MOTOR DISABILITIES BASED ON DYSFUNCTION OF ......(10) E.1H-MRS 分析方法 1H-MRS...

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緒    言 自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder; ASD)は、発達障害の 1 つであり、社会コミュニ ケーションの困難、こだわり、常同行動などの症 状を有する。一方で、ASD 者の約 8 割は運動障 害も呈することが報告されており 3、靴紐を結ぶ など指先の器用な動作や、球技や水泳など全身を 使う運動など、日常生活で行う多岐にわたる運動 で困難が生じる。これらの困難は、特に学校教育 における集団生活で問題になりやすく、うつや不 安障害などの二次障害の原因となることも懸念さ れている。 ASD の神経生理学的な要因の 1 つとして、脳 の興奮 抑制バランスの変化がある。脳の興奮 制バランスの変化は、抑制性の神経伝達物質であ gamma-aminobutyric acidGABA)の代謝の変 容によって生じる 7。近年では、プロトン磁気共 鳴分光法(proton magnetic resonance spectroscopy; 1 H-MRS)という手法を用いて、脳の任意の領域 に含まれる代謝物質の濃度を計測することが可能 になった。 1 H-MRS を利用して 2 13 歳の ASD 児の脳内 GABA 濃度を計測した研究では、前頭葉、 一 次 聴 覚 野、 一 次 運 動 野(primary motor area; M1)を中心とした領域で、定型発達(typically developing; TD)の児童と比較して GABA 濃度が 低下していた 1,4。一方で、脳内 GABA 濃度と運 動パフォーマンスに関する先行研究の報告では、 20歳以上の成人の TD 者において M1GABA 度が低いほど、運動学習効率が向上することが 示されている 8。また、経頭蓋直流電気刺激 transcranial direct current stimulation; tDCS)の陽 極刺激を脳に与えると、その領域の GABA を減 少させるが、この刺激を成人の TD 者の M1に与 えることによって、特定の筋の最大発揮力が向上 したという報告もある 9。このように、TD 者を * 国立障害者リハビリテーションセンター研究所 Research Institute of Rehabilitation Center for Persons with Disabilities NRCD, Saitama, Japan. ** 京都大学大学院医学研究科 Graduate School of Medicine, Kyoto University, Kyoto, Japan. 自閉スペクトラム症者にみる運動のぎこちなさと その基盤となる皮質内抑制機能の低下 梅 沢 侑 実 松 島 佳 苗 ** 渥 美 剛 史 和 田   真 井 手 正 和 MOTOR DISABILITIES BASED ON DYSFUNCTION OF INTRACORTICAL INHIBITION IN AUTISM SPECTRUM DISORDER Yumi Umesawa, Kanae Matsushima, Takeshi Atsumi, Makoto Wada, and Masakazu Ide Key words: autism spectrum disorder, developmental coordination disorder, gamma-aminobutyric acid, magnetic resonance spectroscopy, brain motor area. 34 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書 2017 年度 pp.8152019.4

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緒    言

 自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder;

ASD)は、発達障害の 1つであり、社会コミュニケーションの困難、こだわり、常同行動などの症状を有する。一方で、ASD者の約 8割は運動障害も呈することが報告されており3)、靴紐を結ぶなど指先の器用な動作や、球技や水泳など全身を使う運動など、日常生活で行う多岐にわたる運動で困難が生じる。これらの困難は、特に学校教育における集団生活で問題になりやすく、うつや不安障害などの二次障害の原因となることも懸念されている。 ASDの神経生理学的な要因の 1つとして、脳の興奮/抑制バランスの変化がある。脳の興奮/抑制バランスの変化は、抑制性の神経伝達物質である gamma-aminobutyric acid(GABA)の代謝の変容によって生じる7)。近年では、プロトン磁気共

鳴分光法(proton magnetic resonance spectroscopy; 1H-MRS)という手法を用いて、脳の任意の領域に含まれる代謝物質の濃度を計測することが可能になった。1H-MRS を利用して 2~13歳の ASD

児の脳内 GABA濃度を計測した研究では、前頭葉、一次聴覚野、一次運動野(primary motor area;

M1)を中心とした領域で、定型発達(typically

developing; TD)の児童と比較して GABA濃度が低下していた1,4)。一方で、脳内 GABA濃度と運動パフォーマンスに関する先行研究の報告では、20歳以上の成人の TD者においてM1の GABA濃度が低いほど、運動学習効率が向上することが示されている 8)。また、経頭蓋直流電気刺激(transcranial direct current stimulation; tDCS)の陽極刺激を脳に与えると、その領域の GABAを減少させるが、この刺激を成人の TD者の M1に与えることによって、特定の筋の最大発揮力が向上したという報告もある9)。このように、TD者を

* 国立障害者リハビリテーションセンター研究所 Research Institute of Rehabilitation Center for Persons with Disabilities (NRCD), Saitama, Japan.** 京都大学大学院医学研究科 Graduate School of Medicine, Kyoto University, Kyoto, Japan.

自閉スペクトラム症者にみる運動のぎこちなさとその基盤となる皮質内抑制機能の低下

梅 沢 侑 実* 松 島 佳 苗** 渥 美 剛 史*

和 田   真* 井 手 正 和*

MOTOR DISABILITIES BASED ON DYSFUNCTION OFINTRACORTICAL INHIBITION IN AUTISM

SPECTRUM DISORDER

Yumi Umesawa, Kanae Matsushima, Takeshi Atsumi, Makoto Wada, and Masakazu Ide

Key words: autism spectrum disorder, developmental coordination disorder, gamma-aminobutyric acid, magnetic resonance spectroscopy, brain motor area.

第 34回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書2017年度 pp.8~15(2019.4)

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対象とした先行研究では、特にM1の GABA濃度の低下が運動パフォーマンスの向上に結びつくことが指摘されている。このことは、運動に多くの困難を抱える ASD者で、M1を含む脳の複数の領域で GABA濃度の低下が報告されていることと相反するようにみえる。 これまで、ASD者で特に問題がみられる協調運動(両手,手と足などを同時に動かす運動)の制御にかかわる補足運動野(supplementary motor

area; SMA)について、GABA濃度と運動パフォーマンスの関係を解析した報告はなかった。協調運動を行う際には、両側の SMAで連携した活動が観察される5)。更に、GABAは離れた脳領域の情報伝達に寄与する2)。これらのことから、SMAのGABA濃度の変容が、両側の SMAの活動同期を低下させ、協調運動の障害の要因となることが予想された。そこで本研究では、特に M1と SMA

の GABA濃度の変容が、ASD者の運動障害と結びつくかを明らかにするため、1H-MRSによる脳内 GABA濃度の計測と、臨床現場で用いられる運動能力を評価するアセスメントツールを利用し、検証を行った。

方    法

A.研究デザイン

 1H-MRSによる GABA濃度計測と運動能力のアセスメントは、同日、または 2日に分けて実施した。同日に行う場合は、1H-MRSによる GABA濃度計測を先に実施し、運動能力のアセスメントによって生じる身体の疲労の影響を極力排除した。実験時間は1H-MRS、アセスメントそれぞれで1.5

時間程度を要した。なお本研究は、国立障害者リハビリテーションセンター倫理審査委員会の承認を得て行った(承認番号:29-145)。

B.実験参加者

 ASD者10名(内女性 1名,平均年齢19.3歳)、TD者12名(内女性 0名,平均年齢19.3歳)が実験に参加した。ASD者は、医師からの診断を有し、更に自閉症の国際的な評価基準である Autism

Diagnostic Observation Schedule, Second Edition

(ADOS-2)で「自閉症」または「自閉症スペクトラム」に分類されることを確認した。

C.臨床用アセスメントによる運動能力の定量

 実験参加者の運動能力を測るため、運動障害の臨床用スクリーニングや支援計画を決めるためのアセスメントとして国際的に広く用いられているBruininks-Oseretsky Test of Motor Proficiency, Sec-

ond Edition(BOT- 2)を利用した。BOT- 2 では、53種類の短い運動タスクを行うことで、全般的な運動能力と、 4つの下位尺度に分けた運動能力を評価する。 4つの下位尺度とは、指先の器用な動作を評価する①正確な運動制御(fine manual con-

trol)、左右の手や片側の腕から指先までの動きを適切に組み合わせる能力を評価する②手先の協調(manual coordination)、上肢と下肢の動きを適切に組み合わせる③全身の協調(body coordination)、これらの動作の下地となる全身の筋力の大きさや持久力を評価する④筋力と機敏性(strength and

agility)である。D.1H-MRS による脳内 GABA 濃度の計測

 1H-MRSによる脳内 GABA濃度の計測は、 3 T

MRI(MAGNETOM Skyra, Siemens AG, Munich,

Germany)を利用し、64チャンネルのヘッドコイルを用いた。1H-MRSによる計測を始める前に、脳の解剖学的な特徴を把握できる T 1強調画像を取得した(スライス枚数224枚,スライスの厚み1 mm,繰り返し時間[TR]= 2300 ms,エコー時間[TE]= 2.98 ms,フリップ角度 = 9度)。取得した T 1強調画像をもとに、GABA濃度を計測する領域(region of interests; ROI)を20 mm3の立方体で指定した。ROIは、運動制御にかかわる脳領域のなかで、特に高次運動野からの情報を取りまとめ、筋肉に運動指令を送る役割をもつ M1と、協調運動の制御にかかわる SMAの 2箇所を中心とした(図 1)。M1の ROI では一次体性感覚野(primary somatosensory area; S1)を含み、SMAのROIでは運動前野(premotor cortex; PMC)を含んでいる。続いて1H-MRSにより、ROIに含まれる代謝物質を計測した。本実験で計測対象としている GABAは、脳内に微量にしか含まれていないため、周波数選択的な編集パルスを照射することにより GABA の検出が可能な MEGA-PRESS 法を利用した。

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E.1H-MRS 分析方法

 1H-MRS によって得られたデータから、MRS

データ分析用のソフトウェア Gannet 2.0を利用して GABA濃度を算出した。Gannet 2.0では、ME-

GA-PRESS法によって得られたタイムドメインのデータに、周波数・位相補正をかけ、FFT解析によって周波数ドメインデータに変換する。そのうえで、周波数選択的編集パルスを受けたスペクトルと受けていないスペクトルの差分をとることによって強い Creatine(Cr)信号から GABA信号を分離することができる。このようにして得られたGABA、Cr 信号に、それぞれ Gaussian、Lorentz

モデルを用いたデータフィッティングを行う。MEGA-PRESS シーケンスによって計測されたGABA濃度は、高分子が含まれていること、また Crの比として示されることから、GABA+ /Cr

として表される。F.統計処理

 BOT- 2によるアセスメントで得られた運動能力を示すスコアは、以下の式によって標準化した。

10(xi - ux) σx + 50Ti =

 xiは、BOT-2のロースコアを示し、uxと σxは、BOT-2で分類される 4つの下位尺度(①正確な運

動制御,②手先の協調,③全身の協調,④筋力と機敏性)のスコアの算術平均値と標準偏差に対応する。総合スコアは、これら 4つの下位尺度の標準化スコアの合計値とした。BOT-2のスコア、GABA濃度の平均値について、ASD群、TD群で比較する際には、対応のない t検定(両側)を用いた。また、両者の相関関係を調べる際には、Pearson の積率相関係数を算出し、両側検定を行った。また、それぞれの統計値の効果量と検出力の算出には、G*power 3.1を利用した。

結    果

A.運動能力のアセスメント(BOT-2)の結果

 BOT-2の総合スコアと、 4つの下位尺度のスコアについて、ASD群、TD群に分けて図 2に示す。図 2で示すように、総合スコアでは ASD群が、TD群と比較して有意に低い得点となった(t(20)=-4.29, P = 0.0004, 効果量:Cohen’s d = 1.78)。また、4つの下位尺度のうち②手先の協調、③全身の協調、④筋力と機敏性の 3つで、ASD群のスコアが有意に低かった(ts(20)=[-2.22, -2.38, -4.30],Ps =[0.04, 0.03, 0.0003],ds =[0.94, 0.98, 1.79])。一方、①正確な運動制御のスコアは、ASD群がTD群よりも低くなる傾向がみられたものの、統

図 1.1H-MRSによる GABA濃度の計測箇所(ROI)Fig.1.ROIs for 1H-MRS data acquisition.

ROIs were the left M1 and left SMA with a voxel size of 20 × 20 × 20 mm3. The M1 ROI included the left precentral sulcus, and the midpoint of the SMA ROI was set as the upper part of Brodmann area 6. For both ROIs, inclusion of bone and cerebrospinal fluid was avoided.M1; primary motor area, SMA; supplementary motor area, S1; primary somatosensory area, PMC; premotor cortex, ROI; region of interests, GABA; gamma-aminobutyric acid.

M1+S1

SMA+PMC

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図 2.運動能力アセスメント(BOT-2)の結果Fig.2.Results of BOT-2 assessment.

(A)BOT-2 total score in the ASD and TD groups. The upper and lower boundaries of the standard boxplots are at the 25th and 75th percentiles. The horizontal line across the box marks the median of the distribution. The vertical lines below and above the box represent the minimum and maximum, respectively.(B)BOT-2 scores for each sub-category in the ASD and TD groups.BOT-2; Bruininks-Oseretsky Test of Motor Proficiency, Second Edition, ASD; autism spectrum disorder, TD; typically developing.

ns P=0.04

P=0.0003P=0.03

P=0.0004

A

B

P = 0.0004

P = 0.03 P = 0.0003

P = 0.04

図 3.MEGA-PRESSスペクトルFig.3.MEGA-PRESS spectra.

The horizontal axis shows the chemical shift of resonance frequency. The MEGA-PRESS spectra for M1(upper graph)and SMA(lower graph)are shown. Each solid line indicates each participant’s spectra, for both ASD and TD groups. The range shaded in grey indicates 3 ppm where GABA concentration is reflected. ASD; autism spectrum disorder, TD; typically developing, M1; primary motor area, SMA; supplementary motor area, S1; pri-mary somatosensory area, PMC; premotor cortex, GABA; gamma-aminobutyric acid.

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計的に有意な違いはみられなかった(t(20)=

-2.01, P = 0.05, d = 0.78)。B.1H-MRS による GABA 濃度の結果

 MEGA-PRESS法によって得られた M1と SMA

のスペクトルを図 3に示す。背景を灰色で示している部分が GABA信号を示している。すべての実験参加者から得られた GABAスペクトルについて、フィッティングの標準誤差が、20%以下に

図 4.M1(左)と SMA(右)の GABA濃度Fig.4.GABA concentrations in M1(left)and SMA(right).

GABA concentration is represented as a ratio of GABA to creatine(GABA+/Cr). There were no significant group differences in GABA concentration in both M1 and SMA.ASD; autism spectrum disorder, TD; typically developing, M1; primary motor area, SMA; sup-plementary motor area, S1; primary somatosensory area, PMC; premotor cortex, GABA; gamma-aminobutyric acid.

nsns

図 5.M1の GABA濃度と BOT-2スコアとの関係Fig.5.Correlation between GABA concentration in M1 and BOT-2 scores.

The shaded areas(green, pink and blue for ASD + TD, ASD, and TD, respectively)denote 95% of the confidence interval for the correlation.(A)Correlation between M1 GABA+ / Cr and Total BOT-2 score.(B)Correlation between GABA+ / Cr in M1 and sub-category BOT-2 scores. ASD; autism spectrum disorder, TD; typically developing, M1; primary motor area, S1; primary somatosensory area, GABA; gamma-aminobutyric acid, BOT-2; Bruininks-Oseretsky Test of Motor Proficiency, Second Edition.

r =-0.40 P=0.06r =-0.34 P=0.34r =-0.35 P=0.27

r =-0.51 P=0.02r =-0.59 P=0.07r =-0.43 P=0.17

r =-0.18 P=0.41r =-0.09 P=0.80r =-0.11 P=0.74

r =-0.34 P=0.12

r =-0.38 P=0.22

r =-0.58 P=0.08r =-0.49 P=0.02

r =-0.52 P=0.12r =0.15 P=0.64

M1+S1

A

B

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なることを確認した。実験参加者ごとに M1、SMAに含まれる GABAの濃度を算出しプロットした(図 4)。ASD群と TD群で、GABA濃度の平均値を比較した結果、M1と SMAの GABA濃度の平均値には有意差がみられなかった(M1: t

(20)= 1.08, P = 0.29, Cohen’s d = 0.46; SMA: t(20)=

-0.46, P = 0.65, d = 0.20)。C.BOT-2スコアと GABA 濃度の関係

 実験参加者それぞれの BOT-2スコアと、脳の運動領域の GABA濃度との関連を検討した。まず、M1の GABA濃度と BOT-2スコアについて、ASD

群と TD群をプールして解析を行った。その結果、BOT-2の総合スコアと、M1の GABA濃度の間に有意な負の相関がみられた。すなわち、M1のGABA濃度が高いほど、BOT-2の総合スコアが低下することが示された(r = -0.49, P = 0.02, power

( 1 - β) = 0.67)(図 5 A)。更に BOT-2の 4つの下位尺度のスコアとの関係をみたところ、④筋力と機敏性のスコアとM1の GABA濃度との間にも有意な負の相関がみられた(r = -0.51, P = 0.02,

power ( 1 - β) = 0.71)(図 5 B)。

 SMAの GABA濃度と BOT-2スコアについては、ASD群と TD群をプールした解析、また、TD群のみでの解析では、有意な相関関係がみられなかった。一方、ASD群のみのデータを解析したところ、GABA濃度が低下するほど、BOT-2の総合スコアが低くなった(total score: r = 0.67, P =

0.04, power( 1 - β)= 0.62)(図 6 A)。下位尺度では、③全身の協調において GABA濃度と BOT-2の得点に正の相関がみられた(r = 0.78, P = 0.01,

power( 1 - β)= 0.83)(図 6 B)。

考    察

 実験の結果から、脳の運動領域に含まれるGABA濃度の違いが、ASD者にみられる運動パフォーマンスの低下と関連することがわかった。特に、M1の GABA濃度が増加するほど、大きな筋力や機敏性を要する運動(④筋力と機敏性)のパフォーマンスが低下することがわかった。更に、SMAにおいては、ASD群のみで、GABA濃度が低いほど全身の協調を要する運動(③全身の協調)のパフォーマンスが低下した。先行研究では、

図 6.SMAの GABA濃度と BOT-2スコアとの関係Fig.6.Correlation between GABA concentration in SMA and BOT-2 scores.

(A)Correlation between SMA GABA+/Cr and Total BOT-2 score.(B)Correlation between SMA GABA+/Cr and subcategory BOT-2 scores.ASD; autism spectrum disorder, TD; typically developing, SMA; supplementary motor area, PMC; premotor cortex, GABA; gamma-aminobutyric acid, BOT-2; Bruininks-Oseretsky Test of Motor Proficiency, Second Edition.

r =0.06 P=0.78

r =0.11 P=0.76

r =-0.05 P=0.88

r =0.26 P=0.24

r =0.39 P=0.27

r =0.12 P=0.71

r =0.40 P=0.06

r =0.78 P=0.01

r =-0.04 P=0.91

r =0.28 P=0.20r =0.67 P=0.04r =-0.12 P=0.70

r =0.10 P=0.67

r =0.40 P=0.25

r =-0.39 P=0.21

SMA+PMC

A

B

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ASD者では脳内 GABA濃度が低下しているという報告が多いが、本研究の結果から、ASD者では脳全体で GABAが減少しているとはいえないことが示唆された。 M1の GABA増加が筋力と機敏性を要する運動パフォーマンスを低下させる神経生理学的なメカニズムとして、大きな筋力を発揮する際には、M1の神経活動が高まる 10)ことに着目した。1H-MRSを用いた先行研究では、M1の GABA濃度が高いほど、運動中の神経活動が低いことが報告されている5)。これらのことから、M1に GABA

が過剰に存在すると、この領域での神経活動が過度に抑制され、大きな筋力の発揮が阻害される可能性があると考えられる。 SMAでは、M1とは反対に、GABA濃度の低下が四肢の動きをバラバラに、適切に組み合わせて行う必要がある協調運動のパフォーマンスを低下させた。このことの神経生理学的な背景として、SMAの GABA濃度が低下することによって、左右両側 SMAの神経活動の連携が阻害されていることが考えられる。先行研究では、両側上肢で左右交互に運動を行う際、この運動のリズムに合わせて両側 SMAでオシレーションリズムが切り替わることが報告されている5)。脳のオシレーションとは、脳波などで計測される神経活動の振動現象であり、さまざまな周波数帯域のオシレーションリズムが観測されている。脳のオシレーションは、物理的に離れた脳領域との情報伝達に寄与するが、GABA濃度が低いと、それらの領域のオシレーションパワーが減少する2)。以上のことから、SMA で GABA が減少することで、SMA のオシレーションパワーを減少させ、左右両側SMAの連携を乱し、全身の協調運動のパフォーマンスを低下させると推測される。 一方、BOT-2の②手先の協調の項目も、両側の手を協調させる能力を測っているものの、今回の結果からは、SMAの GABA濃度とは有意な相関関係がみられなかった。この項目では、コインをつまんで箱に入れる、ブロックに空いた小さな穴に紐を通すなどのタスクが含まれている。これらの課題では、外部環境の情報を適切に抽出し、それに対して適応的な動作を実行することが求めら

れる。こうした状況で、指先を器用に動かすなど、両手の協調運動以外の要因もかかわるため、SMAの GABA濃度のみで説明できる課題ではなかったと推察する。 先行研究では、ASD者ではM1を含む脳の複数の領域で、TD者と比較して GABA濃度が低下しているという報告がある1,4)が、本研究の結果では、M1と SMAの GABA濃度について、その平均値には群間で有意な差がみられなかった。このことについて、先行研究では 2~13歳を対象にしていること、また、年齢の増加に伴い、M1の GABA

濃度が増加するという報告もある2)ことから、年齢に伴う GABA濃度の変容が、先行研究との差異を生じさせた可能性がある。また、ASDの関連遺伝子のなかには、GABA作動性ニューロンを過剰に生成するものがあることも報告されており6)、今後は、ASD者でみられる GABA濃度のばらつきの大きさが、どのような動作特性に関係しているかに着目していく必要があると考える。 なお、M1の GABA増加と④筋力と機敏性のスコアの低下は全被験者を通してみられ、SMAのGABA減少と③全身の協調のスコアの低下は、ASD群のみでみられた。このことから、大きな筋力や機敏性を要する運動パフォーマンスは、ASD者と TD者で共通の神経基盤よって担われていることが示唆された。一方で、全身の動きを適切に組み合わせる必要がある協調運動については、ASD者で特有の神経基盤により担われており、このことが ASD者に特徴的な運動障害を生じさせる要因となっている可能性がある。

総    括

 本研究では、ASD者にみられる脳内 GABA濃度の変容が、日常生活における多くの運動の困難を引き起こすと仮定し、1H-MRSと運動障害の臨床用アセスメントを用いて、脳の運動領域(M1,SMA)に含まれる GABA濃度と運動能力との関連を調べた。ASD者、TD者を対象にして実験を行った結果、M1の GABAが増加するほど筋力を要する運動のパフォーマンスが低下することがわかった。一方で、SMAでは、GABAが減少するほど、協調運動のパフォーマンスが低下すること

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がわかった。これらのことから、ASD者では、脳の各領域で GABA濃度が変容し、TD者と比較してそのバランスが異なることが、さまざまな運動の困難に結びつくことが示唆された。本研究の成果は、原因未解明とされてきた ASD者の運動障害における創薬研究の発展や、神経生理学的なエビデンスを背景とした臨床介入・評価法の開発に寄与すると考える。

謝    辞

 本研究の実施に対して助成を賜りました公益財団法人明治安田厚生事業団に深く感謝申し上げます。また、本研究を遂行するにあたりご協力いただきました、国立障害者リハビリテーションセンター研究所脳機能系障害研究部の深津玲子部長、京都大学医学研究科の加藤寿宏教授に厚く御礼申し上げます。

参 考 文 献

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