日本語版 - Nissan3 Ecosystem Services and the Automotive Sector Ecosystem Services and the...

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日本語版

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日本語版

2Ecosystem Services and the Automotive Sector

Ecosystem Services and the Automotive Sector

Contents生態系と生物多様性に及ぼす自動車の影響 …………………… 3

1.生物多様性と生態系サービス ………………………… 5

2.新たな視野-自動車業界における生態系サービス評価 - ………………… 8

2.1企業のための生態系サービス評価 ……………………… 92.2 生態系サービスとビジネスの目標を結びつける ……… 112.3日産が実施する自動車業界のESR …………………… 12

重点領域の評価3-1. エネルギーの調達 ………………………………… 17

3-2. 材料資源の調達 …………………………………… 20

3-3. 水資源の利用 ……………………………………… 23

生態系と生物多様性への取り組み4-1. エネルギー ………………………………………… 25

4-2. 材料資源 …………………………………………… 26

4-3. 水資源………………………………………………… 27

但し書き ……………………………………………………… 29

2Ecosystem Services and the Automotive Sector

3 Ecosystem Services and the Automotive Sector 4Ecosystem Services and the Automotive Sector

私たちの生活は自然環境に支えられている。生態系は、食糧

や淡水を供給し、気候の調節や自然災害からの保護など多くの

サービスを生み出し、私たち人類に多大な恩恵をもたらしてい

る。一方で人類は、エネルギーや水資源を消費し、大気、水、土

壌を汚染するなど、生態系と生物多様性に影響を与えている。

2001年から2005年にかけて、国連の提唱により実施された

「ミレニアム生態系評価」の報告書は、過去50年間に、世界の

生態系の劣化がかつてないほどの速度と規模で進行している

と指摘している。豊かな生態系と生物多様性を維持していくこ

とは気候変動の抑制と並んで私たちにとって重要な環境課題

である。

日産は2007年から、自動車が生態系と生物多様性に及ぼす

影響についての研究を、国連大学高等研究所と共同で進めてき

た。ミレニアム生態系評価作成時に開発された「企業のための

生態系サービス(ESR)」の手法を用いて、生態系サービスによ

る恩恵と自動車が生態系と生物多様性に及ぼす影響について

評価し、自動車メーカーとして優先すべき重点領域を明確にし、

日産がどのように取り組むべきかを検討した。

ESR手法は、企業活動と生態系との関連性を依存度と影響

度の両面から評価する体系的な方法論である。(1)分析対象範

囲の選択(2)優先すべき生態系サービスの特定(3)優先すべ

き生態系サービスの傾向の分析(4)ビジネスリスクとチャンス

の特定(5)戦略の立案、という5つのステップで構成されている。

自動車メーカーのバリューチェーンは、材料資源の採掘、車両

生産、物流、走行、エネルギー消費、メンテナンス、使用済み自

動車のリサイクル、オフィス(通信、食事、水使用)など広範囲

に及ぶ。今回の研究では、バリューチェーンの上流から下流に至

る10分野を対象とし、それぞれが主要な生態系サービスとどの

ように関わっているのかを議論し、重要性のレベルを評価した。

20以上に及ぶ生態系サービスに関して分析・調査した結果、エ

ネルギー、材料資源、水資源が自動車にかかわる重点領域とし

て特定された。

自動車はエネルギーのほとんどを石油に依存している。石油

の消費は、温暖化ガスの排出による気候変動への影響、あるい

は石油採掘や輸送に伴う水や土壌の汚染といった生態系への影

響が指摘される。こうした影響を削減するには、エネルギー効

率を改善するか、石油に依存しないエネルギー、例えばバイオ燃

料、リニューアブル電力、水素へ転換するのが効果的である。バ

イオ燃料は重要なオプションだが、水や土壌への影響を考慮し

た持続可能な方法で製造する必要がある。リニューアブル電力

は、気候変動だけでなく生態系サービスへの影響も少ないエネ

ルギー源であり、現実的な選択肢となりうる。

材料資源の採掘は、土壌表層の掘削や森林の大規模な伐採

を伴い、また道路や港湾、その他のインフラ建設により、生態

系にダメージを与える場合がある。自動車製造に必要な材料を

選定する際に、資源採掘による生態系への影響を考慮すること、

さらに資源循環によりバージン材の使用量を削減することが重

要となる。

水資源の問題も大きくなりつつある。地域的な水不足と水質

汚染が農業生産や生態系に影響している。途上国では工業製品

の生産工場における水利用が飲料水に影響を与え、地域社会か

ら非難される事例も出ている。将来的にも、人口増加と経済発

展、気候変動の影響により世界の水ストレスは増加すると見ら

れている。自動車の製造工場についても、水リスクの高い地域

にある場合は、水循環、浄水などの対応が必要となる。

日産は、自動車が生態系と生物多様性に及ぼす影響を認識

し、それぞれの分野で具体的な取り組みを進めている。石油の

消費量を削減するため、エンジンのエネルギー効率の改善に加

え、バイオ燃料車の市場投入、燃料電池車の開発を進めてきた。

さらに日本、米国に2010年12月から電気自動車「日産リーフ」

を投入し、2012年よりグローバルに量販する。資源循環につい

ては、使用済み自動車のリサイクル実効率95%を達成するなど、

再資源化率100%という究極の目標達成に向けて取り組んでい

る。また、世界に点在する生産工場で水リスクの実態調査を行

い、逆浸透膜による廃水ゼロ化などに取り組んでいる。自動車

が生態系と生物多様性に及ぼす影響を幅広い視野で把握し、今

後もグローバルな活動に取り組んでいく。

3 4Ecosystem Services and the Automotive Sector Ecosystem Services and the Automotive Sector

生態系と生物多様性に及ぼす自動車の影響

5 Ecosystem Services and the Automotive Sector 6Ecosystem Services and the Automotive Sector 5 Ecosystem Services and the Automotive Sector

1.生物多様性と  生態系サービス

序論

雨や山の雪解け水から生まれる淡水、豊潤な森林を作り出す

樹木、気候の調節や洪水や火災などの自然災害からの防護、多

様性を構成するあらゆる生き物、人の心が感じる爽快感や安ら

ぎ――これらはすべて生態系のもたらす恵みであり、人間の生

活を維持・向上させてくれる。生態系に変化が生じると、衣食住、

健康、良好な社会関係、安全、そして選択と行動の自由が損なわ

れ、人々の暮らしに影響が出る。

国連は2005年、健全な自然が人間社会にもたらす“生態系

サービス”の現状と将来の展望を分析した「ミレニアム生態系評

価」の成果を発表した。人類の経済活動が生態系サービスに大

きな影響を及ぼしているだけでなく、生態系サービスに強く依

存していると分析し、その根拠を数多く示した。本報告書では、

「ミレニアム生態系評価」が提唱する“生物多様性、生態系サー

ビス、人類の福利、変化の要因という4つの間に働く相互作用”

という概念的枠組みに基づき、生態系サービスと自動車業界が

どのように関係しているのかについて概要を示していく。

経済の成長は、輸送サービスの需要拡大につながる。持続可

能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)が実施した「持続

可能なモビリティ・プロジェクト」では、今後数十年で個人による

移動が飛躍的に増加し、モビリティに対するさまざまな欲求を満

たしてくれる輸送手段として、軽自動車や二輪自動車などの役割

が大きくなると予測している。また、モビリティの持続可能性を

考察する上で、輸送活動が生態系に及ぼす影響が重要な指標の

ひとつになると指摘している。

世界的な環境問題としては、ここ数十年間、気候変動が議論

の中心になっていたが、最近では生物多様性と生態系の保護お

よび助成に注目が集まっている。「ミレニアム生態系評価」は、

世界の生態系と、生態系が提供するサービスの状況と傾向に関

する科学的評価である。分析には最新の手法が採用され、95カ

国から1,360人以上もの科学者、経済学者、実業家およびその

他の専門家が参加し、生態系サービスが人類の福利と経済発展

にどのように関係しているのか把握するために、4年間にわたっ

て実施された。その結果、この50年間で生態系が劣化した速度

と規模は、人類史上のどの時期よりも甚大であるという驚くべき

事実を公表した。その例として、土地の農地転換、合成窒素肥料

の使用量増加による水路汚染、河川や湖沼の枯渇、サンゴ礁が

海岸線を暴風雨から守る能力の低下、乱獲による野生海産魚類

の漁獲量の停滞などを挙げている。さらに、今後数十年は、特に

開発途上国の経済発展や人口の増加、世界規模の気候変動によ

り、生態系がさらに劣化し続けると予測している。

自動車は、その製造から走行使用、修理、リサイクルに至るす

べての過程で生態系への影響が考えられるが、同時に依存して

もいる。生態系は、幅広い種類のサービスを企業や人々に提供し

ている。自動車業界における例を挙げると、生態系は、バイオ燃

料を製造するのに必要な淡水、生産に必要な鉱物資源を提供し

ているだけでなく、二酸化炭素を吸収して気候の調整も行ってい

る。一方で、化石燃料という炭化水素を抽出することで、生態系

が有している自然災害調整能力に影響を与えている。自然から

得られるこうした恵みは“生態系サービス”と呼ばれている。生

物多様性、つまり同一種内や異なる種間で多様な生物が存在し

ている状態もまた、生態系サービスの供給を支える重要な要素

である。生態系が健全性と補給能力を失えば生物多様性が危機

にさらされ、両者に依存する企業も危機に瀕するため、基本資源

の枯渇はすべての人間にとって憂慮すべき問題である。企業は、

生態系に直接的な影響を与えると同時に、その提供するサービ

スに依存しており、生態系の劣化は企業にとって重要な問題だ。

生態系サービスは以前にも増して多大な影響を受けており、現

在はその利益を享受できているとしても、その将来は危機にさら

されている。

「ミレニアム生態系評価」では、生態系サービスを“供給サー

ビス”――食糧、淡水、木材および繊維など、生態系から得られ

る財や製品、“調整サービス”――気候調節、疾病の予防、土壌

浸食の抑制、水流の調節、花粉媒介、自然災害からの防護など、

生態系が自然のプロセスを制御することから得られる恵み、“文

化的サービス”――レクリエーションの場、霊的な価値、審美的

な喜びなど、生態系から得られる非物質的な恵み、そして“基

盤サービス”――栄養塩循環、一次生産など他のサービスを維

持するために必要な自然のプロセスの4種類に分けて定義して

いる。「ミレニアム生態系評価」が分析を行い、世界資源研究所

(WRI)が改編した生態系サービスの定義は表1のとおり。

生物多様性と生態系サービス

生態系サービス

 ・供給サービス ・調整サービス ・文化的サービス ・基盤サービス

生物多様性を変化させる要因

 ・生息域の変化 ・気候変動 ・侵略的外来種 ・資源の過剰摂取 ・汚染

生物多様性の保全(生態系サービス、種、遺伝資源)

地球における生活 -生物多様性

人間の福利貧困の減少

 ・健康確保 ・環境の確保 ・経済的な安定 ・文化的な安定 ・公平性

間接的な変化要因

 ・自動車セクター

80

2000 2010 2020 2030 2040 2050

70

60

50

40

30

20

10

0

手段別個人移動の推移/年

  合計 …………………………………… 1.6% ………………… 1.7%■ ミニバス ……………………………… 0.1% ………………… 0.1%■ バス …………………………………… -0.1% ………………… -0.1%■ 鉄道 …………………………………… 2.4% ………………… 2.2%■ 二輪・三輪車 ………………………… 2.1 % ………………… 1.9%■ 飛行機 ………………………………… 3.5% ………………… 3.3%■ 自動車 ………………………………… 1.7% ………………… 1.7%

平均年間伸長率2000-2030 2000-2050

図1:生態系サービスと自動車業界のかかわり

図2:個人移動の交通手段別推移

WRI (2005), Millennium Ecosystem Assessmentをもとに作成

出典:WBCSD (2004) Mobility 2030: Meeting the Challenges to Sustainability. Geneva

7 Ecosystem Services and the Automotive Sector 8Ecosystem Services and the Automotive Sector

環境を開発する側と保護する側が一堂に会して行った「ミレニ

アム生態系評価」は、ビジネスと自然環境を結びつけた画期的

な評価である。従来のビジネスモデルでは、環境問題のマイナス

面、例えば規制問題、ブランドイメージの悪化、供給源からの調

達コストの増大、環境の変化に対する脆弱性の増大、生態系サー

ビスの不足により生じる対立・腐敗などに対し配慮してきた。し

かし、企業イメージを向上し、将来的な持続可能性を確保するに

は、生態系サービスを戦略的計画の中に組み込むことが必要に

なる。そのことで得られる市場機会や商品機会、ビジネスチャン

スがあるのだ。

今回の共同研究の目的は3つある。第一に、二酸化炭素排出

など一般的な問題に焦点を当てるのではなく、生態系サービス

に照らして自動車業界の活動とパフォーマンスを評価すること。

第二に、「企業のための生態系サービス評価(ESR)」の構想と

手法に基づき、自動車業界の生態系依存度と、製品の環境影響

度を評価すること。そして第三に、環境がもたらすチャンスや脅

威を分析しながら、環境保護の戦略立案に資することである。今

回の画期的かつ先駆的な共同研究は、自動車業界と環境を体系

的に結びつけ、現在と次世代の持続可能なモビリティを実現する

ものである。

自動車業界における生態系サービス評価2.新たな視野

長期的な視野に立ち、社会、経済、環境への配慮を完全なバ

ランスで組み込んだ“持続可能性”がビジネス戦略には不可欠だ

――今、世界中の企業がそのことに気づき、動き始めている。世

界規模で生態系に限界が見え始め、ビジネス環境は急激に変化

している。人々は、気候変動や生物多様性の損失、貧困など喫緊

の地球規模の問題を解決すること、あるいは最低でも対処するこ

とを多国籍企業に期待するようになっている。環境や持続可能性

に対する人々の関心が高まり、社会全般では長期政策や戦略の

主軸に持続可能性を置こうとする世論の圧力が強まっている。個

人レベルでも、ライフスタイルを見つけたり、消費者として複数

の商品から選択する際に、持続可能性を考慮する傾向が強まっ

ており、自動車業界をはじめ多種多様な業界の企業がビジネス

モデルの中心に持続可能性を組み込むようになった。こうした企

業は、自社事業、特に自社商品が、直接的・間接的に及ぼす影響

について検証し、各要素がどのように相互作用しているのかを

把握するという難題に対し、長期体制で全社規模の取り組みを

行っている。

持続可能なモビリティ社会を実現するためには、モビリティの

あり方を見直し、生活スタイルそのものを改める必要がある。さ

まざまな影響を理解し、モビリティの新たな概念を創出し、最終

的には運営面での変革をもたらすためには、“生態系サービス”

の視点からモビリティ業界を見つめなくてはならない。単に「環

境に優しい存在になるための取り組みを行っている」だけで満

足するのではなく、モビリティ業界が周辺の生態系サービス、さ

らには地域規模、地球規模の生態系サービスにいかに依存し、

影響を与えているかを、客観的に分析するべきだ。

共同研究の目的

もはや企業は、利益追求だけを目標としていられない。多くの

企業がリスクから生じるビジネスチャンスの存在に気づいておら

ず、環境への依存より環境への影響に意識が向いている。しかし、

企業はリスクを新たなビジネスチャンスととらえ、エコロジカル・

フットプリントを削減し、新技術を開発・採用するとともに、環境

基準や企業の競争力に関する政策改革を呼びかけることができ

る立場にあるのだ。

生態系サービス

供給サービス

食糧

繊維

バイオマス燃料

淡水

遺伝子資源

生化学物質、自然薬品、医薬品

調整サービス

大気の質の調節

気候調整

水の調節

土壌浸食の調節

水の浄化と廃棄物の処理

疫病の予防

病害虫の抑制

花粉媒介

自然災害からの防護

文化的サービス

レクリエーションとエコツーリズム

倫理的価値

基盤サービス

栄養塩循環

一次生産

水循環

表1:生態系サービスの定義

WRI (2005), Millennium Ecosystem Assessmentをもとに作成

9 Ecosystem Services and the Automotive Sector 10Ecosystem Services and the Automotive Sector

今回の分析では、「企業のための生態系サービス評価

(ESR)」を採用した。「企業のための生態系サービス評価

(ESR)」とは、世界資源研究所(WRI)が、持続可能な開発の

ための世界経済人会議(WBCSD)およびメリディアン・インス

ティテュートの協力のもとに作成した評価手法で、生態系の変化

とビジネス目標を前向きな形で連動させる方法を提示するもの

だ。生態系は、さまざまな利益、つまり“生態系サービス”を企業

にもたらしてくれる。しかし、人間の活動によって、生態系は急激

に劣化してきており、このまま放置されれば、経済的な“人類の

福利”と“ビジネスの健全性”の未来が危機にさらされる可能性

がある。

2001年から2005年にかけて、国連の提唱により実施された

「ミレニアム生態系評価」は、生態系サービスの人類の福利や企

業の発展にどのような影響を及ぼすかをに焦点を当てた国際的

評価活動だ。95カ国から1,360人の科学者、経済学者、実業家

およびその他の専門家が参加している。調査には最新の手法が

採用され、世界の生態系と、生態系が提供するサービスの状況

と傾向に関して初めて科学的評価が得られただけでなく、生態

系と生態系サービスを持続可能な方法で保全し、利用するため

にとるべき行動に関して科学的根拠が得られた。この調査では

生態系サービスを次の4種類に分けて定義している。

・供給サービス:食糧、淡水、木材、繊維など、生態系から得

られる財や製品。

・調整サービス:気候調節、疾病の予防、土壌浸食の抑制、水

流の調節、花粉媒介、自然災害からの防護など、生態系が自

然のプロセスを制御することから得られる恵み。

・文化的サービス:レクリエーションの場、精神的・宗教的価

値、審美的な喜びなど、生態系から得られる非物質的な恵

み。

・基盤サービス:栄養塩循環、一次生産など、他のサービスを

維持するために必要な自然のプロセス。

基本的にすべての人間と企業がさまざまな生態系サービスに

依存している。文明や技術によって緩和されているとはいえ、急

増する食糧、淡水、材木、繊維、燃料の需要を満たすために人類

が生態系に及ぼした影響は大きく、「ミレニアム生態系評価」に

よれば、評価を行った生態系サービスのうち60%が、この半世

紀の間に劣化している。生態系が減少した速度と規模は人類史

上のどの時期よりも甚大だ。土地の農地転換、合成窒素肥料の

使用量増加による水路汚染、河川や湖沼の枯渇、サンゴ礁が海

岸線を暴風雨から守る能力の低下、乱獲による野生海産魚類の

漁獲量の停滞などは、こうした影響の一例である。

「ミレニアム生態系評価」によれば、人類が生態系のプロセス

に及ぼした変化は人類の福利と経済発展に大きな利益をもたら

してきた。と同時に、生命を維持する数多くの生態系サービスが

こうした利益の犠牲になっており、生態系の劣化が起きている。

長期的にみると、こうしたやり方は持続可能なものでも実現可能

なものでもない。「ミレニアム生態系評価」は、今後、世界人口が

92億人に向かって増加し、新興経済国の1人当たりの消費レベ

ルが増大し、気候変動による影響が進展するにつれ、生態系およ

び生態系サービスが著しく劣化していくと予測している。さらに、

生態系の劣化が進むことで、淡水の供給、自然災害からの防護、

野生の食物などのサービスが限界を越えてしまい、突然に、そし

ておそらく不可逆的にサービスが減少する危険性が大きいと警

告している。

重要な用語※1:

■「生態系」は植物、動物、微生物の群集と、これを取り囲

む非生物環境から成り、それらが互いに機能的な一つの

集団として作用し合う動的な複合体。

■「生態系サービス」(「環境サービス」や「エコロジカル

サービス」と呼ばれることもある)は、人類が生態系か

ら得られる恵みのことを言う。たとえば、淡水、木材、気

候の調節、自然災害からの防護、土壌浸食の抑制、レク

リエーションの場などが含まれる。

■「鉱物性燃料」および「化石燃料」(石炭、石油、天然ガ

ス)は天然資源の例であり、生態系サービスではない。

化石燃料や一部の鉱物は、数百万年前に生存していた

有機物質に由来するが、鉱物や化石燃料の量と質は、現

存する生態系の生命ある構成要素に依存しておらず、生

態系由来の恵みとは言えない。

■「淡水」は、その量と質がしばしば生態系の生命ある構

成要素に依存する資源である。たとえば森林は樹木の

根を通して水を吸い上げ、葉から水蒸気を放出し、河川

の沈泥堆積を防ぐことで、地域の淡水の量と質に影響

を与える。

■「生物多様性」は同一種内、異なる種間および異なる生

態系間で見られる生物の多様な状態を意味する。

2.1 企業のための生態系サービス評価

※ 出典「企業のための生態系サービス評価(ESR)  生態系の変化から生じる  ビジネスリスクとチャンスを見つけるためのガイドライン」

11 Ecosystem Services and the Automotive Sector 12Ecosystem Services and the Automotive Sector

企業は、消費、公害、土地転換、その他の活動を通じて生態系

に影響を与えている。同時に、企業は生態系がほぼ無償で提供

しているサービスに依存している。生態系と生態系が提供する

サービスが世界規模で劣化すると、ビジネスの土台に変化が生じ、

企業にとって甚大な問題となる。多くの企業は、生態系とその

サービスにどの程度依存し、影響を与え、場合によっては悪影響

を及ぼしているかを十分に認識していない。生態系の健全性と

企業の業績とのバランスを保てていないのが実状だ。

「企業のための生態系サービス評価(ESR)」は、企業がこの

両者の関係性を理解し、事業戦略に組み込む一助となるべく作

成されている。首尾一貫した体系的な方法論を用いて、企業が生

態系への依存度と影響度を理解し、その結果生じるビジネスリ

スクとチャンスを理解し、戦略を立案することを支援する。幅広

い業界の企業が利用できる内容となっているが、特に、サプライ

ヤーと顧客が生態系に直接的な影響を及ぼす自動車業界にとっ

て有用だ。

ESR以外にも、環境マネジメントシステムなどのツールがある

が、その多くは公害や資源消費といった「伝統的な」課題を扱う

ことに適したもので、環境への依存ではなく影響に、そしてビジ

ネスチャンスではなくリスクに焦点を置いていた。

ESR独自の評価ツールを用いて下記のような評価を行うことで、

既存の環境への取り組み姿勢や評価方法を補完、強化できる。

・廃棄物の排出や流出など標準的な課題よりも、生態系サー

ビスという新たに台頭しつつある課題について、企業活動

を評価する。

・すべての主要な生態系サービスを評価する。

・企業の生態系サービスへの影響度と依存度の両面を評価す

る。単なる影響の評価ではない。

・環境そのものだけではなく、環境が人々にとってどのような

価値を持っているのかも考慮し、企業を評価する。

・ビジネスリスクとチャンスに関する情報を企業の戦略に反映

させる。

ただし、ESRはすべての環境問題を対象とするわけではない。

例えば、ある企業の環境フットプリントや温暖化ガス排出量、排

水量、有害化学物質の総排出量について網羅的なリストの作成

や、定量化は行わない。また、企業の鉱物消費やエネルギー消費

の傾向を分析することもない。ESRは、環境問題において優先

すべき分野の中でも特に、生態系サービスに依存または影響を

及ぼすことで生じる問題について対処するためのものだ。さらに、

生態系サービスによっては、定量的な情報がほとんど存在しな

い場合や、まったく入手できないこともあるため、定量情報や経

済的な評価に依存せず、定性分析を適宜利用することで潜在的

なビジネスリスクやチャンスの特定を可能にしている。選択した

評価対象の範囲や利用可能なデータの状況、作業に携わる人数

に合わせた改変も容易であり、さまざまなレベルで調査すること

が可能である。

主なESRの概念

■生態系サービスが企業活動の直接の供給源となってい

る場合、または生態系サービスが企業の良好な業績に

必要な環境条件を実現し、促進し、または影響を与える

場合、企業はその生態系サービスに「依存」している。

■企業が生態系サービスの量や質に影響を及ぼす場合は、

企業はその生態系サービスに「影響」を与えている。

■企業の「優先すべき生態系サービス」とは、依存度や影響

度が強く、それゆえビジネスでのリスクやチャンスをもた

らす可能性がきわめて高い生態系サービスのことを言う。

■「駆動要因」とは、生態系と生態系サービスを供給する

その能力に変化をもたらす、自然のまたは人為的な要因

を指す。

すぐに顕在化しないとしても、モビリティは、生態系が提供し

てくれるサービスと密接な関係がある。これは、便利に移動でき、

個人の自由を確保できる私的交通手段であっても、活気ある経

済の基盤になる運輸部門の公的・商業的交通機関であっても同

じである。自動車業界を例にとっても、生態系は、バイオ燃料や

燃料電池を製造するのに必要な淡水や、生産に必要な鉱物資源

を提供しているだけでなく、自動車が排出する二酸化炭素を吸収

して気候の調整も行っている。一方で、化石燃料という炭化水素

を抽出することで、自動車は生態系が有している自然災害調整

能力とかかわりがある。つまり、自動車業界は操業、規制、世評、

市場、商品という各分野でリスクを考える必要がある。

日産では、環境戦略を再考するにあたり「企業のための生態

系サービス評価(ESR)」を実施し、持続可能なモビリティに資

する要素と、生態系サービスと自動車業界の関係と相互作用に

ついて模索した。まず、一流専門家と日産の環境業務にかかわる

担当者が「簡易評価(rapid assessment)」を行い、さらに、大

規模な「机上分析(desktop analysis)」を実施、日産が生態系

サービスを中核に据えた環境戦略を立案する上で、足がかりとな

る重点領域を特定した。

簡易評価

ESRの実施にあたり、日産は国連大学高等研究所(UNU-

IAS)の協力のもと、2008年8月に米カリフォルニア州パロアル

ト市にて専門家を集めたワークショップを開催した。まず、日産

の企業活動がかかわる生態系サービスについての予備的見解を

導き出すために、共同でブレインストーミングを実施し、次に、そ

の後の分析で優先すべき事項を特定するための「簡易評価」を

行った。

ESRの方法論は、「範囲の選択」、「優先すべき生態系サービ

スの特定」、「優先すべき生態系サービスの傾向の分析」、「ビジ

ネスリスクとチャンスの特定」、「戦略の立案」の5つのステップ

で構成されている。ESRの結果を戦略に確実に取り入れ、実施

する役割を持つ日産の関係各部署の責任者、専門的見解を提供

し、ESR分析の実施を支援する外部専門家やUNU-IASコンサ

ルタントなど、さまざまな関係者が参加し、ESRの各ステップで

適宜見解を導き出した。

スタンフォード大学のハロルド A. ムーニー教授や、世界資源

研究所(WRI)のジャネット ランガナサン氏、アリゾナ州立大

学のチャールズ ペリング教授、スタンフォード大学のクリスト

ファー フィールド氏など、生物多様性や生態系サービスの分野

で世界的に著名な「ミレニアム生態系評価」専門家や分析家から

は、生態系サービスの現状と傾向について詳しい情報を賜った。

社外関係者の方に日産に関する予備知識を得ていただくため、

社内的な情報のプレゼンテーションも行われた。「簡易評価」で

は、お互いの見解に対し、意見が交わされ、生態系サービスの中

でも自動車業界に直接密接にかかわりを持つ優先事項を特定す

る貴重な機会となった。優先事項については、その後の「机上分

析」にて詳しい研究がなされた。

ステップ1 日産ESRの範囲

日産では、ESRを実施するにあたり、上流から自社各工程を経

て下流に至る幅広いバリューチェーンの10分野を対象範囲とした。

バリューチェーンの上流部では、主要サプライヤーに焦点を当て、

鉱物の採掘や化石燃料の調達、バイオ燃料の調達、金属・化学

物質等の原料調達について評価を実施することにした。自社操

業面では、生産、物流、日産社屋の利用について、そして下流部で

は、日産の主要な顧客に焦点を当て、顧客による自動車利用、道

路の建設・整備、使用済み自動車の再利用・廃棄・輸出について

評価を実施した。

日産が実施したESRでは、自動車業界における生態系サービ

スの全体的なフレームワークを考えるため、部署や生産ライン、

施設、天然資源、サプライヤーを特定するのではなく、抽象的な

観点から考察を行った。さらに、地域的側面にも焦点は当てない

こととした。幅広い範囲を対象としているため、データ収集や分

析データの取り扱い方について大きな課題が発生したが、独創的

な観点で行われた議論をもとに、何の制約もなく生態系サービス

の優先順位を決定することができた。その後、次のステップで行

う大規模かつ重点的な「机上分析」に備え、評価内容をさらに精

査し、ギャップの穴埋めや観点の食い違いの解消が行われた。

2.2 生態系サービスとビジネスの目標を結びつける 2.3 日産が実施する自動車業界の ESR

13 Ecosystem Services and the Automotive Sector 14Ecosystem Services and the Automotive Sector

影響を評価する

各生態系サービスに関する次の3つの設問に答えることで、日

産が生態系サービスに影響を与えているかどうか、また、与えて

いる場合はどの程度であるかを評価することができる。第1の設

問は「企業はこの生態系サービスの量や質に影響を与えている

か?」。生態系サービスの量や質に影響を与えていない場合には、

その生態系サービスに対する影響は低いとされる。この設問に

「はい」と回答した場合、第2の設問「企業が与えているのはプラ

スの影響か、それともマイナスの影響か?」に進み、その影響度を

計る。生態系サービスの量や質を高めている場合は、プラスの影

響とし、劣化させている場合は、マイナスの影響とされる。設問1

に「はい」と回答した場合は、さらに第3の設問「企業が与える影

響により、他者が生態系サービスの恩恵を受けることを制限あ

るいは促進しているか?」に進む。企業による生態系サービスへ

の影響の度合いは、他者がサービスの恵みを受けることを制限

あるいは促進しているかどうかにかかわっている。また、それに

よってビジネスリスクやチャンスがもたらされることもある。他

者が生態系サービスの恵みを受けることを制限あるいは促進し

ていない場合、そのサービスへの影響は中程度とされ、している

場合、影響は高いとされる。

つまり、設問1と設問3の両方の答えが「はい」である場合、企

上流 = サプライヤー 日産の操業 下流 = 顧客

● 鉱物の採掘 ● 材料調達 ● 部品製造 ● 物流

● 生産 ● 物流 ● オフィス ● 営業

● 顧客の利用(運転) ● 燃料の消費 ● 道路の建設・整備 ● 使用済み自動車の 再利用・廃棄・輸出

ステップ2 優先すべき生態系サービスの特定

ステップ2は、企業が依存し、影響を与えている20以上もの生

態系サービスについて体系的かつ短期間で評価し、優先すべき

生態系サービスを特定する予備選別作業となる。優先すべき生

態系サービスは、企業にリスクまたはチャンスをもたらす可能性

が最も高い要素である。つまり、依存度や影響度が非常に高い

生態系サービスは、優先すべきサービスであり、次のステップに

て集中的に分析されることとなる。企業がある生態系サービス

に強く依存し、そのサービスが縮小または劣化した場合、企業は

投入コストの増大や操業の中断といったビジネスリスクに直面

する可能性がある。企業が生態系サービスを枯渇または劣化さ

せるなどの悪影響を与えた場合でも、生態系サービスに供給し

たり促進したりするなどの良い影響を与えた場合でも、規制や世

評の面で良くも悪くも左右される。

優先すべきサービスを特定するためには、各生態系サービス

上流 = サプライヤー 日産の操業 下流 = 顧客

生態系サービス 依存度 影響度 依存度 影響度 依存度 影響度

供給サービス

食糧

繊維

バイオマス燃料

淡水

遺伝子資源

生化学物質、自然薬品、医薬品

調整サービス

大気の質の調節

気候調整

水の調節

土壌浸食の調節

水の浄化と廃棄物の処理

疫病の予防

病害虫の抑制

花粉媒介

自然災害からの防護

文化的サービス

レクリエーションとエコツーリズム

倫理的価値

基盤サービス

栄養塩循環

一次生産

水循環

に対する依存度と影響度のレベルを把握しなくてはならない。

日産の環境業務にかかわる各担当者、そして専門家が「簡易評

価」を行い、各生態系サービスに対する依存度と影響度のレベ

ルを割り出した。その際には、日産用に改変した依存度・影響度

マトリックス(表3)を用いて、それぞれの依存度と影響度の度合

や、その理由とコメントが記入された。

短期間で定性的に行う評価ではあるが、5つの設問に従って

作業を進めることで、評価を行う日産の各担当者、専門家が、体

系的に依存度・影響度を評価できるだけでなく、これまで見過ご

されてきた依存や影響を発見する可能性も高まるものとなって

いる。

依存を評価する

日産が生態系サービスに依存しているかどうか、また、依存

している場合にはどの程度であるかを評価するため、各生態系

サービスについて2つの設問が用意された。

第1の設問は「この生態系サービスは供給源として機能して

いるか、または良好な企業の業績を実現あるいは促進している

か?」である。生態系サービスが供給源として機能していない、

または、良好な業績を実現あるいは促進していない場合、その

サービスに対する依存度は低いとされる。この設問に「はい」と

回答した場合、第2の設問「その生態系サービスには費用効率の

高い代替品があるか?」に進む。企業の生態系サービスへの依

存の度合いは、そのサービスに代わる費用効率の高い代替品が

あるかどうかと深くかかわっている。そのような代替品がある

場合には、そのサービスに対する依存度は中程度、ない場合に

は依存度は高いとされる。

つまり、設問1で「はい」と答え、設問2で「いいえ」と答えた

場合、企業の生態系サービスへの依存度は高いと考えられる。

設問1、設問2とも「はい」と答えた場合は、企業の生態系サービ

スへの依存度は中程度と考えられる。設問1で「いいえ」と答え

た場合、企業の生態系サービスへの依存度は低いか、ないと考

えられる。

表2:本評価で前提としたバリューチェーン 図3:各生態系サービスでの依存度を評価するための設問

表3:生態系サービス依存度・影響度マトリックス

1.

2.

この生態系サービスは供給源として機能しているか、または良好な企業の業績を実現、または促進しているか?

その生態系サービスには費用効率の高い代替品があるか?

No

No

Yes

Yes

依存度:低

依存度:中

依存度:高

WBCSD, Meridian Institute, WRI (2008), The Corporate Ecosystem Service Reviewをもとに作成

WBCSD, Meridian Institute, WRI (2008), The Corporate Ecosystem Service Reviewをもとに作成

WBCSD, Meridian Institute, WRI (2008), The Corporate Ecosystem Service Reviewをもとに作成

15 Ecosystem Services and the Automotive Sector 16Ecosystem Services and the Automotive Sector

業の生態系サービスに対する影響は高いと考えられる。設問1の

答えが「はい」で、設問3が「いいえ」の場合、生態系サービスに

対する影響は中程度と考えられる。設問1の答えが「いいえ」の

場合、企業の生態系サービスに対する影響は低いか、ないに等し

いと考えられる。

優先すべき生態系サービス

日産の環境業務にかかわる担当者、「ミレニアム生態系評価」

専門家、UNU-IAS研究員など作業に携わった15名は各自、バ

リューチェーンの10分野についてそれぞれ依存度・影響度を評価

し、優先すべき生態系サービスの特定を行った。各人が記入した

評価マトリックスを集計し、依存度・影響度の評価総括マトリッ

クスを作成。15名中5名以上が、依存度あるいはプラス(または

マイナス)の影響が高い(または、中程度、低い)と回答した場合、

その生態系サービスの該当スコアとして記録される。例えば、5

名以上が、自動車業界はバイオ燃料調達のため淡水サービスに

与えているマイナスの影響の度合が高いと回答した場合、淡水の

影響度スコアは「高い」と記録される。評価総括マトリックスは、

すべての評価内容を反映し作成されている。

ESRのガイドラインに従い、依存度・影響度の両面においてス

コアが「高い」と記録されたものを第1レベルのサービス、つまり

優先度が最も高い生態系サービスとした。依存度・影響度のいず

れか一方でスコアが「高い」、もう一方で「中程度」と記録された

ものは、第2レベルのサービスとし、依存度・影響度のいずれか

一方でスコアが「高い」、もう一方で「低い」と記録されたものは、

第3レベルのサービスとした。影響度については、プラスの影響

よりもマイナスの影響を優先した。依存度・影響度の両面でスコ

アが「低い」と記録されたものは、優先すべきサービスではない

とした。

こうした評価結果に基づき、日産および自動車業界全体が優

先的に配慮すべき生態系サービスとして次の7つが選出された。

・淡水 ―― 評価対象となったバリューチェーンの10分野すべ

てにおいて、優先すべきサービスとして選出された。自動車

業界では、油井での採掘から走行による燃料消費に至るあ

らゆる過程で、水資源の利用に大きく依存しており、貴重か

つ限りのあるこの水資源を大量に消費することで、淡水の

量にマイナスの影響を与えかねない。

・大気の質の調節 ―― 自動車業界では、化石燃料の調達か

ら製造、物流、そして顧客による自動車利用に至るバリュー

チェーンの全過程において大気が持つ質の調節能力に非常

に大きな影響を与えている。

・気候の調節 ―― 主に化石燃料やバイオ燃料、原料の調達や

企業の操業、顧客による自動車利用によって大気中に放出

されている温室効果ガスやエアロゾルが、地球規模で気候

に影響を与えている(バイオ燃料の生産は気候や天候に依

存している一方で、温室効果ガスやエアロゾルを一部吸収し

ている)。

・水の調節 ―― 鉱物の採掘や化石燃料の調達が、生態系や

地形の持つ貯水能力に影響を与えている。バイオ燃料の製

造企業は、周辺地域の生態系による排水の調節、洪水の防

護、帯水層の回復などのサービスに依存している。

・土壌浸食の調節 ―― 化石燃料やバイオ燃料、原料の調達、

そして鉱物の採掘が植生や土壌の維持に及ぼすマイナスの

影響は非常に大きい。インフラ開発の際に植生被覆が取り

除かれるなど、顧客による自動車利用や道路建設は間接的

に土壌浸食の調節能力に影響を与えている。

・水の浄化と廃棄物の処理 ―― 自動車業界は、淡水への依

存が非常に高く、水中の有機廃棄物や汚染物質をろ過・分

解する生態系の能力にも必然的に依存している。

・自然災害からの防護 ―― インフラ開発の内容によっては

自然災害からの防護能力に大きな影響を及ぼす場合があ

る。例えば、景観の良い海沿いに道路を建設するため、沿

岸部の湿地を埋め立てた場合、周辺地域一帯や道路利用者

は湾岸部に生じる自然災害の被害を受ける可能性が非常に

高くなる。化石燃料や鉱物の採掘は、作業が非常に困難な

場所で行われる場合が多く、人間によるさまざまな環境リ

スクが生じる可能性があるだけでなく、気候変化を調節す

る環境能力を損なわせ、周辺地域における降雨量の劇的な

増加あるいは通常は雨が降る地域での降雨不足などを引

き起こす。

上記7つの生態系サービスの中では明示されていないが、生態

系の変化は、その生態系固有の生物多様性に必ず影響を及ぼす。

上記7つの優先すべき生態系サービスが自動車業界に及ぼす

影響を理解するため、次のセクションでは以下の3つの分野を重

点領域とし、詳しく考察することとする。

1) エネルギーの調達

2) 材料資源の調達

3) 水資源の利用

1.

2.

3.

企業はこの生態系サービスの量または質に影響を与えるか?

企業が与えているのはプラスの影響か、マイナスの影響か?

企業の影響により、他者が生態系サービスの恩恵を受けることを制限あるいは促進するか?

No

No

Yes

Yes

依存度:低

依存度:中

依存度:高

プラスの影響

マイナスの影響

図4:各生態系サービスでの影響度を評価するための設問

WBCSD, Meridian Institute, WRI (2008), The Corporate Ecosystem Service Reviewをもとに作成

17 Ecosystem Services and the Automotive Sector 18Ecosystem Services and the Automotive Sector

「企業のための生態系サービス(ESR)」の手法によ

り特定した3つの重点領域、エネルギーの調達、材料資

源の調達、水資源の利用について、文献調査と有識者と

の論議をもとに検討を行い、それぞれの生態系サービス

への依存と影響について評価した。

世界の一次エネルギー消費は年間 12ギガトン(石油換算)で、

その約 20%は運輸部門が占める。そのうち道路交通が約 70%、

そのさらに 50%を自動車が占め、その大部分は石油資源など化

石燃料に依存している。石油の大量消費は、温暖化ガスの排出に

よる気候変動とそれに伴う生態系への影響、さらに石油採掘と輸

送に伴う水や土壌の汚染など生態系への影響が懸念される。生態

系への影響を抑制するためには、石油消費量の削減と、石油資源

に依存しないバイオ燃料や水素、電力など代替エネルギーへの転

換が期待される。

3.1.1. 化石燃料

石油資源の大量消費による生態系への影響としては、温暖化ガ

スの排出による気候変動が挙げられる。気候変動に関する政府間

パネル(IPCC)の第 4次評価報告書によると、世界の平均気温

の上昇により生態系が大きな影響を受けることが懸念され、平均

気温の 1℃以上の上昇により、サンゴの白化と死滅の増加、生態

系の 30%の種で絶滅のリスクの増大、4℃以上の上昇により相

当の種に絶滅の可能性があるとされる。

石油の採掘による自然環境への影響も懸念される。石油を採

掘・流通する際に、管理や環境への配慮が不十分な場合、石油の

流出により土壌や水を汚染し、さらに農業や漁業へも大きな影響

を与える。また、油田の産出量が伸び悩んでいる現状を踏まえ、

オイルサンドや深海油田など新規の石油資源の開発に力が入れ

られているが、新規石油資源の採掘は、在来型に比べ環境への影

響が大きく、生態系への影響についても懸念される。オイルサン

ドから石油を抽出するには、大量の天然ガスを消費する。また 1

バレルの石油を生産するために 2トンのオイルサンドを採掘す

る必要があり、土壌や水資源への影響も大きい。深海での油田開

発は、採掘に高度な技術が必要となり、石油流出のリスクが高い。

2010年 4月に起きたメキシコ湾原油流出事故では、大量の原

油が深海で流出し、メキシコ湾沿岸と深海を含む海洋の生態系へ

の影響が懸念される。

石油など化石燃料による生態系への影響を低減するには、自動

車用エネルギーとして化石燃料の消費削減と、石油資源に依存し

ないバイオ燃料や水素、電力など代替エネルギーへの転換が重要

となる。

3.1.2.バイオ燃料

バイオ燃料は、液体燃料で取り扱いが容易である上に、現状

の自動車を変更する必要も少なく、石油燃料からの代替が比較的

容易であることから、自動車用として大変に有望なエネルギー源

とされている。バイオ燃料は、現在、自動車用のエネルギーの約

1%を占め、そのうち約 90%がとうもろこしやサトウキビを原

料とするバイオエタノールで、約 10%がナタネやヒマワリを原

料とするバイオディーゼル燃料である。米国、欧州諸国をはじめ、

各国政府はCO2削減とエネルギーセキュリティの対応としてバ

イオ燃料の導入を今後も増大していく方針である。

しかし、バイオ燃料はその製造過程で多くの生態系サービス

に深く関連しており、生態系への影響と依存について環境にどう

関わるのかをよく理解することが重要である。バイオ燃料の製造

プロセスにおける温暖化ガスの排出は大きな影響だが、その他に

も水資源や土壌への影響、生物多様性の豊かな熱帯雨林やマング

ローブといったホットスポットへの影響などが懸念される。

バイオ燃料の製造プロセスにおける温暖化ガスの排出量は、と

うもろこしなど作物由来のバイオ燃料に比べ、農業残渣や多年性

の草類、雑木のようなセルロース系バイオマスからのバイオ燃料

のほうが一般的に少ない。また、新たな栽培地を開発するなど直

接的に土地利用を変化したり、作物変更による土壌の劣化、流出、

代替地の確保など間接的に土地利用を変化することで、土壌に貯

留されていた炭素が大量に排出され、温暖化ガスを増加させる場

合がある。

例えば、熱帯雨林だったところで栽培されたパームオイルを原

料とするバイオディーゼル燃料は、すでに侵食された土地で栽培

されたものよりかなり多くの温室効果ガスを排出する。一般的に、

熱帯雨林やサバンナなど豊かな生物多様性の残されている生態系

は土壌にカーボンを蓄積することができると思われている。土地

利用変化を考慮することで、生物多様性の減少と生態系の劣化を

防げるかもしれない。自動車業界においても、温暖化ガス排出量

の低いバイオ燃料を選ぶ際に、原料が何かということに加えてど

こで作られたかを考慮することが重要である。

バイオ燃料による水資源と土壌への影響も重要である。土壌に

関しては、原料栽培時の肥料と除草剤の使用が土壌の劣化に影響

を与える。例えば、とうもろこしと大豆による土壌の劣化は多年

性の草類や雑木林に比べ 10倍以上大きい。少ない肥料で栽培で

きる植物が研究開発されているが、セルロース系バイオマスは土

壌の劣化を避ける上で好ましい。

バイオ燃料がリニューアブルエネルギーへの転換の重要なオ

プションであることは明らかだが、使用されるバイオ燃料は持続

可能な方法で作られたものでなければならない。さらに、使用さ

3-1. エネルギーの調達

重点領域の評価

水素・電気 回生バイオ燃料化石燃料

2500

2000

1500

1000

500

Mtoe

■ その他■ パイプライン輸送■ 国際航空輸送■ 国内航空輸送■ 国際船舶輸送■ 内航海運輸送■ 鉄道■ 道路輸送(貨物)■ 道路輸送(旅客)

0

1973

1971

1975

1977

1979

1981

1983

1985

1987

1989

1991

1993

1995

1997

1999

2001

2003

2005

2007

図5:輸送手段別の世界エネルギー消費量

図6:化石燃料からリニューアブルエネルギーへの転換

出典:IEA (2010), Energy Technology Perspectives 2010. France

250000Life-Cycle GHG + dLUC + iLUC

200000

150000

100000

50000

-50000

0

kgC

O2

eq

uiv

ale

nts

pe

r TJ

fu

el u

se

■ iLUC※1-50%■ iLUC-25%■ dLUC※2

■ 0LUC

ガソリン

エタノール

麦わら

エタノール

サトウキビ(ブラジル・耕作地)

エタノール

サトウキビ(ブラジル・荒廃地)

エタノール

サトウキビ(ブラジル・サバンナ)

エタノール

コーン(耕作地)

エタノール

コーン(草原)

エタノール

小麦(耕作地)

エタノール

小麦(草原)

CNG

バイオCNG

廃棄物由来

バイオCNG

森林残渣

バイオCNG

堆肥

バイオCNG

コーン(耕作地)

バイオCNG

コーン(草原)

バイオCNG

スイッチグラス(耕作地)

バイオCNG

スイッチグラス(草原)

バイオCNG

短期輪作雑木林(耕作地)

バイオCNG

短期輪作雑木林(草原)

図7:バイオ燃料の環境影響比較

※1:Indirect Land Use Change(間接的土地利用変化)※2:Direct Land Use Change(直接的土地利用変化)

出典:Fritsche, U.R.(2009), Bioenergy GHG Emission Balances including Direct and Indirect Land Use Change Effects. Oeko-Institut e.V., Darmstadt.

駆動エネルギー

19 Ecosystem Services and the Automotive Sector 20Ecosystem Services and the Automotive Sector

材料資源を採掘する際には、大規模な表土の掘削や森林の伐

採が行われることがある。また、道路や港湾といったインフラ設

備の建設が必要となった場合、生態系に損失や損傷、分離化をも

たらす可能性がある。世界資源研究所(WRI)によると、現在稼

働している採掘現場の 10%が、また探査現場の 20%が保全価

値の高い生態系とされている地域に位置している。

3-2. 材料資源の調達

れるバイオ燃料が実際に持続可能かどうかを判断する評価指標も

必要である。エネルギー変換を推進するためバイオ燃料の導入拡

大のステップを取るならば、自動車業界は持続可能と考えられる

バイオ燃料の使用を推進すべきである。

3.1.3電力および水素

電力は自動車用エネルギーとして石油消費量を削減する有力

なオプションである。世界の総発電量に占める化石燃料の依存度

は 68%、石油依存度も 6%だ。また、電気自動車のエネルギー

効率はガソリン車やディーゼル車より高いため、化石燃料および

石油への依存度を低減できる。さらに太陽光発電や風力発電を増

大し、化石燃料依存度を大幅に削減すれば温暖化への影響を削減

できる。水や土壌への影響も少なく、生態系への影響を低減する

大きなポテンシャルを持っている。

発電方式による CO2排出量の違いを図 8に示す。石炭、石油、

天然ガスなど化石燃料の火力発電では、発電電力 1kWhあたり

500~ 900gの CO2が排出される。これに対し、太陽光発電、

風力発電などリニューアブルエネルギーによる発電では、発電装

置製造時の CO2排出量を含めても約 50g以下であり、化石燃料

による火力発電より大幅に少ない。また発電による水のフットプ

リントを表 4に示すが、エネルギーキャリアーにより大きく異

なることが分かる。バイオマス発電と貯水式水力発電は水フット

プリントが大きい。太陽光発電、風力発電は水フットプリントが

相対的に小さく、生態系への影響は少ないと考えられる。

一次エネルギーソース 世界の平均ウォーターフットプリント            (m3/GJ)

枯渇性エネルギー

天然ガス 0.11石炭 0.16原油 1.06ウラン 0.09

再生可能エネルギー

風力 0.00太陽光 0.27水力 22バイオマス 70 (range:10-250)

自動車用エネルギーによる生態系への影響を削減する一つの

手段として、車両の電動化や、さらなる発電源のリニューアブル

化が重要となるが、発電方式の変更は自動車業界だけでは実行

できないため、電力業界や政府などと協力して進めていく必要

がある。

水素は電力と同様にクリーンな自動車用エネルギーとして期

待されている。天然ガスなど化石燃料を改質することで水素を製

造する方法では、温暖化ガスの削減効果は必ずしも高くないが、

電力と同様にリニューアブルエネルギーをもとに水素を製造する

ことで、温暖化と生態系への影響を少なくできる可能性がある。

ただ、水素の製造と輸送にかかるコストはガソリンなどに比べ相

対的に高く、製造技術、輸送技術のブレークスルーが必要と考え

られる。

手付かずの自然生態系 鉱山▲ 保全価値の高い生態系地域に位置する鉱山▲ 保全価値の高い生態系地域に位置する探索地 ▲ その他現役鉱山▲ その他探索地

0 - 1000 Sq.Km

1,001 - 10,000 Sq.Km

> 10,000 Sq.Km

Sources: Dinerstein et al., 1995; Sanderson et al., 2002; Cl, 2001; Bryant et al., 1997; Strattersfield et al., 1998. Last of the Wild Data Version 0, 2002. Wildlife Conservation Society (WCS) and Center for International Earth Science Information Network (CIESIN). Note: Degree of human influence is over estimated on the island of New Guinea.Mining Data ©1994-2003 InfoMine Inc. All Rights Reserved.

図9:世界の自然生態系地域と鉱山開発の分布

表4:発電源別ウォーターフットプリント

出典:P.W. Gerbens-Leenes, A.Y. Hoekstra and Th.H. Van der Meer(2009), Water Footprint Network, Enschede, the Netherlands.

1000

CO

2排出量(

gC

O2/k

Wh) 800

600

400

200

0石炭火力

石油火力

LNG火力

LNG火力(複合)

太陽光

風力

原子力

地熱

水力

図8:発電源別CO2排出量比較

出典:電力中央研究所報告書 他

■ 発電用燃料燃焼■ 設備・運用

21 Ecosystem Services and the Automotive Sector 22Ecosystem Services and the Automotive Sector

自動車製造に使用される材料の重量の約 80%を金属が占めて

いることから、自動車は鉱物資源に強く依存している(図 10)。

鉱物資源の採掘がさまざまな生態系に与える影響は、必要資源を

調達する際の業界リスク要因となる。そこで、省資源設計を採用

して資源の節約と再利用を推進し、使用する鉱物原料の量を削減

することが重要である。また、調達する資源を、生態系への影響

がより少ないものにすることも同様に重要である。

鉱物資源が生態系サービスに与える影響

鉱物の採掘には膨大な量の水が必要となるだけでなく、発生す

る排水が河川流域に流入することがある。水の供給や浄化、処理

などの生態系サービスに損傷を与えないようにするため、徹底的

な水管理が必要不可欠である。

さらに、鉱物採掘では、浸出液や排石、尾鉱などにより、現場

周辺域の水質や土壌が汚染されるリスクがあり、生態系が有する

能力に汚染の影響が及ぶ場合もある。例えば、銅地金の生産量は

年間 15,351千トンであるが、これを得るには、約 256億トン

の鉱山廃棄物(ズリ、テーリング)が廃棄されるとの報告がある。

これらの影響を予防するには、廃土や排水を適切に管理・処理し

なくてはならない。

世界鉱物資源採掘量(2002年)

A B A/B

金鉱山 239箇所 地金  2,249トン 採掘量 30.6億トン 7.35× 10-7

銅鉱山 331箇所 地金 15,351千トン 採掘量 256億トン 5.9× 10-4

鉄鉱石 鉄鋼    9億トン 採掘量 48億トン 0.19

炭鉱 石炭 38.4億トン 採掘量 230億トン 0.17

資源の保全と再利用

鉱物資源の使用が生態系に及ぼす影響を最低限に抑える方策

として、資源の再利用による原料消費量の削減を最優先すべきで

ある。この点については、さまざまなイニシアチブが日本で行わ

れている。

資源保全の観点では、自動車のライフサイクルのあらゆる側面

において“3R”、つまり「reduce (発生抑制)、 reuse (再使用)、

recycle (再生利用)」の概念を基にした 3R設計が導入されてい

る。使用済み自動車の再利用率を最大限まで上げ、再使用可能な

資源に還元することで、採掘原料の消費を最低限に抑えることを

目指すものだ。廃棄物の発生抑制・再利用による資源保全活動

の一例として、使用済み自動車から回収された部品の再利用推進

の他に、以前より進められている車両の小型化や軽量化が挙げら

れる。また、自動車業界が有している車や部品のディーラー販売

網を利用し、使用済み自動車からの部品回収から顧客販売に至る

までの総合的な再利用システムも確立されている。使用済み自動

車から回収された部品は、単に再販売されるだけではない。エン

ジンやオルタネーター、トランスミッションをはじめとする安全

性が極めて重視される部品や機能部品に関しては、再製造すると

いう取り組みも行われている。部品を解体、洗浄し、再製造する

場合は販売する前に性能試験も実施されている。

その他にもさまざまな資材が再利用されるなど、資源としての

再利用が推進されている。例えば、自動車メーカーが使用済み自

動車からアルミホイールを回収し、資材として再利用し、サスペ

ンション部品など品質の高さが求められる部品を製造している。

中古部品の利用を促すには市場の拡大を図る必要がある。また、

金属の再利用を推進するには、高品質を維持する再利用技術を開

発する必要がある。自動車業界は今後も、使用済み自動車の解体

業者など各種業者と協力し合いながらこうした取り組みを積極的

に進めるべきである。また同時に、使用済み自動車から生まれた

再利用資材の利用拡大を図るため、他業種間にクラスターを構築

することも検討すべき課題である。

資材の管理と調達

2003年 5月、国際金属・鉱業評議会(ICMM)は、「生物多

様性の維持と土地用途計画への統合的取り組みに貢献する」や「環

境パフォーマンスの継続的な改善を追及していく」など、持続可

能な開発への枠組みの基本原則 10項目を発表した。その後、豪

州鉱業協会(MCA)が ICMMの基本原則を実施する際の指針と

して「永続すべき価値」を発表。バリューチェーンの下流にあた

る自動車メーカーは、こうした指針に基づいた透明性の高い方法

で原料を調達することが重要である。

ICMMが提唱する資材管理は、生態系を保全する上で極めて

重要な意味を持つものである。資材管理については「最高の社会

的価値を創出し、人間と環境への影響を最小限に抑えるため、責

任を持って資材供給と物流管理を行うこと」と定義している。具

体的には、原料探査から原料生産に至る“加工管理”と、商品製

造、市場投入から廃棄物処理に至るまでの“商品管理”の 2本

の柱があり、加工管理は鉱業業界が、商品管理は製造業界がそれ

ぞれ責任を負うべきとしている。鉱業・製造の両業界が互いに協

力し合いながら資材管理を行うことで、資材利用による生態系へ

の影響を最小限に押し留めることができる。自動車業界と鉱業業

界が協同して資材管理を推進し、生態系への影響最小化に配慮し

た資源調達の良い前例を打ち立てることが肝要である。

谷口正次「国益と地球益を考えた資源戦略を」(『グローバルネット』2006年9月号、地球・人間環境フォーラム発行)をもとに作成

鉄類73%

非鉄類7.8%

樹脂8.2%

その他11%

図10:自動車材料内訳

表5:エコロジカルリュックサック

(社)日本自動車工業会資料 (2001)をもとに作成

23 Ecosystem Services and the Automotive Sector 24Ecosystem Services and the Automotive Sector

2008年 8月に開催された有識者と日産とのワークショップ

において、自動車業界が水資源に与える影響への危機感が増大し

ていると指摘された。世界的な人口増加と経済発展による水使用

量の増加や、地球温暖化による氷河の減少、気候変動による降水

量の変化は水資源問題をますます深刻なものにしている。

2000年の世界水会議「世界水ビジョン」によると、1995年

の世界の水の総使用量は1950年からの45年間で2.6倍に増加。

これは同期間の人口増加比 2.2倍より高い数字だ。1995年の

世界の水使用量の約 70%は農業用水、約 20%は産業用水、約

10%が生活用水として利用されている。また、世界人口の 1/5

が安全な水へのアクセスが十分でない。水ストレスは、水資源賦

存量(または再生可能な水資源量)に対する年間取水量の比率(臨

界比率)で定義されるが、この比率が 10%を越すと水ストレス

があるとされ、水消費量の増大に伴い、2025年には、世界人口

の 3人に 2人が水ストレス地域に居住することになると予測さ

れている。アフリカ、中東、インド、中国北部、オーストラリア、

北米など広範囲で水ストレスが高くなり、食糧生産への影響が懸

念されている。また過大な取水による生態系へのダメージも大き

い。水資源保護の問題は喫緊の課題として、国連関連組織やファ

ンドなどの調査機関だけでなく、産業界としても取り組むべき重

要な課題である。

自動車による水資源の利用に関しては、第一に生産工場の水

消費から考えることが肝要である。工場の立地条件により影響が

異なるため、生産拠点ごとに検討すべき課題である。

加えて、ESR評価によりバリューチェーン全体で水に依存し

ていることが確認されており、さまざまなプロセスにおいて水へ

の配慮が求められる。

3-3. 水資源の利用

図11:地域別水資源の状況

図12:地域別水ストレスの将来予測(2025年)

ストレスレベル

0%:ゼロ

10%:低

20%:中

40%:大

80%:最大

評価せず

物理的水不足

物理的水不足に近い

経済的水不足

水不足がほとんどまたは全くない

IWMI (2007), Areas of physical and economic water scarcityをもとに作成

World Water Council (2000), World Water Vision: Making Water Everybody's Business.をもとに作成

25 Ecosystem Services and the Automotive Sector 26Ecosystem Services and the Automotive Sector

自動車業界が生態系サービスにどのように関わってい

るのか。自動車産業のバリューチェーンのどの部分が生

態系サービスに深く依存し、影響しているのか。「企業

のための生態系サービス(ESR)」の手法に基づき解析

した結果、エネルギー、材料資源、水資源などバリュー

チェーンの上流が重要な領域であることが明らかになっ

た。これら重要な領域における、日産の具体的な取り組

みについて述べる。

日産は、石油系燃料の消費量を削減するために、ガソリン車

およびディーゼル車の燃費改善と、石油に依存しない代替エネル

ギー車の開発および市場への導入拡大に取り組んできた。代替エ

ネルギー車としては、バイオ燃料車、再生可能な水素を燃料とす

る燃料電池車、および電気自動車が重要となる。バイオ燃料車に

ついては、2005年から北米市場にバイオエタノールを燃料とす

るフレックスフューエル車を導入するなどの取り組みを進めてい

る。燃料電池車については、研究開発を重ねながらガソリン車と

同レベルの性能の車両を開発することに成功した。電気自動車に

ついては、2010年から日本などで販売を開始していく。これら

の技術は、石油系燃料の消費量を削減し、自動車による生態系サー

ビスと生物多様性への影響を緩和する上で大きな役割を果たし

ていくものと考えている。

電気自動車は、加速性能や静粛性などガソリン車にない長所が

日産は、材料資源の採掘量を削減するため、資源リサイクル

の取り組みに力を入れてきた。リサイクルのしやすさを考慮した

新型車の設計を推進するだけでなく、使用済み自動車の適正な処

理にも取り組んできた。

資源循環の究極のゴールは、使用済み自動車の 100%再資源

化(Recovery)である。究極のゴールに向かって前進するため、

使用済み自動車を資材として最大限有効活用することに活動をシ

フトしている。取り外しやすい構造で設計され、リサイクルに適

した材料で作られている部品を可能な限り取り外し、かつ可能な

限り多く自動車の材料に戻すことで、新たな枯渇性資源の採掘量

を減らしていく。

走行中に排出する CO2がゼロとなる電気自動車「日産リーフ」

は、車の材料製造時、廃棄時の環境への影響も最小限にしている。

リサイクルに適さない材料の使用量を最小化する設計と、使用済

あり、近年の技術進歩により性能が改善され、コストも低減した

ことから次世代の自動車として大きな期待がもたれている。日産

における電気自動車の歴史は長く、1947年に初めて電気自動車

を発売、1960年代から高性能の電気自動車を目指し積極的に開

発を進め、数多くの開発車・生産車を発表・販売してきた。こう

した経験をベースに、耐久信頼性に優れた高性能のリチウムイオ

ンバッテリーの開発に成功した。このラミネート型高性能リチウ

ムイオンバッテリーを搭載した量産型の電気自動車「日産リーフ」

を、2010年12月から日本、米国で発売し、2012 年からはグロー

バルで量販していく。日産はさらなる技術革新と車種拡大により

電気自動車の市場導入を拡大していく。

また発電方法については、環境への影響を最小にするために火

力発電の発電効率を改善し、また太陽光発電などリニューアブル

電力の比率を高める必要がある。日産は政府や地方自治体のプロ

ジェクトに積極的に参加することにより電気自動車用電力として

太陽光発電などリニューアブル電力の拡大を推進していく。

み製品からリサイクルした再生材を多くの部品に適用している。

また、電気自動車用バッテリーについても、二次利用する事業の

検討を進めている。日産の電気自動車に搭載される高性能リチウ

ムイオンバッテリーは、自動車で使用した後も 70 ~ 80%の残

存容量があるため、バッテリーを「再利用、再販売、再製品化、

リサイクル(Reuse, Resell, Refabricate, Recycle)」し、エネ

ルギー貯蔵用バッテリーとして活用していく。

これら総合的な取り組みにより、地球からの資源採掘量を大幅

に削減し、生態系への影響を緩和していく。

Table 13. 「日産リーフ」に採用するリサイクル材部品使用例

4-1. エネルギー 4-2. 材料資源

生態系と生物多様性への取り組み

●廃車由来リサイクル材●家電由来リサイクル材●バンパーリサイクル材●塗料付きバンパーリサイクル材●その他リサイクル材

●リサイクル PETクロス表皮材●その他リサイクル繊維材●木粉入り制振動材● PLA+リサイクル PET表皮材

部品製造

走行

車両製造

材料製造

廃車処理

地球からの採掘抑制資源を掘り出す量を減らすリサイクルされた材料の使用

地球への排出抑制廃棄物の量を減らすリサイクル実効率の向上

図13:資源循環での目指す姿

図14:「日産リーフ」に採用する主なリサイクル材部品

27 Ecosystem Services and the Automotive Sector 28Ecosystem Services and the Automotive Sector

日産ブランドの車および部品を製造する工場は、世界 18カ国

に 40以上あり、いずれも生産に伴い、水を使用している。

日産では、工場ごとに水資源に関する実態調査を実施し、水リ

スクに関する独自のスコア化に基づいて工場を3つのカテゴリー

に分類し、それぞれの実情に合わせた活動を進めている。水リス

クの最も高いレベル Aは、現在すでに水リスクが顕在化してい

るか、もしくは近い将来に顕在化すると予測される工場と定義さ

れ、これらの工場では水使用量の削減目標を独自に設定して活動

する。またレベル Bは、将来、水リスクが顕在化する可能性の

ある工場で、これまでの自主削減活動に加えて定期的な水リスク

のモニタリングを実施する。水リスクの低いレベル Cでは、従

来の自主的な水使用量の削減活動を継続していく。この分類と活

動レベルを全社統一の基準とすることで、これまで工場独自で実

施していた取り組みを全社活動へと移行させている。

例えば、水リスクレベル Aに分類される予定のインドの工場

などでは、すでに水使用量の削減活動を前倒しで実施している。

水使用量削減の具体的方策はインプット(取水)、プロセス(工程)、

アウトプット(廃水)の各フェーズで実施される。インプットの

取り組みとしては、取水源として雨水の利用をすべく 40,000m3

の貯水池を設置して、工場外からの取水を削減している。プロセ

スの取り組みとしては、車体溶接機やコンプレッサーの冷却水タ

ンクの水質をコントロール(純水利用+フィルター)することで

濃縮を避け、更新頻度を抑制することで工場外からの取水量を削

減している。またアウトプットの取り組みとして、廃水処理の最

終工程に逆浸透膜(RO膜)を導入して廃水をリサイクルすると

ともに、RO膜濃縮水をさらに蒸留して蒸留水もリサイクルする

ことで工場外からの取水量を削減している。

雨水貯留地(40,000㎥) RO膜設備

4-3. 水資源

調査機関レポート及び工場実態調査をもとに水リスクをスコア化

分類 活動レベル

A

B

C

工場ごとに水使用量の削減目標を設定して活動を開始

これまでの自主削減活動に加えて定期的な水リスクをモニタリング

これまでの自主削減活動を継続

水リスクが顕在化もしくは近い将来に顕在化すると予測される工場

将来、水リスクが顕在化する可能性がある工場

水リスクが低い工場

将来に向けて

自動車が生態系サービスと生物多様性へ与える影響に関しては、解析的な手法による評価と具体的な取り組みが始まったばかりである。

2007年よりスタートした国連大学高等研究所と日産自動車との共同研究は、我々に多くの知見をもたらすだけでなく、自然環境を幅広い視野で捉え、具体的なアクションに向けて新たな一歩を踏み出すきっかけとなった。企業の活動は、様々な形で生態系サービスと生物多様性に依存、あるいは影響している。もちろん、我々はすべての答えを見出したわけではない。しかしながら、本共同研究の成果を報告書としてまとめ広く公表することが、自動車業界のみならず、世界でさまざまなビジネスを展開する企業にとって、そのビジネスと生態系および生物多様性とのかかわりについて改めて考察する機会となり、持続可能な社会のさらなる発展に貢献できることを願ってやまない。

図15:水リスクのスコア化

図16:日産インド工場での取り組み事例

29 Ecosystem Services and the Automotive Sector

但し書き

本報告書は生態系サービスや生物多様性の専門的知識を有する外部の専

門家の視点に基づき、国連大学高等研究所と日産自動車が実施した共同研究

の成果を発表したものである。ただし、生態系サービスについてはいまだ多く

のことが分かっておらず、それ故に、本報告書は現在の見解を示しているに過

ぎない。国連大学高等研究所と日産自動車が本報告書の内容のすべての実行

に責任を持つものではない。

著者

クラウディア T. ハーベ 国連大学高等研究所

W. ブラッドニー チェンバース 国連環境計画

朝日弘美、廣田寿男、黒田太郎、奈良摩弥子、住永卓 日産自動車株式会社

謝辞

著者らは、本報告書の作成にあたり、ワークショップに参加していただいた、

スタンフォード大学のハロルド A. ムーニー教授、アリゾナ州立大学のチャー

ルス ペリングス教授、World Research Instituteのジャネット ランガナサン

氏、ジョン フィニスドア氏、Conservation Internationalのマリエル C. ウェイ

ケル氏、カリフォルニア大学のマイケル J. クリーマン教授、Natural Capital

Projectのヘザー タリス氏に深く感謝の意を述べる。

著者らは、ワークショップの構成とファシリテートに協力していただいた、

チェンジ エージェント/ジャパン フォー サステナビリティの枝廣淳子氏、チェ

ンジ エージェントの小田理一郎氏に深く感謝の意を述べる。また、本研究の立

ち上げから報告書の作成まで尽力頂いた田原英俊氏に心から感謝したい。

また著者らは、本研究に協力していただいた次の方々に深く感謝したい。

Kana Yamashita, Conservation International

Uwe R. Fritsche, Oeko-Institute

Clarice Wilson, UNEP

企画室 グローバル環境企画オフィス〒220-8686 神奈川県横浜市西区高島 1-1-1

日産自動車株式会社