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特集 ロジスティクスとリスクマネジメント 9 それによる被害を予測して、予防処置や発生 時の被害を可能な限り押さえる対策をあらか じめ用意しておくことがリスクマネジメント である。 わが国では、リスクというと、自然災害や 事故をまず思い浮かべて、予知、予防、回避 いう事故から「逃れる」という対応と災害時 の緊急対策を中心に考えられるのが一般であ る。 しかし、予見が可能だったにせよ、不可能 だったにせよ、企業に取っては予知・予防・ 緊急対応といった段階をすぎた後の、早急な 正常化への道筋をつけることはきわめて重要 であり、その速度が災害そのものの物的被害 に加えて企業の収益と再生を左右し、ひいて は社会的な影響を左右することになる。 サプライチェーンマネジメントに関して、 最近欧米でよく聞かれるキーワードの一つで あるレジリエンシー(resiliency)は、こういっ た危機による機能損傷後の復元力とでも言え る能力を指す言葉であり、効率的であるだけ でなくレジリエントなサプライチェーンの構 築が課題として意識されている。 ロジスティクスのレジリエンシーと情報技術の役割 Information Technology for Resilient Logistics Systems 高井英造:(株)フレームワークス 略 歴 1965年コロンビア大学工学部大学院経営科学研究科修了(M.S)。三菱石油 (株)数理計画部、エネルギー調査部長等を経て、静岡大学教授、和光大学教授、 多摩大学大学院客員教授等を歴任。現在、東京工業大学イノベーションマネ ジメント研究科・キャリアアップMOT(CUMOT)・サプライチェーン戦略ス クール・コースコーディネータ。(株)フレームワークス特別技術顧問。(株) モノプラス顧問。専門は経営科学・OR、SCM、ロジスティクス。 東日本大震災によって引き起こされた物資 流通の途絶とそれに伴う生産停止から、我が 国サプライチェーンの弱点が明らかになっ たとする論調が見られた。JITに代表される リーンな生産と物流による低在庫政策がもた らした脆弱性だということで、いち早く在庫 の積み増しを行うと発言した企業もあった。 しかし、対策がこれだけでは内外で厳しいコ スト競争にさらされている我が国企業にとっ て望ましいことではない。一方で、サプライ チェーンの長鎖化によって部品や素材の真の 供給元が見えなくなってしまい、多くの企業 に用いられているクリティカルな原材料が実 はきわめて限定されたサプライヤーからのも のであったことに初めて気がついたとする事 例が多数見られた。また、サプライヤー側に おいても、海外を含めて自分たちの素材がグ ローバルなサプライチェーンに及ぼす影響を 認識したという事実もあった。 リスクとは多かれ少なかれ発生の予見が可 能な(確率は不明としても)危険性であり、 1.はじめに

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Page 1: Information Technology for Resilient Logistics …...Information Technology for Resilient Logistics Systems 高井英造:(株)フレームワークス 略 歴 1965年コロンビア大学工学部大学院経営科学研究科修了(M.S)。三菱石油

特集 ロジスティクスとリスクマネジメント

9

それによる被害を予測して、予防処置や発生

時の被害を可能な限り押さえる対策をあらか

じめ用意しておくことがリスクマネジメント

である。

わが国では、リスクというと、自然災害や

事故をまず思い浮かべて、予知、予防、回避

いう事故から「逃れる」という対応と災害時

の緊急対策を中心に考えられるのが一般であ

る。

しかし、予見が可能だったにせよ、不可能

だったにせよ、企業に取っては予知・予防・

緊急対応といった段階をすぎた後の、早急な

正常化への道筋をつけることはきわめて重要

であり、その速度が災害そのものの物的被害

に加えて企業の収益と再生を左右し、ひいて

は社会的な影響を左右することになる。

サプライチェーンマネジメントに関して、

最近欧米でよく聞かれるキーワードの一つで

あるレジリエンシー(resiliency)は、こういっ

た危機による機能損傷後の復元力とでも言え

る能力を指す言葉であり、効率的であるだけ

でなくレジリエントなサプライチェーンの構

築が課題として意識されている。

ロジスティクスのレジリエンシーと情報技術の役割Information Technology for Resilient Logistics Systems

高井英造:(株)フレームワークス

略 歴1965年コロンビア大学工学部大学院経営科学研究科修了(M.S)。三菱石油(株)数理計画部、エネルギー調査部長等を経て、静岡大学教授、和光大学教授、多摩大学大学院客員教授等を歴任。現在、東京工業大学イノベーションマネジメント研究科・キャリアアップMOT(CUMOT)・サプライチェーン戦略スクール・コースコーディネータ。(株)フレームワークス特別技術顧問。(株)モノプラス顧問。専門は経営科学・OR、SCM、ロジスティクス。

東日本大震災によって引き起こされた物資

流通の途絶とそれに伴う生産停止から、我が

国サプライチェーンの弱点が明らかになっ

たとする論調が見られた。JITに代表される

リーンな生産と物流による低在庫政策がもた

らした脆弱性だということで、いち早く在庫

の積み増しを行うと発言した企業もあった。

しかし、対策がこれだけでは内外で厳しいコ

スト競争にさらされている我が国企業にとっ

て望ましいことではない。一方で、サプライ

チェーンの長鎖化によって部品や素材の真の

供給元が見えなくなってしまい、多くの企業

に用いられているクリティカルな原材料が実

はきわめて限定されたサプライヤーからのも

のであったことに初めて気がついたとする事

例が多数見られた。また、サプライヤー側に

おいても、海外を含めて自分たちの素材がグ

ローバルなサプライチェーンに及ぼす影響を

認識したという事実もあった。

リスクとは多かれ少なかれ発生の予見が可

能な(確率は不明としても)危険性であり、

1.はじめに

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原料にせよ製品にせよ、供給元や輸送ルー

トが何らかの原因でスタックしてしまった場

合の復元には、コンティンジェンシープラン

として、新たなコスト負担を覚悟の上で、あ

らかじめ在庫を積みましておく準備をしてお

くことや、代替的なサプライヤーとの取引

ルートや代替の輸送ルートを確保しておくこ

となども考えられる。しかし、安易にリダン

ダンシーを増やすことは新たなコスト負担を

もたらすこととなって、厳しい国際競争を強

いられている我が国製造業にとっては必ずし

も最善の策として採用できるものではない。

プロセスの構造安定性を主眼としたリー

ン生産システムの延長で行われているリー

ンSCMの問題点を指摘して、より環境変

化への対応を重視した「アジャイルSCM」

を 提 案 し て い るCranfield大 学 のMartin.

ChristopherはRobust.versus.Resilient(頑健

性.vs.復元力)は.Lean.SCM.vs.Agile.SCM

であるとしている。

JITやカンバンなどによる、プロセスの

安定性を重視して、変動を最小に押さえて、

速度と効率を追求したシステムは、定常的な

オペレーションにおいて最高の効率とコスト

効果をもたらした。反面、高リスク環境にお

ける入力の急激な変動、大幅な変化に対して、

耐性をうしなってしまった、というのが彼の

主張である。

図1はサプライチェーン・プロセスのロバ

スト性(構造安定性)を横軸にし、安定性の

増大がもたらすコスト低減を縦軸として示し

た概念図である。リーンなサプライチェーン

の目的はコスト低減にあるが、レジリエン

シーを確保することはこのコスト低減を犠牲

にして、原料や需要の急変に対応できる柔軟

性を確保することにある。

レジリエントなサプライチェーンを構築す

るためには、サプライチェーンの特性に応じ

てこのバランスを考え、安定性によるコスト

メリットと同時に、柔軟性によるレジリエン

シーを追求し両立させることが求められる。

ロバストでありながら復元力を持つこと

は、サプライチェーン上のクリティカルなパ

スに対して、適切なスペア能力を持たせるこ

とで実現出来る。伝統的には、入出力の変動

にたいする追従性や柔軟性の確保は、倉庫と

いう機能でサプライチェーン上に余裕在庫と

余裕能力を持つことで対応してきた。しかし

コスト増を伴う単純な在庫積み増しのみでの

対応ではなく、どこにどのように在庫や余力

を持つかが重要である。

リードタイムも勘案したネットワーク在庫

の最適配置は最近研究が進んでいるが、他に

も、供給の柔軟性を可能にする部品の標準化

や、製造工程に踏み込んだモジュール化によ

る延期戦略によって完成品在庫を削減しつつ

図1 プロセスの安定性とコスト2.リーン SCM 対アジャイル SCM

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柔軟性を確保するのも優れたSCM戦略の一

つである。これらのような、従来から知られ

たSCMソルーションについて、レジリエン

シーとITという視点から再評価し再検討す

ることが求められている。

サプライヤーと市場の両端において、関係

者の多様化、グローバル化、分散化、専門分

化による供給ルートの分散と長鎖化が進展

し、サプライチェーン全体の状況把握が困難

になっていることが、断絶のリスクが増大し

復元が困難になってきている理由といえる。

今回の震災でも、基幹原料や部品の供給元が

意識されていなかった例が多くみられた。.

サプライチェーン・リスクへの対応を考え

るためには、サプライチェーン全体の業務プ

ロセスを把握して、リスクポイントの特定を

行って、サプライチェーンのどこの部分が

もっとも影響をうけ、被害が大きいかという

分析が必要である。そのためには全体プロセ

スの記述の標準化などプロセス・モデリング

の技術の適用が求められる。このためのビジ

ネスプロセスモデルの記述と分析には、例え

ば世界的に広く使われている標準的な手法の

一つであるSCOR(Supply.Chain.Operation.

Reference)モデルの利用が考えられる。.

プロセスモデルを使って、監視行うポイン

トと監視するべき項目を設計する。定常的な

活動を常時把握し、正常な変動の範囲を超え

た、あるいは超えると予測される状況をモニ

タリングによって察知し対応するマネジメン

トの階層に伝達する。監視するべき項目はプ

ロセスを構成する機能の特性に応じて決めら

れるが、常識的には、在庫レベル、リードタ

イム、需要量といったKPIや、貨物の出発や

到着、通関といったイベントが上げられる。

上位のマネジメント階層は全体監視、情報収

集、集約、予測などの役割を担い、下位階層

は部分の詳細監視、一次情報の収集と解析、

現場へのフィードバック、上位への情報やア

ラートの伝達を行う。それぞれのレベルに応

じて緊急時やアラート発生時の情報ドリルダ

ウンと集約、全体表示を行えるシステムがあ

ることが望ましい。広範囲、大規模な緊急事

態における臨時的な組織的対応、中央指揮機

能の設置などに対しても、適切な情報伝達と

加工のためのシステムが準備されていること

が必要である。

レジリエントなサプライチェーンを実現す

るためには、このような事態を鳥瞰的に把握

し、早急な復旧を可能にするロジスティクス

の可視化とマネジメントのシステムが準備さ

れていることが重要である。

このためにはサプライチェーン上の在庫と

移動状況の可視化を組織や企業の枠組みを超

えて実現し、リアルタイムに全体の状況を把

握することの出来るシステムが、大変有効だ

と言うことは容易に想像出来る。

サプライチェーンを正常化するには、サプ

ライチェーン・プロセス上の構成企業や要素

機能の稼働状況の把握が必要であるが、続い

て代替的な供給ルートを機能させなければな

らない。そのためには、下記のような順序で

計画を策定することが考えられる。

1)ネットワーク上の拠点在庫と移動中在

3.プロセスの把握と可視化

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庫の量とステータスの把握。

2)輸送可能ルートの把握。

3)移送中在庫の到着による拠点の「未来

在庫」把握。近未来の在庫シミュレー

ション。

4)移送元・移送先変更の可能性の検討

5)移送結果のシミュレーションと移送先

の未来在庫の把握。

先にのべたように、レジリエントなサプラ

イチェーンの構築には、事態を鳥瞰的に把握

し、早急な復旧を可能にする可視化ソフトウ

エアシステムとマネジメントプロセスが準備

されていることが重要であるが、その場合、

現状を出来るだけ忠実に把握出来るだけでな

く、リアルタイムの情報に基づいて、様々な

対応を取った場合について近未来時点のシ

ミュレーションが出来ることは非常に有効だ

と考えられる。最近開発した、移動情報と出

荷指図データによる、ごく近未来の拠点在庫

の変化を求めることの出来る「未来在庫」管

理機能は、出荷先、受け入れ元を選択して、

輸送ルートや在庫引き当ての拠点を変更する

ことによる全体のバランスをみることが出来

る機能、つまり簡易な近未来シミュレーショ

ンの機能である。これは、従来の在庫拠点の

情報を繋いだ可視化から一歩進んで、移送中

も含めた「在庫」の商品をエージェントとし

て解釈し、現在の所在場所や所有権、引き当

て、通関といったステータスをその属性と見

なして、一貫して把握することによって実現

したシステムである。これは、変化の激しい

市場への対応と国際的なサプライチェーンの

展開に伴う困難なマネジメントのためのソ

ルーションとして、平時においてもきわめて

有効な機能であると期待される。

企業の復元力強化のためには、設備や組織

の対応だけでなく、適切なビジョンをもった

IT技術の適用が重要であることを述べさせ

ていただいた。そのためには、

①リジリエンシーとロバストネスの関係を

理解し、適切なSCM方策を見いだす。

②サプライチェーン・プロセス全体像を把

握し、リスクポイントの特定とITによ

る監視体制と情報伝達の構築を行う。

③サプライチェーンの状況のリアルタイム

な可視化を実現する。

④リアルタイム情報にもとづく近未来シ

ミュレーションを活用する。

レジリエンシーを重視した産業と社会シス

テムのあり方を追求することは、これからの

我が国にとってきわめて重要な課題と考えら

れ、今後の研究に期待したい。

4.まとめ