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―  ― 67 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第63集・第2号(2015年) 小学校教員志望の大学生(N=126)を対象に,小学校理科の発芽実験における材料の選択に関する 認識を調査した。特に,「教科書にない例」を実験材料として選択することについての是非とその理 由,および単元内容に関する知識水準と単元目標のとらえ方との関連を検討した。その結果,34% の学生が「教科書にある植物の種子で実験すべき」という意見に賛成し,66% の学生が「教科書に のっていない植物の種子でもかまわない」という意見に賛成した。しかし,いずれの場合であっても, ルールと事例の違いに注目して理由づけを行う学生は少なかった。さらに,ルール・事例構造の観 点から理由づけができた学生は,単元内容に関する知識水準が比較的高く,種子一般に成り立つルー ルの学習を単元目標としてとらえる傾向のあることが示された。 キーワード:小学校理科,実験材料,ルール・事例構造,教科書,教員志望学生 問 題 小学校の理科教育の目標の一つとして挙げられている「科学的な見方や考え方を養うこと」(文部 科学省,2008)を実現する上で,科学的概念や法則の理解が必須であることはいうまでもない。小学 校段階においても,理科の教科書には多種多様な個別的現象に関する記述とともに,それらを包括 する概念ないし法則的知識(ルール)が取り上げられている。このような概念やルールを説明する ために,教科書では①問題の設定(例:種子が芽を出すには何が必要か),②設定された問題を解決 するための実験・観察等とその結果の説明(例:水,空気,適当な温度をあたえたインゲンマメの種 子は発芽したが,あたえなかった種子は発芽しなかった),③ルール命題の提示(例:種子が発芽す るためには水,空気,適当な温度が必要である)という流れの形式をとることが多い。一般的に記述 するならば,「発問」→「事例」→「ルール」という図式である。理科の実験や観察は,この図式でい えばルールの「事例」に相当する。すなわち,個別的現象に関する実験や観察結果を特殊な事例とし て,そこから一般的に成り立つルールを導くのである。先の例でいえば,学習のねらいはあくまで も種子一般の発芽条件であり,インゲンマメの発芽実験は,種子の発芽条件に関するルールが成立 することを示す事例の一つとして位置づけられる。 小学校理科実験の材料選択に関する教員志望学生の認識 ―「教科書にない例」の選択の是非を中心に― 工 藤 与志文 小石川 秀 一 ** 教育学研究科 教授 ** 東北福祉大学子ども科学部 教授

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� 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第63集・第2号(2015年)

 小学校教員志望の大学生(N=126)を対象に,小学校理科の発芽実験における材料の選択に関する

認識を調査した。特に,「教科書にない例」を実験材料として選択することについての是非とその理

由,および単元内容に関する知識水準と単元目標のとらえ方との関連を検討した。その結果,34%

の学生が「教科書にある植物の種子で実験すべき」という意見に賛成し,66%の学生が「教科書に

のっていない植物の種子でもかまわない」という意見に賛成した。しかし,いずれの場合であっても,

ルールと事例の違いに注目して理由づけを行う学生は少なかった。さらに,ルール・事例構造の観

点から理由づけができた学生は,単元内容に関する知識水準が比較的高く,種子一般に成り立つルー

ルの学習を単元目標としてとらえる傾向のあることが示された。

キーワード:小学校理科,実験材料,ルール・事例構造,教科書,教員志望学生

問 題 小学校の理科教育の目標の一つとして挙げられている「科学的な見方や考え方を養うこと」(文部

科学省,2008)を実現する上で,科学的概念や法則の理解が必須であることはいうまでもない。小学

校段階においても,理科の教科書には多種多様な個別的現象に関する記述とともに,それらを包括

する概念ないし法則的知識(ルール)が取り上げられている。このような概念やルールを説明する

ために,教科書では①問題の設定(例:種子が芽を出すには何が必要か),②設定された問題を解決

するための実験・観察等とその結果の説明(例:水,空気,適当な温度をあたえたインゲンマメの種

子は発芽したが,あたえなかった種子は発芽しなかった),③ルール命題の提示(例:種子が発芽す

るためには水,空気,適当な温度が必要である)という流れの形式をとることが多い。一般的に記述

するならば,「発問」→「事例」→「ルール」という図式である。理科の実験や観察は,この図式でい

えばルールの「事例」に相当する。すなわち,個別的現象に関する実験や観察結果を特殊な事例とし

て,そこから一般的に成り立つルールを導くのである。先の例でいえば,学習のねらいはあくまで

も種子一般の発芽条件であり,インゲンマメの発芽実験は,種子の発芽条件に関するルールが成立

することを示す事例の一つとして位置づけられる。

小学校理科実験の材料選択に関する教員志望学生の認識―「教科書にない例」の選択の是非を中心に―

工 藤 与志文*

小石川 秀 一**

*教育学研究科 教授**東北福祉大学子ども科学部 教授

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小学校理科実験の材料選択に関する教員志望学生の認識

 ところで,このような教科書の「ルール・事例構造」を授業者はどの程度把握しているであろうか。

そしてまた,どの程度意識して授業を行っているであろうか。この点が不十分であると,学習の焦

点がルールから事例に移行し,あたかも特定事例の個別的現象の理解が目標となるかのような授業

が展開するであろうことは,想像に難くない。再び先の例でいえば,種子の発芽条件ではなく,イ

ンゲンマメの発芽条件の授業になってしまうという危険性である。このような推測が決して杞憂で

ないことは,理科の学習が教科書に掲載されている事例の学習にとどまっているという指摘が見ら

れることからわかる。たとえば,萩原・西川(1999)は生物教材としてに教科書で用いられる「メダカ」

について,「例えば,児童はメダカを生物の代表として学んでいるのだろうか。それとも特定の生

物(メダカ)の学習になっているのだろうか。」という疑問を提起するとともに,児童の学習が「生物

一般」の学習ではなく「特定の生物」の学習に陥っているという問題点を指摘している。また,益田・

川合(2011)は,受粉や結実についてヘチマを教材として学習した小学5年生を対象に調査を行い,

ヘチマについて正しい知識を有していても,それをアサガオに一般化できない児童が少なくないと

いう実態を報告している。これも,授業で用いた事例についての学習にとどまってしまっている例

と言えるだろう。さらに,工藤(2003,2013)は同様の現象について心理学的な検討を行っており,ルー

ル教示情報が個別事例に関する学習のリソースとして利用されてしまう点や,事例情報がルール表

象の抽象度を引き下げる方向で影響する可能性などを指摘している。

 このように,学習者がルールと事例の区別をはっきりと学習できていないとするならば,そのよ

うな事実を生み出している授業のどこに問題があるのかについて,分析を進めるべきであろう。そ

こで本研究では,そのための基礎資料を得る目的で,理科の実験材料の選択,特に「教科書にない例」

を選択することに対する授業者の認識について検討したい。その意図は,授業者によるルール・事

例構造の把握と材料選択に関する考えとの間には関連があると想定されるからである。すなわち,

特定の実験結果や観察結果がルールを説明するための事例にすぎないと明確に理解していれば,材

料選択に対して柔軟な考え方を持つことができ,必要に応じて適切な選択ができると考えられる。

一方,ルール・事例構造を明確に把握していない授業者の場合,教科書の例を取り上げることの重

要性を過剰に認識する可能性がある。その場合には,教科書にない例を選択することには否定的な

考えを持つことが予想されるだろう。

 そこで,本研究では,教員養成系学部に属する大学生に対し,理科の教科書にない例を実験材料

として選択することに対する考え方を尋ねる調査を行うことにする。なお,調査対象を教員志望学

生にした理由は,実際の教員よりもデータを入手しやすく,なおかつ実際の教員の認識をある程度

推測できるデータが入手できること,さらに,対象者たちが現在受けている教員養成教育の問題点

を浮き彫りにするような知見が得られる可能性があることなどである。

 特に本研究で明らかにしたいのは以下の点である。

(1) 「教科書にない例を選択すること」に関する賛否とその理由にはどのようなものがあるか。

(2) 単元内容に関する基礎知識の水準は,上記の賛否および理由と関係するか。

(3) 単元目標のとらえ方は,上記の賛否および理由と関係するか。

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方 法対象者

 私立大学の教員志望学生126名(2年生90名,3年生20名,4年生16名)。小学校教員の志望者がそ

の中心である。

調査概要

 教職関連科目の時間内に調査用紙を配布し,記入を求めた。その後,調査用紙は回収された。後日,

調査結果をまとめた資料を使って授業を行った。調査用紙は6ページから成る。1ページは学年と

学科名の記入欄と質問Aが記入されていた。2〜 5ページには,小学5年理科の教科書のうち,「発

芽の条件」に関する部分が掲載されていた。6ページには質問Bが記入され,前ページまでに掲載

されていた教科書の内容をふまえて回答することを求めた。なお,質問Bの回答に際しては,前の

ページを自由に参照することができた。

教科書の内容

 『新しい理科5』(東京書籍)の「植物の発芽と成長」(pp.18 〜 33)のうち,発芽の条件に関する部分

をそのまま用いた。教科書では,「種子が目を出すには何が必要か」という小見出しのもと,「植物

の種子が芽を出すことを発芽という」という説明があり,種子が発芽するために水が必要かしらべ

る実験の解説,つづいて空気や温度が関係しているか調べる実験の解説がつづき,最後に「種子が

発芽するためには,水,空気,適当な温度が必要である」とまとめている。

調査課題

質問A(2問) 質問A1では9種のカラー写真を示し,それぞれについて植物の種子であるかどう

かたずねた。写真は,ダイズ,インゲンマメ,コメ,ジャガイモ,コムギ,トウモロコシ,チューリッ

プの球根,イチゴのつぶつぶ,ソラマメである。ジャガイモとチューリップ以外はすべて種子部分

の写真である。質問A2では,本当の種子かどうか見分けるための方法について自由記述を求めた。

これらの質問は,対象者の当該単元内容に関する基礎知識の水準を知るために設定した。

質問B(3問) 質問B1では「教科書ではインゲンマメの実験とその結果が書かれています。とこ

ろで,授業で子どもたちとおこなう実験について,2人の先生の意見が分かれました」という設定で,

「教科書にあるとおり,授業でもインゲンマメで実験すべきだ」と「発芽条件がわかりやすいもので

あれば,どんな種子で実験してもよい」という対照的な二つの意見を示し,どちらに賛成か,強制選

択法による質問を行った。同時にその理由も尋ねた。質問B2では,授業でインゲンマメを使って

実験した後,他の先生から「インゲンマメ以外の種子の発芽も見せた方がいいよ」とアドバイスを受

けたという場面を設定し,このアドバイスについてどう思うか,アドバイスの受容の程度の異なる

選択肢からもっとも考えに近いものを選ばせた。質問B1と B2の目的は,教科書にない例を選択す

ることに対する対象者の認識を知ることである。また,質問B3では,教科書のこの部分を授業す

る場合,子どもたちにもっとも学習してほしいと思う事柄は何か,「発芽というコトバ」「インゲン

マメの発芽条件」「種子一般の発芽条件」「実験の方法」のいずれかの選択肢を選ばせた。質問B3の

目的は,この単元の目標をどのようにとらえているか,知るためである。

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小学校理科実験の材料選択に関する教員志望学生の認識

結果と考察単元内容に関する基礎知識

 TABLE1に質問A1における植物ごとの選択率を示す。種子と認めるのは,マメ類で7割台,穀

物類では4〜 5割程度にすぎず,縮小過剰(overspecification)方向の誤解が少なからず認められた。

一方,ジャガイモやチューリップの球根を誤って「種子である」とする回答の選択率はそれぞれ

51%,63%にのぼったことからわかるように,有性生殖と栄養生殖の区別が不十分であることに起

因する拡大過剰(overgeneralization)方向の誤解も見られる。なお,正答数をそのまま点数化し,9

点満点で計算すると平均4.9点であった。また,全問正解者は6名(5%)にすぎなかった。種子の見

分け方について尋ねた質問A2では,「芽が出るかどうかを観察する」という回答が大半を占めた。

質問A1で見られた「拡大過剰」と考え合わせるならば,多くの対象者は,有性生殖と無性生殖の区

別をしないまま「芽が出るものが種子である」と判断し,そこからイモや球根も種子とみなす誤りが

生じている可能性がある。

材料選択に関する認識

 質問B1において「教科書にあるインゲンマメで実験すべき」という意見に賛成した者は43名(全

対象者の34%)であった。さらに,それぞれの回答をカテゴリー化したところ,教科書どおりに実験

した方がわかりやすいといった「わかりやすさ」を理由とする回答が最も多く,22名(賛成した43名

の51%)があげた。ついで,教科書には代表的な植物が載っているといった「教科書の権威」をあげ

た者が9名(同上21%),教科書と違う実験をすると子どもが混乱するという「混乱回避」が6名(同

上14%),教科書通りにやった方が記憶に残るという「記憶促進」が3名(同上7%)と続いた(具体例

はTABLE2を参照。なお3名の理由は分類不能であった)。このように理由をいくつかのカテゴリー

に分けたものの,その内容は「わかりやすさ」を中心に関連しあっているといえる。たとえば,「混

乱回避」や「記憶促進」は「わかりやすさ」の根拠であり,「教科書の権威」は「わかりやすさ」を保証

するものである。ただし,何の学習にとってわかりやすいのかという点について明記してあるもの

は少なく,ルール学習に言及した例(種子一般の発芽条件を理解するには教科書の例がわかりやす

TABLE1 質問 A1の結果(選択率)

ダイズ インゲンマメ コメ ジャガイモ コムギ トウモロコシ

種子である 74 73 49 51 41 53

種子でない 18 11 39 40 38 37

わからない 8 16 12 9 21 10

チューリップ球根 イチゴつぶつぶ ソラマメ

種子である 63 56 79

種子でない 25 30 10

わからない 12 14 10

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� 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第63集・第2号(2015年)

い等)はみられなかった。

 一方,「わかりやすければどんな種子で実験してもよい」という意見に賛成した者は83名(全対象

者の66%)であった。賛成の理由をカテゴリー化したところ,特定の理由に偏るということがなく,

バラツキが大きかった。すなわち,インゲンマメだけでないことを確かめておくべきという「一般

化の促進」が23名(賛成した83名の28%),目標が達成できるなら何で実験してもよいという「目標

達成の重視」が21名(同上25%),種子一般の性質を教えるべきとする「ルール理解の重視」が16名(同

上19%),教科書外の事例の方が関心や学習意欲が高まるという「関心意欲の促進」が12名(同上

14%),教科書にない事例を取り上げた方が知識が広がるという「知識理解の促進」が9名(同上

11%)であった(具体例はTABLE3を参照。なお2名の理由は分類不能であった)。このように,教

科書にない例の選択に賛成している場合であっても,その理由は多岐にわたっており,「ルール理

解の重視」のようにルール・事例構造を把握したうえで賛成している学生は少ないことがわかる。

TABLE2「教科書にあるインゲンマメで実験すべき」に賛成の理由例

◎わかりやすさ(n=22)

・インゲンマメはこれからの学習でも使われているため,成長過程を照らし合わせやすい

・教科書にのっていることをそのまま再現した方が子どもたちも納得できる

・教科書と同じ植物だからイメージしやすい。

◎教科書の権威(n=9)

・小学生が学ぶのだから,教科書に載っている代表的な植物を使った方がいい

・教科書に書いてある理論にもとづいて実践してみることで本当に事実が伝えられる

・教科書に採用されているということは最も実験に適していると判断されたものだから

◎混乱回避(n=6)

・教科書にないものを使用することで子どもに余計な混乱を招く可能性がある

・教科書でインゲンマメがのっているのに違うもので実験すると子どもは混乱する

・子どもが実験の振り返りを行う際,教科書と連動させた方が混乱せずにすむ

◎記憶促進(n=3)

・実験がうまくいかなかった場合や復習する際に教科書と同じ方が知識の定着につながる

・教科書にのっているもので実験することで記憶にものこるし,今後も思い出せる

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小学校理科実験の材料選択に関する教員志望学生の認識

 さらに質問B2では,「さっそく,他の種子を用意して発芽させてみよう」を選んだ者が89名(71%),

「時間があればやってみる程度でいいかな」を選んだ者が34名(27%)であり,「インゲンマメだけで

十分」「インゲンマメだけの方がわかりやすい」といったインゲンマメ以外の事例を用いることに否

定的な回答はみられなかった。質問B1の回答と異なり,教科書にない例を用いることについてす

べての学生が受容的な反応をしたことになるが,これは「教科書どおり実験した後」という設定だか

らであろう。教科書の例を使うことにそれだけ固執していることを意味しているともいえる結果で

ある。

単元目標のとらえ方

 教科書の該当部分について子ども達に学習してほしいことを尋ねた質問B3に対して,「どんな

種子でも,水,空気,適当な温度がそろわないと発芽しないこと」(種子一般の発芽条件)を選んだ者

は80名(63%)にとどまった。また,29名(23%)の学生が「インゲンマメが発芽するには,水,空気,

適当な温度が必要であること」(インゲンマメの発芽条件)を選んだ。教科書のまとめは種子一般の

TABLE 3「わかりやすければどんな種子で実験してもよい」に賛成の理由例

◎一般化の促進(n=23)

・発芽=インゲンマメという固定概念を払拭できるから

・他にもいろんなものが発芽することを知ってほしいから

・インゲンマメの種子だけではないと証明できるから

◎目標達成の重視(n=21)

・ここで教えたいものはなんであるのかを考えれば,どんなものでもよい

・教科書にのっている重要なことを最終的に教えることができれば,どの種子でもかまわない

・発芽上がわかりやすく正しい実験結果が得られるなら,こだわらなくてもよい

◎ルール理解の重視(n=16)

・インゲンマメだけでなくどんな種子も条件がそろえば発芽することを学ぶため

・授業のねらいは植物の種子の性質を理解させることにあるので,柔軟性があってもよい

・様々な種子を使えばどんな種子でも発芽に必要なものは一緒であることがわかりやすくなる

◎関心意欲の促進(n=12)

・インゲンマメの種子は教科書に書いてあるので,他の種子で実験した方が意欲が高まる

・教科書に結果が載っているものでなく,違う種子でやった方が興味をもてる。

・インゲンマメでは教科書に実験結果が載ってしまい,子どものわくわく感が感じられない

◎知識理解の促進(n=9)

・インゲンマメは教科書でわかることなので,他の種子の方が理解や発見につながる

・発芽条件が同じさまざまな植物を使うことで,児童生徒の知識の幅が広がる

・植物はインゲンマメだけではないし,他の植物を使うことで学習する幅が広がるから

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発芽条件となっているにもかかわらず,事例として選択された植物の個別現象を単元目標と判断す

る学生が少なくないことがわかる。なお,「実験する際には,調べる条件だけ変えるようにすること」

(実験の方法)を選択した者は11名(9%),「植物の種子が芽を出すことを『発芽』ということ」(発芽

というコトバ)を選択した者は6名(5%)であった。

材料選択に関する意見と基礎知識水準との関連

 質問B1での賛成意見と質問A1で測定された基礎知識水準との関連を検討するために,賛成意見

ごとに質問A1の平均得点を算出したところ,「教科書の例で実験すべき」に賛成した43名では4.8点,

「どんな種子で実験してもよい」に賛成した83名では4.9点であり,違いがなかった。しかしながら,

上述のように「どんな種子で実験してもよい」の賛成理由は多岐にわたっている。そこで,質問A1

の平均値をもとに5点以下を低得点者,6点以上を高得点者として,理由別の基礎知識水準の違いを

検討したのがFIGURE1である。これによると,「ルール理解の重視」や「知識理解の促進」を理由に

選んだ群において,高得点者の占有率が高く,「目標達成の重視」や「関心意欲の促進」を理由に選ん

だ群において低い傾向があることがわかる。

材料選択に関する意見と単元目標のとらえ方との関連

 さらに,質問B1での賛成意見と質問B3で測定された単元目標に対する認識との関連を検討した

のがFIGURE2である。予想されたことではあるが,種子一般の発芽条件を目標と考える者の割合

が最も高かったのは,「ルール理解の重視」を理由とした群であった。逆に選択率が最も低いのは,

「関心意欲の促進」を理由とした群であった。

一般化

目標達成

ルール理解

関心意欲

知識理解

FIGURE1「教科書にない例」の選択に対する賛成理由と基礎知識水準との関連

0 20 40 60 80 100 (単位:%)占有率

高得点者

低得点者

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小学校理科実験の材料選択に関する教員志望学生の認識

【討 論】 教師は理科の授業するうえで,教科書で扱われている実験や観察結果の再現に必要以上に固執し

ているのではないか。そしてそのことが,よりすぐれた実験や観察の普及をさまたげているのでは

ないか。さらには,事例の学習にとどまってしまうといった先行研究で指摘された傾向が生じる背

景を成しているのではないか。これらが本研究を行うにあたっての筆者らの問題意識であった。調

査そのものは教員志望の学生を対象としたものであり,この種の意見は学生が受けている教育に

よっても左右されると考えられるため,実際の教師への一般化には様々な留保が必要となる。なか

でも量的な結果は直ちに一般化できる類のものではないだろう。しかし,質的な分析から得られた

結果,特に,実験材料の選択理由については,同種の内容に関する教師の考え方を推測する際には

参考になるだろう。

 調査結果からまず推測できることは,教科書の例を使うべきという意見に賛成する背景には,教

科書の例が「わかりやすい」という思い込みがあることである。その思い込みを支えるものは教科

書の権威であったり,復習や参照がしやすいといった側面であったりと様々であるが,いずれも教

科書どおりの授業展開を前提としているものと思われる。しかし,ルール学習にとってわかりやす

い理由について言及したケースは見られなかったことから,教科書のルール・事例構造の把握を伴っ

た授業展開を想定しているわけではない。一方,教科書にない例を使うことに賛成する場合であっ

ても,ルール・事例構造に明確に言及する者は少なかった。つまり,全体的な傾向として,ルール・

事例構造の把握がきわめて不十分な状態にあることがわかる。これは,教員養成教育の問題点の一

端を反映しているものであり,仮にこのような傾向が実際の教師にも広く見られるとするならば,

先行研究で指摘されたように,事例の学習にとどまってしまうという結果の成因となっている可能

0

一般化

目標達成

ルール理解

関心意欲

知識理解

FIGURE2「教科書にない例」の選択に対する賛成理由と単元目標の認識との関連

10080604020 (単位:%)占有率

発芽というコトバ

インゲンマメの発芽条件

種子一般の発芽条件

実験の方法

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性があるだろう。

 それでは,数少ないとはいえ,教科書にない例の選択に対してルール・事例構造をふまえて賛成

していると判断される学生にはどのような特徴があったであろうか。それは,学習内容に関する基

礎知識水準の高さとルール学習を単元目標としてとらえる傾向である。学習内容に関して知識の乏

しい者はルール・事例構造を読み取ることはむずかしいだろうし,知識の豊富な者は読み取りが容

易であろう。その読み取りが可能であるならば,ルール学習を単元目標の中心としてとらえる可能

性も高くなる。そして,ルール学習が目標の射程内に入ってくれば,実験材料の選択においても柔

軟な考え方をとることができるであろう。もちろん現段階では,これら諸要因間にどのような因果

関係が成立しているのか,判然としない。今後は,本研究で得られた基礎データを仮説化し,実際

の教員を対象とした調査をすすめることが求められる。

【文 献】工藤与志文(2003).概念受容学習における知識の一般化可能性に及ぼす教示情報解釈の影響-「事例にもとづく帰納

学習」の可能性の検討- 教育心理学研究,51,281-287.

工藤与志文(2013).ルール学習における知識表象の不十分な抽象化とその問題 教育心理学研究,61,239-250.

萩原浩・西川純(1999).小学校生物(動物)領域における学習転移に関する研究 理科教育学研究,40,41-50.

益田裕充・川合美奈(2011).受粉と結実をヘチマで学習することによる領域固有性と知的技能の実態 群馬大学教育

実践研究,28,75-82.

文部科学省(2008).小学校学習指導要領解説 理科編 大日本図書

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小学校理科実験の材料選択に関する教員志望学生の認識

APPENDIX:調査で使用した質問

質問A1 次のものは植物の種子でしょうか。種子だと思うものには○を,種子でないと思うもの

には×を,わからないものには△を記入して下さい。(写真は省略)

ダイズ(  ) インゲンマメ(  ) コメ(  ) ジャガイモ(  ) コムギ(  )

トウモロコシ(  ) チューリップの球根(  ) イチゴのつぶつぶ(  ) ソラマメ(  )

質問A2 目の前に「種子」のようなものがあります。しかしこれが本当に植物の種子なのか,わか

りません。種子であるかどうか,見分けるにはどうしたらよいですか。見分ける方法を下の空欄に

記入して下さい。

質問B1 教科書ではインゲンマメの実験とその結果が書かれています。ところで,授業で子ども

たちとおこなう実験について,2人の先生の意見が分かれました。

〈A先生の意見〉教科書にあるとおり,授業でもインゲンマメで実験すべきだ。

〈B先生の意見〉発芽条件がわかりやすいものであれば,どんな種子で実験してもよい。

さて,あなたはどちらの先生の意見に賛成ですか。あてはまるほうに○を記入してください。また,

そのように答えた理由を下の空欄に記入して下さい。

 ・A先生の意見に賛成 (  )

 ・B先生の意見に賛成 (  )

質問B2 C先生は授業でインゲンマメを使って実験しました。授業後,他の先生から「インゲンマ

メ以外の種子の発芽も見せた方がいいよ」とアドバイスを受けました。あなたなら,このアドバイ

スについてどう思いますか。もっとも近いものを一つえらんで,番号を○でかこんでください。

 ①なるほど。さっそく,他の種子を用意して発芽させてみよう。

 ②時間があればやってみる程度でいいかな。

 ③教科書にはインゲンマメしかのっていないから,これで十分。

 ④むしろ,インゲンマメだけで説明した方がわかりやすい。

 ⑤その他(                             )

質問B3 あなたが教科書のこの部分を授業する場合,子どもたちにもっとも学習してほしいと思

う事柄は何でしょうか。一つ選んで,番号を○でかこんでください。

 ①植物の種子が芽を出すことを「発芽」ということ

 ②インゲンマメが発芽するには,水,空気,適当な温度が必要であること

 ③どんな種子でも,水,空気,適当な温度がそろわないと発芽しないこと

 ④実験する際には,調べる条件だけ変えるようにすること

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� 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第63集・第2号(2015年)

Foruniversitystudents(N=126)ofthefacultyforteachertraining,theirconceptionsofthe

materials for thegerminationexperiment inelementaryschoolsciencewere investigated.The

studentswereaskedwhethertheythoughtthattheplantseedasexperimentmaterialsshouldbe

chosenamongtheexamplesof thetextbooks.34%ofstudentsagreedto theopinionthat "the

examplesof textbooksshouldbeused".And66%of studentsagreed to theopinion that "the

choiceof theplantseedwhichdidnotappear inthetextbooksshouldbeallowed".However,in

anycasefewstudentscouldjustifytheiropinionsfromapointofviewofthedistinctionbetween

ruleandexample. Itwassuggestedthattherewerea lotof teachercandidateswhocouldnot

recognizedefinitelytherule-examplestructureinthetextbooks.

KeyWords:elementary school science,materials for experiment, rule-example structure,

textbooks,teachercandidates

TeacherCandidates'ConceptionsofMaterialsforExperiments

inElementarySchoolScience

YoshifumiKUDO(Professor,GraduateSchoolofEducation,TohokuUniversity)

ShuichiKOISHIKAWA(Professor,FacultyofChildDevelopment,TohokuFukushiUniversity)

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