英語言説とイデオロギー(JASS2016WS...

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マクロからのアプローチ② 英語言説とイデオロギー 関西学院大学社会学部 寺沢拓敬(てらさわ・たくのり) [email protected] 資料はこちら: http://terasawat.jimdo.com/ ブログ 社会言語科学会ワークショップ 「言語イデオロギー研究の射程と可能性」 2016941

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マクロからのアプローチ②

英語言説とイデオロギー

関西学院大学社会学部

寺沢拓敬(てらさわ・たくのり)

[email protected]

資料はこちら: http://terasawat.jimdo.com/ ブログ

社会言語科学会ワークショップ 「言語イデオロギー研究の射程と可能性」 2016年9月4日

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本発表の概要

目的 英語言説を例に、言語とイデオロギーの関係を考察する

論点 日本社会には多数の「英語に関する言説」がある

その多くは日本社会の現実と様々な点で乖離している

このズレこそ、イデオロギー作用の典型

現実を歪めた形で認知・理解・表象させるものだから

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言説と統計的実態の乖離

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英語言説の例

a. 日本人は世界一(あるいはアジア一)

英語力が低い

b. 日本のビジネス現場では英語使用ニーズ

が年々増加している

c. 日本人の英語学習は近年過熱化している

出典:寺沢拓敬 (2015).「日本人と英語」の社会学. 研究社

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(a)「日本人は世界一英語力が低い」

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0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

韓国

日本

中国

台湾

インドネシア

イタリア

スペイン

タイ

フランス

ポルトガル

ドイツ

フィリピン

ギリシャ

マレーシア

スウェーデン

シンガポール

知識皆無

ラベル程度なら読める

基礎的な英語力

高度な英語力

データ アジア・ヨーロッパ調査 2000年

回答者 各国の18歳~79歳の男女

抽出法 原則的に無作為抽出

標本サイズ N = 800

詳細 寺沢 (2015, 3章)

(b) 「英語使用ニーズが年々増加している」

21.0%

7.4%

26.8%

9.8% 9.3%

16.3%

6.1%

23.1%

10.0%

7.8%

0%

10%

20%

仕事 *

友人・知人

映画・音楽・

読書 *

インターネット

海外旅行

2006 2010 データ 日本版総合的社会調査、2006年・2010年

回答者 日本全国に在住の有権者(20-89歳)

抽出法 無作為抽出

標本サイズ N = 8,000 (2006年) N = 9,000 (2010年)

詳細 寺沢 (2015: 10章)

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Q. あなたは過去 1年間に、以下のことで英語を読んだり、聴いたり、話 したりしたことが少しでもありますか

(C)「英語学習は近年過熱化している」

3.1%

30.6%

2.6% 63.7%

積極的に学習するつもり

機会があれば学習したい

仕方なく学習する

学習するつもりはない データ 日本版総合的社会調査、2003年・2006年

回答者 日本全国に在住の有権者(20-89歳)

抽出法 無作為抽出

標本サイズ N = 3,578 (2003年) N = 8,000 (2006年)

詳細 寺沢 (2015: 5章)

Q. あなたは今後、英語を学習するつもりですか?

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言説と現実の乖離

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現象Xの代表値に関する認知

例)「日本人の平均的な英語使用」に関するディスコース

現象X(行動・態度・経験等)の代表値

例)「日本人」は平均してどれだけ英語を使用するか?

乖離

言説と現実は なぜ乖離するか

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乖離は当然のこと

人間の認識能力/認知能力の限界

→人間が完全な存在なら現実を正しく認識できるが…

→実際には「日本人」の英語使用や英語への態度を偏りなく「測定」

することのできる人間は存在しない

特定の方向に偏向したズレ

原因1 人間の認知メカニズム/ヒューリスティクス (カーネマン, 2012)

原因2 社会状況の相互作用

(1) 意図されたズレ

(2) 意図しないズレ ---------------------------------------------- カーネマン, ダニエル(村井章子訳) (2012). ファスト&スロー(上・下巻)早川書房

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原因1 意図されたズレ

実態をねじ曲げる --> 自分の利益の最大化

語学産業の経済的利益 例 英語ニーズを多く見積もるほど語学需要が増加 語学産業は潤う

英語教育関係者の象徴的利益 例 英語ニーズを多く見積もるほど,英語教育の重要性が高まる 英語教師としての職業的有能感向上

スケープゴートとしての「英語下手」言説 例 グローバル市場での苦戦の原因を、「政府の産業政策」や 「企業の経営戦略」のまずさではなく、英語力の欠如に求める。 その結果,責任を肩代わりさせることができる

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原因2 意図しないズレ

既存の権力を源泉とするが、「常識」を資源とし

て無自覚的に働く 「自然的」イデオロギー

英語能力という「文化資本」保持者の象徴的利益(ブルデュー, 1991)

英語能力は非所有者との差異化/ディスタンクシオンが可能

「資本」の条件:社会のメンバーがその所有を切望(i.e. 英語学習の過熱)

英語能力の「資本」への変換において、英語学習の過熱というフィクションは便利

ナショナリズム

「国民同質同調論」(杉本・マオア, 1995)のような誤った先入観 特定の集団に関わる現象を、「日本人の国民的現象」と過剰一般化

例 一部の人々の英語学習熱 - 「日本人の英語熱」

例 X国出身者の「華麗な英語使用」 「X国民は英語ができる」 ------------------------------------ ブルデュー, ピエール (石井洋二郎訳) (1990). ディスタンクシオン (1) (2) 藤原書店 杉本良夫・マオア, ロス (1995). 日本人論の方程式.筑摩書房.

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結論

1. 英語言説の少なくとも一部は、日本社会の現実を捻じ曲げている

2. 捻じ曲げ方にこそイデオロギー作用が見て取れる

a. 自分の利益を最大化するための「虚構」

b. 差異化/ディスタンクシオン

c. ナショナリズム

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