HLW処分容器材料としてのニッケル基合金の耐食性 …...2014/11/15 · which...
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HLW処分容器材料としてのニッケル基合金の耐食性評価研究
石川島播磨重工業株式会社: 阿波野 俊彦 深谷 祐一 内田 美佐子 中山 元 明石 正恒 社団法人腐食防食協会 腐食センター: 辻川 茂男 佐々木 英次
要旨 1.研究目的
本フィジビリティスタディでは,放射性核種を超長期間にわたって閉じ込め得る革新的な人工
バリアシステムの技術開発における予備的検討課題として,オーバーパック耐食層の候補材料と
しての Ni 基耐食合金の耐食性評価を採りあげた.想定される処分環境下での腐食形態の中から主
要な検討課題として抽出した (1)酸化性環境におけるすきま腐食感受性,および(2)還元性環境に
おける水素脆化割れ感受性,に関する概略評価を実施して,超長寿命オーバーパックの技術的成
立性を確認する.
具体的には,①腐食すきま再不働態化電位 ER,CREV法による Ni 基耐食合金のすきま腐食感受性
の定量評価,②電気化学的手法による健全な不働態での微小な腐食速度,および水素発生速度評
価,③低ひずみ速度引張試験(SSRT 試験)による Ni 基耐食合金の水素脆化割れ感受性領域の概略
評価,の 3 項目を実施する.
2.平成 15 年度に得られた研究成果 平成 15 年度は,上述のうち①(平成 14 年度より継続),および③についての検討を実施した.
2.1 すきま腐食感受性の定量評価
• 6 種類の Ni 基耐食合金について,HLW 処分想定環境の上限とされる海水濃度の中性塩
化物環境中でのすきま腐食生起臨界温度の序列を合金成分バランス(耐孔食性指数 PRE)
で整理した.
• Alloy MAT21 は現状想定される処分環境を完全に克服し得る.
• 以上より,今後確定される HLW 処分環境に応じて,適切な合金種(合金成分バランス)
を選定することにより,オーバーパックのすきま腐食損傷を回避し得る見通しを得た.
2.2 水素脆化割れ感受性評価
• Alloy C-276 に水素脆化割れが生じることで知られる過酷な環境(H2S 含有低 pH 環境)
においては,Alloy 22 も水素脆化割れ感受性を有する.
• 見かけの 大き裂進展速度から評価した Alloy 22 の水素脆化割れ感受性は Alloy C-276
より若干穏やかであるが,Alloy C-276 の場合と同様に材料の硬さに顕著な影響を受ける.
• このように,極めて苛酷な条件においても,冷間加工の有無について水素脆化割れ感受
性に顕著な差異が認められたから,今後,中性の処分想定環境側へ環境条件を移行させ
ていくことにより,水素脆化割れ臨界条件を評価できる見通しを得た.
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Study on Corrosion Behavior in Nickel-based Alloy Used for HLW Disposal Overpack
Ishikawajima-Harima Heavy Industries Co., Ltd.: T. Awano, Y. Fukaya, M, Uchida, G. Nakayama, M. Akashi Corrosion Center, Japan Society of Corrosion Engineering: S. Tsujikawa, H. Sasaki
ABSTRACT 1. Objectives
It was selected in this feasibility study to evaluate the corrosion behavior of nickel-base alloys
as a candidate material for the high-level nuclear waste overpack, as a part of preliminary study for
technical development of Engineered Barrier System(EBS) for very long-term containment of
radionuclides. Two major issues were selected, crevice corrosion and hydrogen-enduced stress corrosion
cracking, from various corrosion forms in the HLW repository environment. The susceptibility to crevice
corrosion and hydrogen-enduced stress corrosion cracking were investigated to confirm technical
feasibility of very long-lived overpack.
In detail, the following three items were examined for nickel-base alloys:
a. Quantitative estimation of the susceptibility to crevice corrosion,
b. Quantitative estimation of the corrosion rate and the cathodic hydrogen evolution rate,
c. Survey of the susceptibility to hydrogen-enduced stress corrosion cracking.
2. Major results of the study in FY2003
In FY2003, susceptibility to crevice corrosion and hydrogen induced cracking of nickel-base
alloys were evaluated.
2.1 Susceptibility to crevice corrosion
- The repassivation temperature for crevice corrosion, TR,CREV, of six kinds of nickel-base alloys at the
upper limit condition of HLW disposal was evaluated with Pitting Resistance Equivalent, PRE.
- Alloy MAT21 is not susceptible to crevice corrosion in assumed geological disposal environments.
- It is expected that crevice corrosion of overpack will be able to be avoided by selecting the appropriate
nickel-base alloys according to HLW disposal environments.
2.2 Susceptibility to hydrogen induced cracking
- Alloy 22 is susceptible to hydrogen-induced cracking in severe environment (low pH including H2S) in
which hydrogen induced cracking occurs to Alloy C-276.
- Susceptibility of Alloy 22 to hydrogen induced cracking is a little lower than that of Alloy C-276,
which is prominently affected by its hardness as well as Alloy C-276.
- It is expected that the critical condition of hydrogen-induced cracking will be able to be evaluated by
shifting test conditions from severe acidic condition to neutral disposal condition in future.
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1. はじめに 1.1. フィジビリティスタディの背景
放射性廃棄物地層処分事業への社会的受容性を高めるためには,長期的な安全評価の信頼性
を可能な限り向上させることが重要である.我が国でのこれまでの地層処分の安全評価[1]にお
いては,オーバーパックの設計寿命は 1000 年であって,その後は放射性核種が地下水に浸出す
る.この核種の移行を遅延させる目的で人工バリアシステムが設置される.すなわち,放射性
核種の移行が人工バリアおよび天然バリアによって遅延することを前提として,放射性核種が
生物圏に到達するまでのプロセスをモデル化している.このような核種移行解析による性能評
価に対しては,天然の地質環境が本来的にもつ空間的不均質性や時間的変動に起因するバリア
機能の不確実性が大きく影響することになる.
これに対して,超長期にわたり放射性核種をオーバーパックに閉じ込めることが技術的に可
能であれば,地下水へ浸出した放射性核種の移行を考慮する必要がなくなるから,核種移行解
析による性能評価と比較して想定すべき事象が少なくなり,かつ検討範囲がオーバーパック近
傍に限定される.結果として,図 1.1-1 に示すように,空間的不均質性や時間変動に起因する
バリア機能の不確実性の影響が小さくなり,処分場性能評価の信頼性が向上すると考えられる.
超長期にわたる放射性核種の閉じ込めについては,オーバーパックの寿命評価,すなわち閉じ
込め期間の評価が必要であり,特に想定される処分環境において超長期の健全性を確保可能な
オーバーパック耐食層の材料選定が重要である.
ガラスマトリクス/緩衝材
岩盤
オーバーパック
寿命の延長
1,000年 1万年 10万年固化時
・空間的不均質⇒必要な空間の縮小
・経時変化⇒パラメータの削減 核種移行:パラメータ 多 閉じ込め:パラメータ 少
オーバーパック寿命延長による超長期間の閉じ込め
信頼性向上=不確実性の低減
図 1.1-1 処分場性能評価の信頼性向上を目的とした人工バリアシステム
1.2. 高レベル放射性廃棄物(HLW)の地層処分
発電用軽水炉の使用済み燃料の再処理工程で排出される高レベルの放射性廃液は,ステンレ
ス鋼キャニスタ内にガラス固化され,一定期間地上で冷却される.その後,金属製の処分容器
(オーバーパック)に収納されて,地下 300 m 以上の深地層中に永久的に埋設(処分)される.
処分概念の一例を図 1.2-1[1]に示す.
オーバーパックに対しては 1000 年以上の長期にわたってキャニスタを確実に閉じ込めてお
く機能が要求されるから,オーバーパックの耐圧性,耐食性,製作性などの様々な観点から健
全性評価が進められている.とりわけ,深地層地下水による腐食損傷は,オーバーパックの健
全性に関わる重大な因子であるから,本フィジビリティスタディ(以下,本研究と称する)で
は,オーバーパック耐食層材料の耐食性評価に焦点をあてている.
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図 1.2-1 処分概念の一例[1]
1.2.1. HLW 処分環境
放射性廃棄物処分の問題は世界各国共通の課題であるが,処分場の環境条件も種々に異なる
ことから,処分場設計概念も種々に異なる.ここでは,米国の Yucca Mountain Project(以下 YMP
と称する)と呼ばれる放射性廃棄物地層処分事業と対比させつつ,我が国の想定処分環境につ
いて述べる.表 1.2-1 に,日米で想定されている処分環境条件[1, 2]をまとめた.
表 1.2-1 処分環境想定条件[1, 2]
日本
化学種 ベントナイト平衡水 SDW SCW SAW SSW BSW
Cl- < 5.9 x 10-1 1.9 x 10-3 1.9 x 10-1 6.8 x 10-1 3.6 1.9
NO3- 0 1.0 x 10-3 1.0 x 10-1 3.7 x 10-1 21.2 2.9
SO42- < 6.1 x 10-2 1.7 x 10-3 1.7 x 10-1 4.0 x 10-1 --- 1.8 x 10-1
HCO3-/CO3
2-/H2CO3 < 7.3 x 10-2 1.6 x 10-2 1.1 0 --- 1.8
pH 5.9 ~ 8.4 10.1 10.3 2.8 6.7 13.0
処分初期:酸化性
処分後期:還元性
85℃~20℃ (Low-temperature mode)
酸化性
温度
酸化還元性
100℃→45℃
米国
160℃~20℃ (High-temperature mode)
水質
(注)水質の単位: mol dm-3
米国 YMP では,5 種類の地下水が検討されていて,酸性からアルカリ性まで幅広い pH 環境
が想定されている.代表的な腐食性アニオンである塩化物イオン Cl-の濃度が非常に濃厚なもの
もあるが,それに応じて腐食抑制アニオンとしての硝酸イオン NO3-,重炭酸イオン HCO3
-,硫
緩衝材ベントナイト70:けい砂30 地下水 岩盤
ガラス固化体(HLW)
処分容器(オーバーパック)
緩衝材ベントナイト70:けい砂30 地下水 岩盤
ガラス固化体(HLW)
処分容器(オーバーパック)
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酸イオン SO42-なども濃厚になるのが特徴的である.したがって,腐食性としてはこれらのバラ
ンスが重要であって,YMP では,Cl-/(NO3- + SO4
2-)の濃度比などが水質パラメータとして利用
されている[2].
一方,日本の想定水質環境は pH = 5.9~8.4 の中性環境であって,腐食抑制アニオンの濃度が
比較的小さいから,腐食性アニオンとしての Cl-に着目して評価することが保守的な評価となる.
図 1.2-1[1]に示したように,日本ではオーバーパックの周囲に緩衝材として圧縮ベントナイ
トを配置する.この緩衝材が変質しない上限温度として 100℃が設定され,放射性物質の崩壊
熱によるオーバーパック表面温度がこれを越えない設計となっている.一方,深地層の地熱温
度は 45℃程度と見積もられており,温度条件としては処分初期の 100℃付近から徐々に降下し,
終的に 45℃になると想定されている.これに対して,米国 YMP では,緩衝材を使用しない
設計になっているから,160℃程度の高温条件も想定されている.
日本で処分が計画されている地下 300 m 以上の地下環境は酸素のない還元性雰囲気であるが,
処分施工中に地上から大気が取り込まれるから,処分期間初期は酸化性雰囲気にあるものと考
えられる.その後,オーバーパックの腐食や周囲への拡散によって酸素が消費尽くされた後は,
長期間にわたって還元性雰囲気となる.すなわち,オーバーパックに対しては,酸化性雰囲気
と還元性雰囲気の双方における耐食性評価が必要となる.これに対して,米国 YMP の処分施
設は地下水位より高い位置に設けられ,不飽和な岩盤を通じて外気と平衡しているから,処分
期間を通じて酸化性雰囲気となる.そのため,YMP におけるオーバーパックの耐食性検討はも
っぱら酸化性雰囲気で実施されている.
1.2.2. オーバーパックの候補材料
超長期寿命を保証するためのオーバーパックの耐食層材料選定の基本的な考え方は,(1)腐食
速度が小さく,それゆえに腐食しろで対応できることを前提として均一腐食形態をとる材料(腐
食許容材料)を選定する方法と,(2)局部腐食生起の可能性がないことを前提として,腐食速度
が微小な不働態となる材料(耐食材料)を選定する方法の 2 種類が考えられる.上述の処分想
定条件に対しては,表 1.2-2 に掲げるようなオーバーパック耐食層の候補材が考えられる.
表 1.2-2 オーバーパック耐食層の候補材
耐食層候補材 腐食形態 腐食しろ
炭素鋼[1] 均一腐食 大きい
チタン[1]
Ni基耐食合金
スーパーステンレス鋼
米国 Ni基耐食合金(Alloy 22) [2] 不働態 小さい
日本不働態 小さい
日本では,上述の(1)の立場での炭素鋼と,(2)の立場でのチタン合金が検討されている[1].
一方,米国 YMP では,(2)の立場としての Ni 基耐食合金 Alloy 22(UNS N06022)が検討され
ている[2].一般に金属の局部腐食抑制には Cr と Mo が有効である.局部腐食形態の一種であ
る孔食については,合金成分バランスに依存する耐孔食性指数 PRE = [%Cr] + 3.3[%Mo] +
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30[%N]が実用的なパラメータとして用いられており,PRE が高いほど対孔食抵抗が増す.種々
のステンレス合金および Ni 基耐食合金の PRE と[%Mo]との関係を図 1.2-2 に示す.Type 304 の
ような鉄基合金の汎用ステンレス鋼([%Cr]~18%, [%Mo]<2.5%)は,[%Mo]を高めることがで
きないから,必然的に PRE も高い値はとり得ない.オーステナイト系スーパーステンレス鋼
(20Cr-18Ni-6Mo-0.2N)は比較的[%Mo]が高めであるが,それでも PRE は 46 程度である.一
方,Ni は Cr あるいは Mo の固溶能が高いことから,Ni 基耐食合金([%Cr]15~23%, [%Mo]12
~19%)の PRE は総じて 60 以上と高い.酸化性雰囲気における代表的かつ も重要な局部腐
食形態であるすきま腐食を例にとると,その感受性領域はおおよそ図 1.2-3 の模式図のように
なる.日本の処分環境想定範囲に照らすと,Type 304 は使用できず,Ti-Gr.1 をもってしても候
補材としては不十分である.Ti-Gr.7(Ti-0.15Pd)は,高い対すきま腐食抵抗を誇るが,価格が
高価であって現実的な選択肢ではない.一方,Ni 基耐食合金は Type 304 などに比してはるかに
高い PRE を示すから,図に示すように高い対すきま腐食抵抗が期待できる.
Ti 合金および Ni 基耐食合金は,中性環境においては不働態皮膜に守られて極めて微小な腐
食速度となる.90℃,pH = 8 条件の 0.01 mol dm-3[NaHCO3] + 0.03 mol dm-3[Na2SO4] + 0.5 mol
dm-3[NaCl]水溶液中での電気化学測定によって定量化された健全な不働態における腐食速度を
表 1.2-3[3, 4]に示す.Alloy 22 の腐食速度は Ti-Gr.17 に比してさらに微小であって,10 万年の
腐食しろとしては約 1/5 程度でよい.したがって,オーバーパック候補材としての Ni 基耐食合
金の局部腐食と応力腐食割れの問題が解決されれば,Ti 合金よりさらなる長寿命化が期待でき
る.以上のことから,Ni 基耐食合金は,我が国においても HLW オーバーパック候補材として
有望な材料であると考えられる.
表 1.2-3 健全な不働態における腐食速度
腐食速度 (mm y-1) 10万年の腐食しろ (mm)
Ti合金 (Ti-Gr.17) [3] 7.7 x 10-5 7.7
Ni基耐食合金 (Alloy 22) [4] 1.4 x 10-5 1.4
図 1.2-2 各種オーステナイト系ス
テンレス鋼および Ni 基耐食合金の化
学成分バランス
0
5
10
15
20
25
0 20 40 60 80 100
[%M
o] (
mas
s%)
PRE
Type 304Type 316
Alloy 59Alloy C-276
Alloy MAT21
Alloy 686
Alloy C-2000Alloy 22
PRE = [%Cr] + 3.3[%Mo] + 30[%N]
オーステナイト系スーバーステンレス鋼
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図 1.2-3 処分想定環境
条件と各種材料の可使用領
域との関係の模式図
1.2.3. 想定される腐食形態 Fontana[5]によって(8+1)に分類された金属の腐食形態と併せて,Ni 基耐食合金の酸化性条
件および還元性条件における想定腐食形態[6, 7]を表 1.3-4 にまとめる.
表 1.3-4 Fontana による(8+1)の腐食形態と,Ni 基耐食合金の想定腐食形態[5, 6, 7]
不働態
腐食形態 酸化性雰囲気 還元性雰囲気
1.均一腐食 ○(微小) ○(微小)
2.異種金属接触腐食 - -
3.すきま腐食 ○(FSで検討すべき重要課題Ⅰ) -
4.孔食 すきま腐食を防止すれば防止される -
5.粒界腐食 - -
6.選択腐食 - -
7.エロージョン・コロージョン - -
8.応力腐食割れ すきま腐食を防止すれば防止される -
番外 水素吸収脆化 - ○(FSで検討すべき重要課題Ⅱ)
健全
ステンレス鋼,Ni 基耐食合金,あるいはチタン合金のように,通常の自然水環境で自己不働
態化する金属,合金を耐食金属材料と呼ぶ.すなわち,耐食材料は,自己不働態化するような
材料/環境の組合せを選んで,保護皮膜(不働態皮膜)との複合体として使用されるべきもの
であって,材料/環境の組合せを誤れば,耐食材料といえども激しい侵食を受けることがある.
一方,不働態であるような条件を選ぶという正当な使用においても,なおかつ現われる環境側
の攻撃が,孔食,すきま腐食,あるいは応力腐食割れなどの局部腐食である.自然水環境に必
ず含まれる塩化物イオンは,このような局部腐食をもたらす代表的な有害イオンである.
Ni 基耐食合金は,通常の中性付近の水溶液環境では不働態にあって耐食的である.安定な不
働態にある場合に進行する緩慢な均一腐食速度は,10-5 mm y-1 程度[4]であるから無視できるほ
Type 304
温度
(C
)
[Cl-] mol dm-3 (対数軸)
Ti-Gr.1
Ti-Gr.7
処分環境想定範囲(日本)
3.60.559
160
100
処分環境想定範囲(米国)
腐食生起の可能性
腐食生起しない
Ni基耐食合金
Type 304
温度
(C
)
[Cl-] mol dm-3 (対数軸)
Ti-Gr.1
Ti-Gr.7
処分環境想定範囲(日本)
3.60.559
160
100
処分環境想定範囲(米国)
腐食生起の可能性
腐食生起しない
Type 304
温度
(C
)
[Cl-] mol dm-3 (対数軸)
Ti-Gr.1
Ti-Gr.7
処分環境想定範囲(日本)
3.60.559
160
100
処分環境想定範囲(米国)
腐食生起の可能性
腐食生起しない
Ni基耐食合金
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ど小さい.
一方,塩化物イオンを含む酸化性環境では,孔食,すきま腐食,応力腐食割れなどの局部腐
食が 大の関心となる.しかしながら,孔食はすきま腐食に比してその発生の臨界条件が厳し
いから,すきま腐食が生じ得ない条件下で孔食が生じることはない.また,中性塩化物環境に
おける応力腐食割れは,もっぱら孔食,あるいはすきま腐食を経由して生じるから,これもす
きま腐食が生起しないことを示すことで回避できる.以上のことから,本研究において予備的
検討を行うべき重要課題の一つとしてすきま腐食を採りあげた.オーバーパック候補材として
考えた場合のすきま構造としては,図 1.3-4 に模式的に示すように,緩衝材として使用される
圧縮ベントナイト/オーバーパック間のすきま,あるいは緩衝材に含まれる砂粒/オーバーパ
ック間のすきまが考えられる.
図 1.3-4 オーバーパックのすきま構造
すきま腐食感受性は,臨界電位概念に基づいて定量的に評価し得る.特定の材料/環境の組
合せごとに孔食,すきま腐食,および応力腐食割れのそれぞれの局部腐食の生起に対する臨界
電位 VCが存在し,これよりも高い(より酸化性の)電位域では局部腐食の可能性があるが,よ
り低い(より還元性の)電位域ではその可能性がない.したがって,図 1.3-5 に模式的に示す
ように,当該材料/環境系における局部腐食臨界電位 VCと定常腐食電位 ESPとを比較すること
により,局部腐食に対する材料の可使用条件範囲を定量的に明らかにすることができる.すな
わち,ESPが VCよりも高い領域(高塩化物イオン濃度領域)では局部腐食生起の可能性がある
が,ESPが VCよりも低い領域(低塩化物濃度領域)ではその可能性がない.
図 1.3-6 に模式的に示すように,孔食臨界電位 VC,PIT あるいはすきま腐食臨界電位 VC,CREV は
自由表面あるいはすきま試験片の定電位保持試験において孔食あるいはすきま腐食が生起しな
くなる下限界電位として定義される.しかしながら,この方法で臨界電位を実験的に決定する
ためには膨大な試験片数および試験時間を要するから,工学的にはより簡便な評価方法が望ま
れてきた.
炭素鋼
Alloy 22
ベントナイト+砂
砂粒オーバーパック/砂粒すきま
オーバーパック/ベントナイト
すきま
炭素鋼
Alloy 22
ベントナイト+砂
砂粒オーバーパック/砂粒すきま
オーバーパック/ベントナイト
すきま
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図 1.3-5 局部腐食臨界電位 VC と定常腐食電
位 ESP との比較による対局部腐食可使用条件の
評価(模式図)
図 1.3-6 定電位保持試験による局部腐食臨
界電位 VCの決定(模式図)
孔食については,動電位分極曲線で食孔の発生/進展に対応する腐食電流の急増が観察され
る限界電位として定義される動電位法孔食電位 V’C,PITが,電位掃引速度が十分遅ければ(例え
ば 20 mV/min),VC,PITとほぼ一致することが知られている.したがって,V’C,PIT で VC,PITを代用
することが一般的に行われていて,V’C,PIT測定方法は JIS G 0577(ステンレス鋼の孔食電位測定
方法)に規定されている.一方,すきま腐食に関しては一般に V’C,CREVに VC,CREVとは一致せず,
両者間に 500 mV もの差異が見られることが多いから,孔食のように V’C,CREVで VC,CREVを代用
することはできない.
これに対して辻川ら[8]は進展しつつある腐食すきまの進展停止(再不働態化)電位として決
定される腐食すきま再不働態化電位 ER,CREV が VC,CREV と一致することから,ER,CREV で VC,CREV
を代用できることを示した.ER,CREV測定法は辻川法にしたがって JIS G 0592 に規定された.こ
れに関する詳細は,文献[9]に詳しい.
この辻川法による腐食すきま再不働態化電位 ER,CREV測定方法は,我が国で独自に開発され,
発展,成熟してきたものであるから,欧米の研究者/技術者への普及はいまだ不十分であるが,
この評価方法が有する「すきま腐食発生に対して,時間によらない臨界条件を求めることがで
きる」という 大の利点は,超長期間の健全性評価が必要な放射性廃棄物地層処分研究におい
時間, log t
局部腐食
不働態
潜伏期間
VC
卑←
電位
, E
→貴
ESP
VC
局部腐食生起可能局部腐食に免疫
log [Cl-]
卑←
電位
, E
→貴
温度一定
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て極めて有効であることから,米国 YMP においてもこの評価方法が取り入れられつつある.
すきま腐食をはじめとする局部腐食は,酸化性条件で生じることから,酸素のない還元性雰
囲気においては問題とならない.しかしながら,酸素のない還元性雰囲気では,腐食反応を支
えるカソード反応が,次式(1)の溶存酸素還元反応から,次式(2)の水素発生反応に替わる.
O2 + 2H2O + 4e = 4OH- (1)
H2O + 2e = H2 + 2OH- (2)
図 1.3-7 に模式的に示すように,この条件では微小な腐食速度に相当する水素ガスが金属表
面で発生するから,発生した水素が金属内に吸収されて水素脆化型応力腐食割れが生起する可
能性がある.
金属の溶解反応(アノード反応)
M → Mz+ + ze
水還元反応(カソード反応)
H2O → H+ + OH-
H+ + e → Had (Had の一部が合金中に侵入)
Had + Had → H2
図 1.3-7 オーバーパックの水素脆化割れ
Ni 基耐食合金の水素脆化機構による応力腐食割れについては,かなりの研究例が報告されて
いる.それらは,油井管への供用を前提とした H2S 含有低 pH 水溶液環境における Alloy C-276
に関する研究にほぼ限定されているものの,水素を吸収した場合には高い水素脆化型応力腐食
割れ感受性が報告されている.したがって,我が国の HLW 処分システムでは,完全脱気条件
における極めて緩慢な水素発生に起因した水素脆化型応力腐食き裂発生/進展の可能性を定量
的に評価することが重要な研究課題となる.これについても本研究における予備的検討課題と
して採りあげた.なお,米国 YMP における処分システムでは,常に酸素のある条件が想定さ
れているから,水素脆化機構による応力腐食割れについての関心はない.
Alloy C-276 は 25℃の NACE 溶液環境で粒界型の水素脆化割れ感受性を示す[10, 11, 12, 13].
油井環境における経験では,次の条件を満たした場合に Alloy C-276 の水素脆化割れ感受性が
問題となる[14].
(1) 冷間加工による硬化,
(2) 降伏応力に近い作用応力
(3) 温度は 100℃以下
(4) 200~500℃における長時間時効の経験[10, 15],および
(5) 炭素鋼・低合金鋼と接触していること[15].
これに対して,HLW 処分想定環境である中性条件での Ni 基耐食合金に関する検討例は皆無
である.そこで,本研究では,図 1.3-8 に概念的に示すように,まず Alloy C-276 の水素脆化割
れの報告例がある H2S 含有低 pH 水溶液環境から出発して,Alloy 22 の水素脆化割れ感受性の
炭素鋼
Alloy 22
ベントナイト+砂
M Mz+
H2O
H2
H
炭素鋼
Alloy 22
ベントナイト+砂
M Mz+
H2O
H2
H
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有無,およびそれに及ぼす上述の(1)~(5)のような感受性助長因子の影響を概略評価する.次い
で,FS 以降に環境条件を HLW 処分で想定される中性条件へ移行させつつ,水素脆化割れ感受
性の詳細評価を実施する計画とした.
図 1.3-8 水素脆化(HE)割れ
感受性評価の計画(概念図)
1.3. 研究目的 本フィジビリティスタディでは,放射性核種を超長期間にわたって閉じ込め得る革新的な人
工バリアシステムの技術開発における予備的検討課題として,オーバーパック耐食層の候補材
料としての Ni 基耐食合金の耐食性評価を採りあげた.想定される処分環境下での腐食形態の中
から主要な検討課題として抽出した,(1)酸化性環境におけるすきま腐食感受性,および(2)還元
性環境における水素脆化割れ感受性,に関する概略評価を実施して,超長寿命オーバーパック
の技術的成立性を確認する.
5.9~8.4pH
HE割
れ感
受性
HLW処分
想定条件
既往の検討領域
(Alloy C-276)
0~2.7
FSでの
概略評価(Alloy 22)
HE割れ感受性促進因子●水素吸収助長因子(H2Sなど)の存在●冷間加工●時効熱処理●水素ガス発生速度
5.9~8.4pH
HE割
れ感
受性
HLW処分
想定条件
既往の検討領域
(Alloy C-276)
0~2.7
FSでの
概略評価(Alloy 22)
HE割れ感受性促進因子●水素吸収助長因子(H2Sなど)の存在●冷間加工●時効熱処理●水素ガス発生速度
-12-
2. 技術開発計画 2.1. 全体計画
本研究では,平成 14 年度ならびに平成 15 年度の 2 ヵ年で,次に示す 3 つの項目を実施するこ
ととした.表 2.1-1 に本研究の全体計画を示す.
2.1.1. すきま腐食感受性評価
処分初期の酸化性雰囲気で課題となる塩化物イオンに起因したすきま腐食に関して,腐食す
きま再不働態化電位 ER,CREV法によって,Ni 基耐食合金 Alloy 22 の可使用条件を把握し,HLW
処分想定環境に照らし合わせて,すきま腐食感受性を評価する.[平成 14 年度]
2.1.2. 水素ガス発生挙動の定量評価
処分後期の還元性雰囲気において健全な不働態にある Ni 基耐食合金の微小な腐食速度に相
当して発生する水素ガスに起因した水素脆化割れの感受性評価の前段階として,その微小な腐
食速度および水素ガス発生速度を電気化学的手法により定量的に評価する.[平成 14 年度]
2.1.3. 水素脆化割れ感受性評価
Ni 基耐食合金 Alloy C-276 に水素脆化割れが生じることで知られる H2S 含有低 pH 水溶液環
境を中心に,種々の条件で低ひずみ速度引張試験(SSRT 試験)を実施し,Ni 基耐食合金の水素脆
化割れ感受性領域を概略評価する.さらに,Ni 基耐食合金の電気化学的水素透過試験を実施し
て,水素吸収,拡散挙動といった材料内での固溶(拡散性)水素の挙動を定量化する.[平成
15 年度]
表 2.1-1 全体計画
②水素脆化割れ感受性領域の概略評価
(d)総合評価
①水素吸収挙動評価
(c)水素脆化割れ感受性評価
▼▼(e)成果報告
②水素ガス発生速度定量化
①水素ガス発生モデル検討
(b)水素発生挙動の定量評価
②各種Ni基合金の対すきま腐食抵抗の整理(追加)
①Alloy 22のすきま腐食感受性評価
(a)すきま腐食感受性評価
H15H14実施年度
②水素脆化割れ感受性領域の概略評価
(d)総合評価
①水素吸収挙動評価
(c)水素脆化割れ感受性評価
▼▼(e)成果報告
②水素ガス発生速度定量化
①水素ガス発生モデル検討
(b)水素発生挙動の定量評価
②各種Ni基合金の対すきま腐食抵抗の整理(追加)
①Alloy 22のすきま腐食感受性評価
(a)すきま腐食感受性評価
H15H14実施年度
2.2. 平成 15 年度計画
平成 14 年度の検討では,表 2.1-1 に示す計画どおり 2.1.1 項および 2.1.2 項を実施した.しか
しながら,当初本命視していた Ni 基耐食合金 Alloy 22 の対すきま腐食抵抗は,処分想定環境
の上限に対して合否ぎりぎりであったことから,検討対象をより耐食性の高い Ni 基耐食合金ま
追加
中止
追加
中止
-13-
で広げて,その対すきま腐食抵抗を整理しておくべきとの結論を得た.そこで,平成 15 年度は,
すきま腐食感受性評価を継続することとした.その結果,比較的優先度の低い表 2.1-1 中(c)の
①の水素吸収挙動評価については,FS 以後の課題として積み残された.
2.2.1. すきま腐食感受性の定量評価
合金バランスの異なる 6 種類の Ni 基耐食合金について,HLW 処分場想定環境の上限とされ
る海水濃度相当の塩化物環境中で,中性条件(pH = 7)におけるすきま腐食臨界温度を評価し,
これをパラメータとして各種 Ni 基合金の対すきま腐食抵抗の序列を整理する.
また,平成 14 年度に実施したすきま腐食感受性評価結果について 2,3 の課題が抽出された
ため,これについても検討を行う.
2.2.2. 水素脆化割れ感受性評価
Ni 基耐食合金 Alloy C-276 に水素脆化割れが生じることで知られる H2S 含有低 pH 水溶液環
境を基本とした種々の酸性水溶液環境下で低ひずみ速度引張試験(SSRT 試験)を実施して,Ni
基耐食合金 Alloy 22 の水素脆化割れ感受性を概略評価する.比較材として,Alloy C-276 につい
ても検討を行う.
2.3. 研究体制
開発の研究体制を図 2.3-1 に示す.
全体のとりまとめは石川島播磨重工業株式会社(IHI)原子力事業部が実施し,同基盤技術研
究所,(社)腐食防食協会腐食センターとの情報の授受,日程,予算の管理を実施するとともに,
エネルギー総合工学研究所との連絡を含めた対外窓口業務を実施する.
実質的な試験計画,試験実施,考察は,沸騰水型原子炉の圧力容器や配管,高レベル廃棄物
処分におけるオーバーパック候補材料に対する健全性評価の実績がある IHI 基盤技術研究所が
実施する.また,(社)腐食防食協会腐食センターと定期的に結果報告会を実施して,同センタ
ーの辻川茂男/東大名誉教授ならびに佐々木英次/元物質工学工業技術研究所に,試験計画,
試験結果,考察のレビューを委託しつつ,開発を進める.
計画,試験結果,考察レビュー
腐食防食協会 腐食センター
辻川 茂男/東大名誉教授佐々木英次/元物質工学工業 技術研究所
計画,試験実施,考察
IHI原子力事業部
対外窓口連携機関連絡資料取りまとめ
IHI基盤技術研究所
エネルギー総合工学研究所
計画,試験結果,考察レビュー
腐食防食協会 腐食センター
辻川 茂男/東大名誉教授佐々木英次/元物質工学工業 技術研究所
計画,試験実施,考察
IHI原子力事業部
対外窓口連携機関連絡資料取りまとめ
IHI基盤技術研究所
エネルギー総合工学研究所
図 2.3-1 実施体制図
-14-
3. 平成 15 年度成果の概要 3.1. すきま腐食感受性評価
3.1.1. ER,CREVに及ぼすすきま部侵食深さの影響の確認
平成 14 年度に測定した Alloy 22 のすきま腐食臨界電位 ER,CREVは,類似した環境で JIS 法制
定以前に測定された文献データ[16, 17]より総じて低めの値であった.この要因として,ER,CREV
測定中の設定条件に依存するすきま部侵食深さの影響が考えられた.Type 304,Type 444 とい
った汎用ステンレス鋼の ER,CREV測定において,測定後の試験片のすきま部侵食深さが,材料に
よって異なる臨界侵食深さ(Type 304 の場合は,約 40μm)に満たない場合に,真の ER,CREV
より低い値が測定されることがある[18].
Ni 基合金に対する臨界侵食深さに関する報告は,野口ら[19]の Alloy C-276 に対する一例のみ
であったので,Alloy 22 について,真の ER,CREV を求められる臨界侵食深さを評価した結果,70
~90μm を得た[20].平成 14 年度の実験では,試験後のすきま部侵食深さを省略したため,臨
界深さを超えていたかどうかは明確ではない.しかしながら,この臨界侵食深さを考慮して求
めた真の ER,CREVが平成 14 年度に測定された ER,CREVデータとほぼ一致したことから,測定上の
問題で低い ER,CREV値が測定されたわけではないものと考えられた.なお,以後の実験において
は,測定後の侵食深さがこれを越えるような条件で実施した.
3.1.2. ER,CREVに及ぼす過不働態溶解の影響の確認
3.1.1 と同様に,平成 14 年度の ER,CREVデータが文献データより低めの値であったことに対し
て,測定時における過不働態溶解の影響が考えられた.過不働態溶解とは,Fe-Cr-Mo 合金や
Ni-Cr-Mo 合金などが高い電位に保持された際に,合金中の Cr あるいは Mo の選択溶解が生じ,
耐食性が失われる現象である.すなわち,ER,CREV 測定における腐食すきま発生過程において,
試験片を保持する電位を高くしすぎると,真の ER,CREVより低い値が測定される可能性がある.
そこで,90℃の 0.1~4.0 mol dm-3[NaCl]水溶液中において,Alloy 22 の電極電位と過不働態溶
解発生電位との関係を調べた結果,0.5 V vs. SHE より高い電位において過不働態溶解が生じる
可能性のあることが示された.平成 14 年度に実施した ER,CREV測定においては,大半がこれよ
り低い電位でなされたことから,評価結果に顕著な影響はなかったものと考えられた.
3.1.3. 各種 Ni 基耐食合金の対すきま腐食抵抗の整理
当初本命視していた Ni 基耐食合金 Alloy 22 の対すきま腐食抵抗が,処分想定環境の上限に
対して合否ぎりぎりであったことから,検討対象をより耐食性の高い Ni 基耐食合金まで広げて,
その対すきま腐食抵抗の序列を整理した.
(1) 評価方法
対すきま腐食抵抗の序列を評価するパラメータとしては,一定条件における腐食すきま再不
働態化温度 TR,CREV を用いた.図 1.3-5 に示した ER,CREV 法の概念は,電位を温度に読み替えた
TR,CREVにも同様に適用できる.すなわち,進展しつつあるすきま腐食が再不働態化する温度と
しての TR,CREVは,すきま腐食生起臨界温度と一致する.したがって,図 3.1-1 に概念図を示す
ように,実環境での温度 T と TR,CREV とを比較することにより,永久的にすきま腐食が発生しな
い臨界条件を定量的に評価できる.
TR,CREVは,JIS G 0592 の ER,CREV測定方法の電位を温度に読み替えることによって実験的に測
-15-
定できる.すなわち,塩化物イオン濃度,および試験片保持電位を一定にした条件下で,試験
溶液温度を昇温して腐食すきまを発生させる.発生した腐食すきまを成長させた後,試験溶液
温度を階段状に低下させ,腐食すきまの進展に対応する電流の上昇傾向が認められなくなる
も高い温度をもって TR,CREVと決定する.
図 3.1-1 すきま腐食臨界温度 TR,CREV と環境
温度 T との比較による対すきま腐食可使用条件
の評価
(2) 実験
a. 供試材
供試材としては,6 種類の Ni 基耐食合金を準備した.合金種と化学成分分析結果を併せて表
3.1-1 に示す.これらの市販の板材 300L×200W×8~12T(mm)を表 3.1-1 に示した 適条件で
それぞれ固溶化熱処理したものを供試材とした.
表中には,上述した耐孔食性指数 PRE = [%Cr] + 3.3[%Mo] + 30[%N]の値も示した.これらの
6 合金の PRE は,64.56~82.58 の種々の値をとっている.
表 3.1-1 供試材の化学成分と固溶化熱処理条件
Alloy [%Cr] [%Mo] [%N] PRE* 固溶化熱処理
22 21.09 12.90 0.0300 64.56 1120℃/15 min/水冷
C-276 15.25 15.88 0.0178 68.19 1120℃/15 min/水冷
686 20.30 16.42 0.0095 74.77 1190℃/15 min/水冷
C-2000 22.80 15.43 0.0359 74.80 1135℃/15 min/水冷
59 22.78 15.77 0.0271 75.63 1120℃/15 min/水冷
MAT21 18.76 19.27 0.0077 82.58 1180℃/15 min/水冷
b. 試験片
TR,CREV 測定は,図 3.1-2 に示す金属・金属すきま試験片を用いた.固溶化熱処理による熱影
響部を排除した供試材から,24L×30W×2T(mm)で 6φの穴加工が施された旗部に 100L×2W
T
TR,CREV
局部腐食生起可能局部腐食に免疫
log [Cl-]
低←
温度
, T →高
電位一定
-16-
×2T(mm)の柄が付けられた旗型試験片と,20φ×3t(mm)のワッシャを機械加工した.旗
型試験片の両面および同材ワッシャ面を#600 まで湿式研磨した後,Ti-Gr.7 製六角ボルト/ナッ
トでこれらを 0.4 kgf m で締め付けた.
c. 試験条件
TR,CREV は,塩化物イオン濃度および試験片保持電位を一定として測定される.本研究では,
試験溶液として海水濃度相当の塩化物イオンを含む 0.559 mol dm-3[NaCl]溶液を用いた.また,
試験片保持電位としては,pH = 7 条件における定常腐食電位 ESPの報告値[21]である 0.319 V vs.
SHE とした.これにより,測定される TR,CREV は,中性(pH = 7)条件での HLW 処分想定環境
上限の塩化物条件におけるすきま腐食生起臨界温度に相当する.
試験装置の概要を図 3.1-3に示す.Ti-Gr.2製オートクレーブ中に所定量の試験溶液を注入し,
すきま試験片を浸漬した.高純度窒素ガスを 2 h 以上通気して,溶液中の溶存酸素を除去した
後,ヒータにより試験溶液温度を 150℃あるいは 200℃に昇温した.次いで,試験片の電位を
0.319 V vs. SHE に保持して腐食すきまを発生させた.腐食すきまが発生し,それに対応して流
れる電流が 800μA を越えたら,温度一定で 0.5 h 保って腐食すきまを成長させ,その後,温度
を 5℃/6 h で階段状に低下させた.温度を低下させた後に腐食すきまの成長に相当する電流上
昇(>200μA)があった場合は,6 h を待たずに直ちに温度を 5℃低下させた.この操作を繰り
返し,腐食すきまの成長に相当する電流上昇が認められなくなった温度を TR,CREV と決定した.
測定中の温度-電流挙動の一例および試験後のすきま試験片の外観を図 3.1-4 にまとめて示す.
図 3.1-2 金属・金属すきま試験片 図 3.1-3 試験装置の概要図
Ni基合金試験片(板)
Ni基合金試験片(ワッシャ)
Ti-Gr.7六角ボルト/ナット
人工すきま
ポテンショ・ガルバノスタット PC
対極
脱気管
熱電対すきま試験片
試験溶液
オートクレーブ N2
温度調整器
RE WE CE
圧力平衡型外部照合電極
ヒーター
-17-
図 3.1-4 TR,CREV測定中の温度-電流挙動と,試験後のすきま試験片の様相の一例
(3) 結果の概要
本研究で pH = 7,海水相当の塩化物イオン濃度条件下で測定されたすきま腐食生起臨界温度
の耐孔食性指数 PRE 依存性を図 3.1-5 に示す.図中には,Green Death 溶液(11.5%H2SO4 +
1.2%HCl + 1%FeCl3 + 1%CuCl2 水溶液)環境における自然浸漬試験によって求められたすきま腐
食生起臨界温度の報告例[22]も併せて示した.
図にみるように,すきま腐食生起臨界温度は,PRE の増加に伴いほぼ直線的に上昇した.
も PRE の高い Alloy MAT21 のそれは HLW 処分上限温度としての 100℃を越える 103℃であっ
た.試験環境は全く異なるものの,Green Death 溶液中における報告例も同様な PRE 依存性を
示している.今回の検討は pH = 7 で行ったが,pH がこれよりアルカリ性であれば,定常腐食
電位 ESPがより低くなる(より還元性になる)から,この臨界温度はさらに高くなる.
以上のように,すきま腐食臨界温度と合金成分バランスとの関係が基礎データとして得られ
たから,今後確定される処分環境条件(pH,温度)に応じて適切な合金種を選定することによ
り,オーバーパックのすきま腐食損傷を回避し得る見通しが得られた.
図 3.1-5 すきま腐食生起臨
界 温 度 の PRE (= [%Cr] +
3.3[%Mo] + 30[%N])依存性
0
1000
2000
3000
4000
5000
0
50
100
150
200
0 10 20 30 40 50 60 70 80
Cur
rent
, I (μ
A)
Time (h)
Alloy 22 SA
0.559 mol dm-3[NaCl]E = 0.319 VT
R,CREV
Tem
pera
ture
, T (
C)
I
TR,CREV
= 75 C
P1 : T = const (150 C)P2 : 0.5h (>800 μA)P3 : 5 C/6h step down
h = 121μm
T
最深部
最深部周辺
-3.2
-3
-2.8
-2.6
-2.4
50 60 70 80 90
すき
ま腐食臨界温
度,
- 100
0/T
(K
-1)
PRE
Green Death溶液中自然浸漬試験
present work 0.559 mol dm-3[Cl-], E
SP at pH = 7
Allo
y 22
Allo
y C
-276
Allo
y 59
Allo
y 68
6,
Allo
y C-
2000
Allo
y M
AT2
1
100
50 すきま腐食臨界温度
(C
)
-18-
3.2. 水素脆化割れ感受性評価 3.2.1. 評価方法
水素脆化割れ感受性の評価方法としては,一定のカソード電流を付与して試験片表面に水素
ガスを強制的に発生させた状態での低ひずみ速度引張試験法(SSRT: slow strain rate technique)
を利用した.SSRT 試験の概要を図 3.2-1 に示す.SSRT 試験は,環境に浸漬された試験片(丸
棒,板など)をゆっくりした定クロスヘッド速度(定ひずみ速度)で引っ張り,不働態皮膜の
破壊や活性面露出による電気化学的情報の計測や割れ感受性の評価を行う方法で,比較的短時
間で割れ感受性を評価できる特徴がある.割れ感受性の評価には様々なパラメータが用いられ
るが,本研究では試験後のき裂発生状況の観察および応力-ひずみ線図の解析によって求めた
見かけの 大き裂進展速度を用いた.
上述のように,油井環境における経験では,ある特定の条件を満たした場合に Alloy C-276
の水素脆化割れ感受性が問題となる.本研究では,これまで検討例のない Alloy 22 の水素脆化
感受性を調べるために,まずは厳しい条件において水素脆化割れを実験的に再現することを出
発点としている.その観点から設定した本研究の SSRT 試験条件を,文献での主な検討範囲[10,
11, 12, 13, 14, 15, 23]と併せて表 3.2-1 にまとめた.
表 3.2-1 SSRT 試験の主な設定条件[10, 11, 12, 13, 14, 15, 23]
HE感受性が問題となる条件文献で検討されて
いる主な範囲本研究での設定条件
冷間加工度(硬化) ~68%冷間加工 なし,40%クロス圧延
長時間時効の経験 ~500℃/2000 h なし,500℃/100 h温度は100℃以下 ~102℃ 25℃降伏応力に近い作用応力 ~107%YS -(SSRT)水素発生速度 ~400 A m-2 400 A m-2
水素吸収助長因子 H2S,チオ尿素 H2S,チオ尿素,チオ硫酸
pH 0~2.7 0~2.7
3.2.2. 実験
(1) 供試材 供試材としては,Alloy 22および,比較材として文献で報告例の多いAlloy C-276を選定した.
材料条件としては,表 3.1-1 に示した固溶化熱処理材(SA)の他に,これを双方向 20%にクロス
圧延した 40%冷間加工材(SA + 40%CW),およびこれに 500℃/100 h の時効処理を施した時効
処理材(SA + 40%CW + 500℃/100 h)を用意した.
(2) 試験片 (1)で用意した供試材から,機械加工によって図 3.2-2 に示す丸棒引張試験片を作製した.平
行部はφ2.5 x 20 (mm)で,φ6 のつかみ部は絶縁樹脂により被覆した.試験片の接液面積は 2.57
cm2 である.平行部は,長手方向に#800 まで湿式研磨してから試験に供した.
-19-
図 3.2-1 SSRT 試験の概要 図 3.2-2 SSRT 試験片の形状
(3) 試験条件 試験溶液としては,表 3.2-2 に示す 4 種類とした.各溶液の pH は,(C)が 0.2 で,それ以外は
2.7~2.8 であった.試験前および試験中は表中の所定の通気ガスを吹き込んだ.SSRT 試験は,
室温にて行い,ひずみ速度は 8.33 x 10-8 s-1 とした.試験中は,試験片をポテンショスタットに
接続し,400 A m-2 のカソード電流密度を与え,強制的に試験片表面に水素ガスを発生させた.
以上の試験条件と,実施した試験マトリクスを表 3.2-3 にまとめた.表中には,各供試材の
ビッカース硬さ Hv (10 kg)も併せて示した.40%の冷間加工により Hv はほぼ倍になり,500℃/100
h の時効処理によってさらに硬化する.
表 3.2-2 SSRT 試験溶液 表 3.2-3 SSRT 試験マトリクス
(4) 評価
SSRT 試験で破断した試験片の破面および破面近傍の SEM 観察例を図 3.2-3 に示す.他の条
件での試験も含めて,ほとんどの場合は図のように両側から進展した複数の主き裂が一度行き
違った後に連結して破断に至っていた.この破断までの過程を概念的も併せて図中に示してお
く.そこで,図に示したように,ここでは 2 本の主き裂の投影深さを測定し,大きい方を 大
き裂深さ amax として評価した.
ポテンショ・ガルバノスタット
KCl溶液
照合電極
ルギン毛管
引張試験片 温度計
気泡管
試験溶液
電解槽
塩橋(KCl寒天橋)
対極
ひずみ速度一定で引張る
GL
20.0
3410
10
145
M6
M6
φ2.5
R4
+0.02-0.00
φ6+0.05-0.00
GL
20.0
3410
10
145
M6
M6
φ2.5
R4
+0.02-0.00
φ6+0.05-0.00
SA SA +40%CW
SA +40%CW +
agedSA SA +
40%CW
SA +40%CW +
aged
Hv (10 kg) 206 422 464 186 406 437
NACE溶液 ○ ○ ○ ○ ○
チオ硫酸添加Pre-NACE溶液
○
チオ尿素添加硫酸
○
Pre-NACE溶液 ○
400 A m-2
定電流SSRT
Alloy C-276 Alloy 22溶液名 成分 備考
(A)NACE溶液H2S飽和
5%NaCl + 0.5%酢酸H2S通気
(B)チオ硫酸添加
Pre-NACE溶液
0.001 mol/Lチオ硫酸添加
5%NaCl + 0.5%酢酸ガス通気なし
(C)チオ尿素添加 硫酸
2 g/Lチオ尿素添加
1.8N H2SO4N2通気
(D)Pre-NACE溶液 5%NaCl + 0.5%酢酸 N2通気
-20-
次に SSRT 試験における応力-ひずみ線図の一例を図 3.2-4 に示す.空気中で測定された応力
-ひずみ線図に比して,試験溶液中でのそれは引張開始初期から乖離し始めているように見え
ることから,き裂が初期のかなり早い段階で生じているものとみなし,破断までの試験時間を
もってき裂進展期間 tpとした.以上のように評価した 大き裂深さ amax をき裂進展期間 tp で除
した値を見掛けのき裂進展速度 da/dt として割れ感受性を評価した.
1.76 mm
amax = 2.13 mm
破壊過程の推定
crack
crack
crack
crack
crack
crack
図 3.2-3 SSRT 試験後の破断した試験片の破面および破面近傍の SEM 観察例
図3.2-4 SSRT試験における応力-
ひずみ線図の一例
(5) 結果の概要
本研究で実施した SSRT 試験後のいずれの試験片にも水素脆化き裂が認められた.したがっ
て,本試験で実施したような過酷な環境下では,Alloy C-276 のみならず Alloy 22 にも水素脆化
割れ感受性があることが明らかにされた.本研究で得られた 大き裂進展速度 da/dt と供試材
硬さとの関係を図 3.2-5 に示す.Alloy 22 の da/dt は,Alloy C-276 に比して若干小さい傾向が窺
0
500
1000
1500
0 1 2 3 4 5
Stre
ss (
MPa
)
Strain (%)
Alloy 22SA + CW + agedNACE solutionRT
ic = 400 A m-2
tp = 4.482 x 10 5 s
initial pH = 2.7final pH = 0.6
in airin NACE solution
き裂進展期間
-21-
えるが顕著な差ではない.一方,da/dt は硬さ,すなわち冷間加工の有無に顕著に依存し,材料
の硬さにほぼ比例して割れ感受性が増大した.これは,Alloy C-276 に対する報告とよく一致し
ている.試験溶液に対する依存性はそれほど顕著ではない.
以上のように,H2S 含有低 pH 水溶液環境のような極めて苛酷な条件においても,冷間加工
の有無について顕著な差異が認められた.したがって,今後より穏やかな中性の処分想定環境
側へ環境条件を移行させていくことにより,水素脆化割れ臨界条件を評価できる見通しを得た.
図 3.2-5 大き裂進展速度の硬
さ依存性
3.3. 総合評価
平成 14~15 年度の 2 年にわたる本研究(フィジビリティスタディ)における事業成果は以
下のようにまとめられる.
• 当初本命視していた Ni 耐食合金 Alloy 22 の対すきま腐食抵抗は,処分想定環境の上限
に対して合否ぎりぎりであることを定量的に明らかにした.
• そこで,より耐食性の高いものを含む 6 種類の Ni 基耐食合金について,HLW 処分場想
定環境の上限とされる海水濃度の塩化物環境中で,中性条件(pH = 7)のすきま腐食臨
界温度を評価し,Alloy MAT21 は現状想定される処分環境を完全に克服し得ることを明
らかにした.
• すきま腐食生起臨界温度は,合金成分バランスに依存する耐孔食性指数 PRE = [%Cr] +
3.3[%Mo] + 30[%N]の増加とともに上昇することを明らかにした.これにより,種々の
Ni 基耐食合金の対すきま腐食抵抗の序列が整理された.
• 以上により,今後確定される HLW 処分環境に応じて,適切な合金種(合金成分バラン
ス)を選定することにより,オーバーパックのすきま腐食損傷を回避し得る見通しを得
た.
10-9
10-8
100 200 300 400 500
Alloy C-276 in NACEAlloy 22 in NACEAlloy 22 in Pre-NACE(+チオ硫酸)Alloy 22 in Pre-NACEAlloy 22 in H
2SO
4(+チオ尿素)
da/d
t (m
s-1)
Vickers hardness, HV (10 kg)
SSRT, RT
ic = 400 A m-2
8.33 x 10-8 s-1
-22-
• Alloy C-276 に水素脆化割れが生じることで知られる過酷な環境(H2S 含有低 pH 環境)
においては,Alloy 22 も水素脆化割れ感受性を有することを明らかにした.
• 見かけの 大き裂進展速度から評価した Alloy 22 の感受性は Alloy C-276 より若干穏や
かであること,および Alloy C-276 の場合と同様に材料の硬さに顕著な影響を受けるこ
とを明らかにした.
• このように極めて苛酷な条件においても,冷間加工の有無について水素脆化割れ感受性
に顕著な差異が認められた.したがって,今後,中性の処分想定環境側へ環境条件を移
行させていくことにより,水素脆化割れ臨界条件を評価できる見通しを得た.
• Alloy 22 の健全な不働態における腐食速度を定量化し,Ti 合金に比しておよそ 5 倍の長
寿命化が図れることを明らかにした.同時に,健全な不働態において材料表面で発生す
る微小な水素発生速度を電気化学的に定量化した.
• 以上の検討により,Ni 基耐食合金を耐食層とする超長寿命オーバーパックが技術的に成
立し得ることを確認した.
3.4. 技術開発成果の発表 • 深谷祐一, 明石正恒, 佐々木英次, 辻川茂男: “Ni 基合金の腐食すきま再不働態化電位測
定に関する一考察,” 第 50 回材料と環境討論会講演予稿集, 腐食防食協会, pp. 185 –
188 (2003).
• 深谷祐一, 明石正恒, 佐々木英次, 辻川茂男: “中性塩化物環境における各種 Ni 基合金
のすきま腐食生起臨界条件評価,” 材料と環境 2004, 腐食防食協会, 2004/04/26 発表予定
(2004).
• 明石正恒, 深谷祐一, 佐々木英次, 辻川茂男: “酸性水溶液環境の定電流 SSRT 試験に
おける Ni-Cr-Mo 合金の水素脆化割れ,” 材料と環境 2004, 腐食防食協会, 2004/04/26 発
表予定 (2004).
4. まとめ 4.1. 平成 15 年度研究成果のまとめ
• 種々の Ni 基合金の対すきま腐食抵抗の序列を整理するために,種々の合金成分バランス
を有する 6 種類の Ni 耐食合金について,HLW 処分場想定環境の上限とされる海水濃度
の塩化物環境中で,中性条件(pH=7)におけるすきま腐食臨界温度を評価した.
• すきま腐食生起臨界温度は,合金成分バランスに依存する耐孔食性指数 PRE = [%Cr] +
3.3[%Mo] + 30[%N]の増加とともに上昇し,Alloy MAT21 のそれは現状想定される処分環
境を完全に克服し得ることを明らかにした.
-23-
• したがって,今後確定される HLW 処分環境に応じて,適切な合金種(合金成分バラン
ス)を選定することにより,オーバーパックのすきま腐食損傷を回避し得る見通しを得
た.
• 中性かつ水素発生速度が微小な処分想定環境において Ni 基耐食合金の水素脆化割れ感
受性はほとんどないことが予想されたが,長期健全性を保証するためにはその臨界条件
を明確にする必要がある.
• そこで,予備的検討として Alloy C-276 に水素脆化割れが生じることで知られる過酷な
環境(H2S 含有低 pH 環境)における評価を実施して,このような過酷な環境下では Alloy
22 も水素脆化割れ感受性を有することを明らかにした.
• 見かけの 大き裂進展速度から評価した Alloy 22 の感受性は Alloy C-276 より若干穏や
かであること,および Alloy C-276 の場合と同様に材料の硬さに顕著な影響を受けるこ
とを明らかにした.
• 以上のように,極めて苛酷な条件においても,冷間加工の有無について水素脆化割れ感
受性に顕著な差異が認められたから,今後より穏やかな中性の処分想定環境側へ環境条
件を移行させていくことにより,水素脆化割れ臨界条件を評価できる見通しを得た.
4.2. 本研究全体のまとめ • 放射性核種を超長期間にわたって閉じ込めることを目的とした人工バリアシステムの技
術開発における予備的検討課題として,オーバーパックの耐食層候補材料としての Ni
基耐食合金の耐食性評価を採りあげた.
• Ni 基耐食合金を耐食層とする超長寿命オーバーパックの技術的成立性を確認するため
に,想定される処分環境下での腐食形態の中から主要な検討課題としてすきま腐食なら
びに水素脆化割れを抽出し,その感受性の概略評価を実施した.
• オーバーパック耐食層の候補材料として当初本命視していた Ni 耐食合金 Alloy 22 の対
すきま腐食抵抗は,処分想定環境の上限に対して合否ぎりぎりであった.
• そこで,より耐食性の高いものを含む 6 種類の Ni 基耐食合金について,HLW 処分場想
定環境の上限とされる海水濃度の塩化物環境中で,中性条件(pH=7)におけるすきま腐
食臨界温度を評価した.
• すきま腐食生起臨界温度は,合金成分バランスに依存する耐孔食性指数 PRE = [%Cr] +
3.3[%Mo] + 30[%N]の増加とともに上昇することを明らかにした.これにより,種々の
Ni 基耐食合金の対すきま腐食抵抗の序列が整理された. も高い PRE を有する Alloy
-24-
MAT21 は現状想定される処分環境を完全に克服し得ることを明らかにした.
• 以上の検討から,今後確定される HLW 処分環境に応じて適切な合金種(合金成分バラ
ンス)を選定することにより,オーバーパックのすきま腐食損傷を回避し得る見通しを
得た.
• 中性かつ水素発生速度が微小な処分環境においては,Ni 基耐食合金の水素脆化割れ感受
性はほとんどないことが予想されたが,長期健全性を保証するためにはその臨界条件を
明確にする必要がある.
• そこで,まずは水素脆化割れが明確に生じる条件を把握することを目的として,Alloy
C-276 に水素脆化割れが生じることで知られる過酷な環境(H2S 含有低 pH 環境)におけ
る評価を実施した.
• まず,本実験で実施したような過酷な環境下では,Alloy C-276 のみならず Alloy 22 にも
水素脆化割れ感受性があることを明らかにした.
• また,NACE 溶液環境での検討例において,Alloy C-276 の SA 材に水素脆化割れを生じ
た例は見当たらないが,本実験のような大電解電流条件においては,Alloy 22 の SA 材
にも水素脆化割れが生じることを明らかにした.
• 見掛けのき裂進展速度から評価した Alloy 22 の割れ感受性は Alloy C-276 より若干穏や
かな傾向がみられた.また,Alloy C-276 の場合と同様に材料の硬さに顕著な影響を受け,
材料の硬さに比例して割れ感受性が増大することを明らかにした.
• 以上のように,極めて苛酷な条件においても,冷間加工の有無について水素脆化割れ感
受性に顕著な差異が認められたから,今後より穏やかな中性の処分想定環境側へ環境条
件を移行させていくことにより,水素脆化割れ臨界条件を評価できる見通しを得た.
• 一方,実際の処分環境において健全な不働態を保った場合の Alloy 22 微小な腐食速度お
よびそれに伴って発生する微小な水素発生速度を電気化学的に定量化した.これらの値
は,Ni 基耐食合金オーバーパックの設計や,水素脆化割れの臨界条件評価などに有効活
用される.
• Alloy 22 の健全な不働態における腐食速度は Ti よりもさらに微小であって,Ti 合金に比
しておよそ 5 倍の長寿命化が図れることを明らかにした.
• 以上の検討から,Ni 基耐食合金を耐食層とする超長寿命オーバーパックが技術的に成立
し得ることを確認した.
-25-
4.3. 今後の課題 本研究において, 適条件で固溶化熱処理された Ni 基耐食合金のすきま腐食感受性,およ
び水素脆化割れ感受性を概略評価し,Ni 基耐食合金を耐食層とする超長寿命オーバーパックが
技術的に成立し得ることを確認した.
今後は,種々の条件における測定データを蓄積して,健全性評価をより確実なものにするこ
とが課題となる.また,オーバーパックの製作を想定した様々な因子(冷間加工,溶接熱影響
など)の耐食性への影響を調査してくことも重要である.
4.3.1. すきま腐食感受性評価
すきま腐食感受性評価については,その生起臨界条件を決定する手法が確立されているから,
同じ手法により環境因子,あるいは材料因子の耐食性への影響を調査することができる.検討
すべき影響因子の例を以下に羅列する.
環境因子:
• 温度,塩化物イオン濃度,共存アニオン,pH
• ESPにおよぼす放射線照射の影響
• 実環境模擬水溶液環境での検討
材料因子:
• 熱処理と顕微鏡組織変化
• 冷間加工
• 溶接継ぎ手についてのデータ
4.3.2. 水素脆化割れ感受性評価 平成 15 年度の研究成果として,水素をカソード電解チャージした定電流保持試験片の酸性
水溶液環境における SSRT 試験で,Alloy C-276 と同様に Alloy 22 も水素脆化割れ感受性を示し
たことから,処分想定環境条件で水素脆化割れ生起の可能性のないことを実証することが今後
の課題となる.現状で考えられるアプローチを以下に列挙する.
• 水素透過試験により水素発生速度と水素透過との関係を実験的に検討し,水素の拡散挙
動をモデル化する.
• 平成 15 年度に引き続いて,SSRT 試験における割れ挙動と種々の加速因子との関係をよ
り明確にする.
• 水素発生速度をパラメータとした定荷重寿命試験を大規模に実施し,水素発生速度と割
れ発生寿命との関係を整理する.
• これらの検討に基づいて,水素脆化割れ寿命評価モデルを構築する.
• 加速条件における水素脆化割れき裂進展試験を行い,水素発生速度あるいは材料中水素
濃度を緩やかに低減することで限界水素濃度等の臨界値を得られる可能性を検討する.
4.3.3. 処分概念の再構築 はじめに述べたように,我が国におけるこれまでの高レベル廃棄物地層処分用人工バリアシ
ステムの概念では,オーバーパックの設計寿命を 1000 年とした検討が行われている.これに対
して,本研究では,Ni 基合金を適用した超長寿命オーバーパックが技術的に成立し得ることを
-26-
確認した.オーバーパックの超長寿命化により,長寿命核種が減衰するまでの期間,高レベル
放射性廃棄物を隔離することが可能となるため,ベントナイト緩衝材に期待されている核種移
行遅延機能が不要となる可能性が出てくる.したがって,本研究の成果としての超長寿命オー
バーパックのメリットを地層処分全体システムに 大限に適用するためには,まず,人工バリ
アシステム構成の再検討を行う必要がある.この場合,緩衝材は厚さを大幅に減らす,もしく
は使用しないといった選択もあり得る.熱伝導率の低い緩衝材の使用量が減る場合には,現状
の処分システムに課されている熱的制限(緩衝材の 高温度 100℃)が緩和されるため,廃棄
体定置間隔,処分坑道レイアウトの見直し,合理化が図れる.
-27-
参考文献
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頼性-地層処分研究開発第 2 次とりまとめ-” (1999).
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[3] Y. Fukaya, M. Akashi: CORROSION/2003, NACE, paper no.03680 (2003).
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ニッケル基合金の耐食性評価研究,” 革新的実用原子力技術開発フィジビリティースタ
ディー分野, 平成 14 年度成果報告書, (財)エネルギー総合工学研究所 (2003).
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[13] N. Sridhar, J.A. Kargol, N.F. Foire: Scripa Met., 14, 57 (1980).
[14] 腐食防食協会編: “金属の腐食・防食 Q&A –石油産業編,” 丸善, p. 59 (1999).
[15] J. Branchet, H. Coriou, L. Grall, C. Mahieu, C. Otter, G. Turluer: in “Stress Corrosion Cracking
and Hydrogen Embrittlement of Iron-Base Alloys,” NACE, p. 1149 (1977).
[16] D. S. Dunn, C.S. Brossia: CORROSION/2002, NACE, Paper No. 02548 (2002).
[17] 菅原克生, 滝沢与司夫: 日本海水学会誌, 54, 372 (2000).
[18] 例えば,辻川茂男, 張 恒, 久松敬弘: 防食技術, 32, 97 (1983).
[19] 野口昌利, 辻川茂男: 第 37 回腐食防食討論会予稿集, p. 347 (1990)
[20] 深谷祐一, 明石正恒, 佐々木英次, 辻川茂男: 第50回材料と環境討論会講演集, 腐食防食
協会, p. 185-188 (2003).
[21] T. Fukuda, M. Akashi: Proc. Nuclear Waste Packaging –FOCUS’91, ANS, p. 201 (1991).
[22] D.C. Agarwal, R.A. Corbett: “Ni-Cr-Mo Alloys as Corrosion Barrier for the Rad-Waste
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Systems –Water Reactors, NACE International, Paper No. (2002).
[23] B. J. Berkowiz, R. D. Kane: Corrosion, 36, 24 (1980).