The Importance of International Students to Campus Diversity: The Case of UH Hilo

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留学生 支援と 大学のダイバーシティー促進 太平洋諸島民学生と ハワイ大学ヒロ校の事例 大東文化大学 教授 ミックメーヒル カイラン Cheiron McMahill, PhD, Daito Bunka University Professor

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留学生支援と大学のダイバーシティー促進太平洋諸島民学生とハワイ大学ヒロ校の事例

大東文化大学 教授 ミックメーヒル カイラン

Cheiron McMahill, PhD,

Daito Bunka University Professor

1.はじめにカイランの自己紹介

シアトル市、日系人コミュニティで育った。

25年日本滞在のアメリカ人永住者

子供は重国籍でバイリンガル

群馬県で多文化共生の活動が長い。

NPO法人多言語教育研究所を12年間、理事長としてインターナショナルスクール(スペイン語・ポルトガル語・英語・日本語の多言語幼稚園~高校課程の学校)を運営した。

2013年度にハワイ大学ヒロ校で海外研究を過ごし、ミクネシアからの移民者の受け入れ問題を研究した。

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1.1言葉の確認

ハワイ大学ヒロ校 UHH

UHHは公立の4年制大学で、ハワイ大学という10校を有する州立大学教 育機構の一部である。2012年秋にはUHHには4157名の在籍者がいた。 5,3%の生徒が太平洋諸島の学生であり、全校の中で比率が最多である。(About Our Students, 2013)

Hawaii Community College- HCC HCCはUHHとキャンパスの一部を共有している同じハワイ州立大学の2年制課程を提供している。HCC学生はUHHの学内活動に参加しながら、HCCからUHHに3年生から編入できる人文科学準学士号の授業を受講している。

太平洋諸島民 Pacific Islanders

UHHのスタッフなどは、UHHでは、主にミクロネシア人、サモア人、トンガ人をハワイ人を含めない「太平洋諸島民」とし、ハワイという地域との共通点を強調している。

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ミクロネシア人 Micronesians

現在ヒロ市で、一番よく使われている呼び方だが、アメリカ人が文句をいう時に使うので、差別用語気味となっている。

太平洋信託統治領Trust Territory of the Pacific (TPPI) 1946‐1986 .

At the conclusion of World War II after Japan’s defeat, Micronesia was taken by America. In July 1947, the US Government became the "Administering Authority," with the blessings of the UN. ..the Marshall Islands, the Caroline Islands (which included the islands of Kosrae, Pohnpei, Truck/Chuuk, Yap, and Belau), and the Marianas Islands (which include Guam, Saipan and Tinian).

自由連合盟約 =COFA (1986-RMI, FSM) (1997 Palau)

COFAとはミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国およびパラオ共和国の3国とアメリカ合衆国の間に結ばれた盟約である。国家としての独立を承認し、且つ経済援助を与える代わりに安全保障(主として軍事権と外交権)に関してはアメリカが統轄するというもので、COFAの国民は在留資格(ビザ)なしで、自分のパスポートを提示するでアメリカに入国、出国できるが、利用できるアメリカ国内の社会援助はだんだん削られている。特に、1996年に米国のMedicaid医療保険に適用されなくなった。

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1.2研究の概要 2013年3月~2014年3月 質的研究

23人のUHHの学生や卒業生、そしてUHHで彼らに支援サービスを提供している教職員への約90分のインタビューを一人当たり2~3回実施した。

さらに、現在または以前に、ミクロネシアで教育者として働いた経験のあるアメリカ人にもインタビューを行った。

その後も学校、教会、集会やイベントで最初にインタビューに応じた人たちを観察しながら交流を続けていった。

参加者のフィードバックに基づいてナラティブ分析手法を用いて、エフェング君(1)というチューク人学生の生い立ちの記で全体をつなぎあわせた(Polkinghorne, 1988; Polkinghorne, 1995; Clandinin & Connelly, 2000)。

書き上げた話の正当性を三角法にしたがって確かめた。(筆者自身の研究ノートと実体験とに照らして検討する、手に入るすべての文書や発表されたすべての研究業績と比べてみる、最低2回は本研究参加者とそれぞれの解釈を訂正し再確認する(Creswell, 2005)。

最終的には筆者がエフェング君に確認をしながら本論文を現在の形に編集した。

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1.3 この研究の意義

1、アイデンティティと地位の複雑さがわかる

Pacific Islandersはアメリカとハワイで、地位が低く、差別されている出稼ぎと同時に、エリートな留学生でもあり、エスニックマイノリティと移民者ともなりつつある。

2、大学の留学生に対するポリシーは国と国民の歴史に基づいていること。

3、大学のポリシーのあり方はトップダウンだけでなく、教職員と学生の戦いと努力により左右させれらること。

4、大学のポリシーを左右させるには、社会に流行っているイディオロジーを利用できる。UHHの場合利用したのは;

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Equality, social justice 社会正義的な視点から、太平洋諸島民は発展途上国の社会的な弱者であり、アメリカの責任もあるため、支援するべきである。

Campus diversity 太平洋諸島民が大学の目玉商品となっているダイバーシティに貢献していることを歌えている。、特にUHHが太平洋学とハワイ学の中心となる主旨に掛け替えのない存在だ。

イディオロジー」とは「グループやメンバーの基本的な信念」(Van Dijk, 2000:7)というヴァン・ダイクの定義を採用する。イデオロギーは必ずしも否定的でもなければ支配的でもなく、差別や不正に対抗しようとする信念でもありうる 「counter-ideologies」(Van Dijk, 2000)。

1人の学生のライフストリーに触れながら、これを説明したい。

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2. アメリカ人のMicronesiaに対する意識

ミクロネシアは何千もの小さな島々からなる広大な地域で、ミクロネシア連邦(ヤップ、チューク、コスラエとポンヘイの4州で構

成されている)、パラオ共和国、マーシャル諸島共和国、グアム、北マリアナ諸島、キリバス, ナウル、ウェーク島が含まれているが、

多くのアメリカ人は、これらの基本知識を持っていなく、まとめてミクネシア人またマーシャル人として差別気味に呼んでいる。

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実際にはミクロネシア人などは一人もいない。

いるのはマーシャル人、チューク人、ヤップ人、ポンペイ人,

パラオ人、コスエ人、チャモロ人、キリバス人なのだ(Kathy Jetnil-Kijiner, 2011)。

2.1“Micronesian” というアイデンティティは周りのアメリカ人に押し付けら

れているだけで、太平洋諸島民同士では使われていない。多くの人は自分の家族、島の所属とお付き合いをハワイで守り続けている。

太平洋諸島から移住した人の多くはこういうアメリカ人の知識不足に怒っている。

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2.2 HCC一年生のエフェング君というチュークの若者もハワイに12歳に来てから、初めて「チューク人」とか「ミクのネシア人」とされ、今でも違和感がある。

エフェング君はヒロ市の中学校に入った時、文化も言葉もわからないでホームシックになり、良く泣いていたが、高校に入ったら、成績が良く人気のある学生になった。音楽、スポーツの才能、彼自身の努力、またヒロ市に引越して面倒をみてくれた祖父の友人であるアメリカ人教師のおかげだった。しかし、今も自分はチューク人ではなく、マーシャル諸島人だとか、友達同士でアメリカ人をだましたり、からかったりする。18歳でアメリカ国籍に帰化する権利があったが、断った。 10ISLS 2014 Akita International University

3.ハワイ島とUHHのPacific Islanderの留学・移住・移民の歴史

自由連合盟約(COFA)のためビザなしでアメリカに入国できる。COFA国の人口の3分の1は海外に出ていると思われる。現在、およそ13,000人がハワイ州に住んでいると推測されるが正確な数字は把握できない。

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3.1医療を求めてエフェング君が12歳の時、母親が癌になった。

ミクロネシアでは治療法がない。↓

アメリカの原水爆実験の影響で癌になったと思われている「みんなが同じ空気を吸い、同じ海洋を利用している。だからみんなが、ミクロネシアにいる人だれもが、影響を受けているのだ」

(エフェングとのインタービュー)

エフェング氏の一家はビザなしでアメリカに入国でき、母親の治療を求めることができた。

1996年以降、自由連合国の国民は低所得者医療保険や政府の健康保険から外されてしまった(2)が、同じような内容を持つメド・クエストと呼ばれるハワイ州の公的医療給付金を受ける資格を、依然として保持していた。これもまたホノルル

市を選んだ理由なのだった。

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3.1教育を求めて「僕は結婚して子供ができても、ここにいると母に約束した。僕たちの島は政府も学校もばらばらになりそうだ。学校は良くないし先生は怠け者だ。僕たちがここにいれば、僕も妹ももっと良い暮しができると母は気づいていた」(エフェングのインタビュー、6/5/13)。

エフェング君の家族はUHやUHHとの関係が長い。・エフェング君の祖父(1960年代)や父も(1980年代)にハワイ州立大学へ留学したが、卒業できなかった

「ミクロネシア大学やマーシャル諸島大学に進学しても学位は教育学以外取れないし、ハワイの公立学校の生徒と比べて4学年ほど学力の遅れがあると考えられる」(Dayのインタビュー、4/25/13)。

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英語も求めて:公用語は英語で、子供が英語を修得するためにハワイに移住する家族が多い

ミクロネシア、太平洋諸島といっても多くの言語や文化があり、アメリカ教育制度がTTPIの時代に導入されたため、他の太平洋諸島民と話す時や進学校の言語は英語になっているが、住む島によって、英語を修得するチャンスは少ない。

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3.2雇用のため

ミクロネシア連邦での現状

「チュークに残った人々は苦労しているし、そこに戻って永住することは難しい。僕はハワイで育ったから、チュークで生きるために、必要な漁業や農業の伝統的な技術を学んできていない」(エフェング)

地球温暖化で引き起こされる魚類の減少、海面上昇、塩水化被害のために、暮しを立てることは困難(Choo, 2013)。

有給雇用が不足している。

国外に働きに出た親類からの送金を当てにして暮さざるをえない。

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4.UHHのポリシーの始まりー太平洋諸島との縁

ヒロ市はPeace Corps(平和部隊)の訓練場所となって、ミクロネシアのボランティアから帰ったそのスタッフがハワイ大学の教職員となった。

UHHの教職員がミクロネシアからの学生を理解している。( JOのインタビュー、8/26/13)

ヒロ市は故郷と天候が似ている。また、少人数教育も魅力 (CH のインタビュー、9/3/13)

大都市ではないので、学業の妨げになるものはほどんどない。 (Serelinaのインタビュー、7/12/13)

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4.1 Social justiceのイディオロジーと大学の社会的弱者を支援するポリシー

教員、事務職員が大学の使命、ミクロネシア人学生の経済的実情、ミクロネシアに4年制の大学がないことを配慮し、この措置に賛意を表明してきたからだった。

1972年ペル奨学金を受ける資格

奨学金の小切手は遅配されることが多かった。

ミクロネシア連邦政府の国家奨学金の証明書を持っていれば、学費を前払いでなくても入学を許可してくれた。

授業料はハワイ州民の学生と同額であった。それは他の留学生が支払う授業料の半額であった。

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4.2 UHH学長、教職員が定期的にミクロネシアに訪問し、理解と縁を深めた

1996年とミクロネシア・カレッジとマーシャル・カレッジの一本化協定書。

その前は学士号を取得するために4年ではなく6年もかかった。 (Raffipiy のインタビュー8/26/13)。

3年生としてUHHに編入できる(College of Micronesia-FSM, 2013)。

UHHは、独自のクラス分け英語テストを作成し、自由連合国の学生が入学しやすくなるように努めたのである(Severance, 1993)。

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4.3 平和部隊の後でTTPIに残ったアメリカ人の影響

以前ハワイ州からアメリカ平和部隊に志願したオルトン・ヒガシ氏はTPPIに残り大学教授になっているが、やはりエフェング君のお父さんににUHHへの入学を薦め、連邦財政援助申請書と大学の入学願書を書き上げる手助けをした(Severanceのインタビュー、8/26/13)。

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5. ミクロネシアの国が独立し、COFAを結んだ以来

ハワイ州民の態度が変化

An estimated 12,215 aliens now reside in Hawaii via COFA. They moved here without VISAs, in most cases to take advantage of free healthcare, public education, low-income housing and other social services. These legal immigrants comprise less than 1 percent of the population, but consume more than 20 percent of Hawaii’s social services…Congressman Charles Djou, R-HI, and Hawaii state government officials maintain that much of the cost burden is falling on Hawaii residents impacting public schools, homeless shelters, low-income housing complexes and medical providers. The state continues to request more money from the federal government and is working to curb the social services cost.

Currently, Hawaii spends about $130 million in state taxpayer dollars each year on services for these COFA migrants.

The federal government is supposed to reimburse Hawaii, yet the state only receives $11 million in federal monies.

11/19/2010htt p://www.hawaiireporter.com/through-class-action-micronesians-challenge-hawaiis-atte...

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5.1 UHHコミュニティ内の紛争:

学費が州民外となった時1、2006年以降 授業料の段階的に値上げを理事会が評決

2、2007年秋以降、太平洋諸島民学生の授業料枠を「住民」から「非住民」に変更する決定。彼らの経済状態やアメリカとの歴史的経緯を無視

3、しかし、多くの教員、事務職員、学生が反対を表明。 何十人もの教職員や学生がホノルルへ行き、この値上げに反対する証言を行った。

4、理事会は「太平洋諸島民特別免除」という枠を制定した。授業料を、住民学生の150%としたのである

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だが授業料が全体に値上りしたために2倍以上になった。

→2006年3,504ドル→2007年7,704ドル

5、寄付による奨学金「太平洋諸島民奨学金」を創設する。太平洋諸島民学生に対する差額分を埋め合わせる取り組みを支持。

6、この奨学金は2007年秋以降の改正料

金が支払えない自由連合国学生に自動的に与えられることになった。

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6、大学の多文化共生を含めた

ダイバーシティというイディオロジー Campus Diversityのお蔭で、学習の成果が上がり、リーダーの育成にもなり、多文化企業や国際社会で働く準備ができるようになる、という結論を出す研究は米国でこの20年間で普及されている

これを背景に、UHHの学生がUHHを選ぶ五つの主な理由のうち、民族的な「ダイバーシティ」を第四位に挙げていると、HPで宣伝している。

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6.1 UHHでのダイバーシティ論の独特な適用

ハワイ大学全体の目標(1970年に4年大学に拡大した時以降)

Pacific Islanderの入学は「ハワイ人、太平洋諸島

民、原住民の諸文化の研究を奨励し、オセアニアの中心的研修施設になる」という大学の目標に貢献している

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6.2UHHが太平洋諸島に関連する科目と資格を設置

1970年代以来、ハワイとミクロネシア

の結びつきに関心をもたせ、認識を高めさせようと教職員が努めてきた。

太平洋諸島学の21単位の科目という専門コースに発展した。

このコースは1993年には教授会、大学評議員会、学長の承認を受け、1994年

の大学案内書に初めて掲載された(Severance, 2011) 。

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一人の教授の力: 元平和部隊員のCraig Severance名誉教授がずっとPacific Islanderの学生の大切さをアピールしている

ハワイ州立大学ヒロ校は、ハワイ大学機構の他のどの大学よりもハワイ人系学生の在籍数が多く、非常に優れたハワイ研究とハワイ語の科目が整備されている。ハワイ人学生とミクロネシア人学生が交流する時には、双方ともお互いの独自性が前向きに支援、強化されていることに気づく。それが本校でのうまく一致しているところである

(Severance, The University of Hawaii in Hilo: A

Home Away From Home, 1993)。

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6.3大学のポリシーが具体的な施

設、専用スタッフ、支援サービスに

ミクロネシア人学生を擁護する大学関係者も、特に中退理由に関する詳しい学生情報を収集し続けた。2010年秋にはアメリカ教育省の指導によって、学

生は自分の人種や種族を、例えばサモア人、トンガ人、グアム人、チャモロ人、ミクロネシア人や他の太平洋諸島人などと個々にデータ化されるようになった(Changes to Race/Ethnicity Collection and Reporting, 2013; Admissions

Forms, 2013)。このデータは種族ごとに学生の定着率や卒業率を調べて、どのような支援サービスが各種族のためになるかを考える上で大変役立った。

Pacific Islanderという学生カテゴリーは卒業率が一番低いというデータの下で、教職員が自ら国のAANAPISIの補助金に申請し、Pacific Islanderの在学生が多い教育施設として受かった。 この補助金で、UHHに太平洋諸島民学生センター(PISC)を開設した。UHHは2012年に受けたAANAPISIの補助金は5年間続く見込みである。

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PISCの活動内容① 入学支援

太平洋諸島に出かけ、スタッフ3人は入学の説明会を開いた。

ハワイ州全体の大学とPIの高校生を招待し、大学フェアを2014年に初めて開催した。

志願書のアンケートに自分はPIだと答えた新一年生、編入生の夏2週間のオリエンテーションを毎年実施(参加者に補助金も与える)

Pacific Islanderの学生への履修、人生、進路相談を行う

数学、英語など無料の個人またはグループ指導 (言語は母語または英語)

こういう特別支援を提供するには、移民1世、低所得者、そして少数民族への援助いう大学の政策の枠を利用している。

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PISCの活動内容②居場所と仲間作りを支援

同じプログラムやコースに登録している、同じような文化背景をもつ学生のスタディグループに参加することもできる。

集いの場があり、そこでパソコンやニュースや授業の合間に生徒がリラックスできる場所が設けられている。

*エフェング君もここで毎日宿題をしたり友達と話したりしている。

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PISCの活動内容③ 職場体験、インターンシップの手配と資金提供 2003年にCOFAの国民がアメリカの「ワーク・スタディ」の受給資格を失った。

2012-2013学年度の春に、新たな補助金を活用して、職場体験助成金に使用。

ハワイ島か地元での地域社会で専攻に関連のある仕事(2012-13学年度では一学生につき3000ドルまで)を自ら調べ、それらの企業や官庁で働くことができる。

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母国に帰国をし貢献することは学生の郷土愛の表れである。太平洋諸島民学生センターで行われた職場体験助成金受給者の成果発表会では、ある学生が参加者に「国に帰って働きなさい! 地域社会にお返しをしなさい。母国にお返しをしなさい」と強く呼びかけた(フィールドノート, 9/6/13)。

エフェング君も、「チュークに戻って、国をよくする手助けとなり、自国民のために雇用の機会を作り出したいとも思っている。」

エフェング君はハワイ州に来て以来チュークを訪れることができないままだが、彼はUHHに編入してからPISCの提供しているワークスタディに参加し、故郷に一度帰りたい。

大学の休みの間、母国で働くチャンスまで

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PISCの活動内容④学生サークルの連合と発表する場所提供

学生クラブの正規会員は、25%まではハワイのコミュニティ・カレッジの学生、教員、事務職員および地域住民で占めても良い(Registered Independent Student Organizations Handbook UHH 2013-14)。

エフェング君もチューク・サークルに加入した。2013年9月6日UHHの太平洋諸島民新入生に向けて開かれた「アイランド・タイム」で、エフェングが郷里の島の文化を紹介する工芸品や写真を太平洋諸島民学生センターで展示した。この催しは一般にも公開された(フィールドノート、9/6/13)。

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PISCの活動内容⑤Pacific Islandersの雇用

ヴィド・ラーティオア氏を太平洋諸島民初のチューク人を太平洋諸島学生支援センター長とした。エフェング君もヴィド氏に母語で助言を求めることがある。

数十人のPI学生スタッフも毎年採用している。

他に、 コスライ人を学生支援の心理カウンセラーとした。

ヤップ人の卒業生を大学の理事として任命。

2007年以来、UHHは在学生の(文化・エスニ

シティ・性・性方向の)多様性に合わせて、その多様性を教職員の雇用にも反映をさせているというポリシーを採用した。 (Faculty and Staff

Diversification Plan 2007-8, 2013)。

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PISCの活動内容⑥ 地域の教育・啓発

ゲスト講師やUHHのPI学生が大学前科傾

斜や一般の市民の啓発と差別や固定観念を根絶するために、公開行事も月1回行っている

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7.UHHに残っている課題 学費が年々あがっているため、HCCで2年勉強する傾向が最近見られる。

英語教育のあり方。クラス編成のあり方。

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8.終わりに:日本の大学とUHH

UHHも初めから順調にミクロネシア

人を支援できたのではなく、教員や事務職員の努力と戦いがある。

日本の大学では、UHHの教職員のように、自ら国の助成金に申請したり、理事会の前で大勢で反対な証言をしたりする場や勇気はあるでしょうか。

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UHHでは社会的な弱者、または大学のダイバーシティへの貢献者として、Pacific

Islanderの学生への特別援助が認められてい

るが、日本ではこれは「不公平」ということで、認められないでしょうか。

私がUHHで学んだのは、国際教育・グロー

バル教育における国内マイノリティの大切さである。日本に暮らしながら評価も支援も十分に受けていないマイノリティの入学、学業継続、卒業の増加を図る支援制度を整えられることはできるでしょうか。

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