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2019 年度 新潟県化学インターハイ

化学筆記試験準備問題

元 素 の 周 期 表

問題 周期表に記載されている 118 番元素までのうち、次の元素の元素記号、

原子番号、族、日本語名および英語名をすべて記せ。

a) 原子番号 104 番から 118 番の元素。

b) 大気中で炭素化合物を燃焼させ、そこから二酸化炭素を除いたときに

残る気体として単離され、シャプタルが命名した元素。

c) ヒトの体内から発見された極めて珍しい例で、ヒトの尿を分析するこ

とにより抽出された元素。

d) 元素名(英語)の由来はラテン語の「火打ち石」。

e) 1794 年にフィンランドの化学者ヨハン・ガドリン(1760~1852)が、

スウェーデンのある村から産出した鉱物を分析し、新元素を発見した。

単一と思われたこの元素を後に詳しく調べたところ、更に新しい3つの

元素が発見された。このスウェーデンのある村にちなんで命名された4

つの元素。

f) ランタノイドおよびアクチノイドに属するすべての元素。

g) 標準状態では気体で存在する元素

h) 標準状態では液体で存在する元素

i) 5 つの元素の元素記号を組み合わせるとある国の名前の英語名になる。

5 つの元素の原子番号の総和は 205、最大の原子番号から最小の原子番

号を差し引くとフランシウムの原子番号に等しい。2 番目に大きい原子

番号から 2番目に小さい原子番号を引くとインジウムの原子番号に等し

い。5 つの元素及び国の名前の略称を答えよ。

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化学筆記試験準備問題

無 機 化 学

問題 1 勝者の石

鉱物のパイロモルファイト(pyromorphite、「火」および「形態」を意味するギリ

シャ語 pyro と morpho から)は A5(PO4)3B の組成を 持つ。パイロモルファイ

トという呼称は、この鉱物が融解した後に再結晶化する性質を持つことに由来

する。このことから、パイロモ ルファイトは時に「勝者の石」と呼ばれること

がある。フランスでは、この鉱物を含む鉱床 はサントル地域圏にみられる。パ

イロモルファイトが結晶化すると、a = b = 0.999 nm、c = 0.733 nm, α = γ =

90°、 β = 120°、 Z = 2 のパラメーターを持つ六方 晶となる。密度は ρ = 7.111

g cm‒3 である。濃硝酸に 1.000 g のパイロモルファイトを完 全に溶解させたの

ち、pH ≈ 5 となるまで水酸化カリウムで中和した。1.700 g の明るい黄色の 沈

殿を形成するまでに、1.224 g の KI の添加を要した。

a) パイロモルファイトの組成式を決定せよ。

ヒント 1: 六方単位格子の体積は V = abc × sin βである。

ヒント 2: 単位格子 1 個に含まれる 2 A5(PO4)3B の質量は m = 2M/NAと表さ

れる。M はこの鉱 物のモル質量であり、NA はアボガドロ定数である。

また、ρ を密度、V を単位格子の体積とし て、m = ρV である。

b) 仮に KI を過剰に加えたとしたら起きたであろう反応の反応式を書け。

無視できない割合の A が不純物 C で置き換わっている場合がある。A の原子

質量は C の 3.98倍である。不純物の量を決定するため、1.00 gの鉱物を HNO3

に溶解した。この溶液に Na2SO4 を加えると、その後白い沈殿が生じた。この

沈殿をろ去し、ろ液をアンモニア(NH3) 水に加えた。その後、C(OH)n を分

離し、希硫酸(H2SO4)に溶解させた。C(+n)を滴定するため、この不純物を前

もって C(+m)に酸化する必要がある。このため、C(+n)の硫酸溶液を Ag2S2O8

存在下で加熱した(Ag+を触媒として利用した)。この溶液を 100.0 mL メスフ

ラスコ に移し、標線まで蒸留水を加えた。そのうち 10.0 mL をコニカルビー

カーに移した。その後、 濃度 0.100 mol L‒1 の Fe(NH4)2(SO4)2 酸性溶液 10.0

mL を加えた。得られた混合物を濃度 9.44·10‒3 mol L‒1の KMnO4水溶液で滴

定したところ、15.0 mL を要した。

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c) 不純物 C を決定せよ。文中にある化学反応のそれぞれに対応する反応式を

書け。

d) 今回調べたパイロモルファイトにおける不純物 C の割合(質量パーセン

ト)を計算せよ。

e) 298 K における、過マンガン酸イオン 1 当量に対する滴定反応の平衡定数

を計算せよ。

溶液に Mn2+を加えることで、滴定に先立っての C(+n)の酸化が完了している

ことを確認する ことができる。

f) C(+n)の酸化が完了していることを示す反応の反応式を書け。どの化学種に

よって反応の完了が確認できるのか、該当する化学種に下線を引くことに

よって答えよ。

g) 酸化還元滴定には FeSO4でなく Fe(NH4)2(SO4)2がよく使われるが、それは

なぜか。正し い答を選べ。

FeSO4は不安定であり、空気中の酸素によって速やかに酸化されるから。

Fe(NH4)2(SO4)2は FeSO4よりも溶解性が高いから。

Fe(NH4)2(SO4)2は FeSO4よりも安価な試薬であるから。

298 K におけるデータ:

E°(MnO4‒/Mn2+) = 1.51 V / SHE

E°(Fe3+/Fe2+) = 0.77 V / SHE

E°(C(+m)/C(+n)) = 1.33 V / SHE

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問題2 コバルト配糖錯体の触媒作用と立体選択的合成

キラルな配位子を持った配位化合物の立体選択的合成は発展を続けている分野

である。これは主 に、不斉触媒や創薬の分野での応用が期待されるためである。

その合成戦略の 1 つに、糖の特定の 位置にルイス塩基を導入することで糖鎖骨

格の多様性を利用するというものがある(F. Cisnetti et al., Dalton Trans., 2007

and F. Bellot et al., Chem. Commun., 2005 )

コバルト錯体の立体選択的合成

糖質配位子 L とその C3 エピマーである L’ をまず合成した。その後、対応

するコバルト錯体 P と P’を調製した。

以下に、錯体 P と P’についての物理的・化学的研究に関する結果を示す。

a) 糖質配位子 L の C3 エピマーである L’の構造を、くさび型表記法で描け。

b) P の中性塩の元素分析結果を用いて、P 中のコバルトの酸化数を答えよ。ま

たその P 中のコバルトと同じ酸化数を持つ遊離コバルトイオンの電子配置

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を推定せよ(訳者注:例として中心が鉄の 3 価であれば Fe3+の電子配置

(1s)2(2s)2…..を書くということかと思われる。)。

c) P の可視光スペクトルに観測される遷移の名前を答えよ。

d) 観測されたスピン状態に基づき P の d 軌道ダイアグラムを描き、電子を埋

めよ。また、L の配位子場が強い配位子場か弱い配位子場かを答えよ。

e) P’の第一配位圏の様子を上の表中の模式図のように描け。

SOD 様活性

糖質配位子 L’’ から合成されたコバルト錯体 C’’のスーパーオキシドディス

ムターゼ (superoxide dismutase, SOD)(訳者注:活性酸素分解酵素, dismutation

= 不均化)模倣物と しての活性を計測した。というのも、活性酸素分解作用は、

酸化ストレスから体を守るという 薬学的な利点を持つためである。スーパーオ

キシドとの反応におけるコバルト錯体 C’’とフェ リシトクロム-C の速度論的

競合反応を利用して改良 McCord-Fridovich 分析法を行った。S1 は、錯体を加え

ないで行った時の、フェリシトクロム-C 中の 3 価の鉄の還元反応の速度論的

プロットの傾きを表し、S2 は SOD 模倣物と推定されるもの(訳者注:ここで

は C’’のこと)を加 えて行った時の、速度論的プロットの勾配である(訳者

注:ここでいう「速度論的プロット」とは、 フェリシトクロム-C の還元体(フェ

ロシトクロム-C)の 550 nmにおける吸光度を時間に対してプ ロットしたもので

ある)。

f) スーパーオキシドラジカルイオン O2•ˉのルイス構造式を描け。

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g) スーパーオキシドラジカルイオンの不均化反応の酸化還元反応式を書け。こ

の反応で は酸素と過酸化水素が生成する(訳者注:酸性条件を仮定せよ)。

h) C’’の半数阻害濃度 IC50を決定せよ。IC50は阻害剤(訳者注:この問題では

C’’)を加え ないときと比べて、半分の活性になるときの阻害剤の濃度のこ

とである。

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問題3 銅(II)錯体の構造に関する研究

化学量論と分子式

錯体の化学量論は様々な手法で決定できる。その一つがジョブプロット法(連続

変化法とし ても知られる)である。この手法を用いてアンミンアクア銅(II)錯体

Z の化学式を決定してみよう。

a) 硫酸銅(CuSO4)水溶液は青色である。溶液の色の原因となる錯体の化学式と

その錯体 の吸収波長 λ1の近似値を書け。

水中でのヘキサアクア銅錯体とアンモニアの反応を考える。平衡定数を K°と

する。n 分子の アンモニア配位子が 1 分子の金属イオンの配位場の水を置換し

たとする。この際、反応式は 以下のようになる。

硫酸銅水溶液(濃度 c0 = 0.044 mol L‒1)とアンモニア水(c0 = 0.044 mol L‒1)、

および 2.0 g の硝酸アンモニウム NH4NO3 を混合して以下の溶液を調製した。

それぞれの溶液について、 波長 λ1における吸光度を測定した。ブランク溶液に

は NH4NO3水溶液を用いた。

b) 波長 λ1 におけるアンモニアと硫酸イオンの吸光度が無視できる場合、補正

された吸光度 A’が以下のよう書けることを示せ。(訳注:補正された吸光度

とは、ここでは溶液の吸光 度から Cu2+の寄与を除いて、錯体 Z の寄与のみ

になるよう補正した吸光度を指す。この 問いは右側の等号が成り立つことを

示すことを要求している。)

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ただし、A12は溶液 12 の吸光度、εZはアンミンアクア銅(II)錯体 Z のモル吸光

係数、εCuは遊離した銅イオンのモル吸光係数、[Z]はアンミンアクア銅(II)錯体

Z の濃度、l はセルの光路長である

c) 補正された吸光度 A’を x に対してプロットせよ。

d) 銅イオンが制限物質である場合について、補正された吸光度 A’を x につい

て求めよ(訳 注:小問 b)の式と異なり、x のみを変数とする式で答えよ)。

e) 配位子が制限物質である場合について、補正された吸光度 A’を x について

求めよ(訳 注:小問 b)の式と異なり、x のみを変数とする式で答えよ)。

f) 小問 d)、e)で求めた 2 つの直線の交点における x の値が xmax = 20 / (1+n)であ

ることを示せ。

g) アンミンアクア銅(II)錯体 Z の分子式を推定せよ。

錯体の電子的性質の研究

h) 銅まわりの配位子が正八面体形に配置していると仮定して、d 軌道電子のエ

ネルギー準 位を下からエネルギーの低い順に描いて電子を埋めよ(訳注:以

下、この図を d 軌道準位図とする)。

i) マンガン(II)イオンを銅(II)イオンの代わりに用いた場合(Mn(H2O)62+錯体)の

d 軌道準位図を描いて電子を埋めよ。この錯体のスピンの最大値を答えよ。

j) シアニド配位子を水配位子の代わりに用いた場合((Mn(CN)64‒錯体)の d 軌

道準位図を描いて電子を埋めよ。この錯体のスピンの最大値を答えよ。

k) 小問 a) で取り上げた変換で水がアンモニアに置換された際の、銅(II)錯体の

電子のエネルギー準位の上昇を矢印を用いて図示せよ。置換が起こる配位子

は z 軸上にとること。

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分 析 化 学

問題 1 天然ガスの脱酸と脱硫

水素ガスの 95%は天然ガスの水蒸気改質で製造されている。この反応はメタン

との反応(反応(1))に類似した反応であり、触媒存在下約 900 ℃で進行する。

こうして得られた水素ガスの35%から40%はアンモニア合成に用いられている。

しかし、1000 個のニッケル原子につき 1 個の硫黄原子が存在するだけでも触

媒は機能不全に陥ってしまう(訳注: 反応(1)にはニッケル触媒が用いられるが、

天然ガスに含まれる硫黄化合物がその触媒毒となる)。また、天然ガスに含まれ

る酸性のガス(H2S と CO2)は配管を傷めてしまう。そのため、天然ガスには

脱酸と脱硫が必要である。

天然ガスの水蒸気改質

a) アルカン CnH2n+2の水蒸気改質の化学反応式を答えよ。

b) 反応(1)の 900 ℃における平衡定数 K°を計算せよ。

酸性ガスの除去

天然ガスから酸性ガスを除去するのに、アミン溶液がよく用いられる。全ての酸

性ガスを溶解 するアミン溶液もあるが、速度論的な理由で H2S と CO2のどち

らかに選択的なものも存在す る。このプ

ロセスをモデル化した実験系として、以下

のようなものを考える(ただし、この系で

は炭化水素を N2 で置き換えている)。以

下の実験では、右図の装置を用いて、異な

る 2 種 類のアミン(モノエタノールアミ

ン(MEA)およびメチルジエタノールアミ

ン(MDEA))による脱 酸について調べる。

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あらかじめ、フラスコ F1 には 100 mL の 0.5 mol L‒1 アミン溶液(n0 = 50 mmol)

が、フラスコ F2 には 100 mL の 0.5 mol L‒1 NaOH 溶液がそれぞれ入っている。

アミン、NaOH 共に大過剰で ある。

手順 1: あるガスサンプル(ガス 1)を N2 で希釈したものを全量、アミン溶液

の入ったフラスコに導入する。フラスコから出てきたガス(ガス 2)を 2 番目

のフラスコの NaOH 溶液にバブリングする。最終的に 2 番目のフラスコから出

てきたガス(ガス 3)には酸性ガスは含まれない。

手順 2: それぞれのフラスコに入っている液体を HCl 溶液(cHCl = 1.0 mol L‒1)

で滴定する。 滴定の間、pH と電気伝導度の両方をオンタイムで測定したものを

記録することにより、2 つの 曲線(下図参照)を得る。

ガス 1 のサンプルは n1 mmol の CO2、n2 mmol の H2S、n3 mmol の CH3SH を含

む。最初に 1 級アミンである MEA で実験を行い、次に 3 級アミンである

MDEA で行う。

c) 含まれるガスのそれぞれについて、c-1) アミン溶液との熱力学的定量反応の

反応式 (K°>> 1 と仮定した反応式)、c-2) NaOH 溶液との熱力学的定量反応

の反応式を書け。

はじめに、MEA での実験について考える。このアミンでは、速度論的に反応が

阻害されるこ とはない。

d) 滴定の前にフラスコ F1 に存在するそれぞれの化学種の量を(n1、 n2および

n3の関数と して)決定せよ。

e) ガス 2 にはどの化学種が存在するか。1 種類かもしれないし、複数かもしれ

ない。

f) 曲線 A1F1 および A1F2 を用いて、f-1) n3、および、f-2) n1 と n2の関係を決

定せよ。

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MDEA は酸化学種のうち 1 種類とのみ反応し、他の反応は速度論的に進行しな

い。

g) 曲線 A2F1 を用いて、反応する化学種の量を決定せよ。

h) 曲線 A2F2 を用いて、MDEA が CO2 と H2S のどちらと選択的に反応するの

か決定せよ。 また、残りの 2 個の変数(n1と n2)を計算せよ。

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問題2 ラヴォアジェの実験

現代化学の父として知られるフランスの化学者ラヴォアジェ (A. L. de Lavoisier)

は、酸素が空気の成 分の1つであることを 1775 年に実験によって示した。

彼の実験は以下のように要約できる:

レトルト(蒸留用ガラス器具)の中に 122 g の水銀を入れた。その口を 0.80

L の空気 を含んだガラス容器(上図参照)に繋ぎ、水銀によって満たされ

た水槽に上下逆さま に入れた。

上述の方法で準備された蒸留装置を加熱し、何日かの間水銀が沸騰した状態

を維 持した。

2 日後、水銀の表面が赤い粒子で覆われはじめた。

12 日後、赤い粒子の層がそれ以上増加しないようになった。それにより加

熱による水 銀の反応が完了したと判断し、加熱を停止した。

冷却した後の観測結果は以下のとおり:

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化学筆記試験準備問題

0.66 L の「空気」がガラス容器に残っていた。

残っていた「空気」にさらすと、ロウソクの炎は消え、マウスは

死ぬことがわかっ た。

最終的に生成した赤い粒子の質量は 2.3 g であった。彼はこれを

「水銀の錆」 と名付けた。

下表は 298 K における幾つかの水銀化合物と酸素 の熱力学データである。

a) 酸化水銀 (I) Hg2O の標準モルエントロピーSm°は実験によっては求まって

0 J K‒1 mol‒1

100 J K‒1 mol‒1

200 J K‒1 mol‒1

300 J K‒1 mol‒1

b) HgO(s) と Hg2O(s) の生成の反応式を書け。

c) 液体の水銀のみが反応して、赤色もしくは黄色のいずれかの HgO を生成す

ると仮定する。設問 a) で選んだ値を用いて、298 K における平衡定数を以下

の 3 つについて計算 せよ。

c-1) 赤色の HgO、 c-2) 黄色の HgO、 c-3) Hg2O

酸化水銀 (II) には赤色と黄色の 2 つの形態があるが、これらは標準ポテンシャ

ルや磁化率 が近い値を示す。しかしながら黄色の酸化水銀 (II)は赤色のものに

比べると構造的な欠陥 が大きい。赤色の酸化水銀が Hg(NO3)2 のゆっくりとし

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た熱分解により生成するのに対して、 黄色の酸化物は水銀 (II) イオン水溶液の

塩基性条件下での沈殿により得られる。

d) これらの過程の反応式を書け。

ラヴォアジェの実験は、水のような媒質(溶媒)を使わずに直接加熱するという

点で、熱分解 に似ているといえる。このことを踏まえて赤い酸化物の生成につ

いて説明できるか考えてみ よう。以下ではこの赤い酸化物がこの反応の唯一の

生成物であると仮定する。

e) ラヴォアジェの実験を反応が完結するまで行ったときに残る各化学種の理論

量を計算せよ。

f) 反応完結時の酸化水銀 (II) の質量の理論質量を計算せよ。

g) ラヴォアジェによる質量の測定値と合致しない理由として考えられるものを

以下から選べ。

他の種類の HgOx (x > 1) が生成した。

収率が 100 %ではなかった。

ラヴォアジェが体積を測定したときの温度が T < 25 ℃だった。

「水銀の錆」には窒化物 HgxNy も含まれていた。

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問題 3 それはどのワイン?ブラインドテイスティング 1 への挑戦

ブドウ果汁の発酵はワインの生産の極めて重要なステップである。この生化学

的な過程の間,ブドウに蓄えられた糖はエタノールへと変換される。この過程は

環境中,特に果実の表面に自然に存在する微生物によって行われる。微生物によ

って変換される糖の一つはグルコースである。この問題の以下の部分では微生

物の活動は考えないものとする。

a) 固体のグルコース(C6H12O6(s))が液体のエタノール(C2H6O(l))と気体の二酸化

炭素へと変換する反応の釣り合いのとれた化学反応式を書け。この反応は酸

素を必要とするか?はい,またはいいえで答えよ。

b) 298 K におけるこの反応の標準反応エンタルピー、標準反応エントロピー、

標準反応ギブスエネルギーを計算せよ。この反応は発熱反応か?はい、また

はいいえで答えよ。

グルコースの二酸化炭素と水への変換は細胞呼吸と呼ばれる。

c) グルコースが二酸化炭素と水へと変換する反応の釣り合いの取れた化学反応

式を書け。 ただし、この問では化学反応式において各物質の状態(液体や気

体など)を指定する必 要はない。この反応は酸素を必要とするか?はい、ま

たはいいえで答えよ。

エタノールの濃度はワインによって大きく異なる。ドイツのリースリング(カビ

ネットと言われる) というワインの中にはたった 7–8% vol のエタノールしか

含まないものがある一方で、シャトーヌフ・デュ・パプ (フランスのローヌ地方)

は普通、約 14% vol のエタノールを含む。(“% vol” は“アルコールの体積百

分率”を意味し、298 K におけるワインに含まれるエタノールの体積 の全体の

体積に対する比を 100 倍したものと定義される。)したがって発酵の間、ブドウ

果汁 に含まれるエタノールの割合を制御することは非常に重要である。ワイン

中に含まれるエタノールの濃度を決定するために次のような手順が用いられ

た。:ワイン X を蒸留水で 50 倍に薄める。ワインの水溶液を硫酸(0.1 mol L‒1)

を含む 100 mL の二クロム酸カリウム水溶液 (5.0·10‒3 mol L‒1)に滴下した。当量

点に達した時点で、滴下したワイン水溶液の体積𝑉𝑉 𝑒𝑒は 15 mL であった。

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化学筆記試験準備問題

d) 二クロム酸イオンによるエタノールの酸化反応の釣り合いの取れた化学反応

式を書け。

e) この反応の平衡定数を計算せよ。この反応はワイン中のエタノールの濃度を

決定するた めに用いることができるか?はい、またはいいえで答えよ。

f) 滴定を開始する前の硫酸と二クロム酸カリウムの水溶液の pH を計算せよ。

ここで硫酸は 一価の強酸であるとして良い。

g) 当量点での硫酸と二クロム酸カリウムの水溶液の pH を計算せよ。(ここでも

硫酸は一価 の強酸であるとして良い。)水溶液の pH の変化を用いて当量点

を決定することは可能 か?はい、またはいいえで答えよ。

h) ワイン X 中のエタノールの濃度を% vol 単位で計算せよ。このワインはドイ

ツのリースリングとフランスのシャトーヌフ・デュ・パプのどちらと考えら

れるか?

データ:

298 K でのエタノールの密度: 0.79 g cm‒3

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物 理 化 学

問題を解くのに必要な定数(計算に用いる有効数字については適切に判断せよ)

アボガドロ定数, NA = 6.0221×1023 mol–1

ボルツマン定数, kB = 1.3807×10–23 J K–1

気体定数, R = 8.3145 J K–1 mol–1 = 0.08205 atm L K–1 mol–1

光速, c = 2.9979×108 m s–1

プランク定数, h = 6.6261×10–34 J s

ファラデー定数, F = 9.64853399×104 C

電子の質量, me = 9.10938215×10–31 kg

標準圧力, P = 1 bar = 105 Pa

1気圧, Patm = 1.01325×105 Pa = 760 mmHg = 760 torr

摂氏零度, 273.15 K

1 pm = 10–12 m; 1 Å(オングストローム) = 10-10 m; 1nm = 10–9 m

1 eV(電子ボルト、エネルギーの単位) = 1.6 × 10-19 J

1 amu(または1u )原子質量単位 = 1.66053904 × 10-27 kg

熱力学に関する方程式など

理想気体の状態方程式: PV = nRT

エンタルピー: H = U – PV

ギブス自由エネルギー: G = H – TS

QRTGG o ln

o

cell

o nFEKRTG ln

エントロピー変化:T

qS rev ➡ qrevが可逆変化における受け入れる熱量の時

1

2lnV

VnRS ➡ 理想気体の等温膨張について

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化学筆記試験準備問題

ネルンストの方程式:

redC

oxC

nF

RToEE ln

光子(フォトン)のエネルギー:

hcE

ランベルト―ベールの法則: bCI

IA 0log

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化学筆記試験準備問題

問題 1 ベンゼンにおける局在化と非局在化

歴史上、 最初に ベンゼンが単離されたのは、安息香からである(安息香は パピ

エダルメニイの主成分)。 その後 19 世紀半ばに、フランス人化学者の M.ベルテ

ロがアセチレンの三量化を用いて、ベンゼンの合成を行った。 この問題は、芳

香族分子の代表物であるベンゼンの電子状態を考察することを目的としている。

また、この問題において、ベンゼンの 6 つの炭素を、時計回りに C1 、C2 、…

と割り振る。

a) アセチレン C2H2からベンゼンを合成する化学反応式を書け。

b) 3 本の炭素-炭素二重結合と 3 本の炭素-炭素単結合を持つベンゼンの 2 種類

の構造式を描け。この構造はケクレベンゼンと呼ばれる。 このうち C1‐C2

間の結合が二重結合であるものを K1、他方を K2 とする。

c) 2 本の炭素-炭素二重結合と 5 本の炭素-炭素単結合を持つベンゼンの構造を

描け。 この構造はデュワーベンゼンと呼ばれる。

まず、 ケクレベンゼン K1 の C1‐C2間のπ結合を記述する単純なモデルでは、

2 原子間の非局在化により電子1つあたりエネルギーt (t < 0) だけ安定化する

と考えることができる。

d) K1 において, 二重結合は固定されているとする。この構造における全π電子

系のエネルギーEK1 を t の関数として求めよ。 また、K2 の全π電子系のエ

ネルギーEK2 を t の関数として求めよ。

数学的に、ベンゼン分子は, K1構造とK2構造の重ね合わせとして表現され、

二つの実数c1 と c

2 (ただし、c

1

2

2

2 + c = 1 かつ c

1 >0かつc

2 > 0)を用いて、

K = c1 2

K1 + c K2と書ける。この式から、 ベンゼンの適切な構造式の表記が、

K1またはK2に限定できないことがよく分かる。

これらの構造はベンゼンの共鳴構造である。局在化した構造である K1 と K2 か

ら、 電子が 全ての炭素にわたり非局在化していることを説明するには、 補足

的なエネルギー項を導入する必要がある。 そこで、 K のエネルギーEKを次の

ように定義する。

EK = c12EK1 + c22EK2 + 2c1c2H12

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化学筆記試験準備問題

ただし、 H12は t < H12 < 0 を満たす. すなわち, EK は c1と c2 の関数である。

e) EK を c1のみの関数として表せ。

f) 共鳴エネルギーを次のエネルギー差: ∆E1 = EK(H12 = t) – EK(H12 = 0)で定義

するとき、 c1c2の符号を用いて∆E1 の符号を示せ。

g) 次の文のうち、 正しいものを選べ。

□ 非局在化はベンゼンの安定化に寄与する。

□ 電子の非局在化はベンゼンの不安定化に寄与する。

もっと正確には、 n 個の炭素から成るπ電子系のエネルギーを被占有分子軌道

から評価することができる。 C. A.コールソンは、 n 個の炭素から成る環状π

電子系の分子軌道のエネルギー𝜀kが、 下記の式で表されることを示した。 ただ

し、エネルギーの低い順番に 番号が割り振られているとは限らない:

𝜀k = 2𝑡 cos(2𝑘π /𝑛); 𝑘 ∈ N、𝑘 ∈ [0 ; 𝑛 – 1 ]。

h) ベンゼンのπ電子系の分子軌道ダイアグラムを描け。 また、それぞれの分子

軌道に対応するエネルギーを計算せよ。

i) 上記の分子軌道ダイアグラムにベンゼンのπ電子を適切に充填せよ。

j) 最低エネルギーを持つ分子軌道から、 順に電子を充填することにより得られ

るベンゼンのπ電子系の全エネルギーEMO を求めよ。 また、共鳴エネルギー

を∆E2 = EMO–EK(H12= 0)として、 これを 計算せよ。

k) 以上の結果から、シクロヘキセンの水素化による標準エンタルピー変化

(ΔrHc°) と、ベンゼンの水素化による標準エンタルピー変化(ΔrHb°) と

の関係を正しく表したものを、下記の選択肢から選べ。

□ |ΔrHb°| < 3 |ΔrHc°|

□ |ΔrHb°| > 3 |ΔrHc°|

□ |ΔrHb°| = 3 |ΔrHc°|

l) シクロテトラジエン(C4H4)について、上の h) から j) と同様な計算を行い、

非局在化によってシクロテトラジエンが安定化するかどうか判定せよ。

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化学筆記試験準備問題

問題2 水素貯蔵

H2は将来の利用が期待されている燃料であり、特に、発電や乗り物への利用目的から期待

されている。化石燃料(炭化水素)は燃焼により二酸化炭素を排出し、地球温暖化を助長

するが、水素はその魅力的な代替物質である。残念なことに、水素の効率的な大量貯蔵は

簡単ではない。H2は室温では単位体積当たりのエネルギーが小さく、可燃性が高く、化石

燃料に対する競争力を持つにはいくつかの技術進歩を必要とする。この問題では、いくつ

かの水素貯蔵方法について、長所と短所を検討する。

H2を気体として貯蔵する場合

H2の圧縮は広く用いられる貯蔵法の 1 つである。気体は 350 -700 bar の圧力に保たれた容

器に貯蔵される。

a) 室温(293 K)で 500 bar の圧力下にある、理想気体として振る舞う H2の密度を計算せ

よ。

H2を液体として貯蔵する場合

H2ガスは液化され、一般的には低圧下(1 bar から 4 bar)でデュワー瓶(断熱容器)に保存

される。しかし、系は極低温に保たれる必要がある。というのも、P = 1 atm での H2の融

点は Tm = ‒259.2 ℃で、同じ圧力での沸点は Tv = ‒252.78 ℃だからである。また、臨界圧力

Pc = 13.0 bar、臨界温度 Tc = −240.01 ℃である。

b) 以下のいずれの温度で液体の水素が観察されうるか?記号を答えよ。

イ) 16 K

ロ) 25 K

ハ) 77 K

ニ) 293 K

c) 問題2について、解答に臨界点が関係する理由を答えよ。

d) クラウジウス―クラペイロンの式を使って、理想気体として振る舞う H2ガスを 27.15

K で液化するのに必要な圧力を計算せよ。

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化学筆記試験準備問題

H2を錯体として貯蔵する場合 1984 年に中性子回折から得られた測定値を用いて、G. J.

Kubas らはタングステン錯体[W(CO)3(P(iPr)3)2(η2-H2)] ((iPr) = イソプロピル基)の構造を

決定した(G. J. Kubas et al., J. Am. Chem. Soc., 1984)。この錯体は遊離した H2の H–H 結合

の距離(0.74 Å)に近い 0.82 Å の H–H 結合を持つ。 この錯体は部分真空やアルゴン雰囲

気下で容易に解離し、また、H2の存在下では再生することができる。

e) 1 kg の H2を貯蔵するのに必要な、脱水素化された錯体の質量を計算せよ。また、ρHを

計算せよ(ρHは錯体中の水素密度で、単位体積の錯体あたりの水素原子の質量として

定義される)。

次の節では、他の配位子の配位子場の下での、H2分子の脱水素化された錯体との結合につ

いて学ぶ。脱水素化された錯体は正四角錐形であり、それに H2分子が結合するものとす

る。

Metallic central atom

中心金属原子について

f) 原子状態のタングステンの電子配置を答えよ。価電子の数を書け。

g) 下に描かれた原子軌道の名前を(s, dyz, dz2, d(x2 – y2), dxz, dxy)から選び、表を埋めよ。

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化学筆記試験準備問題

Kubas 錯体

錯体は正四角錐形をしており、そこに H2分子が結合すると考えているので、水素以外の配

位子の影響を考慮する必要がある。その影響によって得られる中心金属のd軌道および水

素原子の軌道の分裂を下のダイアグラムに示す。

図 1:Kubas 錯体の単純化された分子軌道ダイアグラム

Kubas 錯体の分子軌道ダイアグラムを組み立てるために、錯体([W(CO)3(P(iPr)3)2])の分子軌

道(以降では単に中心金属原子の d 軌道のみ考える)と H2の分子軌道の相互作用を考え

る。

図 2:Kubas 錯体と基準軸

h) Kubas 錯体の 2 つの対称面を答えよ。(図 2 の座標軸を用いよ)

i) 中心金属原子の各 d 軌道が 2 つの対称面それぞれについて、対称か非対称かを示せ

(平面の名前には図 2 の座標軸を用いよ)。

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化学筆記試験準備問題

Kubas 錯体には、 (1) H2がホスフィン配位子 P(iPr)3に対して平行、と、(2) H2が CO 配位

子に対して平行、という 2 つの立体配座が提案されている。立体効果からは配座(2)が有利

であるにもかかわらず、実際は配座(1)の方がより安定である。

j) 上図の 2 つの H2の配座について、問7で答えた各対称面に関する波動関数の偶奇性を

答えよ。

k) 図 1 のダイアグラム中に中心元素の電子を埋めよ。

l) 対称性が同じ軌道のみが相互作用することをふまえて、各配座(上図の(1)と(2))で

の、相互作用しうる軌道の組を列挙せよ。どちらの配座がより安定だろうか?

水素をギ酸の形で貯蔵する場合

2006 年に、EPFL(スイス)の研究チームが H2をギ酸の形で貯蔵することを提案した(C.

Fellay et al., Angew. Chem. Int. Ed., 2008)。その中心となるアイデアは、ギ酸をルテニウムか

らなる触媒上で以下の反応に従って分解して水素と二酸化炭素を発生するような燃料とし

て使うというものである。

HCOOH(l) → CO2(g) + H2 (g) (R1)

m) ρH(25 ºC での単位体積のギ酸あたりの水素原子の質量として定義された、水素の密

度)を計算せよ。また、この値を 500 bar での気体の水素の ρHや液化された水素の ρH

と比較せよ。

n) 反応(R1)の 20ºC での標準反応エンタルピーと標準反応エントロピーを計算せよ。

o) エリンガム推定(エンタルピーとエントロピーは温度に依存しないと仮定する方法)

を用いて、20 ºC での反応(R1)の平衡定数を計算せよ。

p) 反応(R1)に対してルテニウム触媒が与える影響を述べよ。

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化学筆記試験準備問題

データ:

水素の

融解潜熱(標準圧力下): ΔfusH°m = 58.089 kJ kg‒1

蒸発潜熱(標準圧力下):ΔvapH°m = 448.69 kJ kg‒1

密度 水素ガス(標準状態): 0.08988 g L‒1

液化水素(‒252.78 °C):70.849 g L‒1

Kubas 錯体 : 1.94 g cm‒3

ギ酸(25℃) : 1.22 kg L‒1

標準状態の温度と圧力(20 °C, 1 atm)での熱力学データ

化学種 HCOOH(g

)

HCOOH(l) CO2(g) H2 (g) N2(g)

ΔfH°kJ mol‒1 ‒378.60 ‒425.09 ‒393.51 0.00 0.00

Sm°J mol‒1K‒1 248.70 131.84 213.79 130.68 191.61

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化学筆記試験準備問題

有 機 化 学

問題 1 Cantharidin の合成

カンタリジン(Cantharidin)はいくつかの昆虫が分泌するテルペノイドの一種であ

る。この化合物は古 代より医薬として利用されていたもので、1810 年にフラン

ス人化学者ロビケ(P. Robiquet)により単離さ れたことをきっかけに、精力的に研

究されるようになった。現在では、この化合物は特に馬に対して 強く作用する

毒物であり、毒性に付随してイボの治療薬として利用できることが知られてい

る。 Cantharidin の合成は 1951 年にベルギー人化学者ストーク(G. Stork)により

達成された。この問題で はその合成からいくつかのステップを抜粋して扱う。

a) A と B の構造式を描け。

b) A は光学活性か否か?

光学活性である

光学活性ではない

c) ブタジエンの最も安定な立体配座を描け。

d) C の 3 次元構造を描け。(Cは単一のジアステレオマーとして得られる。)

e) C が生成する反応における遷移状態の 3 次元構造を描け。

問題では扱わないが、C は数工程を経て D へと変換された。

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化学筆記試験準備問題

f) Eと F は異性体の混合物として得られる。Eと Fそれぞれの構造式を描け。

g) F が生成する反応を熱力学的に有利にする方法として適切なものはどれか?

加熱する

無水硫酸マグネシウムを加える

冷却する

酸化剤を加える

訳者注) パラトルエンスルホン酸を用いる段階の反応について答えよ。

h) G は異性体混合物として得られる。G の異性体の全ての構造式を描け。

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問題2 リシノール酸

トウゴマの種子の 50-70%はトリグリセリドであり、その脂肪酸部分の 90%近

くはリシノール酸である。 オレイン酸とリノール酸も少量含まれる(それぞれ脂

肪酸全体の約 4%, 3%)。脂肪酸とは長い脂肪族 炭素鎖を持つカルボン酸のこと

である。脂肪酸には主要な 2 つの分類があり、飽和脂肪酸と、1 つ以 上の C=C

不飽和結合をもつ不飽和脂肪酸である。1 つ以上の C=C 結合があるとき、その

位置と立 体配置は IUPAC 規則に従って表記される。

a) 飽和脂肪酸の一般的な分子式を書け。

訳者注) 炭素数を n と置くなどし、分子式を書けばよい。この問ではカル

ボキシル基以外の 官能基は無いものとしている。

リシノール酸は分子式 C18H34O3 の脂肪酸で、その炭素鎖は直鎖である。

C9=C10 二重結合 を持ち、C12 に絶対配置 R の立体中心を持つ。

リシノール酸の分光データの一部 1H NMR (CDCl3, 300 MHz): 5.53 と 5.40 ppm

の化学シフトを持つ 2 種類のアルケン水素が 観測され、両者間のカップリン

グ定数は 7.8 Hz だった. IR (σ, cm-1): 1711; 3406.

b) 分光データに基づき、リシノール酸の構造式を描け。

c) リシノール酸の立体異性体の数を答えよ。

d) C12 上の置換基の優先順位を考慮することで、絶対配置が R であることを

確かめよ。

1955 年に L. Crombie と A. G. Jacklin により、リシノール酸のラセミ体として

の全合成が下記 スキームによって達成された。A から B の合成はレフォルマ

トスキー反応により達成された (R-Br と亜鉛を用いる)。

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化学筆記試験準備問題

注) Lindlar catalyst: リンドラー触媒, ricinoleic acid: リシノール酸

訳者注) Na+、NH2-とは通常は表記せず、NaNH2と表記する。

使用した試薬に関するデータ:

A: -質量組成: C = 74%; H = 12%; O = 14% -1H NMR (CDCl3, δ, ppm in 300

MHz): 9.7 (s, 1H), 2.1 (m, 2H), 1.6 (m, 2H), 1.3 (m, 6H), 0.9 (t, 3H)

I-(CH2)n-Cl: -質量組成: I = 52%; C = 29%; Cl = 14%; H = 5%

e) A と B の構造式を描け。

f) 正しい文を選べ。

B の合成の際に得られる混合物は旋光性を持つ。

B の合成の際に得られる混合物は旋光性を持たない。

B は 1 つの不斉炭素を持つ。

B は 2 つの不斉炭素を持つ。

B が生成する反応は立体選択的である。

B の合成では 50:50 の R / S 混合物が得られる。

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化学筆記試験準備問題

g) 3,4-ジヒドロ-2H-ピランの代わりに用いることができると考えられる反応剤

を選べ。

臭化ベンジル PhCH2Br

ヨードエタン C2H5I

トリメチルシリルクロリド Me3SiCl

塩化チオニル SOCl2

ヘキサ-1-エン n-BuCH=CH2

訳者注) これらの反応剤と共に加える試薬、及び脱保護条件は適宜変更するも

のとする。

h) Bから Cの反応において生成するオキソニウムイオン中間体の構造式を描

け。

i) C の構造式を描け。

j) C と NaNH2の反応の化学反応式をかけ。

k) D から E の反応における遷移状態の構造を描け。主要な炭素鎖は R と省

略して表記し てよい。ただし、反応が起こる炭素原子周辺の立体配置を明

示して描け。

l) D、 E、F、 G の構造式を描け。

m) F から G の反応の一段階目の化学反応式を書け。また、続く二段階目の反

応では、ある 気体分子が生成する。この気体分子の分子式を書け。

n) G から H の反応の立体化学的な特性は何か ?

立体特異的

立体選択的

エナンチオ特異的

ジアステレオ選択的

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化学筆記試験準備問題

問題3 テストステロンの形式全合成

テストステロンはホルモンの一つである。ホルモンとは生物が作り出す、シグナ

ル伝達の役割を担う生理活性化合物である。テストステロンはほとんどの脊椎

動物でメスとオスの両方にみられる。テストステロンが健康に及ぼす影響は非

常に重要であるため、世界保健機構 WHO の必須医薬品リスト にも載せられて

いる。この問題では、テストステロンの形式合成について扱う。

a) 化合物 Sは光学活性か答えよ(はい/いいえ)。

b) 化合物 Aの構造式を描け(二つのジアステレオマーがある)。

c) 化合物 A に MsCl を加えて得られる、単離されていない中間体の構造式を

描け。

d) 化合物 Bと化合物 B’の構造式を描け。

e) 化合物 C の構造を、立体化学を明示して答えよ。また C に至る遷移状態の

構造式を描 け(Bだけが反応する)。

f) 化合物 Dの構造式を描け。

g) 化合物 D の中で、次の反応の KOH / MeOH 条件下で脱プロトン化されう

る水素を丸で囲め。

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化学筆記試験準備問題

KOH / MeOH の条件で化合物 D は 2 種類の生成物 E、E’を与える。化合物

E は熱力学支 配の生成物であり、化合物 E’は速度論支配の生成物である。化

合物 E は 6 員環を 3 つと 5 員環 1 つ含み、化合物 E’は 6 員環と 5 員環を 2

つずつ含んでいる。

h) これら 2 つの生成物の構造式を描け。