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社団法人 電子情報通信学会 信学技報 THE INSTITUTE OF ELECTRONICS, IEICE Technical Report INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS EA2012-38 (2012-06) -31- アレイ制御を用いた指向性可変なパラメトリックスピーカ 武岡 成人 †静岡理工科大学 理工学部 437-8555 静岡県袋井市豊沢 2200-2 E-mail: [email protected] あらまし 本論文ではパラメトリックスピーカへのアレイ制御の導入として,多チャンネル構成の提案・試作, 実用的な規模での指向性制御,アレイ信号処理の実験について報告する。具体的にはスピーカ駆動信号に高速 1bit 信号処理を導入し,最大 576ch の制御点での駆動可能な実験装置を作成すると共に指向性制御実験,多方向出力実 験を行った。また多点制御により可能となる平面波以外の出力を利用して,受聴点での超音波帯域の制御を提案し 基礎実験として焦点制御による実験を行った。提案手法により任意の方向へ複数のビーム出力が可能になるなどパ ラメトリックスピーカの用途を大きく広げる可能性がある。 キーワード パラメトリックスピーカ,アレイ信号処理,高速 1bit 信号処理 Steerable Parametric Loudspeaker Using Array Control Shigeto TAKEOKA Shizuoka Institute of Science and Technology 2200-2 Toyosawa, Fukuroi-shi, Shizuoka, 437-8555 Japan E-mail: [email protected] Abstract In this paper, an introduction of array control to parametric loudspeaker system is described. The author propose the parametric loudspeaker system consisting of 576 ultrasonic transducers controlled individually by using high speed 1-bit signal processing, experiments of directivity control of parametric loudspeaker and multi beam emitting. The system can also reproduce non-plane wave front. By using this system, it is suggested a method to suppress the ultrasonic waves without reduction of the reproduced audible sound. 1. まえがき 極めて指向性の高いスピーカとしてパラメトリッ クスピーカが知られている。これは超音波を何らかの 方法で変調し,空気伝播過程における非線形性を利用 して空気中で復調するもので,復調音が一種のエンド ファイアアレイを構成し結果として可聴音でありなが ら極めて高い指向性を持つ出力が得られる。 空気中のパラメトリック効果を利用するこのスピ ーカは 1983 年の米山らによる提案 [1] 以来国内では鎌 倉らを中心として最適変調方式や数値計算など様々な 研究がなされ [2] ,発表件数等の観点からはある程度集 束をしていた様に思われる。一方近年超音波振動子が 比較的安価に供給されるようになってきたこと,海外 では防犯用など受聴以外の用途での発展に伴い商業レ ベルで開発が盛んになってきたこと,ポリフッ化ビニ リデン( PVDF )な ど新 し い 振 動 膜 の実 用 化 な ど も あ り , 開発・研究の分野でもパラメトリックスピーカが再び 注目を集めつつある。 パラメトリックスピーカを構成するトランスデュ ーサは前述の様に新しい素材もあるが,出力の帯域が 通常と異なることから超音波域( 30~100kHz 程度)に 共振点を持つセラミック振動子を同相駆動のアレイと する手法が従来用いられてきた。一方,これら構造に 着目すればアレイを構成していることからアレイ信号 処理の適用も可能なはずであり,近年特に海外を中心 としてパラメトリックスピーカの指向性制御に関する 研究が行われつつある [3][4] 。パラメトリックスピーカ は“ Audio Spot Light ”と呼ばれるほどの指向性を持つ ことから,これらの指向性を任意に制御することが可 能であればその用途が大きく広がることが期待できよ う。しかしながら例えば 40kHz の駆動信号に対して虚 像なくアレイ制御を行うには厳密には 5cm 以下の間隔 での制御が必要となる。実用的な音圧を得るには何百 という制御点数が必要になってしまうことから,シミ ュレーションや限られた制御点数での実験結果の報告 が主であった。 そこで本報ではパラメトリックスピーカへのアレ イ 制 御 を導 入 と し て,多 チ ャ ン ネ ル構 成 の 提 案・試 作 , 実用的な規模での指向性制御,アレイ信号処理の実験 について報告する。具体的にはスピーカ駆動信号に高 1bit 信号処理を導入し,最大 576ch の制御点での駆 動可能な実験装置を作成すると共に指向性制御実験, 多方向出力実験を行った。また多点制御により可能と なる平面波以外の出力を利用して,受聴点での超音波 帯域の制御を提案し基礎実験として焦点制御による実 験を行った。

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社団法人 電子情報通信学会 信学技報

THE INSTITUTE OF ELECTRONICS, IEICE Technical Report

INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS EA2012-38 (2012-06)

-31-

アレイ制御を用いた指向性可変なパラメトリックスピーカ

武岡 成人†

†静岡理工科大学 理工学部 〒437-8555 静岡県袋井市豊沢 2200-2

E-mail: †[email protected]

あらまし 本論文ではパラメトリックスピーカへのアレイ制御の導入として,多チャンネル構成の提案・試作,

実用的な規模での指向性制御,アレイ信号処理の実験について報告する。具体的にはスピーカ駆動信号に高速 1bit

信号処理を導入し,最大 576ch の制御点での駆動可能な実験装置を作成すると共に指向性制御実験,多方向出力実

験を行った。また多点制御により可能となる平面波以外の出力を利用して,受聴点での超音波帯域の制御を提案し

基礎実験として焦点制御による実験を行った。提案手法により任意の方向へ複数のビーム出力が可能になるなどパ

ラメトリックスピーカの用途を大きく広げる可能性がある。

キーワード パラメトリックスピーカ,アレイ信号処理,高速 1bit信号処理

Steerable Parametric Loudspeaker Using Array Control

Shigeto TAKEOKA†

†Shizuoka Institute of Science and Technology 2200-2 Toyosawa, Fukuroi-shi, Shizuoka, 437-8555 Japan

E-mail: †[email protected]

Abstract In this paper, an introduction of array control to parametric loudspeaker system is described. The author propose

the parametric loudspeaker system consisting of 576 ultrasonic transducers controlled individually by using high speed 1-bit

signal processing, experiments of directivity control of parametric loudspeaker and multi beam emitting. The system can also

reproduce non-plane wave front. By using this system, it is suggested a method to suppress the ultrasonic waves without

reduction of the reproduced audible sound.

1. まえがき

極めて指向性の高いスピーカとしてパラメトリッ

クスピーカが知られている。これは超音波を何らかの

方法で変調し,空気伝播過程における非線形性を利用

して空気中で復調するもので,復調音が一種のエンド

ファイアアレイを構成し結果として可聴音でありなが

ら極めて高い指向性を持つ出力が得られる。

空気中のパラメトリック効果を利用するこのスピ

ーカは 1983 年の米山らによる提案 [1]以来国内では鎌

倉らを中心として最適変調方式や数値計算など様々な

研究がなされ [2],発表件数等の観点からはある程度集

束をしていた様に思われる。一方近年超音波振動子が

比較的安価に供給されるようになってきたこと,海外

では防犯用など受聴以外の用途での発展に伴い商業レ

ベルで開発が盛んになってきたこと,ポリフッ化ビニ

リデン(PVDF)など新しい振動膜の実用化などもあり,

開発・研究の分野でもパラメトリックスピーカが再び

注目を集めつつある。

パラメトリックスピーカを構成するトランスデュ

ーサは前述の様に新しい素材もあるが,出力の帯域が

通常と異なることから超音波域(30~100kHz 程度)に

共振点を持つセラミック振動子を同相駆動のアレイと

する手法が従来用いられてきた。一方,これら構造に

着目すればアレイを構成していることからアレイ信号

処理の適用も可能なはずであり,近年特に海外を中心

としてパラメトリックスピーカの指向性制御に関する

研究が行われつつある [3][4]。パラメトリックスピーカ

は“Audio Spot Light”と呼ばれるほどの指向性を持つ

ことから,これらの指向性を任意に制御することが可

能であればその用途が大きく広がることが期待できよ

う。しかしながら例えば 40kHz の駆動信号に対して虚

像なくアレイ制御を行うには厳密には 5cm以下の間隔

での制御が必要となる。実用的な音圧を得るには何百

という制御点数が必要になってしまうことから,シミ

ュレーションや限られた制御点数での実験結果の報告

が主であった。

そこで本報ではパラメトリックスピーカへのアレ

イ制御を導入として,多チャンネル構成の提案・試作,

実用的な規模での指向性制御,アレイ信号処理の実験

について報告する。具体的にはスピーカ駆動信号に高

速 1bit 信号処理を導入し,最大 576ch の制御点での駆

動可能な実験装置を作成すると共に指向性制御実験,

多方向出力実験を行った。また多点制御により可能と

なる平面波以外の出力を利用して,受聴点での超音波

帯域の制御を提案し基礎実験として焦点制御による実

験を行った。

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2. 高速 1bit 信号による超音波素子の個別制御

2.1. 超音波域の高速 1bit 信号符号化

高速 1bit 信号処理は広く用いられているマルチビッ

トではなく標本化周波数の高い 1bit 信号で量子化する

手法で [5],音響信号では SuperAudioCD 等いわゆる

Hi-Fi 用途において実用化がなされている。1bit 信号へ

の量子化は 1961 年に安田らにより提案されその後

Candy らにより発展したΔΣ変調が広く用いられてい

る [6]。これはフィードバックループ内に積分器を設け

ることにより所望の帯域の量子化雑音を制御するもの

で,特にパラメトリックスピーカの駆動信号は通常の

可聴域ではなく搬送波を中心とした周波数分布となる

ことから低ビットのバンドパス型のΔΣ変調を用いる

事により標本化定理を満たしつつ効率よくダイナミッ

クレンジを確保することができる。本報で使用した変

調器の量子化雑音の伝達関数を以下に示し,搬送波で

ある 40kHz 純音入力時の 1bit 信号のスペクトラムを図

1に示す。サンプリング周波数 1.4MHz の条件で,35

~45kHz の帯域において量子化雑音が制御されており,

S/N を 100dB 以上確保できている様子がわかる。

7833.0651.115674.0489.11

968.11)(

11

221

zz

zzzH q (1)

図-1 40kHz 純音入力に対するスペクトラム

2.2. 高速 1bit 個別駆動型パラメトリックスピーカ

高速 1bit 信号の大きな特徴としてディジタル信号で

ありながらビットストリーム内にアナログ信号のスペ

クトルを有しているという点が挙げられる。これによ

りディジタル信号そのものを D級アンプの駆動信号と

して扱うことができ,汎用ロジック IC の出力そのもの

でスピーカを駆動することができる。すなわちいわゆ

る ”DA コンバータ ”を必要とせず,ディジタルの良さ

であるシリアル-パラレル変換など各点への信号のア

サインの利便さを保ったまま変換素子を用いることな

く各スピーカを駆動できることになり,本報で試みて

いるような極めて制御点数の多いシステムには有効で

ある。今回任意の方向への出力を重視した 576ch(24×

24)個別駆動型 (以下 Type A),縦方向を同相駆動とし素

子の集積度を挙げた 64ch(14×64)駆動型(以下 Type B)

の2種類の試作機を作成した。多チャンネル駆動の実

現例として前者の外観を図-2に示す。SDHC カード

から読みだした信号をスピーカ周囲に設置した汎用ロ

ジック回路を用いてシリアル-パラレル変換すること

により 24×24 個の超音波振動子をそれぞれ個別に駆

動することができる。また,試作機それぞれの素子の

配置を図-3に示す。

図-2 576ch 個別駆動型試作機の外観

(a)全素子制御型 (A) (b)水平方向制御型 (B)

図-3 試作機の素子配列

高速 1bit 信号は一般に MHz 単位のサンプリング周

波数であり,アレイの指向性制御の際にアップサンプ

リングを施さずとも単純な遅延制御のみで充分な分解

能が得られるという利点もある。本実験では 1.4MHz

のサンプリング周波数で駆動した。この場合,3 章に

述べるような指向性制御時の分解能は約 2 度である。

また高速 1bit 信号は広帯域な信号処理が可能なことか

ら変調から駆動までをディジタル段で行うことができ

という利点もある。本報で用いた試作機のシステム構

成を図-4に示す。また,本報では基礎的な測定が目

的であることから生成されるスペクトラムが簡潔にな

る振幅変調を変調方式に用いている。

-140

-120

-100

-80

-60

-40

-20

0

10000 100000

Am

plitu

de

[d

B]

Frequency [Hz]

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図-4 試作機構成

図-5 指向性制御実験結果(素子間隔 5mm)

図-6 素子間隔 1cm での指向性制御時の出力

0° 15°

30° 45°

60° 75°

0° 60°

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3. 指向性測定実験

指向性制御の基礎的な実験として,最もシンプルな

制御である遅延制御による実験を行った。一定間隔で

配置した素子間隔を d ,音速を c としたとき

c

dD

sin (2)

の遅延を各素子間に付加して駆動することにより超音

波ビームを任意の制御角 に出力する。実験は無響室

で行い,3.1,3.2 節の実験はスピーカから 2m の地点,

3.3 節の実験では 30cm の地点にマイクロホンを設置し,

スピーカを 7.5 度毎に回転させ各条件での指向特性を

測定した。前者の実験は 4kHz 純音を 40kHz で振幅変

調したもの,後者は搬送波である 40kHz 純音を駆動信

号として用いた。マイクロホンには GRAS 社製 46BE

を使用しレコーダには KORG 社製 MR-2000S を用いて

5.6MHz-1bit で収録した信号から周波数分析により求

めている。

3.1. 素子間遅延による指向性制御

Type B の試作機において 0~75 度までの 15 度毎に出

力制御時の復調音の指向性を測定した。復調波には歪

が発生するが 4kHz のみ音圧レベルを算出している。

結果を図-5に示す。各図右上に制御角を示す。超音

波ビームが所望の方向に制御されている様子と,制御

角が深くなるにつれ復調波のエネルギーが小さくなっ

ていく様子が確認できる。

3.2. 素子配置によるグレーティングローブ

等間隔な直線アレイにおいて素子間がλ /2 以上にな

るとグレーティングローブと呼ばれるメインローブ以

外の出力が発生する。Type A の試作機において制御角

0°,30°時の復調波の指向性を図-6に示す。グレー

ティングローブの発生角は以下の式で与えられる。

d

NcDN

arcsin ),2,1,0( N (3)

よって前者は±58°,後者は 1°, -57°にグレーティ

ングローブが発生することになり,測定結果からもそ

の様子が観察された。通常の平面波駆動である正面方

向出力時は後述の素子自体の指向性によりグレーティ

ングローブが目立たないが,制御角によっては無視で

きない大きさとなることが確認できる。

3.3. 素子指向性との関係

電磁波工学の分野においてアレイアンテナの指向

性は素子自体の指向性とアレイの配列に起因するアレ

イファクタの積によって決まる指向性相乗の理が知ら

れている [7]。放射される超音波レベルに概ね依存する

はずである。そこで,3.1 節での各実験結果における

メインローブのピーク値と素子単体の指向性を比較し

た。結果を図-7に示す。素子の指向性はばらつきを

考慮し,ランダムに抽出した 3 個の平均値を用いてい

る。両者の関係は概ね一致しており,パラメトリック

スピーカは復調音が超音波素子そのものから放射され

ているわけではないもののパラメトリックスピーカ出

力の復調波も素子自体の指向性に追従することがわか

る。また,0°方向制御時のレベルが低く測定された原

因は無響室ではあるが壁面に対してスピーカが正対す

る条件であったことから反射による影響と思われる。

図-7 素子指向性と各メインローブのピーク値

(△:メインローブのピーク値,実線:素子指向性)

3.4. 多方向出力

多チャンネル駆動型のパラメトリックスピーカの

特徴として出力波面を合成することにより多方向に個

別のビームを出力可能な点も挙げられる。

Type A の装置を用いて 15°毎にバイオリン,ポップ

ス,音声の 3 種類の信号をそれぞれ図-8中の A’,B’,

C’に向けて出力した。パラメトリックスピーカの復調

音は高域上がりの周波数特性となることから原音に

1kHz の HPF を施した波形と収録音の波形を比較した

ものを図-9に示す。それぞれの方向に分離性高く出

力されている様子がわかる。

またこれら出力ビームは制御角をリアルタイムに

変えることも可能であり [8],様々な応用が期待できる。

4. アレイ制御による受聴点での超音波域制御

前述の様にパラメトリックスピーカは超音波の空

気伝搬における非線形性を利用して復調するスピーカ

であるが,原則的に受聴者に向けて超音波を出力する

こととなり,受聴者が可聴音以上の超音波に晒される

ことがしばしば検討課題となっていた [9]。しかしなが

ら復調後の音波と超音波の指向性は異なるはずであり,

放射直後はエンドファイアアレイを生成し得るような

同相性を持ちつつ,受聴点においては零点となるよう

な波面を構成できれば受聴点において可聴音レベルを

保ちつつ超音波エネルギーを抑圧することが可能であ

るはずである。そこでこの条件を満たす波面として焦

点制御時に発生するディップに着目し,超音波域の独

立制御を試みた。概念図を図-9に示す。

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2m

A’

B’

C’

15°

15°

A

B

C

15°

15°

15°

15°

A

B

C

図-8 多方向出力実験配置図

(a) 原音に HPF を施した波形

(b) 収録音波形

図-9 多方向出力時の原音と各点での収録音

図-10 受聴点以外への超音波域の集中

4.1. 焦点制御による超音波エネルギーの集中

スピーカ正面 2m の地点を焦点とするような遅延を

パラメトリックスピーカアレイに付加した場合と通常

の平面波出力時の焦点付近の音圧分布を比較した。ま

ず概算として素子の指向性や伝搬過程の減衰を考慮し

ない条件で,Type B の装置により各素子から 40kHz 純

音を出力した場合の距離 2m,出力ビーム軸上を 0cm

とした水平方向各点での音圧分布の理論値を求めた。

図-11に示す。出力音軸より 20cm 程度の局所的な

範囲内においては平面波駆動時にはほぼ平坦な分布と

なるものの,焦点制御時にはディップがありまた焦点

のごく近傍以外では平均レベルも低い。

Plane Wave

Focused Wave

図-11 40kHz 純音の焦点制御と平面波制御

4kHz 純音の AM 波を出力し 2cm 毎に測定した結

果を図-12に示す。それぞれの収録音での 4kHz 純

音の音圧レベル及び 36~44kHz の超音波域の音圧レベ

ルを示す。超音波域の音圧分布はいずれも概算の分布

に概ね一致しており,また復調波の分布には大きな差

がない。特に 2 つ目のディップを中心とした 10cm 間

において超音波域は最大 11.2dB,平均で 9.1dB の抑圧

効果が見られた。焦点制御により超音波域は焦点を結

びながらも伝搬過程で発生した復調波は概ね平面波と

して伝搬していることがわかる。

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36-44kHz(Plane Wave)

36-44kHz(Focused Wave)

4kHz(Focused Wave)

4kHz(Plane Wave)

図-12 焦点制御及び平面波制御の測定結果

4.2. バイノーラルシステムへの応用

提案手法のバイノーラルシステムへの応用に向けた

実験を試みた。スピーカからの距離 2m,両耳間距離を

16cm と仮定し,4kHz,2.5kHz の純音を左右の耳に聞

かせるものとして以下の 2 種類の実験を行い,それぞ

れの音圧分布を測定した。

・両耳想定の位置(±8cm)に向けた平面波出力

・両耳の位置が超音波域のディップとなるよう±

18cm の位置へ向けた焦点制御出力

36-44kHz

2.5kHz 4kHz

図-13 平面波制御による両耳地点への出力

36-44kHz

2.5kHz4kHz

図-14 焦点制御による両耳地点近傍への出力

実験結果をそれぞれ図-13,図-14に示す。ビー

ム軸の角度が異なることから復調音の分離性の違いは

当然であるが,両耳地点での復調音レベルは同程度で

ありながら,超音波領域においては両耳地点で 15dB,

-10cm~10cm の間の平均レベルで 13dB 程度の抑圧効

果を確認した。

5. むすび

パラメトリックスピーカにアレイ信号処理を導入

し,指向性制御や多方向出力,焦点制御を用いた実験

を行い素子間隔,素子指向性と復調音の関係を明らか

にするとともに平面波以外の駆動による超音波域の独

立制御の可能性を示した。実用的な規模で超音波素子

を個別制御するシステムの構成法を提案し,基礎的な

原理は通常のアレイ処理の手法が概ね適用できること

を確認した。超音波域の独立制御の研究に関してはよ

り高度な制御が期待できるが,今後は素子の指向性や

個体差への対応が課題になる。

パラメトリックスピーカにアレイ制御を用いるこ

とより実用上の可能性を大幅に広げることになる。特

に画像処理との組み合わせにより状況に応じて“スポ

ットライト”を移動させることが可能になることから

電気自動車の注意喚起システムや美術館での個人に合

わせた多言語再生システムなど様々な用途が期待でき

る。今後は壁面反射を利用した新しい 3 次元音場再生

システムなどにも挑戦していく所存である。

謝 辞

本 研 究 は 日 本 学 術 振 興 会 科 学 研 究 費 若 手 (B)

(23700151)の助成を受けたものである。

文 献 [1] M.Yoneyama, J.Fujimoto, “The audio spotlight: An

application of nonlinear interaction of sound waves to a new type of loudspeaker design ,” J. Acoust. Soc. Am 73, pp.1532-1536, 1983.

[2] 鎌倉友男,酒井新一 ,“パラメトリックスピーカの実用化”日本音響学会誌,62 巻,11,791-797(2006)

[3] D. Olszewski, F. Prasetyo, and K. Linhard, “Steerable highly directional audio beamloudspeaker,”Inter- speech, pp.137-146, 2005.

[4] C. Shi and W. S. Gan, “Grating lobe elimination in steerable parametric loudspeaker,” IEEE Trans. Ultrason. Ferroelectr. Freq. Control, vol. 58, no. 2, pp.437-450, 2011.

[5] 山崎芳男,太田弘毅,西川明成,野間政利,飯塚秀幸,”広帯域音響信号の高速 1bit 信号処理 ”信学技報,EA93-102,1994.

[6] 和保孝夫,安田彰(監訳),ΔΣ型アナログ/デジタル変換器入門,丸善,東京,2007.

[7] 稲垣直樹,電磁波工学,丸善,東京,1980.

[8] 武岡成人 , Frey Mathhias, 及川靖広 , 山崎芳男 , "両耳に追従する指向性制御型超音波スピーカ ,"日本音響学会春季講演論文集 , pp.777-778,March, 2011.

[9] B.W. Lawton,” Damage to human hearing by airborne sound of very high frequency or ultrasonic frequency,” Contract Research Report, 343, 2001.