戦後市庁舎建築の導入空間における活動と意匠表現からみた建 … · City...

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戦後市庁舎建築の導入空間における活動と意匠表現からみた建築の公共性 Publicness of Archtecture on Activity and Design of Introduction Space in Japanese Modern City Hall 奥山・柳澤研究室 16M50731 笹岡賢佑 (SASAOKA, Kensuke) keywords: 市庁舎建築、導入空間、活動、公共性 City Hall, Introduction Space, Activity, Publicness 1. 序 戦後日本において市庁舎建築は行政事務を執りおこなう施設 としてだけでなく市民生活の場となることで公共性を担ってい る。特に都市空間から行政窓口へと続く庁舎の導入部(以下、 導入空間)は多くの人々が出入りする市庁舎建築の公共性を表 出する空間であると考えられる。例えば丹下健三の香川県庁舎 では導入空間が地上階を占めることで機能空間と分離し、架構 の反復による整然としたファサードが庭園を囲むことで、民衆 に主体的な活動を委ねた象徴的な空間が表現されている。一方、 近年では細かく分節された表層をもち具体的な活動の想定され たいくつもの空間が導入空間を囲むことで、多様な活動が混在 した賑わいを創出する表現がみられることから、市庁舎建築に おける公共性が変容していると考えられる。そこで本研究では 市庁舎建築 註 1) の導入空間における活動と意匠表現を併せて検 討することで、建築家による公共性の創出手法の一端を明らか にすることを目的とする。 2. 市庁舎建築の導入空間における意匠表現 2-1. 導入空間における単位空間とその配列 導入空間は広場やピロティ、エントランスホールといった異 なる性格の空間が連続することで形成されている。そこでまず 図1のように、導入空間を内部と外部の切替えや平面形および 高さの切替えによって単位空間に分節して捉えた。 次に単位空間を建築部である内部空間と半外部空間、庁舎と 接続する外構部として整理した(図 2)。内部空間は垂直的な 空間の広がりから、吹き抜けをもつ複層と単層で、半外部空間 は中庭 / 大屋根広場、テラス、ピロティで、外構部は広場、プ ロムナード、駐車場で捉えた。 また建築部において最大面積となる単位空間を中心空間と し、導入空間の形式を捉えるために中心空間の配置と、都市か ら行政窓口に至る経路のパタンを整理した(図 3)。中心空間 の配置については都市との連続性の観点から、中心空間が建築 部の「第1空間」に位置づくものと「第2空間以降」に位置づ くものに大別した。経路のパタンについては、単位空間が直列 につながる「直鎖」、単位空間が枝分かれし接続する「分岐」、 枝分かれした単位空間が連結し回遊性の高い「円環」に分類し た。これらの組合せから導いたⅠ〜Ⅵの導入空間の形式につい て中心空間の内訳をみると複層もしくは中庭 / 大屋根広場が大 半であった。また第1空間が中心空間で直鎖経路の【Ⅰ】、分 分節の有無 なし 壁面パタン 均一 一様な壁面意匠 No.14 香川県庁舎 / 丹下健三 2 章 . 導入空間における意匠表現 3 章 . 導入空間における活動性 図 1 分析例 複層 単層 広場 S プロムナード Pr 駐車場 Pa 内部空間 半外部空間 外構部 建築部 中庭 / 大屋根広場 図 2 単位空間の性格 中心空間の壁面意匠 導入空間の形式 経路:「円環」 中心空間の配置 「第2空間以降」 付加用途の有無:なし 言説内容:〔日常一般〕・ イベント〕 活動を示す図面表現:なし 中心空間 ピロティ テラス 大量の陳情団や見学の団体が訪れたときは、 ここが日陰の雨のかからない手頃な団体広場 となる。夏は風通しのよい凉み場として、人々 は何となくここに集ってきて休んでいる。こ こで集会が催される時は、中央階段の踊り場 が演台として使われるだろう。広場は通常憩 いの場であるが、集会やダンス、音楽会や展 示会などの色々の使い方が考えられるだろう。 ①ピロティ ②庭園 ③県民室 単位① 単位② 単位③ 中心空間 中心空間

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Page 1: 戦後市庁舎建築の導入空間における活動と意匠表現からみた建 … · City Hall, Introduction Space, Activity, Publicness 1.序 戦後日本において市庁舎建築は行政事務を執りおこなう施設

戦後市庁舎建築の導入空間における活動と意匠表現からみた建築の公共性

Publicness of Archtecture on Activity and Design ofIntroduction Space in Japanese Modern City Hall

奥山・柳澤研究室 16M50731 笹岡賢佑 (SASAOKA, Kensuke)

keywords: 市庁舎建築、導入空間、活動、公共性City Hall, Introduction Space, Activity, Publicness

1. 序 戦後日本において市庁舎建築は行政事務を執りおこなう施設

としてだけでなく市民生活の場となることで公共性を担ってい

る。特に都市空間から行政窓口へと続く庁舎の導入部(以下、

導入空間)は多くの人々が出入りする市庁舎建築の公共性を表

出する空間であると考えられる。例えば丹下健三の香川県庁舎

では導入空間が地上階を占めることで機能空間と分離し、架構

の反復による整然としたファサードが庭園を囲むことで、民衆

に主体的な活動を委ねた象徴的な空間が表現されている。一方、

近年では細かく分節された表層をもち具体的な活動の想定され

たいくつもの空間が導入空間を囲むことで、多様な活動が混在

した賑わいを創出する表現がみられることから、市庁舎建築に

おける公共性が変容していると考えられる。そこで本研究では

市庁舎建築註 1) の導入空間における活動と意匠表現を併せて検

討することで、建築家による公共性の創出手法の一端を明らか

にすることを目的とする。

2. 市庁舎建築の導入空間における意匠表現2-1. 導入空間における単位空間とその配列

 導入空間は広場やピロティ、エントランスホールといった異

なる性格の空間が連続することで形成されている。そこでまず

図1のように、導入空間を内部と外部の切替えや平面形および

高さの切替えによって単位空間に分節して捉えた。

 次に単位空間を建築部である内部空間と半外部空間、庁舎と

接続する外構部として整理した(図 2)。内部空間は垂直的な

空間の広がりから、吹き抜けをもつ複層と単層で、半外部空間

は中庭 / 大屋根広場、テラス、ピロティで、外構部は広場、プ

ロムナード、駐車場で捉えた。

 また建築部において最大面積となる単位空間を中心空間と

し、導入空間の形式を捉えるために中心空間の配置と、都市か

ら行政窓口に至る経路のパタンを整理した(図 3)。中心空間

の配置については都市との連続性の観点から、中心空間が建築

部の「第1空間」に位置づくものと「第2空間以降」に位置づ

くものに大別した。経路のパタンについては、単位空間が直列

につながる「直鎖」、単位空間が枝分かれし接続する「分岐」、

枝分かれした単位空間が連結し回遊性の高い「円環」に分類し

た。これらの組合せから導いたⅠ〜Ⅵの導入空間の形式につい

て中心空間の内訳をみると複層もしくは中庭 / 大屋根広場が大

半であった。また第1空間が中心空間で直鎖経路の【Ⅰ】、分

分節の有無なし

壁面パタン均一

→ 一様な壁面意匠

No.14 香川県庁舎 / 丹下健三 2 章 . 導入空間における意匠表現

3 章 . 導入空間における活動性

図 1分析例

複層 単層広場S

プロムナードPr

駐車場Pa

内部空間

半外部空間

外構部建築部

中庭 / 大屋根広場

図 2単位空間の性格

中心空間の壁面意匠導入空間の形式

経路:「円環」中心空間の配置

「第2空間以降」 付加用途の有無:なし

言説内容:〔日常一般〕・〔イベント〕活動を示す図面表現:なし

中心空間:

ピロティテラス

大量の陳情団や見学の団体が訪れたときは、ここが日陰の雨のかからない手頃な団体広場となる。夏は風通しのよい凉み場として、人々は何となくここに集ってきて休んでいる。ここで集会が催される時は、中央階段の踊り場が演台として使われるだろう。広場は通常憩いの場であるが、集会やダンス、音楽会や展示会などの色々の使い方が考えられるだろう。

①ピロティ

②庭園

③県民室

単位①

単位②

単位③

中心空間

中心空間

都市

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岐経路の【Ⅱ】において、多様な中心空間の性格がみられた。

2-2. 導入空間における壁面意匠

 壁面に表れる開口や装飾、構造体の配置といった壁面の意匠

は空間の視覚的な性格を担っている。そこで中心空間に面する

壁面の意匠表現を検討した。まず凹凸や素材感の切り替えによ

る壁面の分節の有無を整理した(図 4)。また分節された壁面

について、開口や架構の反復、カーテンウォールなどの均質な

ものを均一、開口や素材の切替えがランダムに配されたものを

不均一とした(図 5)。これらの壁面の分節と種類の組合わせ

を検討し、壁面に分節がなく均一のみによってつくられる一様

な壁面意匠と、壁面に分節のあるものや不均一をもつ多様な壁

面意匠とした(図 6)。

2-3. 導入空間における付加用途

 市庁舎建築は行政機関としての用途だけでなく、児童館やカ

フェといった市民の日常的な利用を促す用途を導入空間に設け

ることで市民サービスの多様化を図っている。ここでは行政機

能以外の用途(付加用途)を、図書館や公民館といった行政機

能から完全に独立し公共的な性格の独立用途と、カフェや展示

スペースといった行政機能に付随し市民サービスを強化する付

属用途として捉え、その有無を検討した(図 7)。

2-4. 導入空間における意匠表現

 導入空間の形式ごとに中心空間の壁面意匠の割合と付加用途

の比率を併せて示したものが図 8 である。まず壁面意匠の割

合に着目すると、一様な壁面意匠をもつものが全体の約7割を

占めていた。なかでも中心空間が第2空間以降で直鎖経路の

【Ⅳ】では大半の作品が一様な壁面意匠で、付加用途を持たな

いものであった。一方、中心空間が第1空間で円環経路の【Ⅲ】

では多様な壁面意匠をもつ作品が約 7 割を占め、他の形式と

は異なる傾向を示し、さらに付加用途をもつものが多くみられ

た。このことから行政窓口への経路を限定し整然とした中心空

間を都市から分離する場合、市民の活動を促す用途を持たない

行政機関としての象徴性を強めた権威的な表現がみられるのに

対し、中心空間と都市を連続させ市庁舎内部において回遊性を

高める場合、様々に切替る壁面と市民の活動を促す様々な用途

を計画することで都市的な賑わいの創出が表現されると考えら

れる。

 また付加用途の多くみられた形式を確認すると、中心空間が

第1空間で分岐経路の【Ⅱ】と円環経路の【Ⅲ】、中心空間が

第2空間以降で円環経路の【Ⅵ】に付加用途をもつ作品が集中

した。その内訳をみると【Ⅱ】、【Ⅲ】に独立用途が多くみられ

た。これは都市と連続する中心空間をもつ場合、独立した公共

的性格の用途をもつことで、市庁舎の利用目的を多様化させ都

市とのつながりを強調する表現であると考えられる。

3. 市庁舎建築の導入空間における活動性 本章では建築家の想定する導入空間における人々の活動を設

計論、図面、写真から検討する。まず設計論から導入空間にお

ける人々の活動についての記述を抽出し、その活動内容を催し

物や祭りといった一時的な活動について述べる〔イベント〕、

食事や自習といった特定の利用者を想定し詳細に述べる〔日常

具体〕、人々が集う、交流するといった漠然とした活動につい

分節あり

均一 不均一

均一のみ一様な壁面意匠

不均一多様な壁面意匠

分節なし

分節なし

中心空間の配置

第1空間

第2空間以降

分節あり

図 8導入空間における意匠表現

79

付属用途独立用途 4418

カフェ / 食堂 24 展示 24学習 2店舗 / 売店 7

ホールスポーツ施設 公民館 など

図書館 児童館

用途なし

図 7導入空間における付加用途の有無

図 5壁面の種類

図 4壁面分節の有無

図 3中心空間の配置と経路パタンにみる導入空間の形式

図 6壁面の分節と種類にみる意匠

5

13 12

11

1121

92

8

5 3

4

1 16

3 6

1

1

86

1 13

1

1

2121

6

16

17

915

117

1

33

95

120 10

35

89

89

41

31

6

4

壁面意匠

一様

多様

導入空間における経路のパタン

No.14 香川県庁舎

No.50 金沢区総合庁舎

No.48 稲沢市庁舎

No.126 小諸市庁舎

No.70 福井県庁舎

No.25 江津市庁舎 導入空間の形式第2空間以降が中心空間となる第1空間が中心空間となる

Ⅰ: 直鎖 32

直鎖 50

82

48

40 40分岐 円環

Ⅱ: 分岐 28 Ⅲ: 円環 22 Ⅴ: 分岐 12 Ⅵ: 円環 18 Ⅳ: 直鎖 18Ⅰ:32 Ⅱ:28 Ⅲ:22

Ⅴ:12 Ⅵ:18 Ⅳ:18

: 7:12

:11: 2

: 6:12

: 2:14

:10: 1

:12

: 3:19

: 7:11

行政機能に付属し市民サービスを強化する用途

行政機能から独立し公共機能としての性格をもつ用途

独立用途のみ:6独立用途+付帯用途:11付帯用途のみ:32用途なし:77

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図面・写真あり

日常一般日常具体記述あり

イベント

No.129 新発田市庁舎

13

117

日常一般

カッコ内の数字は活動を示す図面のあるもの

251021

カッコ内は活動を示す

図面・写真のあるもの

活動を記述する設計論あり

なし

図 9設計論における導入空間での活動内容

図 10活動を示す図面、写真の有無 図 12導入空間による意匠表現と活動の関係性

49(13)

4(0)

81

49

日常具体 , イベントあり 28 日常一般のみ 21

記述あり

81(0)記述なし

日常具体具体的性あり 具体的性なし

イベント

14(4)

図 11活動の内容と描写有無の関係

3(2)

7(1)

市街区すなわち市民との接合をはかり、人々の共有の場所として一般市民に供し、この藤塚山の台地を訪れる人々の休息にもなることを願った。(No.33 土浦市庁舎 )

24 時間開放される町道でもある自由通路と庁舎前の広場を大歓談で有機的に繋ぎ行き交う町民が気軽に集いふれ合える屋外空間を生み出した。(No.114 四万十町本庁舎 )

広場は子供の遊び場であり、青年会のエーサーの練習場にもなる。食堂の前はテーブルが持ち出されて、天気のいい日は光の下で食事をしている。(No.69 名護市庁舎 )

21(6)

不特定多数によっておこなわれる日常的な活動が記述された設計論

集う交流する

訪れる行き交う

食事する子供を遊ばせる

映画を見る自習をする

コンサート展示会

記念式典夏祭り

特定の利用者を想定し、その行為が詳細に記述された設計論

市庁舎で開催される催し物や祭事を空間の利用方法とともに記述された設計論

などなど など

図面・写真なし

81

49

記述なし

導入空間の形式第2空間以降を中心空間とする第1空間を中心空間とする

Ⅰ: 直鎖 32 Ⅱ: 分岐 28 Ⅲ: 円環 22 Ⅴ: 分岐 12 Ⅵ: 円環 18 Ⅳ: 直鎖 18

20

21

9

14

11(4)2

(1) 2 2 2

10

7

7(3)

4(1)66(1)

3(1)

4(2)

て述べる〔日常一般〕として捉えた(図 9)。また資料には導

入空間における人々の活動の様子を図面や写真によって示すも

のもみられた(図 10)。以上より、活動の内容の組合せを整理

し、〔日常具体〕と〔イベント〕に関して記述するものは、具

体的な活動を記述するものとしてまとめて捉えた(図 11)。な

お、図面や写真による活動の提示は設計論で活動についての記

述があるものにのみみられた。

4. 導入空間の意匠表現と活動からみた公共性4-1. 導入空間における意匠表現と活動の関係性

 前章までに捉えた導入空間の意匠表現と活動の関係性を検討

する(図 12)。その結果、円環経路の【Ⅲ】、【Ⅵ】では活動を

記述する設計論が半数以上あり、特に【Ⅲ】では活動内容を具

体的に示すものが、【Ⅵ】では日常の活動を漠然と示すものが

多くみられた。このことから回遊性のある導入空間を持つ場合、

建築家が人々の活動を想定していることが読み取れる。さらに、

これらのうち中心空間が都市と接続する【Ⅲ】ではより具体的

な活動や祭りなどを想定することで都市に開かれた公共空間と

しての市庁舎が表現されているのに対し、中心空間が都市と分

離し自立性の強いものでは市庁舎での活動を人々の主体性に委

ねることで公共の象徴としての市庁舎が表現されていると考え

られる。

4-2. 導入空間の意匠表現と活動における通時的傾向

 前節までに検討した導入空間における意匠表現と活動の通時

的傾向を検討した(図 13)。まず中心空間における壁面意匠の

推移をみると、50 年代では全ての作品が、60 年代では大半の

作品が一様な壁面意匠であった。これに対し 70 年代以降に多

様な壁面意匠をもつものが一定数みられるようになり、90 年

代以降では半数が多様な壁面意匠となった。このことから面の

分節や架構などのランダムな配列による壁面の切替えが 70 年

代以降の市庁舎建築で一般的な表現となったことがわかる。

 次に導入空間の形式の推移に着目すると、50 年代では中心

空間が第2空間以降で円環経路の【Ⅵ】と中心空間が第1空間

で鎖状経路の【Ⅰ】が多くみられた。これに対し 60 年代では

【Ⅵ】が減少し、第 2 空間以降に中心空間をもつ直鎖経路の【Ⅳ】

が増加することで、直鎖経路の作品が全体の過半数を占めた。

このことは 50 年代に公共空間の象徴として計画された市庁舎

が、60 年代になると建設費の増大に対する批判や人口増加に

伴う業務の増大に対する仕事の効率化を図る行政オフィスとし

ての側面に特化したものに変容したためであると考えられる。

次に 70、80 年代では依然として直鎖経路の【Ⅰ】、【Ⅵ】が全

体の約半数を占める一方で、80 年代では【Ⅰ】が減少し、第

1空間が中心空間で分岐経路の【Ⅱ】が増加していることがわ

かる。このことは 70 年代以降のライフスタイルの多様化をう

け行政機能とは異なる滞留空間の出現を表していると考えら

れる。90 年代には直鎖経路のものがほとんどみられなくなり、

多様な壁面意匠をもつ【Ⅱ】および第1空間が中心空間で円環

経路の【Ⅲ】が多くがみられ、付加用途を導入空間にもつもの

が増加した。これは 80 年代後半のハコモノ批判をうけて、市

民の活動を促す用途が付加された、多様な意匠表現をもつ導入

空間の増加を表していると考えられる。また 90 年代において

は第1空間が中心空間となるものが多くを占めることから、都

市との連続の中で開かれた公共空間としての市庁舎が位置付け

られるよう変化したことがわかる。2000 年以降では 90 年代

と同様に多様な壁面意匠をもつ【Ⅲ】が多くみられ、活動につ

いて述べるものの割合も増えている。このことから近年におい

てはワークッショプなどの市民協働を求める社会の状況に応じ

て都市に開かれた市庁舎が活動の想定された市民の居場所を創

出することで都市における公共的な建築の在り方を提示してい

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‘50s

19

25

24

27

19

16

‘60s

‘70s

‘80s

‘90s

‘00s〜

時代区分

28 21 81

4189

19 0

23 2

11 8

12 4

11 13

13 14

130資料

1955

2017〜

導入空間の意匠表現 導入空間の活動言説における活動内容

一様な壁面意匠 多様な壁面意匠

導入空間の形式中心空間が第2空間以降中心空間が第1空間

A: 香川県庁舎 / 丹下健三具体例

B: 江津市庁舎 / 吉阪隆正

C: 萩市庁舎 / 菊竹清訓

E: 高崎シティホール / 久米設計

F: アオーレ長岡 / 隈研吾

D: 吉備町役場 / 黒川紀章

日常一般のみ 記述なし日常具体

イベントあり

ⅠⅡⅢⅤⅥ Ⅳ

21216915 17

63225 1

8

1 1

4122 6

3111 5

1412 4

612 2

342 1 2 312 2 6

3 4 6

2 1 1

3 1 3 1

Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅴ Ⅵ Ⅳ

11 7 16 3 31カッコ内は活動を示す図面のあるもの

図 13市庁舎建築の導入空間の意匠表現と活動における通時的傾向

昭和の大合併1953 町村合併促進法1956 新市町村建設促進法

平成の大合併1999 市町村の合併の    特例等に関する法律

1998 まちづくり3法制定

2001 地方交付税法の見直し

2016 横浜市役所 建替え案決定2011 東日本大震災

戦後市庁舎の老朽化、震災復興に伴い市庁舎再建が本格化

1973 高度経済成長の終焉1972- 列島改造ブーム

1970s- ライフスタイルの多様化

1980s- ハコモノ行政への批判1989 バブル景気

1958 旧東京都庁舎の竣工

1991 新東京都庁舎の竣工

1959 香川県庁舎の竣工

1960 横浜市庁舎の竣工1960s 過大な庁舎建設費への批判

1963 館林市庁舎の竣工

1960s- 自家用車の普及、一般化

註 : 表のバーの高さは年代ごとの資料数に、内訳は各年代の資料数に比例する。数字は資料数を示す。

Ⅰ直鎖 :32 Ⅱ分岐 :28 Ⅲ円環 :22 Ⅴ分岐 :12 Ⅵ円環 :19 Ⅳ直鎖 :18

A B

BC

BC

C

D FE

F

D

D

独立用途のみ:6独立用途+付属用途:11付属用途のみ:32用途なし:79

3 5 9

0

2

1

1

3

18

10

4

12

202

10

621

3 1 3

8(5) 7(6) 5

15(1) 9

11

11(1)

0 0 2

清水

作品名

凡例

形式 壁面意匠

壁面意匠:一・一様 多・多様付加用途:独・独立用途のみ 付・付属用途

記述内容:イ・イベント 具・日常具体独付・独立用途+付属用途  / ・用途なし

一・日常一般  / ・記述なし

付加用途

記述内容

写真図面の有無

Ⅲ一 / // // // // /// // // /

Ⅵ一 / /

///

///

//

/

/

/Ⅰ一 一Ⅱ一付一Ⅰ一Ⅵ一Ⅵ一 一イⅥⅠ一付一 イ

Ⅲ一Ⅳ一 一

Ⅱ一Ⅰ一Ⅱ一Ⅰ一Ⅵ一 具Ⅴ一Ⅰ一Ⅴ一

Ⅰ一 / /Ⅱ一付 /Ⅴ一 /

//////

/Ⅱ一 一Ⅱ一 /Ⅰ一 イⅠ一 イⅠ一 /Ⅳ一 /

Ⅰ一 / /Ⅰ一付 /Ⅰ多 /

//独//付

一Ⅴ多 /Ⅰ多 /Ⅲ一 イ○Ⅴ一 /Ⅳ一 /Ⅲ多 /

Ⅴ一 / /Ⅱ一付具Ⅵ一 /

//付///

/Ⅰ多 /Ⅱ一 /Ⅲ多 具Ⅳ一 /Ⅱ一 /Ⅴ多 /

Ⅱ多独付

独付

独付 独付独付

/Ⅴ一付 /Ⅲ多 /

/

独付

/Ⅱ多 /Ⅲ多 イⅠ多 一Ⅱ一 /Ⅲ多 イⅡ一 /

Ⅲ多独付

独付独付

具イⅣ一

付付

付/

Ⅰ多付付/

Ⅱ一 イⅣ一 /Ⅲ多 一Ⅲ一Ⅲ多 イ

イⅥ多

Ⅵ一

独付

一Ⅰ一 /

付一

Ⅱ一独

/

/

/

/Ⅲ多 /Ⅰ一 /Ⅵ多 一イⅢ多 具イⅢ一 /Ⅲ多 一

Ⅰ多

独付

イⅠ一 /Ⅴ一

//

/付

一イⅤ多 イⅡ多 一Ⅲ多 具Ⅱ多 一Ⅱ一 具イⅥ一 一

Ⅲ多 / 一イⅡ一付

付付付

/Ⅵ一

/

一Ⅰ多 イⅢ多 具Ⅱ一 /Ⅱ多 /Ⅲ多 具Ⅱ多 /

Ⅰ多 / 一Ⅱ一付 /Ⅵ一 /

///

/Ⅱ一 /Ⅴ一 /Ⅳ一 /

Ⅳ一 / 一Ⅱ一付 /Ⅳ一 /

///付

/Ⅰ一 /Ⅳ一 /Ⅰ多 イⅥ一 /

Ⅳ一付 /Ⅳ一 / イⅢ多独付

独/////

/Ⅱ多 一Ⅰ一 /Ⅳ一 具Ⅲ一 /Ⅳ一 /Ⅰ多 /

Ⅵ一付 /

Ⅲ一 / // // // /

Ⅰ一Ⅳ一Ⅳ一Ⅵ一付一Ⅱ一 / /Ⅰ一 / /Ⅴ一付 /Ⅳ多 / /

Ⅳ一 / // // // /

Ⅳ一Ⅰ多Ⅳ一Ⅵ一付 /Ⅰ一 / /Ⅰ一 / /

下関伊丹松井田鷹岡掛川倉吉南淡

坂出

新潟瀬戸本庄東京香川旭川羽島大多喜岩国

今治

尾道

倉敷横浜世田谷呉江津葛飾唐津尼崎

大分板橋矢板館林土浦吹田枚岡上野更埴

善通寺大安箱根

神奈川新宿大津軽井沢

墨田東京保内富山出石御宿久留米八束吉備

三戸足立庵治掛川山香鹿児島国分浪合

北会津茨城宇目

高崎

野津原浦添嘉島

北橘野々市梼原福生山梨立川出雲長岡町田

甲府四万十住田豊島安曇野喜多方南小国国見太子

燕下野

岐南新発田北方

茅ヶ崎黒部小諸北本

北塩原倉敷宝塚武蔵野前橋名護福井直島苫小牧

葉山加須新潟高山大阪小国河内長野

中央区富士長泉稲沢佐倉金沢区田布施水戸市原

池田萩青山和木上越高石日野神岡大分市

北勢

○○○

○○

○○

独付 イⅥ 多町田 ○

【既往研究】・中井邦夫 , 坂本一成 : 現代日本の市庁舎建築における空間構成と用途の分節 , 日本建築学会計画系論文集 第 519 号 ,pp.147-153, 1999・本間百合 , 安田幸一 , ほか : 市庁舎建築のファサードと外構からみたエントランスの表現手法 , 日本建築学会大会学術講演梗概集 ,pp.57-58, 2013・佐々木英子 , 谷川大輔 , 奥山信一 : 市庁舎建築の設計論にみる社会と建築の接点になる領域 , 日本建築学会大会学術講演梗概集 ,pp.685-688, 2004

【参考文献】・著:ニコラウス・ぺヴスナー 訳:越野武/建築タイプの歴史 <1> 国家と偉人の記念碑から刑務所まで/中央公論美術出版/ 2015・著:石田潤一郎/都道府県庁舎・その建築史的考察/思文閣出版/ 1993

註 1 ) 市町村合併により市庁舎建設が本格化した 1955 年以降を対象に、新建築に掲載された市庁舎建築の中から図面、写真によって導入空間の構成を判断できる 130 作品を資料とする。(世田谷区役所のみ建築文化を参照)

ると考えられる。

5. 結 以上、戦後市庁舎建築の導入空間を対象にその意匠表現と活

動の関係とその通時的傾向を検討した。その結果、導入空間の

形式の通時的傾向として、戦後まもなくは市庁舎を公共建築の

象徴として建設されたのに対して、60 〜 80 年代には直鎖経

路の導入空間をもつことで行政オフィスとしての側面の強い市

庁舎が、90 年代以降は様々な用途をもち都市に開かれた市庁

舎が建設されるという傾向を見出した。また、近年においては

活動を想定することで、より日常的な居場所を創出するという

都市空間における市庁舎建築の公共的な特徴とその通時的な変

遷を明らかにした。