iii - Ittosha · ゲーム理論の視点 47 2.2...

12
iii 首脳や政策当局,開発専門家は,コミュニティの生活改善を企図した善意の政策が成果を 上げることなく失敗に帰すのではないかとしばしば心配している. 世界の開発に関わるコミュニティは「何が正しい政策か?」と質問するのは止めて,代わり に「政策を機能させて,生活改善という成果をもたらすにはどうすればよいのか?」と質問す る必要がある.本年度版の『世界開発報告』で指摘された答えはガバナンス,つまり政府,市 民,およびコミュニティが政策を設計・適用するために関与する方法の改善である. 本報告書は,世界の成長や生産性が鈍化している時に刊行された.成長や生産性の鈍化は, 世界の最貧困層や最も脆弱な層を支援するのに入手可能な資源を制限している.にもかかわ らず,サービスやインフラ,公正な制度に対する人々の要求は増大を続けている.政府予算 や開発援助がひっ迫していることを考えると,資源を可能な限り有効に利用することが極め て重要である.資源のこのような活用は,民間企業のファイナンスやスキルの会得,市民社 会とのより緊密な協働,および腐敗――有効で永続的な開発にとって最大の障害物の 1 つ ――に対する戦いに向けた取り組みの倍加によって,可能となるだろう. しかし,このような多様な諸グループの努力を連携するには,合意への到達,およびその 保持に有効なルールとともに,各グループの役割と責任を明確化することが必要とされる. ガバナンスの強化についてより大きな注意を払わなければ,極貧を終わらせ,共有されてい る繁栄を押し上げるという世界銀行グループの目標だけでなく,国連のより幅広い持続可能 な開発目標という転換的な目標にも手が届かないだろう. 過去24カ月間にわたって多くの国々で実施された広範な調査や協議に基づいて,本レポー トは政策が望ましい成果を上げることを確実なものとするために必要とされる,3 つのコア な機能――コミットメント,連携,および協調――の重要性に注目している.このレポート はパートナーが直面している挑戦課題にアプローチし,解決するための有用な枠組みも提供 している.具体的には,ガバナンスの根底にある原動力に取り組むことによって,どのよう にすれば安全保障,成長,および公平性などにかかわる政策をより有効なものにできるかを 探究している. 国家の能力が限定的なことなど,実施にかかわる伝統的な懸念は別として,本レポートは 影響力や権力の度合いが多種多様な個人やグループが,政策の選択,資源配分,およびルー ル自体の変更をどのように交渉するかを理解するために深くまで議論を掘り下げている. この報告書が示しているように,前向きな変化は可能である.改革に向けた努力は地元の 有権者が牽引しなければならないが,国際社会はそのような努力の支援に向けて積極的な役 割を果たすことができる.特にわれわれが確保すべきは,将来的な開発援助がより良い,よ り持続可能な開発を促進する根本的なダイナミックスを育むことである. 本書で提示された洞察が,各国,各コミュニティ,各開発機関,および各ドナーが極度の 貧困に終止符を打ち,共有されている繁栄を促進するという共通のビジョンを実現するのに 有益なものになることを願っている. ジム・ヨン・キム 世界銀行グループ総裁 序文

Transcript of iii - Ittosha · ゲーム理論の視点 47 2.2...

Page 1: iii - Ittosha · ゲーム理論の視点 47 2.2 制度に対する信頼はコミットメントの実現に 由来する 49 2.3 ゲーム理論と政治的な力の根源 52 2.4

iii

 首脳や政策当局,開発専門家は,コミュニティの生活改善を企図した善意の政策が成果を上げることなく失敗に帰すのではないかとしばしば心配している. 世界の開発に関わるコミュニティは「何が正しい政策か?」と質問するのは止めて,代わりに「政策を機能させて,生活改善という成果をもたらすにはどうすればよいのか?」と質問する必要がある.本年度版の『世界開発報告』で指摘された答えはガバナンス,つまり政府,市民,およびコミュニティが政策を設計・適用するために関与する方法の改善である. 本報告書は,世界の成長や生産性が鈍化している時に刊行された.成長や生産性の鈍化は,世界の最貧困層や最も脆弱な層を支援するのに入手可能な資源を制限している.にもかかわらず,サービスやインフラ,公正な制度に対する人々の要求は増大を続けている.政府予算や開発援助がひっ迫していることを考えると,資源を可能な限り有効に利用することが極めて重要である.資源のこのような活用は,民間企業のファイナンスやスキルの会得,市民社会とのより緊密な協働,および腐敗――有効で永続的な開発にとって最大の障害物の 1 つ――に対する戦いに向けた取り組みの倍加によって,可能となるだろう. しかし,このような多様な諸グループの努力を連携するには,合意への到達,およびその保持に有効なルールとともに,各グループの役割と責任を明確化することが必要とされる.ガバナンスの強化についてより大きな注意を払わなければ,極貧を終わらせ,共有されている繁栄を押し上げるという世界銀行グループの目標だけでなく,国連のより幅広い持続可能な開発目標という転換的な目標にも手が届かないだろう. 過去24カ月間にわたって多くの国々で実施された広範な調査や協議に基づいて,本レポートは政策が望ましい成果を上げることを確実なものとするために必要とされる,3 つのコアな機能――コミットメント,連携,および協調――の重要性に注目している.このレポートはパートナーが直面している挑戦課題にアプローチし,解決するための有用な枠組みも提供している.具体的には,ガバナンスの根底にある原動力に取り組むことによって,どのようにすれば安全保障,成長,および公平性などにかかわる政策をより有効なものにできるかを探究している. 国家の能力が限定的なことなど,実施にかかわる伝統的な懸念は別として,本レポートは影響力や権力の度合いが多種多様な個人やグループが,政策の選択,資源配分,およびルール自体の変更をどのように交渉するかを理解するために深くまで議論を掘り下げている. この報告書が示しているように,前向きな変化は可能である.改革に向けた努力は地元の有権者が牽引しなければならないが,国際社会はそのような努力の支援に向けて積極的な役割を果たすことができる.特にわれわれが確保すべきは,将来的な開発援助がより良い,より持続可能な開発を促進する根本的なダイナミックスを育むことである. 本書で提示された洞察が,各国,各コミュニティ,各開発機関,および各ドナーが極度の貧困に終止符を打ち,共有されている繁栄を促進するという共通のビジョンを実現するのに有益なものになることを願っている.

ジム・ヨン・キム世界銀行グループ総裁

序文

Page 2: iii - Ittosha · ゲーム理論の視点 47 2.2 制度に対する信頼はコミットメントの実現に 由来する 49 2.3 ゲーム理論と政治的な力の根源 52 2.4

xi

序文 iii謝辞 iv略号 iiiv

概観 世界開発報告2017:ガバナンスと法 1開発にかかわる現代の挑戦課題に対処するためにガバナンスを改善する 2有効性の動因:コミットメント,連携,および協調 4変化へ向けた手段:競争可能性,インセンティブ,選好,そして信念 11変革の動因:エリート層の交渉,市民の関与,および国際的な影響 17開発のためにガバナンスを再考する 25本報告書をナビゲートする 30注 30参考文献 32

Part Ⅰ 開発のためにガバナンスを再考する:概念的枠組み 35

1 開発のためのガバナンス:挑戦課題 36開発政策を理解する:近接要因と基本要因 36開発の目的…そして制約 38下半分のためのガバナンス 41注 42参考文献 42

2 開発のためにガバナンスを向上させる:なぜ政策は失敗するのか 45成功への多様な道:制度移植を乗り越える 45有効性の動因:コミットメント,連携,および協調 46力の非対称性が存在するなかでの政策の有効性 51変革への手段:インセンティブ,選好・信念,競争可能性 57ダイナミックなプロセス:変化の動因と法の支配 64注 65参考文献 66SPOTLIGHT1 腐敗 70SPOTLIGHT2 リスク管理におけるガバナンスの挑戦課題 73

3 法の役割 77法律と政策アリーナ 77行動を統制する:法律のコマンドとしての役割 79権力を統制する:法律の構成的役割 84争論を統制する:変化における法律の役割 87法の支配に達する 89注 89参考文献 91SPOTLIGHT3 有効で公平な法的諸制度はどのようにして出現するか? 95

目 次

Page 3: iii - Ittosha · ゲーム理論の視点 47 2.2 制度に対する信頼はコミットメントの実現に 由来する 49 2.3 ゲーム理論と政治的な力の根源 52 2.4

xii 世界開発報告 2017

PartII 開発のためのガバナンス 101

4 安全保障のためのガバナンス 102ガバナンスは社会の暴力問題を解決できるか? 102安全保障,ガバナンス,および権力は密に連動している 102ガバナンスは安全を 4 つの方法で改善することができる 108結論 114注 114参考文献 116SPOTLIGHT4 戦時期のガバナンス 121SPOTLIGHT5 犯罪 124

5 成長のためのガバナンス 127政策の「占有」はどのようにして経済成長を遅らせるか 127ガバナンスは成長にとってどのように重要なのか:ミクロ経済的な視点 127政策は有力グループからの不当な作用にどのように影響されるか 131占有のリスク下にある政策設計 135公的機関の設計は強力なグループの影響力とどのようにして折り合いをつけるのか? 136正しいアプローチを見付ける 139注 141参照文献 143SPOTLIGHT6 中所得の罠 147SPOTLIGHT7 官民パートナーシップ 151

6 公平性のためのガバナンス 155公平性にとって重要な 2 つの鍵となる政策分野:公共財への投資と機会の拡充 157公平性と制度的機能:コミットメントと協調の役割 158政策が公平性をどのように促進するかは力の非対称性に影響され得る 160競争条件を平準化してガバナンスを万人により応答的にする 165交渉力の非対称性を考慮することによって政策の有効性を改善する 169注 171参考文献 171SPOTLIGHT8 サービス提供:教育と医療 175

PartIII 変革の動因 181

7 エリート層の交渉と適合化 182エリート層の交渉を理解する 182エリート層の交渉と不均等な国家の能力 187エリート層の力を高めるために政策アリーナを広げる 190説明責任について拘束性のあるルールが政治的な保険として機能する場合 192エリート層がルールに基づく制度を通じて適応する場合 194エリート層の適応を通じた変化へのエントリー・ポイント 198注 199参考文献 199SPOTLIGHT9 分権化 202SPOTLIGHT10 公共サービス改革 206

8 変化をもたらす主体としての市民 211投票箱を通じて変化をもたらす 212政治団体を通じて変化をもたらす:政党の役割 216社会組織を通じて変化をもたらす 219誘導的参加と公開審議の役割 224

Page 4: iii - Ittosha · ゲーム理論の視点 47 2.2 制度に対する信頼はコミットメントの実現に 由来する 49 2.3 ゲーム理論と政治的な力の根源 52 2.4

xiii目 次

変革に向けたエントリー・ポイント:市民の活動を集団的行動問題として理解する 226注 226参照文献 227SPOTLIGHT11 市民の関与を通じて透明性から説明責任へ 232SPOTLIGHT12 メディア 236

9 相互接続した世界におけるガバナンス 241超国家(トランスナショナル)主義と国内の政策アリーナ 241超国家的なルールと規則:協調の強化と変化のための中心点 243外国援助とガバナンス 249注 256参照文献 256SPOTLIGHT13 違法な金融フロー 260

索引 364

O.1 ガバナンスとは何か? 3O.2 何のためのガバナンス? 安全保障,成長, そして公平性という目標の達成 4O.3 力のアイデアとアイデアの力 8O.4 なぜ一部の人は「緑の成長」と聞くと 激怒するのか? 10O.5 開発データを収集するインセンティブを強化する 必要性 11O.6 法と規範の多元主義 13O.7 法の支配への移行 14O.8 「ルールズ・ゲーム」:行動があるところに 注意せよ 17O.9 エリート層と市民層:政策アリーナにおける 紳士録 18O.10エリート層とはだれなのか,何をしているのか? 12 カ国におけるエリート層調査からの結果 20O.11スイスでは直接民主主義が女性の投票権を 遅らせた 23O.12国内の資源動員,外国援助,そして説明責任 26O.13WDR 2017 の枠組みは行動にとって何を 意味するか? 政策有効性のサイクル 28O.14改革者にとっての「ルールズ・ゲーム」からの教訓: 正当性は究極的にはどのようにして構築 されるか? 291.1 ガバナンスとは何か? 371.2 何のためのガバナンス? 安全保障,成長, そして公平性という目標の達成 391.3 国家の非連続性 422.1 コミットメント,連携,および協調のミクロ的基礎: ゲーム理論の視点 472.2 制度に対する信頼はコミットメントの実現に 由来する 492.3 ゲーム理論と政治的な力の根源 522.4 政策アリーナにおける紳士録:ボリビアの社会政策の 事例 542.5 取引コスト,不完備契約,および政治的合意: 土地再分配政策はなぜしばしば失敗するのか 55

2.6 能力と規範は力の非対称性にどう影響し, どう影響されるのか 572.7 「ルールズ・ゲーム」:行動がある場所に 注目せよ 582.8 長期にわたる協調の維持を可能にする要素 582.9 自発的な順守と正当性の基礎単位 592.10 グアテマラでは,国際委員会はどのようにして 信頼できるコミットメントを可能にして, 犯罪人免責と戦ったのか 602.11 ブラジルにおける電子投票の導入は,どのようにして 政策アリーナを作り変えて,貧困層により好意的な 政策につながったか 632.12「ルールズ ・ ゲーム」:改革者にとっての教訓 643.1 法律とは何か? 783.2 法律と規範の多元主義 793.3 法的起源:理論と実際 803.4 法の支配への移行 903.5 状況のなかで法律の役割を理解する 914.1 近代的なガバナンスがどうのようにして誕生したかが, 現在の「脆弱」国に対して教訓を提供する 1044.2 ジェンダーに基づく暴力,権力,および規範の間の 執拗な連動 1054.3 紛争を引き起こし得る往 に々して複合化している いくつかの要因 1075.1 「緑の成長」という話を耳にすると,なぜ一部の人々は 激怒するのか 1335.2 政策設計における参加型メカニズム:ボスニア・ ヘルツェゴビナにおける「ブルドーザー・ イニシアティブ」 1416.1 公平性とは何か? 1566.2 悪循環:不平等はどのようにして不平等を 生むのか 1576.3 土地へのアクセスを拡大および確実なものにする ことへの取り組みは往 に々して占有につながる 1616.4 恩顧主義の定義と測定 1626.5 地方エリート層は参加型プログラムであるにも かかわらず,公共支出を占有することができる 169

― ボックス ―

Page 5: iii - Ittosha · ゲーム理論の視点 47 2.2 制度に対する信頼はコミットメントの実現に 由来する 49 2.3 ゲーム理論と政治的な力の根源 52 2.4

xiv 世界開発報告 2017

6.6 交渉力の非対称性を補償するために社会的 セーフティネットを設計する 1707.1 エリート層の特定を目的とした専門家による調査 1847.2 エリート層は競争可能性と説明責任のための ルールの導入に対するインセンティブをいつ もつのだろうか? 1887.3 ナイジェリアにおける有効性のポケット 1907.4 女性エリートと女性リーダー 1978.1 社会運動と改革に向けたボトム・アップ式圧力: インドにおける情報開示法 2228.2 紛争終結後の状況下における女性の動員と ジェンダーを基盤とする政策の推進:サハラ以南 アフリカの事例 223

9.1 次善の策を正当化する:グローバル公共財のための ガバナンスの選択肢と気候変動に関する パリ協定 2469.2 超国家的なルールや思想の配送メカニズムとしての 援助 2499.3 援助が国内の資源動員に及ぼすインパクト: 証拠は語る 2539.4 技術官僚的なアプローチを超えて:開発政策のなかで 政治と権力の配慮に扉を開く 254

O.1 長期にわたる成長というのは,どれだけ高成長 するかではなく途中でつまづかないことで 達成される 5O.2 力の均衡と安全面での好ましい成果との間には 相関関係がある 9O.3 政治的コネの価値:スハルト大統領時代の インドネシア 9O.4 本人・代理人・顧客:販売の説明責任 10O.5 2011 年の「アラブの春」という暴動を受けて, チュニジアとエジプトでは公務員の採用が 指数関数的に増加した 15O.6 規制の意思決定に幅広く参加できる,という正式な ルートは低・中所得国では限定的である 16O.7 WDR 2017 の枠組み:ガバナンス・法律・ 開発 18BO.10.1 国の与党連合内のエリート行為主体は国と 時期により著しく異なる 20O.8 選挙民主主義が広まりつつあるが,選挙の 誠実性は低下しつつある 22O.9 数十年間に及ぶ進展の後,シビック・スペースは 世界中で縮小しつつある 23O.10 援助は多くの途上国で GDP や政府収入のうち 大きなシェアを占めている 25BO.13.1 政策有効性のサイクル 281.1 5 歳未満児の死亡率低下にもかかわらず, 各国間および各国内の不平等は依然として 相当大きい 371.2 経済成長は安全を必要とする 412.1 チリとモンゴルでは天然資源収入にかかわるルールが 類似しているにもかかわらず,チリの支出 パターンは,順守に対するコミットメントがより 強力であることを明らかにしている 46B2.2.1 実験室のゲームでは公約中の市民にとって福祉は より高くなる 50B2.4.1 ボリビアにおける公式および現実の政策 ネットワーク(2010 年) 54B2.11.1 ブラジルでは教育がほとんど,ないしまったくない 人 に々とって,電子投票は紙投票に比べて投票が ずっと容易 62B2.11.2 電子投票はブラジルで無効票の数を削減 632.2 WDR 2017 の枠組み:ガバナンス・法律・ 開発 65

S1.1 開発は腐敗抑制にかかわる変動の約半分しか 説明できない 71B3.3.1 投資家の保護と債権者の権利にかかわる変更は 経済的成果にほとんど影響を与えない 803.1 憲法は遍在するようになっているが,しばしば置換・ 修正されている 853.2 どの国においても成文法と施行されている法律の 間にはギャップがあるが,高所得の OECD 加盟国ではこのギャップは低・中所得国よりも 総じて小さい 853.3 法の支配は所得の高さと強固な関連性がある 90S3.1 高所得 OECD 加盟国は一般的にうまく機能している 法的諸制度を有しているものの,途上国では 制度の質と所得の関係はさまざまである 96S3.2 司法の独立性にかかわる法律上と事実上の 指標相互間の相関関係は弱い 984.1 暴力は開発に高いコストをもたらす 1034.2 暴力的紛争と1 人当たりGDP 減少との間には 相関関係がある 1034.3 力の均衡と安全面での好ましい成果との間には 関連性がある 1104.4 国家権力を制約すると安全が保証される 1114.5 2011 年のアラブの春という暴動を受けて, チュニジアとエジプトでは公務員の採用が 指数関数的に増加した 112S5.1 ヨーロッパ中の殺人率は過去 800 年間に激減 してきている 1255.1 企業が建設許可を取得するのに必要とされる時間の 長さは著しく異なっている 1285.2 1 人当たり所得とガバナンスの間には関連性が ある 1295.3 中期的な成長とガバナンスの間には関連性は ない 1305.4 政治的コネのある企業の株価は,コネが窮地に 陥ると下落した 1315.5 正式な抑制と均衡は低・中所得国では 脆弱である 1385.6 規制上の意思決定において幅広い基盤の参加を 認める正式なルートは,低・中所得国では限定的 である 140S6.1 多くの国は高所得に向けて収斂してはいない 147

― 図 ―

Page 6: iii - Ittosha · ゲーム理論の視点 47 2.2 制度に対する信頼はコミットメントの実現に 由来する 49 2.3 ゲーム理論と政治的な力の根源 52 2.4

xv目 次

S6.2 腐敗に対する抑制や説明責任の制度は, 「非脱出国」におけるよりも,上位中所得国の 地位を脱して高所得国の地位に達した国の方が 改善している 149S7.1 途上国のインフラ・プロジェクトへの民間参加は 限定的なまま 1526.1 国家は税金や移転を通じて,また基本的サービスへの アクセスを提供することによって,最終的成果の 配分に干渉して公平性を改善できる 156B6.2.1 占有は低水準のコミットメントと関連がある 1576.2 コミットメントが弱い場合,その国の順守レベルは低い (闇経済が大きな割合を占める) 1596.3 制裁に関する恐れと意思決定プロセスへの参加が 協調を促す 1606.4 政治家は恩顧主義的な状況下では提供者の代理人に なり得る 1626.5 中東・北アフリカの一部諸国では,市民の大きな 割合が,官職に就くにはコネが職業上の資格と同じか それ以上に重要であると信じている 1636.6 ヨーロッパ・中央アジアでは,教育・医療 サービス向けに非公式な支払いが はびこっている 1646.7 ケニアでは,学校をベースとした経営訓練で保護者を エンパワーしたことは,占有(教員の無断欠勤)の 削減に役立った 168B7.1.1 国の与党連合内のエリート行為主体は国や 時期によって大きく異なる 1847.1 アメリカでは経済的エリート層の選好が,市民の 選好よりも政策の採択をうまく予想している 1867.2 権力喪失に伴うコストが高い場合,エリート層は 野党を支持する選挙結果を拒否する公算が大きく, 競争可能性や説明責任がルールに基づいている 状態に移行する公算は小さい 187B7.2.1 政治的不確実性と権力喪失コストの相互作用 1887.3 水平的および垂直的な説明責任は,政党の制度化が 増すにつれてもっと一般化する 1917.4 エリート層間におけるイデオロギーの単一性は, より制度化されたエリート層間相互作用に加えて, 与党連合の連帯感とも関連性がある 1957.5 経済力が政治力の上に重なると,権力に対する 制度的なチェックはほとんどなくなる 1978.1 ケニアでは選挙が支配的なエリート層のインセンティブ を変化させて,民族別えこひいきの余地を削減 している 2138.2 選挙制民主主義は普及しているが,選挙の誠実性は 低下しつつある 2138.3 市民は選挙を経済開発への重要なルートして 評価しているものの,選挙の誠実性を信頼 しているのは世界全体で回答者の半分以下に とどまっている 214

8.4 1945 – 2015 年における世界全体の投票率は, 市民の参加率がさまざまであり,政策の選好に ついて偏った代弁がなされているリスクがあることを 示唆している 2148.5 複数政党制の普及で市民が関与する機会が 増加してきているものの,支配的な政党は選挙戦に 事実上の制限を設けている 2178.6 プログラム型政党は特に競争的な政党制下では, 公共サービスの質の改善という面で,恩顧主義の 政党よりもパフォーマンスが良い 2178.7 プログラム政党は開発が高水準になると出現してくる 傾向にあるが,開発が同じような段階の諸国の間でも 著しい差異がある 2188.8 一党優位制は競争制と比べて公的資金調達に関して 法的規定を導入する可能性が低く,競争可能性を 削減しようとしていることが示唆されている 2198.9 政党は平均すると世界的に最も信頼度が低い 政治制度 2208.10 数十年にわたる進展の後,メディアや CSO 参入に 対する政府規制に牽引されて,市民のスペースは 世界的に縮小しつつある 2218.11 デジタル革命に乗じて社会運動はますます 国境をまたいで組織化されつつある 221B8.2.1 女性の政治参加率は紛争終結国の方が高い 223B8.2.2 アフリカの脱紛争国は憲法に女権を統合している 可能性が高い 2248.12 ブラジルでは,参加型予算編成に関するオンライン 投票は既存の不平等を強化する 225S11.1 透明性だけでは不十分:情報に関する戦略の有効性 に向けた 3 つの条件 2339.1 国際的な行為主体は,競争の力学を変化させる, 行為主体のインセンティブを変移させる,あるいは 行為主体の規範を形成する,ことによって,国内の 政策アリーナに影響を及ぼす可能性がある 2429.2 規則や法的合意が国境をまたいで増殖して きている 2449.3 「権利革命」は権利関連の規範の世界的な 広がりを指すが,これはグローバルな条約や 合意によって促進および後援されている 2479.4 人権条約は広がりつつあるが,国家による実績の 実際の変化は後れを取っている 2489.5 ジェンダー割当法は 1990 年以降世界全体に 広がっている 2489.6 援助は多くの途上国で GDP や収入のなかで大きな シェアを占めている 2519.7 低所得国と下位中所得国は受領した援助額と 1 人当たりGDP の改善という点で大きな 相違がある 251

Page 7: iii - Ittosha · ゲーム理論の視点 47 2.2 制度に対する信頼はコミットメントの実現に 由来する 49 2.3 ゲーム理論と政治的な力の根源 52 2.4

xvi 世界開発報告 2017

O.1 3 つの制度的な機能――コミットメント・連携・ 協調――が政策の有効性にとって必須 6O.2 開発に向けてガバナンスを再考するための 3 つの原則 27B2.1.1ゲーム理論でモデル化されている連携と協力 47B2.2.1信頼の源泉 49B.2.3.1協力あるいは非協力の利益 52

2.1 開発のためのガバナンスを再考する際の 3 つの指針 64S11.1 市民関与による結果の是非 2349.1 インセンティブ,選好,および競争可能性を通じて, 国内ガバナンスに影響を及ぼす多国籍的な 行為主体,手段,およびメカニズム 244S13.1 違法な金融フローを生み出す行為 261

― 表 ―

1.1 37 カ国では暴力が大きな問題 40B1.3.1 ボリビアにおける国家の存在性:主要介入領域と 複合密度(2010 年頃) 43

9.1 援助国(紫色)から被援助国(橙色と緑色) への援助フローは 2014 年に 1,610 億ドルに 達した 250

― 地図 ―

Page 8: iii - Ittosha · ゲーム理論の視点 47 2.2 制度に対する信頼はコミットメントの実現に 由来する 49 2.3 ゲーム理論と政治的な力の根源 52 2.4

1

世界開発報告 2017

概観

Page 9: iii - Ittosha · ゲーム理論の視点 47 2.2 制度に対する信頼はコミットメントの実現に 由来する 49 2.3 ゲーム理論と政治的な力の根源 52 2.4

2

 社会経済指標の値には過去 20 年間に世界中で大きな進展があった.技術の急速な普及と資本や世界市場へのアクセスが改善したことを受けて,かつては測定できないほど低かった経済成長率が押し上げられ,10 億以上の人々が貧困から脱出した.しかしながら,フローの増大は国内外の両方で不平等を拡大させ,グローバルな経済の動向および循環の脆弱性を増大させている.確かに,資本や技術,思想,人々のグローバルな広がりは,多くの国々や人々が前進するのを助けてきているものの,取り残されているように思える地域や人々もある.そこ(ないしその人々)は依然として,暴力や低成長に直面しており,前進のための機会も限定的である. 思想や資源がますますハイペースで各国を横断しているなか,さらなる進展を促進するための政策面での解決策は数多くある.しかし,前向きな開発成果を生み出すのに有効な政策はしばしば採用されない,実施が不十分である,あるいは時とともに裏目に出ることがある.開発業界はより良い成果を生み出すには,どのような政策や介入策が必要かについて,多大な注視を払うことに焦点を絞っているものの,そのようなアプローチが大成功を収めている状況もあれば,前向きな結果を生み出せないでいる状況もあるのはなぜかについてはあまり注意を向けていない.

開発にかかわる現代の挑戦課題に対処するためにガバナンスを改善する 究極のところ,サービス提供の不備や,暴力,成長鈍化,腐敗,「天然資源の呪い」など,現代の途上国が直面している挑戦課題に対処するためには,国家や非

国家の行為主体が政策を設計・実施するために相互作用するプロセス,つまり本レポートではガバナンスと呼ぶものを再考することが必要である(ボックス O.1).世界的に注目を浴びた最近の事例をいくつかみてみよう.

 ソマリアとソマリランドにおける国家建設.世界の最も脆弱な国の 1つであるソマリアは,20 年間以

上にわたって暴力に蹂躙されてきている.反政府派による攻撃や地域紛争のため,合法的な武力使用に関して独占権を有する中央集権化した国家の出現が妨げられてきている.敵対勢力――その多くは地域的に独自の勢力源を有する――は,中央国家の構成と責任を決定する信頼できる取り決めに合意することができないでいる.それとは対照的に,ソマリア内の自律的な地域であるソマリランド――同じような部族や派閥の間にやはり緊張関係がある地域――では,20 年間に及び安定と経済開発が持続してきている.これは 1993年に派閥会議が開催されて,近代的および伝統的な両部門のリーダーが一堂に会して,このような派閥や長老たちを正式なガバナンス機構に制度化するのに成功したおかげである. ナイジェリアにおける腐敗および資源の呪いとの戦い.10 年間という長きにわたる石油価格の高騰に伴って棚ボタ式の収入増加という恩恵が発生したにもかかわらず,それからわずか 1 年後の 2010 年に,ナイジェリアは開発パートナーからの予算支援を要請しつつあった.長期的な観点からすると,ナイジェリアでは石油という富のうちどの程度が将来の投資に向けて節約されたのかが不明である.ただし,まさにこのような懸念に取り組むために,2011 年には政府系ファンドが設立されていた.かつての中央銀行総裁によると,同国は国家石油会社の腐敗で数十億ドルを失っている.確かに,アフロバロメーターの調査に基づく 2015 年のデータが指摘しているところでは,ナイジェリア人の 78%は政府は「腐敗との戦いが下手である」と感じている.結局のところ,財政の乱高下を削減し,長期的な投資に好意的なマクロ経済環境を促進するための,天然資源からの収入を保蔵しておけるような制度的な状況が整備されていなかったのである.しかし,数カ国が証明しているところによると,この種の「天然資源の呪い」――天然資源の豊富な諸国が,それがない諸国よりも成長や開発成果の点で劣るという事態に至ってしまう逆説――は,有効な経済財政政策を通じて回避可能である. 中国の成長の実績とその課題.40 年間にわたり中国経済は,世界経済との統合化を推進しながら 2 桁の成長率を維持して,7 億以上の人々を貧困から引き上げてきた.この経済成長の実績は周知の通りである.

概観

世界開発報告2017:ガバナンスと法

究極のところ,現代の途上国が直面している挑戦課題――若干の例をあげれば,サービス提供の不備・暴力・成長鈍化・腐敗・「天然資源の呪い」など――に対処するためには,国家や非国家の行為主体が政策を設計・実施するために相互作用するプロセス,つまり本レポートではガバナンスと呼ぶものを再考することが必要である.

Page 10: iii - Ittosha · ゲーム理論の視点 47 2.2 制度に対する信頼はコミットメントの実現に 由来する 49 2.3 ゲーム理論と政治的な力の根源 52 2.4

3概観

にもかかわらず,多くの頻繁に用いられている指標によると,この時期における中国の制度的な環境は変化しなかったようである.これは制度は成長にとって重要ではない,ということを示唆するのだろうか? そうではない.むしろ,中国の発展に関する深い理解からすると,このような指標は次のようなことを見過ごしている:経済的成功を可能にした適応的な政策決定と国家能力が,説明責任と集団指導体制のメカニズムにかかわる甚大な変化によって円滑化されていた.中国の経験は,制度がどのような具体的な形をとるかよりも,どのように機能しているかについて,より多くの注意を払うことの必要性を強調している.高成長を維持するには,企業参入,競争,および革新に基づく成長モデルに転換するための政治的なインセンティブが必要となる.多くの中所得国では,初期の成長から利益を享受して,さらなる改革への連合に参加する意志をほとんどもっていない行為主体によって,このような転換が阻害されている.前進するためには,このようなガバナンスの課題に取り組む必要があろう. インドの都市におけるスラム街と排除.開発業者や官僚,市民,政治家の連合によって調整された計画と投資に基づく都市開発は,成長,革新,および生産性の中心となる都市につながり得る.計画官はインフラが地代の最大化を追求する投資家,消費者・従業員・他社に接続する必要性がある企業,サービスや仕事へのアクセスを望む市民といった人たちの要求を満たすことを保証するのを後押しできる.しかし,多くの都市はこのような約束を実現することに失敗している.インドにおける膨大な都市のスラム街――最近の勘定では約 4 万 9,000 カ所で合計数千万人に達する居住者――は,公共投資と地域割当を多種多様な都市住民のニーズに適合させるのに失敗していることを示している.設計に誤配分という不備がある都市は,住宅や手

頃な交通手段,公益事業の間で接続性が悪く,労働者をしばしば周辺地域の非公式な定住地に追いやっている.大勢の開発業者や政治家はこの制度を悪用して,利己的なレントを生み出している.しかし,このような未調整の都市開発のせいで,都市は潜在成長力を達成することが妨げられ,ほとんどの市民が基本的なサービスを享受することができない大規模なスラム街が生み出されている. ブラジルにおけるより良いサービスの要求.2013 年にFIFA ワールド・カップ・サッカー試合が迫っているなかで,世界はブラジルの街頭で公共サービスの質に関する抗議が噴出するのを目の当たりにした.ブラジルは 12 年間に及び包摂的な経済成長を持続して,3,000 万以上の人々を貧困から引き上げ,中流階級を増強してきた.公共サービスの提供に納税で貢献してきた同じ中流階級が今や,学校についての「FIFA 基準」を含め,よりよい質とその適用を要求している.このような変化はどうして生じたのか? ブラジルの社会契約は歴史的には脆弱で細分化されていた.貧困層は低質の公共サービスしか受けておらず,上位中流階級は民間サービスに依存しているため,財政システムへの拠出に消極的であった.中流階級の拡大と貧困層の減少を受けて,不公正であるとの感じ方が逆説的に強まった.というのは,新しい中流階級は自分たちの拠出に対して低質の公共サービス以上のものを期待したからだ. 「ブリグジット」(Brexit)と経済統合に対する不満の増大.2016 年 6 月,イギリスはヨーロッパ連合(EU)脱退を選択した.特に同国にとって,また一般的にはヨーロッパにとって,その経済的な結末が政界では不確実性の源になっている.しかし,経済的・政治的な統合に対する不満というのは,何もヨーロッパ地域に限定されたことではない.世界中の国々で,ポピュリスト

ボックス O.1 ガバナンスとは何か?

 本報告書の目的では,ガバナンスとは国家や非国家の行為主体が力を形成し,力によって形成される所与の一連の公式および非公式のルールのなかで,政策を設計・実施するために相互作用し合うプロセスのことである a.この報告書では力(権力)を集団や個人がおのれの利益のために他者を行動させ,具体的な成果をもたらすことができる能力と定義する b. 状況に応じて,行為主体は政策を執行・実施する一連の公式な国家制度(組織やルールを指すために文献で用いられてい

る用語)として政府を創設することがあろう.また,状況に応じて,国家の行為主体は市民社会組織や圧力団体などの非国家行為主体に対して,多かれ少なかれ重要な役割を果たす.さらに,ガバナンスというのは国際機関から国家機関や地方政府機関,コミュニティや業界団体に至るまでのさまざまなレベルで生じる.このような側面はしばしば重複し,行為主体や利害の複雑なネットワークを作り出している.

出所:WDR2017 チーム.a. 本報告書で使われているガバナンスの一般的な定義は,正式な制度や国家行為主体の役割を強調している世界銀行の法人としての定義と整合的である.

b.Dahl(1957);Lukes(2005).

Page 11: iii - Ittosha · ゲーム理論の視点 47 2.2 制度に対する信頼はコミットメントの実現に 由来する 49 2.3 ゲーム理論と政治的な力の根源 52 2.4

4 世界開発報告 2017

政党は貿易や統合に反対する運動を展開しており,なかには選挙で未曾有の成功を収めた政党もある.このような政党は,選挙権が剥奪され,意思決定から疎外されているだけでなく,個別グループがただ乗りしている,という市民感情の盛り上がりを原動力にしていることが多い.統合から疑いなく恩恵をこうむっている諸国においてさえ,そのような恩恵の不平等な配分や「発言権」が無効であるという受けとめは,大勢の市民に現状に対して疑問を抱かせており,こうしたことは,結果として社会的な一体感や安定性に悪影響を及ぼす懸念があろう. このような事例には何が共通しているのだろうか?本レポートの前提では,すべての諸国が,暴力の脅威を最小化すること(安全保障),繁栄を促進すること(成長),繁栄の共有を確保すること(公平性),という一連の開発目的を共有している.一方では,将来世代のために開発プロセスの持続可能性を保護するという目標を共有している(ボックス O.2).しかし,政策はこの開発がもたらす成果に常に期待通りにつながるとは限らない.上記の事例が示しているように,実世界では矛盾が生じる.ソマリアは脆弱国であるが,ソマリランドはうまくやっている.ナイジェリアは豊富な天然資源を有しているが,いまだに下位中所得国にとどまっている.中国は多くの基本的な制度は変化していないにもかかわらず,急成長を遂げている.インドは成長してきているが,スラム街の増殖はコントロール

できていない.ブラジルは包摂的な成長を経験してきているが,今や中流階級からの幅広い抗議に直面している.イギリスの失業率は低いものの EU 脱退に投票した.このような矛盾に共通している糸はガバナンスの機能不全のようである.すなわち,無効な政策が執拗に持続し,有効な政策が選択されていないのに,非正統的な制度取り決めが前向きな成果を生む.では,何が政策の有効性を牽引するのか?

有効性の動因:コミットメント,連携,および協調 政策や技術的な解決策が意図した成果を上げられない場合,往々にして制度的な失敗が非難されることから,通常提案される解決策は制度を「改善する」ということになる.しかし,世界中の実例が証明しているように,多種多様な制度的取り決めや方法の下で開発が可能になっている一方で,他の多くの「ベスト・プラクティス」はしばしば失敗している.場合によっては,急速な進展が突如として,一見では不意に生じる.このような多様な道と危険性のゆえに,政策の有効性にかかわる基本的な動因を発見しておくことが必須となる.このレポートの発見によれば,コミットメント,連携,および協調が制度にとって 3 つの核となる機能であり,ルールや資源が望まれる成果を生むことを確保するのに必要なものである 1.

ボックス O.2 何のためのガバナンス? 安全保障,成長,そして公平性という目標の達成

 ガバナンスの多くの側面は本来的におのずと貴重であり――つまり,本質的な価値がある――,特に自由の概念はそうである.経済的には,自由は機会集合とみることができ,開発は「各種非自由の除去」とみることができる.後者では,このような非自由が人々の「道理に適った作用」を行使する能力を削減している a.自由のように本質的な価値が必須であるのと同じく,その手段としての価値も重要である.というのは,「特定種類の自由が他の種類の自由を促進する有効性」をもっているからである b.このような肯定的な関係は経済学者が補完性と呼ぶものである.本報告書は開発の概念だけでなく,ガバナンスの諸側面の本質的価値を肯定的な自由として是認するとともに,それが公平な開発を達成する手段としての価値を有していることも認めている. 本書における分析は,あらゆる社会は,その成員を暴力の恒常的な脅威から解放すること(安全保障),繁栄を促進すること(成長),その繁栄を共有する方法(公平性)に関心をもっている,という規範的な視点から始まっている.また,社会がこのような

目標を環境的に持続可能な形で達成したいと望んでいることも前提にしている.その上で本書はガバナンスをそのような結果をもたらす能力の点から評価している. このアプローチは過去 20–30 年間に,グローバルな開発業界に広がったイデオロギーに基づく対話から理想に基づく対話への移行と整合的である.2000年のミレニアム開発目標(MDG)の設定や,国連加盟国による最近の持続可能な開発目標(SDG)の批准は,社会的・経済的な進展に向けて共通目標を設定する努力の実例である.SDG16 は「平和・正義・強い制度」の推進を要請しているが,これは明らかにガバナンスと関係がある.にもかかわらず,本書が主張するように,それには SDG16 の本質的な価値を超えて,重要な手段としての価値がある.というのは,この目標の達成は他のすべての SDGの達成を後押しするからである.確かに,すべての開発目標を達成するには,より有効な政策を可能にするために,ガバナンスに関するしっかりとした理解が必要であろう.

出所:WDR2017 チーム.a. Sen(1999,ⅻ ).b. Sen(1999,ⅻ ).

Page 12: iii - Ittosha · ゲーム理論の視点 47 2.2 制度に対する信頼はコミットメントの実現に 由来する 49 2.3 ゲーム理論と政治的な力の根源 52 2.4

5概観

形式 対 機能:政策の有効性にかかわる基本的な

決定要因

 コミットメント.コミットメントがあれば行為主体は政策の信頼性を頼りにして,自分の行動をそれに合わせて連携することができる.政策の首尾一貫性を長期にわたって維持することは,達成が容易ではない.状況は変化しているのに,政策目標は政治的サイクルを越えて継続するかもしれないなかで,資源が不足し,そしてかつて選択した政策を実施するインセンティブも変化するだろう.不完備契約に関する経済理論に沿って,政策には信頼性を保証するためのコミットメント装置が必要である. 例えば安全性――持続的な開発の基盤――を考えてみよう.最も基本的には,それはコミットメントを前提に置いている.互いに対立している政党は,暴力を放棄して,武力の合法的な使用に関して国家に独占権を付与するという信頼できる合意に達することができるだろうか? ソマリランドでは,すべての重要なグループがルールのなかで機能するための十分なインセンティブを提供する制度的な取り決めを創設することによって,コミットメントが達成されている.そのコミットメントには信頼性がある.というのは,どの当事者がこの取り決めに背いても全当事者が損失をこうむることになっているからだ.これとは対照的に,ソマリアでは,国家建設に向けて国際的な支援を受けた取り組みがいくつかあったにもかかわらず,分裂した諸グループが武力の独占を中央国家に付与するよりも,自己の勢力を保持する,あるいは他のグループと移ろいやすい同盟を形成する方が得策であると信じ続けている.なぜか? 大体において,合意や提案された制度的な取り決めが,その性格として,有効なコミットメント装置として機能することに失敗しているためである.取り決めに対するコミットメントが信頼性の置けるものでなければ,抗争の当事者は交渉テーブルから歩き去り,暴力が支配するだろう.闘争中の党派は和平合意に背き,政策当局は不満を抱いているグループや地域に資源を譲渡するという約束を履行せず,論争者は裁判所の判断を順守せず,警察は市民を保護するどころか虐待するかもしれない. 成長に好意的な政策や財産権にかかわる信頼できるコミットメントも,マクロ経済の安定性を確保し,成長を可能にするためには必須である.最近の証拠によると,ほとんどの長期にわたる成長は,高成長がもたらされたという一般に信じられているようなエピソードではなく,経済危機や武

力紛争に対する反応において収縮しなかった国々から生じている(図 O.1).成長のためには,企業や個人が自分の資源を安心して,生産的な活動に投資できるような環境が必要である.このようなコミットメントは多様な形で生じる.1980 年代に中国経済が離陸した際,成長の成功は,利潤を自分のものにできるという地方政府・民間企業・農民に対するコミットメントに依存していた.つまり,信頼できるコミットメントが提供されたのである.ただし,私的所有権保護の保証という点では依然として初期段階にとどまっていた.これとは対照的に,ナイジェリアでは,制度的な状況は,長期的な発展を支えるための天然資源採取から得られる収入を守るのに必要とされるコミットメントを提供しなかった.ナイジェリアでは腐敗は否定的にとらえられ,他の状況下では機能した「ベスト・プラクティス」とされる財政ルールの実施は信頼できるコミットメントにならなかった.というのは,政府官吏が短期的な利害に圧倒されたからだ.例えば,資源が将来的に残存しているか否か不確実であった国家の統治者には,ただちに費消してしまおうというインセンティブが作用したのである.

コミットメントがあれば行為主体は政策の信頼性を頼りにして,自分の行動をそれに合わせて連携することができる.

0102030405060708090100

0

2

4

6

‒2

‒4

‒6<2 2‒5 5‒10 10‒20 >20

図 O.1 長期にわたる成長というのは,どれだけ高成長するかではなく途中でつまづかないことで達成される1 人当たり GDP別にみた経済拡大あるいは収縮の年数と平均成長率

拡大あるいは収縮した年の割合(%)

平均成長率(%)

1,000 米ドル

収縮した年の数(左軸)拡大した年の数(左軸)平均拡大率(右軸)平均収縮率(右軸)

出所:Wallis2016 に基づくWDR2017 チーム.データは PennWorldTable,version8.0(Feenstra,Inklaar,andTimmer2015).注:上図は 1人当たり実質 GDP(不変価格:連鎖シリーズ)を示す.各国は初めに 2000 年の所得(2005 年米ドル価格で測定)に基づき所得別カテゴリー別に分類されている.年平均成長率はすべての年と所得カテゴリーのすべての国について加重なしの単純算術平均である.上図の背景にある標本は,データが 1970 年以降入手可能な 141 カ国で構成されている.