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甲南大学 マネジメント創造学部 2015 年度 卒業研究プロジェクト 指導教員 佐 藤 治 正 日本人と新しいワーク・ライフ・バランス 11281078 髙田 祐輔 目次 はじめに 1. 日本の現状 2. ワーク・ライフ・バランスに対する政府と企業の取り組み 3. ワーク・ライフ・バランスに関する各国との比較 4. 新しいワーク・ライフ・バランスの実現へ おわりに

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甲南大学 マネジメント創造学部

2015 年度 卒業研究プロジェクト

指導教員 佐 藤 治 正

日本人と新しいワーク・ライフ・バランス

11281078 髙田 祐輔

目次

はじめに

1. 日本の現状

2. ワーク・ライフ・バランスに対する政府と企業の取り組み

3. ワーク・ライフ・バランスに関する各国との比較

4. 新しいワーク・ライフ・バランスの実現へ

おわりに

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目次

はじめに

1. 日本の現状

1-1 労働市場の現状

1-1-1 雇用形態の変化

1-1-2 ライフスタイルの変化と働き方改革

1-2 労働時間と生活

1-2-1 労働時間と生産性の国際比較

1-2-2 労働時間が生活に及ぼす影響

2. ワーク・ライフ・バランスに対する政府と企業の取り組み

2-1 政府の取り組み

2-2 企業の取り組み

3. ワーク・ライフ・バランスに関する各国の比較

3-1 英国:官民一体の取り組み

3-2 スウェーデン:充実した福祉政策

4. 新しいワーク・ライフ・バランスの実現へ

4-1 一億総活躍社会の実現に向けて

4-2 日本の現状と採用制度

4-3 働くだけではない大切なもの

おわりに

[参考文献]

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はじめに

2015年3月1日、経団連の指針が変更され、例年より3ヶ月遅く就職活動が解禁になった。

多くの企業の説明会に足を運び、説明を聞くなかで、どこの会社も女性の働き方に対する

説明はあるが、男性の働き方に対する説明がないことに疑問に思った。私は、4人兄弟で

全員が同い年だったため、昔から男も働くだけでなく、家庭に参加するものであると教え

られてきた。そのため、主に女性に対しての支援をするのではなく、男性も一緒に家事、

育児、介護に参加する方法を考えるべきではないかと思うようになった。

また、第3次安倍改造内閣が発足し、一億総活躍社会の実現を掲げ、女性だけではなく、

すべての人の働き方が見直されるようになった。しかし、「希望を生み出す強い経済」、「夢

をつむぐ子育て支援」、「安心につながる社会保障」など漠然とした単語に違和感を覚えた。

少子高齢化が進み、労働力人口が減少している今こそ、働き方、ワーク・ライフ・バラン

スについて考える必要があるのではないだろうか。

本論文では、第1章で日本の労働市場の現状について見ていく。第1章では、政府と企業

が行っている支援、第3章では日本に参考になる他国について紹介し、第4章では、日本の

雇用慣行などについてみた後、 後に新しいワーク・ライフ・バランスについて考えてい

きたい。

1章 日本の現状

1章では、労働市場の現状について述べていく。日本経済は少子高齢化、高学歴化、情

報化、グローバル化など、様々な面で大きく変わりつつある。その変化が、現在の労働

市場に対してどのような変化を与えているか考察する。また、労働市場は経済・産業構

造に対してどのような影響を与えているか考える。

1-1 労働市場の現状

図1-1は産業別就業者数の推移を示しており、各産業がどれだけ雇用者を確保している

かということを表している。雇用創出効果の強い産業は、一国の経済に大きな影響を与

えると考えられ、労働市場、及び産業構造がどのように変化しているかわかる。

図1-1 産業別就職者の推移

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(出所:総務省(2012)『国勢調査』)

産業別就業者数の推移における、特徴を二点述べる。一点目は、1995年以降、各産業

での就業者数が変化しており、産業構造が変化したことがわかる。産業構造が変化した

要因は、所得水準の上昇、労働生産性の伸びなどが挙げられる。二点目に、情報・サー

ビス業は増加しており、製造業・建設業は減少している。これらは主に IT 分野が発展し、

産業全体の生産性を高めたことなどが原因といわれている。内閣府によると、労働生産

性が10年間で3倍へと上昇し、就業者数の増加の節約となった。第三次産業のなかには、

電気・ガス・水道業や運輸・通信業のように資本装備率も高く、生産性が高い産業もあ

るが、こうした産業を除くと、相対的に規模の小さな企業が多く、生産性水準が低い。

主な要因として、サービスが対人的な性格を持つことから、資本による労働の代替に限

界があったためである。ただ、情報・サービス業といっても中身は多岐にわたるため、

人材不足の業界も存在する。

図 1-2 労働力人口と就業者数、および完全失業率の推移

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(出所:総務省統計局(2014)『人口推計』)

図1-2では労働力人口、就業者数、完全失業率の推移から日本の現状を考える。労働力

人口のピークは1998年で、6793万人であった。また、就業者の数も労働力人口と同様、

1997年に6557万人と 大になっている。その後、右肩下がりとなっているが、2010年以

降の減少カーブは労働力人口より大きくなっている。これにより、働きたくても働けな

い人が増加することが考えられる。その結果として、完全失業率の上昇に繋がる。過去

高となった2002年の5.4%を大きく超え、2%台で推移していた1980年代から比べると深

刻な状況になることが考えられる。この失業率の値はアメリカの9.6%(2010年)ほどでは

ないものの、イギリスの7.8%(2010年)、ドイツ7.1%(2010年)といった欧州のレベルに近

づくということである。

また、失業率がさらに悪化する要因として二点述べる。一点目に、労使間のミスマッ

チである。完全失業者とは、就業者が就業を希望し、仕事があればすぐ就ける状態のこ

とであり、ミスマッチがない状況のことである。しかし、実際は仕事内容や、処遇など

での折り合いがつかないことも考えられる。二点目に、外国人労働者の増加である。就

業者の中には、外国人労働者も含まれている。TPP の締結や、グローバル化の進展によ

り、外国人労働者の数は今後も増えることが予想される。その結果、日本人の失業率は

悪化することが考えられる。

1-1-1 雇用形態の変化

図1-1では、産業構造が変化しており、第三次産業の伸びが大きいことがわかった。ま

た、図1-2では、日本は少子高齢化がさらに進行し、失業率が悪化するということが分か

った。就業者が減少していることに加え、無業者は、2025年には5025万人になり、2015

年より500万人も増加することが予想されている。それにより、多くの人が職を失うこと

になるだろう。また、内訳をみると、失業者は351万人になると推定されている。これに

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完全失業率

就業者

労働力人口

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より、多くの人は職を失うだけでなく、就職希望もなくしてしまうことがうかがえる。

そこで、雇用形態に注目し、人々の働き方がどう変化しているかみていく。

図 1-3 雇用形態別の役員を除く雇用者構成割合の推移(男女別)

(出所:内閣府(2014)『男女共同参画白書』)

図1-3は、雇用形態別に見た役員を除く、雇用者の構成割合の推移である。雇用者に占

める正規雇用比率は、常に減少し続けている。特に、2000年から2005年にかけての変化

は大きく、正社員が約300万人減少している。また、2013年で、正規社員は女性で44.2%、

男性は78.8%となっている。その一方で、非正規などの雇用形態は、約340万人増加して

いる。その要因として、競争が厳しい中で、企業が定年まで雇い続けるような正規社員

雇用には、慎重になっていることが考えられる。さらに、労働契約法第16条で「解雇は、

客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利

を濫用したものとして、無効とする」と明文化されているため、正社員については、よ

ほどのことがない限り、解雇することはできないとされているからである。そのため、

企業は、正社員として雇用する人材は減らし、有期雇用の労働者や派遣労働者といった、

いわゆる非正規社員を活用し出したと考えられる。また、非正規社員の内訳をみると、

2013年には、特に男性の15歳から24歳で45.7%、25歳から34歳で16.4%が非正規社員であ

り、若者の非正規が増加している。

若者がフリーターになる理由は、日本労働研究機構によると、3点あるとされている。

1点目は、やりたいことを見つけるために職業選択を先延ばしする「モラトリアム型」、2

点目は、正社員になりたかったが、フリーターとなってしまった「やむを得ず型」、3点

目は、音楽家や俳優などを目指し、それまでの生計のために働く、「夢追求型」である。

もちろん、夢に向かって努力することや、自分の適性にあった仕事を探すことは重要

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である。しかし、フリーターの仕事には、単純作業が多く、職業能力の形成が難しいの

が現状である。補助的な業務では、「夢追求型」や「モラトリアム型」が望むような「や

りたい仕事」の発見や実現に結びつかないことも多い。そのため、途中で正社員に転じ

ようとしても、職業能力が身についていないことや年齢制限などによって抜け出すこと

が難しいということや、高校や大学を卒業した段階で正社員になれない場合、新卒と比

べられてしまうため、正社員になるのはかなり厳しいのが現状である。労働力人口が減

少している我が国において正規雇用で働くことができない労働者の活用が急がれている。

1-1-2 ライフスタイルの変化と働き方改革

1-1-1では、雇用形態が変化しており、多様な働き方を求めている人が多いということが

分かった。その背景には、男女の働き方が変化したことにある。

図1-4 専業主婦世帯数1と共働き世帯数2の推移

(出所:厚生労働省(2014)『厚生労働白書』、内閣府(2014)『男女共同参画白書』)

図1-4は専業主婦世帯数と共働き世帯数の推移である。共働き世帯は年々増加し、1997年以

降は共働き世帯が専業主婦世帯を上回る状況が続いている。2014年、共働き世帯は1077万

世帯、専業主婦世帯は720万世帯である。高度経済成長期においては、「夫は仕事に出かけ、

妻は育児・家事に専念して家庭づくりに励む」といった核家族のイメージが広く一般化し

1 「専業主婦世帯」とは、夫が非農業雇用者で妻が非就業者(非労働人口及び完全失業者)の世帯 2 「共働き世帯」とは、夫婦ともに非農業雇用者の世帯

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たが、女性の高学歴化、男性の所得減少、家事の効率化などの要因により、女性の労働者

が増加した。女性の社会進出に伴い、男女の働き方は変化し、男女共に働くことが当たり

前の世の中になった。しかし、女性はキャリアを継続する男性と違い、出産・育児の段階

でいったん家庭に入る。そのため、20代半ばから30代前半において労働力率減少し、30代

後半から40代前半において再び働き始める「M字カーブ」がみられるようになる。加えて、

晩婚化、晩産化などが少子化に繋がると言わるようになった。そのため、政府や企業は、

女性が働きつつも仕事と育児・家事との両立ができるようにとワーク・ライフ・バランス

の施策を行うようになった。

1-2 労働時間と生活

1-1-2では、女性の社会進出に伴い、政府や企業は、主に女性に対してワーク・ライフ・

バランスの施策を行うようになったことがわかった。しかし、男性の働き方に大きな変化

はなく、近年の日本では、働きすぎによる過労死や自殺、うつ病などの精神的な病の増加

がよくニュースで報道されている。1-2では、労働時間と生産性の関係や、長時間労働と健

康について考察する。

1-2-1 労働時間と労働生産性の国際比較

海外の国々からみると、日本人の働き方は異常であり、「日本人は働きすぎだ」とよく言

われている。OECD のデータによると、日本人は、年間約1800時間働いている。それに対し

て、ドイツ人は、年間約1400時間であり、その差は400時間である。しかし、IMF が発表し

ている名目 GDP の比較では、日本とドイツの差はほとんどない。では、どうしてこのよう

な現状になっているのか。労働時間と労働生産性の OECD 各国との比較から日本の現状から

みてみる。

1947年、日本において、初めて8時間労働制を定めた法律である労働基準法が制定され

た。この法律が制定された要因は、日本の長時間労働体質の改善であった。しかし、使用

者は、同法第36条の規定にもとづいて労使協定を締結し届け出ることを条件に、時間外・

休日労働に関して、ほとんど無制限の自由を手にしたのである。つまり、労働基準法が長

時間労働を容認しているということになっていたのである。

現在では、この36協定による労働時間の延長に、1週15時間、1ヶ月45時間、1年360時間

などの限度が設けられている。ただ、これは強制力のない指導基準に過ぎず、実際には、

特別条項に1日15時間、月100時間といった延長を盛り込んでいる場合が多い。そのため、

時間外労働のうちには、所定時間外に労働しながら、賃金または割増賃金の一部または全

部が支払われない、サービス残業が含まれている。総務省「労働力調査」と厚生労働省「毎

月勤労統計調査」の一般労働者の労働時間の差から推定すると、近年の1人当たり年間サー

ビス残業時間は、約250時間であり、月に換算すると20時間以上である。

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図1-5 日本と海外の一人当たり年間総実労働時間3の推移

(出所:内閣府規制改革会議(2013)『雇用ワーキンググループ資料』)

図1-5は日本と海外の労働時間の推移を表している。1950年代後半に約2700時間もあっ

た労働時間は、女性の社会進出に伴い、1960年代初めから1970年代半ばにかけて2400時間

台まで減少した。その後、1986年に中曽根総理大臣に対して前川レポートが提出され、「欧

米先進国並みの年間総労働時間の実現と週休2日制の早期完全実施」が提言された。その結

果、労働時間の短縮が進められ、1997年から法定労働時間は中小企業含め完全に週40時間

制となった。そのため、1986年に2102時間あった労働時間は、1992年に初めて2000時間を

下回り、2012年には1745時間となっている。

しかし、近年の年間総実労働時間の短縮は、勤務時間の短いパートタイム労働者の増加

によるものであるとされる。正規労働者の労働時間は、2012年に2027時間と、パートタイ

ム労働者を含めた年間総実労働時間を170時間以上上回っている。なお、主要国の年間総実

労働時間を見ると4、2012年時点でアメリカ1790時間、イギリス1654時間、スウェーデン1621

時間、ドイツ1397時間であるのに対して、日本は1745時間とイギリス、スウェーデン、ド

イツを大きく上回っている。日本の労働時間は、年々減少しているが、依然として、国際

的にみても長いということが分かる。

3 所定労働時間(事業所就業規則で定められた始業時刻と終業時刻との間の休憩時間を除いた実労働時

間)と所定外労働時間(早出、残業、休日出勤により行った実労働時間)との合計。(厚生労働省) 4 労働政策研究・研修機構(2015)『データブック 国際労働比較 2015』

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また、長時間労働だけではなく、労働生産性5が低いことも問題である。OECD の調査に

よると、2013年の各国の労働生産性を見ると、日本の労働生産性は7万3270ドルで、OECD

加盟国34か国中22位であった。

図1-6 2013年 時間当たりの労働生産性の国際比較

(出所:日本生産性本部(2014)『日本の生産性の動向 2014年版』)

図1-6から、イギリスやスウェーデンでは労働時間も短く、労働生産性が高いことがわかる。

アメリカは、生み出す付加価値が大きいため、労働時間は長いが高い生産性を示している。

3か国に対して、日本は効率が悪いことがわかる。これは、日本の評価制度が時間当たりの

生産性で評価するのではなく、労働の総量で評価をする社会だからである。日本は女性の

子育て支援の一環として、時短などの新しい働き方を導入しているが、男性も長時間労働

を無くし、生産性を上げる必要がある。

1-2-2 労働時間が生活に及ぼす影響

近年、日本では、働きすぎによる過労死や自殺、うつ病などの精神的な病の増加がよく

ニュースで報道されている。この長時間労働は、ワーク・ライフ・バランスの実現に向け

ての 大の課題となる。2010年12月、官民トップ会議において設定された「仕事と生活の

調和推進のための行動指針」の数値目標が改訂され、『週労働時間が60時間以上の雇用者の

割合を2020年までに5%にする』とされた。

図1-7 週労働時間60時間以上の男性就業者の割合と雇用者数

5 労働生産性とは労働者一人あたりが生み出した生産量や付加価値の値。労働生産性=付加価値/平均従

業員数(日本生産性本部)

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(出所:総務省(2014)『労働力調査』)

図1-7は、週60時間以上働く人の割合が表されている。2012年には、30歳代の男性就業者

のうち、18.2%が週60時間以上働いている。以前は23~24%であった。これは4人に1人だっ

たのが、5人に1人になっただけで、依然と高い数字である。週60時間というのは、週20時

間以上の時間外・休日労働をしており、週5日労働で休日労働をしないとすれば、平日に1

日平均4時間の残業をしているということである。この現状を考えると、家族と一緒に過ご

す時間を持つことや、個人の自由な時間を持つことの難しさがわかる。

長時間にわたる過重な労働は、疲労の蓄積をもたらす も重要な要因として考えられて

いる。さらに、脳・心臓疾患の発症との関連性が強いという医学的な知見がある。働くこ

とにより、健康を損なうようなことがあってはならない。そのためには、疲労を蓄積しな

い健康管理にかかわる措置を適切に実施する必要がある。

恒常的に週60時間以上働くということは、20時間が時間外・休日労働であり、1か月では

月80時間を超える時間外・休日労働になる。これは、過労死に認定される水準である。過

労死の認定基準6とは、長期間の過重業務について、発症前1~6か月平均で時間外労働が月

45時間を超えて長くなるほど、業務と発祥の関連性は強いとされている。よって、このよ

うな、長時間労働の慢性化はなくしていくべきであると考える。

では、長時間労働が慢性化している現状について、労働者自身はどう思っているのかみ

てみる。

図1-8 仕事と生活の調和に関する希望と現実の推移

6 脳・心臓疾患認定基準(厚生労働省)

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(出所:内閣府(2013)『男女共同参画白書』)

図1-8は、仕事と生活の調和に関する希望と現実を示している。これによると、仕事と

家庭生活を調和させたいと思っている人は、女性だけでなく、男性も多いことがわかる。

2012年のデータによると、仕事を優先したいと思っている人は、女性が3.5%で、男性は16.8%

である。男性は仕事を優先したい人が多いと思っていたが、希望としては、男性も家庭生

活を優先したいという人が多く存在している。しかし、現実は、男性の37.7%が仕事を優先

している。これにより、希望はしているが、せざるを得ないということがわかる。

日本も長時間労働を引き起こす要因の1つとして、年次有給休暇の取得が伸びないという

問題がある。日本の年次有給休暇の取得率は、バブル崩壊以降、年々、減少し続けており

47.1%(2013年)となっている。1990年の56.1%に比べて下がっていることがわかる。年次有

給休暇の平均付与日数は18.3日であるのに対して、平均取得日数は8.6%と依然と低い状況

である。日本人は、「自分だけが休みにくい」などと考え、休むことを考えて働いてはいな

いということがわかる。このような考え方が主流となっている限りは、取得率が伸びると

いうことはないと考えられる。

また、長時間労働がもたらす弊害は、過労死だけではない。 近では、うつ病などのメ

ンタルヘルス不調の問題を抱えた労働者が増加している。2013年度の精神障害による労災

補償状況によると、請求件数は年々増加しており、初めて1400件台に到達した。年齢別に

みると、30~39歳が161件と も多く、40~49歳が106件、20~29歳が75件となっており、

この世代で、全体の約80%を占めている。過労死に比べ、年齢が若い人が多い。子育て世代

も多いと考えられる。就労形態別にみると、436件中375件が正規職員・従業員となってお

り、正規労働者のほうが、精神的なストレスを抱えやすいということがわかる。長時間労

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働により、多くの人が心身の健康を損ね、働けない状況になってしまっていることがわか

った。

また、心身の健康を損ねる原因の一つは、睡眠時間の問題である。図1-9から、日本人

の睡眠時間が減少していることがわかる。特に、40代男性では、平均睡眠時間が6時間43

分と全世代の平均に比べ、30分以上短いことがわかった。長時間労働を強いられることで、

仕事以外の時間は少なくなり、人間の生理現象として重要な睡眠時間が奪われるといこと

である。睡眠時間が削られた場合、疲労を十分に回復することができず、体力が落ちてい

く。体力が落ちると、免疫力が低下し、体調も崩しやすくなる。また、遅い時間の食事に

より、身体的にも悪い。この状態が続くと、生活習慣病などに罹患する危険が増加する。

このように、長時間労働により、体の健康も心の健康も損なわれるリスクが高まる。

図1-9 日本人職種別 睡眠時間推移

(出所:NHK 放送文化研究所(2011)『2010年国民生活時間調査報告書』)

政府は対策として、2014年6月に、「過労死等防止対策推進法」が成立させ、「過労死等がな

く、仕事と生活を調和させ、健康で充実して働き続けることのできる社会の実現する」と

発表をした。しかし、根本的な解決にはなっておらず、「企業の働かせ方」を見直す必要が

あると感じる。

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2章 ワーク・ライフ・バランスに対する政府と企業の取り組み

1では、日本の労働環境の現状から、労働時間が生活に影響を及ぼすことがわかった。

2.では、厳しい環境で働く労働者へのワーク・ライフ・バランスに対する政府や企業が

行っている取り組みや支援について述べる。2-1では、政府が発表した政策を説明する。

次に2-2では、実際に取り組みをする企業の対応を説明する。

2-1 政府の取り組み

2007年12月18日、政労使の代表などからなる「官民トップ会議」において、「仕事と生

活の調和(ワークライフ・バランス)憲章」と「仕事と生活の調和推進のための行動指針」

が策定された。2-1では、ワーク・ライフ・バランスとは何か、また、どういった支援が

なされているか紹介する。

まず、今回のテーマである、ワーク・ライフ・バランスの定義について確認する。ワ

ーク・ライフ・バランスとは、仕事と生活の調和と言われており、「国民一人ひとりがや

りがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活な

どにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・

実現できる状態」 のことである。具体的には、3つの目標が示されている。

第一に、就労による経済的自立が可能な社会の実現が挙げられている。経済的自立を

必要とする者、とりわけ、若者がいきいきと働くことができること。また、経済的に自

立可能な働き方ができ、結婚や子育てに関する希望の実現などに向けて、暮らしの経済

的基盤が確保できることである。そのための支援として、義務教育からキャリア教育・

職業教育などを体系的に実施していき、将来について考え、行動することも盛り込まれ

ている。さらに、政府は、「トランポリン型社会」の構築を推進しており、2011年10月か

ら、雇用保険を受給できない求職者に対して、職業訓練を施すことにより再就職を促す

求職者支援制度を開始させた。

第二に、健康で豊かな生活のための時間が確保できる社会の実現が、挙げられている。

働く人々の健康が保持され、家族・友人などとの充実した時間、自己啓発や地域活動へ

の参加のための時間などを持てる豊かな生活を目指すのである。その支援として、政府

は、改正労働基準法(平成22年施行)に基づき、「労働時間等見直しガイドライン(労働

時間等設定改善指針)」を改正した。これにより、長時間労働の抑制、年次有給休暇の取

得促進など、労働環境の整備を図っている。

後に、多様な働き方・生き方が選択できる社会の実現が挙げられている。性別や年

齢などにかかわらず、誰もが自らの意欲と能力を持って様々な働き方や生き方に挑戦で

きる機会が提供されることが大切である。さらに、子育てや親の介護が必要な時期など

個人の置かれた状況に応じて多様で柔軟な働き方が選択でき、公正な処遇が確保しよう

としている。そのための支援として、政府は積極的に、育児・介護休業、短時間勤務、

短時間正社員制度、テレワークといった多様な働き方を推進している。また、パート労

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働者の労働条件の改善や、高齢者の再就職支援・促進なども行っている。さらには、「パ

パ・ママ育休プラス」などの制度を整え、男性の育児休業の取得促進などをすることで、

男性が子育てに関わるきっかけを提供している。

政府がワーク・ライフ・バランスを推進するには、大きく2つの目的がある。1つ目は、

雇用の安定である。人口減少が進み、労働力が必要になるため、正規では働くことので

きない人を活かそうとしている。2つ目は、生産性の向上である。人口減少により、労働

力が不足する中で長時間労働を強いるのではなく、多様性を持ち生産性を向上すること

が求められている・

政府が行うワーク・ライフ・バランス推進施策には、「仕事と子育ての両立支援施策」

と「すべての労働者を対象とする働き方の見直し」がふくまれている。また、次世代育

成支援推進策には、「仕事と子育ての両立支援施策」「すべての労働者を対象とする働き

方の見直し」および「保育サービス等子育て支援のための社会的基盤の整備」がふくま

れている。つまり、ワーク・ライフ・バランス推進策と次世代育成推進策には共通する

ところがある。労働時間の見直し、短時間化などの支援は、ワーク・ライフ・バランス

と次世代育成支援推進策でカバーされる。しかし、「保育サービス等子育ての両立支援の

ための社会的基盤の整備」は、ワーク・ライフ・バランス推進施策ではなく、次世代育

成支援推進策で解決するようになっている。

では、実際に国が行っている、ワーク・ライフ・バランスに重要な育児・介護休業法

による制度の 活用状況をみる。2005年4月の改正で、期間の定めのあるパートや派遣社

員にも休業が取れるようになったが、1年後の状況を見ると、大手企業では、就業規則に

定めるのが90%を超えたものの、正社員と非正規社員の間には大きな差がある。しかも、

全体に占める非正規社員の比率が7割ほども占めていることからすれば、やはり、パート

や派遣など非正社員には、取りにくい制度になっている。

雇用保険からの育児給付の実態からもわかる。働く女性の半数以上が非正社員なのに

関わらず、非正社員の給付実績は全体のわずか2%に過ぎない。つまり、育児・介護休業

制度は、正社員ほど有利で、非正社員には利用しづらいことがわかる。賃金や福利厚生

だけでなく、社会保障制度が一層の格差をもたらしてしまう結果となっているのである。

2009年6月24日、育児・介護休業法が改正され、3歳未満の子をもつ親の短時間勤務や

残業免除の義務化と父親の育児休暇取得の促進などが加わった。しかし、中小企業では、

代替要員の確保が難しいことから、一日7時間の短時間勤務を選択しても、結局は仕事量

をこなすべく、残業する羽目になり報われないことに加え、管理職の理解も得られにく

いのである。大企業でも、一日6時間の勤務を選択して短時間に効率よく仕事をこなして

も、査定や業績評価で報酬が減少する場合さえ出てきている。父親の育児休業取得も大

企業では見られても、中小企業ではほとんどなく、2009年8月に厚生労働省が発表した「雇

用機会均等基本調査」では、女性の取得は広がっているものの、男性の場合、前年度よ

りも低い1.23%にとどまっている。加えて、男性の場合、取得期間が短く復帰後の不安も

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見られるという。短時間制度の導入企業の割合は上昇して38.9%、小学校就学以降も短

時間勤務できる事業所は15.0%と伸びてはいるが、全体からすれば、伸び悩みであり、

企業規模間の格差が問題となってきている。企業間格差の問題が生じていることや、ど

んな企業で働くかという、働く側にとっての格差を縮小すること、解決するための新し

い政策が展開するに至らないまま、従来の法律の部分的改正だけが進む、という現状が

ある。

次に、ワーク・ライフ・バランスのもう一つの柱である「次世代法」の実情について

みてみる。2005年4月の法施行後、まず大手企業で計画作りが始まるが、その主要なもの

は、短時間勤務の促進、託児所の設置などである。その後、大手企業を中心に育児休業

取得率の向上や子育てしやすい環境作りなどが進められている。2008年12月には、短時

間正社員の導入を厚生労働省が支援するため、民間企業に委託して「短時間正社員制度

導入支援ナビ」サイトを立ち上げ、企業にその方法を示すこと、実践している企業情報

を提供している。

ワーク・ライフ・バランス政策は、主として、企業における支援策と考えられる。ワ

ーク・ライフ・バランス憲章には、労使や国民のほか、国や自治体の役割が明記されて

いるが、行動指針に示される国や自治体の数値目標は少ない。各企業や地域で達成され

るよう、企業に働きかけたや情報を提供する、あるいは、多様な働き方ができるよう、

地方の実情に即した住民の理解や合意促進形成の促進など啓発活動が多い。

2-2 企業の取り組み

2-2では、実際に企業が行っているワーク・ライフ・バランスの実現に向けた取り組み

について紹介する。取り組みは大きく3つの支援に分けることができる。1つ目は仕事の

管理や時間管理など働き方を変える支援、2つ目は両立支援の制度を導入するだけでなく、

使える環境にする支援、3つ目は多様なライフスタイルを受容できるようにする職場の意

識改革のための支援である。企業の中には、今の長時間労働など仕事だけの生活を見直

し、家庭や個人の時間も大切にする働き方を促進している企業もある。

日本経済新聞社は、2014年から「人を活かす会社」調査を行っており、様々な角度か

ら人材を活かす企業とは何かを探っている。評価項目は大きく4つに分かれており、「雇

用・キャリア」、「ダイバーシティ経営」、「育児・介護」、「職場・コミュニケーション」

である。表2-1は、2015年の上位10社である。

表2-1 「人を活かす会社」ランキング 上位10社(2015年)

順位(前年) 社名 総合得点

1(1) SCSK 469.18

2(6) TOTO 441.45

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3(2) 富士フィルムホールディングス 440.52

4(14) セブン&アイ・ホールディングス 439.52

5(24) イオン 438.17

6(20) 東京海上日動火災保険 434.36

7(11) アサヒビール 433.68

8(4) サントリーホールディングス 430.45

9(8) ネスレ日本 429.61

10(7) ダイキン工業 429.13

(出所:日本経済新聞 2015年10月5日朝刊9ページ)

1位のSCSKは、2年連続の首位だった。情報サービス産業は、長時間労働が多い業

種というイメージを持たれることが多く、「夜遅くまで帰れない」、「休みが取れない」、

「長くは働けない」などと言われることもあった。その中で、改革を始めた理由、実際

の取り組みや成果から参考になる点を学んでいきたい。

同社では、以前は30歳までの間の女性社員の離職率が70%に達しており、育てた若手人

材が辞めてしまうという課題を抱えていた。そこで、残業時間の削減や有給休暇の取得

推進などの「働き方改革」に取り組んだ。一般的に、残業削減などの取り組みは、現場

に任せにする場合が多いが、現場の業務が優先されてなかなか取り組みが進まないと考

え、社長自らが指示を出し、各組織に目標を課して残業削減を行った。その際に、社員

が「会社が残業代を節約しようとしている」という印象を持ってしまっては、改革が進

まないため、残業時間削減目標及び有給休暇取得目標の達成度合いによって、ボーナス

を増額する報奨制度を設けた。効率的に働き、残業時間が減れば、それが報酬としても

評価される仕組みを取り入れたのである。

また、「働き方改革」とあわせて、育児などの時間的制約を持つ社員にとっても働きや

すい仕組みの整備も進められた。例えば、育児休業については法定を上回る期間の休業

が可能であり、かつ分割取得も可能にした。加えて、短時間勤務制度については短縮時

間を1時間単位から5分単位に変更した。さらに、在宅勤務制度は全社員が利用できるよ

うに拡充することで、その利用柔軟性を高めた。しかし、制度があっても活用されない

と意味がない。そこで、制度を利用しやすい雰囲気を作るために、冊子の配布、ポータ

ルサイトの開設、育児支援制度の説明会、子育て座談会等のイベントの開催など、社員

を巻き込みながらの制度の周知を行った。その結果、男性社員も含めた制度の利用実績

は増加し、仕事と育児の両立が図れる職場環境の実現につながった。

図2-1 時間外労働平均と年次有給休暇取得率

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(出所:SCSK http://www.scsk.jp/recruit/saiyo/worklife_balance.html)

「働きやすい、やりがいのある会社」の実現に向けた取り組みは、短期間で成果をあ

げた。図2-1は、平均時間外勤務時間と有給休暇取得日数を示している。2008年には、残

業時間が35時間を超えていたが、2013年には22時間までに減少した。有給休暇の取得も

進んでおり、有給休暇20日間の完全消化という目標も達成に近づいている。また、この

取組の効果は、長時間労働の是正だけではなく、就労意欲に関する社員意識の向上とい

う成果もあげている。2013年度の社員意識調査では、2012年度と比べて、「誇りを持って

働ける会社である」が10.0%の上昇、「今後も働き続けたい」が6.1%の上昇など、肯定

的な評価が増えた。また、日本経済新聞が発表する「働きやすい会社ランキング」にお

いて、2011年度は98位だったが、2012年度は23位に上昇し、2014年卒者の新卒採用エン

トリー数前年比8.8% の増加となった。ワーク・ライフ・バランスに向けた取り組みは社

員の意識を高めただけでなく、企業認知度や企業イメージや企業ブランドの向上にも影

響を与えた。

SCSKの取り組みの特徴は、現場に任せるのではなく、会社のトップが旗振り役に

なり、全社的に取り組んだことである。今後は、自社だけでなく、他業種の顧客などに

広く、「働き方改革」を浸透させていくことが課題である。ワーク・ライフ・バランスの

取り組みは女性中心のものが多いが、男性の働き方を改革することで、女性のライフス

タイルの選択の幅が広がると考える。男性が長時間労働で自宅に帰るため、女性は子育

てをしつつ働き続けなければいけない。そのためにパートタイマーしか選べない女性は

存在するので、現在の男性の働き方を変えることで、男性も女性もライフスタイルの選

択肢の幅が広がると考える。まずは、企業のライフワーク・バランス支援を進め、その

中で男性の働き方も変えていくことが、女性の活躍の場を広げることに繋がる。同時に、

ライフスタイルの選択肢を増やすことにも貢献できると考える。

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3章 ワーク・ライフ・バランスに関する各国の比較

1章では日本の労働環境の現状、2章では生活と仕事の調和に対しての政府や企業の取り

組みについてまとめた。3章では日本のワーク・ライフ・バランスのモデルとなる、3か国

を紹介し、日本の課題を明確にする参考にしたい。

3-1 英国:官民一体の取り組み

英国が、ワーク・ライフ・バランス政策に力を入れた要因は、1980年代に長時間労働や、

男女の賃金格差といった問題を抱えており、また、企業が、有能な人材確保をするために、

魅力的な就業環境を整備しなければならないとの問題意識があったからである。そして、

英国では、2000年にブレア政権が「ワークライフバランス・キャンペーン」を開始し、企

業の自主的な取り組みを推進し、柔軟な働き方を進めた。その結果、国、企業、労働団体

から一定の成果と課題が指摘されたが、2003年に予算の減少で打ち切られた。英国は、長

時間労働などの雇用環境が日本に近く、参考になる点が多いと感じる。以下、英国におけ

る取り組みの経緯と内容を紹介する。

英国の政策を振り返ると、1946年、労働党のアトリー内閣は、ベヴァリッジ報告書に基

づいて、国民が原則無料で医療を受けることが出来る国民保健サービス法と、国民が老齢

年金と失業保険を受け取ることが出来る国民保険法を制定したことから始まる。また、

1948年、政府が生活困窮者を扶助する国民扶助法と政府が青少年を保護する児童法を制定

した。これらの政策により、英国では「ゆりかごから墓場まで」と呼ばれる社会保障制度

が確立されていった。加えて、石炭、電力、ガス、鉄鋼、鉄道、運輸などの産業を国有化

し、基幹産業を保護した。その結果、国有化産業は、赤字になれば、国が税金で補てんす

るため、経営改善努力をしなくなり、国際競争力を失った。そして、第一次オイルショッ

クをきっかけに、英国では、経済成長率の低下により、税金収入が減少し、財政赤字は増

加した結果、社会保障負担の増加、国民の勤労意欲低下などの経済・社会的な問題が発生

した。1960〜1970年代の英国は、労使紛争の多さと経済成長不振のため、他のヨーロッパ

諸国から「ヨーロッパの病人」と呼ばれるようになった。

1979年、総選挙で保守党が勝利し、サッチャーが政権に就いた。サッチャー内閣は、国

有企業の民営化、福祉支出の削減、税制改革、規制緩和、労働組合の弱体化などの政策を

推し進めていった。これらの政策により、労使紛争は改善されたが、不況は改善されず、

失業者数は増加し、財政支出も減少しなかった。その後、1997年に保守党から政権を奪回

した労働党のブレア内閣は、市場原理主義でもなく社会主義でもない第三の道を標榜した。

その中で、ブレア政権は「個人が仕事と育児や介護の責任を両立できる労働慣行の確立」

を重視するという方針を打ち出し、2000年から「ワーク・ライフ・バランス向上キャンペ

ーン」を中心とした政策を推進した。

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表3-1 英国におけるワーク・ライフ・バランス関連施策

1997年 「個人が仕事と育児や介護の責任を両立できる労働慣行の確立」重視方針

1998年 労働時間規制制導入

雇用審判所の設置

1999年 Sure Start Program(就学前の子育て環境の整備)開始

就業家族タックスクレジット導入

育児休暇制度、介護休暇制度導入

2000年 パートタイム労働者の不利益取り扱いの防止に関する規則 制定

ワーク・ライフ・バランス向上キャンペーン開始(チャレンジ基金)

2002年 父親休暇の創設。出産休暇手当の引き上げ。追加的出産休暇の導入

2003年 フレキシブル・ワーキング法 施行

2004年 子育て支援10ヵ年計画 策定

2007年 仕事と家族法 施行

(出所:矢島洋子(2011)『英国における WLB』)

表3-1は英国におけるワーク・ライフ・バランスの取り組みの一覧である。英国のワーク・

ライフ・バランス施策の特徴的な取り組みは、主に3つある。1つ目は、2000年の「ワーク・

ライフ・バランス向上キャンペーン」を5年期限で開始し、チャレンジ基金を創設したこ

とである。この政策によって、雇用主がワーク・ライフ・バランスを実施する際に起こっ

た問題を解決するために金銭的な支援が行われるようになった。具体的には、貿易産業省

が選定した雇用制度専門のコンサルタントが、コンサルティングを行い、各企業に合った

方策を考え、企業の認識を高めることであった。加えて、事例から情報収集や成功要因を

分析し、それを他企業に伝えるという目的があった。このプログラムによって、448企業

が支援を受け、自主的にワーク・ライフ・バランス改善策を進めている。また、調査によ

ると「仕事と生活の調和は企業にとってもプラスになる」と企業の担当者の80%は回答し

ており、好循環をつくることが、人々の働き方を変えていると考えられる。2つ目は、2002

年雇用法で定められ、2003年に施行された「フレキシブル・ワーキング法」である。6歳

までの子を持つ親は、フレキシブルワークを要求でき、企業は従業員の要求を受ける義務

はないが、検討し回答する義務が法制化された。この制度によって、2003年の1年間で対

象者の4分の1にあたる約100万人が働き方の変更を要求し、そのうちの約90万人利用した。

また、利用者の約10%は男性であった。3つ目は、「仕事と家族法」である。2004年の子育

て支援10ヵ年計画により、保育関連の予算を3倍に増やし、保育サービスの大幅な拡大を

図ったが、課題も指摘されたことから、2007年に「仕事と家族法」が施行された。これに

より、有給の出産休暇期間が26週間から39週間に延長した。また、父親にも2週間の有給

父親休暇を設定し、子供の誕生から8週間以内での取得を義務付けた。

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図3-1は、2000年から2009年における、英国の一人当たり平均年間総実労働時間の推移

である。2001年の1715時間をピークに、労働時間は減少している。図から、2000年に「ワ

ーク・ライフ・バランス向上キャンペーン」、2003年に「フレキシブル・ワーキング法」

の制度導入により、2001年から2004年の間は年間実労働時間が減少していることがわかる。

表3-2 合計特殊出生率と女性の出生時の年齢

年 合計特殊出生率 女性の出生時年齢(中央値)

1966 2.48 25.6

1971 2.19 26.1

1976 1.74 26.7

1981 1.82 27.0

1986 1.78 27.4

1991 1.82 27.7

1996 1.73 28.2

2001 1.63 28.6

2006 1.86 29.3

1600

1620

1640

1660

1680

1700

1720

1740

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009

時間

図 3-1 一人当たり平均年間総実労働時間の推移

(OECD “average annual hours actually worked per worker” http://stas.oecd.org/)

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2008 1.94 29.4

(出所:英国国立統計局(2010))

また、表3-2は、英国の1960年代から2000年代の合計特殊出生率の推移と女性の出生時

の年齢である。1960年から1970年代後半まで下降し続け、その後、2002年あたりから緩

やかに上昇している。近年は、1.9前後で推移しており、先進諸国の中では、アメリカとフ

ランスに次いで、高い部類に属する。合計特殊出生率の上昇の背景には、2010年の英国国

立統計局の調査によれば、女性が子を持ちたいという希望を持っている割合が上昇してい

ることと関係があると思われる。子を持ちたいと思う女性の割合は、1996年の47%から

2003年に56%と大きく上昇していた。ワーク・ライフ・バランス政策は、少子化対策につ

いて考えていないとされてきたが7、近年の値から、女性の意識を変化させ、少子化対策に

貢献していると考えられる。

本来のワーク・ライフ・バランスは、誰もが働きやすい社会を実現することが目的であ

るが、日本では、少子化対策や男女共同参画といった目的で導入されていることが多い。

そのため、女性をターゲットにした育児休業支援や、子育てをしやすい環境を整備してい

る企業が多い。一方、英国では、「男女平等」の理念を重視し、女性だけではなく、男性も

働きやすい制度を整えた。「政府は、法律や企業の枠組み作りだけではなく、社会全体がワ

ーク・ライフ・バランスの改善が必要だと受け入れられるような PR 活動を行った。企業

と従業員にとっても『win-win』の関係を構築し、労働者が自ら環境を改善しようといっ

た意志を持たせた」と英国労働組合会議は述べた。英国は、長時間労働など日本に似た状

況であり、その中で改革を進めてきた。女性だけではなく、男性の働き方を変える制度と、

フレキシブルな働き方ができる2つの制度は、今後の日本の働き方の改善に参考になると

考える。

3-2 スウェーデン:充実した福祉政策

スウェーデンは、1974年に世界に先駆けて父親の育児休業取得を導入した国である。男

女平等の理念を社会の基軸にしており、ジェンダーギャップ指数では世界4位(2013年)にラ

ンクインしている。社会と企業における男女共同参画を実現するために、仕事に全面的な

比重を置く男性的な働き方から家庭との両立を想定した女性の働き方を標準とする社会へ

と移行を進めている。加えて、欧州の中で比べると、労働時間が長いにも関わらず、ワー

ク・ライフ・バランスの満足度が高く、子どもを持つ女性の就労率が高いことが特徴であ

る。そのため、スウェーデンから学ぶことが多いと考えられる。

先進福祉諸国においても、ワーク・ライフ・バランスが進んだ国として知られるスウェ

ーデンは、昔から男女両立支援ができていたわけではない。背景には、1950 年代の高度成

7 労働政策研究・研修機構『ワーク・ライフ・バランス比較法研究<中間報告書>(労働政策研究報告書

No.116)(2010 年)』

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長による労働力不足への懸念があったとされる。そこで、1959 年に「家庭と仕事」会議が

開催され、男女とも家庭と仕事を両立できる環境作りを重要課題と位置づけ、男女平等に

対する社会の論調が高まっていった。そして、1970 年代に社会保障システムを転換した。

転換の内容は、税制改革、労働環境の整備、公的保育の整備と拡充の 3 点である。税制改

革は、所得税の賦課方式を夫婦合算制から個人単位へ変更された。これにより、平均所得

税率は 43%(1970 年)から 30%未満(1971 年)に低下し、配偶者控除、扶養控除を用いない

制度のもとで、夫婦共働きが税制上有利になった。次に、労働環境の整備として、育児休

業制度、労働時間短縮制度、一時看護休業制度の導入がある。スウェーデンの育児休業制

度は、出産 10 日前から 8 歳の誕生日までに両親合わせて 大で、480 日取得することが

可能である。そのうち、390 日は所得の 80%が保障されている。その内訳は、パパクォー

ター・ママクォーター8はそれぞれ 60 日ずつ、両親が譲り合える日数はそれぞれ 135 日ず

つである。特徴は、連続してとる必要はなく、全日で取る必要もないことである。これに

より、親の事情にあわせて出勤時間を組み合わせて出勤することが可能になる。パパ・ク

ォーターは、父親にしか使用できない休暇であるため、父親が休暇を取りやすい土壌を作

っている。さらに、男性は女性に比べ、就業を中断しくいため、育児休業制度を使って、

フルタイムをパートタイムに切り替えながら、働きつつ子育てをすることが可能になる。

それ以外にも、12 歳未満の子ども 1 人当たり、通常は年間 60 日まで休暇が可能な一時

看護休業制度の利用が可能となっている。 後に、公的保育の整備である。スウェーデン

では、両親が働くために子どもを託児所に預ける権利がある。そのため、法律により、地

方自治体には子どもを預かる義務がある。スウェーデンの託児所は、全日利用可能なもの、

半日利用可能なものなどいくつもあり、サービスを組み合わせて仕事と子育ての調整をす

ることが可能である。そのため、スウェーデンの保育率は、2 歳児から 5 歳児で 90%と高

水準であるが、日本の 2012 年度認可保育サービス利用率は、34.2%とあまり利用されてい

ないことがわかる。スウェーデンのワーク・ライフ・バランス施策の基本軸は、子育て環

境の更なる改善を目指した両立支援である。働く親に対しての支援だけでなく、男女平等

の視点を持ち、ワーク・ライフ・バランスを考えるというものであり、2009 年上半期に

EU 議長国を務めた際、男女平等の視点を大切にした議論の場を設けるなど先駆的な取組

みを行った。9また、スウェーデンでは、「レミス(Remiss)」制度10が社会に定着しており、

公的機関と民間団体との連携協力関係が構築されている。その結果、ワーク・ライフ・バ

ランス政策に関する議論でも、国民の意見が反映され、男性の育児休業を促された。

スウェーデンでは、男性が育児をすることを促す社会が形成されているが、職種や就業

形態など男女の働き方には違いがある。実際、パートタイムで働いている割合は、男性に

比べ女性が高い。女性は子どもの人数が3人である場合や末子の年齢が1歳から2歳の場合

8 配偶者に譲ることのできない休業日数 9 2010 年 9 月 16 日、雇用省にて実施した、政策エキスパートでのヒアリング調査より 10 法律を策定する際に、関係諸機関や民間団体に法案を送付し意見を聴取して集約する

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は、半数近くがパートタイムとなるのに対して、パートタイムとなっている男性は子ども

の人数や末子の年齢にかかわらず、0から7%である11。

表3-3 日本とスウェーデンの就労状況と生活満足度

日本 スウェーデン

一人あたりの年間平均労働時間(2009年) 1714時間 1610時間

3歳未満の子供を持つ女性の就労率(2008

年) 29.8% 71.9%

生活への満足度(高いほど満足) 5.9 7.5

(出所:高橋恵美子(2011)『スウェーデンのワーク・ライフ・バランス』)

表3-3は、日本とスウェーデンの就労状況と生活満足度を示している。スウェーデンの租

税負担率12は、46.9%と日本の22.7%と比較すると非常に高いが、小学校から大学まで授業

料が無料、20歳まで医療費が無料、子育てもしやすい環境であるため、個人のワーク・ラ

イフ・バランスの実現度が高い。また、男女平等政策を推し進めているスウェーデンにお

いても、仕事時間、家事・育児時間、パートタイムの割合など男女間で大きく異なってい

る。しかし、日本の男性に比べ、スウェーデンの男性は子育てに積極的に参加しており、

男性が子どものために休みを取ること、家族のために時間を大切にすることはスウェーデ

ン社会では共通認識となっている。つまり、各個人が生活のステージに応じた働き方を選

択し、そうした中で個人の能力を発揮することで、企業の業績を維持しつつ、ワーク・ラ

イフ・バランスを実現できることを示しており、日本も参考にすることが多いのではない

だろうか。

4章 新しいワーク・ライフ・バランスの実現へ

4章では、第3次安倍改造内閣の目玉政策として掲げられた「1億総活躍社会」について説

明した後、日本の現状から日本の雇用が硬直化している問題を考える。また、「新しいワー

ク・ライフ・バランス」とは何かをまとめ、次に実現のためにどのようにしたらよいかに

ついて自分の意見を述べる。

4-1 1億総活躍社会の実現に向けて

2015年10月に第3次安倍晋三改造内閣が発足した。安倍首相は、「金融緩和」、「財政出動」、

「成長戦略」の三本の矢に変わり、「強い経済」、「子育て支援」、「社会保障」の新三本の矢

11 スウェーデン統計局 Time Use Survey 00/01 12 財務省 2013 年

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への移行を宣言した。少子高齢化に歯止めをかけ、50年後も人口1億人を維持し、家庭・職

場・地域で誰もが活躍できる社会を目指すのである。具体的には、経済面は、「希望を生み

出す強い経済」により、東京五輪が開催される2020年頃に GDP600兆円を達成させる。子育

ては、「夢をつむぐ子育て支援」により、希望出生率を1.8まで回復させる。社会保障は、

「安心につながる社会保障」により、団塊世代が70歳を超える2020年代に介護離職ゼロを

実現するというものだ。そして、この新三本の矢を取り持つ政策として、ワーク・ライフ・

バランスが位置づけられている。

安倍政権が政策を転換した理由は、現在、1億2708万人13の日本の人口が、50年後の2060

年には8674万人14になると推定されており、今まで正規雇用では就労できなかった労働者

を活用しようとしているからだと考える。その中でも、三本の矢において中心となってい

た女性活躍だけではなく、若者・高齢者・障害者などの就労促進をしていくだろう。しか

し、まだ具体的な政策が発表されておらず、政府の方針によって企業の対応は変化するで

あろう。

4-2 日本の現状と採用制度

1章の日本の現状でも説明をしたが、日本では生産年齢人口が減少しており、労働力を増

やすためには、正規雇用ではない人々を活かすことが考えられている。その中で、近年、

「労働市場の流動化」を求める声が高まっている。しかし、日本の労働市場の流動性は、

他国に比べ、低いと考えられている。 も大きな理由は、新卒一括採用制度15である。新

卒一括採用制度は、日本的雇用慣行の「三種の神器」16のうち「年功序列の賃金制」「終身

雇用制度」の一部をなしており、企業は、卒業と同時に学生を採用するため、教育投資を

してその企業に必要な能力を習得させていく。そのため、労働者は、その企業に必要な教

育を受けているため、転職した他の企業で再度教育を受けなおさなければならない。長年、

新卒一括採用制度が維持された結果、日本は、外部労働市場(中途採用市場)が未発達であ

り、日本の労働市場は内部労働市場(企業内におけるジョブローテーション、出向、転籍等)

によって支えられているため、雇用の流動性が低いのである。

しかし、日本が新卒一括採用制度を続けている理由は、大きく2つある。1つ目は、社員

の構成を重視していることである。毎年、4月に一斉に新入社員が入ることで均一な人材を

確保することができる。また、若い人材が入ることで組織全体がリフレッシュされるので

ある。2つ目は、企業で必要な能力の習得である。企業は、将来、中核を担っていく人材を

育てるためには、優秀な人材を中途採用で採用するのではなく、新卒で採用し社内で育成

13 2014 年 10 月 1 日現在。総務省「人口推計」 14 出生中位・死亡中位推計値。国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成 24 年 1 月

推計)」 15 企業が卒業予定の学生(新卒者)を対象に年度毎に一括して求人し、在学中に採用試験を行って内定

を出し、卒業後すぐに勤務させるという日本独特の雇用慣行。 16 ジェームズ・C・アベグレン『日本経営』(1985 年)

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していく方が効果的であると考えている。加えて、新卒は、職歴がないため、自社の風土

に馴染ませやすい。このように、長期雇用を前提とした日本企業は、新卒で採用し自社に

合うように育て、その中で中核を担う人材となった人物が、また新卒を育成するというサ

イクルが完成しているのである。

そのため、新卒で採用されず、既卒者になった場合の就職は困難である。新卒採用では

「若さ」が、中途採用では「経験」が重視される17からである。そのため、1億総活躍社会

を目指し、様々な人が活躍するためには、日本の雇用体系から見直す必要があると考える。

4-3 働くだけではない大切なもの

1章、4章でも述べたが、日本は、少子化の影響により、労働力人口と就業者数は毎年減

少している。また、正社員はよほどのことがない限り、解雇することはできないため正社

員は減少し、非正規社員が増加している。そのため、正社員一人ひとりの負担は増加し、

長時間労働が慢性化しており、30歳代の男性就業者の5人に1人は週60時間以上働いている。

長時間労働により、過労死だけでなく、うつ病などのメンタルヘルス不調の問題を抱えた

労働者が増加している。また、日本型雇用慣行により、新卒採用で入社できなかった人材

が余り、非正規社員の増加に繋がっている。

これらの課題を解決するために、第2次安倍政権は、労働時間に応じて賃金を支払う現

在の制度ではなく、成果に応じた賃金を支払う制度を検討している。また、企業もワーク・

ライフ・バランスの実現に向けた支援を行っている。例えば、伊藤忠商事では20時以降の

残業を禁止し、朝残業を推奨した結果、時間外労働時間は月間で延べ約3350時間減少し、

仕事以外のプライベートも充実させることができたという。また、リクルートホールディ

ングスでは、38歳定年制があり、退職金が38歳の時に 大になる。38歳を転換点として自

分の人生を考えさせるしシステムは今後の日本において参考にあるのではないか。

ワーク・ライフ・バランスの「ライフ」は政府が定義しているような「生活」だけでは

なく、「命」、「人生」という意味もあると考えている。現在、政府や企業が取り組んでいる

ワーク・ライフ・バランスは、男性中心の社会の中で、女性がいかに仕事と家庭を両立で

きるかに終始しているように感じる。社会は、ワーク・ライフ・バランスの実現に向けた

様々な制度を導入しているが、それらの制度では、長時間労働の改善や男性の育児休暇取

得率の上昇はできても、本当のワーク・ライフ・バランスの実現はできない。

では、どうすれば、新しいワーク・ライフ・バランスの実現が可能なのか。日本は、新

卒一括採用、終身雇用と雇用が固定化されおり、フレキシブルな働き方が難しい状況であ

る。また、男女分業制であり、男性と女性とが同じように働ける環境を整えていかなけれ

ばならない。

17 労働背政策研究・研修機構(2011)『中小企業における既卒者採用の実態』

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後に、新しいワーク・ライフ・バランスとは、政府・企業が現在行っている、女性の

社会進出中心の取り組みではなく、高齢者や障がい者など様々な人の「人生」に焦点を当

てた取り組みであると考える。日本は、英国とスウェーデンをモデルに政策を行っていく

べきである。ワーク・ライフ・バランスの満足度の高い北欧では、税率は高いが、社会保

障に手厚く、セーフティネットが高い位置にある。加えて、日本よりも労働時間は短いが、

労働生産性は高く、合計特殊出生率も高い。次に、英国では、ワーク・ライフ・バランス

の施策は、 終的には国ではなく企業の義務であるという考えのもと、企業を巻き込んだ

対策を行った。その結果、フレキシブルな働き方が浸透し、労働時間の削減に寄与した。

日本は労働力人口が減少していく中で、今より効率性を上げ、労働市場から外れてしまっ

た人々を活用していくべきである。新しいワーク・ライフ・バランスとは、今までのよう

に、女性の活躍を中心にした企業のアピールではなく、すべての人の「人生」に合った制

度にすべきである。また、新しいワーク・ライフ・バランスの実現するために、日本型雇

用慣行に基づく、採用体系・雇用体系などを変革し、企業を巻き込んだ取り組みにする必

要があるだろう。

おわりに

私は、卒業論文のテーマがなかなか決まらなかった。そんな中で、就職活動をし、やっ

とテーマを設定することができた。しかし、「働き方」、「ワーク・ライフ・バランス」に正

解はなく、自分の書きたいことをまとめることができず、執筆をするのに苦しんだ。しか

し、佐藤先生と議論を重ねるうちに、日本の問題点は何か考え、ワーク・ライフ・バラン

スについて自分なりの答えを出すことができた。また、卒業論文を深めていくにつれて、

自分の言いたいことをいかにシンプルに伝えるのが難しいか実感した。佐藤先生が「お前

は書き出すのが2ヶ月遅い。」とおっしゃるように、早くから準備していれば、もっと良い

ものを書くことができたと反省している。

後に、この卒業論文を執筆するにあたり、ご指導いただいた佐藤先生、本当にありが

とうございました。卒業論文の執筆を通して、きれいな日本語だけではなく、社会に出て

からどう行動していくかなど多くのことを学びました。ゼミ生が10人もおり、先生に沢山

のご迷惑をお掛けしたが、見捨てずにご指導して頂き、本当に感謝しています。ありがと

うございました。

参考文献

1. 佐藤博樹、武石恵美子(2011)『職場のワーク・ライフ・バランス』日本

経済新聞社

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2. 前田信彦(2003)『仕事と家庭生活の調和 日本・オランダ・アメリカの国

際比較』研究双書

3. 村上文(2014)『ワーク・ライフ・バランスのすすめ』法律文化社

4. 吉田大樹(2014)『パパの働き方が社会を変える!』労働調査会

5. 高橋美恵子(2011)「スウェーデンのワーク・ライフ・バランス-柔軟性

と自律性のある働き方の実践-」『RIETI Discussion Paper Series

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6. 武石 惠美子(2010)「ワーク・ライフ・バランス実現への課題:国際比較

調査からの示唆」『RIETI Policy Discussion Paper Series 10-P-004』

7. 矢島洋子(2011)「英国における WLB~国・企業の取組の現状と課題、日

本への示唆~」『RIETI Discussion Paper Series 11-J-039』

8. 脇坂明(2006)「英国におけるワーク・ライフ・バランス――両立支援策と企業パフォ

ーマンス――」『学習院大学 経済論集』第43巻、第3号

9. NHK 放送文化研究所(2011)『2010年国民生活時間調査報告書』

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13. 総務省統計局(2014)『人口推計』

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15. 内閣府(2014)『男女共同参画白書』

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