HSEマネジメントシステムの...

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15 石油・天然ガスレビュー アナリシス HSEマネジメントシステムの 現状と動向(その2) ―Health, Safety and Environment― 1 9 8 8 年のパイパー・アルファ爆発・火災事故、1 9 8 9 年のバルディーズ号原油流出事故、2005年のテキサス シティ製油所爆発事故、2009年のモンタナ坑井暴噴・ 火災事故、2010年のマコンド坑井暴噴・爆発事故、こ れらが重大事故のすべてではなく、これらで重大事故の 打ち止めと言うことでもない。マコンド以降も重大事と 言える事故が続発している。インターネットや新聞を通 じて得た情報を以下に列挙してみる。 2010年 7月16日 中国遼寧省の大連新港で、リベリアのタ ンカーからの荷降ろし作業中に CNPCのパイプライ ンが爆発、炎上。翌日には鎮火、1,500トンの油が海 上に流出。1 8 日までに、全長 7,0 0 0m のオイルフェン スを設置し、約20隻の清掃船を出動させて油の除去 作業実施。 9月2日 米国メキシコ湾、バーミリオンブロック 3 8 0 で Marine Energy 所有のプラットホームで火災生。13名のクルー全員がスウェットスーツを着用し た状態で海上を浮遊しているところを救助。火災は同 日午後には鎮火。 11月5日 パキスタンのカラチ空港付近で、Eniが 1. 重大事故の発生状況 国際石油開発帝石株式会社・HSE ユニット 米澤 哲夫 HSEマネジメントシステム(以下、HSEMS)の現状と動向について、本誌2011年3月号で、筆者なり の整理に基づき、情報提供をさせていただいた。約 2 年が経過した現在、もう一度その状況を整理して おくことは意義あることと考え、同様のタイトルで寄稿の機会を得た。 この 2 年間の規制当局ならびに石油開発業界の HSE 活動は、2 0 1 0 年 4 月、メキシコ湾で発生した BP の暴噴・爆発事故の影響なしに語ることはできない。この事故により、HSEへの取り組みは多くの点 で見直しを迫られ、強化された。それらは、前回の原稿執筆時の予想をはるかに超えるものである。 2 0 1 1 年 3 月 1 1 日に発生したマグニチュード 9 の東日本大震災、そしてこの地震により発生した巨大 津波、さらには津波に襲われた東京電力福島第 1 原子力発電所の電源喪失による放射性物質の漏洩によ り、東北地方と関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害が発生した。 さらに、2 0 1 3 年 1 月に起きたアルジェリアの人質事件は、その真相が依然として定かでないことも あり、再発防止に向けた対応策の立案は容易なものではないと思われる。 これらの事故ないし事件は、同様の事故・事件の再発防止のため、リスク管理の在り方――それはプ ロセスセーフティへの取り組み方や、セキュリティ管理の在り方、あるいは緊急時対応や危機対応をも 含むものであるが――をめぐって石油開発業界にさまざまな検討を求めてきていると思う。そして、世 界の石油開発会社は相当のリソースを投入して、自らの取り組みの見直しを行ってきている。 上記の点に着目しつつ、「HSEMSの現状と動向」について再度整理を試みる。読者のHSEに関する検 討材料の一助となれば幸いである。 じめに

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15 石油・天然ガスレビュー

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アナリシス

HSEマネジメントシステムの現状と動向(その2)―Health, Safety and Environment―

 1988年のパイパー・アルファ爆発・火災事故、1989年のバルディーズ号原油流出事故、2005年のテキサスシティ製油所爆発事故、2009年のモンタナ坑井暴噴・火災事故、2010年のマコンド坑井暴噴・爆発事故、これらが重大事故のすべてではなく、これらで重大事故の打ち止めと言うことでもない。マコンド以降も重大事と言える事故が続発している。インターネットや新聞を通じて得た情報を以下に列挙してみる。

2010年

①�7月16日 中国遼寧省の大連新港で、リベリアのタンカーからの荷降ろし作業中にCNPCのパイプライ

ンが爆発、炎上。翌日には鎮火、1,500トンの油が海上に流出。18日までに、全長7,000mのオイルフェンスを設置し、約20隻の清掃船を出動させて油の除去作業実施。

②�9月2日 米国メキシコ湾、バーミリオンブロック380でMarine Energy所有のプラットホームで火災発生。13名のクルー全員がスウェットスーツを着用した状態で海上を浮遊しているところを救助。火災は同日午後には鎮火。

③�11月5日 パキスタンのカラチ空港付近で、Eniが

1. 重大事故の発生状況

国際石油開発帝石株式会社・HSEユニット 米澤 哲夫

 HSEマネジメントシステム(以下、HSEMS)の現状と動向について、本誌2011年3月号で、筆者なりの整理に基づき、情報提供をさせていただいた。約2年が経過した現在、もう一度その状況を整理しておくことは意義あることと考え、同様のタイトルで寄稿の機会を得た。 この2年間の規制当局ならびに石油開発業界のHSE活動は、2010年4月、メキシコ湾で発生したBPの暴噴・爆発事故の影響なしに語ることはできない。この事故により、HSEへの取り組みは多くの点で見直しを迫られ、強化された。それらは、前回の原稿執筆時の予想をはるかに超えるものである。 2011年3月11日に発生したマグニチュード9の東日本大震災、そしてこの地震により発生した巨大津波、さらには津波に襲われた東京電力福島第1原子力発電所の電源喪失による放射性物質の漏洩により、東北地方と関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害が発生した。 さらに、2013年1月に起きたアルジェリアの人質事件は、その真相が依然として定かでないこともあり、再発防止に向けた対応策の立案は容易なものではないと思われる。 これらの事故ないし事件は、同様の事故・事件の再発防止のため、リスク管理の在り方――それはプロセスセーフティへの取り組み方や、セキュリティ管理の在り方、あるいは緊急時対応や危機対応をも含むものであるが――をめぐって石油開発業界にさまざまな検討を求めてきていると思う。そして、世界の石油開発会社は相当のリソースを投入して、自らの取り組みの見直しを行ってきている。 上記の点に着目しつつ、「HSEMSの現状と動向」について再度整理を試みる。読者のHSEに関する検討材料の一助となれば幸いである。

はじめに

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162013.7 Vol.47 No.4

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チャーターしたJahangir Siddiqui Air社の飛行機が離陸直後墜落。乗客21名(客室乗務員3名、Eni従業員15名、コントラクター従業員2名、空港セキュリティオフィサー 1名)全員の死亡を確認。

④�11月16日 ナイジェリアのExxonMobilが操業するプラットホームを覆面武装勢力が襲撃。作業員8名を拉致、生産を一時中断。ニジェールデルタ解放運動が犯行声明を発表。

⑤�12月19日 メキシコシティーから90kmほど南西の町、Puebla州で、Pemexが管理するパイプラインが爆発。その後4度にわたって小規模爆発が続き、27名が死亡、52名が負傷。115軒の家も延焼。

2011年

①�1月6日 カナダ・アルバータ州Fort McMurrayのオイルサンド改質プラントで爆発事故発生。作業員5名が負傷。

②�2月4日 北海で操業するFPSOが風速27m/sec.、高さ9mの波を伴う悪天候により、10のアンカーチェーンが切断してFPSOの位置が移動、関連設備が破損。

③�2月9日 米国ペンシルベニア州アレンタウンで、UGI Utilitiesが管理するガスパイプラインが爆発。5名が死亡、損壊した47の家屋のうち8軒が全焼。

④�4月9日 ノルウェー領北海の Statoilが操業するVisundプラットホームでガス漏れが発生、作業員123名のうち緊急作業員60名を除く全員がヘリコプターで避難。同日午後1 時過ぎにはガス漏れは収束。

⑤�4月 9日  イ ン ド ネ シ ア 東 カ リ マ ン タ ン、Vico Indonesia鉱区で、タンク内に落下した計測器を拾いに行ったHalliburtonの作業員とその救助に入った作業員4名がタンク内で意識不明に。病院に搬送したが、3名が死亡。

⑥�4月13日 メキシコ湾のカンぺチャ州沖80kmにある、Pemexが管理するフローティングホテルに海水が浸入、片側が傾き始めたため乗員713名のうち638名が避難、その後残っていた75名も避難。同設備は同日午後転覆し、一部が沈没。

⑦�7月13日  ノ ル ウ ェ ー 沖 北 海 の、BPが 操 業 す るValhallプラットホームで火災が発生、クルー 638名全員が避難。火災はベントパイプで発生したが、プラットホームの消火システムと海洋巡回火災船により同日鎮火。負傷者なし。

⑧�6 ~ 7月 数度にわたって中国山東省沖の渤海湾の、ConocoPhillips Chinaが操業する蓬莱油田・ガス田で油漏洩が発生。

⑨�8月10日 英国アバディーンから西に180km沖合で、Shellが操業するGannet Alphaプラットホームのフローラインから油が漏洩。油膜は最も広いところで、長 さ 31km、 幅 4.3km。Shellは MCA(Maritime & Coastguard Agency)、DECC(Department of Energy and Climate Change)、HSE、Marine Scotlandならびにスコットランド政府等関係機関に報告。緊急時対応チームが対応。直後の推定漏洩量は、1,300バレル程度。

⑩�9月23日 インドネシア沖ジャワ湾、Widuri鉱区で、CNOOCが操業するFPSO、Lentera Bangsaで火災が発生。4名が重度の火傷を負い、1名が行方不明。消火活動により同日中に鎮火。

⑪�10月3日 タンザニアMafia Island沖で、Petrobrasが操業する掘削リグPoseidonを小さなボートに乗船したソマリアの海賊が襲撃、発砲。リグ上のセキュリティコントラクターとタンザニア海軍の反撃により、海賊7名を逮捕。

⑫�11月7日 ブラジルフラージ鉱区に隣接するリンカドール鉱区との間で油膜が観察され、Chevronはフラージ鉱区のFPSOでの生産を停止。

⑬�12月18日 オホーツク海で、Zarubezhneftが所有する海上プラットホームKalskayaが沈没、クルー 67名のうち、14名が救助され4名の死亡を確認。砕氷船とタグボートに曳航され、カムチャツカ半島からサハリンに向かっていたところ、沖合200kmの洋上で転覆、20分後に沈没。

2012年

①�3月25日 Total E&P UKは、アバディーン沖240㎞に位置するElgin坑井プラットホームから天然ガスが漏洩しているのを確認、乗員238名全員が避難。負傷者なし。

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17 石油・天然ガスレビュー

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HSEマネジメントシステムの現状と動向(その2) -Health, Safety and Environment-

②�8月25日 ベネズエラ北西の Amurayに位置するPDVSAの Paraguana Refinery Complexで爆発発生。この施設は64万5,000バレル/日を誇るベネズエラ最大、世界でも2番目に大規模な製油所で、この爆発により42名が死亡、150名以上が負傷。

③�9月12日 ノルウェー領北海の南側に位置するBP Norge ASがオペレーターとして操業するUla鉱区で油が漏洩。掘削リグのセパレーターモジュールから漏出したもので、生産プラットホームは自動的に閉止され、全員が生産プラットホームに避難、負傷者なし。PSA(Petroleum Safety Authority)は、大事故に発展した可能性もあったとして調査を実施。一定期間、生産も停止。

④�10月22日 CHC Helicoptersが運営するSuper Puma EC225 が、シェットランド沖南部 32 マイルのFair Isle近くで着水する事故が発生。ヘリコプターはシェットランド西のWest PhoenixにあるTotalの掘削リグに向かって作業員を搬送中、17名の乗組員ならびに2名のクルーの全員を、近くで待機していたス タ ン バ イ 船 舶 Nord Nightingaleが 救 助。Super Pumaによる事故はこの 4 年間で 4 度起きており、2009年4月にはBPのMillerプラットホームに向かっていたAS332L2がPeterhead沖で墜落し、乗組員14名とクルー 2名が死亡する事故が発生。その6週間前の2月にもEC225がETAP鉱区のBPプラットホームに向かう途中、霧の中で着水(18名全員無事救出、アラートシステム故障)。今年の5月にもEC225がアバディーン沖で着水(14名全員救出、原因不明)。

⑤�10月30日 Yemen LNGが操業するLNGのエキスポートターミナルで爆発。反政府運動による権力の空白が生じて以来、度重なる破壊行為が発生。

⑥�11月6日 インドネシアで、BPが操業するTangguh LNGプロジェクトのトレイン2(年産380万トン)で火災が発生。トレインは直ちにシャットダウンされ、1時間で鎮火した。負傷者なし。

⑦�11月16日 メキシコ湾West Delta 32 Blockで操業する Black Elk Energy Offshore Operationsが操業する海上プラットホームで爆発火災が発生。火災は2時間で鎮火。爆発発生当時プラットホームでは22名の作業員が作業していたが、行方不明の2人のうち

1名を17日遺体で発見。ルイジアナ州の病院に搬送された11名のうち4名は深度3度の火傷。

⑧�11月23日 米国マサチューセッツ州スプリングフィールドのダウンタウンでパイプラインが爆発、20名が負傷、42の建物が損傷。この爆発は、ガス漏れの通報に対応していたColumbia Gasの作業員が、金属製の工具を使用してガス漏れの検査をしていた際に発生。

⑨�12月3日 シンガポールJurong Shipyardで建設中のジャッキアップリグが傾く事故が発生。このリグはNoble社が発注したNoble Regina Allenで、事故発生当時1,000名以上の作業員がリグ上で作業しており、多数の作業員が2 ~ 4mの高さから地上に落下、あるいは海上に投げ出され、89名が負傷、近隣の病院で治療。

⑩�12月11日 米国ウェストバージニア州チャールストンの北16kmほどにあるSissonvilleでパイプラインが爆発。炎は21mの高さに達し、ハイウェーのガードレールや歩道を焦がし、近隣の家屋数軒も延焼。数人が煙を吸い込んだために治療。このパイプラインも、Columbia Gasが管理している。

⑪�12月28日 アラスカ沖合で、Shell所有の浮遊式掘削プラットホームKullukが強風に煽られて漂流、座礁。乗組員18名は、29日、Kodiak諸島の南130km近辺でヘリコプターが救助。アンカーハンドリング・タグサプライ船、油流出対策船、タグボートそして沿岸警備艇が、2013年1月7日、Kullukを安全にKodiak諸島の港に曳航。

2013年

①�1月16日 アルジェリア・イナメナスにある、BPほかJVが操業するTiguentourineガス田をテロリストが襲撃。日本人10名を含む多数の死傷者発生。

②�1月31日 メキシコシティーのPemexの本社ビルが爆発、37名が死亡、100名以上が負傷。メキシコ司法長官の話として、爆発物の痕跡は全くなく、ビルの地下にたまっていたメタンガスが原因。

③�3月3日  英 国 シ ェ ッ ト ラ ン ド 島 Lerwickの 北 西150kmほど沖合に位置する、TAQA Brataniが操業するCormorant Alphaプラットホームで、今年2

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182013.7 Vol.47 No.4

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アナリシス

度目の油漏れが発生。最初は1月中旬に、脚部のラインの一つから発見されたもので、これにより数日間生産を停止。今回の油漏れは、1月の油漏れと同じ脚部の異なるラインで発生しており、145名の乗組員のうち、非中核要員71名が避難。

④�3月26日 Totalが操業するアバディーンの北部St. Fergusにあるガス施設でガスの漏洩が発生。St. Fergusターミナルは、北海の20以上の天然ガスフィールドから輸送されるガスを処理する4施設のうちの一つで、この4施設で英国の1日のガス需要の20%を供給。Elgin/Franklinプラットホームからのガスの漏洩を受け、Totalがほぼ1年ぶりで生産を開始して2週間後の事故。

⑤�4月7日 Perenco Peruがチャーターしたヘリコプ

ター MI8が、アマゾンのIquitosにある鉱区に向かう途中、ペルー北西のジャングルに墜落。13名の搭乗者 の う ち 4 名 が ク ル ー で、 残 り 9 名 の う ち 1 名 がPerenco Peruの社員、あとは請負会社3社の従業員。全員の死亡を確認。

 このように多くの事故が発生している。生産設備からの油ガス漏洩事故、ヘリコプター事故、プラントの爆発火災事故、パイプラインからのガス漏洩・爆発事故、セキュリティ事故などが数多く報道されている。報道される事故情報を見る限り、事故防止のための産業界の努力は、どれほど効果を上げているのか疑いたくなるほどである。今後日本の企業が、石油開発におけるオペレーターの役割を担う機会が増えれば増えるほど、同様の事故が発生するリスクを、これまでにも増して強く認識する必要があると言えよう。

 前章に記したとおり、数多くの事故が石油開発の現場で発生しているとはいえ、2012年5月に発行されたOGP(International Association of Oil & Gas Producers)のSafety Performance indicatorsによると、世界の石油開発現場での2011年1月から12月の事故の発生状況は、改善傾向が続いている。

・データ提供会社数:45社・対象国数:98カ国・ 総労働時間数:34億5,600万労働時間(陸上26億8,000

万労働時間/海上7億7,600万労働時間 カンパニー 7億5,300万労働時間/コントラクター27億300万労働時間)

・死亡事故件数:50件・死亡者数:65名(カンパニー 10/コントラクター 55)・ 1億労働時間あたりの死亡事故率FAR(Fatal Accident

Rate):1.88(カンパニー 1.03/コントラクター 2.03)・ 100万労働時間あたりの休業災害発生頻度LTIF(Lost

Time Injury Frequency):0.43(カンパニー 0.42/コントラクター 0.43)

・ 20万労働時間あたりの記録可能な労働災害発生率TRIR(Total Recordable Injury Rate):1.76(カンパニー 1.32/コントラクター 1.88)

 死亡者数は、2010年度の94名から65名に減少して

いる。FARは、2010年度の2.76から32%減少している。死亡事故発生の要因は、不十分な HAZID(Hazard Identification:潜在危険〈ハザード〉と想定災害の同定)あるいは不十分なリスク評価が最も多く、次いで、監督不十分、不適当な判断あるいは判断の欠如、意図せぬ違反行為、不十分な訓練と能力、と分析されている。死亡事故発生の作業は、陸上の移動(交通事故)が23%を占め、次いで、設備の維持検査テスト、建設、コミッショニング、デコミッショニング、空の移動、生産作業となっている。ちなみに、発生した11の交通事故により、15名が亡くなっている。死亡事故発生の状況は、「挟まれ」が全体の25 %を占め、次いで、衝突、高所からの落下、暴力、閉所空間となっている。 LTIFについては、2010年度の0.42が、2011年度は0.43となり、2%の増加となっている。

 FARとLTIFの過去10年間の変化は図1、図2のとおりである。10年前と比較すると、FARもLTIFも、3分の1程度に大きく改善されていることがよく分かる。 データを提供した企業のLTIFの平均値は前述のように0.43である。この平均値を上回る良好な結果を残した会社は19社、悪い結果を残した会社は25社であった(図3)。

2. 事故の発生頻度

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HSEマネジメントシステムの現状と動向(その2) -Health, Safety and Environment-

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0.5

1

1.5

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A B C D E F G H I J K L M N O P Q R S T U V W X YO

VER

ALL ZA

AB

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D EE FF GG

HH II JJ KK LL MM NN

OO PP

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RR

Company & Contractor LTIF件/百万労働時間

企業別 LTIF図3

出所:OGP データを基に筆者作成

人/1億労働時間

FAR の変化図1

出所:OGP データを基に筆者作成

LTIF の変化図2

出所:OGP データを基に筆者作成

件/百万労働時間

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202013.7 Vol.47 No.4

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アナリシス

(1)マコンド暴噴・爆発事故の影響

 それでは、個々の事故について見てみる。 2010年4月に米国メキシコ湾で発生したマコンド坑井の暴噴・爆発事故は、掘削リグDeepwater Horizonの火災爆発、沈没、そして作業員1 2 6 名のうち1 1 名が死亡する悲惨な事故であった。坑井の制御機能を失い、3カ月近く油流出が続き、漏洩量は490万バレルと言われている。この事故は、オペレーターのBP社内組織や取り組みはもとより、米国の規制当局と法律、石油開発業界の取り組み、石油開発会社の取り組みに大きな影響を与えた。以下にその概要を記す。

 ・ BPは、Safety & Operational risk functionを新設。600名程度の要員が、Operating and management system(OMS)とProcess safety management監査を実施する。また、上流ビジネスをExploration, Development and Productionの3部門に分割し、掘削作業を中央で管理するための組織Global wells organizationを組織した。

 ・ また、BPは、Dynamically-positioned rigによる掘削作業実施の際には、BOP(Blowout Preventer:防噴装置)にブラインドシェアラムを2セット、ケーシングシェアラムを1セット組み込むこと、BOPのテストと整備状況について第三者認証を取得することとした。また、可搬可能な大水深用Well capping packageを開発し、米国内に配備した。

 ・ 米 国 MMS(Mineral Management Services) が、BOEM(Bureau of Ocean Energy Management)、BSEE(Bureau of Safety and Environmental Enforcement)、ONRR(Office of Natural Resource Revenue)の3部局に再編された。

 ・ 米国内務省は、BSEEが主管する30 CFR(Code of Federal Regulation)Part 250(Oil and Gas and Sulphur Operations on the Outer Continental Shelf - I n c r e a s ed S a f e t y Mea su r e s f o r Ene rgy Development on the Outer Continental Shelf)を正式発行し、これまでInterim Final Ruleとして定めた内容を一部修正し、Final Ruleとして、以下の事項をオペレーターに課した。

   �最悪暴噴流出(Worst-Case Blowout Discharge)計算書の提出

   オフショアで最悪暴噴が起きた場合に想定される

原油流出量の計算・前提条件および対応策のための探鉱計画書(Exploration Plan)、開発生産計画書(Development and Production Plan)および開発 調 整 書(Development and Coordination Document)への記載

   掘削坑井の健全性(well bore integrity)および坑井の制御(well control)の確保

   掘削における安全対策厳重化のためAPI RP 65 Part 2への準拠、Professional Engineerによるケーシングおよびセメンチングプログラムの承認、すべての坑井制御システムの図面の提出、Blind-shear ramの第三者機関による認証取得

   暴噴対策書の提出   Subsea BOPまたはSurface BOPを用いる坑井作業

の申請における署名入りの法令遵じゅんしゅ

守誓約書の提出   暴噴に速やかに対応できる坑井封じ込め装置の配備    HSEマネジメントシステムの構築に際して、API

RP 75(Safety & Environmental Management System〈SEMS〉)への準拠

   上記のAPI RP 65 Part 2およびAPI RP 75に加えて、そのほか100程度の標準・規格への準拠

 ・ BSEEは、2012年7月24日、メキシコ湾において、Marine Well Containment Company (MWCC)とそのメンバー企業9社、およびShellとともに、キャッピングスタックの配置訓練を実施し、7月30日に終了している。同訓練では、MWCC所有の、高さ約9m、重量約100トンのキャッピングスタックを370km沖合に曳航し、水深約2,000mの海底の坑口に設置した。圧力テストも実施。

 ・ 英 国 で は、Oil Spill Prevention and Response Advisory Group(OSPRAG)が2010年5月に設置され た。Technical Review、Oil Spill Response Review、Indemnification & Insurance Review、そしてEuropean & Internationalの4グループから成る。種々のガイドラインの作成を目的としたWell Life Cycle Practices Forum(WLCPF)の組織化、OSPRAG独自のCapping deviceの開発と訓練を実施。

 ・ オ ー ス ト ラ リ ア で は、Australian Petroleum Production and Exploration Association Limited

(APPEA) が、Mutual Aidプ ロ グ ラ ム と し て、Subsea First Response Toolkit(SFRT)を製作。ま

3. 事故の影響

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21 石油・天然ガスレビュー

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HSEマネジメントシステムの現状と動向(その2) -Health, Safety and Environment-

た、Self-Audit check listを発行。 ・ INTERNATIONAL REGULATORS' FORUM

(IRF)は、2011 Offshore Summit - where do we go from here?の会議において、海洋における安全性に関して、石油開発業界、特にオペレーターに対して、以下の点を要請として表明。

   Management and Leadership    Improve leadership understanding of major

h a z a rd s , a nd d eve l o p i ng app r op r i a t e cu r r i cu l ums t o be t t e r educa t e s en i o r management

    Improve quality of management offshore visits, with more focus on process safety risk man ag emen t i s s u e s r a t h e r t h a n j u s t occupational safety risks

    Effective and genuine engagement with the workforce on safety issues

    Creating a culture of openness to enable anyone to take time out for safety concerns

    Commitment to adherence to common procedures regardless of location of rig/platform

   Organizational issues    Improving competence and training by (a)

standardizing training and competency requirements, especially for those in roles related to drilling, (b) developing scenario-ba sed t r a i n i ng f o r manag ing dynamic situations, particularly for drilling operations and (c) ensur ing appropr ia te l eve l s o f competency assurance for contractors

    Better sharing of lessons learned and best practices - this challenge created lots of interest throughout the conference

    Improve the quality of contracts to ensure accountabilities and responsibilities are clear, with appropriate use of bridging documents

   Risk management and barriers    Establish a suite of process safety KPIs in

addition to existing personal safety KPIs    Recognize the crucial nature of a robust

management of change process, and ensure it is rigidly adhered to

    Incorporate the concept of "barriers" into risk management arrangements, with barrier

performance standards and verification, awareness o f barr ier re l iab i l i ty and an effective risk assessment process when barriers are degraded. The use of the bow-tie approach was cons idered a good a id to e f f e c t i v e b a r r i e r a p p r e c i a t i o n a n d management

   Standards and guidelines    International operators should establish global

standards within the company for their MOC, competency, mechanical integrity and hazards recognition processes

    Work with others to strengthen and promote international cooperation and best practice standards

   Well capping and emergency response    Operators to commit to support ing the

development and use of regional/global well cap "toolkits"

    Ensure that agreements are in place for vessel sharing, and have plans for logistics management in the case of emergencies

 ・ OGPは、マコンドの暴噴・爆発事故、豪州のモンタラ坑井の暴噴事故を受けて、OGP会員会社を中心 に、 新 た に 組 織 し た GIRG(Global Industry Response Group)により、「坑井事故の防止/封じ込め/対応に関する国際的な提言書」を作成し、発表。提案書は、「深海の坑井」「キャッピングと封じ込めおよび回収」、そして「石油漏洩への対応」の3部で構成され、それは、①坑井設計と掘削作業の管理を改善する方法を策定し実施する、②キャッピング装置を開発製造し世界各国に配備する、③Oil Spill Response-Joint Industry Projectを実施する、という具体的な作業に発展。

 ・ 大手石油開発会社においては、①掘削リグの選定に際しての監査プログラムを強化する、②BOPなどの主要機器のインスペクションを強化する、③Safety Caseアプローチを採用する、④Capping装置を手配する、⑤分散剤を備蓄する、などの取り組みを実施。

 マコンド暴噴・爆発事故の報告書は以下のとおり多数発行されている。参考までに記す。ちなみに、U.S. Chemical Safety Boardの報告書はまだ発表されていない。

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222013.7 Vol.47 No.4

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アナリシス

 ・ BP, Deepwater Horizon Accident Investigation Report, 8 September 2010

 ・ United States Coast Guard, Report of Investigation into the Circumstances Surrounding the Explosion, Fire, Sinking and Loss of Eleven Crew Members Aboard the MOBILE OFFSHORE DRILLING UNIT, DEEPWATER HORIZON, In the GULF OF MEXICO, April 22, 2011

 ・ Transocean, Macondo Well Incident: Transocean Investigation Report, Vol. I and II, June 2011

 ・ The National Commission on the Deepwater Horizon Oil Spill and Offshore Drilling, Final Report, January 11, 2011

 ・ Oi l Sp i l l Commiss i on Act i on , ASSESSING PROGRESS Implementing the Recommendations of the National Oil Spill Commission, April 17, 2012

 ・ REPUBLIC OF THE MARSHALL ISLANDS, O f f i c e o f t h e M a r i t i m e A d m i n i s t r a t o r , DEEPWATER HORIZON MARINE CASUALTY INVESTIGATION REPORT, 17 August 2011

 ・ Deepwater Horizon Study Group, Final Report on the Investigation of the Macondo Well Blowout, March 1, 2011

 ・ National Academy of Engineering and National Research Council , Macondo Well Deepwater Horizon Blowout, 14 December 2011

 ・ Transportation Research Board, Special Report 309: Evaluating the Effectiveness of Offshore Safety and Environmental Management Systems, June 2012

 ・ P E T R O L E U M S A F E T Y A U T H O R I T Y NORWAY, The Deepwater Horizon accident – assessments and recommendat ions for the Norwegian petroleum industry SUMMARY, 9 June 2011

 ・ SINTEF, The Deepwater Horizon accident ; Causes, lessons learned and recommendations for the Norwegian petroleum activities, May 2011

 ・ Norwegian Oil Industry Association (OLF), OLFs Deepwater Horizon Report, June 2012

 ・ UK Ministerial commissioned Independent Review for the Deepwater Horizon/Macondo incident, Offshore Oil and Gas in the UK - an independent review of the regulatory regime, December 2011

(2)福島第1原子力発電所事故の影響

 福島第1原子力発電所の事故の影響が、石油開発業界のHSE活動に直接及んでいるかどうかは定かではない。しかし、非常用ディーゼル発電機が使用できず、全交流電源喪失状態に陥る状況は、次善の策により防止することはできなかったのであろうか。 非常用ディーゼル発電機を津波の影響を受けない離れた高台などに設置する、そこから耐水性のある多重の電源ケーブルをプラントに引く、電気設備や送水ポンプなどを津波の影響を受けない強固な建屋の中に設置する、など思いつくことはあるが、それらはどの程度の津波に襲われるか、その想定をどう設備の設計に組み込み、そして具体的に電気設備や送水ポンプなどを囲い込むか、それ次第であろう。 すなわち、地震というハザード、津波というハザードが、最悪のシナリオを考えた場合、どのような脅威を有しているかを検討し、その脅威が現実のものとならないような予防策と、例えその脅威が現実のものとなった場合でも、その結果生じる被害をできるだけ軽減するための策が、設計段階でどう組み込まれているか、その設計に基づき設備が製造され、それらが適切に機能する、所定の能力を発揮するように維持管理されているかによる。もちろん、発電所の稼働後も、他

よ そ

所での事故事例や発見を参照できれば、設備の改造も可能であろう。このような考えは、石油開発業務においてもプロセスセーフティの考えのなかで同様に求められており、その意味では、プロセスセーフティの重要性を再確認する機会であったと言えよう。

(3)アルジェリア人質事件の影響

 2013 年 1 月、 ア ル ジ ェ リ ア 内 陸 イ ナ メ ナ ス(In Amenas)に位置する、Sonatrach、BP、Statoilの合弁会社が操業するガス生産プラントをイスラム武装グループが襲撃し、邦人10名を含む30名を超す多数の外国人が殺害された。 武装グループによる襲撃状況を報道する記事や情報は散見されるが、プラントのセキュリティ管理の全体像、どのような脅威を想定していたか、それらの脅威をどう監視していたか、関係者間の情報共有がどのような状況にあったか、警備を担当していたアルジェリア国軍の警護状況や士気はどうであったか、合弁会社独自の警護状況や士気はどうであったか、武装グループがプラントや居住エリア付近になぜ容易に接近できたか、プラント勤務者はどのような訓練を受けていたか、などは不明である。 合弁企業の主要メンバーであるBPは、セキュリティ

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管理のための仕組みを備えており、本社を含め社内には数十名規模のセキュリティ担当要員もいる。セキュリティ情報を分析する要員、セキュリティリスクを評価する要員、地域別にセキュリティ管理策全般を見る要員、緊急時の対応要員などが本社に配置されている。今回の事件を受け、アルジェリアのみならず、他の国々ならびに全社的なセキュリティ管理の在り方の見直しを余儀なくされている。

 一般的に、セキュリティマネジメントシステムは、脅威を適切に評価し、必要な準備をし、緊急事態に即応できるという、組織全体のセキュリティ対応能力を向上させること、そしてまた組織のリソースを有効に活用するためにもそれは必要とされている。そのようなシステムが整備されることにより、組織の強

きょうじん

靭さが増し、信用力が強化され、組織全体が共通の言語やプロセスでセキュリティ管理に、俊敏にかつ応用が利く形で対応でき、しかも継続的改善を成し遂げることができるという。具体的には、以下の点を明らかにしていくものと考えられる。 ・ セキュリティポリシー ・ セキュリティ対応組織 ・ 組織内のセキュリティに関する共通認識 ・ 連続的な視点でのセキュリティ評価や脅威の監視に

関する方法 ・ セキュリティオーナーとセキュリティコントロー

ラーの役割区分 ・ セキュリティ管理に関わる人や組織の能力とやる気

の評価とそれらの把握

 ・ セキュリティ管理に関する社内の要請の処理方法 ・ セキュリティに関する訓練方法 ・ セキュリティに関するコントラクターやサブコント

ラクターの管理方法 ・ セキュリティに関する監査方法 ・ 社内外のセキュリティ専門家との継続的な交流方法 ・ セキュリティ対応組織の評価選定方法 ・ 現地でのセキュリティ要員との信頼構築の方法 ・ 武器携帯や使用のルール ・ 軍や警察への対価の支払い方法 ・ 関係者の身元調査の方法

 OGPで は、 主 要 要 素 を Credibility & Integration、Policies, Objectives & Tasks、Threat, Vulnerability & Risk Assessment、Controls、Risk Register、Planning & Resources、Execution & Control Activities、Monitor & Security Reporting、Review、Learning、Reporting to Top Managementとした、セキュリティマネジメントシステムのガイドラインを作成中である。

 また、日本政府は、内閣官房長官を委員長とする「在アルジェリア邦人に対するテロ事件の対応に関する検証委員会」を組織し、2013年2月にその検討結果を同事件の検証報告書として発表しているし、一般財団法人エンジニアリング振興協会は、同年4月、「インフラ海外展開を担う日本企業の危機管理体制の強化に向けて」というタイトルの提言書を関係する各省庁に提出している。

 もはや、プロセスセーフティはHSE活動において欠かすことのできないキーワードと言えよう。2013年3月にマレーシア・クアラルンプールで開催されたIChemE(The Institution of Chemical Engineers)主催のHazards Asia Pacific 2013において、UK HSEのChairであるJudith Hackitt女史が、“From Complacency to Anxiety, The road to process safety leadership”、日本語にすると「自己満足から懸念へ、プロセスセーフティリーダーシップへの道」とのタイトルで講演した。講演では、自己満足の危険性を説き、パーソナルセーフティに比較して、プロセスセーフティの欠落による事故発生

の前兆の把握が進んでいないこと、経営層にプロセスセーフティ上の課題や問題が報告されていないこと、プロセスセーフティに関する優先順位が低いことなどが、重大事故(Major Incidents)発生の原因であると指摘した。プロセスセーフティに関する悪い知らせを受け入れ、先行指標を導入し、他社の事故事例から熱心に学ぶこと、さらに、プロセスセーフティに由来するリスクを、リーダーシップやアシュアランスシステム、適切な能力を有する専門家に割り当てつつ、組織全体の課題として扱っていくこと、それらは終わりのない旅であり、プロセスセーフティに関する懸念は絶えずついて回るものと認識

4. プロセスセーフティ

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し、そのような状態こそが健全な組織の姿であると認識すべきであると説いていた。 また、同会議でマレーシアの国営石油会社であるPetronasの Datuk Wan Zulkiflee氏(Chief Operating Officer and Executive Vice President for downstream operations at Petronas)は、同社におけるプロセスセーフティへの取り組みを以下のように紹介した。 ・ Petronasは、2006年以降、プロセスセーフティを

最優先事項として取り組んでいる。 ・ 特に、プロセスセーフティにおける、Leadership

and Commitment、System Framework、Process Safety Excellence、Organization Restructureを推進している。

 ・ プロセスセーフティ強化のために、プロセスセーフティリーダーシップワークショップを、経営層を含むすべての管理職に対して実施している。

 ・ プロセスセーフティの専門家を採用している。 ・ プロセスセーフティ事故の報告を推奨している。  ・ プロセスセーフティKPI(Key Performance Indicator:

プロセスセーフティ達成指標)を特定して報告を受けている。

 さらに、OECD Working Group on Chemical AccidentsのChairを務めるMike Hailwood氏が、CORPORATE GOVERNANCE FOR PROCESS SAFETYとのタイトルで、重大事故防止のために確立すべきコーポレートガバナンスについて発表した。同ワーキンググループでは、化学、石油化学、石油開発産業のシニアリーダー向けに、プロセスセーフティ管理が成功した事例の紹介、プロセスセーフティに関するコーポレートガバナンス上の主要要素、シニアリーダー向けの自己診断リストから成る報告書を、ガイダンスとして2012年6月に発行している。 同報告書は、“If you think safety is expensive, try an accident …”と刺激的なフレーズで始まり、続けて、

“Effective Process Safety Governance & Culture is not a choice but a must for survival of our industry. The SABIC Leaders are committed to the principles of Process Safety Management to protect our employees, our communities & our assets.”と、石油化学業界ではサウジアラビアの三大財閥の一つSABIC(サウジ基礎産業公社)CEO、Mohammed Al-Madyのメッセージを載せている。さらに、BASFのCEO Kurt Bockのメッセージとして、以下を掲載している。 “For us in the Chemical Industry, safety is key for our ‘licence to operate’. At BASF, one of our core

values is ‘We never compromise on safety’. Process Safety is of particular importance, because of the severe consequences of major incidents. Through strong process safety performance we protect our employees and neighbors, our environment, and our reputation and our business success. We have implemented – and are further strengthening – strong programs to reduce process safety risks, ranging from safety conscious plant design to excellence in safe plant operation.” いずれのメッセージも、石油開発業界の認識と変わりはないと言えよう。 報告書ではプロセスセーフティに関するコーポレートガバナンス上の主要要素として、以下の5点を挙げている。 すなわち、 ・ LEADERSHIP AND CULTURE: CEO and

leaders create an open environment ・ RISK AWARENESS: CEO and leaders broadly

understand the vulnerabilities and risks ・ INFORMATION: CEO and leaders ensure data

drives process safety programmes ・ COMPETENCE: CEO and leaders assure their

organization’s competence to manage the hazards of its operations

 ・ ACTION: CEO and leaders engage in articulating and driving active monitoring and plans

 を掲げている。具体的には、「組織員にプロセスセーフティに関する懸念を提示するよう勧めること、処理すべき好ましくない情報を報告するよう勧めること」「プロセスセーフティの重要性をプロジェクトのライフサイクル、すなわち、設計、操業、維持管理を通じて理解すること」

「プロセスセーフティのKPIやニアミスをモニターし、かつプロセスセーフティの文化と健全性を測るマトリックスを持つこと」「プロセスセーフティ上の重要な点について社内外で語る能力を有すること」「各部署の業務が、全社的なプロセスセーフティのポリシーに準拠していることを確かめること」などの点を指摘している。 シニアリーダー向けの自己診断リストは、39の質問から成り、プロセスセーフティに関する意識向上と自身の考えとのギャップ分析や社内での議論を喚起するためのものとして作成し、報告書に含めている。

 プロセスセーフティは、それ自体がHSEMSの主要要素として構成される場合が多いが、リスク管理の一部として位置づけられる場合もある。英国や豪州で採用されているSafety Case Regimeは、プロセスセーフティを

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確かなものにすべくFormal Safety Assessment(以下、FSA)の実施を求めている。FSAの流れを図4に示す。Safety Caseは、重大事故発生防止および事故発生時の被害軽減のための対策措置が適切にとられていることを証明するために、文書として作成される。同文書の作成作業を通じて、重大事故発生の危険を体系的に見直し、

適切なリスク制御の対策を講じることとなるため、操業の安全性が継続的に改善できる。英国や豪州では、既に、一般化しているSafety CaseあるいはFSAではあるが、その詳細を述べるには専門的な知識も必要であるし、相当の紙面も必要になると思われるので別の機会に委ねることとしたい。

 HSE活動の基本となるマネジメントシステムを整備し、その内容を忠実に実行することが重要であることは、以前と比較してもなんら変わるものではない。組織の整備、HSEに関する目標の設定と達成度の評価、さらには継続

的な改善への取り組みは、必ず実施されるべきものである。 しかし、HSEMSの主要要素であるリーダーシップについては、経営幹部がそれを自ら推進しその実行に妥協

おわりに

FSAの流れ図4

出所:国際石油開発帝石(株)HSEMS 文書

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を許さない姿勢を示すこと、経営層がマネージャー陣に必要な権限とリソースを与え、決定事項の説明責任を負わせること、さらに、マネージャー陣は、部下の社員それぞれがHSEに関してリーダーシップを発揮する機会と責任を負っていることを認識させ実行させることなどが強く要請されている。なかでも、ラインマネージャーは、高いレベルでHSEMS遵守を貫き、高いレベルのHSEパフォーマンスを達成するためのキーとなるポジションであり、そのために、彼らに十分な時間と要員を与え、彼ら自身が、あるいは彼らの部下からHSEMSのチャンピオンあるいはロールモデルを生み出していくことが必要であると言われており、筆者も同様の考えである。 リスク管理についても同様である。リスク評価がなされたとしても残存するリスクが適切なレベルにあるかど

うかをプロセス中で確認すること、リスク評価の結果として定めたバリア、予防策あるいは軽減策の実効性が担保されていること、Worst case scenarioに基づく緊急時対応策が策定されていることが必要と認識されている。 油流出時の対応については、坑井の制御を失った場合に備え、リリーフウェルの掘削が完了するまでの対応を前提とした、Capping and Containment Equipmentの動員や、海底での分散剤の散布が現実の対策となりつつある。 マコンド事故以降、われわれは世界の石油開発業界の動きに着目してきたわけだが、現在脚光を浴びている極地、氷海での資源開発においても、そのHSE上の取り組みを引き続き学ぶ必要がある。HSEへの取り組みは終わりのないJourneyであると言われていることを実感する日々である。

【参考文献】1. 国際石油開発帝石(株)HSE月次報告資料2. Safety Performance indicators-2011data(Report No.2011s)、OGP、May 20123. 坑井事故の防止、封じ込め、対応に関する国際的な提言書、Global Industry Response Group、OGP、May 2011

(http://www.ogp.org.uk/publications/management-committee/international-recommendations-on-well-incident-prevention-intervention-and-response/)

4. Montara Macondo Investigations Status、IADC                             (http://www.iadc.org/iadc-committees/iadc-offshore-operating-division/montara-macondo-investigations/)

5. IRF 2011 Offshore Summit – where do we go from here? Summary of Conclusions            (http://www.irfoffshoresafety.com/conferences/2011Summit/IRF % 202011 % 20Summit % 20- %20Summary% 20of% 20Conclusions.pdf)

6. 在アルジェリア邦人に対するテロ事件の対応に関する検証委員会検証報告書、同検証委員会、2013年2月28日7. インフラ海外展開を担う日本企業の危機管理体制の強化に向けて、一般財団法人エンジニアリング振興協会、

2013年4月2日8. IChemE(The Institution of Chemical Engineers)Hazards Asia Pacific 2013(http://www.icheme.org/

presentationshazap2013)9. CORPORATE GOVERNANCE FOR PROCESS SAFETY、GUIDANCE FOR SENIOR LEADERS IN HIGH

HAZARD INDUSTRIES、OECD Environment, Health and Safety Chemical Accidents Programme、June 201210. 国際石油開発帝石(株)HSEMS文書

執筆者紹介

米澤 哲夫(よねざわ てつお)学  歴:1983 年、北海道大学工学部資源開発工学科卒業。職  歴:同年、石油公団(当時)入団。石油資源開発(株)での研修、日本海洋掘削(株)への出向を通じて坑井掘削業務の

基礎を学ぶ。その後、石油開発技術センターでの研究開発に従事した後、1993 年、日本ベトナム石油(株)へ出向。帰国後、計画第三部、石油開発技術センター掘削技術研究室長、石油工学研究室長、メタンハイドレートプロジェクトチームリーダーを経て、2003 年、国際石油開発(株)(当時)に出向し、イラン ・ アザデガンプロジェクトに従事。2004 年、同社に移籍し、帰国後、資材保険ユニットのグループマネージャー、環境保安ユニットシニアコーディネーター、帝国石油(当時)長岡鉱場長代理を経て、2008 年 10 月より HSE ユニットゼネラルマネージャー。

近  況:相変わらず野球に接する機会が多い。高校野球にも首っ丈。