作業時の照明と照度の適正化 - Kagawa...

7
作業時の照明と照度の適正化 石井明(香川大学) 1.作業に適した照明環境について 図1に示すように目視検査では,検査面で反射して くる光線の出射方向に, 天井照明や隣接する検査セク ションの照明があれば,検査員の眼にはその領域は明 るく見えるため,キズの顕在化に悪影響を及ぼします。 したがって,光源―検査面―眼の光学的配置に基づい て,欠陥の顕在化の原理を考え,欠陥の顕在化に適した 照明を選択するとともに,欠陥の顕在化に不要もしく は悪影響を及ぼす天井照明や他の検査セクションから 漏洩する照明はもちろん,天井・壁・作業台からの環境 光,白色の作業手袋には注意することが重要です。 感察工学研究会ではワーク面の照度は,1,000±200 lx を適正照度として推奨しています 1) 。小さなキズや 欠陥を“よく見る”ときには照度が高い方が見やすいこ とは確かですが,このときの見方は中心視です。中心視での見方で検査作業を行うと,短時間で 眼が疲れ,小さなキズなどが見難くなります。そのとき,照度を高くすると一時的に見やすくな るため,中心視での見方の検査員は照度を必要以上に高くし,照度が 3,000 lx を超えている現場 も珍しくありません。一方,周辺視で異常領域を感じる見方では,照度は高い必要はなく,逆に 1,000 lx 以下に下げた方が異常領域を感じやすくなります。これは眼の構造によるものです。光を 感じる網膜には錐体細胞と桿体細胞の 2 種類の視細胞があり,錐体細胞は眼の中心部(中心窩) に最も多く分布し,主に明るい環境下で作動し,形態覚,色覚に関連しています。一方,桿体細 胞は中心窩には存在せず,周辺部に多く分布し,視野中心から20°近辺で密度は最大となります。 主に暗い環境で作動し,光覚(明暗の差の識別)に関連しており,キズ部での明暗の瞬時変化や 汚れ・にじみなどのわずかなコントラストの変化を捉えることができます。そのため,照度は可 能な限り低い方が異常領域のコントラスト変化を捉えやすくなります。しかし,発見した異常領 域の不良(NG)レベルを判断するときには,中心視で確認することが必要であるため,少し高 めの 1,000±200 lx を適正照度として推奨しています。周辺視への移行の第1ステップは照度を 適正照度まで下げ,視野を広げ,検査品を動かしながら,予め用意した不良品の不良箇所を感じ るとることができるようになるまで訓練を繰り返すことです。 図1 キズ(凹状欠陥)の顕在化の原理 正常面からの反射 照明 検査員の眼 光線(平行光) _______________________________________________ PVI2018 外観検査ワークショップ(2018.11.21 大阪) 5

Transcript of 作業時の照明と照度の適正化 - Kagawa...

Page 1: 作業時の照明と照度の適正化 - Kagawa Uishii/kansatsu/PVI2019/...作業時の照明と照度の適正化 石井明(香川大学) 1.作業に適した照明環境について

作業時の照明と照度の適正化

石井明(香川大学)

1.作業に適した照明環境について

図1に示すように目視検査では,検査面で反射して

くる光線の出射方向に, 天井照明や隣接する検査セク

ションの照明があれば,検査員の眼にはその領域は明

るく見えるため,キズの顕在化に悪影響を及ぼします。

したがって,光源―検査面―眼の光学的配置に基づい

て,欠陥の顕在化の原理を考え,欠陥の顕在化に適した

照明を選択するとともに,欠陥の顕在化に不要もしく

は悪影響を及ぼす天井照明や他の検査セクションから

漏洩する照明はもちろん,天井・壁・作業台からの環境

光,白色の作業手袋には注意することが重要です。

感察工学研究会ではワーク面の照度は,1,000±200

lx を適正照度として推奨しています1)。小さなキズや

欠陥を“よく見る”ときには照度が高い方が見やすいこ

とは確かですが,このときの見方は中心視です。中心視での見方で検査作業を行うと,短時間で

眼が疲れ,小さなキズなどが見難くなります。そのとき,照度を高くすると一時的に見やすくな

るため,中心視での見方の検査員は照度を必要以上に高くし,照度が 3,000 lx を超えている現場

も珍しくありません。一方,周辺視で異常領域を感じる見方では,照度は高い必要はなく,逆に

1,000 lx 以下に下げた方が異常領域を感じやすくなります。これは眼の構造によるものです。光を

感じる網膜には錐体細胞と桿体細胞の 2 種類の視細胞があり,錐体細胞は眼の中心部(中心窩)

に最も多く分布し,主に明るい環境下で作動し,形態覚,色覚に関連しています。一方,桿体細

胞は中心窩には存在せず,周辺部に多く分布し,視野中心から 20°近辺で密度は最大となります。

主に暗い環境で作動し,光覚(明暗の差の識別)に関連しており,キズ部での明暗の瞬時変化や

汚れ・にじみなどのわずかなコントラストの変化を捉えることができます。そのため,照度は可

能な限り低い方が異常領域のコントラスト変化を捉えやすくなります。しかし,発見した異常領

域の不良(NG)レベルを判断するときには,中心視で確認することが必要であるため,少し高

めの 1,000±200 lx を適正照度として推奨しています。周辺視への移行の第1ステップは照度を

適正照度まで下げ,視野を広げ,検査品を動かしながら,予め用意した不良品の不良箇所を感じ

るとることができるようになるまで訓練を繰り返すことです。

図1 キズ(凹状欠陥)の顕在化の原理

正常面からの反射

照明

検査員の眼

光線(平

行光)

_______________________________________________ PVI2018 外観検査ワークショップ(2018.11.21 大阪)

5

Page 2: 作業時の照明と照度の適正化 - Kagawa Uishii/kansatsu/PVI2019/...作業時の照明と照度の適正化 石井明(香川大学) 1.作業に適した照明環境について

2.作業に適した照明の選択と有機 EL照明の可能性

図2に示すように照明器具は,従来は蛍光灯からの平行光(直接光)を利用すれば,キズや突

起状の不良は,正常であれば光らない領域が光るので瞬時に気づくことができました。また,汚

れや成形不良等で光沢が低い不良は,拡散光(間接光:発光体をプラスチックや紙などのカバー

で覆ったもの)を利用すると緩やかな輝度の変化領域として見えるので気づくことができました。

しかしながら,蛍光灯の業界的な生産終了を間近に控えた現在,検査作業用照明の LED への移

行に伴い課題が出てきています。極端に明る過ぎる LED の光が眼に入り眩惑を起こすため適正

な検査を維持しづらいという現場の声が出てきています。また,拡散板を入れても LED の部分の

輝度は高いため,光源像は通常の蛍光灯のように一様ではなく,素子があるところは輝度が高く,

ない所は輝度が低い明暗の周期性パターンとなるためキズや色艶の不良の区別が難しくなる場合

があるようです。さらに,眼・体への負担(疲労)が増してしまい LED への移行を取り止めた現

場もあるようです。スマートフォンや PC のディスプレイのみならず一般的な LED 照明に多く含

まれるブルーライトによる視神経や身体への影響も懸念されています2)。

一方,ブルーライトを軽減した有機 EL(OLED)照明が居住空間の照明として注目され始めて

います3)。また,有病率が 20~40 代の女性で特に高い(約 15~20%)片頭痛患者に対する有機

EL 照明と LED 照明の影響の調査では,LED の方が有機 EL よりも眼が疲れやすいことが報告さ

れています4)。そこで,著者らは,有機 EL 照明を搭載した照明器具を使い,プラスチックめっき

製品の目視検査における検査照明としての有意性の有無を確認するための調査を実施しました。

(添付資料Ⅰ参照)

調査した結果,以下のことがわかりました。

有機 EL 照明は,蛍光灯や LED 照明に比べて照度が低過ぎる事が懸念されましたが,光源にワ

ークを近づければ十分な照度が得られました。また,光源に近づければ,拡散照明として利用す

ることができるとともに,近づけすぎても蛍光灯や LED 照明のように極端に明る過ぎる光が眼

拡散光(間接光)

カバー

〔適しているもの〕

塗装面、暗いプラスチック面、鋳物の鋳肌、柄物など

■反射が柔らかく影を作らない

平行光(直接光)

〔適しているもの〕

金属面のキズ、異物、艶物など

■キズなどがあるとイレ

ギュラーな反射をする

ことで小さなキズが見

える

図2 平行光と拡散光の違い

_______________________________________________ PVI2018 外観検査ワークショップ(2018.11.21 大阪)

6

Page 3: 作業時の照明と照度の適正化 - Kagawa Uishii/kansatsu/PVI2019/...作業時の照明と照度の適正化 石井明(香川大学) 1.作業に適した照明環境について

に入らないため眩惑することもなく適正な検査を維持することができるという結果が得られまし

た。有機 EL 照明特有の,パネル間の継ぎ目(発光部と非発光部の境)は,当初,不良検出のマイ

ナス要因と危惧していました。しかし,良/不良の判定の際にその箇所を継ぎ目部分に合わせるこ

とにより判定がし易くなり,有効活用できるという現場の声もありました。有機 EL 照明の大光

源面積,適度な最大照度,高演色を上手に使いこなす事が出来れば,キズ,色艶の不良の見落と

しがなくなり,且つ,眼・体への負担(疲労)がなくなる事が大いに期待できます。

一方,周辺視目視検査法の検査現場への展開で最も重要な適切な照度と照明方法の選択,設定

に対して,有機 EL 照明を搭載した照明器具は,きわめて有望と思います。今後,より選択・設置

がしやすい目視検査用照明として提供できるようメーカー側に働きかけをしたいと思います。

おわりに,本調査にあたりましては,株式会社カネカ OLED 事業開発プロジェクトより機材の

提供並びに奥山弦氏,久保智樹氏の調査協力を受けて行いました。ご協力に感謝申し上げます。

参考文献

1) 石井明,佐々木章雄,中村俊,森由美:周辺視目視検査法の理解と導入のためのヒント, ちゅうご

く産業創造センター(2017).

2) T. Narimatsu, Y. Ozawa, S. Miyake, S. Kubota, K. Yuki, N. Nagai, K. Tsubota: Biological effects of

blocking blue and other visible light on the mouse retina, Clin Exp Ophthalmol., 42-6, (2014), 555-

563. ブルーライト研究会:http://blue-light.biz/

3) 第 10 回 新産業技術促進検討会:Fit+[フィットプラス] 新光源 有機 EL 照明の魅力(2017)

http://cereba.or.jp/fitplus/index.html

4) 尾田恵, 辰元宗人, 平田幸一:片頭痛患者における有機 EL 寝室照明環境の検討( 照明デザイン

から視作業へのアプローチ), 照明学会,第 51 回全国大会予稿集(2018).

添付資料

Ⅰ:目視検査現場における検査用有機 EL 照明の評価確認調査

Ⅱ:デスクライトパンフレット

_______________________________________________ PVI2018 外観検査ワークショップ(2018.11.21 大阪)

7

Page 4: 作業時の照明と照度の適正化 - Kagawa Uishii/kansatsu/PVI2019/...作業時の照明と照度の適正化 石井明(香川大学) 1.作業に適した照明環境について

Ⅰ:目視検査現場における検査用有機 EL照明の評価確認調査

調査企業:2 社(I 社,T 社)

日 時:2018 年 10 月 12 日(金)

調査担当:石井明(香川大学),奥山弦(カネカ),久保智樹(カネカ)

調査目的

目視検査における標準検査照明として,有機 EL(OLED)照明の有意性の有無を確認するため

に以下を調査した。

・検査現場に設置した有機 EL 照明の,見易さ,使い勝手の評価結果を確認する。

・有機 EL 照明がどのような製品の検査に適しているかを確認する。

調査内容

・有機 EL タスクライト (4000K 2 枚)を用いての評価

・特注有機 EL 照明ユニット(3000K/4000K 各 6 枚)を用いての評価

調査対象品

・プラスチックめっき製品

結論

・光沢のある製品に対して有機 EL 照明が使えるという評価が得られた。

・検査する製品及び,検査環境や検査員により評価に差異があった。特に,天井照明などの環

境光が複数存在する場合,有機 EL 照明の有意性が損なわれる傾向がある。

・高評価を得られた検査台においては,有機 EL タスク照明を継続使用いただく。

・今後,引き続き,検査対象物や環境を含めた検査方法の精査を行う。

_______________________________________________ PVI2018 外観検査ワークショップ(2018.11.21 大阪)

8

Page 5: 作業時の照明と照度の適正化 - Kagawa Uishii/kansatsu/PVI2019/...作業時の照明と照度の適正化 石井明(香川大学) 1.作業に適した照明環境について

調査を終えて

検査現場では,検査ワークのハンドリングがある程度,慣熟している検査員が多く見られた。

部分的には周辺視目視検査となっているが,外観検査だけでなく,バリ取りを行ったり,判断が

難しい検査基準(ツヤ出しのためのわずかな擦り傷は OK など)があるため,中心視的見方を強

いられている時間割合が多いようである。また,200 ㎜程度の大きなワークを座位で検査してい

る場合があり,立位での検査も検討した方が良いケースが見られた。

有機 EL 照明では,蛍光灯や LED 照明に比べて照度が低いが,光源にワークを近づければ十分

な照度が得られる。また,光源に近づければ,拡散照明として利用することができるとともに,

近づけすぎても蛍光灯や LED 照明のように極端に明る過ぎる光が眼に入らないため眩惑するこ

ともなく適正な検査を維持することができるものと思われる。さらに,有機 EL 照明ユニットを

用いれば,ワークに応じて色温度や演色性を瞬時に変えることができるため,多品種小数ロット

の製品の検査への対応も容易になるものと思われる。

検査用有機 EL パネルの大光源面積,適度な最大照度,高演色を上手に使いこなせば,キズ,色

艶の不良の見落としがなくなり,且つ,眼・体への負担(疲労)を減らすことが期待できる。

調査結果

調査企業 1:I 社

●特注有機 EL 照明ユニットモジュール

(3000K/4000K 各 6 枚)設置と照度確認

・机上照度 430lx(距離 600mm)

・立位による被検査対象物照度 700~750lx

検査員評価コメント

・色は高色温度が良い,4000K でもまだ黄色味が強

い(天井照明 蛍光灯 5000K)

・3000K では黄色味が強すぎる印象

・検査対象物は,光沢がある方がわかりやすい

・茶色いシミはよく見えるが,白っぽい不良が見に

くい

・タスクライト 1 台(OLED パネル 2 枚)だと光

量が足りない

・従来蛍光灯に比較して光量不足の印象を受ける。有

機 EL 照明の光量に慣れるまで1週間程度かかり,

その間は疲労感が大きいが,慣れる事で有効になる。

図1 特注有機 EL 照明ユニット

モジュールの設置

_______________________________________________ PVI2018 外観検査ワークショップ(2018.11.21 大阪)

9

Page 6: 作業時の照明と照度の適正化 - Kagawa Uishii/kansatsu/PVI2019/...作業時の照明と照度の適正化 石井明(香川大学) 1.作業に適した照明環境について

調査企業 2:T 社

●有機ELタスクライト(4000K 2枚)の設置状況と検

査の様子を図2に示す。検査ワーク面上での照度は

850 lx であった。

検査員評価コメント

・製品(ニッケル製品)と色味が似ているが,慣れ

る事で不良が発見しやすくなる

●有機 EL タスクライト(4000K 2 枚)の減光での検

査の様子を図3に示す。このセクションでは,1次

検査後の 2 次検査であるため,色艶の確認が不要な

ため定格の約 30%に調光し,手元照度で 150lx と非

常に低照度で使用していた。

検査員評価コメント

・眩しさを抑えた有機 EL 照明の方が従来蛍光灯(減

光フィルムを用いて減光)より検査はし易い。

調査者コメント

・検査の様子をみると,後方上部の天井の蛍光灯や

周囲の環境光も利用した検査となっているように

思われる。低照度のため十分に周辺視の感度が上がり,

きず,剥がれ等が見やすくなっているものと思われる。

●特注有機 EL 照明ユニット(3000K/4000K )による評価

検査台上方部に設置出来なかったことから,机手前に設置

(図4の赤破線枠)し,各色での製品の見え方を確認

検査員評価コメント

・3000K つや消しの部品は見やすい,キズも見やすい(製品

によって違う)

・4000K 色味の違いがわかりやすい(製品によって違う)

・有機 EL パネル間の継ぎ目は,見たい部分に対して発光部

と非発光部の境を利用する事で確認がし易くなり,有効活

用できる

図2 有機 ELタスクライト 2台使用

しての検査の様子(手元照度 850 lx)

図3 有機 ELタスクライト 2台使用

しての検査の様子(手元照度 150 lx)

図4 特注有機 EL 照明ユニ

ットでの 3000K/4000Kの評価

しての検査の様子(手元照度

150 lx)

_______________________________________________ PVI2018 外観検査ワークショップ(2018.11.21 大阪)

10

Page 7: 作業時の照明と照度の適正化 - Kagawa Uishii/kansatsu/PVI2019/...作業時の照明と照度の適正化 石井明(香川大学) 1.作業に適した照明環境について

_______________________________________________ PVI2018 外観検査ワークショップ(2018.11.21 大阪)

11