我が国ものづくり産業が直面する課題と展望 ·...

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2 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望 第1節 我が国ものづくり産業を取り巻く構造変化と企業のビジネスモデルの変化 2000年前後を境に、サプライサイドとマーケットサ イドの構造変化が、世界のものづくり産業の競争環境を 一変した。近年、我が国のものづくり産業が苦戦する大 きな要因の一つは、これら二つの構造変化が極めて急速 に進展したため、多くの我が国企業が競争環境の変化に 適応しきれないことにある。 <サプライサイドの構造変化> サプライサイドの構造変化は、大きく分けて二つの技 術的な変化に起因する。 まず、半導体の性能向上とソフトウェアの進歩により、 製品自体のデジタル化が進展した。これにより、製品動 作においてソフトウェアに制御される領域が拡大し、パ ーツ間のインターフェイスさえ標準化すれば、各パーツ を組み合わせることで一応完成する製品が増加した。 (以 下では、機能的に独立した各パーツ(モジュール)を組 み合わせることで製品が一応完成するよう内部設計が変 化することを「モジュール化」という。) また、三次元 CADの普及、製造機械のソフトウェア との連動により、主としてアジアに展開する産業集積で 可能なものづくりの水準が向上し、我が国の産業集積と の格差が縮まった。その結果、アジアにものづくりを任 せて生産コストの低減を実現するため、各種製品のモジ ュール化が一層進展した。 以上のようなサプライサイドの構造変化を背景に、も のづくりにおける先進国と新興国の競合が激化した結 果、単なるものづくりから得られる付加価値が急速に低 下した。こうした中、自社が付加価値を確保する仕組み を巧みに構築した上で、アジアに積極的にものづくりを 任せることで国際分業のメリットを享受し、マーケット シェアの拡大と付加価値の確保に成功する企業が、先進 国を中心に多数出現した。また、反対にアジアでは、先 進国から生産を請け負うなどして、最先端の製造機械の 導入による生産性の向上や、投資や生産の大規模化によ るスケールメリットを享受することで、多くの企業が急 速な成長を遂げた。さらに、大規模化を続けるネットワ ークの活用や、コンテンツとの連携等により、単なるも のづくり以外の領域から付加価値を創出することを志向 する企業も散見されるようになった。これらの成功例は、 我が国ものづくり産業が目指すべき方向性について、一 定の示唆を与えるものと思われる。 <マーケットサイドの構造変化> 他方、上記のサプライサイドの構造変化とほぼ同じ時 期に、新興国市場における中間層の爆発的増加が原因と なって、マーケットサイドにおいても量的・質的な構造 変化が発生した。今や世界市場の枢要な位置を占める新 興国市場において売上げを拡大するには、先進国よりも はるかに低い価格設定が必要とされる。また同時に、新 興国市場では多様かつ変化の激しいニーズに対応するこ とも求められる。これらの要請に応えるには、各市場の ニーズへの深い理解・洞察、生産・開発コストの抑制、 開発スピードの加速といった対応が重要となる。我が国 のものづくり企業は、いま一度、「誰のためのものづく りか」という問いかけを起点に、各企業が有するリソー スを最大限活用することが求められている。 本節では、以上のような、サプライサイド・マーケッ トサイドの構造変化と、それに対する企業のビジネスモ デルの変化を概観することで、我が国のものづくり産業 が目指すべき今後の方向性について考察する。 46

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第2章我が国ものづくり産業が直面する課題と展望第1節 我が国ものづくり産業を取り巻く構造変化と企業のビジネスモデルの変化

2000年前後を境に、サプライサイドとマーケットサイドの構造変化が、世界のものづくり産業の競争環境を一変した。近年、我が国のものづくり産業が苦戦する大きな要因の一つは、これら二つの構造変化が極めて急速に進展したため、多くの我が国企業が競争環境の変化に適応しきれないことにある。

<サプライサイドの構造変化>サプライサイドの構造変化は、大きく分けて二つの技

術的な変化に起因する。まず、半導体の性能向上とソフトウェアの進歩により、

製品自体のデジタル化が進展した。これにより、製品動作においてソフトウェアに制御される領域が拡大し、パーツ間のインターフェイスさえ標準化すれば、各パーツを組み合わせることで一応完成する製品が増加した。(以下では、機能的に独立した各パーツ(モジュール)を組み合わせることで製品が一応完成するよう内部設計が変化することを「モジュール化」という。)また、三次元CADの普及、製造機械のソフトウェアとの連動により、主としてアジアに展開する産業集積で可能なものづくりの水準が向上し、我が国の産業集積との格差が縮まった。その結果、アジアにものづくりを任せて生産コストの低減を実現するため、各種製品のモジュール化が一層進展した。以上のようなサプライサイドの構造変化を背景に、も

のづくりにおける先進国と新興国の競合が激化した結果、単なるものづくりから得られる付加価値が急速に低下した。こうした中、自社が付加価値を確保する仕組みを巧みに構築した上で、アジアに積極的にものづくりを任せることで国際分業のメリットを享受し、マーケット

シェアの拡大と付加価値の確保に成功する企業が、先進国を中心に多数出現した。また、反対にアジアでは、先進国から生産を請け負うなどして、最先端の製造機械の導入による生産性の向上や、投資や生産の大規模化によるスケールメリットを享受することで、多くの企業が急速な成長を遂げた。さらに、大規模化を続けるネットワークの活用や、コンテンツとの連携等により、単なるものづくり以外の領域から付加価値を創出することを志向する企業も散見されるようになった。これらの成功例は、我が国ものづくり産業が目指すべき方向性について、一定の示唆を与えるものと思われる。

<マーケットサイドの構造変化>他方、上記のサプライサイドの構造変化とほぼ同じ時

期に、新興国市場における中間層の爆発的増加が原因となって、マーケットサイドにおいても量的・質的な構造変化が発生した。今や世界市場の枢要な位置を占める新興国市場において売上げを拡大するには、先進国よりもはるかに低い価格設定が必要とされる。また同時に、新興国市場では多様かつ変化の激しいニーズに対応することも求められる。これらの要請に応えるには、各市場のニーズへの深い理解・洞察、生産・開発コストの抑制、開発スピードの加速といった対応が重要となる。我が国のものづくり企業は、いま一度、「誰のためのものづくりか」という問いかけを起点に、各企業が有するリソースを最大限活用することが求められている。本節では、以上のような、サプライサイド・マーケッ

トサイドの構造変化と、それに対する企業のビジネスモデルの変化を概観することで、我が国のものづくり産業が目指すべき今後の方向性について考察する。

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▲23.3 ▲18.6

▲45.7

29.2

6.6 2.7

▲26.0

▲65.8

▲121.8 ▲140

▲120

▲100

▲80

▲60

▲40

▲20

0

20

40

製造業 (平均)

化学工業 鉄鋼業 はん用機器 生産用機器 業務用機器 電気機器 情報通信機器 自動車・ 同附属部品

(%)

クス

図211-1 経常収支の内訳の推移(再掲)

図211-2 主要産業の営業利益の対前年比(2011年/2010年)

資料:財務省・日本銀行「国際収支統計」

資料:財務省「法人企業統計」

▲ 0.5

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

4.5

▲ 2

0

2

4

6

8

10

12

14

16

18

00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 (年)

(兆円) (兆円) 配当金・配分済支店収益(受取)(右軸) 貿易収支(左軸) 所得収支(左軸)

第1節

第2章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

我が国ものづくり産業を取り巻く構造変化と企業のビジネスモデルの変化

1. 苦戦する我が国ものづくり産業原油価格の高騰や東日本大震災の影響など一時的な要

因も大きいものの、2011年の貿易収支は、第2次石油危機の影響を受けた1980年以来、31年ぶりに赤字となった(図211-1)。

こうした中、我が国の製造業の営業利益も、前年に比べて23%下落した。特に営業利益の下落が著しかったのが、我が国の基幹産業である自動車産業、エレクトロニクス産業である(図211-2)。実際、同分野では、個社ベースでも、我が国を代表する多くの世界的大企業が厳しい決算見通し(2011年度)を発表している。

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資料:DRAM eXchange、Display Search、各社公表財務諸表より経済産業省作成

資料:World Bank, "World Development Indicators"

図212-2 世界の製造業の付加価値に占める各国の シェア (2000年時点の米国ドル換算)

0

10

20

30

(%)

日本 米国 中国 韓国

00 年

09 年

18.0

14.1

25.6

22.9

6.7

14.9

2.3 3.1

図212-3 ハイテク輸出額の推移(名目ドル換算)

備考:「ハイテク輸出額」とは、航空宇宙、コンピュータ、医薬品、科学機器、電子機器など、多くの研究開発を必要とする製品の輸出額をいう。

資料:World Bank, "World Development Indicators"

0

50

100

150

200

250

300

350

400

450

92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09

中国

日本

韓国

米国

(10億ドル)

(年)

図212-1 世界的な価格競争・需給悪化によるデバイスの価格低下

2. 我が国ものづくり産業と工業化する新興国との競合激化

我が国ものづくり産業がこのように苦戦するに至った直接的な原因は、①円高、②原料価格の高騰、③東日本大震災、タイ洪水によるサプライチェーンの混乱、④欧州債務危機による市況悪化など、経営環境の悪化によるところが大きい。他方、これらの要因に加えて、我が国ものづくり産業

が苦戦するもう一つの重要な要因が新興国との価格競争の激化である。例えば、エレクトロニクス産業では、液晶パネル、DRAMなど、コモディティ化が進んだ製品を中心に、従前から韓国・中国・台湾企業との価格競争が激化していた。そのため、欧州債務危機等の影響で世界市場が縮小した時、製品単価の下落は一層急激なものとなった(図212-1)。(薄型テレビについては、地上デジタル放送への移行完了の反動等を受けた国内需要の低迷も影響した。)製品単価の下落によるダメージを受けたのは我が国企

業だけではない。韓国パネルメーカーも同分野では大きく収益性を悪化させている。新興国の工業化自体は、取り立てて新しい変化ではな

い。古くは1979年にOECDのレポートがNIEs(新興工業経済地域:ここでは、韓国、台湾、香港、シンガポール、メキシコ、ブラジル、ギリシャ、ポルトガル、スペイン及びユーゴスラビアを指す。)の台頭を取り上げている。しかし、2000年前後を境に、我が国ものづくり産業と新興国企業(特に中国及び韓国)との競合関係は、新たなステージを迎えたと考えられる。このことを確認するため、まず、2000年から2009

年にかけて、世界の製造業の付加価値に占める各国のシ

ェアの変化をみると、我が国、米国とも世界シェアが低下しているのに対し、中国の世界シェアが大きく上昇していることが分かる(図212-2)。さらに、ハイテク輸出額の推移を確認すると、2000

年以降、我が国と中国及び韓国の競合の激化が進んだことが、一層明確になる。1992年には、我が国及び米国のハイテク輸出額に比べて、中国及び韓国のハイテク輸出額は、圧倒的に小さかった。ところが、特に2001年以降、中国及び韓国のハイテク輸出額が急速に増加し、我が国は、2003年には中国、2009年には韓国に、ハイテク輸出額で追い抜かれた。これまで我が国ものづくり産業が得意としてきた分野に、中国及び韓国が急速に浸食してきたのである(図212-3)。

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図212-4 アジア太平洋の主な工業国間の中間財の貿易構造

備考:1.EUとは、ベルギー、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、スペイン、英国の7カ国の合計。2.ASEANとは、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイの4カ国の合計。

資料:RIETI-TID 2011より経済産業省作成

資料:RIETI-TID 2011より経済産業省作成

41

131

268

445

6 24

102

289

5 23

118

616

28 65

231

537

0

100

200

300

400

500

600

700

80 90 00 10

日本

韓国

中国

ASEAN

(年)

(10億ドル)

図212-5 日本・韓国・中国・ASEANの全世界向け中間財輸出額の推移

図212-6 中国向け中間財輸出額の推移

資料:RIETI-TID 2011より経済産業省作成

53

302

1,119

6

203

1,003

30

108

461

46

177

776

20

156

948

0

200

400

600

800

1,000

1,200

90 00 10

日本

韓国

米国

EU

ASEAN

(年)

(億ドル)

また、アジア太平洋の貿易構造から、我が国と中国及び韓国の競合が激化したことを確認する。1990年には、多くの国にとって我が国は中間財の主な輸出先となっていた。このことは、アジア太平洋の貿易構造において、最終財の生産拠点としても、我が国が枢要な地位を占めていたことを示している。ところが、時間が経過するに従って徐々にこの構造が崩れ始め、2010年には、かつて我が国が有していた位置を、かつての我が国以上に強固な形で、中国が獲得している(図212-4)。この点について、我が国は中国に部素材を供給する中

間財の生産拠点として新たな役割を担えば良いとする議

論も散見される。しかし、実際には中間財輸出においても新興国の成長は著しく、必ずしも楽観視できない状況である。2000年時点では、我が国の中間財輸出額は中国、韓国及びASEANを上回っていたが、直近の2010年には、中国及び ASEANに追い抜かれている(図212-5)。 ま た、 同 じ よ う に、1990年、2000年、2010年のいずれの時点でも、我が国は中国への最大の中間財輸出国だが、その伸び率は他の国と比べると緩やかであり、2010年には韓国及びASEANに肉薄されている(図212-6)。

第1節

第2章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

我が国ものづくり産業を取り巻く構造変化と企業のビジネスモデルの変化

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11.7

9.9

13.5

51.6

40.7

25.4

13.4

20.0

36.1

37.1

34.1

19.0

19.5

22.7

26.1

0 20 40 60

現地へ進出した 日本の部素材メーカーに

よるものが多い

日本からの部素材や 装置の調達が増え

ビジネスチャンスとなる

当該国と日本の 部素材は棲み分けが

なされている

ローカルメーカーの 部素材の品質が

高まっている

ローカルメーカーの 部素材の価格競争力

が高まっている

韓国 (n=1,630)

中国 (n=1,445)

ASEAN (n=1,751)

(%)

資料:経済産業省調べ(2012年1月)

出所:インテル(株)「インテルの歩み(1968年〜2011年)」

図213-1 集積回路のトランジスター数

図212-7 韓国・中国・ASEANの部素材分野における 成長に関する我が国メーカーの認識

なお、中国、ASEAN及び韓国における部素材産業の成長について、実際には現地に進出した日系の部素材メーカーが担っているのが内実ではないかとする向きもある。しかし、早くから日系メーカーの展開が進んだASEANにおいてはそのような傾向が見られるものの、韓国、中国は ASEANと明確に異なり、現地の部素材メーカーが育って品質向上や価格競争力の向上を実現しているという側面が強い(図212-7)。

このように、2000年以降、中国及び韓国など新興国の工業化が進む中で、我が国ものづくり産業は、従来得意としてきたハイテク分野における優位性を脅かされるとともに、アジア太平洋の貿易構造においても、最終財の生産拠点としての地位を中国に奪われ、また中間財の生産拠点としての地位も中国、韓国及び ASEANに奪われつつあるのである。

3. 我が国ものづくり産業の競争力基盤を動揺させたデジタル化・モジュール化

中国及び韓国など新興国の工業化が2000年前後から一層高いレベルで進展したのは、一体なぜか。

以下では、世界の製造業の競争環境を一変させたデジタル化・モジュール化の潮流について、(1)半導体の性能向上とソフトウェアの進歩による工業製品のデジタル化・モジュール化の進展と、(2)三次元 CAD、製造機械のソフトウェアとの連動による生産方法のデジタル化の進展という観点から考察する。

(1)工業製品のデジタル化・モジュール化の進展MCU(マイクロ・コントローラ・ユニット。以下、「マ

イコン」という。)は、1971年にインテルから発表された CPU(中央演算処理装置)に、メモリー機能、入出力回路、周辺制御回路などを組み合わせて1つのチップに集積したものである。その性能は、半導体の性能向上に支えられて、1990年代に飛躍的に進化した(図213-1)。注1

注1 以下、工業製品のデジタル化・モジュール化に関する解説は、小川紘一『国際標準化と事業戦略』によるところが大きい。

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出所:「第1回高度情報化社会における情報システム・ソフトウェアの信頼性及びセキュリティに関する研究会」資料(08年11月)

資料:経済産業省作成

図213-2 各種製品・システムにおけるソフトウェア規模の拡大

図213-3 すり合わせ・モジュール化の例

マイコンの性能がそれほど高くなかった1980年代までは、工業製品のモジュール化は一部でしか進まなかった。しかし、1990年代後半にマイコンの性能がある一定の水準を超えた段階で、組み込みソフト(マイコンに組み込まれたプログラム)に動作を制御された工業製品が急速に増加した。

現在、各種製品に使われる組み込みソフトのプログラム行数は指数関数的に増加を続けており、ソフトウェアの大規模化・複雑化が進んでいる(図213-2)。

その結果、工業製品の内部設計において、ソフトウェアを使って製品内の各パーツ間のインターフェイス(結合部分)を標準化しさえすれば、各所で別個に用意した

パーツを組み合わせれば製品が一応完成する性格が強まった。

これまでは、機械仕掛けの懐中時計のように、複雑な製品設計を持つ工業製品は、各パーツを組み合わせた時に果たして正常に動作するかどうか、経験を積んだ企業や熟練労働者が緊密に調整を重ねる中でしか分からない側面があった。このため、特に新しい製品を開発するような場面において、我が国で高度に発達した産業集積が強みを発揮した。しかし、半導体の性能向上を背景とする組み込みソフトの機能の向上が、経験を積んだ企業・労働者の緊密な調整(すり合わせ)が強みを発揮する領域を縮小させたのである(図213-3)。

第1節

第2章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

我が国ものづくり産業を取り巻く構造変化と企業のビジネスモデルの変化

第1節

第2章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

我が国ものづくり産業を取り巻く構造変化と企業のビジネスモデルの変化

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30%

18% 15%

8%

7%

6%

3%

3%

1%

9%

中国

日本

ドイツ

イタリア

韓国

台湾

スイス

米国

オーストリア

その他

47%

9% 8%

7%

5%

5%

3%

1%

1%

14%

中国

ドイツ

日本

韓国

米国

イタリア

台湾

スイス

オーストリア

その他

<生産> <消費>

6,223

9,000

36,813

0

10,000

20,000

30,000

40,000

92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03

(台)

(年)

図213-4 三次元CADの普及曲線(日本、中国、韓国)

80

70

60

50

40

30

20

10

0

1967

1970

1972

1975

1977

1978

1980

1981

1982

1983

1984

1985

1986

1987

1988

1989

1990

1991

1992

1993

1994

1995

1996

1997

1998

1999

2000

2001

2002

2003

2004

(%)

出所:竹田陽子・青島矢一・延岡健太郎・林采成・元時太「設計3次元化が製品開発プロセスと成果に及ぼす影響に関する日本・中国・韓国の比較調査」

図213-5 工作機械の世界シェア(2010年)

図213-6 中国におけるNC工作機械の生産額

備考:1.本図における工作機械とは、切削型及び成形型工作機械のことを指す。2.<消費>とは、各国の生産額から輸出額を差し引き、輸入額を加えたもの。

資料:(社)日本工作機械工業会「日本の工作機械産業 2011」より経済産業省作成

備考:NC工作機械とは、工作物、工具の位置、運動(速度、移動径路等)を、コンピュータ等を使って数値制御することにより、自動加工が可能となった工作機械。

資料:(社)日本工作機械工業会

図213-7 EMS市場の拡大

備考:EMS主要企業9社の売上高をまとめたもの。資料:ロイターナレッジより経済産業省作成

0

20,000

40,000

60,000

80,000

100,000

120,000

140,000

160,000

180,000

97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 (年)

Hon Hai Precision Ind. Co Ltd Flextronics International Ltd Venture Corp Ltd

Universal Scientific Industrial

Benchmark Electronics Inc Celestica Inc

Jabil Circuit Inc

Plexus Corp

Sanmina-SCI Corp

アジア国籍の企業の成長が

市場拡大をけん引

アジア国籍の企業 (100万ドル)

(2)生産方法のデジタル化の進展上記とは別に、CAD/CAM、マシニング・センタなど、

ものづくりを支える製造機械のデジタル化も進展した(図213-4)。具体的には、コンピュータ・ソフトウェアが進歩し、

CAD/CAMで三次元の設計・生産が可能になった結果、三次元の設計図面上で各パーツの適合性を相当程度シミュレーションすることが可能になった。また、三次元での金属加工を行うマシニング・センタを制御するコンピュータの性能が高まった。これらソフト・ハードを組み合わせた製造システムを導入することで高精度加工がある程度可能になった。注2

さらに、製造機械さえあれば、アジアなど新興国でも一定の品質のものづくりが可能になった結果、このメリットを活用して国際分業によるコスト低減を実現するため、すり合わせが不要な製品設計を採用する企業が増加した。他方、先進国企業からの国際分業の要請に応えるため、2000年前後から、中国などアジア諸国のものづくり企業は工作機械など製造機械を大量に導入し(図213-5)、急激な工業化を実現した。特に、三次元CAD/CAMと連動したNC工作機械の性能向上とその普

及は、新興国におけるものづくりの品質向上を後押しした(図213-6)。その結果、デジタル化・モジュール化が最も早くから進んだエレクトロニクス産業では、EMS(Electronics Manufacturing Service)と呼ばれる電子機器の受託生産サービスが急速に広まった(図213-7)。このようにして、新興国の工業化が加速し、デジタル化・モジュール化が進んだ製品を中心に、世界的な価格競争が激化するに至った。

注2 以下、生産方法のデジタル化に関する解説は、港徹雄『競争力基盤の変遷』によるところが大きい。

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