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1 中学校社会科における社会認識の形成を支援する方法 ―「省察的な態度」と「振り返り」学習活動― 今 隆史 The Method for Supporting to form Social Cognition in Social Studies of Middle School “Reflective Attitude” and “Reflection” Activity Takashi KON 1 . はじめに 1.1 研究の目的 学習者の内に形成された認識は,学習の「振り返り」を通して外化されることで,本人 にとっても第三者にとっても確認可能な形となる。学習における「振り返り」を促す手立 ては,今日多くの社会科の授業実践においても見受けられる。 しかし,その「振り返り」のための手立ては,具体的な目的や効果を念頭に置いてなさ れているだろうか。社会科の目標概念としてしばしば議論される「社会認識」の形成との 関連は意識されているだろうか。以上のような問いを立てるとき,実践の現場における「振 り返り」の手立ては,振り返る際の視点が提示されないまま「感想など思ったことをただ 書かせる」ものが多く,形骸化の指摘を免れ得ないと筆者はみる。 授業実践における効果的な「振り返り」の在り方をひろく模索するにあたり,近年教育 学研究で注目されている「省察」(reflection)の概念に着目したい。多くの先行研究が提起 するところによれば,学習における「省察」は,深い思考や深い理解,質の高い学習とい った事柄につながるという (1) 。このことから,社会科教育だけでなく,多くの教科・領域 にまたがる重要な概念であると考えることができる。しかし,この「省察」の概念規定と その効果が具体的に示された実践事例は少ない。そこで,本研究では近年唱えられている この「省察」概念に着目し,先行研究の整理から「省察」に求められる諸要素を整理しま とめた上で,それに依拠した具体的な「振り返り」学習活動の方法を提起したい。 そして本研究ではこの「振り返り」学習活動の,社会科教育における効果を分析する視 点として,子どもの社会認識の形成に焦点を当てる。「省察」概念を取り扱った先行研究が 示す深い思考や深い理解,質の高い学習といった事柄を,社会科教育の文脈に即して社会 認識の形成と読み換えるのである。その理由としては,社会科教育における多くの先行研 究が,継続的な学びの中で育む社会科の学力に社会認識の概念を位置付けていること (2) また,「社会科の授業は,社会をどう認識させるかということに関する考えなくしてはなさ

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中学校社会科における社会認識の形成を支援する方法

―「省察的な態度」と「振り返り」学習活動―

今 隆史

The Method for Supporting to form Social Cognition in Social Studies of Middle School

“Reflective Attitude” and “Reflection” Activity

Takashi KON

1. はじめに

1.1 研究の目的

学習者の内に形成された認識は,学習の「振り返り」を通して外化されることで,本人

にとっても第三者にとっても確認可能な形となる。学習における「振り返り」を促す手立

ては,今日多くの社会科の授業実践においても見受けられる。

しかし,その「振り返り」のための手立ては,具体的な目的や効果を念頭に置いてなさ

れているだろうか。社会科の目標概念としてしばしば議論される「社会認識」の形成との

関連は意識されているだろうか。以上のような問いを立てるとき,実践の現場における「振

り返り」の手立ては,振り返る際の視点が提示されないまま「感想など思ったことをただ

書かせる」ものが多く,形骸化の指摘を免れ得ないと筆者はみる。

授業実践における効果的な「振り返り」の在り方をひろく模索するにあたり,近年教育

学研究で注目されている「省察」(reflection)の概念に着目したい。多くの先行研究が提起

するところによれば,学習における「省察」は,深い思考や深い理解,質の高い学習とい

った事柄につながるという(1)。このことから,社会科教育だけでなく,多くの教科・領域

にまたがる重要な概念であると考えることができる。しかし,この「省察」の概念規定と

その効果が具体的に示された実践事例は少ない。そこで,本研究では近年唱えられている

この「省察」概念に着目し,先行研究の整理から「省察」に求められる諸要素を整理しま

とめた上で,それに依拠した具体的な「振り返り」学習活動の方法を提起したい。

そして本研究ではこの「振り返り」学習活動の,社会科教育における効果を分析する視

点として,子どもの社会認識の形成に焦点を当てる。「省察」概念を取り扱った先行研究が

示す深い思考や深い理解,質の高い学習といった事柄を,社会科教育の文脈に即して社会

認識の形成と読み換えるのである。その理由としては,社会科教育における多くの先行研

究が,継続的な学びの中で育む社会科の学力に社会認識の概念を位置付けていること(2),

また,「社会科の授業は,社会をどう認識させるかということに関する考えなくしてはなさ

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れない」との前提(3)に立つとき,授業の目標を踏まえてなされる「振り返り」は,社会認

識の外化を促すと考えられること等が挙げられる。

以上のことから,本研究では「学習者の社会認識の形成を支援する方法としての,『省察』

を促す『振り返り』学習活動の有効性」を明らかにすることをその目的とする。

1.2 研究の方法

①「省察」(reflection)概念に関する先行研究から,効果的な「振り返り」に求められる諸

要素を整理し,「省察的な態度」として新たに定義する。ここから本研究における「振り

返り」学習活動のためのツール(「ふり返りシート」)を作成する。

②「省察」(reflection)がもたらす深い思考や深い理解などの事柄を,社会科教育の文脈に

即して社会認識の形成と読み換える。ここで本研究における社会認識の概念を規定する。

③②で定めた社会認識の概念をもとに社会科学習単元を編成し,実践する。実践に際し,

継続的な「振り返り」学習活動を導入する。

④事前・事後の質問紙への回答に対し,量的な分析を加える。

⑤「振り返り」記述に対し質的な分析を加え,「省察的な態度」への意識付けと,社会認識

形成との関連について考察する。

⑥研究の成果と課題を確認する。

2.「省察的な態度」と「振り返り」学習活動

2.1 省察に関する先行研究と「省察的な態度」

効果的な「振り返り」とは一体どのようなものか。ここでは「省察的な態度」を伴う「振

り返り」を,効果的な「振り返り」と仮定したい。「省察的な態度」とは,ショーン(2007)

によって提起された「省察」(reflection)の概念(4)から示唆を受けて筆者が構築した,学習

を振り返る際の態度を表わす概念である。藤原(2008)によれば,この「省察」(reflection)

という用語は,ショーンの議論の紹介を契機に,“リフレクション”として,近年最も広く

用いられるようになった教育研究上の用語の一つだという(5)。例えば秋田(2008)はその著

書(6)において「基礎となる原理やルールを自ら見出したり新たな考えを評価したりしなが

ら,自分の理解や学習の過程を振りかえることがなければ,カリキュラムをこなしただけ

では,生徒自身が深い理解に至ることはない」とするソーヤー (2006)の論(7)を取り上げて

いる。このソーヤーの論を含む論叢に関しては抄訳本も出版されており(8),そこでは近年

の学習科学研究の成果から,より良い学習を促進する要素の一つとして「省察(reflection)」

の概念が複数の論者によって繰り返し提起されている(9)。

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上の例にも示されるように「省察」(reflection)という用語は近年の教育学研究において

広く取り上げられるようになっている。しかし,藤原 (2008)はこうした状況に対し,「“リ

フレクション”=事後的な実践のふり返りという意味でのみ理解されている場合も,多い

のではなかろうか」とも指摘している。筆者の管見においても,近年の教育学研究におい

て「ふり返り」や「省察」,「リフレクション」といった種々の用語は,概念規定の明示や

区別がなされぬままに用いられる傾向があると考えられる。

そこで本研究では,先行研究において「省察」の意味内容として論じられている事柄を 5

つの視点に整理し,「省察的な態度」として新たに定義づける。そして「省察的な態度」の

5 つの視点を効果的な「振り返り」に必要な視点と仮定し,それを踏まえた「振り返り」

の手立ての具体化を図る。ここでは,学習の「振り返り」において,この 5 つの視点をい

かにして学習者に継続して意識づけさせるかが問題となる。

「省察的な態度」の 5 つの視点(「5 つのつけもの」(10)) ①「位置づけ」の視点

:これまでの自分と比較して学習態度はどうだったか―どのような点が良かったか/良くなかったか。

②「関連づけ」の視点(自分と異なる意見,よく練られた意見,斬新な意見等を自分の意見と比較・関連さ

せる視点):友達の考えと比較してどうだったか-自分の意見を形成する上で,参考になった友達の意見

はあるか。

③「意味づけ」の視点(学習の文脈において,自身の学び方にはどんな意味があったかを考える視点):学

習の仕方や問題解決の方法はどうだったか―適切だったか/もっと良い方法があったか。

④「価値づけ」の視点:本時の学習内容が理解できたか。本時までの学びで,できるようになったことや

分かるようになったことは何か。

⑤「方向づけ」の視点:本時(まで)の学びを踏まえた上で,次回の学習に向けた目標や課題はあるか-そ

れはどんなことか。

2.2 「振り返り」学習活動の具体例

以下に【図 1】毎時の「ふり返りシート」,【図 2】単元中間の「中間まとめシート」を

掲載する。(掲載の都合上,記述スペース等は実物と異なる)

【図 1】 毎時の「ふり返りシート」

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2.3 学習省察尺度と学習省察度得点

「省察的な態度」への意識づけの度合いは,質問紙による量的調査から数値化して示す。

具体的には「学習省察尺度」として試験的に作成した尺度を含む質問紙「社会科について

のアンケート」(11)を単元の事前と事後の計 2 回に渡って実施する。学習省察尺度を構成す

る質問項目は以下に示す(3)~(7)の計 5 つの質問である。この 5 つの質問は,本研究にお

ける「省察的な態度」の 5 つの視点を中学生の理解力を考慮して落とし込んだもの。

「学習省察尺度」を構成する 5 つの質問項目 ④ふだんの社会科授業の,後半~おわりの部分での自分をふり返って答えなさい。

(3)授業をふり返って,「自分はマジメに勉強できたかな」と思い返す。

(4)授業をふり返って,「友達のよい意見」を思い返す。

(5)授業をふり返って,「自分の勉強のしかたはうまくいっていたかな」と考える。

(6)授業をふり返って,「できるようになったこと」や「わかるようになったこと」があると思う。

(7)授業で学んだことや反省したことは,次の授業にいかしたい。

(3)~(7)の質問に対する回答の合計点は 5-20 点の値をとる「学習省察度得点」として扱

う。尺度の信頼性に関しては,SPSS(多変量解析ソフト)を用いクロンバックのα係数

を算出したところ,対象となる生徒集団(N=67)の合計でα=0.731 という数字が得られた。

α係数が基準の 0.7 を満たすことから,これを信頼性の担保とみなす(12) 。

3.本研究における「社会認識」概念の扱い

3.1 社会認識概念についての先行研究

ここでは,「振り返り」学習活動によって外化される,本研究における学習の成果として

の「社会認識」概念について論じる。社会科の目標については,これまで多くの先行研究

が「社会認識を通した市民的資質(公民的資質)の育成」という内容を掲げてきた。このこ

とについて松岡(2000)は「すでに共通理解に達している」としてよいとする見方を示して

【図 2】 単元中間の「中間まとめシート」

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いる(13)。ここにおいて,社会科の目標論の中核を占める「社会認識」概念について,関連

する先行研究を概観したい。

社会科における認識を取り上げた先行研究には,森分孝治の一連の研究が挙げられる。

森分は認識の過程を説明という語から捉え,社会認識を「子どもの内面に形成される社会

事象に関する知識体系」と説明している(14)。森分の論は,社会科における知識の構造につ

いて鋭い分析を加えるものであり,知識の構造化を試みた点において参考となる点が多い。

理解という語を暫定的に「わかる」こととして捉えてみた場合,片上 (1983)の論も示唆に

富むものである。片上は雑誌『教育科学社会科教育』(明治図書)の中で,社会科における

「わかる」ということについて,授業中の具体的な資料や発問,学習活動等の問題との関

連から考察している(15)。そこでは 3 つの段階からなる「わかり方」の概念が提唱されてい

る。この論では社会認識という言葉は使われていないものの,ここで示されているわかり

方の構造は,多くの点で社会認識に関する議論に重なるものと考えられる。子どもに何を

身に付けさせるかを議論する際,学力論との関わりにも着目する必要があるだろう。宮本

(1989)は,社会科における学力について検討する際,その構造の中に社会認識概念を明確

に位置付けている(16)。そこにおいて宮本は,育成すべき社会認識概念の内実について,認

識する知識内容に関わることと,認識する際の方法・仕方に関わることの二つに分け,統

一的に育成していくべきだとしている。川本(2006)は社会認識の形成過程における授業展

開の在り方に着目し,社会認識の発達に関する検討を行っている。その中で川本は,目指

すべき社会認識を「『事実に基づいて事実そのものを認識し(=事実認識),複数の事実の関

係を論理的に把握する(=関係認識)というひとまとまりの学習を通して,全体としての意

味を見出す(=意味認識)』という授業の展開によって得られる社会事象に対する認識」と

規定している(17)。

上述のように社会認識概念の構造について論じた先行研究は数多く見られる。しかし,

教育学的な合意が得られるような概念を規定することは,現状においては困難である。社

会科の学力とは何か,科学的な社会認識の科学性の規準は何かなどの本質的な問いへの回

答に合意が成されにくいことも勿論あるが,心のはたらきである認識を見取ることの困難

性がその大きな理由の一つと言えよう。

山根(1977)は,「そもそもすべての子どもにまったく同じ社会認識を形成するということ

は不可能であるし,どうしても個々の子どもの個性的社会認識を認めざるを得ない」と述

べ,社会認識にどこまで共通性を求め,どこまで個性を認めるのかということを課題とし

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ている(18)。上田(1977)は「認識の基本の一つは各人の相対性にある」として,社会認識が

動的であり,静的な枠組みでは割り切れない性質を持つことから,理論と理論,教師と子

ども,子どもと子どもの間に起こる「ずれ」を積極的に評価することの必要性を主張して

いる(19)。昨今においては教育心理学の分野から,そもそも社会事象についての認識は自然

事象のそれと比べ,確実に誤りと断定するのが難しいという指摘もなされている(20)。

ここまで述べたように,「社会認識」概念の内実については,これまで様々な視点から検

討が加えられてきた。子どもに形成させたい認識内容を定め,それを目標の設定や教材の

構成,学習活動の組織といったプロセスに反映させていくとき,先行研究の蓄積は有益な

知見を与える。しかし理論の適用に際しては,認識の発達過程の複雑さも同時に踏まえる

必要がある。固定的な理論の枠組みは,時に多様性や複雑性といった学校現場のリアルな

様相を捨象することにもなりかねない。こうした事柄も複数の先行研究が指摘するところ

である。研究・実践活動における「社会認識」概念の取扱い―特に概念を措定する場面に

おいては,以上に挙げたような複数の論者による見解を踏まえる必要があると考えられる。

3.2 本研究における社会認識の概念規定

本研究における社会認識の概念を措定するに当たり,松岡(2009)よる社会認識の構造と

社会科授業論に関する考察(21)を参考としたい。その理由は,認識の各段階に対する説明が,

具体的な「問い」の在り方との関連からなされており,実践の文脈でイメージがしやすい

こと。代表的な先行研究の整理から,認識を 3 つの段階によって捉える根拠が示されてい

ること。さらには学習指導要領との関連といった事柄についても論じられていること。以

上のような事柄が挙げられる。松岡は,日本の社会科教育の基本的性格を「社会認識を通

して市民的資質を育成する」とした上で,社会認識概念を,「事実認識」「関係認識」「価値

認識」の 3 つの段階に区別して捉えている。【表 1】

段階 松岡による説明 問いと学習活動

価値認識

(解釈すること)

「解釈する」という学習活動を通して形成される社会認識

Why の問い B

(どうすべきかと問い,社会的事象の意

味・意義を解釈する活動)

関係認識

(説明すること)

「事象間の関係を求める」ための

学習活動を通して形成される社会

認識

Why の問い A

(なぜなのかと問い,社会的事象間の関

係を説明する活動)

事実認識

(わかること)

「情報を求める」「情報をまとめる」ための学習活動を通して形成

される社会認識

How の問い

(どのようにと問い,社会的事象の構造や過程を調べまとめる活動)

事実認識

(知ること)

What の問い

(何がと問い,個別の情報を求める活動)

【表 1】 松岡「社会認識の構造」 (表は筆者作成)

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松岡の論をもとに「事実認識」・「関係認識」・「価値認識」の 3 つの枠組みをベースとし,

そこに先行研究の知見を加え,本研究における社会認識の概念規定を以下 3 つの認識の様

相をもって暫定的に定義する。基本的には,認識の深まりに応じて(1)と(2)を行き来する中

で,(3)が形成されていくと想定する。

本研究における社会認識の概念規定

(1) 社会的な事象や事物そのものの存在を知り,そのしくみや過程のあらましを理解すること

(2) 個別の事象をこえ,複数の事象や事物間にある関係性を把握すること

(3) 社会に対する見方や考え方,感じ方を拡げたり,深めたり,更新させたりすること

(1)は「事実認識」に関わる部分である。具体的には森分 (2000)による「個別的記述的

知識」―「いつ,どこで,誰が,誰に,何を,どうして,どうなったか,何が,どうであ

ったかなど,事象の構成要素や展開の過程に関する知識」(22)や,片上 (1983)による「わか

る」論の第 1 段階―「事物や事象との出会い(事物や事象の用語的把握)」(23)のような,個

別的な事象に対する認識の在り方を想定する。(2)は「関係認識」に関わる部分である。複

数の事象のしくみ,過程,構造,特色などに注目し,それらを比較,検討するような認識

の在り方を想定する。小原 (1991)の論にみられる表現(24)を借りれば,「なぜ,どうして」

という問いを立て,事象を「目的論的(目的・手段)」,「条件的(条件・結果)」,或いは「因

果的(原因・結果)」に説明するような学習活動によってもたらされる認識,とも説明でき

る。(3)は「価値認識」に関わる部分である。ここでは,時代や機構の中における社会的事

象の意味や意義を解釈することによる認識を想定する。子どもの抱く価値観については,

本研究では基本的にオープンエンドであることを旨とするが,ここでは宮本(1989)による,

価値観の多様化を承認する上での前提(25)も重く受け止めておきたい。

以上が本研究における「社会認識」の概念規定の実際である。ここで留意したいのは,

先に示した「社会認識」の概念規定は,先行研究の整理から理論的に導き出したものであ

り,あくまでも暫定的なものという点である。普遍的な定義を定めることが困難である以

上,本来であれば概念規定自体は子どもの実状に応じて生成的に練り上げていくべきであ

る。また,多様性や複雑性といった学校現場のリアルな様相の中では修正が求められる可

能性もある。こうした理由から,本研究における「社会認識」の概念規定は,その構造の

細部に渡る言及を意図的に避けたものであり,その表現に幅を持たせたものとなっている。

ここには 3.1.3 でも論じたように,枠組み自体を固定的・一義的なものとして捉えること

による弊害を避ける意図がある。

4. 検証授業実践と本研究の仮説

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4.1 実践の概要

本研究における検証授業実践は,東京都品川区の公立中学校で行った。対象は中学校第

1 学年,品川区社会科「私たちと現代の社会」分野(26)の学習として我が国の政治のしくみ

を取り上げた単元である。これは品川区小中一貫教育要領における第 7 学年の内容「①わ

が国の政治と日本国憲法との関係はどのようになっているのだろうか(Ⅱ)」に該当する。

本単元は全 13 時間構成(週 1 コマ×2 クラス,1 学期通しての実践)であり,第

3,4,5,6,8,9,10,11,12 時の授業終了後に「ふり返りシート」に取り組ませた。また,第 7 時

には「ふり返りシート」の拡大版である「中間まとめ」を,第 13 時には「最終まとめ」

をそれぞれ実施した。「省察的な態度」の 5 視点への意識付けの程度をみるための「社会

科に関するアンケート」は,第 1 時,第 13 時に実施した。単元の構成は,日本国憲法と

の関わりを中心に,国家三権のしくみと話題のニュースを絡める形で日本の政治のしくみ

を概観していくというものである。以下に示す単元指導計画(抄)にその概要を列記する。

単元指導計画(抄)

1単元名 「わが国の政治と日本国憲法との関係はどのようになっているのだろうか(Ⅱ)」

(教科書:品川区教育委員会『調べ・考え・社会をつくる』,pp.58-67)

2単元の目標(27)

・憲法にある「国民の持つ権利」の考え方を軸に,「わが国の政治のしくみ」のあらましを理解させる。

・政治のしくみがなぜ存在するのか,どのような長所・短所があるのか,どのような点において自分た

ちの生活と関わっているのか,ということを考えさせる。

・政治について自分なりの意見を持たせ,他者との意見交流をさせながら「中学生としてどう政治に関

わっていくか」といった今後の社会参画に向けた意識を持たせる。

3単元の評価規準 ア:社会的事象への

関心・意欲・態度

・わが国の政治の動向に対する関心が高まっている。・将来国政に参加する公民として,民主的な政治の

あり方と政治参加の方法について考えようとしている。

イ:社会的な思考・判断・表現

・政治機構や制度のあり方を,多面的・多角的に考察している。・機構や制度が存在する理由を,知識や技能を活用して考察している。

ウ:資料活用の技能 ・機構や制度を含む社会的な事象を考察する際,新聞記事や映像,統計等の諸資料の活用を試みている。

エ:社会的事象に

ついての知識・理解

・わが国における政治の特色をとらえ,その中における憲法の役割を理解している。・国会,内閣,裁判所

のしくみに関する基礎的知識を身に付けている。

4単元の指導計画と評価の計画(13 時間扱い) (28)

時 題目(略) 内容 評価の観点

1 ガイダンス 学習の見通しを立てる。 ア,ウ

2 「政治」とは① 現在の「政治」への認識を確認し,クラス全体で共有する。 イ,エ

3 憲法 国民の権利と政治との関わりを考え,憲法の重要性を理解する。 イ,エ

4 日本の政治 「民主制」「三権分立」から,日本の政治の特徴を理解する。 イ,エ

5 国会① 社会におけるルールの働きを考え,国会の重要性を理解する。 イ,エ

6 国会② 国会において「二院制」「政党政治」のしくみがある理由を考える。 イ,エ

7 中間まとめ 単元前半における「自分の学び」「学習内容」を振り返る。 ア,イ

8 内閣① 内閣のしくみを理解し,行政と国民の生活とのつながりを考える。 イ

9 内閣② 議会制民主主義しくみを理解し,長所と短所を考える。 イ,エ

10 裁判所① 裁判所のしくみを理解し,司法のはたらきの重要性を考える。 イ,エ

11 裁判所② 様々な資料を活用し,「裁判員制度」の是非を考える。 イ,エ,ウ

12 「政治」とは② 現在の「政治」への認識を確認し,第 2 時の結果と比較する。 ア,ウ

13 最終まとめ 単元全体における「自分の学び」「学習内容」を振り返る。 ア

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4.2 本研究の仮説

これまで論じてきたことより,本研究の仮説を次のように設定する。すなわち,「『学習

省察度得点』が単元の事前・事後で上昇した生徒(単元を通し,『振り返り』における『省

察的な態度』の 5 視点への意識付けが促進された生徒)は,「振り返り」記述に表れる『社

会認識』の様相も質的に深まる」である。

5.分析の実際

5.1 量的な視点からの分析①

事前と事後で比較した「学

習省察度得点」の増減の分布

をグラフ化したものが【図 3】

である。この結果を受けて実

際に生徒の記述に目を通すと,

「振り返り」記述の内容が質的に向上している生徒,またそれが本研究の想定する「社会

認識」の形成に適合すると思われる生徒は,筆者の予想の通り上昇群の中に多く見られ

た。しかし,ここでは同時にいくつかの“反例”の存在が明らかになった。すなわち「学

習省察度得点」の数値が上昇しているものの「振り返り」記述に質的な深まりが見られな

い生徒,もしくは「学習省察度得点」の数値が下降しているものの質の高い記述を残して

いる生徒の存在である。このことにより,「学習省察度得点」の変化は,必ずしも記述の質

の変化に結びついていない可能性が指摘できる。そのため,「『学習省察度得点』の上昇」(群)

という条件は,記述分析において対象生徒を選定する際の根拠としては不十分であると考

えられる。反例の存在が看過できない以上,それを乗り越えて考察を進めるためには,反

例の存在に何らかの理由を求め,解釈を加えることにより,対象生徒を選定するための新

たな条件を設定する必要がある。反例の存在には様々な理由が考えられる。例えば,「学習

省察度得点」はあくまでも生徒の自己評価によって導き出される数値であるため,必ずし

もすべての生徒において実際の姿が反映されているとは言い難く,加えて生徒自身の内に

ある自己評価規準の変容までをカバーするものではない,ということが挙げられる。これ

は本研究における質問紙調査の限界とも考えられる。また,認識を「形成」することとそ

れを確認可能な形で適切に「外化」できることとは異なる力であることも挙げられる。つ

まり,外化する力の不足ゆえに,社会認識が充分に形成されていないと判断されてしまう

生徒が存在するということである。しかし,これらの理由については,本研究で得られる

【図 3】 「学習省察度得点」の増減分布

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データからは充分な考察を加えることが難しい。そのため,本研究では以下の事柄に反例

の理由を求め,考察を進めることとしたい。すなわち,「本研究では『省察的な態度』を構

成する 5 つの視点を,それぞれ独立したものとして並列的に扱い,生徒の意識付けの度合

いをすべて合算して『学習省察度得点』としたが,記述の質への影響を分析するにあたり,

この単純な合算自体に問題があった」ということである。

5.2 量的な視点からの分析②

「学習省察尺度」を構成する 5 つの質問項目の,事前・事後での点数の変化(N=67)に対し,

SPSS Ver.12 を用いた主成分分析を試みたところ,2 つの成分が算出された【図 4】。

これにより,「省察的な態度」を構成する 5 つの視点(いわゆる量的変数の情報)を,より

少ない視点(次元)にまとめ上げることができたと言える(29)。ここで「主成分負荷量」(30)を

みると,成分 1 は「位置づけ(rd4_3)」「価値づけ(rd4_6)」「方向づけ(rd4_7)」の質問の得

点の増減に強い相関があることが分かる。また,成分 2 は「関連づけ(rd4_4)」「意味づけ

(rd4_5)」の質問の点数の増減に強い相関があることが分かる。この結果に解釈を加えると

するならば,成分 1 は「振り返り」における意識付けが「これまで」「現時点」「これから」

に強く関わっており,主な興味・関心が自己の内面における時間軸の推移(学びのプロセス)

にあるとみられる。このことから,成分 1 を仮に「通時的興味内向成分」と表現したい。

また,成分 2 は「振り返り」における意識付けが,「友達の考え」「その時々で提示される

学習の方法」に強く関わっており,主な興味・関心が時間軸上の一点における自己の外に

あると考えられる。このことから,成分 2 を仮に「共時的興味外向成分」と表現したい。

主成分分析の結果から,各生徒の「省察的な態度」への意識付けの度合いは「学習省察度

【図 4】 主成分分析の結果

「社会科に関するアンケート」④-(3)

「位置づけ」に対する意識付けの得点の増減値

「社会科に関するアンケート」④-(4)

「関連づけ」に対する意識付けの得点の増減値

「社会科に関するアンケート」④-(5)

「意味づけ」に対する意識付けの得点の増減値

「社会科に関するアンケート」④-(6)

「価値づけ」に対する意識付けの得点の増減値

「社会科に関するアンケート」④-(7)

「方向づけ」に対する意識付けの得点の増減値

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11

得点」の増減をみて判断するのではなく,5 つの視点の合成から導き出された 2 成分との

関連に着目するという新たな考察視点を得ることができた。後述の記述分析では,この 2

成分に対する各生徒の「主成分得点」(31)を基に,分析対象となる生徒を選定する。

5-3 記述分析(質的な視点からの分析)

2 つの成分に対する各生徒の主成分得点を座標軸上にプロットすると,以下のようなグ

ラフ【図 5】が得られる。グラフは横軸が成分 1「通時的興味内向成分」に対する各生徒の

成分得点,縦軸が成分 2「共時的興味外向成分」に対する各生徒の主成分得点である。そ

こで,次の①~③の条件に適合する生徒を選定し,質的分析の対象とする。

①成分 1に対する主成分得点が高く,かつ成分 2の主成分得点の絶対値が小さい生徒 …A男

②成分 2に対する主成分得点が高く,かつ成分 1の主成分得点の絶対値が小さい生徒 …B子

③成分 1と成分 2 の両方の成分に対する主成分得点が高い生徒 …C子

5-3-1 事例①:A 男

・A 男の主成分得点

成分 1 への適合の度合

いが高いことから,振り

返りにおいて「これまで

と比較した自身の学習態

度(位置づけ)」や「各授

業における目標の達成(価値づけ)」,「今後の学習への展望(方向づけ)」といった視点に力点

が置かれていると考えられる。社会認識の様相について,以下,それらの視点との質的な

関連を見取っていく。

・認識の見取り

社会認識の第 2 の段階(関係認識)と「価値づけ」「方向づけ」の視点との関連

・ピックアップする「振り返り」記述

5

今まで「国会なんてただのおやじが集まって,必要のない話をしているだけだろ」と思

っていたけど,選挙をして選ばれた人たちだけで話をしていることが分かった。だから

大切だと思った。

7

・国会がある理由や国会の大切さ,ルールなど(わかるようになったことやできるようになったこと)

・政治も大切だと思うけど,他のこともしっかりした理由を学ぶようにしたい。(後半に

向けて)

【図 5】 各生徒の 2 成分に対する主成分得点(N=67)

【図 5】 各生徒の 2 成分に対する主成分得点(N=67)

成分 1 成分 2

主成分

得点 2.28515 -0.10181

B 子

A男

C 子

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12

・エピソード

第 5 時の題目は「なぜ国会が法律を作るという大きな役目を持っているのか?」である。

生徒たちは導入における交通ルールの例から,社会における「ルール」が大切であるとい

うことに加え,「ルール」は締めすぎず緩すぎずの適正な範囲で定められなければ,本当の

意味で個人の自由を守るものにはならないということに気付く。そして,この「ルール」

が「法律」のことを指しており,国会がその法律をつくっていると知った時,生徒たちは

「なぜ国会はこのような大事な仕事をしているのか」という問いに対し興味を示した。

特にこの A 男は,終始身を乗り出すような様子で発問に答え,また挙手をするなど積極

的な姿勢が目立った。それまで彼にとっての国会議員とは他でもなく「ただのおやじ」で

あり,「必要のない話」をしているだけの存在であった。これは各種メディアや周囲の大人

たちの会話などが影響を与える中で,自然に形成された認識だと考えられる。その認識が

強かった分,第 5 時における衝撃が大きかったのかも知れない。国会議員は「選挙をして

選ばれた人」であり,まさに彼らが国民の代表であるとの認識に至った時,彼の中で「国

会が法律をつくるという大事な仕事をしている理由」が腑に落ちた模様である。このこと

は第 7 時の「中間まとめ」の場において「国会がある理由」「国会の大切さ」という形で

再び言及されており,この一連の学びを通し,A 男は政治の学習だけでなく,社会事象全

般について背景や理由を学ぶことの大切さに気付いている。

・社会認識と「省察的な態度」各視点との質的な関連

こうした A 男の認識と関連があるのは,「価値づけ」と「方向づけ」の二つの視点と考

えられる。毎時の「ふり返りシート」には,④「価値付け」の視点として,授業目標の達

成度が,生徒による自己評価の項目として組み込まれている。第 5 時の授業目標は「社会

における法律の大切さを理解する」と「日本の政治の中で『国会』が大きな力を持つ理由

を理解する」の二つであった。先の考察からも,A 男の振り返り記述は,これらの授業目

標(特に後者)を十分に踏まえているものと判断できる。つまり,A 男が認識を外化させる

にあたって,授業目標への意識付けが適切になされたと言える。このことから,第 5 時に

おける A 男の記述は「価値付け」の視点と関連があると考えることができる。

第 7 時「中間まとめ」において「わかるようになったこと」としての「国会がある理由

や国会の大切さ,ルールなど」という記述は,単元前半における自身の成長を捉えたもの

である。この記述は「価値づけ」の視点に対応した質問項目への回答である。また,ここ

に見られる「理由」への着目は,第 5 時の学びを踏まえたものであると同時に「政治も大

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13

切だと思うけど,他のこともしっかりした理由を学ぶようにしたい。」という後半の記述に

もつながっており,政治の学習を越える認識となっている。この後半の記述は「方向づけ」

に対応した質問項目への回答である。このことから,第 7 時「中間まとめ」におけるA 男

の記述は,「価値づけ」と「方向づけ」の二つの視点に関連したものと考えることができる。

5-3-2 事例②:B 子

・B 子の主成分得点

成分 2 への適合の度合いが高いことから,振り返り

において「友達の意見(関連づけ)」や「学習の方法(意

味づけ)」といった視点に力点が置かれていると考えら

れる。社会認識の様相について,以下,それらの視点との質的な関連を見取っていく。

・社会認識の見取り

社会認識の第 2 の段階(関係認識)と「関連づけ」・「意味づけ」の視点との関連

・ピックアップする「振り返り」記述

6時 今日は,よりよい議論とは何だろうか,という勉強をしました。それについて私は,

よりよい議論とは国民の意見が出やすい場だと考えました。なぜなら,国民も権利を

持っているのだから,意見の出しやすい場所があればいいと思いました。

7時 ・Yさん(いいなと思う意見を言った友達)

・二院制は何のためにあるのか考えてみよう!のところで,「国民の意見が出やすい

ようにしたんではないか」という意見。(意見の内容)

・自分から積極的に手を挙げ,授業をしていきたい。友達の意見も大切にして,これ

からも頑張る。」(後半に向けて)

・「これまで憲法や国会のしくみなどについて学んできました。その結果,私は今“政

治”について,国民の意見や考えなどを話し合う場と考えています。なぜなら,国

民から出た意見や考えをしっかりと受け止めて,それについて色々な党と話し合っ

て物事を決めているから。」(単元前半の学習内容について)

11時 今日は,司法の未来について学習しました。それについて私は,裁判員制度はこれか

らもずっと続いていくと思いました。なぜなら,国民の意見を聞くのは重要なことだ

と思ったからです。

13時 ・友達の意見を取り入れるやり方(政治についての理解が深まったと感じた学び方)

・友達の意見を聞くことで,また新しい自分の意見が生まれたりしたから学び方がよ

いと自覚した。(理由)

・エピソード

第 6 時の授業プリントには,「二院制」の存在する理由を書き込む欄がある。最初に B

子は国会議員の“人数”に着目した記述をしている【図 6】。つまり,人数が多いと話し合

いが滞るため,単純に二つに分割して行っているという考え方である。ここには政治機構

単体への着目はあっても,政治と国民の間にある関係性への着目はない。数人の生徒に挙

手を求め,発表してもらった際,生徒 Y が「2 種類あれば色々な意見が出るので,国民の

成分 1 成分 2

主成分

得点 -0.12415 1.79760

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意見が出やすいのではない

か。」という主旨の発言をし

た。多様な人々の意見を吸

い上げることによって,よ

り多くの人々の幸福が実現

する。そのためには,1 種類よりも 2 種類の方が好ましい,という考え方である。この考

え方の前提には,“立法機関としての国会のはたらき”や,“国民の幸福,権利”といった

事柄への理解があると考えられる。B 子の「人数が多いために単純に二つに分けて行って

いる」という考察も明確に誤りであるとは言い切れないが,比較すると生徒 Y の方が,考

察の質が高いと言える。【図 6】をみると,欄外に生徒Y の意見をメモした形跡がある。こ

のメモが,B 子が生徒 Y の発言に感銘を受けて書いたものであることは,後々の B 子の「ふ

り返りシート」を確認することで明らかになる。

・社会認識と「省察的な態度」各視点との質的な関連

B 子の認識と関連があるのは「関連づけ」と「意味づけ」の二つの視点と考えられる。

第 6 時の「ふり返りシート」には,「よりよい議論とは国民の意見が出やすい場だと考え

ました。なぜなら,国民も権利を持っているのだから,意見の出しやすい場所があればい

いと思いました。」という記述がある。注目したいのが,「国民の意見」「国民の権利」とい

った記述にみられるように,政治のしくみを政治機構単体からではなく,国民との関連か

ら捉えている点である。この認識は,生徒 Y の発言に重なる。その後も「中間まとめ」に

おいて「これまで憲法や国会のしくみなどについて学んできました。その結果,私は今“政

治”について,国民の意見や考えなどを話し合う場と考えています。」という記述,第 11

時において「国民の意見を聞くのは重要なことだと思ったからです。」という記述を残して

いる。これらの記述は,政治のしくみを国民との関係から捉えたものであると言えよう。

また,B 子は「最終まとめ」において,理解を深める「学び方」として「友達の意見を

取り入れるやり方」を挙げており,理由として「友達の意見を聞くことで,また新しい自

分の意見が生まれたりしたから」と記述している。このことから,単元を通して B 子は友

達の意見を積極的に取り入れようとする態度を身に付け,それを自分なりに“学習がうま

くいく方法の一つ”として捉えていると考えられる。これは第 6 時以降においても,生徒

Y による意見の要素が含まれた記述が出てくることからも言える。以上より,B 子の認識

は,「関連づけ」「意味づけ」の視点と関連があると考えることができる。

【図 6】 第 6 時における B 子の授業プリントの一部

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5-3-3 事例③:C 子

・C 子の主成分得点

両成分へ適合の度合いが高い。ことから,振り返りにおける

「省察的な態度」の 5 つの視点が偏りなく意識されていると考

えられる。社会認識の様相について,以下,各視点との質的

な関連を見取っていく。

・社会認識の見取り(1/2)

社会認識の第 2 の段階(関係認識)と「価値づけ」の視点との関連

・ピックアップする「振り返り」記述

6時 国民のためにある政治はたくさんの人の意見によって成り立っているんだと思いまし

た。二院制やたくさんの政党はそのためにあるんだと思いました。

7時 ・前と比べてちゃんと内容を理解しようと思うようになった。政治はちゃんと意味が

あることをやっていたんだと改めて思った。(できるようになったことやわかるようになっ

たこと)

9時 内閣総理大臣も国民に選ばせてほしいと思ったけど,こんなにちゃんとした理由があ

るとは思いませんでした。政治ってけっこう奥が深いんだなと思いました。

12時 もともと私は政治に興味がなかったけど,勉強してみて,色々な単語が分かるようにな

っています。司法権とか行政権は勉強しなきゃ知らなかったです。また政治のしくみも

勉強して,その中で特に総理大臣の選び方の意味が特に納得できました。政治は一つ

ひとつきちんと考えられているということを思い知らされた感じでした。この 1 学期

で以前よりすごく政治が分かった気がします。

13時 ・うまくできなかった点を意識すること(社会科の学習で大切なこと)

・しっかり理解していると次の授業にも役立つから。(上記の理由)

・エピソード

事象の背景・理由に着目する記述は,C 子の学びのプロセスにおいて,第 6 時が初出で

ある。この時を境に後の C 子の記述には,事象の背景や理由に着目する記述が出てくるよ

うになる。例えば,第 7 時「中間まとめ」では,単元前半の学びを振り返り,「政治はち

ゃんと意味のあることをやっていたんだと改めて思った。」という記述をしている。また,

第 9 時では「内閣総理大臣も国民に選ばせてほしいと思ったけど,こんなにちゃんとした

理由があるとは思いませんでした。政治ってけっこう奥が深いんだなと思いました。」とい

う記述をしている。第 12 時では「政治のしくみも勉強して,その中で特に総理大臣の選

び方の意味が特に納得できました。政治は一つひとつきちんと考えられているということ

を思い知らされた感じでした。」という記述をしている。これらの記述は,事象の背景や理

由への気付きにより,政治の学習における理解が深まった様子を表していると考えられる。

・社会認識と「省察的な態度」各視点との質的な関連

成分 1 成分 2

主成分

得点 1.74139 1.25736

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こうした C 子の認識と関連があるのは,「価値づけ」の視点と考えられる。「中間まとめ」

における「できるようになったことやわかるようになったこと(「価値づけ」の視点に対応

した問い)」に対し,C 子は「前と比べてちゃんと内容を理解しようと思うようになった。」

と前置きし,「政治はちゃんと意味があることをやっていたんだと改めて思った。」と記述

している。また,「最終まとめ」では「しっかり理解していると次の授業に役立つ」と記述

している。これらの記述から,C 子は日々の授業内容を,一つひとつ着実に理解しようと

努めていたと考えられる。

C 子のいう「内容の理解」とは,まさに「授業目標の達成」に他ならない。A 男の記述分

析でも述べたが,日々の授業に用いる「ふり返りシート」には,「価値づけ」の視点として,

「授業目標の達成度」への自己評価項目が設定されている。例えば第 9 時の「ふり返りシ

ート」では,この部分に「内閣総理大臣が国会で選ばれる理由が理解できた」という項目

が設定されている。C 子による第 9 時の学習内容の振り返りは,「内閣総理大臣も国民に

選ばせてほしいと思ったけど,こんなにちゃんとした理由があるとは思いませんでした。

政治ってけっこう奥が深いんだなと思いました。」となっており,これは授業目標を踏まえ

た記述と言えよう。指示語の指す具体的な内容が書かれていない点が残念だが,この第 9

時の記述に見られるように,C 子の認識は「価値づけ」の視点に関連したものと考えるこ

とができる。

・社会認識の見取り(2/2)

社会認識の第 3 の段階(価値認識)と「関連づけ」の視点との関連

・ピックアップする「振り返り」記述

7 ・Sさん(いいなと思う意見を言った友達)

・「国民のことを第一に考える」(意見の内容)

・これまで法律のことや国会のことなどを学んできました。それで私は政治について意外

に必要なことなんだと思いました。昔は別に社会科なんてどうでもいいだろうと思って

いたけれど,ほとんどの政治家の人たちは私たちのために毎日悩んでくれているんだと

思うようになりました。(単元前半の学習内容について)

・エピソード

C 子は単元前半の学びを振り返り,政治のもつ意義への気付きや,政治家の人たちに対

する印象の変容を記述している。もちろん,これは C 子が独力で獲得した認識ということ

もできる。しかし,C 子の授業中における学習の様子(積極的な挙手や発言はないが,友達

が話をしている際はよく耳を傾けて聴いている)を含めたいくつかの証拠から,ここでは友

達の発言内容が彼女の認識に影響を及ぼしている可能性を指摘したい。

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・社会認識と「省察的な態度」各視点との質的な関連

こうした C 子の認識と関連があるのは,「関連づけ」の視点と考えられる。C 子のポート

フォリオを振り返ってみると,生徒 S の意見は第 6 時に出されたことが分かる。第 6 時で

は「各政党が自分たちの意見を実現するためには,どのような努力が必要か」ということ

について,数人の生徒が意見を発表する場面があった。C 子のワークシートには,出され

た意見のうちのいくつかがメモされており,その中には生徒 S の意見と思われるメモが見

られる。【図 7】

図 7 で C 子は「国民

のことを第一に考える」

という生徒 S の意見を

色つきのペンで強調して

いる(欄内の他の線は鉛筆によるもの)。このことから,C 子には友達の意見を積極的に取

り入れようとする姿勢があること,複数出された意見の中でも,特に生徒 S の意見に感銘

を受けたことが読み取れる。生徒 S の意見は,政党に所属する国会議員の努力について考

察する文脈から出されたものであり,これが「中間まとめ」における記述「ほとんどの政

治家の人たちは私たちのために毎日悩んでくれているんだと思うようになりました。」(見

方・考え方・感じ方の変容)につながったと考えられる。こうした友達の意見を参考にする

姿勢は,「省察的な態度」の②「関連づけ」の視点に当たるものであり,C 子の認識は,振

り返りにおける「関連づけ」の視点に影響を受けたものと解釈することができる。

5.3.4 第 3 象限の生徒について

A 男・B 子・C 子のように,成分 1・2 への適合が強い生徒の「社会認識」の様相には,

「省察的な態度」への意識付けと関連した向上的な変容が見られる傾向があった。逆に,

第 3 象限に属する生徒(本研究で提起する成分 1・2 に合致しない生徒)の「振り返り」記述

には,質的に低いものと高いものが傾向性なく混在しており(質的に低いとみられる記述の

方が多い),記述の質が安定しにくい傾向がみられた。

6. 結語

「省察的な態度」の各視点への意識付けと「社会認識」形成との間に質的な関連がみら

れたことから,「省察」を促す「振り返り」学習活動には,社会認識の形成を支援する方法

として,一定の効果があったと考えられる。このことから,社会認識の様相をスムーズに

外化させるためには,振り返りの指導において「感想など思ったことをただ書かせる」の

【図 7】 第 6 時における C子のワークシートの一部

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ではなく,振り返る際の視点を生徒に対し明確に示していく必要性が示唆される。加えて,

「省察的な態度」の 5 つの視点を統計的な手法を用いて分析した結果,大きく 2 成分に分

かれた。この 2 成分の含意する「自己の学びのプロセス」と「他者の考え,学び方」は,

今後学習の「振り返り」について指導を行っていく際,学習者に意識付けを促す視点とし

て,ひとつの基本的なモデルとなり得る。これを社会科学習指導論へ向けた提言としたい。

研究の課題としては,生徒による自己評価の不確実性や,文章記述という外化方法の問

題点についての考察が充分ではなかった可能性が挙げられる。今後こうした点を考察の対

象に据える場合,認知心理学の知見を組み込むことも検討する必要がある。

(1) R.K.ソーヤー[原編],森敏昭・秋田喜代美[監訳]『学習科学ハンドブック』培風館,2009

(2) 例えば宮本光雄「社会科『学力』論の再検討」日本社会科教育学会『社会科教育研究』

No.60,1989 など

(3) 森分孝治『社会科授業構成の理論と方法』明治図書出版,1978,p.40 本文 1-2 行目引用。

(4) ドナルド・A・ショーン著『省察的実践とは何か―プロフェッショナルの行為と思考』

(柳沢昌一・三輪建二監訳,鳳書房,2007)

(5) 藤原顕氏による書籍の紹介『教育学研究 第 75 巻 第 3 号』兵庫教育大学,2008,pp.60-61

(6) 秋田喜代美[編]『改訂版 授業研究と談話分析』財団法人放送大学教育振興会,2008,p.72

(7) Sawyer,R.K.(2006)Introduction : The new science of learning. , Sawyer,

R.K.(Ed.)The Cambridje handbook of the learning sciences.

(8) 前掲(1)

(9) R.Keith Sawyer「1 章 イントロダクション 新しい学習科学」や,Allan Collins「4

章 認知的徒弟制」など。

(10) 馬野範雄「3-4『見通し・ふり返り』学習活動と相互評価・他者評価」,佐藤真[編]『各

教科等での「見通し・ふり返り」学習活動の充実 その方策と実践事例』教育開発研究所,2009

を参考とした。

(11) 本質問紙調査は生徒の実態を考慮し全 24 問構成,回答は 1.「いいえ」,2.「どちらか

といえばいいえ」,3.「どちらかといえばはい」4.「はい」の 4 件法。

(12) 鎌原雅彦,宮下一博,大野木裕明,中澤潤[編]『心理学マニュアル 質問紙法』北大路

書房,2008,p.104 を参照。

(13) 松尾正幸「第Ⅲ章 社会科教育の目標論」社会認識教育学会[編]『改訂新版 中学校社

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19

会科教育』学術図書出版社,2000,p.22

(14) 森分孝治『現代社会科授業理論』明治図書,1984,p.50 や,「社会認識」日本社会科教

育学会[編]『社会科教育辞典』ぎょうせい,2000,pp.64-65 など。

(15) 片上宗二「社会科における『わかる』ことの究明」明治図書『教育科学社会科教育』

No. 245,1983

(16) 宮本光雄「社会科『学力』論の再検討」日本社会科教育学会『社会科教育研究』

No.60,1989,p.13

(17) 川本治夫「社会認識獲得過程における社会科授業の展開」『和歌山大学教育学部教育

実践総合センター紀要』No.16,2006,p.100,本文左段 2-6 行目より引用。

(18) 山根栄次「社会認識教育学方法論(試論)」日本社会科教育学会『社会科教育研究』

No.39,1977

(19) 上田薫「社会認識と人間形成」『教育学全集[増補版]8 社会の認識』小学館,1977

(20) 麻柄啓一,進藤聡彦『社会科領域における学習者の不十分な認識とその修正』東北大

学出版会,2008

(21) 松岡尚敏「平成 20 年版学習指導要領と社会科授業改善の視点(2)―社会科授業におけ

る『わかる』『考える』再考―」『宮城教育大学紀要』第 44 巻,2009

(22) 前掲(14)後者

(23) 片上宗二氏「わかる」日本社会科教育学会[編]『社会科教育辞典』ぎょうせい,2000

(24) 小原友行「知識の構造と社会科授業構成理論」『社会科の授業理論と実際』研秀出

版,1991

(25) 宮本光雄「社会科『学力論』の再検討」日本社会科教育学会『社会科教育研究』

No.60,1989,p.12 において,平和主義の原則と民主主義の前提に言及している。

(26) 品川区小中一貫教育では,従来の社会科における公民的分野を「私たちと現代の社会」

と読み換え,小中 9 年間を貫く継続的なカリキュラムの中で指導している。

(27) 第 2 章において定めた社会認識の概念規定と関連させて設定している。

(28) 前掲(21)において松岡は,社会認識概念を「事実認識」(What-何が, How-どの

ようにの問いから導出),「関係認識」(Why-なぜなのかの問いから導出),「価値認識」(Why

-なぜ善いのかの問いから導出)の 3 つの段階から捉えている。本実践ではこれらの認識を

導く各「問い」を,単元を構成する各授業において,主発問のレベルで組み込んでいる。

(29) 「第 11 章 変数の合成と主成分分析」村瀬洋一・高田洋・廣瀬毅士『SPSS による多

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20

変量解析』オーム社,2007,pp.224-248 を参照。

(30) 主成分分析によって導き出された各成分と,変数との相関を数値化したもの。

(31) 変数の傾向が,どの程度抽出された成分の性質に適合するかを求めた数値のこと。本

研究の場合,各生徒において「学習省察尺度」を構成する 5 つの質問群への回答の傾向が,

どの程度成分 1 と成分 2 の性質に適合するか,ということになる。