「虚構空間への固有名詞の挿入」による笑いのデザイン>Ì · 2019. 5. 23. ·...

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「虚構空間への固有名詞の挿入」による笑いのデザイン ─米中シットコム番組の考察 Designing laughter by ‘inserting proper nouns into fictional space’ Consideration of laughter in US-China Sitcom programmes 吉松 㻝㻕 池田美奈子 㻞㻕 Takashi Yoshimatsu 1) Minako Ikeda 2) 1)九州大学大学院芸術工学府 2)九州大学大学院芸術工学研究院 Abstract : This paper will compare and analyze the factors for generating ‘laughter’ by taking up representative sitcom programmes in the US and China. In particular, ‘inserting proper into fictional space’ would be noted. As a methodology, text analysis would be adopted from the scripts extracting where ‘laughter’ occurs. The attribute of the words has appeared would be classified into 12 terms, and the commonality and the difference would be indicated. As a cross-cutting example showing Meta-strucuture, one scene of movie work Oceans12 would be exemplified. Key Word :sitcom comedy , media, TV programme 米中の「シットコム・コメディ番組」という虚構空間に於いて、 人名や地名などに「実在する固有名詞」が挿入されるケースが見 られる。著名人本人が、その著名人の名前で登場するカメオ出演 のみならず、会話中に「実在人物」「ニュース性の高い話題」を 挿入させる表現技法である。例えば、マンガ「ドラえもん」内の 登場人物の話題に、「サザエさん」の話が登場する、といったも のだ。「サザエさん」も「ドラえもん」もどちらも虚構であり、 その「虚構空間」の中に、「現実」や「虚構」が取り入れられる 事象がある。 この技法は、米国 %LJ %DQJ 7KHRU\、中国「愛情公寓」ともに 使用されており、番組に俯瞰性を与え、笑いの生成に一定の効果 を生んでいると考えられる。 笑いの先行研究における つの理論を元に、シットコム番組 に於いて笑いが起きる仕組みを7つの大分類項目、 の小分類 項目を設定した。その分類に、米中両作品のスクリプトを当ては めた結果、事前に区分された項目「実在人物の会話の話題への挿 入」を中心に、主題を説明できる要因が見られる。「固有名詞の 挿入」は、直接笑いを取れる効果のあるものと、設定レベルに影 響を与えるものに分けられる。 以上の背景により、本研究は、①シットコム番組に於ける「実 在固有名詞」の持つ機能と効果についての考察と、②米中作品に 挿入される実在固有名詞の属性の共通性と差異の検討を目的と する。虚構である番組に「さらなる虚構」や「現実」が出現する ことで、メタ構造(俯瞰性)を与え、笑いのバリエーションが増 加するのではないか、米中の番組に、それぞれ社会背景が反映さ れるのではないかという仮説を検証する。 本番組内に出現する「固有名詞」の抽出での考察でも分析が可 能であると想定できる。 ①番組(虚構空間)内への「現実の取り込み」の効果 (1)「実在と虚構の混在」のパターンを分類する。(2)実在の 固有名詞の挿入が関係して笑いが起きている箇所を具体的に提 示し、日本語訳の付記を行う。(3)それらの箇所が、なぜ笑い に繋がっているかの考察を行う。 ②番組(虚構空間)内への「現実の取り込み」の米中比較、傾向 を考察(カウント) (1)%LJ %DQJ 7KHRU\(、、)と愛情公寓(、 )で、「実在する固有名詞」の出現回数と、種類をカウントする。 (2)実在する固有名詞が番組内に出現する固有名詞を書き起こ し、数をカウントする。固有名詞も、「実在せず、物語のために 虚構として作られた」と判断できるものは除外する。(3)分類 するため、起こした単語のカテゴリーを、①国名・地名、②建物 名・大学名、③企業・会社名、④レストラン名、⑤学者・芸術家、 ⑥歴史上の人物、⑦有名人・著名経営者、⑧生活使用・製品名、 ⑨作品名、⑩作品内の用語、⑪作品内のキャラクター、⑫その他 の 種類の区分を作成する。(4) 出現した単語をカテゴリー に分類する。(5)効果を具体的に検証するために、作品内で「社 会背景」(固有名詞)が題材になっている箇所に着目する。(6) 横断的な事例を示すために、米国映画作品2FHDQVから、「実在 する固有名詞」が顕著に使用されている例を提示する。 㻠㻚 㻝㻚 「実在と虚構の混在」のパターン分類 シットコム番組に於ける「実在と虚構の混在」パターンは主に3 つに分類が可能である。 D番組(虚構空間)内の会話に、実在する「ものの名称」が登 場する。(例)製品名、ニュース性、プロダクト・プレイスメン トE番組(虚構空間)内に、実在する人物が、実在する人物と して実際に登場する。(例)カメオ出演 F番組(虚構空間)内 の会話に、実在する「作品(虚構スペースを作り出しているもの)」 一般テレビ番組の構造 2 BULLETIN OF JSSD 2019 日本デザイン学会 デザイン学研究

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  • 「虚構空間への固有名詞の挿入」による笑いのデザイン─米中シットコム番組の考察

    Designing laughter by ‘inserting proper nouns into fictional space’ ─Consideration of laughter in US-China Sitcom programmes 吉松 孝 池田美奈子

    Takashi Yoshimatsu1) Minako Ikeda2) 1)九州大学大学院芸術工学府 2)九州大学大学院芸術工学研究院

    Abstract : This paper will compare and analyze the factors for generating ‘laughter’ by taking up representative sitcom programmes in the US and China. In particular, ‘inserting proper into fictional space’ would be noted. As a methodology, text analysis would be adopted from the scripts extracting where

    ‘laughter’ occurs. The attribute of the words has appeared would be classified into 12 terms, and the commonality and the difference would be indicated. As a cross-cutting example showing Meta-strucuture, one scene of movie work Oceans12 would be exemplified.

    Key Word :sitcom comedy , media, TV programme

    1.研究の背景

    米中の「シットコム・コメディ番組」という虚構空間に於いて、

    人名や地名などに「実在する固有名詞」が挿入されるケースが見

    られる。著名人本人が、その著名人の名前で登場するカメオ出演

    のみならず、会話中に「実在人物」「ニュース性の高い話題」を

    挿入させる表現技法である。例えば、マンガ「ドラえもん」内の

    登場人物の話題に、「サザエさん」の話が登場する、といったも

    のだ。「サザエさん」も「ドラえもん」もどちらも虚構であり、

    その「虚構空間」の中に、「現実」や「虚構」が取り入れられる

    事象がある。

    この技法は、米国 、中国「愛情公寓」ともに

    使用されており、番組に俯瞰性を与え、笑いの生成に一定の効果

    を生んでいると考えられる。

    笑いの先行研究における つの理論を元に、シットコム番組

    に於いて笑いが起きる仕組みを7つの大分類項目、 の小分類

    項目を設定した。その分類に、米中両作品のスクリプトを当ては

    めた結果、事前に区分された項目「実在人物の会話の話題への挿

    入」を中心に、主題を説明できる要因が見られる。「固有名詞の

    挿入」は、直接笑いを取れる効果のあるものと、設定レベルに影

    響を与えるものに分けられる。

    2.研究目的

    以上の背景により、本研究は、①シットコム番組に於ける「実

    在固有名詞」の持つ機能と効果についての考察と、②米中作品に

    挿入される実在固有名詞の属性の共通性と差異の検討を目的と

    する。虚構である番組に「さらなる虚構」や「現実」が出現する

    ことで、メタ構造(俯瞰性)を与え、笑いのバリエーションが増

    加するのではないか、米中の番組に、それぞれ社会背景が反映さ

    れるのではないかという仮説を検証する。

    3.研究方法

    本番組内に出現する「固有名詞」の抽出での考察でも分析が可

    能であると想定できる。

    ①番組(虚構空間)内への「現実の取り込み」の効果

    (1)「実在と虚構の混在」のパターンを分類する。(2)実在の

    固有名詞の挿入が関係して笑いが起きている箇所を具体的に提

    示し、日本語訳の付記を行う。(3)それらの箇所が、なぜ笑い

    に繋がっているかの考察を行う。

    ②番組(虚構空間)内への「現実の取り込み」の米中比較、傾向

    を考察(カウント)

    (1) ( 、 、 )と愛情公寓( 、

    )で、「実在する固有名詞」の出現回数と、種類をカウントする。

    (2)実在する固有名詞が番組内に出現する固有名詞を書き起こ

    し、数をカウントする。固有名詞も、「実在せず、物語のために

    虚構として作られた」と判断できるものは除外する。(3)分類

    するため、起こした単語のカテゴリーを、①国名・地名、②建物

    名・大学名、③企業・会社名、④レストラン名、⑤学者・芸術家、

    ⑥歴史上の人物、⑦有名人・著名経営者、⑧生活使用・製品名、

    ⑨作品名、⑩作品内の用語、⑪作品内のキャラクター、⑫その他

    の 種類の区分を作成する。(4) 出現した単語をカテゴリー

    に分類する。(5)効果を具体的に検証するために、作品内で「社

    会背景」(固有名詞)が題材になっている箇所に着目する。(6)

    横断的な事例を示すために、米国映画作品 から、「実在

    する固有名詞」が顕著に使用されている例を提示する。

    4.事例の分析

    「実在と虚構の混在」のパターン分類

    シットコム番組に於ける「実在と虚構の混在」パターンは主に3

    つに分類が可能である。

    番組(虚構空間)内の会話に、実在する「ものの名称」が登

    場する。(例)製品名、ニュース性、プロダクト・プレイスメン

    ト 番組(虚構空間)内に、実在する人物が、実在する人物と

    して実際に登場する。(例)カメオ出演 番組(虚構空間)内

    の会話に、実在する「作品(虚構スペースを作り出しているもの)」

    図 一般テレビ番組の構造

    2 BULLETIN OF JSSD 2019 日本デザイン学会 デザイン学研究

  • が出現する。(例)実在キャラクター

    事例の具体的考察

    挿入された一つの固有名詞は「ストーリーを構成するのに必須

    か否か?」、「他の代替的な一般名詞でも置き換え可能か?」とい

    う点にも着眼した。

    製品名(中国)

    愛情公寓 1−4 3: 〜

    ストレス発散のため、スーパーマーケットでインスタント麺を潰

    すことを習慣にしていることを美嘉に話した関谷。その詳細を告

    白するシーン。

    关谷(中):我不喜欢吃方便面。而且 我一捏就是一大箱。买

    回去太浪費了( )。

    关谷(日):私はインスタントラーメンを食べるのは好きでは

    ない。一回潰すのに、結構な量を使うので、買って帰るのは

    もったいない。

    美嘉(中):这个 你真是损人不利己啊

    美嘉(日):それは人を傷つけ、さらに自分の利益にもなって

    いないわ。

    关谷(中):哦 经过我的研究、不同牌子的方便面、捏砕的声

    音是不一様的。出前一丁捏砕的声音是咔啦啦啦( ) 統一方

    便面捏砕的声音是哗啦啦啦( ) 最厉害的一个、是康师傅的

    方便面捏砕的声音是唏哩哗啦的( )。

    关谷(日):私の研究によると、メーカーが違えば、潰した時

    の音も違うようだ。出前一丁は、カラララ 擬音 というし、

    統一のインスタントラーメンはホアラララ(擬音)というし、

    一番すごいのは康师傅の麺で、潰した時はシリホアラ(擬音)

    という。

    「妙なこだわり」

    「奇妙なこだわりを正当化する論理性」

    关谷の異常性の詳細な描述に笑いが4回起きている。 で分

    類したパターンのうち( )に該当する。笑いの直接原因とは考

    えにくいものの、具体的な商品名、社名が3つ出現している。こ

    のように、直接的な笑いの要因ではなく、固有名詞の挿入には、

    間接的におかしみを与える効果もある。

    視聴者に俯瞰的(メタ)構造を与え、「角度」「視野」を広げさ

    せる効果が期待できる。下表に、「一般番組の視聴構造」と「シ

    ットコム番組における視聴構造」の比較を示した(図1、図2)。

    図2に於いて、視聴者は「実在性」を含めた範囲で視聴すること

    が示され、「視野の広がり」を提示することができる。

    米中シットコム間での共通性と差異の考察

    当該範囲に於いて、実在する固有名詞を列挙し、カウントした結

    果、 内では、合計出現回数 回、単語 種類

    (分数合計 分 秒)、愛情公寓が合計出現回数 回、単語

    種類(分数合計 分 秒)となった。米国番組の方が中国

    番組に比べ、約 倍の頻度で固有名詞が出現している。下表

    に、出現した固有名詞を提示する(表1)。

    5.効果の検証と結論

    シットコム番組に於ける「実在と虚構の混在」は、ニュース性

    のある事象、製品名、プロダクト・プレイスメントのように、実

    在する「ものの名称」が登場するパターン、カメオ出演のように、

    実在する人物が、実在する人物として実際に登場するパターン、

    実在する虚構作品が番組内に登場するパターンに分類できる。効

    果として以下のようなものが挙げられる。

    具体性を提示できる。「 を使う」よりも「 を使う」

    という方が具体的であり、「レストランで食事をする」よりも「ケ

    ンタッキーでポップコーンチキンを食べる」と言った方が生活感

    を湧き出させることができる。時事性の提供も期待できる。ニュ

    ース性を材料に加えることで、社会風刺が笑いに繋がったり、題

    材が無限に広がることが期待できる。分かりにくい話題の方が、

    笑いに深みにでる効果もある。一見、分からない固有名詞が理解

    できた時の笑いは深まる。「関連性が低い 注 」方が、笑いの

    深みが増加する。メタ構造(俯瞰的視野)を与える。「実在する

    人物やニュース性のある事象」を挿入することにより、視聴者に

    「虚構」と「現実」の間の往来をさせる。視聴構造を変化させ、

    視聴者の「角度」「視野」を広げさせる効果が期待できる。

    米中両番組とも、国名・地名が多く使われている。これらが持

    つ潜在的な記号性を利用できる。国名のついた製品も、イメージ

    を素早く、具体的に喚起できる。生活使用のツールや製品名も、

    両国とも一定程度、使用されており、日常的に使用するような製

    品名が登場することで、視聴者は親近感を覚える。米国では、学

    者・芸術家の名前を、中国では、有名人・著名経営者、歴史上の

    人物が多用されている。米国視聴者サイドにも「学者や芸術家の

    名前」に対する認識は強いと想定される。また、米国では「作品

    名」、「作品内の用語」、「作品内のキャラクター」のカテゴリーが

    多用され、ヒット作の国内影響力と認知度が高く、シットコム内

    に挿入されても視聴者の間に違和感が生まれにくいことが想定

    される。一方、作品に対するネガティブな批評や皮肉も番組内で

    表現される。中国国内では、視聴者の外国への関心が高いことが

    想定される。また、レストラン名、生活使用のツールや製品名は、

    プロダクト・プレイスメントとして挿入されている。

    図 シットコム番組における視聴構造

    表 米中両番組で出現した固有名詞

    3日本デザイン学会 デザイン学研究 BULLETIN OF JSSD 2019

  • アクティブラーニングを促す手書き図解を用いた議論の教示ガイド

    渡辺 衆1) 田丸 恵理子 2)  大谷 千恵 3) 

    Watanabe, Shu 1) Tamaru, Eriko 2)  Ohtani, Chie3)

    1)富士ゼロックス株式会社 2)武蔵野大学 3) 玉川大学

    Abstract : Facilitation graphics are useful as a visualization tool to increase in-depth discussion (Watanabe et al., 2017, 2018). By using a revised tool for facilitation graphics developed by Fuji Xerox, third-year university students’ group discussions were observed and analyzed, focusing on the frequency and content of their statements and facilitation graphics. It was found that the revised facilitation graphics guide the students how to convey an in-depth discussion within a designated time step by step. In addition, sharing facts Key Word : Active learning, Facilitation graphics, In-depth discussion

    1. はじめに 2016 年度に手書き図解は、議論を深める視覚ツールとして、対話と合意、事実や意見抽出、構造関係の明示に有効であることを明らかにした。概念化、問題把握、関連重み付けの課題があるが※1、2017 年度に質的データ分析手法を導入し概念化を容易にする効果が確認できた。※2 今年度、教示(手書き図解を用いた議論方法)ガイドをわかりやすくタイムリーに伝達するツールによって概念化の質を向上させ、より効率的に議論ができることからアクティブラーニングを促すことを確認した。

    2. 調査目的と方法2.1. 目的 これまで学生が議論を通し批判的思考力や問題解決力を高める目的で、手書き図解を取り入れた議論型授業を実施した。学生は議論の記録とともに事実や現象の読み解きに手書き図解が活用できることから、この教示をより使いやすくしていくことを目指している。

    2.2. 教示の作成 2016 年度、企業人向け教育商材を基に、教示を作成し議論に用いた。2017 年度、質的データ分析手法を取り入れ、事実や概念の共有化や合意形成を促し、概念内容に深く踏み込んだ議論を支援できるようになった。2018 年度は教示ガイドの有効性を確認するために学生が議論中に都度確認する手書き図解ガイドの印刷版、それを動画にしたタブレット版、その後、習熟度に沿って説明を簡素化した改訂版を作成した。

    2.3. 調査対象者 調査対象は、私立大学教育学部の 3 年生 14 名とその指導教員である。授業は、春学期と秋学期に各 15 回 (1 授業は 100 分 ) ある。異文化理解や多文化共生をテーマに、それらのハードルとなる偏見や差別を多角的な視点から掘り下げていく方法として議論を取り入れている。また、参加型活動や議論を通して学びを共有し、自分自身の立ち位置を再認識しながら学んでおり、研究訪問やゲスト・スピーカーによる授業など教室を越えた学びも組み込んでいる。

    2.4. 調査方法 学生の議論の様子を、担当教員、エスノグラフィ分析家、図解デザイナーが観察およびビデオ分析した。学生は男女混合4名で1グループ構成して議論をした。 授業に向けて学生は、事前学習として授業課題の関連資料を読み込み A4 紙に関連図をまとめている。議論の前にグループ内で、事前学習の結果を一人1分で説明して共有する。その後、教示にしたがってグループ議論をし、その成果を 2 分間のプレゼンで発表する。この授業は学生同士の意見交換による視野の拡大や問題意識を得るものである。授業での教示伝達、進行管理方法を示す(表1)。

    2.5. 分析の視点と方法 教示の効果の確認は、(1) 参加者全員が議論に参加できるか、(2) 意見提示後の課題発見などの議論の活性化促進がされているか、(3) 指導教員の説明負担を減らせるかなどで判断する。そこで議論を以下の方法で観察することとした。・議論過程での概念化の進行を動画スナップショットで時系列で確認する。・概念構造化の質を、描かれた図解から確認する。・全体論旨はプレゼンでの図解活用を確認する。 これら学び合いの状況を知る代替指標として、協働(対話)量、実際に書いたり身体を動かす様子(アイ・コンタクトや指差しなどの手の動きほか)、授業後の学生による自由記述のコメントなどで確認する。

    3. 観察結果3.1. 教示の習熟 1 回目の授業では教示の理解不足で進まない状態も見受けられたが、2回目以降、実施項目が理解できている。5 回目で領域化、関連付け、名称付けを一括実施する行為(写真1)を観察することができ、議論手順に習熟した結果と解釈した。そこで教示を理解した学生に対して細かい活動項目をまとめて大くくりにする教示ガイドの「簡素化」は効率に繋がると考え、6回目に導入した。(図1) 教示の簡素化により効率化が進み、余った時間に構造化に関する議論のやり取りがあった。簡素化=熟練者用の大くく

    Instructional guide using facilitation graphics for in-depth discussion to promote active learning

    and concepts, appropriate labels describing relationships between the shared facts and concepts, and a large whiteboard as a learning environment are necessary for efficient in-depth discussion. By preparing a tablet-type device as an optional media, the students were able to control their discussion on their own and instructor could reduce giving directions. Thus, the instructor could focus on monitoring each group’s discussion contents and it increased the quality of discussion as in-depth discussion.

    4 BULLETIN OF JSSD 2019 日本デザイン学会 デザイン学研究

  • アクティブラーニングを促す手書き図解を用いた議論の教示ガイド

    渡辺 衆1) 田丸 恵理子 2)  大谷 千恵 3) 

    Watanabe, Shu 1) Tamaru, Eriko 2)  Ohtani, Chie3)

    1)富士ゼロックス株式会社 2)武蔵野大学 3) 玉川大学

    Abstract : Facilitation graphics are useful as a visualization tool to increase in-depth discussion (Watanabe et al., 2017, 2018). By using a revised tool for facilitation graphics developed by Fuji Xerox, third-year university students’ group discussions were observed and analyzed, focusing on the frequency and content of their statements and facilitation graphics. It was found that the revised facilitation graphics guide the students how to convey an in-depth discussion within a designated time step by step. In addition, sharing facts Key Word : Active learning, Facilitation graphics, In-depth discussion

    1. はじめに 2016 年度に手書き図解は、議論を深める視覚ツールとして、対話と合意、事実や意見抽出、構造関係の明示に有効であることを明らかにした。概念化、問題把握、関連重み付けの課題があるが※1、2017 年度に質的データ分析手法を導入し概念化を容易にする効果が確認できた。※2 今年度、教示(手書き図解を用いた議論方法)ガイドをわかりやすくタイムリーに伝達するツールによって概念化の質を向上させ、より効率的に議論ができることからアクティブラーニングを促すことを確認した。

    2. 調査目的と方法2.1. 目的 これまで学生が議論を通し批判的思考力や問題解決力を高める目的で、手書き図解を取り入れた議論型授業を実施した。学生は議論の記録とともに事実や現象の読み解きに手書き図解が活用できることから、この教示をより使いやすくしていくことを目指している。

    2.2. 教示の作成 2016 年度、企業人向け教育商材を基に、教示を作成し議論に用いた。2017 年度、質的データ分析手法を取り入れ、事実や概念の共有化や合意形成を促し、概念内容に深く踏み込んだ議論を支援できるようになった。2018 年度は教示ガイドの有効性を確認するために学生が議論中に都度確認する手書き図解ガイドの印刷版、それを動画にしたタブレット版、その後、習熟度に沿って説明を簡素化した改訂版を作成した。

    2.3. 調査対象者 調査対象は、私立大学教育学部の 3 年生 14 名とその指導教員である。授業は、春学期と秋学期に各 15 回 (1 授業は 100 分 ) ある。異文化理解や多文化共生をテーマに、それらのハードルとなる偏見や差別を多角的な視点から掘り下げていく方法として議論を取り入れている。また、参加型活動や議論を通して学びを共有し、自分自身の立ち位置を再認識しながら学んでおり、研究訪問やゲスト・スピーカーによる授業など教室を越えた学びも組み込んでいる。

    2.4. 調査方法 学生の議論の様子を、担当教員、エスノグラフィ分析家、図解デザイナーが観察およびビデオ分析した。学生は男女混合4名で1グループ構成して議論をした。 授業に向けて学生は、事前学習として授業課題の関連資料を読み込み A4 紙に関連図をまとめている。議論の前にグループ内で、事前学習の結果を一人1分で説明して共有する。その後、教示にしたがってグループ議論をし、その成果を 2 分間のプレゼンで発表する。この授業は学生同士の意見交換による視野の拡大や問題意識を得るものである。授業での教示伝達、進行管理方法を示す(表1)。

    2.5. 分析の視点と方法 教示の効果の確認は、(1) 参加者全員が議論に参加できるか、(2) 意見提示後の課題発見などの議論の活性化促進がされているか、(3) 指導教員の説明負担を減らせるかなどで判断する。そこで議論を以下の方法で観察することとした。・議論過程での概念化の進行を動画スナップショットで時系列で確認する。・概念構造化の質を、描かれた図解から確認する。・全体論旨はプレゼンでの図解活用を確認する。 これら学び合いの状況を知る代替指標として、協働(対話)量、実際に書いたり身体を動かす様子(アイ・コンタクトや指差しなどの手の動きほか)、授業後の学生による自由記述のコメントなどで確認する。

    3. 観察結果3.1. 教示の習熟 1 回目の授業では教示の理解不足で進まない状態も見受けられたが、2回目以降、実施項目が理解できている。5 回目で領域化、関連付け、名称付けを一括実施する行為(写真1)を観察することができ、議論手順に習熟した結果と解釈した。そこで教示を理解した学生に対して細かい活動項目をまとめて大くくりにする教示ガイドの「簡素化」は効率に繋がると考え、6回目に導入した。(図1) 教示の簡素化により効率化が進み、余った時間に構造化に関する議論のやり取りがあった。簡素化=熟練者用の大くく

    Instructional guide using facilitation graphics for in-depth discussion to promote active learning

    and concepts, appropriate labels describing relationships between the shared facts and concepts, and a large whiteboard as a learning environment are necessary for efficient in-depth discussion. By preparing a tablet-type device as an optional media, the students were able to control their discussion on their own and instructor could reduce giving directions. Thus, the instructor could focus on monitoring each group’s discussion contents and it increased the quality of discussion as in-depth discussion.

    りの提示で議論がうまく進んだことから習熟度別の教示ガイド、カスタマイズに価値があると言える。(図2)

    3.2. 時間管理、活動項目の確認が容易 タブレット版ガイドで時間管理および活動項目の把握がしやすくなった。5、6 回目で学生はタブレット版ガイドに従ってスムースに議論した。次過程を独自に開始する局面さえ観察できた。だだし手法への慣れも要因だと捉えている。一方、タブレット版ガイドはそれぞれの過程の時間を示す反面、全体の一覧のしやすさが必要である。 なお十分な事前学習、その振りかえりと共有が、意見の明確化を促し議論の成功に繋がっていることが観察できた。プレゼン発表含めタブレット版ガイドの管理対象とする。

    3.3. 自主管理、教員の関わり方が変化 教示があるにも関わらずグループによって進行管理や進捗状況が異なった。5、6回目でタブレット版ガイドの教示通りに進めるグループと教示と異なる手順で進めるグループがあった。主体的な学びがより深い知識や経験の習得になることから独自の進行管理はよしとした。 1~3回目、学生が印刷版ガイドを見ていないことが多く、事前教示スライドを投影したままの口頭による進行管理が必要だった。しかしタブレット版ガイドを用いた 4 回目は、教

    員の進行管理が減っても議論は進み、 5・6 回目では教員の介入なしでも議論が進められた。教員が内容指導に専念できることは、学生の議論内容の質向に繋がった。 4. 結論と今後の課題 2017 年度に明らかになった (1) 図解化が事実や概念の共有、(2) 構造化検討には物理的環境に影響されない(適切な広さの)ホワイトボードが必要、(3) ふさわしい名称付けと、事実と概念の関係性の明示が概念検討に踏み込んだ議論を支援すること、に加え (4) 進行管理にタブレット版ガイドを使うと授業者が内容検討に専念きる、(5) 教示ガイドは、習熟度に沿って印刷あるいはタブレット版を用いたり、または過程を簡素化するなどの使い分けが有効であることが明らかになった。 今後、議論時間や活動項目を調整できるようにして習熟度に対応できるツールの開発と有効性確認が課題である。

    参考文献[1] 渡辺、田丸、大谷:議論を深める視覚化ツールとしての 手書き図解 日本デザイン学会春季大会 2017[2] 同上:アクティブラーニングを促す議論スタイルの分析 日本デザイン学会春季大会 2018

     日付 授業課題(議論テーマ) 事前教示(スライド) ガイド 伝達メディア 教員による進行管理

    1 5/17 「多様な子供達の現実を疑似体験」 あり 印刷版とスライド あり

    2 5/24  「文化とは何か、文化の中の人間」 あり 印刷版 あり

    3 6/28  「偏見と差別」 あり 印刷版 あり

    4 11/1  「世界人権宣言」 なし タブレット版 あり

    5 11/8  「教育とエスニシティ」 なし タブレット版 なし

    6 1/11  「新しい学習指導要綱」  なし タブレット版(簡素) なし

    表 1.観察した教示、ガイド一覧

    図 1.手書き図解の過程と簡素化した過程

    図2.手書き図解ガイドの印刷版とタブレット版画面   (初期案と簡素案)

    写真 1.タブレット版ガイドを使った議論風景

    1読解や情報収集から各自考えのまとめ事実や意見を抽出

    事実や意見の共有(一覧化)

    独自の領域化と名称付け

    関係性の明示

    関係性から中身を吟味

    関係性から解釈や疑問を文章化

    論旨化

    箇条書き

    リハーサル

    発表

    事実や意見の共有(一覧化)、独自の領域化と名称付け

    関係性の明示、中身を吟味、解釈や疑問を文章化

    論旨化、箇条書き、リハーサル

    発表

    読解や情報収集から各自考えのまとめ事実や意見を抽出

    手書き図解の過程 簡素化した過程

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    5日本デザイン学会 デザイン学研究 BULLETIN OF JSSD 2019

  • サービスデザインのための世界観を用いた発想法の提案   

    木塚 あゆみ1) 佐藤 和彦2)  美馬 義亮3)  柳 英克3) 

    Ayumi Kizuka 1) Kazuhiko Sato 2)  Yoshiaki Mima 3)  Hidekatsu Yanagi 3) 

    1)大阪芸術大学 2)室蘭工業大学 3)公立はこだて未来大学

    Abstract : In order to design "co-creation" that is the feature of service design, complex thinking based on time, space and interaction is required. Therefore, it is difficult for students new to design to solve problems quickly. Therefore, we propose a method of thinking using imaginary world settings to facilitate "co-creation". Key Word : Service Design, Ideation Method, Imaginary World Settings

    1.背景:サービスデザインとアプリケーション開発 近年の情報工学系高等教育機関では、「使える」アプリケーションを開発する技術を身につけるために、人間中心設計やデザイン思考を取り入れた演習をおこなっている1)。顧客にとって本当に「使える」アプリケーションを開発するためには、単なるアプリケーション製品を設計対象とするのではなく、その製品を含むサービス全体を対象とすべきである。そこで注目すべきなのがサービスデザインである。サービスデザインは、サービスを顧客の体験の流れの全体として捉える。サービスにおける顧客との接点(タッチポイント)は顧客が製品について知り、選び、購入し、利用し、メリットを享受するところまでを含む。サービスデザインが注目されている理由は、国際競争の激化とともに、これまでの製品だけを対象とした設計・開発では事業の継続が困難になっているためである。 現在、サービスデザインの独自の方法論はまだ確立されておらず発展途上である2)。サービスデザインは人間中心設計やデザイン思考と同様に、顧客に共感しながら製品を使うストーリーを考え、体験をデザインしていく。人間中心設計と異なる点は、顧客に親切でない体験も「共創」のためには歓迎される点である。サービスデザインの特徴である「共創」とは、顧客とサービス提供者が共に価値を創造する働きのことである。参画したいサービスの世界観を成立させるために、顧客は使いにくいツールでも努力して練習したり、マナーなど必要な知識を事前に勉強したりもする。付加価値の高いお洒落なレストランでは、顧客はお洒落な服装できちんとした振る舞いを心がける3)。Instagram など、お洒落なアプリケーションを利用するときカッコいい写真を撮ろうとする。提供者の前で相応しい振る舞いをすることで、顧客はサービスの世界観に馴染もうとする。 このようにサービスデザインはとても複雑であり、デザインを専門としない学生に短時間で学んでもらうためには工夫が必要である。そこで提案するのが世界観を用いた発想法である。

    2.提案手法:世界観を用いた発想法2.1. 従来のサービスデザイン手法の問題点 従来のサービスデザインでは、現実の世界を観察することによって問題発見し、顧客に共感しながら体験をベースにサービスを設計していく。設計対象となるサービスは現実世界のものである。デザインによる問題解決の初心者が従来の手法を用いると、現実世界の小さな問題にこだわってしまい、問題の全体

    を捉えることができず本質的な問題解決にはならない。例えば、街に人が来ないから宣伝をしよう、街の良さが知られていないから道案内アプリを作ろう、といった小手先の解決である。2.2. 発想の枠組みとしての世界観 本研究で述べる世界観とは、世界に対する捉え方や考え方のことではない。「映画の世界観を楽しむテーマパーク」などと言う際の、作品の舞台となる世界を表した設定のことである。映画を作る際、世界観の設定資料集を作ることがある4)。そこには、作品を構成する登場人物、技術(建物、乗り物…)、風景、社会システム(通貨、思想…)、社会問題などがイラストや CGで表現される。さらに、登場人物はその世界で何を考えているのか、どんな価値観を大切にしているのか、他の登場人物とどう関わり、どんな役割を担っているのか、などが描かれる。 本研究ではサービスデザインの発想において、枠組みとして

    「世界観」を用いるのが効果的ではないかと考えた。サービスデザインで設計対象となるのは、ユーザーだけでも製品だけでもない。それらを時間・空間的に包括し、相互作用を含んだ全体である。「世界観」はこれら全体を含む枠組みになりうる。2.3. 世界観を用いた発想法 虚構世界を前提に置き、問題解決がその世界の中で行われると考えることにより、新たな解決策を得ようとする虚構的世界の世界観を利用した発想法である。虚構世界とは、たとえ現実には存在していなくても、一貫した技術体系の中で成立しうる社会生活のことを指す。 例えば 10 年後の未来について考える。人工知能があらゆるサービスに組み込まれ、人々の使うスマートフォンは小さくて目立たない自然な対話が可能なデバイスになっている。こんな世界に自分が降り立ったとしたら、どんな生活を送り、何を考えるのか。世界観の構成要素について想像する。こうすることで現実の小さな問題にとらわれない発想になる。2.4.関連手法 スペキュラティヴ・デザインとは、SF 映画の世界のような未来の可能性の世界を仮定し考察することで、将来起こりうる問題について考えたり対処したりするための問いを生み出す方法論である5)。本研究の発想法とは可能性の世界を想像するという点で共通しているが、この手法は問いを立てることが主な目的であり、世界観を想像することで発想を広げることを目的とする本手法とは異なる。 デザイン・フィクションとは「荒廃した世界を生き抜くため

    Proposal of an Ideation Method Using Imaginary World Settings for Service Design

    Using this method, students were able to give ideas by considering the interaction of various users' viewpoints and artifacts in time and space. Using the imaginary world setting, they were able to improve their plobrem solving techniques and go from simple idea generation to complex idea generation.

    6 BULLETIN OF JSSD 2019 日本デザイン学会 デザイン学研究

  • サービスデザインのための世界観を用いた発想法の提案   

    木塚 あゆみ1) 佐藤 和彦2)  美馬 義亮3)  柳 英克3) 

    Ayumi Kizuka 1) Kazuhiko Sato 2)  Yoshiaki Mima 3)  Hidekatsu Yanagi 3) 

    1)大阪芸術大学 2)室蘭工業大学 3)公立はこだて未来大学

    Abstract : In order to design "co-creation" that is the feature of service design, complex thinking based on time, space and interaction is required. Therefore, it is difficult for students new to design to solve problems quickly. Therefore, we propose a method of thinking using imaginary world settings to facilitate "co-creation". Key Word : Service Design, Ideation Method, Imaginary World Settings

    1.背景:サービスデザインとアプリケーション開発 近年の情報工学系高等教育機関では、「使える」アプリケーションを開発する技術を身につけるために、人間中心設計やデザイン思考を取り入れた演習をおこなっている1)。顧客にとって本当に「使える」アプリケーションを開発するためには、単なるアプリケーション製品を設計対象とするのではなく、その製品を含むサービス全体を対象とすべきである。そこで注目すべきなのがサービスデザインである。サービスデザインは、サービスを顧客の体験の流れの全体として捉える。サービスにおける顧客との接点(タッチポイント)は顧客が製品について知り、選び、購入し、利用し、メリットを享受するところまでを含む。サービスデザインが注目されている理由は、国際競争の激化とともに、これまでの製品だけを対象とした設計・開発では事業の継続が困難になっているためである。 現在、サービスデザインの独自の方法論はまだ確立されておらず発展途上である2)。サービスデザインは人間中心設計やデザイン思考と同様に、顧客に共感しながら製品を使うストーリーを考え、体験をデザインしていく。人間中心設計と異なる点は、顧客に親切でない体験も「共創」のためには歓迎される点である。サービスデザインの特徴である「共創」とは、顧客とサービス提供者が共に価値を創造する働きのことである。参画したいサービスの世界観を成立させるために、顧客は使いにくいツールでも努力して練習したり、マナーなど必要な知識を事前に勉強したりもする。付加価値の高いお洒落なレストランでは、顧客はお洒落な服装できちんとした振る舞いを心がける3)。Instagram など、お洒落なアプリケーションを利用するときカッコいい写真を撮ろうとする。提供者の前で相応しい振る舞いをすることで、顧客はサービスの世界観に馴染もうとする。 このようにサービスデザインはとても複雑であり、デザインを専門としない学生に短時間で学んでもらうためには工夫が必要である。そこで提案するのが世界観を用いた発想法である。

    2.提案手法:世界観を用いた発想法2.1. 従来のサービスデザイン手法の問題点 従来のサービスデザインでは、現実の世界を観察することによって問題発見し、顧客に共感しながら体験をベースにサービスを設計していく。設計対象となるサービスは現実世界のものである。デザインによる問題解決の初心者が従来の手法を用いると、現実世界の小さな問題にこだわってしまい、問題の全体

    を捉えることができず本質的な問題解決にはならない。例えば、街に人が来ないから宣伝をしよう、街の良さが知られていないから道案内アプリを作ろう、といった小手先の解決である。2.2. 発想の枠組みとしての世界観 本研究で述べる世界観とは、世界に対する捉え方や考え方のことではない。「映画の世界観を楽しむテーマパーク」などと言う際の、作品の舞台となる世界を表した設定のことである。映画を作る際、世界観の設定資料集を作ることがある4)。そこには、作品を構成する登場人物、技術(建物、乗り物…)、風景、社会システム(通貨、思想…)、社会問題などがイラストや CGで表現される。さらに、登場人物はその世界で何を考えているのか、どんな価値観を大切にしているのか、他の登場人物とどう関わり、どんな役割を担っているのか、などが描かれる。 本研究ではサービスデザインの発想において、枠組みとして

    「世界観」を用いるのが効果的ではないかと考えた。サービスデザインで設計対象となるのは、ユーザーだけでも製品だけでもない。それらを時間・空間的に包括し、相互作用を含んだ全体である。「世界観」はこれら全体を含む枠組みになりうる。2.3. 世界観を用いた発想法 虚構世界を前提に置き、問題解決がその世界の中で行われると考えることにより、新たな解決策を得ようとする虚構的世界の世界観を利用した発想法である。虚構世界とは、たとえ現実には存在していなくても、一貫した技術体系の中で成立しうる社会生活のことを指す。 例えば 10 年後の未来について考える。人工知能があらゆるサービスに組み込まれ、人々の使うスマートフォンは小さくて目立たない自然な対話が可能なデバイスになっている。こんな世界に自分が降り立ったとしたら、どんな生活を送り、何を考えるのか。世界観の構成要素について想像する。こうすることで現実の小さな問題にとらわれない発想になる。2.4.関連手法 スペキュラティヴ・デザインとは、SF 映画の世界のような未来の可能性の世界を仮定し考察することで、将来起こりうる問題について考えたり対処したりするための問いを生み出す方法論である5)。本研究の発想法とは可能性の世界を想像するという点で共通しているが、この手法は問いを立てることが主な目的であり、世界観を想像することで発想を広げることを目的とする本手法とは異なる。 デザイン・フィクションとは「荒廃した世界を生き抜くため

    Proposal of an Ideation Method Using Imaginary World Settings for Service Design

    Using this method, students were able to give ideas by considering the interaction of various users' viewpoints and artifacts in time and space. Using the imaginary world setting, they were able to improve their plobrem solving techniques and go from simple idea generation to complex idea generation.

    の車」など、可能性の世界を使った思索的なモノのデザインである。デザイン・フィクションの発想法のひとつである The Thing From The Future とは、環境のカード(「飛行」「ゾンビ」など)や物のカード(「乗り物」「ゲーム」など)を組み合わせて虚構世界の物を考える発想法である6)。発想の枠組みとして虚構世界を構成するキーワードを用いているが、世界観という大きな枠組みの中で発想する本研究の手法とは異なる。

    3.世界観を用いた発想法の実践 2017 年 9 月 7 〜 9 日に室蘭工業大学と千歳科学技術大学の情報工学系の学部 3 年生 24 名(4 〜 6 名ずつにチーム編成)を対象としたデザイン演習をおこなった。この演習では室蘭市にある中島商店街周辺エリアをフィールド調査し、「10 年後の未来の中島商店街のサービス」を提案してもらった。 演習ではフィールド調査の後 (1) ブレインストーミングを用いた一般的なアイデア出しをおこなった。次に (2) 世界観を用いた発想法を使って発想を拡散させ、(3) アイデアを収束させた。(1) 〜 (3) でアイデアがどう変化したのかを次に記す。3.1.世界観を用いた発想法の結果と考察 (1) ブレインストーミングを用いた一般的なアイデア出しでは、学生は現実世界の観察で発見した問題を直線的に解決する方法を用いていた。例えば、「路上駐車が多い」という問題点を挙げ、新しい駐車場を整備すべきだと言ったり、「バス停に待合所がない」から新しく作る案を提案したりした。これらは根本的な解決にはなっていない。優れたデザイナーであればこのような問題点だけではなく、本質的な問題にも着目するだろう:そもそも街に来るのに車が必要なのか、「待つ」ことがないように人や車の動きを設計することはできないかなど。しかし、デザインの初心者は小さな問題の改善に着目しがちである。 (2) 世界観を用いた発想法を使って発想を拡散させる段階では、「10 年後の未来の世界観」について考えてもらった。専門分野が情報工学系であるため、学生は技術が進歩した世界を考えた。自動運転、ドローン無人飛行、ホログラム、スマートフォンの進化版(音声認識、生体認証、決済機能の精度向上)などである。次に、そこに自分が住んでいるとしたら、どのように技術を活用しているか考えてもらった。これがサービス利用者の視点の理解につながった。さらに利用者同士のつながりや、サービス提供者による運用について考えてもらった。これが具体的なユーザーストーリーの検討につながった。さらに新しいサービスや街の活性化のためのアイデアも生まれた。 ここからは (3) アイデアを収束させる、つまりアイデアを決める段階である。この段階では (1) で注目した問題点を (2) の世界観と見比べながら、どんなアイデアだとうまくいくか考えてもらった。その結果、「路上駐車が多い/バス停に待合所がない」という現実の問題から、次のアイデアに着地した。 「あの人と行く商店街:ナビホロ」:自分の好きな有名人やキャラクターがホログラム(立体映像)となり、一緒にお喋りしな

    がら中島商店街をお散歩できるシステム。食事や買い物に付き合いアドバイスしてくれる。商店街では無人の自動運転車が巡回しており、一緒に乗車できる。会話しながら案内するため、事前情報なしでも商店街を楽しむことができる。 このアイデアで、自動運転車の常時巡回によって「路上駐車が多い/バス停に待合所がない」という現実の問題を解決できた。それだけでなく、世界観という枠組みで発想したメリットは 3 つあった。1 つ目はアイデアの外化が容易になりチーム内で発想が広がったこと。2 つ目は学生が「10 年後の未来の世界観」をポジティブに想像することで、サービス利用者の「楽しさ」の視点を考えられたこと。3 つ目はサービス導入までのプロセスを具体的に想像できたこと。まず社会実装の試験的導入から始めれば実現できそうだと考えた。 全体を通してアイデアの変化に着目すると、(1) で現実的な問題に着目した後、(2) で発想の範囲を拡散させ、(3) で現実世界の視点を踏まえた問題解決に着地させることができた。つまり世界観を用いた発想法によって、解の探索範囲を広げることができ、より良い解を見つけることにつながったと考えられる。探索範囲が狭いと、解は局所最適化されてしまう。

    4.まとめと今後の展望 本研究ではサービスデザインにおける新しい発想法、世界観を用いた発想法を提案した。この手法ではデザインの初心者でも、未来の世界観を想像することを通して、人や物、ストーリーなどサービスデザインに必要な要素を自然に想像させることができた。アニメやゲームに慣れ親しんでいれば、虚構の世界観の中で豊かな想像力を発揮できると考えられる。結果的に、この想像力を生かしてデザインの視点を小さな改善の視点から、より俯瞰した本質的な視点へ、思考を拡散させることができた。 また、我々はこれまで多くのデザイナーを観察してきた結果、優れたデザイナーは世界観発想法のように現実とは異なる世界観を発想の引き出しにしていると感じる。デザイナーの発想のメカニズムを理解し、新たな発想法に活かしたい。今後はさらに世界観を活用した問題解決について実験、検証していきたい。

    【参考文献】1)独立行政法人情報処理推進機構(IPA): IT 人材白書 2018,

    IPA IT 人材育成本部 , (2018).2)石田亨 : デザイン学概論 (PART3-7), 共立出版 , (2016).3)山内裕 :「闘争」としてのサービス , 中央経済社 , (2015).4)村上隆 , JNTHED: 6HP 世界観設定集 Vol. 1, Kaikai Kiki Co.,

    Ltd., (2017).5)アンソニー・ダン , フィオーナ・レイビー , 久保田晃弘 監

    修 , 千葉敏生 訳 : スペキュラティヴ・デザイン , ビー・エヌ・エヌ新社 , (2015).

    6)エレン・ラプトン , ヤナガワ智予 訳 , 須永剛司 解説 : デザインはストーリーテリング , ビー・エヌ・エヌ新社 , (2018).

    Concepts Stories

    ArtifactsUsers

    Concepts Stories

    ArtifactsUsers

    ④ These features are apparent when compared with each other.

    ③ Imagine① Field Survey

    ② Imagine

    Time/Space Time/Space

    7日本デザイン学会 デザイン学研究 BULLETIN OF JSSD 2019