エンタングルメント・エントロピーと 重力エントロピーの双対性
高柳 匡 ( 京都大学理学部 )
研究会「超弦理論と宇宙」 2008
文献
Ryu-T, hep-th/0603001, PRL96(2006)181602. Ryu-T, hep-th/0605073, JHEP0608:045,2006.
Hirata-T, hep-th/0608213, JHEP 0702:042,2007. Nishioka-T, hep-th/0611035, JHEP 0701:090,2007. Headrick-T, arXiv:0704.3719
Hubeny-Rangamani-T, arXiv:0705.0016
Azeyanagi-Nishioka-T, arXiv:0710.2956 笠 - 高柳 , 日本物理学会誌 62(2007)421
内容
① イントロダクション
② エンタングルメント・エントロピーとは?
③ AdS/CFT によるホログラフィックな解釈
④ ブラックホールへの応用
⑤ まとめと今後の展望
①イントロダクション
一般相対論における重力的エントロピー ブラックホールのエントロピーは、 Bekenstein-Hawking の面積則で計算される。
この公式は、理論の詳細によらず普遍的に成り立つ。• 漸近的に平坦でも、(反)ドジッターでも良い。• 物質場の詳細(例えば、スカラー場が何個?)に依存しない。
N
horizonBH 4G
A S
注) 超弦理論のような量子効果を取り入れた量子重力理論では、ブラックホールのエントロピーは面積則から変更を受ける。曲率が小さい極限では、その補正項は無視できるが、
小さなブラックホールでは、補正が重要になる。
この解析は、超弦理論における最近の話題の一つである
が、今回のテーマに本質的ではないので触れない。 [Ooguri-Strominger-Vafa, Dabholkar,
Sen,… 04’~]
エントロピーが面積に比例することは、重力理論における自由度が、実際には1次元低く見えることを示唆する。
ホログラフィーの原理 [t ‘Hooft, Susskind,…]
最も詳しく理解されているホログラフィーの例: AdS/CFT 対応
d+2 次元の(量子)重力理論 d+1 次元の場の理論など等価
例: ブラックホールのエントロピー = 熱力学的エントロピー 重力理論の分配関数 = 場の理論の分配関数
今回の話では、ホログラフィーの考え方を仮定するとエントロピーの面積則がブラックホール以外のもっと一般
の時空でも成り立つことを説明したい。
地平線の面積 = 熱力学的エントロピー ( BH エントロピー )
任意の最小曲面の面積 = エンタングルメント・エントロピー
重力側 場の理論側
拡張 拡張
② エンタングルメント・エントロピーとは?
Quantum Entanglement ( 量子もつれ合い、絡み合い)の度合いを測定する量
「基底状態がどれほど量子的か?」をあらわす。
現在まで、様々な分野に応用されてきている。
• 量子情報、量子コンピューター(量子情報量の定義)• 物性理論(低次元量子多体系のオーダーパラメーター)• 量子重力理論(ブラックホールのエントロピーとの関係)
. BAtot HHH
エンタングルメント・エントロピーの定義と性質
まず、多体系の量子力学において、全体系を部分系 A と Bに
二分割する。このとき、もとの Hilbert 空間は、二つのHilbert 空間の直積に分かれる
具体例: スピン系を 2 分割する。 A B
, Tr totBA
. ][Tr ]Tr[ :
AAAtotAA
A
OOOBO
合の情報に依存しない場が演算子注
全体系の密度行列を とする。例えば絶対零度(純粋状態)では、 。
このとき B を観測しない( B をトレースアウトする)と仮定した場合の密度行列は、
と書け、これを A に制限した密度行列と呼ぶ。
tottot
この設定で、「 A に関するエンタングルメント・エントロピー」
を に対するフォン・ノイマンエントロピーとして定義する。
もともとの系が純粋状態すなわち S=0 であっても、部分系 B を
見えないと仮定することで、 は一般に非自明になることに
注意。
AS
. log Tr AAAAS
A
AS
簡単な例 : スピン 1/2 を持つ二つの粒子系( 2 qubit)
21 (i)
BBAA
2 / (ii)B
ABA
? ?
? Entangled
Not Entangled
0 SA
2 log SA
エンタングルメント・エントロピーの基本的性質
(i) A と B の間に相互作用がなく独立
(ii) 全体系が純粋状態の場合 熱力学エントロピーと違って示量的ではない!
(iii) 有限温度では、一般に である。 特に高温極限では、
. 0 BA SS
. BA SS
BA SS
熱力学的エントロピー BA SS
( iv ) 強劣加法性( Strong Subadditivity) [Lieb-Ruskai 73’ ; See also Nielsen-Chuang’ text book
00’]
ある種の凸性 (Concavity) を表す
. CBBABCBA SSSS
B AC
場の理論におけるエンタングルメント・エントロピー
. NRM t
場の理論におけるエンタングルメント・エントロピーを考える。時空 M は、 d+1 次元で定義され、静的であるとする。
このとき Hilbert 空間を A と B の二つに分けるのを幾何学的に行なえる。 (幾何学的エントロピーとも呼ばれる。)
NB
BA
A
幾何学的エントロピーの物理的意味
(i) 観測者が B を観測できないと仮定したときに生じる あいまいさ ブラックホールのエントロピー
と類似
(ii) A と B の(非局所的)相関 相関関数よりもウイルソンループに近いが、どんな場
の 理論でも定義可能。 量子相転移に応用可能
(iii) 場の理論の自由度の一つの見積もり 実際、 2 次元では、 central charge に比例す
る。
幾何学的エントロピーの面積則場の理論は、無限の自由度を有するので、幾何学的エントロピーは紫外発散する。そのとき、最高次の項に関して次の面積則が知られている( a は正規化のための格子間隔)。
[Bombelli-Koul-Lee-Sorkin 86’, Srednicki 93’]
これはブラックホールのエントロピーの面積則に似ている。 実際に、量子補正に対
応 していると考えられて
いる。 [Susskind-Uglm
94’]
terms).subleading(A)Area(~ 1 dA a
S
BH
? ?地平線
観測者
③AdS/CFT によるホログラフィックな解釈高次元 (d+1>2) の場の理論におけるエンタングルメント・エン
トロピーの計算は、煩雑な量子的計算を要求する。
またブラックホールのエントロピーとの関係の理解を深めるには、その重力的解釈が欲しい。
そこで、 AdS/CFT 対応を思い出してみると、この両方の問題を解決する可能性が期待できる。
量子的な物理量 微分幾何学的量(古典的) 共形場の理論 超重力理論
SYM SU(N) 4N 4D SAdSon string IIB 55
41
22 )8( '
1
SYM 4N ofsymmetry -R SO(6) symmetry conformal 4D SO(2,4)
YM
s
NgRN
g
branes-D3 NNear horizon limit 0'
duality /CFTAdS 45
AdS/CFT 対応( Poincare 座標)
2dAdS
NRMon CFT
t
1d
-1energy)(~z
off)cut (UV az
1z IR UV
.2
21
20
222
zdxdxdzRds i
di
AdS/CFT に基づくエンタングルメント・エントロピーの計算
漸近的に AdSd+2 に近づく空間 UV固定点を持つ d+1 次
元の場の理論
主張
ここで、 は、 d+2 次元時空中の d 次元の極小曲面で、境界が部分系 A の境界と一致するもの。 [Ryu-TT 06’]
.4
)Area()2(
A d
NA GS
A
)Poincare(AdS 2d 座標
N
z
B
A
A 極小曲面
)(時間方向を省略した
コメント (1) :
このホログラフィックな公式は、 Bekenstein-Hawking のブラック
ホールエントロピーの式と見かけ上同じであるが、 は、
一般にホライズンではない。
しかし有限温度のときに現れる AdS ブラックホールを考えると
はホライズンの一部を覆う。その寄与は、熱力学的エントロピーに相当する。
A
A
BH
AAB
直感的解釈
があたかもブラックホールのホライズンであるかのように振る舞い、Bの情報を中に隠している。
AB A???観測者
A
コメント (2):
幾何学的エントロピーの面積則の導出は、この公式を用いると
とても容易である。
なぜならば、 AdS の計量は、境界付近(紫外領域)で発散する
からである。
terms).subleading()Area(~)Area( 1A
A
dd
aR
AA
コメント (3) 強劣加法性の AdS/CFT による証明
[07’ Headrick-TT, 06’ Hirata-TT] BCBACBBA SSSS
ABC
=ABC
ABC
CACBBA SSSS
ABC
=ABC
ABC
この証明で明らかなように、余次元が重要な役割をする。強劣加法性は、一般の量子多体系のホログラフィーの存在を示唆する。
具体的比較( AdS/CFT の検証 )
(i) AdS3/CFT2
この場合は、 2 次元共形場理論の結果が解析的に分かってい
るので、完全な比較が可能。両者の一致が厳密に証明できる。
. log3 a
lcSA z
AdS3
測地線
l
測地線の長さ
(ii) 高次元の場合
超重力理論に対応するのは、共形場理論が強結合な領域なので比較が困難。 N=4 超対称性ゲージ理論で、自由場の場合に比較すると数 10%程度係数がずれるが、関数形は一致する。
高次元の場合に場の理論側からの一般的な理解は進んでいない。エンタングルメント・エントロピーのスケーリングの一般
論に関しては、 AdS/CFT を用いた計算が現在のところ唯ーの結果となっている。
( AdS/CFT の bulk-boundary 関係からある仮定のもとに示された Fursaev 06’ 。しかし最近、微妙な点があることが Schwimmer-Theisen 08’ で指摘され、高次元で面積則からのずれを AdS/CFT が予言する可能性もある。)
部分系 A の境界が球面の場合のスケーリング
. !)!1/(!)!2()1( .....
)],....3(2/[)2(,)1( where
, odd) (if log
even) (if
)2/(2
2/)1(
31
1
2
2
1
3
3
1
1)2(
2/
ddq
ddpdp
dalq
alp
dpalp
alp
alp
dGRS
d
d
dd
dd
dN
dd
A
divergence law Area
Conformal Anomaly(~central charge)
A universal quantity which characterizes odd dimensional CFT
2 次元 AdS 時空
AdS2CQM1 CQM2
. )(cos 2
222
ddds
時間
2 次元 AdS 空間は、 3 次元以上の AdS 空間とは違って、 global座標だと境界が二つある。
④ブラックホールへの応用
AdS2 は、 4 次元の電荷を帯びた BPS ブラックホールのNear horizon 極限で得られる。
AdS2/CFT1 を仮定すると、 2 つの共形量子力学が、 AdS2空間
上の重力理論 (=4D ブラックホール)と等価ということになる。
2
2
2222
22
2
22
2222
22
2
22
)()(
SAdS
drdrdtr
ds
drdrrrrdt
rrrds
BH 4D)4(
2
41
4)2( SGrSN
GentA
N
AdS2/CFT1
そこで、二つの CFT のエンタングルメント・エントロピーをAdS/CFT による前述の公式を用いて計算すると、
となり、 4 次元 BPS ブラックホールのエントロピーと一致すること
が分かる。
このように見ると、 4 次元 BPS ブラックホールについても、二つの CFT のエンタングルメントを考えるとエントロピーの微視的理解を得られることが分かる。 [Azeyanagi-Nishioka-T
07’]
高階微分項を含む重力作用の場合( Wald 公式の導出)
. 2]Tr[
.)1(2
)()1(2log]Tr[
)()()1(2
2
2
4
)0(
cdababcd
S
nAent
cdababcd
S
cdababcd
nnA
bcadbdacabcdabcd
RLh
nS
RLhn
nRLgdxZ
ggggnRR
Wald Entropy !
⑤まとめと今後の展望• 以上では、場の理論エンタングルメント・エントロピーを ホログラフィーを用いて幾何学的に計算する方法について
説明した。今後の課題は以下のとおり。
(1) ブラックホールのエントロピーの量子力学的解釈 (2) 閉じ込めなどの相転移の秩序変数 (cf. Klebanov-Kutasov-Murugan, Nishioka-TT 07’, Velytsky 08’)
(3) トポロジカルな理論の解析の道具 ( e.g. topological EE)
(4) AdS/CFT 対応や、一般にホログラフィー原理の定式化? 逆問題: CFT の情報で、 dual な計量を完全決定でき
るか?
(5) AdS/CFT 対応によるホログラフィックな計算を第一原理
的に行う。
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