初期位相のランダム化によるCPM-OFDM PAPR 低減 …CPM-OFDM のPAPR...

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電気学会論文誌 C(電子・情報・システム部門誌) IEEJ Transactions on Electronics, Information and Systems Vol.134 No.8 pp.1010–1015 DOI: 10.1541/ieejeiss.134.1010 初期位相のランダム化による CPM-OFDM システムの PAPR 低減効果の評価 学生員 森岡 和行 ,∗∗ a) 非会員 アサノ デービッド A PAPR Reduction Method for CPM-OFDM Systems using Initial Phase Randomization Kazuyuki Morioka ,∗∗ a) , Student Member, David Asano , Non-member 2013 11 26 日受付,2014 2 18 日再受付) In this paper, CPM-OFDM systems which use CPM (Continuous Phase Modulation) as the first modulation scheme of OFDM (Orthogonal Frequency Division Multiplexing) are considered. As is the case for conventional OFDM sys- tems, PAPR (Peak to Average Power Ratio) reduction is the most important task in CPM-OFDM systems. PAPR reduction by varying the initial phase of each sub-carrier with a fixed oset and a random oset are proposed. In the random oset method, the initial phase of each sub-carrier is not known at the receiver side, so we propose a demodu- lation algorithm using the phase continuity property of CPM and MLSD (Maximum Likelihood Sequence Detection). Simulation results show that the PAPR performance is improved if we use the random oset method. Also, we found that even though the initial phase is unknown at the receiver, the proposed algorithm can demodulate CPM-OFDM symbols as well as an algorithm where the initial phase is known. キーワード:位相連続変調 (CPM), 直交周波数分割多重 (OFDM), ピーク対平均電力比 (PAPR) Keywords: Continuous phase modulation, Orthogonal frequency division multiplexing, Peak to average power ratio 1. はじめに 近年の移動体通信システムでは,直交周波数分割多重 (OFDM : Orthogonal frequency division multiplexing) が主 流になっている。OFDM では,低シンボルレートで変調さ れたサブキャリアを互いに直交するように密に並べること で,フェージング環境下においても高速通信を実現可能であ る。現在実現されている OFDM システムにおいては,各サ ブキャリアは,位相偏移変調 (PSK : Phase shift keying) や直 角位相振幅変調 (QAM : Quadrature amplitude modulation) で変調されるのが一般的である。 一方,位相連続変調 (CPM : Continuous phase modula- tion) (1) (2) は,位相が連続的に変化するため,スペクトル特 a) Correspondence to: Kazuyuki Morioka. E-mail: Kazuyuki. [email protected] 信州大学 380-8553 長野市若里 4-17-1 Shinshu University 4-17-1, Wakasato, Nagano 380-8553, Japan ∗∗ 電子航法研究所 182-0012 東京都調布市深大寺東町 7-42-23 Electronic Navigation Research Institute 7-42-23, Jindaiji-higashi, Chofu, Tokyo 182-0012, Japan 性に優れ,また,位相が過去のシンボルに依存するため,複 数シンボルを用いた復調を行うことで,誤り率特性を改善 できるというメリットがある。そこで,OFDM システムに CPM を用いる方式の研究が行われている (3)(14) . 本論文で は,今後の発展が期待できるセンサネットワークへの適用 を想定して,CPM-OFDM システムの検討を行う。 OFDM CPM を組み合わせた方式は 2 つに分類するこ とができる。 1 つめは, OFDM で変調された信号を CPM 調することにより,定包絡線信号を生成し,OFDM で問題 となるピーク対平均電力比 (PAPR : Peak to average power ratio) 0 dB にすることを目的としたシステムである (3)(5) . OFDM 変調器の後段に CPM 変調器が接続される構成のた め,本論文では OFDM-CPM 方式と呼ぶことにする。この 方式では, PAPR 0 dB とすることができるが, OFDM 調の後に,振幅を一定にするために,サブキャリア間の直 交性が崩れ,サブキャリア間干渉が発生し,誤り率特性が 悪化してしまう。 2 つめは,OFDM の一次変調方式として CPM を用いる システムである (6)(14) . CPM 変調器の後段に OFDM 変調器 が接続される構成のため,本論文では CPM-OFDM 方式と 呼ぶことにする。この方式では,複数シンボルを用いて復 調を行うことで,誤り率特性が改善できるという CPM c 2014 The Institute of Electrical Engineers of Japan. 1010

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電気学会論文誌 C(電子・情報・システム部門誌)IEEJ Transactions on Electronics, Information and SystemsVol.134 No.8 pp.1010–1015 DOI: 10.1541/ieejeiss.134.1010

論 文

初期位相のランダム化によるCPM-OFDMシステムのPAPR低減効果の評価

学生員 森岡 和行∗,∗∗a) 非会員 アサノ デービッド∗

A PAPR Reduction Method for CPM-OFDM Systems using Initial Phase Randomization

Kazuyuki Morioka∗,∗∗a), Student Member, David Asano∗, Non-member

(2013年11月26日受付,2014年2月18日再受付)

In this paper, CPM-OFDM systems which use CPM (Continuous Phase Modulation) as the first modulation schemeof OFDM (Orthogonal Frequency Division Multiplexing) are considered. As is the case for conventional OFDM sys-tems, PAPR (Peak to Average Power Ratio) reduction is the most important task in CPM-OFDM systems. PAPRreduction by varying the initial phase of each sub-carrier with a fixed offset and a random offset are proposed. In therandom offset method, the initial phase of each sub-carrier is not known at the receiver side, so we propose a demodu-lation algorithm using the phase continuity property of CPM and MLSD (Maximum Likelihood Sequence Detection).Simulation results show that the PAPR performance is improved if we use the random offset method. Also, we foundthat even though the initial phase is unknown at the receiver, the proposed algorithm can demodulate CPM-OFDMsymbols as well as an algorithm where the initial phase is known.

キーワード:位相連続変調 (CPM),直交周波数分割多重 (OFDM),ピーク対平均電力比 (PAPR)

Keywords: Continuous phase modulation, Orthogonal frequency division multiplexing, Peak to average power ratio

1. はじめに

近年の移動体通信システムでは,直交周波数分割多重(OFDM : Orthogonal frequency division multiplexing)が主流になっている。OFDMでは,低シンボルレートで変調されたサブキャリアを互いに直交するように密に並べることで,フェージング環境下においても高速通信を実現可能である。現在実現されているOFDMシステムにおいては,各サブキャリアは,位相偏移変調 (PSK : Phase shift keying)や直角位相振幅変調 (QAM : Quadrature amplitude modulation)で変調されるのが一般的である。一方,位相連続変調 (CPM : Continuous phase modula-

tion) (1) (2) は,位相が連続的に変化するため,スペクトル特

a) Correspondence to: Kazuyuki Morioka. E-mail: [email protected]∗ 信州大学〒 380-8553長野市若里 4-17-1Shinshu University4-17-1, Wakasato, Nagano 380-8553, Japan

∗∗ 電子航法研究所〒 182-0012東京都調布市深大寺東町 7-42-23Electronic Navigation Research Institute7-42-23, Jindaiji-higashi, Chofu, Tokyo 182-0012, Japan

性に優れ,また,位相が過去のシンボルに依存するため,複数シンボルを用いた復調を行うことで,誤り率特性を改善できるというメリットがある。そこで,OFDMシステムにCPM を用いる方式の研究が行われている (3)~(14). 本論文では,今後の発展が期待できるセンサネットワークへの適用を想定して,CPM-OFDMシステムの検討を行う。

OFDMと CPMを組み合わせた方式は 2つに分類することができる。1つめは,OFDMで変調された信号をCPM変調することにより,定包絡線信号を生成し,OFDMで問題となるピーク対平均電力比 (PAPR : Peak to average powerratio)を 0 dBにすることを目的としたシステムである (3)~(5).OFDM変調器の後段に CPM変調器が接続される構成のため,本論文では OFDM-CPM方式と呼ぶことにする。この方式では,PAPRを 0 dBとすることができるが,OFDM変調の後に,振幅を一定にするために,サブキャリア間の直交性が崩れ,サブキャリア間干渉が発生し,誤り率特性が悪化してしまう。

2つめは,OFDMの一次変調方式として CPMを用いるシステムである (6)~(14). CPM変調器の後段に OFDM変調器が接続される構成のため,本論文では CPM-OFDM方式と呼ぶことにする。この方式では,複数シンボルを用いて復調を行うことで,誤り率特性が改善できるという CPMの

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CPM-OFDMの PAPR低減手法(森岡和行,他)

特徴を生かすことができる。また,サブキャリア単体でのスペクトル特性が良いことも,周波数オフセット等により直交性が崩れた場合における他のサブキャリアへ与える影響 (ICI : Inter carrier interference)を低減でき,誤り率特性の改善につながることが期待できる。例えば,文献 (9)では,2波モデルにて D/U比 (Desired

to Undesired signal ratio)が 4 dBの場合に,ビット誤り率10−6 を実現する SNRが従来の PSK-OFDM方式に比較して 3.5 dB優れていることが示されている。また,文献 (10)では,位相雑音と周波数オフセットの存在する環境下にて比較を行い,CPMの一種であるMSKを用いた方が,従来のQPSKを用いた場合に比べて優れたビット誤り率特性を示すことが確認されている。さらに,文献 (11)においても,周波数オフセットの存在下,およびフェージング環境下におけるビット誤り率特性の評価を行い,MSKを用いた方が,従来の QPSKを用いた場合に比べて優れたビット誤り率特性を示すことが確認されている。このように,CPM-OFDM方式では,より信頼性の高い通信を実現可能であるというメリットがある。しかし,CPM-OFDM方式では,従来のOFDM方式と同様,PAPRが高くなるというデメリットがある。本論文では,後者の CPM-OFDM方式に着目し,PAPR

を低減する手法を提案する。CPM-OFDMシステムは,最初に Tasadduqら (6)によって提案され,Yangら (10)やWengら (11)によって拡張されている。また近年,光通信分野において,CPM-OFDMシステムを用いた実験結果が報告されており (15)~(19), CPM-OFDMシステムにおける PAPR低減が課題となっている。これまでに,PSK/QAM-OFDMシステムにおける PAPR

の低減手法に関する提案は多くある (22) (23)が,CPM-OFDMシステムにおける PAPRの低減手法に関する研究はあまり見られない。Tasadduq ら (20)は,多振幅の CPMを用いて,CPM-OFDMシステムにおける,PAPRを低減する手法を提案している。しかし,多振幅のCPMを用いることで,CPMのメリットである定包絡線特性が犠牲となっている。さらに,文献 (20)の手法では,サブブロック数を多くするにつれて PAPR特性が改善されるが,送信器の回路規模が大きくなってしまう。本論文では,初期位相をずらすという文献 (20)

の手法に比べてシンプルな処理で PAPRを低減し,受信器側で多少複雑な信号処理を行うことでビット誤り率の低下を防ぐ方法を提案する。これは,センサネットワーク等,受信側に比べて送信側における電力制約が厳しいシステムにおいて有効である。本論文の構成は以下のようになっている。まず,第 2章

において,CPM-OFDM方式のシステムモデルについて述べる。次に,第 3章において,CPM-OFDM方式におけるPAPR削減手法と CPMの復調アルゴリズムについて述べる。第 4章では,本論文で提案した PAPR削減手法の有効性をコンピュータシミュレーションによって確認する。最後に,第 5章において結論を述べる。

2. システムモデル

CPM-OFDMのシステムモデルは,次のように記述することができる (6). まず,サブキャリア nにおける 1次変調信号は,

Xn(t) = e jΦn(t,a), · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · (1)

と表すことができる。ここで,位相 Φn(t, a)は,文献 (21)に示されているように,次のように三つの部分に分割することができ,

Φn(t, a) = θn(t, an,k) + θn,k + φ0. · · · · · · · · · · · · · · · · · · (2)

と表される。ここで,θn(t, an,k)は,最新の Lシンボルによって定まる位相 (instant phase)であり,

θn(t, an,k) = 2πhk∑

i=k−L+1

an,iq(t − iTs) · · · · · · · · · · · · · (3)

と表される。また,θn,k は,k − Lシンボルまでに積み上げられた位相 (cumulate phase)であり,

θn,k = [hπk−L∑

i=−∞an,i] (mod 2π), · · · · · · · · · · · · · · · · · (4)

と表される。最後に,φ0 は初期位相を表している。また,式 (3)における関数 q(t)は,以下で定義される位相連続関数である。

q(t) =∫ t

−∞g(τ)dτ. · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · (5)

an,i ∈ (−1,+1)は,サブキャリア nの i番目における送信シンボルを表している。さらに,hは CPMにおける変調指数,Lは,CPMシンボルが過去 Lシンボルに依存することを示すパラメータである (21).ここで,g(t)が以下で表される方形パルスであり,L = 1

の場合には,CPFSK (Continuous phase frequency shift key-ing)と呼ばれる (21).

g(t) =

⎧⎪⎪⎨⎪⎪⎩1

2LTs, 0 ≤ t ≤ LTs

0, その他の場合· · · · · · · · · · · · · · · · · (6)

特に,h = 0.5の場合,CPFSK信号はMSK (Minimum shiftkeying)となる (21).最後に,CPM-OFDM信号は,CPM出力を IFFTするこ

とで以下のように表すことができる。

S (t) =N−1∑n=0

Xn(t) × e j 2πntNTs , 0 ≤ t ≤ T. · · · · · · · · · · (7)

ここで,T = NTsで,Nはサブキャリア数,Tsは,OFDMのシンボルインタバルを表している。図 1に CPM-OFDMの送信器の構成を示す。図中の CPは,OFDMにおけるサイクリックプレフィックスを表している。次に,OFDMシステムで問題となる PAPRは,

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CPM-OFDMの PAPR低減手法(森岡和行,他)

Fig. 1. Structure of CPM-OFDM transmitter.

PAPR(S (t)) =max0≤t≤T [|S (t)|2]

E[|S (t)|2]. · · · · · · · · · · · · · · · · (8)

と表すことができる。ここで,E[|S (t)|2]は,平均電力を表している。また,PAPR特性の評価指標となる,PAPRの累積確率分布 (CCDF:Complementary cumulative distributionfunction)は,

CCDF(z) = Pr(PAPR > z) · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · (9)

と表すことができる。すなわち,PAPRのCCDFは,PAPRがある値 (z)を超える確率として定義される。

3. 提案手法

これまでに提案されている CPM-OFDM システム (6)~(13)

では,初期位相がすべてのサブキャリアにおいて同じものとして扱われている。しかし,初期位相が同じであると,初期時点において,すべてのサブキャリアの位相がそろってしまうため,ピーク電力が高くなってしまうという問題がある。そこで,本論文では,CPM-OFDMシステムにおいて初期位相をサブキャリアごとにずらす手法を提案する。はじめに,固定オフセットによる手法を提案し,次に,ランダムオフセットによる手法を提案する。最後に,初期位相が未知の受信系列から CPM信号を復調するアルゴリズムを示す。〈3・1〉 固定オフセットによる手法 サブキャリア nにおける初期位相を φ0(n), n = 0, . . . ,N − 1と表す。また,初期位相の取りうる値の数を V 個とし,0から 2πまで等間隔に V 個の値をとるものとする。例えば,V = 4の場合,初期位相の取り得る値は,0, π/2, π, 3π/2となる。このとき,サブキャリア nにおける初期位相を以下で表す。

φ0(n) =2πV× (n mod V). · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · (10)

この場合,受信器において初期位相は既知であるため,既存の CPM受信器で復調可能である。〈3・2〉 ランダムオフセットによる手法 同様に,サブキャリア nにおける初期位相を φ0(n), n = 0, . . . ,N − 1と表し,初期位相の取りうる値の数を V 個とする。このとき,

ランダムオフセットによるサブキャリア nにおける初期位相を以下で表す。

φ0(n) =2πV× (rand() mod V). · · · · · · · · · · · · · · · (11)

ここで,rand()は,乱数 (0~N − 1の整数)の生成を表している。ランダムオフセットによる場合,どのサブキャリアでどのオフセットを用いたかを受信側へ伝える必要があるが,この情報を受信器へ伝えるとオーバヘッドが大きくなってしまうという問題がでてくる。しかし,CPMの場合,位相の連続性を利用して,MLSD (Maximum likelihood sequencedetection)を適用することにより,初期位相が未知の場合にも,復調することが可能である (25) (26). ただし,初期位相のとりうる値の数 V は,受信側で既知であると仮定する。次節に初期位相が未知の系列から CPMシンボルを復調するアルゴリズムを示す。〈3・3〉 初期位相が未知の場合の受信アルゴリズムCPM の場合,位相が過去のシンボルに依存するため,

MLSD を適用することにより,初期位相の情報を受信側へ伝えなくても,復調が可能である (25) (26).従来の PSK/QAM-OFDM システムにおける SLM (Se-

lected mapping) および PTS (Partial transmit sequence) による PAPR削減手法で,受信器側でMLSDを用いることで復調のための予備情報を受信側へ伝える必要のない PAPR削減手法が提案されている (24). 本論文における提案は,文献 (24)における手法をCPM-OFDMシステムの初期位相へ適用したものと考えることができる。次に,受信アルゴリズムを示す。

[受信アルゴリズム]f or n = 0, . . . ,N − 1

f or v = 0, . . . ,V − 1初期位相を φ0(n) = 2π

V × (v mod V)としてrn(t)と Xn(t, a, φ0(n))の相関 λa,φ0(n) を計算。

end相関が最大となる (a∗, φ0(n))∗)を選択。

end

ここで,rn(t) は,受信器における,FFT 後の第 n サブキャリアにおける信号系列を示しており,Xn(t, a, φ0(n))は,式 (1) において,シンボル a と初期位相 φ0 を明示的に記述したものである。また,λa,φ0(n) は,それらの相関を示している。初期位相が既知の場合に比べて,V 倍の相関計算が必要となるが,FPGA等のハードウエアを用いて並列に実行することで,処理遅延は問題とならない。ただし,受信器の回路規模と消費電力が大きくなる。ここで,本システムが対象と想定するセンサネットワークにおいては,送信側ノードは電池で駆動するため電力制約は非常に厳しいが,受信側は電源に接続されていることが多く,電力制約は送信側程厳しくないことに着目することができる。図 2に V = 4の場合の受信器の構成を示す。

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CPM-OFDMの PAPR低減手法(森岡和行,他)

Fig. 2. Structure of CPM receiver.

4. 性能評価

本章では,本論文で提案した PAPR低減手法をコンピュータシミュレーションによって評価した結果を示す。CPMのパラメータは,変調指数 h = 0.25, 0.375, 0.5, 0.625, 0.75,L = 3とし,パルス関数は方形パルスとした。また,OFDMのサブキャリア数は N = 64とした。文献 (27)に,PAPRを正確に測定するためのオーバーサンプリング数は 4倍で十分であることが示されているため,本論文でもオーバーサンプリング数 4を採用した。したがって,FFTポイント数は,64 × 4 = 256ポイントである。図 3-図 7 に,変調指数 h がそれぞれ,0.25, 0.375, 0.5,

0.625, 0.75の場合の,PAPRの評価結果を示した。縦軸は,PAPRの CCDFを示している。図中の V は,初期位相の取り得る値を表している。V = 1の場合は,すべてのサブキャリアの初期位相が同じ場合,すなわち既存の CPM-OFDMシステムの場合を表している。V = 2, 4, 8は,それぞれ初期位相の取り得る値が 2, 4, 8であることを意味し,「Const」は,〈3・1〉節で提案した固定オフセットによる手法,「Rand」は,〈3・2〉節で提案したランダムオフセットによる手法を示している。図 3-図 7より,初期位相がすべてのサブキャリアで同じ

場合 (V = 1, Const)に比べて,サブキャリアごとに初期位相をずらした場合 (V = 2, Const, V = 4, Const, V = 8, Const)の方が,大幅に PAPR特性が改善される様子が分かる。また,特に h = 0.25の場合に顕著に表れている。これは,変調指数が小さいと,位相の遷移幅も小さいため,初期位相近辺での遷移が支配的となり,各サブキャリアで電力を強めあう確率が大きくなるためと考えられる。次に,固定オフセットの場合と,ランダムオフセットの場合を比べると,ランダムオフセットにすることによって,さらに PAPR特性が改善されている様子が分かる。また,ランダムオフセットの場合,h = 0.5, 0.625, 0.75では,V = 2, V = 4, V = 8の場合で,ほぼ同じ特性を示すことが分かった。これは,初期位相のランダム化によって,各サブキャリアの CPMに

Fig. 3. CCDF of PAPR for h = 0.25.

Fig. 4. CCDF of PAPR for h = 0.375.

Fig. 5. CCDF of PAPR for h = 0.5.

おける位相の移動軌跡が平均化されたためと考えられる。一方,h = 0.25, 0.375 の場合には,V = 4, V = 8 に比べて V = 2の場合の特性が若干劣化している様子が分かる。したがって,ランダムオフセットによる手法を用いた場合,h = 0.5, 0.625, 0.75では初期位相の取り得る値 V は,2で十分であり,h = 0.25, 0.375の場合には,V は,4を用いればよいといえる。さらに,ランダムオフセットを用いた場合の PAPR特性は,変調指数 hの値によらず,ほぼ同様の特性を示しており,初期位相をランダム化した効果が表れていることが分かる。

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Fig. 6. CCDF of PAPR for h = 0.625.

Fig. 7. CCDF of PAPR for h = 0.75.

次に,受信性能についての評価を行った。図 8に,変調指数 h =0.25, 0.375, 0.5, 0.625, 0.75で,AWGNチャネルにおけるビット誤り率を評価した結果を示した。図 3-図 7の考察から,h = 0.25, 0.375の場合には,初期位相の取り得る値は V = 4 を用い,h = 0.5, 0.625, 0.75 の場合には,V = 2を用いた。図中の「Const」は,固定オフセットの場合,すなわち,受信側で初期位相の情報が既知の場合を示している。また,「Rand」は,ランダムオフセットの場合,すなわち,受信側で初期位相の情報が未知の場合を示している。図 8より,〈3・3〉節で提案した,MLSDを用いることで受信側で初期位相が未知の場合でも,既知の場合と同程度のビット誤り率を達成できることが分かる。このときの,受信器における回路規模の増加は V = 4の場合,高々4倍程度である。なお,CPMにおけるMLSDの計算量は,ビタビアルゴリズムを適用することにより,低減することが可能である (21).最後に,図 9に,変調指数 h =0.25, 0.375, 0.5, 0.625, 0.75

で,ランダムオフセットの場合について,シングルパスレイリーフェージング環境におけるビット誤り率を評価した結果を示した。h = 0.25, 0.375の場合には,初期位相の取り得る値は V = 4を用い,h = 0.5, 0.625, 0.75の場合には,V = 2を用いた。図中には参考のために,ランダムオフセットの場合の AWGN環境下におけるビット誤り率も示して

Fig. 8. BER comparison of fixed offset method and ran-dom offset method.

Fig. 9. BER of CPM-OFDM systems in AWGN andRayleigh fading channel.

いる。図より,変調指数 h = 0.75の場合が最も良好な誤り率特性を示すことが分かった。

5. おわりに

本論文では,CPM-OFDMシステムで問題となる PAPRの低減手法について検討した。CPM-OFDMシステムでは,初期位相がそろうことによる PAPRの増大が問題となる。本論文では,サブキャリアごとに固定のオフセットを持たせる固定オフセットによる手法と,ランダムなオフセットを持たせるランダムオフセットによる手法を提案した。固定オフセットの場合,受信側で初期位相の情報が既知となるため,既存の受信アルゴリズムが適用可能である。しかし,ランダムオフセットの場合,受信側で初期位相の情報が未知となるため,既存の受信アルゴリズムを適用することができない。そこで,CPMにおける位相の連続性を利用して,複数シンボルを用いたMLSDを適用することで,初期位相が未知の場合でも復調可能なアルゴリズムを提案した。コンピュータシミュレーションの結果,ランダムオフセットを用いた場合,PAPR特性を大幅に改善できることが分かった。また,受信側で初期位相の情報が未知であっても,多少の計算量の増加によって,初期位相が既知の場

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合と同程度の受信性能を達成できることが分かった。本提案手法では,初期位相をランダム化するという単純な手法で平均的に PAPRを改善することを目指した。今後の展開として,送信シンボルに応じて,最小の PAPRを実現する最適な初期位相の組み合わせを探索する手法も考えられる。その場合においても,付加情報を受信側へ伝えることなく復調可能であることが本論文の検証により明らかとなった。謝 辞本研究の一部は JSPS 科研費 25889076 の助成により行

われた。

文 献

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( 2) T. Aulin, N. Rydbeck, and C. Sundberg: “Continuous phase modulation–Part II: partial response signaling”, IEEE Trans. Commun., Vol.29, No.3,pp.210–225 (1981)

( 3) S.C. Thompson, J.G. Proakis, and J.R. Zeidler: “Constant envelope binaryOFDM phase modulation”, Military Communications Conference, 2003.MILCOM’03. 2003 IEEE, Vol.1, pp.621–626 (2003)

( 4) S.C. Thompson, A.U. Ahmed, J.G. Proakis, J.R. Zeidler, and M.J.Geile: “Constant envelope OFDM”, IEEE Trans. Commun., Vol.56, No.8,pp.1300–1312 (2008)

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森 岡 和 行 (学生員) 2005年 3月北海道大学卒業,2009年9月信州大学大学院工学系研究科修了。現在,同大学院総合工学系研究科博士課程在籍中。2011年9 月より独立行政法人情報通信研究機構技術員。2013 年 4 月より独立行政法人電子航法研究所研究員。主としてディジタル無線通信に関する研究に従事。IEEE, IEICE, IEEJ 各学生員。

アサノ デービッド (非会員) 1994 年トロント大学電子情報工学研究科博士課程修了 (Ph.D.). 1994 年郵政省通信総合研究所 (STAフェロー). 1996年 4月信州大学工学部情報工学科講師。現在,同准教授。主としてディジタル無線通信や情報システムに関する研究に従事。IEEE Senior Member, 電子情報通信学会各会員。

1015 IEEJ Trans. EIS, Vol.134, No.8, 2014