16 17
(万口座) (兆円)
(月末)(年)
総口座数
累積買付額
(目盛右)
(備考)1.日本銀行「資金循環統計」、金融庁資料、厚生労働省資料により作成。 2.(1)の現預金比率は、家計の金融資産に占める現預金(外貨預金除く)の割合。リスク性資産 比率は、家計の金融資産に占めるリスク性資産(株式等、投資信託受益証券、債務証券、外貨預 金および対外証券投資の合計値)の割合。2016年までは年末、2017年は9月末の数値。
- 73 -
(景気回復長期化の背景)(企業収益は改善に広がり)(雇用は明確に改善)(建設投資の動向)(景気回復の広がりも景気回復の長期化に貢献している可能性)(景気回復の長期化にはマインドや為替、原油等の外的要因の影響も)第2節 緩やかな回復基調が続く日本経済1 雇用・消費の動向(正社員の有効求人倍率は初めて1倍を超える)(男性の高齢者や女性で雇用者数が大幅に増加)(所得の改善、マインドの持ち直しにより消費は緩やかに持ち直し)(若者の消費は伸び悩む一方、アクティブシニアが消費を押し上げ)(資産効果が消費を下支え)
2 企業部門の動向(生産活動は電子部品・デバイスや設備投資関連を中心に緩やかに増加)(業況の改善は中小企業にも広がりが見られる)(設備投資は緩やかに増加)(倒産は低水準であるが、後継者不足もあり廃業が過去最多となっている)
3 貿易、経常収支の動向(輸出は持ち直しており、経常収支黒字も緩やかに増加)
4 住宅・公共投資の動向(増勢が続いていた貸家の着工はこのところ弱含んでいる)(公共投資は経済対策の効果もあり高水準となっている)
第3節 デフレ脱却に向けた動き1 デフレ脱却に向けた局面変化(物価動向について)(景気回復の長期化もありGDPギャップはプラスに転じる)(人手不足感が四半世紀ぶりの高水準となり、パートを中心に賃上げが続く)(企業物価は最終財価格も上昇し始め、一部の消費者向けでの価格転嫁の動き)(物価を取り巻く環境の局面変化)
2 デフレ脱却に向けた今後の課題(国際的にみても賃金の上昇が物価の押し上げに重要)(人手不足感が高まっても、一般労働者の賃金の上昇は緩やか)(ベア実現のためには生産性上昇、成長見込みの上昇が重要)
コラム1-4 労働者の年齢構成の変化が賃金に与える影響(生産性向上とともに、大幅な賃上げが重要)(消費者への価格転嫁のためには需要面の強さも重要)人手不足感の高まりに伴う人件費の上昇等により、企業向け運送料が上昇している点については既に述べたとおりだが、ここでは、企業向け運送料の上昇が、消費者が直面する物価23F にどの程度の影響を及ぼすかについて見てみよう。各産業が財・サービスを生産・販売する際には、別の産業から原材料やサービス等を購入している。この連鎖的なつながりを表したものが産業連関表である。この産業連関表(54部門)に基づき、54部門の価格がそれぞれ1%上昇し、これが投入される産業において全て価格転嫁されたと仮定した場合における物価全体の上昇率を試算した。その結果、54部門の平均は0.03%となったのに対し、運送業の定義に近い道路貨物輸送が含まれる運輸・郵便部門が1%上昇した場合の物価全体の上昇率は0.09%となり、平均を大きく上回った。この...3 金融市場の動向と家計の資産運用(金融市場の動向)(家計の金融資産の動向)
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