小河川におけるSTIV法を用いた流量観測 › db › files ›...

5
Flow 小河川におけるSTIV法を用いた流量観測 鵜木 啓二  田中 健二  川口 清美 1.はじめに 連続的な河川流量データの取得には、流量観測の結 果から得られる水位流量曲線式(H-Q曲線)により、 自記水位計から得られる水位の連続観測値から換算す る手法が一般的に用いられてきた。精度の高い流量を 得るには、低水から高水までの実測流量データを用い たH-Q曲線が必要となるが、高水のデータ取得には困 難を伴う場合が多い。高水のデータが無い場合、その 区間は外挿することになり、H-Q曲線から算出される 流量の精度を低下させる要因となる。 高水時の観測が困難な理由として、高水時に現地に 行けるか(即応性の問題)、安全かつ確実に観測でき るか(安全性、確実性の問題)という問題などがあ る。さらに小流域の場合、降雨から水位変化までの応 答が早く、短時間で観測できるか(迅速性の問題)と いう問題も加わる。高水時の流量観測は、浮子による 方法が一般的であったが、上記問題を解決できない。 浮子による方法の代替として、超音波や電波の性質を 利用した方法などが開発されているが、機器が高額で あること(経済性の問題)や、常時観測していない場 合には即応性などの問題がある。これらの手法に加え て、河川表面の動画を撮影し、それを画像解析するこ とで表面流速を算出する画像処理型流速測定法があ り、そのなかでもSTIV(Space-Time Image Velocimetry)法は専用解析ソフトが開発され、上記 問題を解決する観測手法として土木研究所から公表さ れている「流量観測の高度化マニュアル(高水流量観 測編)Ver1.2」 1) (以下、「高度化マニュアル」と記 す)で詳細な観測方法が示されるなど、近年普及しつ つある。 これまでSTIV法を利用した流量観測事例は多く報 告されているが、そのほとんどが中・大河川であり、 小河川での観測報告は見あたらない。そこで、流域面 積2.7km 2 の小河川において、市販のトレイルカメラを 使用しSTIV法による画像処理型流速測定を用いた流 量観測を実施した。本稿では、従来の方法(徒渉によ る観測)の流量観測も平行して実施することで小河川 図-1 STIV法の解析手順 におけるSTIV法の精度検証を行うとともに従来法に よるH-Q曲線及び流量との比較を行った結果を紹介す る。 2.STIV法概要 STIV法による画像処理型流速測定とは(図-1)、 河川表面の波紋を撮影した動画映像の流下方向に平行 な検査線を設定し、検査線上の輝度値を時間軸方向に 積み重ねた時空間画像(STI画像)に生じる縞模様の 傾きから平均流速を求める手法である。図-1に示し た一連の解析作業は市販の専用解析ソフトで実施可能 技術資料 寒地土木研究所月報 №789 2019年2月 45

Transcript of 小河川におけるSTIV法を用いた流量観測 › db › files ›...

Page 1: 小河川におけるSTIV法を用いた流量観測 › db › files › 9193537935c5a8f8bd736...る観測)の流量観測も平行して実施することで小河川 図-1 STIV法の解析手順

Flow

小河川におけるSTIV法を用いた流量観測

鵜木 啓二  田中 健二  川口 清美

1.はじめに

 連続的な河川流量データの取得には、流量観測の結果から得られる水位流量曲線式(H-Q曲線)により、自記水位計から得られる水位の連続観測値から換算する手法が一般的に用いられてきた。精度の高い流量を得るには、低水から高水までの実測流量データを用いたH-Q曲線が必要となるが、高水のデータ取得には困難を伴う場合が多い。高水のデータが無い場合、その区間は外挿することになり、H-Q曲線から算出される流量の精度を低下させる要因となる。 高水時の観測が困難な理由として、高水時に現地に行けるか(即応性の問題)、安全かつ確実に観測できるか(安全性、確実性の問題)という問題などがある。さらに小流域の場合、降雨から水位変化までの応答が早く、短時間で観測できるか(迅速性の問題)という問題も加わる。高水時の流量観測は、浮子による方法が一般的であったが、上記問題を解決できない。浮子による方法の代替として、超音波や電波の性質を利用した方法などが開発されているが、機器が高額であること(経済性の問題)や、常時観測していない場合には即応性などの問題がある。これらの手法に加えて、河川表面の動画を撮影し、それを画像解析することで表面流速を算出する画像処理型流速測定法があり、そのなかでもSTIV(Space -T ime Image Velocimetry)法は専用解析ソフトが開発され、上記問題を解決する観測手法として土木研究所から公表されている「流量観測の高度化マニュアル(高水流量観測編)Ver1.2」1)(以下、「高度化マニュアル」と記す)で詳細な観測方法が示されるなど、近年普及しつつある。 これまでSTIV法を利用した流量観測事例は多く報告されているが、そのほとんどが中・大河川であり、小河川での観測報告は見あたらない。そこで、流域面積2.7km2の小河川において、市販のトレイルカメラを使用しSTIV法による画像処理型流速測定を用いた流量観測を実施した。本稿では、従来の方法(徒渉による観測)の流量観測も平行して実施することで小河川 図-1 STIV法の解析手順

におけるSTIV法の精度検証を行うとともに従来法によるH-Q曲線及び流量との比較を行った結果を紹介する。

2.STIV法概要

 STIV法による画像処理型流速測定とは(図-1)、河川表面の波紋を撮影した動画映像の流下方向に平行な検査線を設定し、検査線上の輝度値を時間軸方向に積み重ねた時空間画像(STI画像)に生じる縞模様の傾きから平均流速を求める手法である。図-1に示した一連の解析作業は市販の専用解析ソフトで実施可能

技術資料

寒地土木研究所月報 №789 2019年2月 45

Page 2: 小河川におけるSTIV法を用いた流量観測 › db › files › 9193537935c5a8f8bd736...る観測)の流量観測も平行して実施することで小河川 図-1 STIV法の解析手順

図-4 撮影画像の輝度(図中赤枠内)の確認

図-2 観測地の状況

図-3 洪水時の撮影画像

である。

3.調査方法

3.1 現地観測

 現地調査は、北海道上川郡美瑛町を流れるルベシベ4線川で実施した。調査地点の流域面積は2.7km2で、流域の大部分が普通畑として利用されている。平水時の流況は水深0.1m、水面幅2.0m程度であり、高水時でも水面幅は10m以内の小河川である。本調査地点において、自記水位計(STS ATM/K/N)による水位観測、トレイルカメラ(Ltl Acorn Ltl-6511WMC850NM)による河川の波紋撮影、プライス流速計を用いた徒渉による流量観測(以下、徒渉観測と記す)を行った(図-2)。水位観測及び動画撮影は10分間隔とした。 トレイルカメラの設置時には、カメラレンズ中心部と河岸に設置した標定点(撮影画像を幾何補正するための基準点)の測量(3次元座標)、水位観測点の横断測量を実施した。なお、水位は流水の断面積算出と撮影画像の幾何補正に用いるため、水位観測点を流速解析断面上に設定する必要がある。 「高度化マニュアル」では、画像観測地点に風向風速計を設置し、表面流速から風による吹送流の影響を除去することとしている。しかし、本観測点は河床勾配が急(1/30程度)で、かつ樹木に囲まれているため、風の影響は相対的に小さいと判断し設置しなかった。

3.2 動画撮影と解析条件

 STIV法の観測から解析までの方法は「高度化マニュアル」に詳細が記載されているので、ここでは、著者らの観測体制、解析条件等について記す。 トレイルカメラの設定は、画素数を1280×720画素、フレームレートを30fps、撮影時間を15秒(観測1回につき)とした。用いたトレイルカメラは、画角が100°と広角で両岸の標定点が撮影しやすく、夜間は近赤外線(波長850nm、照射距離20m)照射により水面波紋が撮影可能である(図-3)。撮影された画像は、濃淡の差が少ないとSTIV法による流速解析が不可能であり、水面波紋の輝度分布は、標準偏差10以上が必要とされている2)。そこで、観測の本運用に先立って試験撮影を行い、画像解析ソフトにて輝度を解析したところ、夜間でも基準を満たしていることを確認した(図-4)。 広角レンズで撮影した画像は、空間が歪んでいる。

そこで、画像解析に供する前に歪み補正用チェスパターン(24mm7行×10列)を用いて撮影画像の水平方向と円筒方向の歪みを補正した(図-5)。本調査で用いたトレイルカメラの歪みは大きくなく、画面の中

0

500

1000

1500

2000

2500

3000

3500

0 15 30 45 60 75 90 105

120

135

150

165

180

195

210

225

240

255

46 寒地土木研究所月報 №789 2019年2月

Page 3: 小河川におけるSTIV法を用いた流量観測 › db › files › 9193537935c5a8f8bd736...る観測)の流量観測も平行して実施することで小河川 図-1 STIV法の解析手順

図-5 撮影画像の歪み補正

心部を解析に用いたことから、補正を行わなくても解析に問題は無かったが、使用するカメラや解析する画像の範囲によっては歪みが無視できないこともあるので注意が必要である。 本観測点の洪水時の最大水面幅は10m以内であるため、検査線の本数は、「高度化マニュアル」に従い5本以上(水面幅20m未満に該当)とした。検査線の長さは、取得した画像内で安定して流れていると判断された最長区間の1.3mとした(図-1)。STIV法で求めた表面流速は、浮子測法における表面浮子の更正係数0.85を乗じて断面平均流速に変換し、区分求積法(「断面平均流速×区分断面積」の総和)で流量を算出した。

4.結果と考察

4.1 観測状況

 観測した水位全データと流量観測実施水位を図-6

に示す。徒渉観測は計11回実施し、その中の6データ(図中、緑のマーカー)について、STIV法により算出した流量との比較対象とした。徒渉観測を実施した最高水位は0.68m(7/5 14:40)である。この出水以外で、これより高い水位となった出水は数回あるが、すべて夜間や早朝、休日にピークとなったため、高い水位で徒渉観測を行うことができなかった。

 上記6データのほかに、7/15の出水について、水位の立ち上がりからピーク付近、逓減部までSTIV法による流速解析の対象とした(図-7)。最高水位は、1.24mである。最も高い水位を記録した出水は7/3であったが、濃霧等の影響により撮影された動画が不鮮明であったため、2番目に高い水位の出水を対象とした。本稿の対象河川は流域面積が小さいため降雨から水位上昇までの応答が早く、この出水では図中③から⑤までの20分間に水位が0.6m以上上昇した。徒渉観測や浮子測法では観測に時間がかかるため、このような急激な水位上昇に対応することはできない(観測の最中に水位が変化してしまう)が、本稿の条件では15秒の動画撮影で観測を完了できた。

4.2 STIV法の精度検証3)

 図-8に徒渉観測による流量とSTIV法による流量を比較した。STIV法による流量は、徒渉観測の±10%程度の差に収まっており、精度良く観測できたと考え

STIVSTIV

図-6 観測水位と流量算出データ(2018年)

図-7 2018年7月15日出水のSTIV法適用水位と流況

m

7/15 11:20 =0.58m 7/15 11:40 =1.24m

STIV10

寒地土木研究所月報 №789 2019年2月 47

Page 4: 小河川におけるSTIV法を用いた流量観測 › db › files › 9193537935c5a8f8bd736...る観測)の流量観測も平行して実施することで小河川 図-1 STIV法の解析手順

られる。ただし、高水での比較データが少ないため、さらなるデータの蓄積と検証が必要である。

4.3 H-Q曲線と流量の比較3)

 観測により得られた水位と流量からH-Q曲線を作成した(図-9)。水位0.37m以下は徒渉観測とSTIV法で共通の曲線Ⅰとし、0.37mより高い水位では別々の曲線とした。その結果、徒渉観測データのある水位0.67m以下では、徒渉観測による曲線ⅡとSTIV法による曲線Ⅲに大きな差は無かった。 0.67mより高い水位では、STIV法で算出した流量は、それ以下の水位に比べて、水位上昇に対する流量増加が小さくなっていた。これにより、H-Q式の傾きは、曲線Ⅲより曲線Ⅳの方が緩くなっている。一方、この範囲における徒渉観測のH-Q式(曲線Ⅱ)は、0.67m以下の水位から外挿しているため、STIV法のH-Q式(曲線Ⅳ)よりも過大な流量を算出する式となった。

0

100

200

300

400

500

600

6/15

6/25 7/5

7/15

7/25 8/4

8/14

8/24 9/3

9/13

9/23

10/3

mm)

ⅡⅢ

ⅠⅡⅢⅣ

Q =12.714 H 0.237 2 , 0.26 H 0.37Q = 3.977 H 0.130 2 , 0.37 H 1.58Q = 3.503 H 0.120 2 , 0.37 H 0.67Q = 2.346 H 0.002 2 , 0.67 H 1.58

 作成したH-Q式を用いて流量を算出し、水位観測期間の流出高を算出した(図-10)。徒渉観測によるH-Q曲線Ⅰ・Ⅱを用いた場合は517mm、STIV法による曲線Ⅰ・Ⅲ・Ⅳを用いた場合は482mmと7%の差となった。

5.おわりに

 STIV法による流量観測手法を小河川に適用した。STIV法により求めた流量は、従来法(徒渉観測)との整合性が高かった。また、高水時の表面流速を短時間で自動観測可能であることから、人力による観測の困難な高水時の流量を得るためには有用な手法と考えられる。また、小河川であることから、機材(とくにカメラ)費も低廉に抑えることが出来た。以上より、小河川で精度の高いH-Q曲線を取得するためにSTIV法を適用することは、確実性、即応性、安全性、迅速性、経済性の面で有用性が高いと考えられる。今後は観測例を増やして従来法との誤差をさらに検証する予定である。今回の観測で生じた課題は、濃霧等により解析が不可能となる撮影画像があったことである。これは、画像処理型流速測定共通の課題である。 本研究の一部は、農林水産省委託プロジェクト研究「豪雨に対応するためのほ場の排水・保水機能活用手法の開発」により行われた。

参考文献

1) 国立研究開発法人土木研究所水工研究グループ水文チーム:流量観測の高度化マニュアル(高水流量観測編)Ver1.2、国立研究開発法人土木研究所、2016.

2) 橋場雅弘、藤田一郎、二瓶泰雄、中本篤嗣、林克恭、甲斐達也、土田宏一:拡張ISO高感度カメラを用いたSTIV画像解析とDIEX法による河川流

図-10 積算流出高の比較(2018年)

図-8 徒渉観測とSTIV法による流量の比較

図-9 水位流量曲線

48 寒地土木研究所月報 №789 2019年2月

Page 5: 小河川におけるSTIV法を用いた流量観測 › db › files › 9193537935c5a8f8bd736...る観測)の流量観測も平行して実施することで小河川 図-1 STIV法の解析手順

量観測、河川技術論文集、第21巻、2015.3) 鵜木啓二、甲斐達也、田中健二、川口清美:農業

小流域におけるSTIV法による画像処理型流速測

定を用いた流量観測、農業農村工学会北海道支部研究発表会要旨集、pp.16-17、2018.

田中 健二TANAKA Kenji

寒地土木研究所寒地農業基盤研究グループ水利基盤チーム研究員博士(農学)

川口 清美KAWAGUCHI Kiyomi

寒地土木研究所寒地農業基盤研究グループ水利基盤チーム上席研究員技術士(農業)

鵜木 啓二UNOKI Keiji

寒地土木研究所寒地農業基盤研究グループ水利基盤チーム主任研究員博士(農学)

寒地土木研究所月報 №789 2019年2月 49