Kaleidoscope LET IT BE レット - Nikkei...

Transcript of Kaleidoscope LET IT BE レット - Nikkei...

  • ザ・ビートルズ アルバム研究 Looking Through A Glass OnionLET IT BE

    レット・イット・ビーKaleidoscope アルバム万華鏡

    詞を味わう

    日本での受容

    発言からみるアルバム

    ロック史のなかで文/

    高見展

    文/淡路和子

    ビートルズとビリーと

    フィル・スペクターの作品

     

    アルバム『レット・イット・ビ

    ー』の大部分は1969年1月のゲ

    ット・バック・セッションがもとに

    なっているが、「アクロス・ザ・ユ

    ニバース」はそれ以前の68年録音で、

    ジョンがなげやりにチャリティ盤に

    提供していた曲だ。これに関してジ

    ョンは「ポールの曲には時間をかけ

    て細かいところまで作り込んでいた

    のに、僕の曲になるとみんなルーズ

    になって、やる気を失ってしまう」

    と回想していた。メンバーそれぞれ

    が持っていた疎外感をジョンも感じ

    ていたのであり、バンドが崩壊しは

    じめていたことがわかる。

     

    原点に回帰しようとオーバーダビ

    ングなしの方針だったゲット・バッ

    ク・セッションも、フィル・スペク

    ターがアルバムとして仕上げること

    で結果的に録音技術大会になる。そ

    れでもジョンはスペクターの力量を

    認めざるを得なかった。ジョンとジ

    ョージはソロでも彼を起用する。

     

    キーボード奏者のビリー・プレス

    トンが参加することになったのは、

    『ホワイト・アルバム』でエリック・

    クラプトンを連れてきたときの経験

    から、ジョージが発案したことだっ

    た。ビートルズはビリーと62年にリ

    バプールなどで競演して親しくなっ

    ており、この点でも初期に戻ったセ

    ッションだった。

    文/広田寛治

    文/吉野由樹

    ◉発売日:1970年5月8日(写真集つきボックスセット)、1970年11月6日(通常盤)(いずれもステレオのみ)◉レーベル、カタログ番号:アップルPXS1(写真集つきボックスセット)、PCS7096(通常盤)◉プロデューサー:フィル・スペクター◉オリジナルレコーディングプロデューサー:ジョージ・マーティン◉エンジニア:グリン・ジョンズ、ニール・リッチモンド、アラン・パーソンズ、ピーター・ボーン、リチャード・ラッシュ、ジェフ・ジャラット、ニック・ウェブ、フィル・マクドナルド、リチャード・ランガム◉ジャケットデザイン:ジョン・コッシュ◉写真:イーサン・ラッセル◉ジャケット印刷・製造:ギャロッド&ロフトハウス社◉使用楽器:◯ジョン・レノン=ギター:ギブソンJ-160E、ギブソンJ-200、マーティンD-28、エピフォンES230Tカジノ、ヘフ

    ナー・ハワイアン・スタンダード、ベースギター:フェンダー・Bass Ⅵ、ギターアンプ:フェンダー・ツインリバーブ◯ポール・マッカートニー=ベースギター:ヘフナー500/1、ギター:マーティンD-28、ベースアンプ:フェンダー BASSMAN、

    キーボード:エレクトリックピアノ、オルガン(以上機種不明)、ブリュートナー・グランドピアノ、その他:マラカス(機種不明)◯ジョージ・ハリスン=ギター:ギブソンJ-200、フェンダー・テレキャスター、ギターアンプ:フェンダー・ツインリバーブ、

    その他:マラカス(機種不明)◯リンゴ・スター=ドラム:ラディック・ドラムセット・ハリウッドモデル(バスドラム:口径22インチ/深さ14インチ、タム:

    口径13インチ/深さ9インチ、フロアタム:口径16インチ/深さ16インチ、スネア:口径14インチ/深さ5インチのオールメタル・スーパーフォニック400モデル、シンバル:ジルジャン)

    ◯客演ミュージシャン:ビリー・プレストン(ハモンドオルガン…SIDE 1-5、6、エレクトリックピアノ…SIDE 1-2、2-1、2、3、5)、リンダ・マッカートニー(コーラス…SIDE 1-6)、バイオリン18人、女声コーラス14人、トランペット5人、ビオラ・チェロ各4人、トロンボーン3人、ギター・トロンボーン・テナーサックス各2人、ハープ・チェロ各1人

    基本データ

    データ作成/鳥居一希

    全英チャート記録※1960年代にイギリスの公式チャートとみなされていた『レコード・リテイラー』誌の記録による。

    ※表は『レット・イット・ビー』がトップ20に在位した全期間を掲載。ただし最初に圏外に消えてから半年以上経過してからの再登場は含まない。

    ※同期間中にトップ3を獲得した全アルバムのランキング推移も掲載したが、一旦圏外に去ってからの再登場分は、再びトップ3を獲得した場合を除き割愛。また『レット・イット・ビー』再登場時におけるそれらのアルバムのランキングも割愛している。

    1. トゥ・オブ・アス ポール(ジョン)Two Of Us {Lennon - McCartney}

    ポールがリンダとのドライブ中に作った。アコースティックで爽やかな曲調が心地よい。

    2. ディグ・ア・ポニー ジョン(ポール)Dig A Pony {Lennon - McCartney}

    ジョンらしい自由なメッセージが、ギターとベースの楽しいユニゾンと絶妙に絡む佳曲。

    3. アクロス・ザ・ユニバース ジョンAcross The Universe {Lennon - McCartney}

    ジョンが最高傑作のひとつに挙げる名作。他にさまざまなミックスがあり、ファンの好みが分かれている。

    4. アイ・ミー・マイン ジョージ(ポール)I Me Mine {Harrison}

    ジョージとポールの確執をむき出しにした曲だが、ポールは献身的なサポートを見せている。

    5. ディグ・イット ジョンDig It {Lennon - McCartney - Starkey - Harrison}

    即興演奏の極みともいうべきルーズな演奏で、しかも断片収録だが、キラリと光る感性が宿っている。

    6. レット・イット・ビー ポール(ジョージ)Let It Be {Lennon - McCartney}

    映画のタイトル曲。ポール流のゴスペルだが、広い範囲のリスナーに訴えかける力を持っている。

    7. マギー・メイ ジョン(ポール)Maggie Mae {Trad. arr - Lennon - McCartney - Harrison - Starkey}

    リバプールの伝承歌を、わざとラフでダーティに演奏。楽しげな雰囲気が伝わってくる。

    1. アイヴ・ガッタ・フィーリング ポール、ジョンI've Got A Feeling {Lennon - McCartney}

    ジョンとポールが別々に書いた曲を合体させ、グルービーなロックに仕上げている。

    2. ワン・アフター・909 ジョン、ポールOne After 909 {Lennon - McCartney}

    初期にジョンが書き、正規に録音したがボツになった曲のリメイク。演奏力は格段に向上している。

    3. ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード ポールThe Long And Winding Road {Lennon - McCartney}

    ポールの美しいバラード。フィル・スペクターによる壮大なオーケストラアレンジは今も賛否両論。

    4. フォー・ユー・ブルー ジョージFor You Blue {Harrison}

    ジョージが陽気なブルースにチャレンジ。ジョンのスティールギターがユニークな表情を加える。

    5. ゲット・バック ポール(ジョン)Get Back {Lennon - McCartney}

    ポール作の力強いロックンロールナンバー。シングルとはミックスが大幅に異なっている。

    1.3 ローリング・ストーンズ『レット・イット・ブリード』全米3位1.31 ジャクソン・ファイヴ「帰ってほしいの」全米1位

    2.6 ジョン、シングル「インスタント・カーマ」発売※

    2.7 ショッキング・ブルー「ヴィーナス」全米1位、ザ・バンド『ザ・バンド』全米9位2.26 アメリカ編集盤『ヘイ・ジュード』発売※

    3.6 シングル「レット・イット・ビー」発売※

    3.7 サイモン&ガーファンクル『明日に架ける橋』全米1位(10週)3.21 ドアーズ『モリソン・ホテル』全米4位3.27 リンゴ『センチメンタル・ジャーニー』発売※

    4.10 ポールがビートルズ脱退を公表※4.17 ポール『ポール・マッカートニー』発売(全米1位・3週)※

    関連年表 (1965年12月~1966年6月)

    SID

    E 1

    SID

    E 2

    イギリス◉トップ20在位27週◉最高位1位(3週連続)◉2位在位4週◉3位在位5週

    アメリカ◉『ビルボード』誌トップ100在位37週

    最高位1位(4週)、ゴールドディスク(売上50万枚)認定(1970年5月26日)、プラチナディスク

    (売上100万枚)認定(1997年1月10日)、マルチプラチナディスク×4(売上400万枚)認定

    (2000年4月14日)

    受賞第43回アカデミー賞音楽賞第13回グラミー賞歳優秀映画音楽賞◉ゲット・バック

    第15回アイヴァー・ノベロ賞ベストセラーシングル賞

    記録収録曲 リードボーカル(コーラス) {作者}

    1965 4.21 『ヘイ・ジュード』日本発売※

    5.16 クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング『デジャ・ヴ』全米1位、ジミ・ヘンドリックス『バンド・オブ・ジプシーズ』全米5位5.20 映画『レット・イット・ビー』プレミア公開※

    5.23 シカゴ『シカゴⅡ』全米4位5.30 ゲス・フー『アメリカン・ウーマン』全米1位

    6.5 『レット・イット・ビー』日本発売(写真集つきボックスセット)※

    6.7 ザ・フーのロック・オペラ『トミー』、ニューヨークで開幕6.14 デレク&ドミノス、ロンドンで初ライブ

    ※ビートルズ関連

    再登場記録(1970年~1971年)

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    15

    201970 May June July August September

    23 30 13 20 27 4 11 18 25 1 8 15 22 29 5 126

    Simon & Garfunkel“BRIDGE OVER TROUBLED WATER”“LET IT BE”

    Paul McCartney“McCARTNEY”

    The Who“LIVE AT LEEDS”

    The Nice“FIVE BRIDGES”

    Free“FIRE AND WATER”

    The Moody Blues “AQUESTION OF BALANCE”

    C.C.R. “COSMO’ SFACTORY”

    Elvis Presley“ON STAGE FEBRUARY 1970”

    “ABBEY ROAD”

    Bob Dylan“SELF PORTRAIT”

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    20November December January February21 28 5 12 19 26 2 9 16 23 30 6

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    20October

    1970 1970 1971

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    ありがちな録音技術(オーバーダビング)は絶対に使いたくないと、ジョンは譲らなかった。

    原点回帰することで

    音楽シーンと呼応する結果に

     

    ポール・マッカートニーによるビ

    ートルズ起死回生の秘策となるはず

    だったが、当時のアップル・コーの

    マネージメントにも代表されるあま

    りにもおめでたい放漫なアプローチ

    がそのまま致命的な仇となってしま

    った作品。ロックンロールの原点に

    戻ろうというポールの原案に賛成し

    たとき、バンドは自然発生的なプロ

    ジェクトをイメージしたのだろう

    が、行き着いたのは行き当たりばっ

    たりというビートルズ自身にとって

    もっとも不本意な結果だった。特に

    レコーディング環境があまりにも劣

    悪だったことが大きな足枷となった

    のは否めない。

     

    しかし、この作品に収録されてい

    る楽曲はどれも原点回帰というテー

    マにはあまりにも見事に応えたもの

    になっていて、それだけでこの作品

    を名作にしているといってもいい。

    ロックンロール、ソウル、R&B、

    ブルースとビートルズにとってそも

    そものインスピレーションとなった

    要素があふれ出しながらどこまでも

    オリジナルな内容が圧倒的だ。そう

    した意味ではブルースをベースにし

    た独自のロックを開花させた当時の

    ローリング・ストーンズとも呼応す

    る動きであったし、65年にエレクト

    リックへと転化したボブ・ディラン

    の姿をも彷彿とさせる。

    日本人の心をとらえた

    『レット・イット・ビー』

     

    70年4月にビートルズ解散が公に

    なると、日本ではより幅広い層にも

    関心が広まり、人気はピークを迎え

    る。まずはシングル「レット・イット・

    ビー」(最高6位52万枚)が大ヒット。

    6月には豪華本付特別仕様の『レッ

    ト・イット・ビー』(最高3位13万枚)

    が発売、翌71年2月には通常盤『レ

    ット・イット・ビー』がリリースされ、

    最高2位を獲得、271週チャート

    インし62万枚を売り上げる大ヒット

    となっている。合計すると75万枚の

    売上となり、ビートルズのオリジナ

    ルアルバムのなかでは間違いなく最

    高の売上となる。ほかにも4月には

    後期のシングルヒット曲を中心に収

    録したベスト盤的な米編集アルバム

    『ヘイ・ジュード』(最高5位16万枚)

    が、6月には『アビイ・ロード』か

    らの日本独自シングル「オー!ダー

    リン」(最高24位6万枚)、9月には

    『レット・イット・ビー』から「ザ・

    ロング・アンド・ワインディング・

    ロード」(最高29位5万枚)がカッ

    トされている。

     

    この年の年間シングル50には、洋

    楽ではビートルズとともに、サイモ

    ン&ガーファンクルが2曲を送り

    込み、アルバム『明日に架ける橋』

    (44万枚)も大ヒットさせ、洋楽の

    王者として君臨するビートルズとと

    もに日本人の心をとらえていた。

    啓示を受けたジョンと

    傷心のポール、哲学のジョージ

     

    自作の11曲中、ジョン主体の3曲、

    ポール4曲、ふたりの共作1曲、ジ

    ョージの2曲、即興の1曲は4人で。

     

    ジョン自身がずば抜けた詞だとい

    う「アクロス・ザ・ユニバース」に

    は、言葉そのものの美しさに加えて、

    言葉のもつ音の連なりとその響きの

    心地よさ、描き出す情景の透明感が

    ある。この時期、ビートルズや曲作

    りに対する興味が薄らいでいたかに

    思われたジョンが、この詞に関して

    は、なにかが下りてきたように自然

    と言葉があふれ出てできあがった特

    別な1曲だと語っている。

     

    バンドがうまくいかず傷心してい

    たポールは「ザ・ロング・アンド・

    ワインディング・ロード」を書き、

    夢に現れた母親の慰めを受けて「レ

    ット・イット・ビー」を書いた。第

    三者的な詞を得意とするポールが、

    この曲では正直な心情を歌い、救い

    を求めていた。彼を救ったのは「ト

    ゥ・オブ・アス」の片割れであるリ

    ンダだ。思えば、長く曲がりくねっ

    た道の先で待っていたのも、夢でさ

    さやきかけたのも、実際には彼女だ

    ったのかもしれない。

     

    ジョージの「アイ・ミー・マイン」

    は自分のエゴに真正面から向き合っ

    た曲だという本格的な哲学だ。一人

    称を繰り返す刺すようなストレート

    さが心にズキンとくる。

    ジョージ・マーティン

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