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されるほどの広大な敷地の中にある 緑豊かなキャンパスであった。学会 参加者の多くは、大学敷地内にある ゲストハウスに滞在していた。韓国 での開催のためか、中国や台湾、日 本をはじめアジア諸国からの参加者 の割合が高いという印象を受けた。 学会のプログラムは、7 つのキー ノートレクチャーと 5 つの招待講演、 一般発表で構成された。一般発表は、 口頭発表20セッション(78演題)と、 ポスター発表 4 セッション(173題)から構成された。一般発表では、 球技や陸上競技などのスポーツ競技 や、歩行や姿勢制御などの基礎的な 身体運動を対象とする研究が多い中、 テコンドーなど武術を対象とする研 究も目立ち、研究テーマのバラエテ ィにもアジア開催らしさを感じた。 研究手法に関しては、動作解析や関 節トルクの算出など、従来の「バイ オメカニクス的」アプローチによる 研究報告がやはり数として一番多い ものの、それに限ったものではなか った。たとえば、シミュレーション やモデリングの技術を取り入れて動 作の再現性を評価した研究や、ヴァ ーチャルリアリティ環境をトレーニ ングへ利用しようと試みた研究、質 問紙法によって傷害の発生頻度を調 査した研究報告などが見られた。い ずれも今後の研究の発展を期待する コメントが続々と寄せられるなど、 参加者たちの関心を集めていた。ま た、招待講演では、スポーツ関連企 業の研究員らによって、スポーツシ ューズの商品開発における研究報告 や、商品評価の手法に関する情報が 提供され、スポーツ産業に直結した 最先端の研究に触れる貴重な機会と なった。 その他学会企画として、韓国の歴 史や文化、伝統芸能に触れる場が用 意され、参加者たちは韓国の郷土料 理に舌鼓を打ちながら、そこでも国 を超えた交流と活発な情報交換がな された。最終日のクロージングバン ケットでは、学会賞などの表彰式が 盛大に行われた。学会賞の他にも、 「最多発表演題数」や「抄録提出が ●スポーツバイオメカニクス 26 回国際スポーツバイオメカ ニクス学会(The XXVI Conference of International Society of Biome- chanics in SportsISBS2008)が、 714日~18日の 5 日間にわたって 韓国の首都・ソウルで開催された。 本学会は、「スポーツパフォーマン スの向上のためのバイオメカニク ス」をメインテーマとして、トップ アスリートやスポーツを楽しむ人の 身体動作のバイオメカニクスについ て議論する国際的な学術集会である。 毎年、年に一回開催され、世界各国 からスポーツバイオメカニクスに関 心を寄せる大学の研究者や学生、企 業の研究員らが集う。 今年度の学会会場は、韓国最難関 の総合大学であるソウル国立大学。 ソウル市街からは電車で30 分ほど 離れたやや郊外に位置し、キャンパ ス内を巡回するシャトルバスが運行 6 Training Journal October 2008 ON THE SPOT 現場から アジアらしさのある 国際学会 学会会場前の様子 ポスター会場の様子

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されるほどの広大な敷地の中にある

緑豊かなキャンパスであった。学会

参加者の多くは、大学敷地内にある

ゲストハウスに滞在していた。韓国

での開催のためか、中国や台湾、日

本をはじめアジア諸国からの参加者

の割合が高いという印象を受けた。

学会のプログラムは、7つのキー

ノートレクチャーと 5つの招待講演、

一般発表で構成された。一般発表は、

口頭発表20セッション(78演題)と、

ポスター発表 4セッション(173演

題)から構成された。一般発表では、

球技や陸上競技などのスポーツ競技

や、歩行や姿勢制御などの基礎的な

身体運動を対象とする研究が多い中、

テコンドーなど武術を対象とする研

究も目立ち、研究テーマのバラエテ

ィにもアジア開催らしさを感じた。

研究手法に関しては、動作解析や関

節トルクの算出など、従来の「バイ

オメカニクス的」アプローチによる

研究報告がやはり数として一番多い

ものの、それに限ったものではなか

った。たとえば、シミュレーション

やモデリングの技術を取り入れて動

作の再現性を評価した研究や、ヴァ

ーチャルリアリティ環境をトレーニ

ングへ利用しようと試みた研究、質

問紙法によって傷害の発生頻度を調

査した研究報告などが見られた。い

ずれも今後の研究の発展を期待する

コメントが続々と寄せられるなど、

参加者たちの関心を集めていた。ま

た、招待講演では、スポーツ関連企

業の研究員らによって、スポーツシ

ューズの商品開発における研究報告

や、商品評価の手法に関する情報が

提供され、スポーツ産業に直結した

最先端の研究に触れる貴重な機会と

なった。

その他学会企画として、韓国の歴

史や文化、伝統芸能に触れる場が用

意され、参加者たちは韓国の郷土料

理に舌鼓を打ちながら、そこでも国

を超えた交流と活発な情報交換がな

された。最終日のクロージングバン

ケットでは、学会賞などの表彰式が

盛大に行われた。学会賞の他にも、

「最多発表演題数」や「抄録提出が

●スポーツバイオメカニクス

第26回国際スポーツバイオメカ

ニクス学会(The XXVI Conference

of International Society of Biome-

chanics in Sports; ISBS2008)が、

7月14日~18日の 5日間にわたって

韓国の首都・ソウルで開催された。

本学会は、「スポーツパフォーマン

スの向上のためのバイオメカニク

ス」をメインテーマとして、トップ

アスリートやスポーツを楽しむ人の

身体動作のバイオメカニクスについ

て議論する国際的な学術集会である。

毎年、年に一回開催され、世界各国

からスポーツバイオメカニクスに関

心を寄せる大学の研究者や学生、企

業の研究員らが集う。

今年度の学会会場は、韓国最難関

の総合大学であるソウル国立大学。

ソウル市街からは電車で30分ほど

離れたやや郊外に位置し、キャンパ

ス内を巡回するシャトルバスが運行

6 Training Journal October 2008

ON THE SPOT

現場から

アジアらしさのある国際学会

学会会場前の様子 ポスター会場の様子

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ナーは、関東圏内はもとより福島、

長野、静岡といった日本各地から約

20名の参加者が集い、1泊 2日にわ

たって講習と実技、互いの情報交換

やアクティビティなどで大いに楽し

んだ。

初日は開会の挨拶の後、中村豊氏

(東海大学)による講習「スポーツ

フィールドにおけるアクシデント対

応」が行われ、普段のスポーツ現場

で「こんなときはどうする」といっ

たケーススタディを中心に、主に急

性期外傷のチェックポイントと、そ

の場に居合わせた人がどのように対

応すればよいかなどをスポーツ整形

外科医の立場からアドバイスされた。

また山中湖というリゾート地に関連

して、アウトドア活動で起こりうる

症例を実体験に基づいて紹介してい

ただいた。

実技中心となった「現場に強くな

る! 応急処置と評価法(下肢編)」

では吉田早織氏(東海大学アメリカ

ンフットボール部)が、実際にモデ

ルを使って下肢評価法を行い、参加

者同士で技術を確認しあったうえで、

それを吉田氏や中村氏がチェックす

るといったきめ細かい指導が行われ

た。また病院を受診する際の判断基

準などもあわせて提案された。

夕食後の夜間講習では、宮崎誠司

氏(東海大学)による「ケガのしく

みと物理療法の選択」が行われた。

ケガは細胞レベルでどのように損傷

し、治癒過程をたどるのかといった

内容と、その後治癒過程を促進させ

るための物理療法についての選択に

ついて、実際に物理療法機器(協

力:伊藤超短波株式会社)を使用し

ながら参加者に体験してもらった。

2日目午前は、実技講習として

「投球動作と肩・肘のコンディショ

ニング」を行った(講師は筆者)。

投球によるスポーツ傷害とその予防

について、注目すべき投球フォーム

のチェックポイントと、トレーニン

グ、ストレッチングなどについてパ

ートナー同士で実技を試した。

午後はアクティビティとして山中

湖ウォークラリーを行い、グループ

に分かれて10個のチェックポイン

トを探しながら山中湖周辺を散策し

た。優勝グループには景品が送られ、

初めて会った参加者同士、健闘をね

ぎらいあった。

今後も東海スポーツフィールドネ

ットはさまざまな場所での開催を予

定しており、「スポーツ現場の集合

知」としてトレーナーおよびトレー

ナーを目指す学生、トレーニング指

一番早かった発表者」などユニーク

なものまで、ありとあらゆる賞が表

彰され、会場を大いに沸かせた。表

彰された若手研究者らの生き生きと

した表情が印象的であった。

今回の学会は、国際学会でありな

がら、コンパクトにまとまった会場

と、スタッフの明るい応対が好印象

のアットホームな雰囲気の学会であ

った。個人的には韓国の激辛スープ、

メウンタンを堪能できた大学のカフ

ェテリアでのランチサービスが嬉し

かった。

(報告者:高橋まどか・東京工業大

学社会理工学研究科人間行動システ

ム専攻博士課程)

●スポーツ医科学

8月 2日~ 3日の二日間にわたり、

第 1回東海スポーツフィールドネッ

トが東海大学山中湖セミナーハウス

(山梨県山中湖村)にて開催された。

スポーツ現場に携わるさまざまなバ

ックボーンを持った人同士のネット

ワークづくりと、現場にすぐに使え

るスポーツ医学の知識、技術を学ぶ

ことがメインテーマであるこのセミ

Training Journal October 2008 7

現場から

ネットワークづくりと知識、技術を学ぶ

実技中心の吉田氏による講習風景 宮崎氏による夜間講習

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非常に親切になってくれるそうだ。

しかし多くの人がおおらかであり、

待ち合わせなどの約束が守られない

こともしばしばあるところは日本と

の大きな違いだろう。

資格取得のために太田氏自身もフ

ランスの草サッカーレベルのチーム

でプレー経験を持っている。そんな

レベルのチームであってもスポンサ

ーが 6~ 7社ついており、遠征時の

移動も食事も宿泊もすべててお金が

かからなかったことには驚かされた。

スポーツが文化として成立している

からこそなせることなのだろう。

このチーム以外にも太田氏は 2部

リーグに所属するDFCOというチー

ムのユースチームでトレーニングの

サポートを経験している。DFCOの

コーチは、近年日本にも入ってきた

コメッティ理論を学んだのだそうだ。

太田氏もブルゴーニュ大学でこの理

論を修めた。しかし、ことサッカー

の現場においてはその理論がすべて

ではないと感じたという。フランス

のサッカー界は近年になってフィジ

カルトレーニングを取り入れたそう

だ。

しかし、フランスのほうが進んで

いると感じたこともあったという。

トレーニングにおける日本との大き

な違いは、コーチとフィジカルコー

チが互いの分野を理解している点だ

そうだ。フィジカルをサッカーに落

とし込む態度に感銘を受け、フィジ

カルコーチであっても競技を見る目

を養う必要があると感じたのだそう

だ。また、フィジカルコーチが不在

のときにはコーチがトレーニングを

管理することもあり、そのトレーニ

ング内容も理にかない、質の高いも

のであったという。

一方、「フランスではトレーニン

グ中に明らかなマルアライメントが

あっても注意しない」そうで、「そ

ういう細かさやリスク管理の面にお

いては日本の方が進んでいると感じ

た」とのこと。

ケガの発生についても大きな違い

を感じたそうで、サッカーでよく起

きる足首の捻挫をDFCOでは一件も

見なかった。これは、1対 1の局面

で強さを発揮する欧州サッカーの特

徴と合致すると感じたそうで、「欧

州と日本とでは、サッカーのスタイ

ルに違いがあり、その違いやテクニ

ックの指示などによってもケガの発

生に差が生まれるのではないかと感

じた。競技を知らないとリスク管理

もできないのではないか」とまとめ

た。

太田氏はこれからさらに大学院課

程でサッカーのトレーニングを中心

に学んでいくという。

(報告者:紀平晃功・オール三菱ラ

イオンズ)

●スポーツ医科学

去る 8月 9日、神奈川県立総合高

校多目的ホール(神奈川県横浜市)

にて、平成20年度エンジョイスポ

導者、スポーツドクター、スポーツ

現場に興味のある医療従事者、スポ

ーツ指導者、スポーツ医科学研究者、

スポーツ選手など、いろいろなフィ

ールドを持つ人々のネットワークづ

くりに貢献したいと考えている。次

回開催は2009年 1~ 2月頃の予定。

(報告者:西村典子・東海大学スポ

ーツ教育センター)

●サッカー・フィジカルコーチ

8月15日、飯田橋ハイタウン(東

京都新宿区)でフランス留学から一

時帰国中の太田徹氏を中心とした情

報交換会が開かれた。太田氏からフ

ランスでの生活やフランス人の特徴、

専門としているサッカーのトレーニ

ングにおける日仏の違いなどが挙げ

られ、参加者からは盛んに質問や意

見が出された。

フランスでは学費にも居住費にも

国からの強力な援助があり、物価も

安いため生活はしやすいという。鼻

が高く閉鎖的であるといった印象を

持ちやすいフランス人であるが、頑

張っていることを認めてもらえると

8 Training Journal October 2008

ON THE SPOT

フランスでの経験を語る太田氏

フランスと日本の違い

水分補給、子ども、メンタルをテーマに

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題し、講師は遠藤

俊郎氏(山梨大学)。

よいコーチングを

行うためのメンタ

ル面からのアドバ

イスが中心となっ

た。キーワードと

なるのが「自己効

力感」であった。

「子どもたちに接

する際には日本で

は主流である○○

道といった型の文

化から脱却すること。そして『ダメ』

と禁止することと『○○しよう』と

奨励することのバランスを取ってい

こう」と呼びかけた。そして、「行

動の主体は自己であるという手応え

が前向きに取り組んでいくために重

要」とまとめた。

毎年複数の会場で開催される本セ

ミナーは、大塚製薬の助成により毎

年、日本体育協会および各都道府県

体育協会が開催している。本年度

は 7つの道府県の会場と、日体協の

直轄事業として東京・大阪会場で行

われる。

●指導現場

去る 8 月19日、

銀座ルノアール新

宿 3丁目店マイス

ペース(東京都新

宿区)にて、トレ

ードミーティング

が開催された。こ

れは毎月第 3火曜

日に開催されてい

るもので、今回の

テーマは「対象者

との距離感」であ

った。

ーツセミナー(神奈川会場)が開催

された。

最初に「スポーツ活動中の水分補

給」と題して、中井誠一氏(京都女

子大学)が講演。「血液は酸素や栄

養だけでなく、熱も運んでいる。水

分や塩分が欠乏することで脱水とな

り、さまざまな障害につながる」と

述べた。運動中の水分補給には水分

だけでは「自発的脱水」と呼ばれる

状態に陥り、水分摂取ができなくな

るので電解質を含むドリンクを用意

する必要があるという。また、冷や

したドリンクの摂取によって体温を

下げる効果があること、水泳でも脱

水が起こるといったトピックも紹介

された。

講演 2は東根明人氏(帝京平成大

学)による「子どもとスポーツ――

スポーツに参加しやすい環境づくり、

育てようわんぱく坊主」。体力・体

格の推移を示しながら、今の子ども

たちは体格はよくなってきているが

体力が低下傾向にあると述べ、スポ

ーツに参加しやすい環境をつくって

いくためにはどのようにすればよい

か、ソフトテニスやミニバスケット

ボールの事例を用いて語った。

講演 3は「メンタルマネジメン

ト&メンタルスキルトレーニング―

―やる気を高める指導に向けて」と

自己紹介から始まり、テーマに沿

って5分間で意見を書き出し、それ

を発表し、その後グループワークと

して互いにディスカッションを行う

時間となった。距離感に関しては、

パーソナルトレーニング、フィット

ネスクラブ、部活の指導、テニスス

クールのコーチ、治療としてなど、

さまざまな関わり方があり、それに

応じて適切な距離感を保つことが求

められるということが話題となった。

「丁寧な話し方を基本とすべきだが、

硬すぎず、柔らかすぎない口調で」

「相手の話に対するリアクションが

大事」「距離感を詰めてこられる場

合、それをうまくかわしていくこと

も必要」といったトピックが出てき

た。ある結論に達することを求める

というより、参加者およびスタッフ

の持つさまざまな経歴・職歴に基づ

く経験知が共有される場となった。

代表の村上拓也氏は、「この会の

スタッフは同じ日本工学院八王子専

門学校の同窓生です。職場は違って

も情報交流の場、勉強を続ける場を

持ちたいということで開催していま

す」と語る。身近なことをテーマに

設定し、今後も継続的に開催される

予定である。

Training Journal October 2008 9

現場から

トレードミーティング

多くの参加者がつめかけたエンジョイスポーツセミナー

少人数ながら活発なディスカッションが行われた

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●北京オリンピック

去る 8月 7~24日までの17日間

にわたり、北京オリンピックが開催

された。1988年の韓国・ソウル大

会以来のアジア開催、開催前までは

チベット問題や、ウイグル自治区で

のテロなど、さまざまな問題が懸念

されていた。開幕直後に、北京市内

の観光地の 1つである鼓楼で外国人

殺害事件が起こるなど、何も問題が

なかったわけではないが、その後は

より厳重な警備が敷かれ、北京オリ

ンピックは無事に閉幕を迎えた。競

技成績やメダル獲得数とはまた異な

る、オリンピック開催期間中の北京

の風景についてリポート形式でお伝

えしたい。

観客の立場からして、「これがな

ければ困る」と言えるのが、行き帰

りの“足”になる「交通手段」、そ

して実際の試合を見るための「観戦

チケット」だ。筆者が実際に現地を

訪れたの2000年のシドニー、04年

のアテネであるため、上記 2大会と

の比較になるのをご容赦願いたいが、

今回の北京は、観客にとって「必須」

であるはずのこの 2つをスムーズに

入手することが非常に困難な大会だ

ったことは間違いない。

まず最初の「交通手段」だが、

“鳥の巣”の通称で知ら

れる国家競技場や、国家

水泳場、フェンシング場

などが隣接されたメイン

スタジアムまでは、オリ

ンピック開催に伴い地下

鉄が開設された。これら

の施設があるメイン会場

に行くためには、その地

下鉄に乗ればよいのだが、

乗降駅がメイン会場内に

あるため、何らかの観戦チケットを

持っていなければ地下鉄に乗車する

ことができない。さらに言えば、オ

リンピック会場以外を巡る従来の地

下鉄駅を経由し、メイン会場とつな

がる路線が新設されたため、乗客は

一度下車し、駅構外に出てから、セ

キュリティチェックを受けて、再び

地下鉄のゲートをくぐらなければな

らない。

テレビや新聞でもおそらく既報で

あるように、セキュリティチェック

の徹底ぶりもシドニー、アテネ大会

とは比較にならない。手荷物を検査

機に通すと、係員が 1つ 1つを手作

業でチェックする。手袋はしている

が、化粧ポーチを開けられたり、財

布を開けられることは日常であり、

ひどいときにはバッグの中からすべ

てを取り出し、「問題ない。入れろ」

と言い出す始末。結婚祝いで自らが

つくった文字入りの手ぬぐいを「こ

の字は何だ。メッセージはダメだ」

と没収された人もいた。

それほど徹底するからには、もち

ろん想像を上回る時間を費やす。地

下鉄乗車時、メインスタジアム入場

時(バス、徒歩など地下鉄以外の場

合)には軽く30分は行列に並ばな

ければ目的地にたどり着くことはで

きない。

それでもメイン会場へのアクセス

は、セキュリティチェックの面倒さ

を除けば非常に恵まれた環境と言え

る。なぜなら、柔道、レスリング、

バレーボールなどの競技は、メイン

会場から離れた場所の大学などを会

場としているため、交通手段にも限

りがある。

最も困難を極めたのがバレーボー

ル会場からの帰路だった。16年ぶ

りの男女アベック出場を果たした日

本チームの試合は、予選ラウンド

10試合中(男女各 5試合)、8試合

が現地時間の22時開始。1つのカテ

ゴリーで 2試合がセットで行われる

ため、20時からの 1試合目がフル

セットになれば、2試合目の開始も

遅くなり、すべてを終えると深夜 1

時という日もあった。

当然交通手段にも限りがある。こ

れまでの五輪では、会場から複数箇

所に向けたシャトルバスが走ってい

たが、北京では「路線バスがシャト

ルバスだ」と言われるだけで、どの

バスに乗ればどこに着くのかという

表示は中国語でしか記されておらず、

外国人にはさっぱりわからない。地

下鉄の駅までも歩けば40分ほどか

かるため、多くの観客が体育館前の

道路でタクシーを捕まえるしかない。

1万5000人の乗客が、一斉にタク

シーを待つ。「待つ」とはいえ、日

本のタクシー乗り場のように親切な

場所はない。道路に飛び出してタク

シーを止める現地人に負けじと争奪

10 Training Journal October 2008

B E I J I N G 2 0 0 8

現地レポートから見る東京招致へ向けた課題

徹底的なセキュリティチェック 会場周辺だけが空想のような別世界

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戦に加わらなければ家路に着くこと

すらできない有様だった。

これらの交通手段とともに、最後

まで「チケット」問題も、最後まで

改善されることがなかった。

市街地の中心部にチケットボック

スが設置され、行列すれば買えたシ

ドニー、すべての競技場にチケット

ボックスが設置されたアテネと異な

り、北京では「ある」と言われた当

日券を最後まで見ることも、手にす

ることもできなかった。事前に登録

したメディアのみが利用できる国際

メディアセンターでは、時間を限定

してチケットが発売されたという話

を聞くが、誰もが出入りできる場所

で売られていなければ当然手にする

ことなどできない。

そうなると出てくるのがダフ屋。

もちろん違法行為ではあるのだが、

ここまでチケットが手に入らないと

ダフ屋を頼らざるを得ないのも現実

だ。しかし、肝心のダフ屋が前半競

技ではほとんど見られない。たまに

見かけると 2~ 3倍どころか、10

~20倍に近い額を提示することも

当たり前。そうまでして手にしなけ

れば入れないのかと思いきや、実際

の会場を見ると目立つのは空席と、

動員された応援団。一体チケットは

どこにあったのか。未だに謎は解け

ない。

観戦チケット付きのツアー客以外

は、自らが何とかしてチケットを入

手しなければならない中、日本人観

戦者にとってありがたかったのは北

京市内のホテル内に設置された「ジ

ャパンハウス」の存在だった。

オリンピック招致や、スポンサー

ブースなど、これまでもジャパンハ

ウスはオリンピックがあるたびに設

置されてきたのだが、出入りできる

のは選手を含めた関係者のみに限ら

れていた。しかし今回は、パスポー

トを掲示すれば観光客でも利用する

ことができ、室内の大型ビジョンで

さまざまな競技が観戦できるほか、

過去の大会で活躍してきたオリンピ

アンのトークショー、メダリストへ

の団長賞授与式などを直接見ること

もできた。メダルを獲得した選手の

記者会見もジャパンハウスで行われ

ていたため、メディア側にとっても

非常に有用な場であった。

交通手段やチケット問題など、不

満を訴えずにいられない点が多々あ

ったのは事実だが、壮大な規模で行

われた開会式からも想像できるよう

に、メイン会場を中心とした北京市

内のいたる場所で、さまざまなオブ

ジェが飾られるなど「見せる」こと

に対して細部までこだわりがなされ

ていたのも確かだ。オメガ、コカコ

ーラなどIOCのオフィシャルスポン

サー企業のブースがメイン会場に設

置され、工夫をこらした展示の数々

に人々は行列をつくる。「五輪」と

「万博」が一度に開催されたような、

まさに中国にとって壮大な祭りであ

り、国家の権威をかけた壮大なイベ

ントであった。

大会中盤には、地元の大学生がパ

ソコンを片手に各国の言語に対応し

たアンケートをつくり、観客たちに

北京五輪がどのように映っていたか、

感じられたのかを調査していた。ま

た、市街地のインフォメーションで

も多くの学生が「語学ボランティア」

として近隣の施設を案内するなど、

わずかではあるがホスピタリティ精

神も垣間見ることができた。

だが、開催中もシドニーやアテネ

では感じられなかった違和感をどこ

かに抱き続けていたのも事実だ。前

述のように、プライバシーなど全く

無視された荷物検査、開会式開催日

の異常なまでの警備。

たとえばアテネの場合は、「アテ

ネ」という街にオリンピックがスポ

っと入り込み、その壮大なイベント

を楽しむ姿勢が町中で見られた。だ

が今回は、鳥の巣を中心とする場だ

けがどこか空想のような別世界であ

り、その周りに生活が存在する。近

いはずが遠い。そう感じられてなら

なかった。

これは開催地だけの問題ではない

のかもしれない。いかにしてチケッ

トを手にし、オリンピックを観戦す

るか。体感するか。それらすべてが、

この大会がそうであったように、こ

れまでとまた少しずつ異なっている

のではないだろうか。

2012年のロンドン大会に続く

2016年の開催地として、東京が名

乗りを挙げている。「オリンピック

が東京で見られる」と単純な誘致を

繰り返すのではなく、根本から見直

さなければならない課題があるので

はないだろうか。開催地決定は、1

年後に迫っている。 (田中夕子)

Training Journal October 2008 11

現場から

メイン会場内のマクドナルドへの長蛇の列 さまざまな趣向が施されたメイン会場のスポンサーブース(写真中央、右)