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131 Vol. 35 No. 133 (2009. 5) 原著論文紹介 マツカワの脳下垂体における POMC 遺伝子の 機能的発現と転写因子 小 林 勇 喜 (北里大学海洋生命科学部) E-mail: [email protected] 1.はじめに プロオピオメラノコルチン(POMC)は 副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)、黒色素胞 刺激ホルモン(MSH)およびエンドルフィ ン(END)などの共通前駆体である 1, 2。そ の翻訳後プロセッシングは組織特異的であ り、脳下垂体の前葉では ACTH END が、 神経中葉では MSH END が主に産生され る。魚類における ACTH の主な作用は、副 腎皮質からのコルチゾル分泌の促進である 3MSH は黒色素胞を刺激し体色を暗色化させ 2, 4END の活性に関しては研究がさほど 進んでいない。マツカワ(Verasper moseri)は 北日本の太平洋沿岸に生息する大型のカレ イ目魚類であり、神経内分泌学的研究が精 力的に行われてきている 4, 518。マツカワの POMC には3 種のサブタイプ(ABC 型) が存在する 13A B 型は他の真骨類と同 様に2 種類の MSH 1 種類の END を有する。 C 型は2 種の MSH は有するが、END 領域が 大きく変異している。これら3種のPOMC 脳下垂体では同一細胞で発現する 14A 型の 発現は脳下垂体に限定されるが、B および C 型は脳下垂体に加えて脳、鰓、消化管、生殖巣、 皮膚など様々な組織でも発現する。その相違 は転写調節領域の機能の違いに起因すると考 えられる。そこで本研究では、上流域を含む 3 種の POMC 遺伝子(Pomc)の塩基配列を決 定し、さらに発現に対する背景色の影響を定 PCR により調べた。また、血液中の MSH およびコルチゾル濃度を時間分解蛍光免疫測 定法により測定した。 2.マツカワ POMC 遺伝子の構造と分子進化 ゲノム DNA を鋳型とした PCR 法によりマ ツカワの3種の Pomc についてイントロンの塩 基配列を決定した。Pomc-aPomc-b、およ Pomc-c は、いずれも四肢動物と同様に3 キソン2 イントロン型であり、ホルモン区分 は全てエキソン3 にコードされる。また、A および B 型のイントロン B には CA の反復配 列が存在するが、C 型には存在しない。これ らのことから、3 種の Pomc が共通の祖先遺 伝子から遺伝子重複によって生じ、A/B 型系 統が C 型と分岐した後に、CA の反復配列が A/B 型系統に挿入されたと考えられる(図1)。 次にカセット PCR 法により各 POMC 遺伝子 の上流域を決定し、シスエレメントを検索し た。上流域には3 種ともに TATA boxE boxCRE 様エレメントおよび Tpit が認められた。 B および C 型には CCAAT box、さらに A には RAIF などが認められた。シスエレメン トの組成と分布は3 種の POMC 間で異なる。 これらの差異が、各 POMC の組織分布の違 いに関与しているものと考えられる。 3.POMC 遺伝子発現と背景色 神経中葉由来の POMC からは体色の暗色 化に関わる MSH が産生されることから、神 経中葉における Pomc の発現は黒背景色で高 く、白背景色で低いと予想した。そこで、マ ツカワを白水槽あるいは黒水槽で飼育後、そ れぞれ別の白あるいは黒水槽に移し、経時的 に脳下垂体を前葉と神経中葉に切り分けて採 取し、各 POMC mRNA 量をリアルタイム

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Vol. 35 No. 133 (2009. 5)

原著論文紹介

マツカワの脳下垂体におけるPOMC遺伝子の

機能的発現と転写因子

小 林 勇 喜(北里大学海洋生命科学部)E-mail: [email protected]

1.はじめに プロオピオメラノコルチン(POMC)は副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)、黒色素胞刺激ホルモン(MSH)およびエンドルフィン(END)などの共通前駆体である1, 2)。その翻訳後プロセッシングは組織特異的であり、脳下垂体の前葉ではACTHとENDが、神経中葉ではMSHとENDが主に産生される。魚類におけるACTHの主な作用は、副腎皮質からのコルチゾル分泌の促進である3)。MSHは黒色素胞を刺激し体色を暗色化させる2, 4)。ENDの活性に関しては研究がさほど進んでいない。マツカワ(Verasper moseri)は北日本の太平洋沿岸に生息する大型のカレイ目魚類であり、神経内分泌学的研究が精力的に行われてきている4, 5~18)。マツカワのPOMCには3種のサブタイプ(A、B、C型)が存在する13)。AとB型は他の真骨類と同様に2種類のMSHと1種類のENDを有する。C型は2種のMSHは有するが、END領域が大きく変異している。これら3種のPOMCは脳下垂体では同一細胞で発現する14)。A型の発現は脳下垂体に限定されるが、BおよびC型は脳下垂体に加えて脳、鰓、消化管、生殖巣、皮膚など様々な組織でも発現する。その相違は転写調節領域の機能の違いに起因すると考えられる。そこで本研究では、上流域を含む3種のPOMC遺伝子(Pomc)の塩基配列を決定し、さらに発現に対する背景色の影響を定量PCRにより調べた。また、血液中のMSHおよびコルチゾル濃度を時間分解蛍光免疫測定法により測定した。

2.マツカワPOMC遺伝子の構造と分子進化 ゲノムDNAを鋳型としたPCR法によりマツカワの3種のPomcについてイントロンの塩基配列を決定した。Pomc-a、Pomc-b、およびPomc-cは、いずれも四肢動物と同様に3エキソン2イントロン型であり、ホルモン区分は全てエキソン3にコードされる。また、AおよびB型のイントロンBにはCAの反復配列が存在するが、C型には存在しない。これらのことから、3種のPomcが共通の祖先遺伝子から遺伝子重複によって生じ、A/B型系統がC型と分岐した後に、CAの反復配列がA/B型系統に挿入されたと考えられる(図1)。次にカセットPCR法により各POMC遺伝子の上流域を決定し、シスエレメントを検索した。上流域には3種ともにTATA box、E box、CRE様エレメントおよびTpitが認められた。BおよびC型にはCCAAT box、さらにA型にはRAIFなどが認められた。シスエレメントの組成と分布は3種のPOMC間で異なる。これらの差異が、各POMCの組織分布の違いに関与しているものと考えられる。

3.POMC遺伝子発現と背景色 神経中葉由来のPOMCからは体色の暗色化に関わるMSHが産生されることから、神経中葉におけるPomcの発現は黒背景色で高く、白背景色で低いと予想した。そこで、マツカワを白水槽あるいは黒水槽で飼育後、それぞれ別の白あるいは黒水槽に移し、経時的に脳下垂体を前葉と神経中葉に切り分けて採取し、各POMCのmRNA量をリアルタイム

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比較内分泌学

RT-PCR により定量した。しかし、予想通りの変化を示したのは黒水槽から白水槽に移した群のPOMC-C mRNAのみであった。従って、神経中葉におけるPomcの発現は、必ずしも背景色に対応しないものと考えられる。一方、前葉では白水槽から黒水槽へ移した群、および白水槽から別の白水槽へ移した群において、Pomc-aとPomc-bの発現量が減少した。これらは背景色変化に伴うものではなく、水槽間の移行に関わるストレス等の影響であろう。これらの結果から、背景色変化はPomcの転写に変化を及ぼす主たる要因ではないと考えられる。Pomcの発現は背景色変化以外の様々な要因に関連する神経内分泌系により制御されていると推測される(図2)。 結局、以上の水槽間移行実験において、前葉と神経中葉のいずれにおいても3種のPomcの発現が背景色と同期して変動した例は少なかった。これらの結果は、各Pomcの転写調節機構が異なることを示す。

4.血中MSHおよびコルチゾル濃度と背景色 上記実験魚の血中MSH量は、白から黒水

槽へ移した群で増加した。しかし、予想に反して白から別の白水槽に移した群においても増加が認められた。即ち、MSHの放出は背景色変化のみならず、未知の刺激に対しても応答すると考えられる(図2)。一方、血中コルチゾル濃度には全ての群で変化は見られなかった。

5.まとめ 以上を要約するとマツカワPomc-a、-b、および -cは、四肢動物と同様に3エキソン2イントロン型であり、ホルモン区分は全てエキソン3にコードされる。また、AおよびB型のイントロンBにはCA反復配列が存在する。これらのことからA/B型系統がC型と分岐した後に、CA反復配列がA/B型系統に挿入されたと考えられる。さらに、上流域に存在するシスエレメントの組成と分布は3種のPomc間で異なる。これらの差異が組織分布の違いに関与していると考えられる。マツカワの白黒水槽移行実験では、前葉と神経中葉ともに3種のPomcの発現が背景色と同期して変動した例は少なかった。この現象は各遺伝子の上

第二の遺伝子重複

第一の遺伝子重複

β-ENDの変異

CA繰返し配列の挿入

祖先型 Pomc CA

CA

Pomc-c(各種組織)

Pomc-b(脳下垂体)

Pomc-a(脳下垂体)

α-MSH, β-MSH, β-END

α-MSH, β-MSH, β-END

α-MSH, β-MSH, β-END

1 2 3

1 2 3

1 2 3

T EC RA A A P TE

R E E T PE E E TC R E EAE

T E E C P E R E R E T I

図1 マツカワPOMC遺伝子の進化 各POMCサブタイプの遺伝子構造とマイクロサテライトの有無からマツカワPOMCサブタイプの分子進化を考察した。MSHとENDはエキソン3にコードされる。括弧内に各遺伝子の発現組織を示す。Pomc-bの発現は脳下垂体以外でも僅かであるが検出される。また上流域を点線で示し、認められたシスエレメント(A, CCAAT box; E, E box; I, RAIF; C, PPCE; P, Tpit; R, CRE-like; and T, TATA box)を記した。箱はエキソンを示す。

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Vol. 35 No. 133 (2009. 5)

流域におけるシスエレメントの差異に起因することが推測される。

 本論文は、Transcription elements and func-tional expression of proopiomelanocortin genes in the pituitary gland of the barfin floun-der (Kobayashi Y, Chiba H, Amiya N, Yama-nome T, Mizusawa K, Amano M, Takahashi A)と題し、Gen Comp Endocrinol, (2008) 158, 259-267に発表した.

参考文献 1 ) Kobayashi Y, Sakamoto T, Iguchi K, Imai

Y, Hoshino M, Lance VA, Kawauchi H, Takahashi A, 2007. cDNA cloning of proopiomelanocortin (POMC) and mass spectrometric identification of POMC-derived peptides from snake and alligator pituitaries. Gen Comp Endocrinol, 152, 73-81.

2 ) Takahashi A, Kawauchi H, 2006. Di-verse structures and functions of melano-cortin, endorphin and melanin-concen-trating hormone in fish. In: Zaccone, G., Reinecke, M., Kapoor, B.G. (Eds.), Fish Endocrinology, Science Publishers, En-

filed, 325-392. 3 ) Wendelaar-Bonga SE, 1997. The stress re-

sponse in fish. Physiol Rev, 77, 591-625. 4 ) Kobayashi Y, Mizusawa K, Yamanome

T, Chiba H, Takahashi A, 2009. Possible paracrine function of alpha-melanocyte-stimulating hormone and inhibition of its melanin-dispersing activity by N-terminal acetylation in the skin of the barfin floun-der; Verasper moseri. Submitted to Gen Comp Endocrinol.

5 ) Amano M, Takahashi A, Yamanome T, Okubo K, Aida K, Yamamori K, 2002. Molecular cloning of three cDNAs encod-ing different GnRHs in the brain of bar-fin flounder. Gen Comp Endocrinol, 126, 325-333.

6 ) Amano M, Takahashi A, Oka Y, Yama-nome T, Kawauchi H, Yamamori K, 2003. Immunocytochemical localization and on-togenic development of melanin-concen-trating hormone in the brain of a pleuro-nectiform fish, the barfin flounder. Cell Tissue Res, 311, 71-77.

7 ) Amano M, Takahashi A, Yamanome T, Oka Y, Amiya N, Kawauchi H, Yamamo-

POMC mRNA

-MSH -MSH -END

POMC

MSH END

POMC gene

図2 神経中葉におけるPOMCシステム 背景色変化に対する各Pomcの発現量および血中MSH濃度の変化から、神経中葉におけるPOMCシステムを考察した。矢印の太さは各要因の影響力の強さを表す。

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比較内分泌学

ri K, 2005. Immunocytochemical localiza-tion and ontogenic development of alpha-melanocyte-stimulating hormone (alpha-MSH) in the brain of a pleuronectiform fish, barfin flounder. Cell Tissue Res, 320, 127-134.

8 ) Amano M, Takahashi A, 2009. Melanin-concentrating hormone: A neuropeptide hormone affecting the relationship be-tween photic environment and fish. Sub-mitted to Peptides.

9 ) Amiya N, Amano M, Takahashi A, Ya-manome T, Kawauchi H, Yamamori K, 2005. Effects of tank color on melanin-concentrating hormone levels in the brain, pituitary gland, and plasma of the barfin flounder as revealed by a newly developed time-resolved fluoroimmunoassay. Gen Comp Endocrinol, 143, 251-256.

10) Kobayashi Y, Tsuchiya K, Yamanome T, Schiöth HB, Kawauchi H, Takahashi A, 2008. Food deprivation increases the ex-pression of melanocortin-4 receptor in the liver of barfin flounder, Verasper moseri. Gen Comp Endocrinol, 155, 280-287.

11) Peyush P, Moriyama S, Takahashi A, Kawauchi H, 2000. Molecular cloning of growth hormone complementary DNA in barfin flounder (Verasper moseri). Biotech-nol, 2, 21-26.

12) Takahashi A, Tsuchiya K, Yamanome T, Amano M, Yasuda A, Yamamori K, Kawauchi H, 2004. Possible involvement of melanin-concentrating hormone in food intake in a teleost fish, barfin floun-der. Peptides 10, 1613-1622.

13) Takahashi A, Kawauchi H, Amano M, Itoh T, Yasuda A, Yamamori K, Amemiya

Y, Sasaki K, Yamamori K, 2005. Nucleo-tide sequence and expression of three sub-types of proopiomelanocortin mRNA in barfin flounder. Gen Comp Endocrinol, 141, 291-303.

14) Takahashi A, Amano M, Amiya N, Yama-nome T, Yamamori K, Kawauchi H, 2006. Expression of three proopiomelanocor-tin subtype genes and mass spectrometric identification of POMC-derived peptides in pars distalis and pars intermedia of bar-fin flounder pituitary. Gen Comp Endo-crinol, 145, 280-286.

15) Takahashi A, Kosugi T, Kobayashi Y, Ya-manome T, Schiöth HB, Kawauchi H, 2007. The melanin-concentrating hor-mone receptor 2 (MCH-R2) mediates the effect of MCH to control body col-or for background adaptation in the bar-fin flounder. Gen Comp Endocrinol, 151, 210-219.

16) Yamanome T, Amano M, Takahashi A, 2005. White bakground reduces the oc-currence of staining activates melanin-concentrating hormone and promotes somatic growth in Baffin flounder. Aqua-culture 244, 323-329.

17) Yamanome T, Chiba H, Takahashi A, 2007. Melanocyte-stimulating hormone facilitates hypermelanosis in the non-eyed side of the barfin flounder, a pleuronecti-form fish. Aquaculture 270, 505-511.

18) Yamanome T, Mizusawa K, Hasegawa E, Takahashi A, 2009. Green light stimulates somatic growth in the barfin flounder Ve-rasper moseri. J Exp Zool Part A Ecol Gen-et Physiol, 311, 73-79.