JW H1-4 2...2018 APRIL No.55 ISSN 2188-0670 [ムンディ]...

25
The Magazine of the Japan International Cooperation Agency 学校が変わる、 世界を変える 特集 教育と開発 4 2018 April No.55 [ムンディ]

Transcript of JW H1-4 2...2018 APRIL No.55 ISSN 2188-0670 [ムンディ]...

20

18A

PR

ILN

o.55

ISSN 2188-0670

[ムンディ] 平成30年

4月1日発行(毎月1回1日発行) 編集・発行/独立行政法人 国際協力機構

〒102-8012 東京都千代田区二番町5-25 

二番町センタービル TEL 03-5226-9781 FAX 03-5226-6396 http://w

ww.jica.go.jp/

The Magazine of the Japan International Cooperation Agency

学校が変わる、世界を変える

特集 教育と開発

42018 April

No.55

[ムンディ]

――

my photo

あ な た の 作 品 募 集 中!

「my photo」では、あなたが撮影した写真を募集しています。貧困や環境問題などを

テーマにした写真、国内外問わず国際協力の最前線で活動に励む日本人や開発途

上国の人の姿、テレビや新聞ではなかなか報じられない土地の風景や人々の暮らし

など、国際協力や途上国を身近に感じられる写真を、撮影時のエピソードを添えて

ご応募ください。応募作品の中から毎号1枚、本コーナーで紹介させていただきます。

     ①応募者本人が撮影した作品に限ります。②被写体に関する肖

像権は、応募者の責任において了解が得られているものとします。③写真は、

解像度が300万画素以上(目安)で撮影されていること、また画像の記録方

式はJPEGを推奨します。     お名前、連絡先(電話番号とEメール)、エピソード(300~350字)、

記名の可否をご記入の上、写真と共に応募先アドレスまでEメールでお送り

ください。*応募作品は本コーナーの他に、事前確認の上でJICAの広報活動に活用させていただく場

合があ

ります。ご記入いただいた個人情報はこれら以外の目的では使用いたしません。また、応募作品はご

返却いたしませんので、あらかじめご了承ください。

M L _ J I C A P R @ j i c a . g o . j p

応募条件

応募方法

応 募 / 問 い 合 わ せ 先 (『mundi』 編集部宛)

特集 教育と開発

Contents

02

04

April 2018 No.55

編集・発行/独立行政法人 国際協力機構Japan International Cooperation Agency : JICA

MONO語り “DIY”で子どもたちにピカピカの黒板を!39私のなんとかしなきゃ!40

イチオシ!37

地球ギャラリー ブラジル

野菜が描く、鮮やかな未来

30

本・映画・イベント

星野 知子 女優、エッセイスト

JICA UPDATE25

28

大津 和子 北海道教育大学名誉教授

教室で数を操る楽しさを 株式会社さくら社

徳田 由美 人間開発部 基礎教育グループ 基礎教育第一チーム

Voice26

学校が変わる、世界を変える

ココシリ

JICA STAFF24

PLAYERS20

地域と世界のきずな22 埼玉県

互いに学び合い、高め合う教室へ

未来を拓く教科書 ミャンマー保護者の力が学校を変える ニジェール&マダガスカル全ての子どもの可能性を咲かせるために アフガニスタン世界のために“考え・行動し・広げる”教育を教室を変える地域の取り組み

日本の教育支援

世界に笑顔を増やしたい タンザニアmy photo

「mundi」はラテン語で“世界”。開発途上国の現状や、現場で活動する人々の姿を紹介するJICA広報誌です。

表紙 写真:渋谷敦志

ザンビア南部リビングストン市の小中学校で学ぶ子どもたち。教室が足りないため授業は二部制。空き時間にも屋外で授業を行っている

グローバル時代に必要な

人類共通の価値の教育

日本の強みを発信し

共生できる世代を育てる

鈴木

寛(すずき・かん)

1964年生まれ。東京大学法学部卒業後、198

6年通商産業省に入省。慶應義塾大学SFC助教

授を経て2001年参議院議員初当選(東京都)。

文部科学副大臣を2期務めた。早期から日本へのア

クティブ・ラーニング導入を論じている。2014年

2月より、東京大学公共政策大学院教授、慶應義塾

大学政策メディア研究科兼総合政策学部教授に同

時就任。同10月より文部科学省参与、2015年2

月に文部科学大臣補佐官となり、4期務める。

 経済協力開発機構(OECD)は現

在、「Education 2030

」と銘打ち、知

識一辺倒ではなく社会的スキルも重視

した、次世代の教育の在り方を検討し

ています。2016年の伊勢志摩サミ

ットに際しては、サミットに先立つ5

月に岡山県倉敷市で10年ぶりの教育大

臣会合が行われ、「国際社会が直面し

ているさまざまな問題の解決に向け

て、教育改革を進めていくことが不可

欠」とする倉敷宣言が採択されました。

 それまで、教育に関する課題は基本

的に国内で取り組み、解決すべきとさ

れてきました。しかし、国境を越えた

移動が当たり前になった現代、小学校

から大学・大学院までの教育課程を、

複数の国で受ける人が増えつつありま

す。だからこそ、どこの国で学んでも、

共通の価値が身に付く教育が重要なの

です。さらには、知識に加えて、他者

との共生や寛容さなど、これからの社

会に必要な能力も教えていかなければ

なりません。先進国、開発途上国を問

わず、一人でも多くの子に、共通の価

値を学ぶ機会を提供していく必要があ

るのです。

 日本は、世界に先立ってこうした教

育の改革に取り組んでおり、2020年

の学習指導要領では、Education 2030

を先取りする大幅な改定が行われま

す。日本でも企業で多くの外国出身者

が働き、教室にも国外にルーツを持つ

子たちが増えている状況で、異文化や

新たな価値観と出会い、互いに折り合

いをつけていく社会的スキルが求めら

れています。一方で、90年代中盤に始

まったIT革命は、機械が人間に代わ

って、従来の教育が目指した〝答えが

一つしかない問題〞を解決していく時

代を急速に実現しつつあります。今後

の社会が求めるのは、多くの可能性の

中で葛藤しながらより正しい道を探し

続ける、人間にしかできない活動に長

けた若者です。特に、新たに加わる公

共などの科目は、そうしたスキルを伸

ばすことを目的としています。

 そこまで複雑な知恵を教えられる教

師がいるのか、と問われることがよく

あります。率直に申し上げて、そんな

先生はいません。でも、それでいいの

です。学び方を知っている教員がプロ

ジェクト学習を通して、学びの先人と

して生徒と共に学び、育つことが大事

だからです。生徒間の対話を通じた主

体的な学びは、アクティブ・ラーニン

グと呼ばれています。

 日本の教育は詰め込みだといわれて

きましたし、実際に知識の記憶に大き

な比重が割かれてきたことは否定でき

ません。それは特に高校で、マークシ

ートに象徴されるような、唯一解を求

める大学入試への対策を重視してきた

からです。

 けれども、実は1989年の学習指

導要領改定の時点で、社会の変化に立

体的に対応できる能力の育成への取り

組み、問題解決学習が織り込まれてい

ます。さらに、2000年から「総合

的な学習」の導入につながりました。

導入当初の混乱を乗り越え、小中学校

ではこれが一定の成果に結び付いてい

ます。OECD生徒の学習到達度調査

(PISA)で、日本の15歳以下の子

ども、つまり小中学生は、数学、科学、

読解力、問題解決能力でもシンガポー

ルに次いで世界トップレベルの成績を

挙げているほどです。実際にOECD

は、「日本の子どもの学力は総合的な

学習の定着によって伸びた」と評価し

ているのです。

 こうした点を考えると、日本の小中

学校教育は完成度が高く、自信を持っ

て海外に発信していけるものだといえ

ます。他にも、製造現場のリーダーを

育てる高専教育や、地域社会が学校運

営に積極的に参加していくコミュニテ

ィー・スクール制度など、海外でも活

用できる日本の知恵は、教育分野では

いくつもあるのです。文部科学省は、

JICAなどと協力して「日本型教育

の海外展開推進事業(EDU-Port

ニッポ

ン)」として、これを後押ししています。

向き合える教育を

 その一方で、日本国内でのグローバ

ル人材の育成は、いまだ道半ばです。

特に、国際社会に興味を持つ人々と持

たない人々の差が大きく広がりつつあ

り、ごく少数の人々が極度に国際化し

ている一方で、大多数の人々は内向き

思考にとどまっています。これからは、

国際社会のリーダーとなれる一握りの

国際人を育てるだけでなく、異文化と

の橋渡し役となり、多様な価値観と共

生し、日本の知恵を海外の人たちに伝

えていける人を、より多く育てていく

必要があります。そのきっかけとなる

国際理解教育を展開していくために、

社会全体で新しい教育に取り組むこと

が求められています。

写真:キッチンミノル

文部科学大臣補佐官

鈴木寛さん

答えのない問いに

特別 インタビュー

April 2018 0405  April 2018

小学校に通えない女子は世界全体で3,200万人。そのうち、生涯にわたり小学校に通う可能性がない女子の人数は男子の1.5倍となっている。

  ミャンマーの小学校では、日本

よりも2カ月遅い6月に新年度が

始まる。昨年6月1日、全国の小

学校に入学した約130万人の1

年生に配布されたのは、真新しい

教科書だ。実は、日本はこの教科

書作りを4年前から支援してきた。

新しい1年生の教科書は、色鮮や

かな見た目でイラストも多く、内

容もこれまで使われていたものか

ら一新されて、子どもたちが楽し

く学べるような仕掛けが取り入れ

られている。

 それから8カ月が経った今年2

月、1年生の授業を全て終えた児

童に話を聞くと、「ミャンマー語の

授業で、詩を読むのが面白かった」

と7歳のチェージントンハンちゃ

ん。「毎日、学校が楽しい」と話し

てくれたのは、7歳のカウンセッ

トー君。2人とも新しい教科書を

気に入っているという。

 ミャンマーで新しい教科書を作

ることになった背景には、同国で

軍事政権時代から続いていた暗記

中心型の教育スタイルを変えよう

という試みがある。教科書の内容

をひたすら暗記し、先生が言った

ことを児童全員で復唱しながら覚

えるのが、ミャンマーの典型的な

授業風景だった。カウンセットー

君の母親のキンサンテイさんも、

「今は大学生の長女が小学校に通っ

ていたころは、教科書は文字ばか

り、授業は暗記ばかりで、学校に

行くのを嫌がっていました」と話

していた。

 1997年の東南アジア諸国連

合(ASEAN)加盟をきっかけに、

ミャンマー教育省は暗記型教育か

ら、子どもたちが興味や関心に基

づき主体的に学べる〝児童中心型

教育〞への転換を政策の目標に掲

げた。日本はそのころから、教員

用指導書の作成や教員研修など、

主に指導方法の改善に焦点を当て

た支援を行ってきた。しかし、教

室で使われていた教科書は約20年

前に作られたもので、目指す教育

の方向性には合わなかった。そこ

で、2014年、小学校の全学年(1

〜5年生)の教科書を改訂するこ

とを目的としたJICAの技術協

力プロジェクトが始まったのだ。

ヤンゴン市内の小学校。これまでは教員が一方的に教える教育スタイルだったが、新しい教科書で学ぶ1年生は授業中も活発に発言している

音楽の教科書に載せる楽譜について現地スタッフと話し合う山岡専門家(手前)

昨年6月、全国の1年生に新しい教科書が配られた際には、ミャンマーの教育大臣も学校を訪れた

図工のトライアル授業の様子。新しい教科書では友達と協力して取り組む学習が多く、チームワークの大切さも学んでいる

 「今回のプロジェクトでは、国語、

算数、理科、社会、英語の主要5

教科に加え、芸術(音楽・図工)

や体育など、これまでミャンマー

でほとんど教えられてこなかった

教科も含めた全9教科・10科目の

教科書を作成しています。過去に

他の国で理数科の教科書開発に関

わったことはありますが、ここま

で規模の大きな取り組みは初めて

です」と、プロジェクトの総括を

務める加藤徳夫さんは話す。

 対象とする教科の数だけでなく、

実施体制も大規模だ。日本から約

40人の専門家が断続的に現地に派

遣され、一方のミャンマー側は、

教育省の職員、小学校の教員、教

員養成校の職員、大学教授の4者

が集まり、教科ごとに「カリキュ

ラム開発チーム」を編成して新し

い教科書を作成している。

生、2017年には2年生の教科

書が完成。筆者が訪問した2月下

旬は、まさに3年生の教科書作り

が始まったところだった。

 英語の開発チームは、新しいカ

リキュラムに沿って3年生ではど

の範囲まで教えるべきかを話し合

っていた。「スピーキングの学習範

囲の中で、〝相手に物事のやり方や

手順を教える〞という項目は難し

すぎる気がしますが、どうでしょ

うか」「単元ごとの目標をもう一度

見直した方がいいかもしれません」

などと活発な議論が行われていた。

英語の専門家を務めるのが、岩手

大学から派遣されているアメリカ

出身のジェームズ・ホール准教授

だ。「目標は、子どもたちが楽しみ

ながら英語を身に付けられる教科

書作りです。日本のように教材が

豊富にあるわけではないので、ど

の学校でも実践できるシンプルな

授業を念頭に置いています」とホ

ール専門家は話す。

 これまで科目としては定められ

ていたものの、教科書がなかった

音楽、図工、体育を担当するのは、

山岡智亙専門家だ。「先生自身が授

業をしたことも、子ども時代に授

業を受けたこともない人が多いの

で、音楽で笛を吹いたり、体育で

ボールをキャッチしたりという基

本的な動作もできない場合があり

ます。そこで、ある程度教科書が

できた時点で、モデル校の児童を

前にして行う〝トライアル授業〞

が重要になるのです」と山岡専門

家。トライアル授業によって、児

童の反応や授業での実践可能性が

分かるため、その後の教科書や教

員用指導書の改善に役立つのだ。

「例えば、図工で水彩画を試したと

きは、教室中が絵の具でぐちゃぐ

ちゃに汚れてしまったので、準備

と後片付けを丁寧に教えるように

と教員用指導書に記載しました」

 その他の教科書も、児童が主体

的に考えたり行動したりできるよ

うな内容に刷新している。計算式

を暗記していた算数は、どういう

場面で足し算や引き算を使うのか

という概念や背景から学ぶスタイ

ルに。単語や文章を暗記していた

ミャンマー語も、現代の物語や歴

史の話、ミャンマー伝統の昔話な

どさまざまな文章を読むことで、

読解力を身に付ける学習を重視し

ている。

 今回のプロジェクトでは、民間

の出版社である教育出版株式会社

が専門家チームに加わっているこ

とも特徴の一つだ。同社は70年近

くにわたり日本の教科書作

りに携わってきたノウハウ

を生かして、編集やデザイ

ンなどの面でプロジェクト

に協力している。同社から

派遣されている松原紀男専

門家は、「パソコンに原稿や

写真、イラストなどのデー

タを取り込んで紙面を制作

する手順や、校正のやり方

など、技術面も含めて教え

ています。ワープロしか使

ったことがなかった教育省

の職員もいましたが、一生

懸命勉強して徐々に技術を

身に付けています」と話す。

 日本のように既存の教科

書をもとに改訂を行うので

はなく、全く新しい教科書を一か

ら作るというところに、松原専門

家は難しさを感じているという。

「例えば、教科書に使う文字の書体

やフォントの大きさを検討するこ

とから始めましたし、文章中の表

現一つとっても、各学年の児童が

理解できる適切な言葉を選ばなけ

ればなりません。初めの段階で、編

集やデザイン担当者だけでなくカ

リキュラム開発チームとも一緒に、

子どもの発達段階に応じた適切な

誌面構成を考えていくことが大切

になります」

 一方、教科書の作成と並行して、

教員が新しい教科書を使って授業

を実践していくための研修も行っ

ている。この研修も毎年1学年ず

つ行っており、現地の人たち自身

の手で実施できるようにと、中央、

州、地区、学校の4つの階層ごと

に研修を行う〝カスケード方式〞

を導入。中央研修で養成されたト

レーナーが、次に各州での研修講

師を務め、そこで養成されたトレ

ーナーが今度は各地区の講師を務

め、最終的には全国約4万500

0校の小学校の教員たちに、教科

書の使い方を普及していく仕組み

だ。

 研修は、児童役と教員役のロー

ルプレイを行うなど実践的な内容

となっている。研修のモニタリン

グを担当する太田美穂専門家は、

「先生たちも頭ではよく理解してい

ても、研修でいざ模擬授業をやっ

てみると従来の暗記中心型の教え

方になってしまう人もいるので、

繰り返しトレーニングすることが

大切だと感じました。現職の教員

だけでなく、教員養成校に通う学

生向けの研修もこれから行います」

と話す。

 事務所でのさまざまな作業を見

せてもらう中で、赤文字でコメン

トが入った原稿を見つめ、何やら

考え事をしているスタッフの姿を

たびたび見掛けた。「これは、私た

ちが作った教科書の素案に対する、

教科別カリキュラム委員会(SW

C)からのコメントです。盛り込

む内容や言葉・表現が適切である

かなど、いろいろな意見や要望が

寄せられ、それをもとに私たちが

修正を加えます。このやり取りを

何度か繰り返しながら、紙面の内

容を改良していきます」と理科チ

ームの現地スタッフの一人が話し

てくれた。SWCは、大学教授を

はじめ各教科の専門的な知識を有

する人たちで構成され、教科書を

出版するためには、第一段階とし

てSWCの承認が必要になるのだ。

 総括の加藤専門家は、「SWCの

多くは、その学問の専門家ではあ

〝20年前と同じ教科書〞を

日本が協力して改訂

議論と試行を繰り返し

児童目線の教科書を

編集作業に教員研修

幅広い業務を支える人たち

新しい教科書で

変わりつつある教室

特集 教育と開発学校が変わる、世界を変える

 SWCの審査を通過した後は、

教育省から独立した組織である国

家カリキュラム委員会(NCC)

の承認を得て、晴れて教科書の出

版が決定する。2016年に作成

した1年生の教科書は、当時まだ

設立されたばかりのNCCが初め

て審査する教科書となったため、

予想以上に時間を要した。一時は

出版が危ぶまれる事態にもなった

が、加藤専門家らがミャンマーの

教育大臣にも懸命に働き掛けを行

い、翌年1月にようやく承認され

たのだ。苦労した分、新年度の始

るものの、子どもへの指導法など

教育分野にはあまり詳しくありま

せん。ともすれば知識を詰め込む

タイプの教科書になってしまいそ

うなコメントもあるため、子ども

にとって分かりやすい教科書を作

る重要性を説明しながら、折り合

いをつけていくのが難しいところ

です」と話す。そんな中、SWC

のメンバーを日本に招き、研修を

通じて彼らに日本の学校現場での

授業を見てもらったことで、プロ

ジェクトの意図についてより理解

を深めてもらえたという。

 カリキュラム開

発リーダーを担う

田中義隆専門家

は、新しい教科書

は、グローバル社

会で活躍するため

に必要な〝21世紀

型スキル〞が身に

付く内容を目指していると話す。

「コミュニケーション能力や問題解

決力といったアメリカ発祥の21世

紀型スキルに、知的能力、身体能力、

倫理観などミャンマーの仏教思想

に基づく5大能力を合わせた〝ミ

ャンマー式21世紀型スキル〞を大

きな指針として、教科書を作って

います」

 総勢120人のプロジェクトチ

ームのメンバーが作業を行ってい

るヤンゴンの事務所を訪ねた。4

階建ての事務所の中には教科ごと

に作業部屋が設けられており、各

チームの専門家とスタッフが議論

を重ねながら教科書作りを進めて

いる。毎年1学年分ずつ教科書を

作成しており、2016年は1年

未来を拓く教科書

特集 教育と開発学校が変わる、世界を変える

児童の中退率の高さが問題となっているミャンマーの小学校。その背景には、家庭の経済状況やアクセスの問題だけでなく、教科書の内容をひたすら覚え、それを試験でどれだけ答えられるかによって進級・進学が決まる“暗記中心型教育”がある。

子どもたちが主体的に学べる“児童中心型教育”への転換を図り、今、ミャンマーの教科書が変わりつつある。

体育の教員研修では、実際に児童と一緒に体を動かしながら、授業の進め方や教え方を身に付けている

音楽の教員研修の様子。初めて音楽の授業を行う教員も多く、笛の吹き方から練習している

まりに間に合ったときの感動はひ

としおだったと、加藤専門家は振

り返る。

 実際に授業を行った1年生の教

員たちからも、新しい教科書の良

さを実感する声が聞かれている。

ニュッニュッテイ先生は、「子ども

たちが前よりも授業に興味を持つ

ようになり、質問されることも多

くなりました。音楽や体育は私自

身も楽しみながら授業を行ってい

ます」と話していた。保護者からは、

友達と協力しながら取り組む学習

が増えたことで、進んで家事を手

伝うなど、生活面でも変化が表れ

ているとの意見も聞かれた。

 今後、プロジェクトでは引き続

き3〜5年生の教科書を作成して

いくとともに、従来の試験重視型

に替わる新しい評価方法の提案や、

テレビやラジオを通じた広報活

動、教科書改訂による影響の調査・

分析などにも力を入れていく方針

だ。

 現地で話を聞いた2人の1年生

に将来の夢を尋ねると、「お医者さ

んになりたい」とカウンセットー

君。チェージントンハンちゃんは、

「歌手になりたい」と少し恥ずかし

そうにしながら教えてくれた。未

来を担う子どもたちが、自信を持

って自分の夢に向かって羽ばたい

ていける学校に。新しい教科書は、

子どもたちの可能性を伸ばす希望

の光となるだろう。

(編集部

中森雅人)

ミャンマー

From

新しい1年生の教科書。理科の教科書(写真下)では、動植物の名前をひたすら暗記していた従来のスタイルから、学校の周辺などで観察しながら動植物の特徴を学ぶスタイルに変わっている(白黒の教科書が、従来使われていたもの)

ヤンゴン

プロジェクト事務所には、教科書のイラストを手掛けるスタッフも。松原専門家は「今後は彼らのスキルアップも図っていきたい」と語る

April 2018 0809  April 2018

April 2018 1011  April 2018

  ミャンマーの小学校では、日本

よりも2カ月遅い6月に新年度が

始まる。昨年6月1日、全国の小

学校に入学した約130万人の1

年生に配布されたのは、真新しい

教科書だ。実は、日本はこの教科

書作りを4年前から支援してきた。

新しい1年生の教科書は、色鮮や

かな見た目でイラストも多く、内

容もこれまで使われていたものか

ら一新されて、子どもたちが楽し

く学べるような仕掛けが取り入れ

られている。

 それから8カ月が経った今年2

月、1年生の授業を全て終えた児

童に話を聞くと、「ミャンマー語の

授業で、詩を読むのが面白かった」

と7歳のチェージントンハンちゃ

ん。「毎日、学校が楽しい」と話し

てくれたのは、7歳のカウンセッ

トー君。2人とも新しい教科書を

気に入っているという。

 ミャンマーで新しい教科書を作

ることになった背景には、同国で

軍事政権時代から続いていた暗記

中心型の教育スタイルを変えよう

という試みがある。教科書の内容

をひたすら暗記し、先生が言った

ことを児童全員で復唱しながら覚

えるのが、ミャンマーの典型的な

授業風景だった。カウンセットー

君の母親のキンサンテイさんも、

「今は大学生の長女が小学校に通っ

ていたころは、教科書は文字ばか

り、授業は暗記ばかりで、学校に

行くのを嫌がっていました」と話

していた。

 1997年の東南アジア諸国連

合(ASEAN)加盟をきっかけに、

ミャンマー教育省は暗記型教育か

ら、子どもたちが興味や関心に基

づき主体的に学べる〝児童中心型

教育〞への転換を政策の目標に掲

げた。日本はそのころから、教員

用指導書の作成や教員研修など、

主に指導方法の改善に焦点を当て

た支援を行ってきた。しかし、教

室で使われていた教科書は約20年

前に作られたもので、目指す教育

の方向性には合わなかった。そこ

で、2014年、小学校の全学年(1

〜5年生)の教科書を改訂するこ

とを目的としたJICAの技術協

力プロジェクトが始まったのだ。

ヤンゴン市内の小学校。これまでは教員が一方的に教える教育スタイルだったが、新しい教科書で学ぶ1年生は授業中も活発に発言している

音楽の教科書に載せる楽譜について現地スタッフと話し合う山岡専門家(手前)

昨年6月、全国の1年生に新しい教科書が配られた際には、ミャンマーの教育大臣も学校を訪れた

図工のトライアル授業の様子。新しい教科書では友達と協力して取り組む学習が多く、チームワークの大切さも学んでいる

 「今回のプロジェクトでは、国語、

算数、理科、社会、英語の主要5

教科に加え、芸術(音楽・図工)

や体育など、これまでミャンマー

でほとんど教えられてこなかった

教科も含めた全9教科・10科目の

教科書を作成しています。過去に

他の国で理数科の教科書開発に関

わったことはありますが、ここま

で規模の大きな取り組みは初めて

です」と、プロジェクトの総括を

務める加藤徳夫さんは話す。

 対象とする教科の数だけでなく、

実施体制も大規模だ。日本から約

40人の専門家が断続的に現地に派

遣され、一方のミャンマー側は、

教育省の職員、小学校の教員、教

員養成校の職員、大学教授の4者

が集まり、教科ごとに「カリキュ

ラム開発チーム」を編成して新し

い教科書を作成している。

生、2017年には2年生の教科

書が完成。筆者が訪問した2月下

旬は、まさに3年生の教科書作り

が始まったところだった。

 英語の開発チームは、新しいカ

リキュラムに沿って3年生ではど

の範囲まで教えるべきかを話し合

っていた。「スピーキングの学習範

囲の中で、〝相手に物事のやり方や

手順を教える〞という項目は難し

すぎる気がしますが、どうでしょ

うか」「単元ごとの目標をもう一度

見直した方がいいかもしれません」

などと活発な議論が行われていた。

英語の専門家を務めるのが、岩手

大学から派遣されているアメリカ

出身のジェームズ・ホール准教授

だ。「目標は、子どもたちが楽しみ

ながら英語を身に付けられる教科

書作りです。日本のように教材が

豊富にあるわけではないので、ど

の学校でも実践できるシンプルな

授業を念頭に置いています」とホ

ール専門家は話す。

 これまで科目としては定められ

ていたものの、教科書がなかった

音楽、図工、体育を担当するのは、

山岡智亙専門家だ。「先生自身が授

業をしたことも、子ども時代に授

業を受けたこともない人が多いの

で、音楽で笛を吹いたり、体育で

ボールをキャッチしたりという基

本的な動作もできない場合があり

ます。そこで、ある程度教科書が

できた時点で、モデル校の児童を

前にして行う〝トライアル授業〞

が重要になるのです」と山岡専門

家。トライアル授業によって、児

童の反応や授業での実践可能性が

分かるため、その後の教科書や教

員用指導書の改善に役立つのだ。

「例えば、図工で水彩画を試したと

きは、教室中が絵の具でぐちゃぐ

ちゃに汚れてしまったので、準備

と後片付けを丁寧に教えるように

と教員用指導書に記載しました」

 その他の教科書も、児童が主体

的に考えたり行動したりできるよ

うな内容に刷新している。計算式

を暗記していた算数は、どういう

場面で足し算や引き算を使うのか

という概念や背景から学ぶスタイ

ルに。単語や文章を暗記していた

ミャンマー語も、現代の物語や歴

史の話、ミャンマー伝統の昔話な

どさまざまな文章を読むことで、

読解力を身に付ける学習を重視し

ている。

 今回のプロジェクトでは、民間

の出版社である教育出版株式会社

が専門家チームに加わっているこ

とも特徴の一つだ。同社は70年近

くにわたり日本の教科書作

りに携わってきたノウハウ

を生かして、編集やデザイ

ンなどの面でプロジェクト

に協力している。同社から

派遣されている松原紀男専

門家は、「パソコンに原稿や

写真、イラストなどのデー

タを取り込んで紙面を制作

する手順や、校正のやり方

など、技術面も含めて教え

ています。ワープロしか使

ったことがなかった教育省

の職員もいましたが、一生

懸命勉強して徐々に技術を

身に付けています」と話す。

 日本のように既存の教科

書をもとに改訂を行うので

はなく、全く新しい教科書を一か

ら作るというところに、松原専門

家は難しさを感じているという。

「例えば、教科書に使う文字の書体

やフォントの大きさを検討するこ

とから始めましたし、文章中の表

現一つとっても、各学年の児童が

理解できる適切な言葉を選ばなけ

ればなりません。初めの段階で、編

集やデザイン担当者だけでなくカ

リキュラム開発チームとも一緒に、

子どもの発達段階に応じた適切な

誌面構成を考えていくことが大切

になります」

 一方、教科書の作成と並行して、

教員が新しい教科書を使って授業

を実践していくための研修も行っ

ている。この研修も毎年1学年ず

つ行っており、現地の人たち自身

の手で実施できるようにと、中央、

州、地区、学校の4つの階層ごと

に研修を行う〝カスケード方式〞

を導入。中央研修で養成されたト

レーナーが、次に各州での研修講

師を務め、そこで養成されたトレ

ーナーが今度は各地区の講師を務

め、最終的には全国約4万500

0校の小学校の教員たちに、教科

書の使い方を普及していく仕組み

だ。

 研修は、児童役と教員役のロー

ルプレイを行うなど実践的な内容

となっている。研修のモニタリン

グを担当する太田美穂専門家は、

「先生たちも頭ではよく理解してい

ても、研修でいざ模擬授業をやっ

てみると従来の暗記中心型の教え

方になってしまう人もいるので、

繰り返しトレーニングすることが

大切だと感じました。現職の教員

だけでなく、教員養成校に通う学

生向けの研修もこれから行います」

と話す。

 事務所でのさまざまな作業を見

せてもらう中で、赤文字でコメン

トが入った原稿を見つめ、何やら

考え事をしているスタッフの姿を

たびたび見掛けた。「これは、私た

ちが作った教科書の素案に対する、

教科別カリキュラム委員会(SW

C)からのコメントです。盛り込

む内容や言葉・表現が適切である

かなど、いろいろな意見や要望が

寄せられ、それをもとに私たちが

修正を加えます。このやり取りを

何度か繰り返しながら、紙面の内

容を改良していきます」と理科チ

ームの現地スタッフの一人が話し

てくれた。SWCは、大学教授を

はじめ各教科の専門的な知識を有

する人たちで構成され、教科書を

出版するためには、第一段階とし

てSWCの承認が必要になるのだ。

 総括の加藤専門家は、「SWCの

多くは、その学問の専門家ではあ

〝20年前と同じ教科書〞を

日本が協力して改訂

議論と試行を繰り返し

児童目線の教科書を

編集作業に教員研修

幅広い業務を支える人たち

新しい教科書で

変わりつつある教室

特集 教育と開発学校が変わる、世界を変える

 SWCの審査を通過した後は、

教育省から独立した組織である国

家カリキュラム委員会(NCC)

の承認を得て、晴れて教科書の出

版が決定する。2016年に作成

した1年生の教科書は、当時まだ

設立されたばかりのNCCが初め

て審査する教科書となったため、

予想以上に時間を要した。一時は

出版が危ぶまれる事態にもなった

が、加藤専門家らがミャンマーの

教育大臣にも懸命に働き掛けを行

い、翌年1月にようやく承認され

たのだ。苦労した分、新年度の始

るものの、子どもへの指導法など

教育分野にはあまり詳しくありま

せん。ともすれば知識を詰め込む

タイプの教科書になってしまいそ

うなコメントもあるため、子ども

にとって分かりやすい教科書を作

る重要性を説明しながら、折り合

いをつけていくのが難しいところ

です」と話す。そんな中、SWC

のメンバーを日本に招き、研修を

通じて彼らに日本の学校現場での

授業を見てもらったことで、プロ

ジェクトの意図についてより理解

を深めてもらえたという。

 カリキュラム開

発リーダーを担う

田中義隆専門家

は、新しい教科書

は、グローバル社

会で活躍するため

に必要な〝21世紀

型スキル〞が身に

付く内容を目指していると話す。

「コミュニケーション能力や問題解

決力といったアメリカ発祥の21世

紀型スキルに、知的能力、身体能力、

倫理観などミャンマーの仏教思想

に基づく5大能力を合わせた〝ミ

ャンマー式21世紀型スキル〞を大

きな指針として、教科書を作って

います」

 総勢120人のプロジェクトチ

ームのメンバーが作業を行ってい

るヤンゴンの事務所を訪ねた。4

階建ての事務所の中には教科ごと

に作業部屋が設けられており、各

チームの専門家とスタッフが議論

を重ねながら教科書作りを進めて

いる。毎年1学年分ずつ教科書を

作成しており、2016年は1年

未来を拓く教科書

特集 教育と開発学校が変わる、世界を変える

児童の中退率の高さが問題となっているミャンマーの小学校。その背景には、家庭の経済状況やアクセスの問題だけでなく、教科書の内容をひたすら覚え、それを試験でどれだけ答えられるかによって進級・進学が決まる“暗記中心型教育”がある。

子どもたちが主体的に学べる“児童中心型教育”への転換を図り、今、ミャンマーの教科書が変わりつつある。

体育の教員研修では、実際に児童と一緒に体を動かしながら、授業の進め方や教え方を身に付けている

音楽の教員研修の様子。初めて音楽の授業を行う教員も多く、笛の吹き方から練習している

まりに間に合ったときの感動はひ

としおだったと、加藤専門家は振

り返る。

 実際に授業を行った1年生の教

員たちからも、新しい教科書の良

さを実感する声が聞かれている。

ニュッニュッテイ先生は、「子ども

たちが前よりも授業に興味を持つ

ようになり、質問されることも多

くなりました。音楽や体育は私自

身も楽しみながら授業を行ってい

ます」と話していた。保護者からは、

友達と協力しながら取り組む学習

が増えたことで、進んで家事を手

伝うなど、生活面でも変化が表れ

ているとの意見も聞かれた。

 今後、プロジェクトでは引き続

き3〜5年生の教科書を作成して

いくとともに、従来の試験重視型

に替わる新しい評価方法の提案や、

テレビやラジオを通じた広報活

動、教科書改訂による影響の調査・

分析などにも力を入れていく方針

だ。

 現地で話を聞いた2人の1年生

に将来の夢を尋ねると、「お医者さ

んになりたい」とカウンセットー

君。チェージントンハンちゃんは、

「歌手になりたい」と少し恥ずかし

そうにしながら教えてくれた。未

来を担う子どもたちが、自信を持

って自分の夢に向かって羽ばたい

ていける学校に。新しい教科書は、

子どもたちの可能性を伸ばす希望

の光となるだろう。

(編集部

中森雅人)

ミャンマー

From

新しい1年生の教科書。理科の教科書(写真下)では、動植物の名前をひたすら暗記していた従来のスタイルから、学校の周辺などで観察しながら動植物の特徴を学ぶスタイルに変わっている(白黒の教科書が、従来使われていたもの)

ヤンゴン

プロジェクト事務所には、教科書のイラストを手掛けるスタッフも。松原専門家は「今後は彼らのスキルアップも図っていきたい」と語る

April 2018 0809  April 2018

April 2018 1011  April 2018

       

 新学期が始まり、期待を胸に学

校に通っている子どもたちも多い

だろう。日本に限らず、あらゆる

国で子どもは学校に通うものとさ

れているが、その建前が実現でき

ていない国が、世界にはまだある。

 「私が最初に小学校教育に取り組

んだ西アフリカのニジェールでは、

全ての子どもを小学校に受け入れ

るには、学校が当時の倍は必要で

した。先生たちの人数も足りず、

授業時間が既定の半分以下、授業

の内容は目標レベルに届かないな

ど、多くの課題がありました」。J

ICA専門家としてフランス語圏

アフリカ各地で初等教育プロジェ

クトに取り組んできた、アスカ・

ワールド・コンサルタント株式会

社の原雅裕さんは振り返る。「さら

には、学校では家庭で使っている

言葉ではなく、公用語のフランス

語が使われているので、子どもた

ちにとって授業の内容を理解する

ことはとても難しかったのです」

 通っても学べることが少なく、

先生たちも十分に授業をしてくれ

ない。そんな学校に、保護者や地

元の人々は不信感を抱いていた。

その一方で、子どもたちが学校で

知識を身に付け、長じては社会で

成功してほしいという思いは、世

界中のどんな親にも共通だ。原さ

んは、人々のそんな思いに応える

学校を作る方法はないかと考えた。

地道な調査や人々との対話をもと

に、2004年からニジェールで

始まったのが、〝みんなの学校〞プ

ロジェクトだ。

 当時、ニジェールをはじめとす

るアフリカ各地では、地方分権の

名の下で、各地の小学校に学校運

営委員会を作り、その委員会が責

任を持って教材の配布や学校の運

「学校に通う」を

全ての子の当たり前に

人事だと思っていた。

 原さんは、人々と学校の距離を

縮めるため、学校運営委員会のメ

ンバーを選挙で選ぶことにした。

さらに、委員会を中心に年数回、

住民全員と教員が集まって会議を

開き、学校を取り巻く状況や問題

を共有した上で、解決策を議論す

る場に変えた。委員会の新メンバ

ーには、会議の運営や情報共有に

ついて研修を受けてもらった。

 学校運営委員会が保護者と学校

との話し合いを重ねるごとに、保

護者の学校に対する意識も変わっ

ていった。その成果は、ニジェール

全体の小学校入学率が、2007

年の60%から、2010年にはほ

ぼ100%となったことが示すと

おりだ。現在では、セネガルやブ

ルキナファソ、マリ、コートジボ

ワールといったフランス語圏西ア

フリカ諸国の約4万校に〝みんな

の学校〞モデルが導入されている。

 ニジェールで、〝全ての子どもが

小学校に入学する〞という目標は

達成されたが、その一方で、〝全て

の子どもがしっかり学ぶ〞という

目標についてはまだ課題があった。

「当初、先生たちは出来の良い数人

の子ども向けに授業を

していることが多く、

ほとんどの生徒は授業

から取り残されていま

した」と原さんは振り

返る。2014年のユ

ネスコの報告書によれ

ば、ニジェールに限ら

ず、当時アフリカでは

学校に通っても読み書

き・計算ができないま

ま退学していく生徒が

6割を超え、〝学習の危

機〞と呼ばれていた。

 出生率が高く、学校

に通うべき子どもが増

える一方で、教員の欠

勤やストライキで授業

時間が足りない。教室

には教科書がほとんど

なく、十分な研修を受けた教員も

少ない。「保護者は、自分の村の子

どもが勉強できるようにノートや

教科書を買い、教員を手伝おうと

努力していましたが、子どもが知

識を身に付ける助けにはなってい

ませんでした」と原さんは語る。

 どうにかして全ての子どもが学

べる仕組みを作れないだろうか。

原さんは、保護者や学校、ニジェ

ール政府と共に、さまざまな試行

を繰り返した。その中から生まれ

たのが、自習用の算数ドリルを使

った補習プログラムだ。一人一人

の理解度に合わせた教材を使い、

住民がチューター役を務めるため

のガイドブックも作成。〝質のミニ

マムパッケージ〞と名付けられた

この仕組みは多くの子どもの学力

向上につながり、現在ではニジェ

ール国内の3500校で30万人が

利用している。

 原さんは、「人口増加が著しいア

フリカでは、〝学習の危機〞はとて

も深刻な問題です。全ての子ども

たちが読み書き・計算の能力を身

に付けられるように、現在のモデ

ルのさらなる改良に取り組んでい

きます」と、強い決意を示した。

 インド洋の国々の中でもとりわ

け面積が大きいマダガスカルで

も、2016年から〝みんなの学校〞

プロジェクトが始まった。マダガ

営を行う仕組みが展開されていた。

問題は、学校が委員リストを作っ

て提出するだけで学校運営委員会

として認定されるため、地元の有

力者が委員になることが多く、彼

らの資質次第で学校が良いものに

も悪いものにもなってしまうこと

だった。保護者の多くは自分が委

員になる可能性がなく、情報共有

もされないために、学校運営を他

アフリカ大陸の反対側

マダガスカルで新たな挑戦

〝通う〞から〝学ぶ〞へ

教育の質を高める工夫

スカルとフランス語圏西アフリカ

の国々の大きな違いは、マダガス

カルではフランス語と並んで地元

のマダガスカル語も公用語となっ

ており、小学校の授業はマダガス

カル語を使って行われていること

だ。そのため、子どもたちにとっ

て読み書きのハードルは低い。と

はいえ、質の高い小学校教育に対

するニーズは西アフリカと同様に

高く、地域の人々と共に学校の運

営改善に取り組む意義は大きい。

 原さんは森本美奈子さん、影山

晃子さん、小泉文さん、阿部かな

えさん、西山和郎さんの5人の教

育専門家と共に、マダガスカル国

内の小学校に〝みんなの学校〞の

考え方に基づいた学校運営の仕組

みを導入している。昨年は首都ア

ンタナナリボに近いアバラジャン

郡に172校、今年は同郡のある

アナラマンガ県の約1700校に

導入し、2020年のプロジェク

ト終了までにさらにアムルニマニ

ア県の約1000校、計3000

校近くに〝みんなの学校〞モデル

を導入していく予定だ。両県での

効果が認められれば、今後は政府

や他の国際協力機関と協力して全

国に展開していくことになる。

 国が作った学校から、みんなで

作る学校へ。通うだけの学校から、

学ぶための学校へ。子どもが増え

続けるアフリカで、地域と共に課

題に向き合う新しい学校のかたち

が、次世代の学びを支える。

学校運営委員会の選挙のために集まった地元の人たち。無記名の民主的な投票を通して、あらゆる人が学校運営に参加できるようになった

学校の運営計画について議論する委員会のメンバー。委員会内だけでなく、保護者や地元住民との情報共有も進む

マダガスカルの小学校と子どもたち。学びに関する改革に加えて、この国では子どもの栄養状態を改善するための自主給食プログラムも展開されている

特集 教育と開発学校が変わる、世界を変える

日本では、誰もが当然のように通う小学校。しかし、世界を見ると教室が足りない、先生が少ないなど、全ての子どもが学校でしっかり学ぶ環境が整っていない地域も多い。

資金が限られる中、どうやって学びの場を維持していくか。鍵は、地域社会と学校との情報共有にあった。

保護者の力が学校を変える

マダガスカルアンタナナリボ

算数ドリルを使った補習を受ける子どもたち。それぞれの理解度に合わせた学習ができるようになり、学校全体で学力が大きく伸び始めた

ニジェール&マダガスカル

ニジェールニアメ

From

April 2018 1213  April 2018

       

 1980年代を通じたソ連軍侵

攻や2001年の米国同時多発テ

ロに端を発する紛争など、長年戦

禍にさらされてきたアフガニスタ

ン。暫定政権の発足後、2002

年のアフガニスタン復興支援国際

会議を機に各方面の支援が強化さ

れ、それまで教育の機会を奪われ

ていた多くの子どもたちが学校に

戻った。しかし、それは必ずしも〝全

ての子ども〞の教育アクセスの改

善を意味しなかった。

 同国には、紛争や地雷の被害に

よって身体に障害を負った子ども

や、生まれながら障害のある子ど

もが数十万人いるといわれている。

しかし、障害のある学齢期の子ど

もの大多数は学校教育の機会を失

ったままだ。学校に通えたとして

も、それぞれのニーズに応じた教

育を受けることは難しい。障害の

有無にかかわらず、全ての子ども

が通常の学校で個々のニーズに応

じた教育を受けられることを理想

とする〝インクルーシブ教育〞の

実現は、アフガニスタンだけでな

く、世界共通の課題となっている。

 JICAは〝誰一人取り残さな

い教育〞の重要性に着目し、復興

当初からアフガニスタンで障害の

ある子どもの教育を支援してきた。

2005年、カブール教育大学に

「特殊教育学部」を設立したのを皮

切りに、同学部のカリキュラム開

発などに協力。2008年からは

全国に約250ある2年制の教員

養成短大向けに、特別支援教育の

教員養成用の基礎教材を開発した。

「2012年からはさらに高度な専

門性を持った教員の養成を目指し、

視覚障害・聴覚障害に関するより

学ぶ権利を

奪われた子どもたち

専門的な教科書作りを支援してい

ます」。そう語るのは、先行プロジ

ェクトから技術支援を手掛けてき

た特別支援教育の専門家だ。今期

からは心理学なども扱う専門家と

2人体制でプロジェクトを推進し

ている。 

 活動の目標は、カブール教育大

学や教員養成短大の講師、ろう学

校の教師など、現地の12人の先生

と共に、視覚障害・聴覚障害の両

分野で、それぞれ教育、心理、解

剖生理病理の3科目、計6冊の教

科書を作ること。治安の問題から

日本人専門家が現地で活動するこ

とがかなわない中、5年以上にわ

たってインターネット越しのやり

とりや、数少ない対面研修の機会

を活用しながら一歩ずつ教科書作

りを進めてきた。それは、教科書

作りに携わる現地の先生たちの能

力向上に向き合ってきた、〝人づく

り〞の軌跡でもある。

 活動開始後、まず取り掛かった

のは、視覚障害と聴覚障害に関し

て、教科書の執筆に必要な知識を

身に付けてもらうことだった。そ

こで、3人の先生を日本に留学さ

せ、1年間、特別支援教育の理論

と実践を学んでもらった。彼

らを受け入れた専門家は、「日

本の障害児教育の知見を学ぶ

ことは重要ですが、先進国の

事例を学ぶだけでは〝手の届

かない理想〞という印象を与

えかねません。そこでインド

ネシアの特別支援教育の先生

方にも協力してもらい、同国

がどのように障害のある子ど

もの教育に取り組んでいるの

かも学んでもらいました」と

話す。さらに、他の先生も日

本に招いて短期研修を実施

し、特別支援学校の視察を

通して、どうすれば子ども

が生き生きと学べるのかを

考えてもらった。こうした

能力強化の研修は丸2年間

続いた。

 その後の教科書作りは12人が視

覚・聴覚の2グループに分かれ、

グループごとに3冊の教科書を執

筆する方式で進めた。「半年に1回、

インドで会議を行いますが、普段

は進捗確認も、彼らの質問に答え

るのもテレビ会議やメールでのや

り取りです。彼らの表情や息づか

いを直に感じ取れたら、よりきめ

細い協力ができるだろうと、もど

かしい思いもしました」と専門家

は振り返る。それでも、日本留学

の経験者を中心に、良い教科書を

作ろうと両グループが切磋琢磨し

ながら活動する中で、遠隔であり

ながらも、いつしか〝皆で一つの

ことを成し遂げる〞という気運が

生まれていた。

 昨年3月に執筆作業が完了して

以降は、出来上がった教科書を用

いた効果的な授業方法について研

究を重ねてきた。日本で実施した

研修時には、自分たちが作った教

科書を手に、教員養成短大で実施

される授業を想定して、50分間の

模擬授業を行い、互いに改善点な

どを指摘し合った。

 「効果的な授業方法を記した指

導ガイドの開発を勧めると、彼ら

は半年で6冊分仕上げてしまった

んです。自分たちで苦労して執筆

した教科書だからこそできたこと

でしょう。アフガニスタンでは先

生が一方的に教える授業が一般的

ですが、指導ガイドではグループ

ワークなど、学生が能動的に学ぶ

急がば回れ

まずは能力強化から

工夫も推奨されており、研修の成

果を感じました」と、2人の専門

家は彼らの成長を喜ぶ。

 アフガニスタンでの特別支援教

育の普及を目指す12人と、日本人

専門家2人の努力は、間もなく実

を結ぼうとしている。出来上がっ

た6冊の教科書は、同国教育省教

師教育局の認可を受け、アフガニ

スタン全土の教員養成短大で使用

される予定だ。

 その実現を支えた陰の立役者は、

JICA人間開発部の吉田純平さ

んだと2人の専門家は口をそろえ

る。遠隔でのやりとりや第三国で

の会議など、難しい取り組みをマ

ネジメントし、長年、円滑な活動

を支えてきたからだ。「一人一人の

発達に寄り添う特別支援教育は、

〝教育の原点〞ともいわれます」。

吉田さんはそう説明すると、「〝支

援しやすい子ども〞から先に手を

差し伸べるのか、最初から〝誰一

人取り残さない〞気概で全ての子

どもを対象に教育に取り組むのか、

その違いは歴然です」と支援の意

義を強調した。

 紛争という重く冷たい雪の下で、

春を待ちわびていた無限の可能性

のつぼみたち。平和な社会という

地盤の上で、適切な学びが提供さ

れて初めて、子どもたちは思い思い

に花を咲かせることができるのだ。

今年2月、まもなく導入される教科書を紹介する全国セミナーを実施した。グループワークをしながら教科書の内容について理解を深める教員養成短大の講師たち

教科書を作成したプロジェクトメンバーら。専門家が「私たちは彼らのサポート役なんです」と語るとおり、カブール教育大学や教員養成短大の講師、ろう学校の教員である彼らが主役となり、母国の特別支援教育の未来を見据えて教科書作りに励んだ。彼らは今後、教科書を普及する役割も担っていく

作成した聴覚障害の教科書(下)とカブールのろう学校の様子。子どもは皆、可能性に満ちあふれている――教員となる人にそのことを伝えたいと考え、教科書には学術的な内容だけでなく、障害のある人が社会で活躍している事例なども盛り込んだ

日本での研修の様子。一人一人が教員養成短大の講師になりきり、教科書を用いて講義を行った。プロジェクトで作成した教科書に加えて、国から持参した自作の教材を活用するメンバーもいるほど、皆熱心に取り組んだ

特集 教育と開発学校が変わる、世界を変える

全ての子どもの

可能性を咲かせるために

アフガニスタン

From

特別支援教育の知識や実践が限られているアフガニスタンでは、

障害のある多くの子どもに教育の機会が与えられていない。

日本は、全ての子どもがそれぞれのニーズに応じた教育を受けられることを目指し、

同国の教員養成短大で使用する教科書の作成支援を通じて、

障害に関する専門性を持った教員の育成を後押ししている。

カブール

大切なのは

〝全ての子ども〞であること

April 2018 1415  April 2018

世界のために“考え・行動し・広げる”教育を

私たちが暮らす世界にはさまざまな課題があるが、それらはどこか遠い国の話ばかりではない。今、日本の教育現場では、世界に目を向けて身近なことから主体的に行動する力や、

多様性を認める心を育む教育の重要性が高まっている。JICAが開発した映像教材を使って、その実践に取り組んだ4人の先生のユニークな授業を紹介しよう。

実態を視聴した後、資料をもとに難民、移民、国内避難民の定義も学びました。 授業では、国際NGOの「難民を助ける会」の協力の下、“ワタシが難民になったら”というシミュレーションも行っています。保護者にも協力してもらい、各家庭が隣国に避難する立場になって、持っていく物や将来日本に戻るかどうかなどを家族で話し合いました。その他にも、震災によって隣の島から地元に大勢の人々が避難してきた場合の利点と問題点を議論させるなど、“自分事”として考えてもらうことを意識しました。

 授業の終盤は、自分たちに何ができるのかを考える時間です。生徒たちが提案したのは、

 私は、教育というテーマを小学2年生の生活科と結び付けて授業を行いました。自分とアフリカに住む子どもたちの生活を比べる中で、児童に誰もが自分と同じように成長しようとしていることに気付き、現地の子どもたちが学校へ行けないわけや何のために学ぶのかを考えられるようになってほしいと思ったからです。 私が用意したのは、リンゴやオレンジなどの風味がする水です。見た目は同じ数本のペットボトルに、ドイツ語で書いたラベルを貼り、児童に文字が読めない体験をしてもらいました。「何が入っ

ているか分からなくてこわい」と、文字が読めない不安を話す彼らに、読み書きができなくて困ることを挙げてもらうと、「自分の名前を書けないし、友達に手紙で気持ちを伝えられない」「商品を見ても中身が分からない」など、さまざまな意見が出ました。この後、児童と一緒に西アフリカの教育課題や同地域でJICAが実施している教育改善のプロジェクトの映像を鑑賞しました。「学校に行けるって本当に幸せなんだな」。多くの児童が学ぶことの意味をしっかりと感じ取ってくれました。

シミュレーションを通じて、家族と一緒に難民の気持ちを体験した

文字が読めない体験から学校の大切さを学ぶ子どもたち

 私は、難民を取り巻く問題を通して、地域の問題解決に向けて考え、行動する力を育むことを狙いに、中学3年生の社会科で全7時間の授業を行いました。授業の導入として取り上げたのは、東日本大震災後に福島県で原子力発電所の近隣住民が経験した強制避難の事例です。生徒たちは、避難先の地区に以前から暮らしている住民と避難住民との対立の原因を考えました。その上で視線を世界に移し、これと似た事例として難民問題を紹介。映像教材でシリア難民や彼らの受け入れをめぐって葛藤する国々の

日本に暮らす難民の方々を支援するための募金活動。集まったお金の使い道も自分たちで考え、現金と合わせて、非常食やマスクなどを認定NPO法人の「難民支援協会」に寄付しました。授業の後、生徒たちは「初めは、なぜ難民について勉強するのだろうと思ったけれど、戦争や差別、飢餓の影響を受けているのが難民だと分かった」「日本に生まれたことを感謝するだけではだめ。一生懸命勉強して立派な大人になり、難民や困っている人の力になりたい」などと話していました。 この映像教材の利点は、10分と短くかつ分かりやすいので、手軽に授業に取り入れられること。日本への期待にも触れられており、生徒の学習意欲を効果的に高めることができました。

 高校2年生の地理の「イスラムとムスリムの生活」の単元で授業を行いました。まず、イスラム教について知っていることや疑問を書き出してもらうと、「テロを起こして恐ろしい」という、ごく一部のイスラム過激派と混同している意見や、「生活の制限が多くてかわいそう」といった戒律に対する偏見も出てきました。 そこで、正しい知識を学ぶための「○×クイズ」を作り、二人一組で取り組んでもらいました。クイズの試作段階では、開発教育を推進する地元の教育団体で試行し、そこで得た意見を踏まえて改良も加え

ました。例えば、クイズの問題は「食べたり飲んだりしてはいけないものがある」などの宗教上の原理・原則を問うにとどめ、そこで伝えきれないイスラム世界の多様性は解説スライドで補うなどの工夫です。 その後、日本に暮らすイスラム教徒や各国でのイスラム排斥運動の映像を見た生徒たちは、「間違った認識がいじめにつながっている」など、自分たちの身近な問題と重ねながら理解を深めていたようでした。今後は日本在住のイスラム教徒の方と生徒たちが交流できる機会もつくっていけたらと思っています。

 6年生の総合の時間に、世界と日本のつながりや平和な社会の実現について考える授業を行いました。初めに、私がJICA教師海外研修でブラジルを訪れた際に撮影した写真を紹介。日本の名字を持つ女性や、「整頓」という日本語の貼り紙がある現地の交番などを見た児童たちは、「お互いのことをよく知ったら、もっと仲良くなれるかもしれない」と興味津々。続いて、東日本大震災後に日本が各国から受けた支援を取り上げ、支援内容を分類したり、なぜ開発途上国までもが支援してくれたのか考えたりしました。 10分映像集は必要な部分を組み合わせて視聴しました。アフガニスタンで稲作支援を行う日

本人専門家の活動や、日本が戦後や震災後に各国から支援を受けた様子を見て、国際協力の意味や世界とのつながりを実感。それから、世界をより良くするために何ができるかを問う映像を見た後には、自分たちで百々小学校版SDGsも作りました。他にも、JICAの出前講座やNGOと連携で折鶴をウクライナに届ける活動も行いました。児童たちからは、「考えるときは地球全体のことを、行動するときは身近なことから始めたいです」「開発途上国は子どもが学校に通えず、安心して飲める水がない国だと思っていたけれど、学習してから、すごく努力している国だと思うようになりました」という声が挙がりました。

自分たちで作った百々小学校版SDGsの目標を掲げる児童たち

特集 教育と開発学校が変わる、世界を変える

こ こ に注目! 

発達段階に合った国際理解教育を展開

実生活に結び付いた体験を与えることで、低学年の児童にもしっかり考えさせる

こ こ に注目! 

ネットワークを活用して教材を練ることで、授業の効果を高めている

先入観なしに自分と異なる在り方を認める多文化共生の心を育む

こ こ に注目! 

多様な事例を用意して、世界とのつながりを自然と感じ取れる工夫をこらしている

自分たちのSDGsを作り、問題解決に向けて行動し、その活動を周囲に広げる力を養う

難民

国際協力・ODA

4つのテーマを扱った映像教材

2015年に国連が採択した「持続可能な開発目標(SDGs)」や、今般の学習指導要領の改訂などに伴い、世界の課題や異文化への理解を促す教育がより一層求められるようになった。「国際理解教育」や「開発教育」と呼ばれるこうした教育に注目が集まる一方、準備の大変さや認知度の低さが普及のハードルだ。そこで、JICAが開発したのが、授業に取り入れやすい「10分映像集」。あえて特定のメッセージを持たせず、子どもたち自身の答えを引き出すことの出来る内容が特長だ。「難民」「イスラム」「国際協力・ODA」「教育」の4つのテーマで制作された本教材は、ホームページから閲覧でき、希望者にDVDを提供している。これらを活用し、子どもたちと世界をつなぐ授業の実践に役立ててみてはいかがだろうか。

授業で使える10分映像集を開発!

中須賀先生自作の「○×クイズ」。12問全て正解するとカードが輪になる

教育

イスラム

こ こ に注目! 

日本の事例から当事者意識を醸成し、共感を通じて難民への理解促進

今できることを考え、実践することで社会参加の経験につなげる

京都府 京都市立百々小学校

松本 清代先生

どど

広島県立安西高等学校

中須賀 裕幸先生

静岡県田方郡 函南町立東小学校

矢野 淳一先生

東京都 新島村立式根島中学校 髙田 裕行先生

April 2018 1617  April 2018

山形県

静岡県

沖縄県

県内のさまざまなセクターと共に国際理解を推進

991年に設立された「IVY」は、地元・山形を拠点に、地元での開発教育や

在住外国人の支援、中東での難民支援、カンボジアの農村支援など、国内外でさまざまな活動を展開してきた。開発教育では、学校などへのファシリテーターの派遣、環境教育と開発教育を合わせた「地球子どもキャンプ」など、国際理解の裾野を広げる活動に取り組んでいる。 毎年11月に開催する「国際理解実践フォーラム」は、JICAや山形県国際交流協会との共催で行われる、大きなイベントだ。2004年に始めた当初は国際理解教育だけ

子どもが主役、“思い”の実現を後押し

地域から社会を変える人材を育成

沖縄をテーマに「地球市民」を育てる

子どもたちを活動の中心に据えるAsante!

1

全国規模の取り組みも 国内でニーズが高まる開発教育・国際理解教育の推進に向けて、全国的な活動も盛んになってきた。 民間では、市民団体や学会など、さまざまな組織が独自の研修や実践報告会、教材の作成・提供などを通じて、開発教育・国際理解教育の拡大と推進に努めている。NPO法人開発教育協会(DEAR)や一般社団法人グローバル教育推進プロジェクト(GiFT)、日本国際理解教育学会などが主な活動団体だ。他にも、海外の活動現場での経験を日本の教育活動に還

元する国際協力NGOがある。開発教育・国際理解教育と“持続可能な開発のための教育(ESD)”の取り組みとは重なるところも大きく、ESD活動推進センターや日本ESD学会との連携も拡大中だ。 JICAも、国際協力事業を通じて培った知見を、子どもたちに役立つ形で伝え、共に感じ、考えていくことで日本の教育に貢献すべく、教員向け国内・海外研修や教材作成・提供、出前講座などの開発教育・国際理解教育支援事業に取り組んでいる。

学校教員向けの分科会で情報交換をする教員たち

ファシリテーター養成リレー講座では、文化の背景を考えて相互理解を深めることを促している

互いのアイデアや経験を共有し、より良い授業作りを目指す

特集 教育と開発学校が変わる、世界を変える

NPO法人 沖縄NGOセンター

を扱っていたが、現在では国際協力・開発教育・多文化共生の分野で六つの分科会を開き、150人以上が参加している。主催3団体の他、大学、教員、学生、青年海外協力隊OVなどで構成される実行委員会が企画運営を行っている。 学校教員向けの分科会は、授業時間や生徒の理解につなげる工夫など、教員ならではの悩みを相談し合い、互いの実践例を共有する場ともなっている。教員同士のネットワークを広げ、開発教育の実践を支えていくために、IVYは今後ともフォーラムを継続していく。

PO法人沖縄NGOセンターは、教員や社会教育指導員、PTAなど、

教える立場の仲間と共に開発教育活動を行っている。 JICA沖縄との連携で実施している「国際理解・開発教育指導者養成講座」は、これから取り組んでみたい人向けの入門編から、自分で授業内容を組み立てられる経験者向けの中・上級編まで、年間を通じて開講されている。ファシリテーター役も含めて、過去の講座の受講者が担当しているのが特長だ。プログラムの構成についても、学校の教員たちと協力して内容や

N 方向性、目標を定めている。今年は、開発教育を受ける立場の子どもたちと共に学び合おうと「子どもの参画」を開始し、実際に約20名の子どもたちが同席した。 この他、かつて沖縄から中南米に渡った沖縄移民の歴史や、今日の日系人の生き方から学ぶ「沖縄移民学習」の出前講座も行っている。 開発教育は現在と過去のつながりを学び、自分たちが変わることが社会の変容につながるものというのが、同センターの考えだ。世界の問題解決に向け「地球市民活動」へのチャレンジが続く。

系ブラジル人が多く住む静岡県浜松市。2010年に設立された「はまま

つ国際理解教育ネット」は、参加型学習を通じて多文化共生の町づくりを目指し、さまざまな活動を行っている。 JICAや浜松国際交流協会と共に毎年2月に開催しているはままつグローバルフェアは、異文化を実感してもらうプログラムを数多く提供し、参加者に好評だ。それに

日 加えて、国際理解教育ファシリテーター養成リレー講座も運営しており、国際理解の仲介者の育成にも努めている。 同講座では、世界が直面しているさまざまな課題について毎回テーマを変えて学び、地元の課題との共通点を知ることで、互いを理解し自分たちにできることを考える場を提供している。受講者が後に大学の国際関係学部に進学したり、青年海外協

ICAの教師海外研修でタンザニアを訪問した井上文裕さんが中心となっ

て、年6回ほど、子どものための国際理解ワークショップを展開している「Asante !」。JICA横浜と連携し、海外で活動中の青年海外協力隊員の協力を得て、世界各地の

J “今”を学ぶ機会をつくっている。 ワークショップでは、子どもたちが知りたい、学びたいと思うことを意識してテーマを選定。井上さんは、「子どもたちがしばしば、開発途上国の子どもたちと同じ視点に立って問題について考えていて、うれしく思っています。持続可能な関係を築くためには、相手と同じ視点に立つことが不可欠だと思っているからです」と語る。今年はカンボジアのコンポンチュナンで活動中の協力隊員、山岸真喜子さんと共に、さまざまな生き方を学んでいく予定だ。 開発教育という言葉にとらわれず、途上国で活躍する人々の生の声に触れることで、子どもたち自身に夢や思いの実現に向けて踏み出してほしいというのが、Asante !の考え方だ。「教育は自分の思いの実現のために必要なものです」と語る井上さん。これからも、子どもたちと共に世界を学んでいく。

認定NPO法人 IVY

はままつ国際理解教育ネット

Asante !

力隊に参加したりするなど、課題解決のために一歩踏み出す人を数多く輩出しているのも特徴だ。 はままつ国際理解教育ネットの目標は、学校教育、社会教育、家庭教育の三つの軸を通して地域や世界の現状を変え、異なる背景を持つ人々が共生できる社会の在り方を発信していくこと。今後も、地域に密着した国際理解を支える活動を展開していく。

神奈川県

アサンテ

教室を変える地域の取り組み

教育改革が進む中、世界について学び、課題解決を考える

「開発教育・国際理解教育」に注目が集まっている。

地元に密着し、学校現場の取り組みを支援する組織を紹介しよう。

19  April 2018 April 2018 18

啓一さんが横山社長に声を掛けたこと

が、さくら社が算数教材ソフトをアフ

リカに持ち込むきっかけとなった。

 「ルワンダの小学校を訪れたとき、子

どもたちが単純な足し算でも数と同じ

だけの丸印を書いて、端から端まで一

つ一つ数えるのを見て驚きました」と横

山社長は振り返る。

「せっかく数の概念を

理解しているのに、

活用できていないの

はもったいない。さ

くら社の作ったソフ

トを使って子どもた

ちの数への理解を深

められれば、算数は

もちろん、他の科目でも学力向上につ

ながると考えました」

 日本では、先生たちが授業内容をよ

り分かりやすく伝える工夫を凝らす文

化があり、それぞれの工夫を共有する

〝授業研究〞という仕組みもある。実は、

横山社長自身がかつては小学校で教壇

に立っていて、分かりやすい授業のた

めに工夫する中で、パソコンを使った

授業にたどり着いた経験があった。「ま

だパソコンに白黒の液晶画面しかなか

った時代に、表計算のソフトを使って

さまざまなグラフを描いてみせると、

子どもたちが食い入るように画面を見

つめ、その後の授業にも真面目に取り

組むようになったのです。これからは

パソコンを使った授業の時代だと思い

ました」と横山社長は振り返る。

 さくら社が現在提供しているソフト

では、繰り上がり足し算の概念をブロ

ックなどで視覚的に表現したり、左右

の数をタッチパネルで増減させながら

等号・不等号を変化させたりといった仕

組みを使って、子どもたちが自然に算数

の概念を身に付けられるようになってい

る。視覚的な効果やその場での操作は、

まさにパソコンが得意とする分野だ。

 一方で、ルワンダでは教え方を工夫す

る文化が先生たちの間に根付いておら

ず、授業といえば先生が教壇に立って一

方的に講義するのが常だった。アプリを

使った試験的なワークショップのために

現地の先生たちに研修を行った際、その

ことに気付いた横山社長は、先生たちに

「生徒たちの中に入っていって、目の前

でソフトを操作したり、生徒自身に考え

させたりしてみましょう」と提案してみ

た。その結果、先生たちもその方が教え

やすいと感じ、教え方が変わっていった

という。「ソフトを活用するには、先生

の指導力を高めることも不可欠です」

と、横山社長は強調する。

 内陸国で物流コストが高く、大きな

資源のないルワンダは、ICTを国の基

幹産業にするために国を挙げて取り組

んでいる。開発途上国の子どもたちに

パソコンを使った新しい学習手段を提

供するOLPCの活動とも提携してお

り、子どもたちがノートパソコンで学

習する様子が紙幣の裏面に描かれてい

るほどだ。

 JICAの中小企業海外展開支援事

業を活用して現地の5人の先生たちと

共に行ったワークショップでは、授業

を受けた子どもたちが熱心にソフトを

操作し、飽きる様子もなく学び続けた。

中にはワークショップの前後で計算テ

ストの成績が0点から90点まで伸びた

子もいたという。「才能不足ではなく、

教え方の問題。ルワンダの子どもたち

ICT立国目指すルワンダ

教育ソフトの発信地に

も素晴らしい才能を持っていると確信

しました」と横山社長は力強く語る。

 その後、本格的な導入を目指して同

国の教育局長に面会したときには、ワ

ークショップに参加した現地の先生た

ちも横山社長に同行し、「これを使えば

子どもたちの学力が伸びるのは間違い

ない」と口をそろえて語ったという。

その甲斐あってか、教育局長も、現在

進む学校への太陽光発電システム導入

と並行してパソコンの活用とソフトの

普及を後押しすることに同意した。今

年からはJICAの普及実証事業が始

まり、公立も含めた複数の小学校で、

実証活動と効果測定を行う方針でいる。

 現在、私立校やルワンダ大学理数科

教育研究所などからも協力の申し出が

来ているという。子どもたちに配られた

ノートパソコンにソフトをインストー

ルして多くの生徒に使ってもらうのが、

横山社長が見据える最初の通過点だ。

「ルワンダの新学習指導要領に合わせた

構成にしていくとともに、現場のニーズ

に合わせて先生たち自身が手を加えら

れるように、調整を進めていきます」と

横山社長は意気込みを語る。その先に

は、ルワンダ国内で手を加えたこのソフ

トを、ルワンダ製品として周辺諸国に輸

出していくという夢がある。

 理数系教育の課題はアフリカの多く

の国が共有している。このソフトが成

功して周辺国に波及すれば、ルワンダ

の産業活性化とアフリカ全体の学力向

上の両面で貢献になると、横山社長の

夢は広がる。

さくら社の算数アプリの画面。ここでは、不等号の意味を「魚が食べる」イメージで子どもたちに伝えている

日本の小学校でも活用されているさくら社のソフト。分かりやすく教えることで、子どもたちの集中力も高まる(茨城県・久慈川三育小学校)

ルワンダの500ルワンダフラン札。「全ての子どもにノートパソコンを(OLPC)」という活動を踏まえ、子どもたちがパソコンで学ぶ図柄だ

ワークショップの事前研修。互いに先生役と生徒役を務め、分かりやすい授業の工夫が始まった

実際のワークショップでも、先生たちは子どもたちと一緒になって教えるようになった。子どもたちの反応も上々だ

 足す、引く、掛ける、割る。小学校

で習う算数は、夕飯の買い物にしても、

仕事で何かを整理するにしても、日常

生活のあらゆる場面について回る基礎

的な知識だ。しかし、多くの国で算数

を含む理数科教育の質は大きな課題と

なっている。「特に算数は抽象的な概念

を扱うため、実験などで目を引きやす

い理科と比べて、子どもたちにも、教

える先生方にも、ハードルが高いので

す」と、都内で小学校向けの算数教材

ソフトを制作している株式会社さくら

社の横山験也社長は説明する。

 日本は「分かりやすい理数科教育」を、

開発途上国での基礎教育支援の一つの

軸にしてきた。その中で、算数にも見

て分かりやすい教材はないかと考えた

JICA専門家の光長功人さんと長沼

足し算を〝数える〞子どもたち

数の基本を目で見て理解

手のひらに丸や棒を書いて足し算を“数える”子どもたち。これでは、せっかく覚えた数の概念を生かすことができない

教室で数を操る楽しさを

足し算、掛け算、等号と不等号など、小学校の算数で習う概念は万国共通。

しかも、社会に出てから使う機会が多い重要な知識だ。

しかし、多くの国で先生たちが教えるのに苦労する教科ともなっている。

コンピューターを使って算数を直感的に理解できる教材を作っている

株式会社さくら社が、ICT立国を目指すルワンダの

算数教育のために立ち上がった。 さ

くら社

株式会社

国 際 協 力 の 担 い 手 た ち

ルワンダ

April 2018 2021  April 2018

 議論や発表など、子どもたちを能動的

に授業に参加させる教育法は、通称「ア

クティブ・ラーニング」と呼ばれ、思考

力や判断力、表現力といった人としての

総合的な力を伸ばす指導法として、近年

注目を集めている。埼玉県は他県に先駆

けてアクティブ・ラーニングを取り入れ

た地域の一つ。同県教育委員会は、20

08年から「東京大学CoREF」と連

携し、CoREFが提唱するアクティブ・

ラーニングの手法である「知識構成型ジ

グソー法(以下、ジグソー法)」の共同

研究を進めてきた。

 ジグソー法とは、教師が設定する問い

について、子どもたち自身が調べ、自分

の言葉で説明したり、教え合ったりしな

がら、一人一人の学びを深める学習法だ。

具体的には、「エキスパート活動」「ジグ

ソー活動」「クロストーク活動」の3つ

の活動に子どもたちは参加することにな

る。エキスパート活動では、同じ資料の

内容を数人で話し合うグループ活動を通

じて、各人が〝専門家〞として知識を身

に付けていく。次のジグソー活動では、

このグループを分解して、異なる資料を

読み込んだメンバーで編成する新グルー

プを作り、エキスパート活動で身に付け

た知識や自分の考えを互いに説明する。

こうして個々の知識を組み合わせながら

問いへの答えを導き出したら、クラス全

体の活動へと展開し、各グループが回答

とその根拠を発表する。これがクロスト

ーク活動だ。

 大事なのは、この3つの活動の前後に

さん、CoREFの研究者、埼玉県立総

合教育センターで教員研修を運営する職

員、ジグソー法を活用した授業実践の豊

富な経験を持つ〝マイスター教員〞など

のメンバーだ。

 近年、フィリピンは初等・中等教育の

充実に力を入れているが、教員の指導力

の向上が課題だ。「私たちは、フィリピ

ン中部のセブ州セブ市とマンダウエ市内

の小・中・高、各1校でジグソー法の導

入を目指しています。フィリピン教育省

のセブ州管轄教育事務所などの幹部にジ

グソー法とは何か説明することから活動

がスタートしましたが、皆、好意的に受

け止め、期待を寄せてくれています」と

遠藤さん。現地の教育の現状の収集に当

たっては、県からJICAに出向してい

る教員とも連携したという。

 プロジェクトでは、現地の教育行政職

員と3校の先生たちを埼玉県に招いて行

う研修と、そこで身に付けたことの実践

状況を確認するためのフィリピン訪問を

2回繰り返した。1回目の研修では3日

間にわたって、CoREFの担当者がジ

グソー法の講義を行った他、県のマイス

ター教員も指導役に加わって、ジグソー

法を体験する先生たちに、教員目線でア

ドバイスを行った。先生たちは、「すぐ

に学校で実践してみたい」と意気込んで

いたという。

 さらに、研修では県内の小学校で児童

たちがジグソー法を用いて、理科の「種

子の発芽と成長」の単元を勉強する様子

も視察。この他にも、高校の部活動の見

学や、生徒による英語での学校案内を通

して、日本の学校教育の文化や成果を幅

広く紹介した。「その後、現地視察に行

くと、理科や数学で早速ジグソー法が取

り入れられていました。最初の研修から

3カ月目とは思えないほど高いレベルで

す。また、子どもたちが英語を使って活

発に議論する様子に、県のマイスター教

員たちも大いに刺激を受けていました」

と遠藤さんは語る。

 次に日本で行った研修には、新たなメ

ンバーを招き、問いの立て方やエキスパ

ート活動の内容の設定の仕方をより重点

的に教えるなど、1回目の研修の反省点

も生かした。再度の現地訪問でも、先生

たちは効果的な授業を展開していたとい

う。「今年度は、過去の研修員から参加

者を選んで、同じ学校の先生にジグソー

法を普及してもらうための指導本を作っ

てもらう予定です。秋の研修は行政職員

向けとし、国としてジグソー法を普及し

ていく仕組みを築くためのハンドブック

を作成しようと思っています」と遠藤さ

ん。

 一人一人の子どもの能力を伸ばすに

は、まずは授業を変えていかなければな

らない。埼玉県教育委員会のこの信念が

教員の指導力の向上、ひいては子どもた

ちが確実に力を付けられる授業の実践に

つながった。ブラジルやフィリピンでの

取り組みを通じ、〝埼玉オリジナルから

グローバルスタンダードへ〞という県の

キャッチフレーズは着実に具現化しつつ

ある。

知識そのものの習得から

知識を活用する力の習得へ

人口約730万人。「生きる力を育て、絆を深める埼玉教育」を県の教育理念とし、産業人材やグローバル人材の育成、インクルーシブ教育などに積極的に取り組む。県の「学力・学習状況調査」は、“学力の伸び”を測ることのできる全国初の学力調査。子どもの成長と、教育委員会や学校の取り組みの変化の関係も検証できる。

埼玉県

ジグソー法を使った埼玉県の小学校の理科の授業を視察するフィリピンの教員ら。児童たちは、エキスパート活動として数人のグループに分かれて、「発芽の条件」について話し合った

学びの“質”を高める――それは現在、世界の学校教育が直面している課題だ。教員の指導力向上に着目した埼玉県は、

授業に「知識構成型ジグソー法」を取り入れ、子どもの力を総合的に伸ばしてきた。その経験が今、フィリピンの授業を変えつつある。

地域と

世界の

きずな

61

一人で問いの答えを考察する時間を設

け、グループでの学びを経て、自分の理

解が深まった点、あるいは考えが変わっ

た点を振り返ること。その名称から連想

されるとおり、知識というピースをジグ

ソーパズルのように組み合わせ、答えを

求めていくのが特徴だ。

 埼玉県は2010年に県内の高校教

員を対象として、ジグソー法を活用し

た授業の研修に着手した。埼玉県教育

委員会の県立学校部高校教育指導課で

〝学びの改革担当〞を務める遠藤宏之さ

んは、「授業への試験的な導入期間を経

て、2012年からは採用1年目の教

員研修でもジグソー法を扱い始めまし

た。今後は小中学校にも広げていく予

定です」と説明する。

 こうした先進的な取り組みを進めて

いる埼玉県は、2012年から5年間、

JICAの草の根技術協力事業を通じ

て、ブラジルの貧困地域の教育支援を手

掛けた実績を持

つ。昨年1月から

は、JICAとの

2度目の教育協力

事業として、フィ

リピンの授業改善

を目指すプロジェ

クト「埼玉版アク

ティブ・ラーニン

グ型授業による授

業改善のための教

員研修支援」を推

進している。それ

に取り組むのは、

総括を務める遠藤

ジグソー法による授業を受けるフィリピンの小学生たち。子どもたちは「友だちと教え合いながら勉強できるのが良い」と話し、楽しみながら学びを深めていた

実験によるエキスパート活動を行うフィリピンの高校生。「資料は効果的で、教員がよく準備して作ったことが見て取れました」と遠藤さん

プロジェクトメンバーと共にセブ州管轄教育事務所での会議に出席する遠藤さん(左)。遠藤さんは英語の教員免許を持ち、ジグソー法紹介のプレゼンテーションなども担当した

互いに学び合 い、高め合う教室へ

授業が変われば生徒も変わる

フィリピンの学びの質を高める

埼 玉 県

ジグソー法を使った授業体験。授業の進め方だけでなく、良質な問いであるほど、学びの効果が高くなることや、エキスパート活動の内容をどう設定するかがポイントであることなどを実感した

埼玉県

April 2018 2223  April 2018

 

大学時代に取得した小学校教員と日本語教

師の免許を生かせる仕事に就きたいと思い、

卒業後はシンガポールの日本人学校で働きま

した。滞在中、休暇を使って近隣のマレーシ

アやインドネシアを旅行したときのこと、多

くのストリートチルドレンを目の当たりに

し、学校に通うことさえできない子どもがい

るという現実に改めて気付かされました。学

校で学ぶ喜びを知らない子どもたちのために

できることはないか――このまま教師として

仕事を続けるのが本当に自分のやりたいこと

なのか疑問に感じた私は、帰国後しばらくし

てから、イギリスの大学院で教育と国際開発

について勉強することを決めました。

 

修士号を取得した後は、ユネスコの中央ア

ジア地域事務所で活動したり、JICAエチ

オピア事務所の企画調査員として働いたりす

ることで、開発途上国の教育支援に携わりま

した。企画調査員のときには、エチオピアの

村に初めて小学校ができた瞬間に立ち会い、

学校に通えなかった10代の女の子が、「私の人

生はこの先結婚しかないと思っていました

が、これから1年生として学び始めるという

新たな道が開けました」と話してくれたのが

印象に残っています。教育支援は子どもの学

びそのものだけでなく、その先の人生も支え

ることだと実感し、政策と現場レベルの両方

からそれに携われるJICAなら自分のやり

たいことを実現できると思ったのです。

 

2006年にJICAに入り、希望してい

た人間開発部の基礎教育グループに配属され

ました。当時の担当案件の一つが、アフガニ

スタンでの識字教育プロジェクトです。同国

に設立されたコミュニティー学習センター

で、女性らを対象にした識字教育を行いまし

たが、そこでも現地の人から掛けられた言葉

が印象に残っています。プロジェクトの成果

を調査していた際、ある女性が、「識字教育

を受けて社交的になり、自分の生き方にも前

向きになりました。これまで女性への教育は

抑圧されていましたが、この学習センターは

私にとっての平和の象徴です」と語ったので

す。子どもだけでなく、女性たちの豊かな人

生の扉を開く事業に自分が関わっていること

に喜びを覚えました。

 

その後、アフリカ部とケニア事務所を経て、

2016年から再び基礎教育グループで仕事

をしています。現在担当している代表的な案

件は、ミャンマーの初等教育カリキュラム改

訂プロジェクトです。10科目の教科書の開発

を支援し、完成品を全国の小学校に配布する

というスケールの大きさにやりがいを感じて

います。

 

私がJICA職員として案件の形成や管理

を行う際に大切にしているのが、現場の声で

す。例えば、出張に行くときには必ず現地の

学校を訪問するようにしています。現場で先

生の教え方や子どもの学ぶ様子を見れば、そ

April 2018 24

教育で人々の人生を豊かにしたい

ラオスの首都ビエンチャンの小学校を訪れて授業を視察した

From Headquarters

の学校が抱えている課題が分かるからです。

授業についていけず、つまらなそうにしてい

る子どもたちの姿を目にしたとき、学校に行

っても十分に学んでいない〝学びの危機〞を再

認識しました。二度と戻らない学齢期に、子

どもの発達段階に合った学習機会を提供する

ことは、途上国の教育に関わる者の使命だと

思っています。これからも自分のライフワー

クとして、教育分野の事業に一貫して携わっ

ていきたいと思っています。

 

そして、途上国の教育の現状や教育支援の

取り組みを日本の子どもたちに伝えていくこ

とも、私のもう一つの目標です。自分自身の

経験を日本の教育に還元し、国内の開発教育

を推進していくことも、JICA職員として

果たせる役割だと考えています。

大学卒業後、シンガポールの日本人学校で3年間勤務。その後、イギリスのロンドン大学大学院で修士号取得。JICAエチオピア事務所の企画調査員などを経て、2006年にJICAに入構。2016年4月より現職。

JICA人間開発部基礎教育グループ 基礎教育第一チーム

徳田 由美TOKUDA Yumi

ミャンマーの初等教育カリキュラム改訂プロジェクトで、同国の教育大臣らと協議する徳田さん(右から2人目)

学ぶ喜びを知ってほしい

教育現場に寄り添った支援を

子どもが好きで、教育に携わる仕事

に就きたいと考えていた徳田由美さ

ん。さまざまな教育関連の仕事を経

験する中で選んだ道が、開発途上国

の教育を支えるJICA職員だ。教

壇に立っていた経験を生かして、常に

現場の声に耳を傾けながら、その国の

抱える教育課題に向き合っている。

APRIL 2018

 

JICAは毎年、中学生・高校生を対

象に、国際社会の中で自分たちがどう行

動すべきか考えてもらうエッセイコンテ

ストを実施しています。「世界の人々と

共に生きるために―私たちの考えるこ

と、出来ること―」をテーマに掲げた

2017年度のコンテストに全国から寄

せられた作品の数は、中学生の部が3万

8459点、高校生の部には過去最多の

3万1685点。この中から選ばれた上

位入賞者40人のうち37人が、2月24日に

JICA地球ひろば(東京都新宿区)で

開催された表彰式に参加しました。

 

表彰式では、受賞者を代表して、中学

生の部でJICA理事長賞を受賞した小

山桃子さん(岩手県・一関市立磐井中学

校1年)と、高校生の部で外務大臣賞を

受賞した川口博也さん(神奈川県・慶應

義塾高等学校3年)が受賞の言葉を述べ

ました。

 

JICAの越川和彦副理事長は、「持

続可能な社会の在り方や平和の重要性を

訴える作品が多かった」と今回の応募作

品の傾向を説明し、「より良い世界を築

くためには最初の一歩が重要。皆さんは

エッセイコンテスト表彰式を開催 01

03イラン・テヘラン市に大気汚染分析機器を整備

02 エジプトで日本式教育の導入・普及を支援 

JICAは2月、エジプト政府との間

で、「エジプト・日本学校支援プログラム

(エジプト・日本教育パートナーシップ)」

を対象に、186億2600万円を限度

とする円借款貸付契約に調印しました。

 

エジプトでは、人口増加により学級当

りの生徒数が過剰となり、義務教育にお

いて個々の生徒の理解度に応じた指導や

社会性を育む教育が十分に行われていな

いため、子どもの理解不足と規律や協調

性の欠如が問題となっています。

 

このため、同国政府は学ぶ意欲や公平

性・協調性の醸成に資する、掃除や学級

会に代表される日本式教育を導入。本事

業はこれを後押しし、財政支援を通じた

政策実施・制度構築の促進により、日本

式教育を導入する「エジプト・日本学校」

の開校を推進するものです。

 

本事業は、2016年に日本・エジプ

ト両政府間で締結された「エジプト・日

本教育パートナーシップ」の下で実施さ

れ、教育の質の改善や若者の能力強化に

寄与すると共に、持続可能な開発目標

(SDGs)ゴール4「質の高い教育を

みんなに」に貢献します。

25  April 2018

署名式に出席した北岡理事長

最初の一歩を踏み出した」と参加者の今

後の活躍に期待を寄せました。

 

中学生の部の審査員長を務めた教育評

論家・法政大学特任教授の尾木直樹さん

は、応募作品が自らの体験を出発点に世

界を考えていることについて、「グロー

バルな視点と感受性に無限の可能性を感

じた」と講評。一方、高校生の部の審査

員長を務めた女優・エッセイストの星野

知子さんは、海外での経験から日本の社

会問題に目を向けた作品が増えているこ

とに触れ、「広い視野と、自分たちがで

きることをやるという行動力に感心させ

られた」と述べました。

 

名誉審査員長で、脚本家の小山内美江

子さんは、家族と共に会場にやって来た

参加者の姿に、「ご家族が喜び、期待し

ている様子を見ることができてうれし

い」と激励しました。

 

最優秀賞、優秀賞、審査員特別賞の受

賞者には、副賞として約1週間の海外研

修が贈られ、青年海外協力隊の活動現場

やプロジェクトサイトを訪問して開発途

上国の暮らしや国際協力の現場を視察し

てもらう予定です。

ルワンダと日本の女性議員の数を比較し「日本もルワンダに学ぶことがある」と強調した小山さん

「一人でできることは小さいかもしれないが、仲間がいたので行動することができた」と話す川口さん

署名式の様子

 

JICAは2月、イランのテヘラン市

役所との間で、「テヘラン市大気汚染分

析機材整備計画」を対象に、12億420

0万円を限度とする無償資金協力の贈与

契約を締結しました。

 

テヘラン市は、過去にJICAの技術

協力を得て、一酸化炭素濃度を同国政府

の定める基準値以下まで削減しました

が、大気汚染の原因とされるPM2・5

や二酸化硫黄などについては、依然とし

て基準を上回る値が観測されています。

これらの物質は種類が多く、発生源や測

定法も複雑であるため、モニタリングは

ほとんど行われていない状態です。そこ

で、本事業では同市に排ガス測定や粒子

状物質などの化学分析に必要な機器を整

備し、大気汚染物質の排出量の測定や、

発生源、生成メカニズムの分析精度の向

上を図ります。現況把握が進むことで、

同市における大気汚染軽減に向けた対策

検討も促進されると見込まれ、これらを

通じて環境の改善を目指します。

 

JICAは本事業に加え、大気汚染対

策の制度整備や人材育成に関する技術協

力も行い、包括的な支援を実施します。

 1982年�高校の社会科で﹁現代社会﹂とい

う新しい科目が始まりました�﹁現代の社会と人

間に関する基本的な問題﹂を中心とした内容で�

暗記ではなく思考力を育成するという�いわば

戦後社会科の一大転換をもたらす改革でした�

 当時�高校で現代社会を教えることにな�た

私は�世界とのつながりについて考える授業を

つくれないものかと思い悩んでいました�そんな

とき�フ�リピン・ミンダナオ島のバナナ農園を

題材に�多国籍企業の存在や労働者の貧困問題

について論じた鶴見良行さんの著書﹃バナナと

日本人―フ�リピン農園と食卓のあいだ﹄が出版

されたのです�授業に活用できるかもしれないと

思い�すぐさまこの本に飛び付きました�

 授業づくりの過程で私自身がミンダナオ島を

訪れ�バナナ農園で働く人々から仕事の内容や

労働条件�農薬被害などについて聞くことがで

きたので�その情報をもとに授業の構成を考え

ました�授業では�自分たちが食べているバナ

ナは誰の手でどのように作られているのか�生

産者はどんな暮らしをしているのか�なぜバナ

ナは安いのかなどを伝え�﹁バナナを食べる私た

ちはどうするべきか﹂を生徒たち自身に考えて

もらいました�教科書に書かれている﹁南北問題﹂

という言葉からではなく�身近なテ�マから入

ることで�生徒たちにと�て世界とのつながり

をより意識できる授業にな�たと思います�毎

年この授業に改良を加えていき�1987年に

は﹃社会科�一本のバナナから﹄という1冊の

本にまとめました�

 しかし�やがてこのスタイルの授業だけでは

不十分だと気付きました�生徒たちはス�パ�

でバナナのことを調べたり�バナナを食べるべ

きかどうかを議論したりしましたが�授業の前

段階として現地に出掛けて調査し�さまざまな

デ�タや資料を集めたのは教師である私です�

そのプロセスこそが面白く�授業はその成果で

しかありません�も�と生徒自身がアクテ�ブ

に学ぶ授業ができないかと考え始めました�

 生徒が主体の授業をつくるために�私は海外

で文献を集めたり授業を参観したりしました�

貿易の疑似体験によ�て世界経済を考える﹁貿

易ゲ�ム﹂を取り入れた授業や�ロ�ルプレイ

形式で立場の違いや多様性を学ぶ授業�死刑制

度などのテ�マを議論するデ�ベ�トなどを実

践したのはこの時期です�多様な学習活動を取

り入れ�生徒たちが共感的な理解を伴いながら

考えを深められる授業を目指しました�今では

珍しくない学習活動ですが�20数年前は手探り

でこれらの授業をつく�ていました�

 また�バナナの授業について報告会を行�た

とき�ある出席者の方から﹁この授業こそ開発

教育です﹂と言われました�当時�私は﹁開発教育﹂

という言葉を知りませんでしたが�それ以来�

海外の開発教育の歴史や実践についても学ぶよ

うにな�たのです�

エチオピアでの調査研究に同行した北海道教育大学の学生たち。巨大な蟻塚の前で

1987年に出版された『社会科=一本のバナナから』(国土社)

 やがて北海道教育大学に勤務するようになり�

教育支援の調査研究を始めました�サブサハラ

地域の初等教育就学率は�2000年時点で約

60%と世界で最も低い水準でしたが�2015

年には約82%と飛躍的に向上しています�就学

率を高めるためにどのような取り組みをしてい

るのかを明らかにするため�①女子教育推進政策

︵ザンビア︶�②ノンフ��マル教育の取り組み

︵ザンビア�タンザニア�ウガンダ︶�③へき地の

教室建設と複式学級︵エチオピア︶―の3つのテ

�マを軸に調査研究を行いました�この調査に

大津 和子北海道教育大学名誉教授

バナナからSDGsへ

―私の歩んできた道

※「Voice」の内容は、筆者の個人的見解に基づいています。

42

は�何度か学生も連れて行きました�初めてパ

スポ�トを持�て海外に行くという学生が少な

くありませんでしたが�その後もNGOのスタ

デ��ツア�に参加したり�青年海外協力隊に

参加したりとパワフルな人材に育ちました�

 ﹁万人のための教育︵E

ducation

for All:E

FA

︶﹂

の取り組みによ�て�確かにサブサハラ地域の

就学率は飛躍的に向上しています�しかし�問

題は〝教育の質〞にあります�調査によ�て�

ある学校では子どもたちの約3分の2が授業を

理解しているとはいえない状況だと分かりまし

た�2015年に国連で採択された持続可能な

開発目標︵SDGs︶で�全ての人に質の高い教

育を提供するという目標が掲げられたように�

これはサブサハラ地域だけでなく世界全体の課

題でもあるのです�

 ところが�SDGsは日本の学校現場にはまだ

広く知られていません�そこで�北海道内で開

発教育・国際理解教育に関心を持つ市民や教員

でつくる﹁北海道開発教育ネ�トワ�ク︵D�n

et︶﹂では�今年度�JICAの支援事業を活

用した﹁SDGsを目指すESD授業実践力向上

プロジ�クト﹂を開始しました�ESDとは持

続可能な社会づくりの担い手を育む教育のこと

で�このプロジ�クトでは�海外でのフ��ル

ドワ�クをもとにSDGsのいくつかの項目をテ

�マとした教材を開発し�道内各地の学校で出

前授業や研修を行�ています�私はD�netの

ス�パ�バイザ�として�これまでの授業実践

や調査研究の経験を生かしながら�先生たちの

授業づくりや実践を支援していきたいと考えて

います�

Profile

おおつ・かずこ

神戸市生まれ。兵庫県立高校教諭、北海道教育

大学教授、附属札幌中学校校長、北海道教育大

学理事・副学長、日本国際理解教育学会会長な

どを経て、現在は北海道教育大学名誉教授、北

海道ユネスコ連絡協議会会長。2017年度の

JICA理事長表彰国際協力感謝賞受賞。

バナナとの出会い

SDGsに教育から向き合う

ザンビアの子どもたちからダンスを習う学生たち

April 2018 2627  April 2018

齊藤 順子Saito Junko

外務省 国際協力局地球規模課題総括課 課長補佐

「ここが知りたい」。国際協力に関係する政策を 外務省の担当者が分かりやすく解説します!

 国際社会は、1990年に「万人のための教育(Education for All:EFA)」をスローガンとして掲げ、すべての人に基礎教育※を提供することを目指してきました。2000年には開発途上国が抱える課題の解決を主眼に置いた「ミレニアム開発目標(MDGs)」が国連で採択され、初等教育の完全普及に向けた取り組みが一層加速しました。 これにより、MDGsの達成目標年である2015年には、学校に通えない子どもの数は半減しました。しかし、今なお初等・中等教育の就学年齢にある2億6,400万人が学校に通えていないといわれています。 2015年に国連で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」は、MDGsを引き継ぐものですが、SDGsが掲げる17の目標は、先進国を含めた国際社会全体

世界の教育分野の課題は?

 パキスタンでは5~9歳の子どもが小学校に通うことになっていますが、同国で小学校を卒業した子どもの割合は52%にとどまり、約半数が通学していないか、何らかの事情で中退しています。また、識字率も60%と低く、基礎教育の遅れが深刻です。 このような中、日本は無償資金協力「シンド州南部農村部女子前期中等教育強化計画」と「シンド州北部農村部女子前期中等教育強化計画」を通じて、老朽化した女子小学校の建て替えや、10~12歳の女子中学生用の教室の増築を支援しています。これにより、シンド州南部では29校の改築が完了し、女子生徒も中学校に通えるようになりました。最終的には、北部・南部合わせて54校で毎年約6,600人の女子中学生が学べるようになる予定です。 この他、日本は、公教育、またはフォーマル教育と呼ばれる正規の学校教育を受けることができない、あるいは中退してしまった子ども、青年、成人に対する代替教育であるノンフォーマル教育の支援も同国で行っています。地域の公共スペースや教員の自宅で学ぶノンフォーマル教育は、教育予算が十分ではない同国において、公教育のオルタナティブ(代替)として有効だと考えられています。技術協力「オルタナティブ教育推進プロジェクト」では、ノンフォーマル教育に関する政策策定に加え、教室の所在、数、教員・生徒数などを把握するための情報管理システムの導入、比較的短期間で公教育と同等の読み書き・計算などのスキルを習得できるカリキュラムや教材の開発、教員への研修などを支援しています。 フォーマルとノンフォーマル双方への支援により、パキスタンにおける教育機会の拡大を目指します。

(在パキスタン日本国大使館 二等書記官 中川哲平)

A1.

 日本の政府開発援助(ODA)の指針である「開発協力大綱」に基づく教育分野の協力の政策として、「平和と成長のための学びの戦略」があります。具体的には、教育の質の確保に加え、女性、紛争影響国や貧困地域の子ども、障害者など、さまざまな要因によって質の高い教育へのアクセスが困難な人々への支援を重視しています。日本の協力の強みは、こうした支援において、対象地のコミュニティーに寄り添い、現地の人々と一緒に教育システムをつくり上げていく点にあるといえるでしょう。 二国間での支援の他、日本は国際機関への拠出を通じた教育支援も行っています。国連児童基金(UNICEF)との協力で行っている、シリア難民の子どもたちへの教

Q1.

の課題です。その中で、教育に関する「目標4」は、「すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し、生涯学習の機会を促進すること」を掲げています。具体的なターゲットには、「無償かつ公正で質の高い初等・中等教育の普及」はもちろん、「男女の平等な教育機会の確保」や「障害者や少数民族、脆弱な立場にある子どもへの配慮」など、日本として取り組むべき課題も挙げられています。 日本はSDGs制定以前から「持続可能な開発のための教育(ESD)」に着目しており、2005~2014年の「国連持続可能な開発のための教育の10年」の提唱国として、現在もESDを推進しています。

 多くの取り組みが進展している一方で、近年、途上国の基礎教育に対する国際社会の援助額は減少傾向にあります。しかし、教育は国づくりや人づくりの根幹に関わる重要な分野ですから、しっかり投資していく必要があることには変わりありません。 こうした中、SDGs「目標4」の達成に向けて、途上国の教育分野への資金援助を担っている国際的な枠組みが「教育のためのグローバルパートナーシップ(GPE)」です。2002年に世界銀行主導でGPEの前身機関(FTI)が設立された当時は、MDGsの下、初等教育の完全普及を目指していました。現在はSDGsを踏まえ、初等教育にとどまらず、中等教育の完全普及、さらには、女子教育や紛争影響地域への教育などにも対象

教育支援を強化するにはどうすればいいの?

育支援は、その一例です。 日本の民間企業、NGOや大学もまた、教育支援の重要な担い手です。外務省は毎年、JICAや国際機関に加え、文部科学省や民間企業、NGOなども交えて教育分野の協力の情報交換をする場として、「国際教育協力連絡協議会」を開催し、ネットワークづくりや連携強化を促進しています。また、文部科学省や大学との共催で「持続可能な開発目標達成に向けた国際教育協力日本フォーラム(JEF)」も毎年開催しています。今年3月のフォーラムでは、援助関係者や外交団、一般の方々など多くの来場者を前に、カンボジアの教育大臣をはじめとする国内外の有識者が講演やパネルディスカッションを行いました。

を広げています。 今年2月には、セネガルに国際機関や各国政府、NGOなど、およそ1,200人が集まり、GPEの増資に向けた協議を行いました。また、昨年12月には、GPE理事会議長で元豪州首相のジュリア・ギラード氏が訪日し、教育支援での日本との連携強化に向けて、河野太郎外務大臣と会談を行っています。GPEとの協力や関連機関の連携強化など、日本はさまざまな取り組みを通じて、基礎教育支援に一層注力していきます。

A2.

日本は途上国にどんな教育支 援をしているの?Q2.

A3.

Q3.

パキスタンのフォーマル・ノンフォーマル教育支援

ノンフォーマル教育を通じて学ぶパキスタンの子どもたち(写真提供:オルタナティブ教育推進プロジェクト)

Me�age from Pakistan

1教育分野の課題は

、途上国での初等教育完全

普及から、すべての人のための質の高い

教育へ

2日本は「平和と成長

のための学びの戦略」の下、

女子教育や紛争影響地域の教育などに

注力

3GPEは途上国の教育

分野への資金援助を

手掛ける国際的な枠組み

テーマ

1991年、外務省入省。総合外交政策局総務課、欧亜局西欧第一課、アジア局地域政策課、EU日本政府代表部、在インド日本国大使館、広報文化交流部総合計画課、大臣官房儀典官室、OECD日本政府代表部などでの勤務を経て、2017年8月より現職。

日本の教育支援

日本の支援で建てられた学習施設で学ぶシリアの子どもたち。その手には、日本企業から寄贈された書籍が。ここではUNICEFの日本人職員(左)も活躍している(写真提供:UNICEF)

GPE理事会議長のジュリア・ギラード氏(左)による河野外務大臣表敬

※生きるための最低限必要な知識・技能を身に付ける教育で、「就学前 教育」「初等・中等教育」、および「ノンフォーマル教育(成人教育や 識字教育など)」を含むものとされる

April 2018 2829  April 2018

バンを利用した移動有機八百屋「コンボルガニカ」。サンパウロ近郊の生産者から直接買い付けた野菜を、主に高級住宅地で販売している

野菜 が描く、鮮やかな未来

地球ギャラリー vol.115

地球ギャラリー vol.115

下郷

さとみ(しもごう・さとみ)

ジャーナリスト。1992年から2年間、サンパウロのスラム

に住み込んで子どもたちの教育に携わる。現在はリオデジャネ

イロのスラムに通って住民運動を追う他、アマゾンの森と先住

民族の暮らしを守るNPO法人「熱帯森林保護団体(RFJ)」

にも協力。2015年から毎年、先住民族コミュニティーへの

視察訪問に同行している。著書に『平和を考えよう』(あかね

書房)、『抵抗と創造の森アマゾン』(共著/現代企画室)など。

 一年中、太陽の光が降り注ぐ気候の恵みだろうか。ブラジルの

野菜の鮮やかな色からは、あふれる生命力を感じる。

 都市部の人たちが野菜を買いに出掛ける先は、もっぱらフェイ

ラと呼ばれる生鮮食品の青空市だ。それぞれに自慢の品を勧める

生産者とお客との会話、スーパーでは味わえない独自のにぎわ

い、そして人と人との触れ合いが、フェイラの魅力だろう。この

国の農の豊かさを実感する風景だが、実はブラジルの野菜栽培の

歴史はそれほど古くはない。

 よく耳にするこんな言葉がある。「昔は野菜が少なかった。日

本人が来てから、ブラジルの食卓は豊かになったよ」。日本から

の移民は農業の分野で大いに活躍し、その子孫たちも彩り豊かな

日々の食卓に貢献を続けている。

 サンパウロ市内に800カ所以上立つというフェイラのうち、

有機農産物を専門に扱うフェイラは10カ所ほど。その中でも最も

長い歴史を誇るのが、1991年から続く「アグア・ブランカ公

園AAO有機生産者市」だ。主宰する「有機農業協会(AAO)」は

[ブラジル]写真・文=下郷さとみ(ジャーナリスト)

Brazil地球ギャラリー vol.115

AAO有機野菜市場でさまざまな調味料を扱うお店の主人。どの店も自慢の品を美しく並べて、お客に気さくに呼び掛けていた

市内にはオーガニックレストランも増えている。若者に人気の「ハイジス・ゼン」はビュッフェスタイル。サラダや手の込んだ野菜料理がずらりと並ぶ

AAOの有機野菜市場には全粒粉のパンなども並ぶ。ラベルの右下には、「ブラジル産有機農産物」のロゴが誇り高く掲げられている

移動有機八百屋「コンボルガニカ」の店主、マリオ・ジュニオールさん。よりエコで人間的な生き方を求め、脱サラしてこの商売を始めた

スラムの保育園で給食を配膳する保母さんと、それを待つ子どもたち。貧困層の食習慣を変える、斬新な取り組みだ

モンチアズール住民協会の特約農家。ここで育った野菜は子どもたちの食習慣を変え、健康な生き方につながっていく

「土地なし農民運動」のアンテナショップ「アルマゼン・ド・カンポ」。店の手前にはカフェも併設されている

 ブラジルの有機農業の発展には、農民による組織「土地なし農

民運動(MST)」も大きな役割を果たしている。MSTは小作農

や大農場の労働者たちが耕作実態のない大農場を占拠して、憲法

に基づく農地改革の対象とするよう政府に交渉し、耕作権が認め

られた後は協同組合などの形態で生産活動に取り組む、という活

動を全国各地で展開している。

 MSTが2016年にサンパウロ市内に開いたアンテナショッ

プ「アルマゼン・ド・カンポ」(畑の納屋の意)には、全国の占

拠地で生産された多種多様な有機農産物がずらりと並んでいた。

穀類やコーヒーに始まり、お菓子やパック飲料などの加工品も豊

富で、中にはサトウキビの絞り汁から作られるブラジル特産の蒸

留酒、カシャッサもあった。もちろん、野菜や果物も並ぶ。

 占拠地の一つで育ったという店長のホドリゴ・テレスさんに「店

で一番のおすすめは?」と尋ねてみた。答えは、お米。米はブラ

ジル人の主食で、MSTはラテンアメリカ最大の有機米の生産者

なのだ。主にブラジル南部の占拠地で、農業機械を駆使した大規

模水田稲作を実現している。

 「有機農業をより発展させたアグロエコロジーに取り組んでい

る」と、ホドリゴさんはMSTの農業理念を解説する。アグロエ

コロジーは、耕作地とその周辺の自然環境を丸ごと一つの生態系

として捉え、それを守る農業の在り方を指す。例えば、米の栽培

ブラジル

生産者の共同体で、政府が法整備を始める以前から独自の有機認

証制度に取り組んできた。創設者の一人である故・続木善夫さん

は戦後にブラジルへ移住し、有機栽培の技術指導に尽力した人物

だ。

 ブラジルの有機農業は、まだ全耕作面積のわずか1%を占める

にすぎない。しかし、消費者の関心はとても高く、ここ数年は全

国で消費量が年間30%前後の伸びを示すほどだ。

では、「有機の水田環境の維持が、田と水系でつながる河川や湖

沼の環境保全にも役立つ」というわけだ。

 とはいえ、有機農産物はまだまだ価格が高く、庶民層には高根

の花。そんな中で、貧困地域の子どもたちに有機野菜たっぷりの

食事を出している場所を訪ねた。市内3カ所のスラムで保育園や

学童保育などの教育活動を行う「モンチアズール住民協会(AC

OMA)」は、特約農家が作る野菜を毎日の給食に提供している。

刻んだ野菜を炊き込んで野菜嫌いの子にも食べやすくしたごはん

を一緒に食べた。とても滋味深かった。

 貧困層の食卓は米、煮込んだ豆、肉がメインで、皿の上の色合

いも乏しくなりがちだ。野菜を交えて栄養バランスの良い食事を

取る習慣がない家庭が多く、高血圧や糖尿病、肥満などの問題が

増えている。だからこそ、保育園や学童保育の給食を通した食育

には大きな価値がある。

 人々が農家を応援して、生態系を守り、食文化を育む。そして、

貧困層の子どもたちの栄養改善を実現する。社会のさまざまな課

題が有機の野菜でつながって、そこから豊かな世界が生まれる未

来が見えてくる気がした。

「アルマゼン・ド・カンポ」店長、ホドリゴさんのおすすめの品は、向かって左から牛乳、米、コーヒー

サンパウロ

有機農業協会(AAO)主宰の有機野菜市場。ブラジルの有機野菜ブームの根底には、日系移民の活躍がある

バンを利用した移動有機八百屋「コンボルガニカ」。サンパウロ近郊の生産者から直接買い付けた野菜を、主に高級住宅地で販売している

野菜 が描く、鮮やかな未来

地球ギャラリー vol.115

地球ギャラリー vol.115

下郷

さとみ(しもごう・さとみ)

ジャーナリスト。1992年から2年間、サンパウロのスラム

に住み込んで子どもたちの教育に携わる。現在はリオデジャネ

イロのスラムに通って住民運動を追う他、アマゾンの森と先住

民族の暮らしを守るNPO法人「熱帯森林保護団体(RFJ)」

にも協力。2015年から毎年、先住民族コミュニティーへの

視察訪問に同行している。著書に『平和を考えよう』(あかね

書房)、『抵抗と創造の森アマゾン』(共著/現代企画室)など。

 一年中、太陽の光が降り注ぐ気候の恵みだろうか。ブラジルの

野菜の鮮やかな色からは、あふれる生命力を感じる。

 都市部の人たちが野菜を買いに出掛ける先は、もっぱらフェイ

ラと呼ばれる生鮮食品の青空市だ。それぞれに自慢の品を勧める

生産者とお客との会話、スーパーでは味わえない独自のにぎわ

い、そして人と人との触れ合いが、フェイラの魅力だろう。この

国の農の豊かさを実感する風景だが、実はブラジルの野菜栽培の

歴史はそれほど古くはない。

 よく耳にするこんな言葉がある。「昔は野菜が少なかった。日

本人が来てから、ブラジルの食卓は豊かになったよ」。日本から

の移民は農業の分野で大いに活躍し、その子孫たちも彩り豊かな

日々の食卓に貢献を続けている。

 サンパウロ市内に800カ所以上立つというフェイラのうち、

有機農産物を専門に扱うフェイラは10カ所ほど。その中でも最も

長い歴史を誇るのが、1991年から続く「アグア・ブランカ公

園AAO有機生産者市」だ。主宰する「有機農業協会(AAO)」は

[ブラジル]写真・文=下郷さとみ(ジャーナリスト)

Brazil地球ギャラリー vol.115

AAO有機野菜市場でさまざまな調味料を扱うお店の主人。どの店も自慢の品を美しく並べて、お客に気さくに呼び掛けていた

市内にはオーガニックレストランも増えている。若者に人気の「ハイジス・ゼン」はビュッフェスタイル。サラダや手の込んだ野菜料理がずらりと並ぶ

AAOの有機野菜市場には全粒粉のパンなども並ぶ。ラベルの右下には、「ブラジル産有機農産物」のロゴが誇り高く掲げられている

移動有機八百屋「コンボルガニカ」の店主、マリオ・ジュニオールさん。よりエコで人間的な生き方を求め、脱サラしてこの商売を始めた

スラムの保育園で給食を配膳する保母さんと、それを待つ子どもたち。貧困層の食習慣を変える、斬新な取り組みだ

モンチアズール住民協会の特約農家。ここで育った野菜は子どもたちの食習慣を変え、健康な生き方につながっていく

「土地なし農民運動」のアンテナショップ「アルマゼン・ド・カンポ」。店の手前にはカフェも併設されている

 ブラジルの有機農業の発展には、農民による組織「土地なし農

民運動(MST)」も大きな役割を果たしている。MSTは小作農

や大農場の労働者たちが耕作実態のない大農場を占拠して、憲法

に基づく農地改革の対象とするよう政府に交渉し、耕作権が認め

られた後は協同組合などの形態で生産活動に取り組む、という活

動を全国各地で展開している。

 MSTが2016年にサンパウロ市内に開いたアンテナショッ

プ「アルマゼン・ド・カンポ」(畑の納屋の意)には、全国の占

拠地で生産された多種多様な有機農産物がずらりと並んでいた。

穀類やコーヒーに始まり、お菓子やパック飲料などの加工品も豊

富で、中にはサトウキビの絞り汁から作られるブラジル特産の蒸

留酒、カシャッサもあった。もちろん、野菜や果物も並ぶ。

 占拠地の一つで育ったという店長のホドリゴ・テレスさんに「店

で一番のおすすめは?」と尋ねてみた。答えは、お米。米はブラ

ジル人の主食で、MSTはラテンアメリカ最大の有機米の生産者

なのだ。主にブラジル南部の占拠地で、農業機械を駆使した大規

模水田稲作を実現している。

 「有機農業をより発展させたアグロエコロジーに取り組んでい

る」と、ホドリゴさんはMSTの農業理念を解説する。アグロエ

コロジーは、耕作地とその周辺の自然環境を丸ごと一つの生態系

として捉え、それを守る農業の在り方を指す。例えば、米の栽培

ブラジル

生産者の共同体で、政府が法整備を始める以前から独自の有機認

証制度に取り組んできた。創設者の一人である故・続木善夫さん

は戦後にブラジルへ移住し、有機栽培の技術指導に尽力した人物

だ。

 ブラジルの有機農業は、まだ全耕作面積のわずか1%を占める

にすぎない。しかし、消費者の関心はとても高く、ここ数年は全

国で消費量が年間30%前後の伸びを示すほどだ。

では、「有機の水田環境の維持が、田と水系でつながる河川や湖

沼の環境保全にも役立つ」というわけだ。

 とはいえ、有機農産物はまだまだ価格が高く、庶民層には高根

の花。そんな中で、貧困地域の子どもたちに有機野菜たっぷりの

食事を出している場所を訪ねた。市内3カ所のスラムで保育園や

学童保育などの教育活動を行う「モンチアズール住民協会(AC

OMA)」は、特約農家が作る野菜を毎日の給食に提供している。

刻んだ野菜を炊き込んで野菜嫌いの子にも食べやすくしたごはん

を一緒に食べた。とても滋味深かった。

 貧困層の食卓は米、煮込んだ豆、肉がメインで、皿の上の色合

いも乏しくなりがちだ。野菜を交えて栄養バランスの良い食事を

取る習慣がない家庭が多く、高血圧や糖尿病、肥満などの問題が

増えている。だからこそ、保育園や学童保育の給食を通した食育

には大きな価値がある。

 人々が農家を応援して、生態系を守り、食文化を育む。そして、

貧困層の子どもたちの栄養改善を実現する。社会のさまざまな課

題が有機の野菜でつながって、そこから豊かな世界が生まれる未

来が見えてくる気がした。

「アルマゼン・ド・カンポ」店長、ホドリゴさんのおすすめの品は、向かって左から牛乳、米、コーヒー

サンパウロ

有機農業協会(AAO)主宰の有機野菜市場。ブラジルの有機野菜ブームの根底には、日系移民の活躍がある

バンを利用した移動有機八百屋「コンボルガニカ」。サンパウロ近郊の生産者から直接買い付けた野菜を、主に高級住宅地で販売している

野菜 が描く、鮮やかな未来

地球ギャラリー vol.115

地球ギャラリー vol.115

下郷

さとみ(しもごう・さとみ)

ジャーナリスト。1992年から2年間、サンパウロのスラム

に住み込んで子どもたちの教育に携わる。現在はリオデジャネ

イロのスラムに通って住民運動を追う他、アマゾンの森と先住

民族の暮らしを守るNPO法人「熱帯森林保護団体(RFJ)」

にも協力。2015年から毎年、先住民族コミュニティーへの

視察訪問に同行している。著書に『平和を考えよう』(あかね

書房)、『抵抗と創造の森アマゾン』(共著/現代企画室)など。

 一年中、太陽の光が降り注ぐ気候の恵みだろうか。ブラジルの

野菜の鮮やかな色からは、あふれる生命力を感じる。

 都市部の人たちが野菜を買いに出掛ける先は、もっぱらフェイ

ラと呼ばれる生鮮食品の青空市だ。それぞれに自慢の品を勧める

生産者とお客との会話、スーパーでは味わえない独自のにぎわ

い、そして人と人との触れ合いが、フェイラの魅力だろう。この

国の農の豊かさを実感する風景だが、実はブラジルの野菜栽培の

歴史はそれほど古くはない。

 よく耳にするこんな言葉がある。「昔は野菜が少なかった。日

本人が来てから、ブラジルの食卓は豊かになったよ」。日本から

の移民は農業の分野で大いに活躍し、その子孫たちも彩り豊かな

日々の食卓に貢献を続けている。

 サンパウロ市内に800カ所以上立つというフェイラのうち、

有機農産物を専門に扱うフェイラは10カ所ほど。その中でも最も

長い歴史を誇るのが、1991年から続く「アグア・ブランカ公

園AAO有機生産者市」だ。主宰する「有機農業協会(AAO)」は

[ブラジル]写真・文=下郷さとみ(ジャーナリスト)

Brazil地球ギャラリー vol.115

AAO有機野菜市場でさまざまな調味料を扱うお店の主人。どの店も自慢の品を美しく並べて、お客に気さくに呼び掛けていた

市内にはオーガニックレストランも増えている。若者に人気の「ハイジス・ゼン」はビュッフェスタイル。サラダや手の込んだ野菜料理がずらりと並ぶ

AAOの有機野菜市場には全粒粉のパンなども並ぶ。ラベルの右下には、「ブラジル産有機農産物」のロゴが誇り高く掲げられている

移動有機八百屋「コンボルガニカ」の店主、マリオ・ジュニオールさん。よりエコで人間的な生き方を求め、脱サラしてこの商売を始めた

スラムの保育園で給食を配膳する保母さんと、それを待つ子どもたち。貧困層の食習慣を変える、斬新な取り組みだ

モンチアズール住民協会の特約農家。ここで育った野菜は子どもたちの食習慣を変え、健康な生き方につながっていく

「土地なし農民運動」のアンテナショップ「アルマゼン・ド・カンポ」。店の手前にはカフェも併設されている

 ブラジルの有機農業の発展には、農民による組織「土地なし農

民運動(MST)」も大きな役割を果たしている。MSTは小作農

や大農場の労働者たちが耕作実態のない大農場を占拠して、憲法

に基づく農地改革の対象とするよう政府に交渉し、耕作権が認め

られた後は協同組合などの形態で生産活動に取り組む、という活

動を全国各地で展開している。

 MSTが2016年にサンパウロ市内に開いたアンテナショッ

プ「アルマゼン・ド・カンポ」(畑の納屋の意)には、全国の占

拠地で生産された多種多様な有機農産物がずらりと並んでいた。

穀類やコーヒーに始まり、お菓子やパック飲料などの加工品も豊

富で、中にはサトウキビの絞り汁から作られるブラジル特産の蒸

留酒、カシャッサもあった。もちろん、野菜や果物も並ぶ。

 占拠地の一つで育ったという店長のホドリゴ・テレスさんに「店

で一番のおすすめは?」と尋ねてみた。答えは、お米。米はブラ

ジル人の主食で、MSTはラテンアメリカ最大の有機米の生産者

なのだ。主にブラジル南部の占拠地で、農業機械を駆使した大規

模水田稲作を実現している。

 「有機農業をより発展させたアグロエコロジーに取り組んでい

る」と、ホドリゴさんはMSTの農業理念を解説する。アグロエ

コロジーは、耕作地とその周辺の自然環境を丸ごと一つの生態系

として捉え、それを守る農業の在り方を指す。例えば、米の栽培

ブラジル

生産者の共同体で、政府が法整備を始める以前から独自の有機認

証制度に取り組んできた。創設者の一人である故・続木善夫さん

は戦後にブラジルへ移住し、有機栽培の技術指導に尽力した人物

だ。

 ブラジルの有機農業は、まだ全耕作面積のわずか1%を占める

にすぎない。しかし、消費者の関心はとても高く、ここ数年は全

国で消費量が年間30%前後の伸びを示すほどだ。

では、「有機の水田環境の維持が、田と水系でつながる河川や湖

沼の環境保全にも役立つ」というわけだ。

 とはいえ、有機農産物はまだまだ価格が高く、庶民層には高根

の花。そんな中で、貧困地域の子どもたちに有機野菜たっぷりの

食事を出している場所を訪ねた。市内3カ所のスラムで保育園や

学童保育などの教育活動を行う「モンチアズール住民協会(AC

OMA)」は、特約農家が作る野菜を毎日の給食に提供している。

刻んだ野菜を炊き込んで野菜嫌いの子にも食べやすくしたごはん

を一緒に食べた。とても滋味深かった。

 貧困層の食卓は米、煮込んだ豆、肉がメインで、皿の上の色合

いも乏しくなりがちだ。野菜を交えて栄養バランスの良い食事を

取る習慣がない家庭が多く、高血圧や糖尿病、肥満などの問題が

増えている。だからこそ、保育園や学童保育の給食を通した食育

には大きな価値がある。

 人々が農家を応援して、生態系を守り、食文化を育む。そして、

貧困層の子どもたちの栄養改善を実現する。社会のさまざまな課

題が有機の野菜でつながって、そこから豊かな世界が生まれる未

来が見えてくる気がした。

「アルマゼン・ド・カンポ」店長、ホドリゴさんのおすすめの品は、向かって左から牛乳、米、コーヒー

サンパウロ

有機農業協会(AAO)主宰の有機野菜市場。ブラジルの有機野菜ブームの根底には、日系移民の活躍がある

Festival大通りを埋め尽くす参加者たち。今やLGBTだけでなく、全ての人のお祭りとなっている

カメラを向けると笑顔になる参加者たち。LGBTのシンボルとなった虹のフラッグの由来は、バイセクシュアルだった米女優ジュディ・ガーランドが映画で歌った「虹の彼方に」だという

ベイジュ

ブラジルの文化を知ろう!

地球ギャラリー

 性的少数者(LGBT)の文化を讃えるために世界各地で行われているイベント、プライド・パレード。ブラジルのサンパウロで1997年から開催されているLGBTプライド・パレードは、参加者およそ300万人を誇り、2006年にはギネスブックが世界最大規模のプライド・パレードと認定した。毎年6月には、全長2.7キロのパウリスタ通りを参加者が埋め尽くす。

先住民族の伝統料理といえば

サンパウロLGBTプライド・パレード

世界最大の多様性イベントといえば

 ブラジルの屋台で定番のベイジュ。タピオカの材料ともなるキャッサバのでん粉だけで作られる、外はカリッとして中はモチモチの薄いパンケーキだ。熱々の焼きたてに、客の好みに応じてバターを塗ったり、チーズなどの具を挟んだりするが、チョコシロップや蜂蜜を塗ったスイーツ風味も人気がある。 ベイジュはもともと、先住民族の伝統的な主食だった。焼畑で栽培したキ

ャッサバをすりおろして絞り、沈殿したでんぷんが材料だ。まきの火と平たい土鍋で焼き上げたベイジュを、先住民たちは味付けせずに食べてきた。それがスタイルを変えて、ブラジル社会にすっかり定着した。 そんな庶民のおやつ、ベイジュだが、最近はパンをベイジュに置き換えたサンドイッチとなって、おしゃれなカフェやレストランで人気を呼んでいる。家庭で作りたい人のために、でん粉を湿らせてパックにした商品もスーパーに出回るようになった。 ベイジュの作り方はいたってシンプルだが、焼く前に粉を程よく湿らせる水加減が難しい。焼きたてのカリッ、モチッとしたベイジュにお好みの具材を挟んでホットサンドにするのが今のブラジル流だが、練乳やジャムを塗って、細巻きのようにるくる巻いて頬張るのもいい。

 自らが性的少数者である人々やその友人や家族、彼らとの連帯の気持ちを示す人々はもちろんのこと、とにかく楽しく踊りたいという人たちも集まり、共に歩き、歌い踊りながら、違いを認め合う巨大な祝祭空間を形づくる。サンパウロのLGBTプライド・パレードは重要な観光資源ともなっており、市や州政府、多くの企業が積極的に後援しているのも特徴だ。 ブラジルではトランスジェンダーの性別適合手術を2008年に公的医療制度の下で無償化し、2013年には同性婚も認められた。これは当事者が自らの存在を社会に公表し、尊厳を社会に訴えてきた成果であり、その裏ではLGBTパレードが大きな役割を果たしている。 一方で、近年ブラジルの政界では性的少数者に不寛容な宗教的保守派の台頭が著しく、当事者たちは危機感を強めている。社会に広がる不寛容の空気を反映してか、同性愛者や性転換者に対する憎悪殺人も後を立たない。こうした状況を踏まえて、昨年(第21回)のパレードでは「政教分離の国」をテーマに掲げた。 6月3日に開催予定の第22回パレードのテーマは「選挙」。10月に大統領選挙を控え、お祭り騒ぎと政治的なメッセージを融合させて社会を動かす力を生み出す姿が、とてもブラジルらしい。

焼きたてに好みの具を挟むのが今風だ

【RE C I P E】

●材料(直径20センチ大2枚分)キャッサバでん粉180cc/水90cc

でん粉に少しずつ水を加えながら手で細かくほぐす粉を目の荒いザルで濾して湿った顆粒状にする油を引かずに熱したフライパンに粉を均等に広げて、表面全体を軽く指で押さえるキツネ色になる前に裏返して両面を焼く好みの具材を挟んで出来上がり

❶❷

❸❹

●作り方

写真・文:下郷さとみ

ベイジュの伝統的な焼き方は、まきの火に掛けた大きな土鍋を使うものだ

April 2018 36

新 着 情 報

E VENT

M OVIE

B OOK

2017年/アメリカ/92分監督:マシュー・ハイネマン公開:4月14日(土)より、アップリンク渋谷、ポレポレ東中野ほか全国順次公開URL:http://www.uplink.co.jp/raqqa/配給:アップリンク

B OOK

『コンゴ共和国 マルミミゾウとホタルの行き交う森から』マルミミゾウがゆったりと行き交い、ホタルが頭上を照らす森。開発や経済活動のための森林伐採と野生生物の保全は両立できるのか。25年以上にわたり、中央アフリカのコンゴ共和国でゾウやゴリラ、ホタルなどの生態調査や環境保全に携わってきた著者は、そう問い続けてきた。コンゴ共和国の実情を伝える本書には、マルミミゾウの鼻に巻かれて振り回されたり、セスナで熱帯林の上空を飛行中に燃料が切れたりと、現場に身を置いてきた著者ならではのエピソードが満載。遠く離れたコンゴ共和国と日本のつながりも考えさせられる一冊だ。

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福島あずさ 著nakaban 絵創元社1,728円(税込)

西原智昭 著現代書館2,376円(税込)

『ラッカは静かに虐殺されている』「我々が勝つか、皆殺しにされるかだ」。2014年6月、イスラム国(IS)に制圧されたシリア北部の街ラッカ。ISが首都と位置付けたこの街では、残忍な公開処刑が繰り返されていた。メディアが現地に入れない中、この惨状を国際社会に伝えようと立ち上がったのが、市民ジャーナリスト集団「RBSS(Raqqa is Being Slaughtered Slightly=ラッカは静かに虐殺されている)」だ。彼らはスマートフォンを手に、街が直面する現実を次々とSNSに投稿するが、ISによる暗殺の危機が迫る。いまだ終わりの見えないシリア内戦に立ち向かう“市民の闘い”を追った迫真のドキュメンタリー。

『アースデイ東京2018』4月22日は、民族や国籍、信条、政党、宗派を超え、誰もが地球のことを考えて行動する「アースデイ」。今年は、アースデイ誕生のきっかけとなった写真「アースライズ」がアポロ8号によって撮影されてから50周年を迎える。持続可能な社会を目指して、NGOや企業などによる展示や、原材料にこだわった料理の販売など、さまざまなイベントが行われる。一人一人が動けば社会が変わる。その一歩を踏み出してみては。

会期:4月21日(土)10:00~20:00、22日(日)10:00~18:00会場:代々木公園イベント広場、ケヤキ並木(東京都渋谷区)URL:www.earthday-tokyo.org/問:アースデイ東京2018実行委員会 TEL:03-6455-3702

ⓒ2017 A&E Television Networks, LLC | Our Time Projects, LLC

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『窓から見える世界の風』「エレファンタ」は、アラビア海の商人に船出の季節を告げるインドの風。「ハブーブ」は、雨期に発生するスーダンの砂嵐。「バラット」は、雨をもたらすインドネシアの西風。それぞれの土地で、人々は親愛や畏敬の念を込めて、風にさまざまな名前を付けてきた。本書では、気象学者である著者が、世界中から集めた50の風の名前の由来と、その背景にある歴史や地理、文化を紹介している。いろいろな風に乗って世界の多様性を見に行こう。

37  April 2018

APRIL 2018 No.55編集・発行/独立行政法人 国際協力機構 Japan International Cooperation Agency : JICA

〒102-8012 東京都千代田区二番町5-25 二番町センタービルTEL:03-5226-9781 FAX:03-5226-6396 URL:http://www.jica.go.jp/バックナンバーはJICAホームページ(http://www.jica.go.jp/publication/mundi)でご覧いただけます。 本誌掲載の記事、写真、イラストなどの無断転載を禁じます。

本誌へのご意見・ご感想やJICAへのご質問をお寄せください。

Eメール : [email protected] A X :03-3524-9675(『mundi』編集部宛)

◎応募締切:2018年5月15日

添付のアンケートはがき、Eメール、FAXから、本誌に対するご意見やご感想、またJICAへのご質問を、氏名・住所・電話番号・職業・年齢・性別・ご希望のプレゼントを明記の上、お送りください。ご記入いただいた個人情報は統計処理およびプレゼント発送以外の目的で使用いたしません。当選者の発表は発送をもってかえさせていただきます。

プレゼント付き

次号予告(2018年5月1日発行予定)

廃棄物管理私たちが生活すれば、必ず生まれてくる“ごみ”。生活面はもちろん環境面でも適切な処理が必要ですが、増加するごみへの対応に苦慮している国は少なくありません。日本の経験を生かした廃棄物処理の現状をお伝えします。

本誌をご希望の場合は下記方法で

お申し込みください。

本誌をご希望の方には、送料をご負担いただく形で送付いたします。巻末の払込取扱票に、氏名・住所・電話番号・ご希望の送付期間・送付開始月を明記の上、指定の金額を郵便局でお支払いください。入金の確認後、発送を手配いたします(入金から1週間程度かかることもありますのでご了承ください)。複数冊、またはバックナンバーをご希望の方は送料が異なりますので、下記までお問い合わせください。

申込方法

申込先住 所T E LF A XEメール

株式会社 木楽舎 編集企画室(発送代行)〒104-0044 東京都中央区明石町11-15 ミキジ明石町ビル[email protected]

① チョークボードペイント② 書籍『コンゴ共和国 マルミミゾウとホタルの行き交う森から』   (p37参照)

③ 書籍『窓から見える世界の風』 (p37参照)

3

12

﹇1月号 特集「中南米」を読んで﹈

■日本と中南米の知られざる絆の背景には、日系移住者

の並々ならぬ苦労と努力があったのだということがよく分

かりました。今後、機会があれば「海外移住資料館」に

も行ってみたいと思います。  

(奈良県/10代/男性)

■中南米特集でニカラグアの橋の建設についての記事を

読み、同国から日本に依頼があったことを知りました。

日本の技術の高さと仕事への思い、向き合い方が、海外

からも評価され、「希望」のお手伝いができているのを

うれしく思いました。また、ブラジルでの警察(おまわ

りさん)支援、こんな支援の形があることも初めて知り

ました。           

(兵庫県/50代/女性)

﹇2月号

特集「国際協力を担う人々」を読んで﹈

■今回の記事を読んで「ボランティアのマネージャー」

という言葉を初めて聞きました。ボランティアは参加す

るだけでも大変なのに、あえてマネジメントの道を歩む

のはさらに大変なことではないでしょうか。自分も将来、

青年海外協力隊に参加したいと思っているので参考にな

りました。日本で行われているボランティアプロジェク

トや、参加可能なボランティアなどについて、もっと教

えてください。        

(栃木県/10代/男性)

■一言にJICA専門家と言っても、人によってアプロー

チがさまざまだということが分かりました。JICAの

プロジェクトには多くの人が関わっていて、それが結果と

して素晴らしいチームワークを生んでいるのですね。ま

た、女性の権利が世界的に取り沙汰される中で、「地球

ギャラリー」に掲載されたカラーシャ族のように独自の慣

習を大切にしている民族を見ると、自分の物差しだけで

見てはいけないと感じることがあります。少数民族のこ

とがもっと知りたいです。    (愛知県/30代/女性)

The Magazine of the Japan International Cooperation Agency

学校が変わる、世界を変える

特集 教育と開発

42018 April

No.55

[ムンディ]

April 2018 38

Vol.114 日本

“DIY”で子どもたちにピカピカの黒板を!

©Yuki Asada

 「この黒板はチョークの粉が飛び散らないし、見やすいね。さすが日本製だ!」 青年海外協力隊員が活動するエチオピアの小学校で、子どもたちからそんな声が上がりました。古くなった黒板に、協力隊員と現地の先生たちが「チョークボードペイント」を塗っただけで、ピカピカに生まれ変わったのです。これは、絵の具の総合メーカーである大阪市のターナー色彩株式会社の商品です。 同社の平尾彰一さんは、「塗ったところが黒板として使える塗料は他社製品にもありますが、本商品のような水性塗料は珍しいのです。水性なら誰でも簡単に扱え、木のパネルや段ボールなどに塗っても黒板にできるのが特徴です」と語ります。 開発途上国の教育現場では、チョークは比較的手に入りやすいものの、黒板が

粗末だったり、そもそも黒板自体がなかったりします。その現状を目の当たりにしたのが、2010年にシニア海外ボランティアとしてガーナの教員養成校に派遣された泉伸一先生でした。泉先生は、帰国後に自分が教える神戸鈴蘭台高校の古い黒板がチョークボードペイントで見違えるようにきれいになったのを知り、途上国で役立つのではと考えました。そこで泉先生から相談を受けたのが、ターナー色彩の平尾さんです。2人のやりとりをきっかけに、同社は兵庫県から派遣される青年海外協力隊員にチョークボードペイントを託し、赴任国で使ってもらうようになったのです。 黒板があればより良い授業ができ、子どもたちの可能性が広がる――。多くの人 を々巻き込みながら挑戦は続きます。

日本から届いたチョークボードペイントで黒板を塗り替える先生たち

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Japan

April

2018. NO.114

チョークボードペイントを6人にプレゼント!→詳細は38ページへ

商品はウェブサイトなどで購入できます。https://turner.co.jp/paint/chalkboardpaint/

大阪府大阪市

20

18A

PR

ILN

o.55

ISSN 2188-0670

[ムンディ] 平成30年

4月1日発行(毎月1回1日発行) 編集・発行/独立行政法人 国際協力機構

〒102-8012 東京都千代田区二番町5-25 

二番町センタービル TEL 03-5226-9781 FAX 03-5226-6396 http://w

ww.jica.go.jp/

90Vol.

 私が初めて開発途上国と接点を持ったのは32歳のときです。自然保護がテーマの番組の企画で、1カ月半にわたりアマゾン川流域を取材しました。当時、ニュースのキャスターを務めていた私は、1分1秒との闘いの日々にどこかストレスを感じていたのだと思います。お話をいただいた瞬間に「行ってみたい」と思ったのです。 恐らく番組の制作側は、普段ハイヒールにスーツ姿の私が突然アマゾンに放り出されたらどうなるかというギャップを狙っていたと思いますが、ふたを開けてみたら、意外にも自分が現地の生活に適応できることが分かったのです。朝は川の水がきれいな場所を探して水浴びや洗濯を、食事は川で釣ったピラルクやピラニアを調理し、夜は虫と闘いながら寝袋で寝る。正直、生活は過酷でした。でも、完熟トマトのように真っ赤な夕日や、対岸が見えないほど豪快な川の濁流など、辛い出来事を忘れ去ってしまうような感動にたくさん出会えたのです。都会の生活とは

掛け離れた手付かずの自然を肌で感じ、自分自身の新しい一面を発見できたことにも喜びを覚えました。 それ以来、ペルーの遺跡発掘現場や、ブラジルのスラム街「ファベーラ」、シリアの石鹸職人など、40カ国以上で取材を行いました。テレビの取材では、取材対象者の生活など現地のさまざまな実情への配慮が必要となり、放送できない部分も少なくありません。例えば、アマゾンで森林を伐採する人たちを撮影していたとき、彼らにカメラのコードを引き抜かれ、「仕事をクビにされるかもしれないから顔を写すな」と大声で詰め寄られたことがありました。また、1カ月以上かけて取材したものが2時間の映像に編集されるのはよくあること。しかし、放送されなかった部分に本当に大切なことが隠されているときもあります。テレビで伝えきれないことも含めた“私の視点での旅”を文章に残したいと思い、エッセイを書くことにしたのです。 題材は取材現場での体験から、秘

私の 文章で思いを分かち合う

「なんとかしなきゃ!プロジェクト」は、開発途上国の現状について知り、一人一人ができる国際協力を推進していく市民参加型プロジェクトです。ウェブサイトやFacebookの専用ページを通じて、さまざまな国際協力の情報を発信していきます。

なんとかしなきゃ で 検索

女優、エッセイスト 星野 知子HOSHINO Tomoko

PROFILE 1980年にNHK連続テレビ小説「なっちゃんの写真館」で主演デビュー後、映画やドラマに多数出演。女優業だけでなくニュース番組のキャスターや音楽番組の司会など、多方面で活動している。旅や美術などに関するエッセイも手掛け、1990年に訪れたアマゾン川をさかのぼる1カ月半の旅の記録『濁流に乗って―欲望の大河アマゾン』をはじめ、著書多数。2008年より、JICA国際協力中学生・高校生エッセイコンテストの審査員長を務める。写真は、2017年度エッセイコンテストの表彰式にて。

境で食べた料理、各国のトイレ事情までさまざま。文章には読んだ人自身が想像を膨らませられる良さがあり、それこそが旅を分かち合うことだと思います。面白いと感じたり、行ってみたいと思ったりしてくれたら何よりです。 10年前から、中学生と高校生を対象にしたJICAのエッセイコンテストの審査員も務めています。エッセイはその時代を映し出しており、最近では、途上国を訪れた経験を軸に、日本の身近なところからボランティアなどに取り組む学生が多いように感じます。若者ならではの迷いや揺らぎを持ちながらも、いろいろなことに挑戦して掴んでいく――そんな姿を感じられる作品に出会うことを、これからも楽しみにしています。

せっけん

©Shinichi Kuno