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京土会会報  No. 49  2011 73 医工が連携した「安寧の都市」実現に向けた取り組み 安寧の都市ユニット・特定准教授 安 東 直 紀 はじめに 安寧の都市ユニットは,平成22年度より京都大学工学研 究科と医学研究科が共同で開設した,社会人・大学院生を 対象とした教育ユニットです.安寧の都市ユニットでは 「安寧の都市」を「まちづくり(都市系工学)と健康づく り(人間健康科学),及びこれらを融合した視点を横軸に とり,都市アメニティとクライシスマネジメントの取り組 みを縦軸にして,健康で快適に暮らし,活動を続けること が出来るまち」と定義しています.この「安寧の都市」を 実現するためには,「重層的に形成されるコミュニティの 厚みを増すことが求められる.それには,住民を始め地域 に関係する人たちが,コミュニケーションを通じて地域の 進むべき方向性を決定し,豊かなコミュニティを実現する 必要がある」と考え,このような地域コミュニティを通じ てまちづくりの実践において,中心となり活躍できる人材 「安寧の都市クリエーター」を育成するために日々教育活 動を行っています.平成23年9月には第1期生15名が定めら れた課程を修了し,安寧の都市クリエーターの称号を得ら れました.第1期修了生は今後「安寧の都市」を実現する ため,ユニットで学んだことを生かし派遣元の自治体等で 活躍されることを期待しています. 安寧の都市は,そこに暮らす人が健康で快適に暮らし活 動が出来るまちと定義しているとおり,健康と快適という これまでの土木工学が伝統的に扱ってきた尺度とは異なる 視点から,まちづくりの評価を試みることとしています. 健康・快適を専門に取り扱ってきた人間健康科学の視点を まちづくりに取り入れるにあたり,多様な分野において医 学研究科の研究者と共同で研究を始めたところです.本稿 では生理指標を用いた快適性の評価手法に関する研究動向 について紹介します. 主観評価における生理学的指標の活用 従来土木工学では利用者の感想・感覚等を調査する場 合,各種アンケート調査が行われてきました.得られた回 答に対する分析・モデル化手法については古くから様々な 手法が研究され,活用されてきましたが,いくつかの問題 点も指摘されています.具体的には被験者の主観的な評価 にあたり,自分の状態を正確に言葉で表すことは難しく, その言葉の持つ意味が人によって異なることや,連続測定 が不可能であり,ある連続した期間を評価する場合,どの 時点の評価を行っているかが被験者によって異なることが あるなどです.一方医学的な生理指標の計測についても古 くは脳波の計測から血液成分・心拍等の計測が行われてき ました.これらの伝統的な指標については疫学的な分析 により得られたデータの解釈が確立されています.その ような伝統的な指標に加え,近年の科学技術の進展によ り,これまで計測が困難であったいくつかの生体指標に ついても計測するための手法が開発されています.中で も近年実用化された近赤外分光法(NIRS:Near Infrared Spectroscopy)は,非侵襲(被験者を傷つけることなく) で脳内の血流動態をリアルタイムで可視化することの出来 る技術です.これまでNIRSは専ら医学的分野,例えばリ ハビリテーションなどの医療活動への適用について研究さ れてきましたが,脳内の活動状況を計測することで,被験 者のストレスも客観的に計測できる可能性があることが報 告されています.その際に使用する機器は比較的小型で, 計測にあたり身体的拘束もないことから,都市内の様々な 施設の評価に適用可能ではないかと考え,現在研究を進め ているところです.その他にも唾液アミラーゼ活性や心拍 RRIを計測し,ストレス指標として用いる研究が行われて います.本稿ではNIRSを用いた脳血流動態の計測につい て紹介します. 近赤外分光法の原理 近赤外分光法(Near Infrared Spectroscopy:NIRS) は,1997年Jobsisによって初めて報告されて以来,生体組 織の酸素化状態を非侵襲的に測定する方法として,筋肉や 脳組織への酸素供給,代謝計測を対象に研究,開発が進め られてきました.近年では,脳神経活動とカップリングし た局所脳血流変化に伴うヘモグロビン濃度長変化を指標に した,脳機能計測法としての利用が注目されるようにな り,現在も医療分野をはじめとして様々な分野で研究が行 われています.NIRSの最大の特徴は侵襲性がなく,記録 が簡便なことにあります.大型の装置は不要で乳幼児にも 適用でき(図1),動きに対してもPETやfMRIに比べて頑 健です.記録の制約が少ないので,日常的な場面で記録で きたり,複数の被験者から同時測定したりすることも可能 です.時間分解能も100ミリ秒単位と性能がよく,装置は 他の計測手法と比較すると安価で,維持経費も安価な計測 機器です.一方,空間分解能が劣り,皮質部分しか記録で きないという問題点もあります. 脳内で活発な神経活動を示す領域は,多くの酸素を必要 としますが,酸素は血液中のヘモグロビンによって運搬さ れています.この酸素をもつヘモグロビンを酸素化ヘモグ 図1 NIRS測定(出典:Taga et al. 1 図1 NIRS測定(出典:Taga et al. 1

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京土会会報 No. 49  2011

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医工が連携した「安寧の都市」実現に向けた取り組み安寧の都市ユニット・特定准教授 安 東 直 紀

はじめに 安寧の都市ユニットは,平成22年度より京都大学工学研究科と医学研究科が共同で開設した,社会人・大学院生を対象とした教育ユニットです.安寧の都市ユニットでは

「安寧の都市」を「まちづくり(都市系工学)と健康づくり(人間健康科学),及びこれらを融合した視点を横軸にとり,都市アメニティとクライシスマネジメントの取り組みを縦軸にして,健康で快適に暮らし,活動を続けることが出来るまち」と定義しています.この「安寧の都市」を実現するためには,「重層的に形成されるコミュニティの厚みを増すことが求められる.それには,住民を始め地域に関係する人たちが,コミュニケーションを通じて地域の進むべき方向性を決定し,豊かなコミュニティを実現する必要がある」と考え,このような地域コミュニティを通じてまちづくりの実践において,中心となり活躍できる人材

「安寧の都市クリエーター」を育成するために日々教育活動を行っています.平成23年9月には第1期生15名が定められた課程を修了し,安寧の都市クリエーターの称号を得られました.第1期修了生は今後「安寧の都市」を実現するため,ユニットで学んだことを生かし派遣元の自治体等で活躍されることを期待しています. 安寧の都市は,そこに暮らす人が健康で快適に暮らし活動が出来るまちと定義しているとおり,健康と快適というこれまでの土木工学が伝統的に扱ってきた尺度とは異なる視点から,まちづくりの評価を試みることとしています.健康・快適を専門に取り扱ってきた人間健康科学の視点をまちづくりに取り入れるにあたり,多様な分野において医学研究科の研究者と共同で研究を始めたところです.本稿では生理指標を用いた快適性の評価手法に関する研究動向について紹介します.

主観評価における生理学的指標の活用 従来土木工学では利用者の感想・感覚等を調査する場合,各種アンケート調査が行われてきました.得られた回答に対する分析・モデル化手法については古くから様々な手法が研究され,活用されてきましたが,いくつかの問題点も指摘されています.具体的には被験者の主観的な評価にあたり,自分の状態を正確に言葉で表すことは難しく,その言葉の持つ意味が人によって異なることや,連続測定が不可能であり,ある連続した期間を評価する場合,どの時点の評価を行っているかが被験者によって異なることがあるなどです.一方医学的な生理指標の計測についても古くは脳波の計測から血液成分・心拍等の計測が行われてきました.これらの伝統的な指標については疫学的な分析により得られたデータの解釈が確立されています.その

ような伝統的な指標に加え,近年の科学技術の進展により,これまで計測が困難であったいくつかの生体指標についても計測するための手法が開発されています.中でも近年実用化された近赤外分光法(NIRS:Near Infrared Spectroscopy)は,非侵襲(被験者を傷つけることなく)で脳内の血流動態をリアルタイムで可視化することの出来る技術です.これまでNIRSは専ら医学的分野,例えばリハビリテーションなどの医療活動への適用について研究されてきましたが,脳内の活動状況を計測することで,被験者のストレスも客観的に計測できる可能性があることが報告されています.その際に使用する機器は比較的小型で,計測にあたり身体的拘束もないことから,都市内の様々な施設の評価に適用可能ではないかと考え,現在研究を進めているところです.その他にも唾液アミラーゼ活性や心拍RRIを計測し,ストレス指標として用いる研究が行われています.本稿ではNIRSを用いた脳血流動態の計測について紹介します.

近赤外分光法の原理 近赤外分光法(Near Infrared Spectroscopy:NIRS)は,1997年Jobsisによって初めて報告されて以来,生体組織の酸素化状態を非侵襲的に測定する方法として,筋肉や脳組織への酸素供給,代謝計測を対象に研究,開発が進められてきました.近年では,脳神経活動とカップリングした局所脳血流変化に伴うヘモグロビン濃度長変化を指標にした,脳機能計測法としての利用が注目されるようになり,現在も医療分野をはじめとして様々な分野で研究が行われています.NIRSの最大の特徴は侵襲性がなく,記録が簡便なことにあります.大型の装置は不要で乳幼児にも適用でき(図1),動きに対してもPETやfMRIに比べて頑健です.記録の制約が少ないので,日常的な場面で記録できたり,複数の被験者から同時測定したりすることも可能です.時間分解能も100ミリ秒単位と性能がよく,装置は他の計測手法と比較すると安価で,維持経費も安価な計測機器です.一方,空間分解能が劣り,皮質部分しか記録できないという問題点もあります.

 脳内で活発な神経活動を示す領域は,多くの酸素を必要としますが,酸素は血液中のヘモグロビンによって運搬されています.この酸素をもつヘモグロビンを酸素化ヘモグ

図1 NIRS測定(出典:Taga et al.1)図1 NIRS測定(出典:Taga et al.1)

[6]最新技術・最新研究の紹介

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ロビン(oxy-Hb)といい,酸素が消費されると脱酸素化ヘモグロビン(deoxy-Hb)となります.この酸素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビンの血液中の濃度変化を計測することにより,神経系の活動を間接的に測定することが可能になります.NIRSでは近赤外光を頭皮上から脳内に照射し,脳内で散乱,反射を繰り返して進んできた光を再び頭皮上で検出します.近赤外光は頭皮や骨などに対して高い透過性をもち,頭皮上から照射した光成分は頭皮から20~30mm深部にある大脳皮質に到達します.酸素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビンは異なる吸光特性を持ちます.つまり波長によって両ヘモグロビンの吸収の強さが異なるので,2種類以上の波長の光を用いることで両ヘモグロビンの変化量を計測することが出来ます.両ヘモグロビンの吸光特性を表したものを図2に示します.

 NIRSの検出光は生体組織内で散乱されることによってさまざまな経路を伝播してきており,検出光強度は様々な部位における吸収・散乱現象によって変化します.脳機能の賦活と最終的に検出される光信号との間には複雑で未解決の問題が多く介在しています.そこでNIRSでは「脳以外の血流は変化しない」「散乱のみに依存する血流の変化分を無視する」という二つの仮定のもとで,脳血流の変化が取り扱われます. NIRSにより計測する対象である脳は多重散乱系です.多重散乱系においては,多重散乱された光が検出されますが,この様子はModified Lambert Beer則によって記述することができます.近赤外光を吸収する主な生体物質は,水およびヘモグロビンであり,それらの吸収は波長がおよそ700nmから1200nmにおいて小さく,吸収されにくいために生体内を散乱されながらも数十cm進んだ光を検出することができます. しかし実際には拡散した光が実際に進んだ距離(実効行

図2 ヘモグロビン吸光度特性(出典:島津製作所HP2)図2 ヘモグロビン吸光度特性(出典:島津製作所HP2)

光路長L)を得ることは不可能であるため,酸素化ヘモグロビン・脱酸素化ヘモグロビン濃度の変化はLとの積(ヘモグロビン濃度長変化)でしか求めることが出来ません.従って酸素化ヘモグロビン・脱酸素化ヘモグロビンに対応した2波長λ1,λ2を用いた場合,ある状態から他の状態へ血流動態が変化したときの吸光度の変化ΔA(λ1)とΔA

(λ2)を用いると,L・〖∆C〗oxy(酸素化ヘモグロビン濃度長変化),L・∆Cdeoxy(脱酸素化ヘモグロビン濃度長変化)はModified Lambert Beer則により式(1),(2)のように表されます.

       (1)

      (2)

NIRSの解釈 灰田3, 4によると脳内では以下の変化が起きているとしています.すなわちタスク時には酸素化ヘモグロビン(oxy-Hb)と全ヘモグロビン(total-Hb)が増加し,脱酸素化ヘモグロビン(deoxy-Hb)が減少する傾向がみられる.神経活動に伴い,局所的に脳血流量が増加し酸素消費量も増加するが,酸素消費量の増加は血流量の増加に比べて少ない.そのためタスク時にはoxy-Hbが上昇しdeoxy-Hbは希釈され,deoxy-Hbの濃度は相対的に低下する.以上よりNIRSにより検出される信号は「①主として毛細血管などの細い血管に由来し,太い血管からの信号は無視できる.②total-Hb,oxy-Hbの増加は主として脳の毛細血管床Sの増加に由来する.③deoxy-Hbの減少は脳血流増加に伴う血流側Vの増加を反映する.」と解釈することができるとしています.一方でNIRSを用いて神経活動時の脳酸素代謝変化を測定していると必ずしも上記のようなoxy-Hbの増加とdeoxy-Hbの減少がみられるわけではないことを酒谷5は指摘しています. このようにNIRSを用いることで脳内の血流動態を計測することは比較的容易になってきましたが,脳血流動態と神経活動・精神活動との関係については未だ確立された解釈はなく,今後の生理学・神経科学における研究の進展が待たれるところです.

まちづくり(都市工学)と健康づくり(人間健康科学)の将来 まちづくりに限らず土木分野における利便性・快適性等の主観評価において,これまではアンケート・ヒアリング等の調査を用いて評価が行われてきましたが,今後は医学的な研究の進展に伴い被験者の脳内神経活動を直接計測できる可能性が出てきました.NIRS以外にも心拍RRIを用いた交感神経・副交感神経の活動関係やホルモン代謝物質である唾液アミラーゼ活性の計測などを用いたストレス計

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測についても研究が進展しており,今後これらの技術が確立すれば,住む人にとってストレスの少ないまちづくりや,心地よい景観の評価などに用いることで,より健康で快適に暮らし活動できる安寧の都市が実現できるようになることが期待されます. その他にも現在安寧の都市ユニットでは,まちづくりと健康づくりに関する様々なテーマに対し,工学・医学の研究者が協力して研究を進めているところです.

参考文献:1  Taga, G., Asakawa, K., Maki, A., Konishi, Y and

Koizumi, H.: Brain imaging in awake infants by near-infrared optical topography, Proceedings of National Academy of Science, vol.100, pp10722-10727, 2003.

2 島津製作所HP(2011.9.21確認):  http://www.an.shimadzu.co.jp/bio/nirs/nirs2.htm3  灰田宗孝:脳機能計測における光トポグラフィ信号の

意味,MEDIX vol.136,pp17-21,2002.4  灰田宗孝:光信号の意味―脳と筋の光計測の違い,第

8回日本光機能イメージング研究会,pp.17-20,2007.5  酒谷 薫:ストレス反応とリラクゼーション効果にお

ける前頭前野の役割,第12回日本光脳機能イメージング研究会,教育講演,2009