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17 Bloom! 医科歯科大 No.24 16 Bloom! 医科歯科大 No.24 宿宿宿宿- - 宿HIV感 染に不 可 欠な宿 主 要 因を発 見 宿主感染制御因子が標的の新規治療へ たけうち・ひろあき 2003年東北大学大学院医学系研究科感染防御 学講座微生物学分野博士課程修了。アメリカ国 立アレルギー・感染症研究所(NIH/ NIAID)、 東京大学医科学研究所・感染症国際研究センター を経て、2011年より東京医科歯科大学に勤務。 2017年より現職。研究分野はウイルス学。 70 宿使大学院医歯学総合研究科 ウイルス制御学分野 武内寛明講師 宿1 宿Research Worker Number 27 MELKは、HIV-1 CAコアのSer-149残基を段階的にリン酸化することでCA コア構造体の崩壊を適切に引き起こす宿主因子である。 (図1) HIV-1感染標的細胞に MELKが存在する (+) HIV-1感染標的細胞に MELKが存在しない ( - ) ウイルス侵入 ウイルスDNA合成効率 の安定化(促進) HIV-1コアの 適切な崩壊 脱殻 脱殻 細胞質 細胞質 HIV-1コアの 崩壊遅延 ウイルスDNA合成効率 の不安定化(抑制) ウイルス侵入 (図2) 脱殻 MELK CAコア構造体内のCA Ser-149のリン酸化 HIV-1 CAコア構造体の適切な崩壊 ウイルスDNA合成効率の安定化(促進) HIV-1 CAコア 細胞質 細胞質 ウイルス侵入 MELKはHIV-1コア崩壊プロセスを制御することでウイルスDNA合成効率の維持に関 わるHIV-1感染制御因子である。

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17 Bloom! 医科歯科大 No.24 16Bloom! 医科歯科大 No.24

 

2016年現在、世界では

3670万人のHIV(ヒト免疫

不全ウイルス、エイズウイルス)

感染者が存在し、1950万人が

抗HIV治療を受けている。

 

HIVは、免疫の司令塔といわ

れるTリンパ球や、侵入した異物

などを貪食するマクロファージに

感染する。ウイルスが増殖してエ

イズ(後天性免疫不全症候群)を発

症すると免疫不全に陥る。そうし

てエイズに関連した原因により亡

くなる人は1年間で100万人に

ものぼる。

 

エイズは“死の病”というイメー

ジが強いが、近年ではウイルスの

増殖を抑制して、発症を防ぐ抗ウ

イルス薬が多数開発され、HIV

患者でも健康な人と同じような生

活が送れる。その結果、現時点で

エイズは「治療可能な慢性疾患」と

て、宿主側のHIV感染制御因子

に着目した研究が進んでいる。大

学院医歯学総合研究科ウイルス制

御学分野の武内寛明講師らのグ

ループは、免疫細胞に入り込んだ

HIVのウイルスDNA合成プロ

セスを制御する宿主側要因を明ら

かにし、その要因を新たな創薬

ターゲットにすることを目指し

た。

 

HIVの中にはコアと呼ばれる

円錐型の構造体があり、このコア

の中にはウイルスRNAやHIV

生活環に必要な酵素などが内包さ

れている。そして、HIVが宿主

細胞に入り込む際、コア構造体が

宿主細胞内に放出され、コア構造

体崩壊に伴いウイルスDNAが合

成される。ところが、コアが崩壊

するタイミングがずれてしまうと

素が細胞の中に存在しない場合に

はコア構造体崩壊タイミングがず

れてしまい感染が成立しなかっ

た。逆にMELKがある細胞では

適切にコア構造体崩壊が起こり、

感染が成立した。

 

以前より、HIVコア崩壊プロ

セスにおいてコアを形成するキャ

プシドタンパク質(HIV-

CA)

の149番目のセリン残基(CA

Ser-

149)のリン酸化が重要

であるということも分かってい

た。今回発見したMELKは、ま

さに149番目のセリン残基だけ

をリン酸化することが判明。長ら

く謎とされてきたきっかけとなる

酵素を同定することができた。

 「MELKは細胞周期を制御す

るリン酸化酵素ですが、Tリンパ

球内のMELKが欠損しても細胞

増殖・生存にとってそれほど問題

がないことが分かりました。その

理由として、MELKはAMP活

性化プロテインキナーゼファミ

リーに属しており、MELKに近

い機能を持ったファミリーキナー

ゼタンパク質がMELK本来の機

能を補填している可能性が高い。

MELKタンパク質発現を阻害し

ても細胞増殖・生存への影響が少

ないと考えられることから、ME

LKタンパクの機能制御を目指し

た新しい抗ウイルス薬として応用

できる可能性が高いのです」

先端の治療戦略に役立つ

新しい抗HIV薬として期待

 

今回発見したMELKの機能抑

制によって引き起こされるコア崩

壊遅延の仕組みは、HIVの感染

が成立することそのものを防ぐの

で、感染初期段階の治療薬として

の応用が期待できる。現在、製薬

企業との共同研究を進めている。

 「現段階では、抗HIV薬に対

する薬剤耐性ウイルスの出現が問

題となっています。この要因とし

ては、HIVが免疫系によるウイ

ルス排除システムから逃れて持続

感染を成立するウイルスであるこ

とに加え、抗HIV薬がウイルス

増殖システムを標的としており、

ウイルス生活環そのものに強く働

きかけていることなどが考えられ

ます。そこでMELKのようなH

IV生活環に必要不可欠な宿主側

因子の機能を制御することは、現

存する薬剤耐性ウイルスにも効果

を示す新たな抗HIV治療法開発

に繋がると考えています」

HIV感染に不可欠な宿主要因を発見宿主感染制御因子が標的の新規治療へ

たけうち・ひろあき2003年東北大学大学院医学系研究科感染防御学講座微生物学分野博士課程修了。アメリカ国立アレルギー・感染症研究所(NIH/ NIAID)、東京大学医科学研究所・感染症国際研究センターを経て、2011年より東京医科歯科大学に勤務。2017年より現職。研究分野はウイルス学。

捉えられるようになってきた。と

はいえ、完全な意味での寛解は難

しい。HIVは変異して薬剤耐性

を獲得しやすい。増殖を抑制する

ことができたとしてもウイルスを

体内から完全に排除するには約

70年間も薬を飲み続けなければ

ならない。

HIVのコア崩壊を促す

宿主タンパク質を同定

 

治療にあたって重要なのは、エ

イズウイルスを増やさないこと。

その方法としてウイルス固有の酵

素を標的として増殖を抑える薬剤

が使用されているが、ウイルス変

異や薬剤耐性により、長期的な薬

効が望みにくいのが現状だ。

 

そこで、より普遍的なHIV増

殖抑制効果を示すターゲットとし

大学院医歯学総合研究科 ウイルス制御学分野 武内寛明講師

ウイルスDNA合成プロセスが進

まず感染が成立しない。

 

武内講師はそのプロセスにおい

て重要な宿主側のタンパク質を同

定することに成功した。

 「コアの崩壊の引き金の1つに

なっているのは、コア構造体を形

成するウイルスタンパク質がリン

酸化されることだろうと考えられ

てきました。リン酸化を引き起こ

すには宿主由来のリン酸化酵素が

必要となるはずなのですが、それ

がどんな酵素なのかが現在まで分

かっていなかったのです。そんな

中、私たちはゲノムワイドRNA

干渉スクリーニングという手法を

用いて、コア構造体をリン酸化す

る酵素“MELK”を見つけ出しま

した」

特定のアミノ残基のみ

リン酸化する酵素MELK

 

研究では、HIVの標的細胞の

1つであるCD4陽性Tリンパ球

を用いて、機能遺伝子の発現を抑

制したTリンパ球細胞ライブラ

リーを作製。特異的な細胞間/分

子間相互作用を網羅的に解析する

ゲノムワイドスクリーニングを

行ったところ、MELKという酵

R e s e a r c h W o r k e r Number 27

医療研究★最前線

未来医療を拓く

MELKは、HIV-1 CAコアのSer-149残基を段階的にリン酸化することでCAコア構造体の崩壊を適切に引き起こす宿主因子である。

(図1)HIV-1感染標的細胞にMELKが存在する (+)

HIV-1感染標的細胞にMELKが存在しない (-)

ウイルス侵入

ウイルスDNA合成効率の安定化(促進)

HIV-1コアの適切な崩壊

脱殻 脱殻細胞質 細胞質

HIV-1コアの崩壊遅延

ウイルスDNA合成効率の不安定化(抑制)

ウイルス侵入

(図2)

脱殻

MELK

CAコア構造体内のCA Ser-149のリン酸化

HIV-1 CAコア構造体の適切な崩壊

ウイルスDNA合成効率の安定化(促進)

HIV-1 CAコア

細胞質細胞質

ウイルス侵入

MELKはHIV-1コア崩壊プロセスを制御することでウイルスDNA合成効率の維持に関わるHIV-1感染制御因子である。