GARAGE vol.13

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特集1 再生医療実現に向けた新しい培養技術 特集2 リバネス型オープン・イノベーション、始動! リバネス研究費12 回募集要項発表/8 10 回採択者発表 研究活性化計画網羅的解析で解き明かす生命の神秘 Researchin’on the Edge機械的な力で物性を制御する/超分子的相互作用力で自己修復するゴム素材/自己修復性を持つ導電性インク 産官学諤命をつなぐための技術を生み出す臨床現場の挑戦 [アウトリーチ活動サポート]東京大学三坂巧氏サイエンスカフェ実施レポート 産学連携推進マガジン ガレージ image by サイエンス・グラフィックス

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産学連携推進マガジン「GARAGE」は、科学研究を取り巻く環境の更なる発展を目指し2008年11月に創刊しました。 テクノロジー開発・ビジネス開発を行なう研究者や博士号を持つライターが、最先端の産学連携の取り組みを伝えます。GARAGEは、学術界・産業界の垣根を越えて先端テクノロジーと産業の発展に貢献します。

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特集1 再生医療実現に向けた新しい培養技術特集2 リバネス型オープン・イノベーション、始動!

[リバネス研究費]第12回募集要項発表/第8回・第10回採択者発表

[研究活性化計画]網羅的解析で解き明かす生命の神秘[Researchin’on the Edge]機械的な力で物性を制御する/超分子的相互作用力で自己修復するゴム素材/自己修復性を持つ導電性インク

[産官学諤]命をつなぐための技術を生み出す臨床現場の挑戦[アウトリーチ活動サポート]東京大学三坂巧氏サイエンスカフェ実施レポート

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今号のカバーピクチャーの解説

単一ニューロンから全脳まで:形態学と電気生理学の融合的アプローチ

 神経変性疾患の患者さんの症状は「運動もしくは学習の遂行が難しい」ことに因

ると思われますが、運動や学習を実現する神経回路(ニューロサーキット)がどの

ようなものなのかはまだわかっていません。この研究室では主に学習と運動の連携、

つまり「文脈に沿った行動選択」を実現する神経システムを、新しい神経形態学と

電気生理学の手法を組み合わせ、単一ニューロンから全脳レベルまでの自在なス

ケールで解明することを目指しています。

[ご協力]同志社大学大学院 脳科学研究科 神経回路形態部門教授 藤山文乃氏(写真左から3人目)

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バイオ三昧。

リバネスが設立されてから10年が経ちました。「バイオ教育のリバネス」と銘打って子ども向けの出前実験教室をメイン事業としていた当初から、今では比較にならないほど多くの方々と共に、様々な事業を展開するようになりました。2005年、まだ大学院生だった頃から関わり始めた私が行った中でも刺激的だったのは、高校生の研究支援。最初は何から手を付け、どう発表にまとめればいいのかわからない子どもたちが、1年もすれば立派に後輩を指導し、数百名の聴衆の前で堂 と々オーラルプレゼンをできるようになるのです。研究の枠組みと裾野を広げ、科学技術の発展に貢献したい。そのように考え、リバネスでは今年から新しい取り組みを始めます。その一端をp15から始まる特集で紹介します。また、これまでバイオ系の受託サービスを広く展開してきましたが、新たに化学系のスタッフが加わり、化学系受託サービス「Chemistry GARAGE」を開始しました。p25で少しだけ紹介をしていますので、ぜひご覧ください。

■産官学諤04 命をつなぐための技術を生み出す臨床現場の挑戦

■特集 1 06 再生医療実現に向けた新しい培養技術

■ Researchin’ on the Edge 10 機械的な力で物性を制御する

11 超分子的相互作用力で自己修復するゴム素材/

自己修復性を持つ導電性インク

■研究活性化計画12 網羅的解析で解き明かす生命の神秘

■特集 215 リバネス型オープン・イノベーション、始動!

16 第1回 超異分野学会 開催!

18 若手研究者応援企業の想い

20 研究と教育が融合した新たな研究ユニットを創出する

Education Based Research

■アウトリーチ活動サポート22 サイエンスカフェ実施レポート第 3回

■若手研究者応援プロジェクト リバネス研究費27 若手研究者応援プロジェクト

28 第12 回リバネス研究費 募集要項発表

29 第8 回・第10回リバネス研究費 採択者発表

30 授与式報告 レボックス株式会社/テラベース株式会社

■本誌の配布・設置全国の大学・大学院のバイオ系研究者、各大学産学連携本部、バイオ系企業へ配布しています。

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<STAFF>

リバネス出版編集部 編

編集長 西山哲史

編集 石澤敏洋 島田宝宜 高橋宏之 高橋良子 

発行人 丸幸弘

発行元 リバネス出版(株式会社リバネス)

東京都新宿区四谷2-11-6 VARCA四谷10F

TEL 03-6277-8041

FAX 03-6277-8042

DTP CRAYONS(クレヨンズ)

印刷 昭栄印刷株式会社

©2012 Leave a Nest Co. , Ltd. 無断転載を禁ず。ISBN 978-4-903168-81-4 C3045

カバーピクチャーは同志社大学大学院 脳科学研究科 神経回路形態部門の藤山文乃氏に素材イメージをご協力頂き、サイエンス・グラフィックス株式会社が作製いたしました。カバーピクチャーのご要望は、弊社またはサイエンス・グラフィックス株式会社まで。

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『incu-be』は、自らの未来に向かって主体的に考え、行動する理工系の大学生・大学院生のための雑誌です。

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研究キャリア応援マガジン

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産官学諤諤

4 *

臨床の課題を解決するために

「自分に甘い性格だったので」と笑いながら自らを分析

する澤氏は、医学部卒業後に最も厳しいとされていた大

阪大学医学部第一外科を選択する。中でも心臓外科を専

門とし、最初に関わることになったのが小児心臓外科だっ

た。そこで、当時2~3人にひとりが技術的な問題から亡

くなっていたという新生児開心術における「心筋保護の手

法」の改善に取り組んだ。まだ臨床分野にまで分子生物

学的手法の波が押し寄せる前だったこともあり、電子顕微

鏡を使ってミトコンドリアの状態を調べることから研究をス

タートさせた。時を同じくして、ちょうどアメリカ国立衛生

研究所(NIH)でも新生児の心筋保護に対するグラントが

出始めた、まさに世界的にこの方法に注目が集まり始めた

時期だった。予期せず、世界的な研究の流れに乗った澤

氏は、マックスプランク研究所などへの留学などを経なが

ら、新生児のみならず大人も含めた、虚血再灌流障害を

テーマとした研究を進めていくことになる。そして、接着

因子により微小血管内に白血球が詰まることが、心筋が

ダメージを受ける主原因であることを明らかにし、白血球

除去フィルターを介する方法を確立した。その結果、現在

では手術時に大きな課題として取り上げられない程に心筋

保護の効率は大改善された。まさに、臨床の課題を研究

で解決する、「Bedside-to-bench」の取り組みであり、トラ

ンスレーショナルリサーチのさきがけといえるだろう。

他分野とのコラボレーションから解決の糸口を見出す

「臨床の課題を解決するそのもっとも大きな成果は、製

品開発が実現したり、もしくは保険が適応されたり、一般

医療に普及したりと普遍的なものになることでしょう。途

中で止まってしまったら、定義としてはトランスレーショナ

ルリサーチかもしれませんが、意味がないんです」。実際

に、これまで多くの事例に携わってきた澤氏でも、きちん

命をつなぐための技術を生み出す臨床現場の挑戦「トランスレーショナルリサーチ」という言葉は、1990年前半のアメリカで、がんの予防や新薬開発の分野において使われはじめたとされる。「橋渡し研究」とも訳されるこの言葉が目指すのは、基礎研究で得られた成果をスムーズに臨床へ移行させることだ。しかし、言葉の普及よりも先に、現場の必要性に答えるかたちで、基礎研究の臨床への応用を進めてきた澤芳樹氏の言葉には、それ以上の重みが感じられる。

澤 芳樹 氏(さわ よしき)

1980年大阪大学医学部卒業、同大第一外科入局。フンボルト財団奨学生としてドイツMax- Planck研究所心臓生理学部門への留学を経て、1992年大阪大学第1外科助手。講師、助教授を経て、2006年より現職。同大附属病院未来医療センター、大阪大学臨床医工学融合研究教育センターなどのセンター長を兼務。

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諤諤

5*

と治験まで進んだ成果に立ち会えた事例は少ない。2000

年から東京女子医科大学の岡野氏と共同研究をスタートさ

せた細胞シートを用いた治療もそのひとつだった。

肝臓の強力な再生因子として同定されたHGF(hepatocyte

growth factor)が、心筋細胞でも有効であることが示されて

以降、HGFを用いた心筋細胞の再生に注目が集まり、様々

な方法が模索される。自身も、遺伝子組換えによる心筋

でのHGF発現誘導に関する研究も行っていたが、短期間

に高濃度のHGFが発現することによる、線維化や過剰な

血管新生など多くの課題を抱えていた。また、HGFを発

現する筋芽細胞を注入する方法も試されているが、成果が

上がっていなかった。しかし、細胞シートとの出会いが、

それらの課題解決につながり、研究を大きく進展させた

のだ。筋芽細胞をシート状に培養し、ラットの心筋細胞

の再生から始めた研究は、大型動物での試験や前臨床

試験を経て、2007年からは臨床試験に移っている。すで

に18例の患者に導入されており、5年経った現在でも元気

に生活されている方が多く、中には会社勤めを再開し、8

時間勤務をこなすなど健常者と変わらない生活を送ってい

る方もいるという。「最近の我々の動きを見ている人は“再

生医療に力をいれている”と、漠然とそう思われるかもし

れない。しかし、再生医療って言葉もあとから出てきたも

ので、我々はずっと同じことをやってきたんです。患者さ

んを助けるためにね」。

人を救うことだけを考える。

自らの研究を、トンネルを出口から掘っていくようなも

のと例える澤氏。遺伝子治療や新たな機器の開発、細胞

シートの研究など、まだ出会ったことのない入り口側にい

る研究者とつながるために必要なのは、どのような視点だ

ろうか。2002年には、有望な基礎研究の成果をいち早く

臨床現場へ移行させるため、トランスレーショナルリサー

チの拠点となる、未来医療センターが大阪大学病院内に

設立された。現在は副所長を務め、先進医療として注目

される技術より、さらに早い段階での臨床研究を行う医

療に力を入れている。「大事なのは研究成果に基づくトップ

ダウンではなく、患者さんに使うためにどうしたらいいか、

ということを積み上げていくボトムアップなんです」と力強

く語る。その視点から、細胞を培養する基準などひとつ

ひとつが決められていく。そういった臨床に向けた問題を

ひとつひとつ解決して行くために必要なのは、まさに執念

といえるだろう。患者を助けたいという意に反して多くの方

が亡くなるのを見てきているだけに、治療法を確立するこ

とに対する意識が違うという澤氏の言葉は、自分が手術

した患者が亡くなることのつらさ、家族に対する言いよう

のない気持ち、自分自身の力不足や情けない気持ち、そ

ういった様 な々臨床現場での積み重ねからきている。こう

したスタンスに立って考えると、例えば、心不全を現象と

してではなく、命にかかわる疾患という意味で理解して再

生医療に携わっている研究者は多くはないだろう。だから

こそ、実際の臨床現場を知る医師との連携は、医療への

応用を実現するという点で大きな意味を持つ。

「いろんな問題点や課題をはらんでいるとしても、患者

を助けるという視点で見たとき人工心臓は頼りになる。心

臓移植も頼りになる。これから先、iPS細胞や再生医療も

頼れるツールになってもらわないとね」。澤氏を中心に進め

る、患者を中心に据えたトランスレーショナルリサーチが、

研究現場から生まれる最新の知見を、より早く、より確実

に臨床現場へ届ける近道となるだろう。それが未来の医

療を作っていくのだ。

臨床応用のため、医師として執刀現場に立つ澤氏

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6 *

「10年後には、二次元の細胞培養を用いた研究は予算を

獲得するのが難しくなるだろう」。2003年にそのような予言

がVanda PharmaceuticalsのMihael Polymeropoulos

によってなされた1)。それから9年、まだ予言のような状況に

は至っていないが、それでも三次元細胞培養に関連する論

文数は増加の一途をたどり、各社から様 な々三次元培養

試薬・装置が発売されてきている。このトレンドを後押しす

るのは、単純な動機だ。細胞を平面でなく、立体的に配置

した方が、より自然な状態を再現できるのだ。

生体内の組織中では、細胞はお互いに結合するだけで

なく、細胞外マトリクスが作る構造により支持されている。

そこにはコラーゲンやエラスチン、ラミニンなどのタンパク質

が存在し、細胞間のコミュニケーションを手助けしている。

細胞表面にある受容体、特にインテグリンファミリーが細胞

外マトリクスに結合し、周辺環境に対してどのように応答す

るかを決定する。この複雑な環境を考えると、平面上に単

層として広がる培養形態では、細胞本来の性質が再現でき

なかったとしても不思議ではないだろう。

事実、立体的な培養環境にある細胞が、平面の時とは

全く異なる振る舞いを示したという報告は数多くある。例え

ばGrace N. Liらの研究によると、神経芽腫の培養系にお

いて、三次元培養ではより神経突起を多く伸ばし、マイクロ

アレイの結果1766個の遺伝子の発現が異なっていた2)。ま

たYan Liらによれば、親水化加工したポリエチレンテレフ

タレート(PET)の不織布を用いた立体培養系で臍帯血

細胞からの造血能を測定したところ、サイトカインの添加無

しに、2次元培養と比較して30~100%も多くの細胞を産生

した3)。その他、ヒストンH3の脱アセチル化によるヘテロク

ロマチン構造の増加により、放射線抵抗性が増すという報

告4)やES細胞の分化能への影響など、様 な々側面での違

いが見出されている。

再生医療実現に向けた新しい培養技術ヒトES細胞の樹立、そしてiPS細胞の開発以降、再生医療はそれまでと比較にならないほどの現実味を持ちはじめた。新たな研究成果が一般の新聞やニュースで紹介され、それらの話題はアカデミアの外へと拡散し続けている。一方で、基礎的・学術的研究成果が臨床医療へと辿り着くまでには、細胞生物学的な研究のみでなく、組織工学技術の発展が欠かせないだろう。今回はそのような再生医療の実現化を支える技術の中で、特に三次元細胞培養技術にフォーカスを当てる。

より自然な形状で、より自然な状態を再現する

特集 1

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7*

以上のように新たな知見を生み出している三次元培養を

実現するには、現在大きく分けて以下のような方法がある。

(1)多孔性担体内での培養

細胞外マトリクス分子を含むゲルなど、内部に細胞が入

り込める孔を持つ担体内を用いることで、生体内組織を人

工的に模倣した環境で細胞培養を行うことができる(図1)。

様 な々会社から担体が市販されており、素材にはコラーゲ

ンやハイドロゲル、あるいは表面処理を行ったPETの不織

布などが用いられている。温度応答性ハイドロゲルを用い

ることで、37℃下においてゲル内で細胞が増殖した後に冷

却し、ゾル状にして細胞塊を単離するといったことも可能だ。

広島大学の越智光夫教授が主導する臨床研究により、アテ

ロコラーゲンゲルを基材として培養された軟骨組織が、患

者の欠損した軟骨に定着することも確認されている。

(2)プレート上でのスフェロイド形成スフェロイドとは多数の細胞の凝集体で、その直径は

数百μmにもなる。培養ディッシュ底面を細胞非接着表面

とし、その中に直径100μm程度の細胞接着表面を作る

ことで、狭い領域内に細胞を凝集させ、スフェロイド形成

を促すことができる5)(株式会社トランスパレント)(図2a)。

ディッシュ底面にナノファイバーを敷き詰めたり(Nanofiber

Solutions)ナノサイズの格子を作ったり(Scivax株式会

社)することで、細胞の接着を抑える方法もある(図2b, c)。

株式会社セルシードのHydroCellは、ディッシュ底面を超

親水性ポリマーでコートすることにより、細胞接着を阻害し

てスフェロイド形成を促進している。他に、フルクトース・ガ

ラクトースで修飾したデンドリマーを基板上に固定すると、

その周辺に細胞が結合してスフェロイドを形成するといった

報告もされている6)。

三次元培養を実現する技術

(a) (b) (c)

ゲルや不織布内部に張り巡らされた足場を利用し、細胞が立体的に増殖していく。

(a)細胞がディッシュ底面の非接着性表面(緑色)を避け、直径100μmの接着性表面(水色)のみに集積する。(b)(c)ナノファイバーあるいはナノサイズの格子を敷き詰めることで、細胞の接着を抑制して広がりを抑え、スフェロイドを形成させる。

図1 多孔性担体での培養

図2 プレート上でのスフェロイド形成

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8 *

特 集1・再生医療実現に向けた新しい培養技術

(a) (b)

の応用として開発が進められている。細胞シート工学技術

では、ゲル状態の温度応答性ハイドロゲル上に細胞を播

種し、単層の細胞シートを作る。その後、温度を下げてハ

イドロゲルをゾル化し、シートを単離する。これを積層して

いくことで、立体的な組織を構成する方法である8)(図4a)。

後者は、大阪大学の松崎典弥氏が開発した方法で、単層

培養した細胞にフィブロネクチンとゼラチンを投与すると細

胞表面を覆うように接着し、その上で次の層の細胞が定着、

増殖できるようになるというものだ9)(図4b)。

(5)磁場を用いた浮遊培養

2010年にテキサス大学のSouzaらによって発表された新

しい方法で、ポリリジンベースの磁性ナノ粒子とともに細胞

を培養し、ディッシュ上部に磁石を置くことで、磁力によっ

て細胞が浮遊した状態でスフェロイドを形成するというもの

だ10)(n3D Biosciences)(図5)。特殊なディッシュや機器

の必要がなく、細胞を簡単に扱えることが利点だという。

(3)液滴中でのスフェロイド形成

チップ先端が通る程度の小さな穴があいたプラスチック

ディッシュを用い、穴の部分に培地の液滴をぶら下げるよう

に保持し、その内部でスフェロイドを形成させる方法(3D

Biomatrix, Insphero)(図3)。ひとつの液滴にひとつのス

フェロイドが作られ、穴を通して細胞の追加等もできる。そ

のため、複数種の細胞を混在させたり、1種類の細胞が塊

を形成した周りを別の細胞で覆ったりするなど、他の方法で

は難しい共培養系の構築ができる。また、非接着性のハイ

ドロゲルに微細なウェルを作り、そこに培地と細胞を入れる

という方法もある7)。

(4)細胞積層

平面で培養した細胞シートを積み重ねる、または細胞層

の上に新たな細胞層を培養していく方法。前者は東京女子

医科大学の岡野光夫教授が開発した細胞シート工学技術

ディッシュにあいた穴にチップを通し、チップ先端に細胞入り培地ドロップを作る。そのままチップを引き抜くとドロップがディッシュの穴に留まり、細胞は重力に従ってドロップの底で凝集する。

(a)平面培養してシートを形成した細胞を、そのまま他の細胞シートに積層することで立体化していく。(b)平面培養した細胞にフィブロネクチン、ゼラチンを投与すると、細胞上に薄いフィルムを形成する(緑および青線)。その後、細胞を追加すると、多層化していく。

図3 液滴中でのスフェロイド形成

図4 細胞積層

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9*

1) Abbott A. (2003). Cell culture: Biology’s new dimension. Nature. 424 (6951): 870-872.2) Li GN., et al. (2007). Genomic and Morphological Changes of Neuroblastoma Cells in Response to Three-Dimensional Matrices. Tissue Engineering. 13 (5): 1035-1047.

3) Li Y., et al. (2001). Human Cord Cell Hematopoiesis in Three-Dimensional Nonwoven Fibrous Matrices: In Vitro Simulation of the Marrow Microenvironment. J. Hematotherapy & Stem Cell Research. 10 (3): 355-368.

4) Storch K., et al. (2010). Three-Dimensional Cell Growth Confers Radioresistance by Chromatin Density Modifi cation. Cancer Research. 70: 3925-3934.5) Ohtsuka H., et al. (2005). Two-Dimensional Array Formation of Multi-Cellular Spheroids on Micro-Patterned Polymer Brush Surface. Key Engineering Materials. 288-289: 449-452.

6) Kawase M., et al. (2000). Immobilization of ligand-modifi ed polyamidoamine dendrimer for cultivation of hepatoma cells. Artif. Organs. 24 (1): 18-22.7) Napolitano AP., et al. (2007) Scaff old-free three-dimensional cell cultureutilizing micromolded nonadhesive hydrogels. BioTechniques. 43: 494-500.8) Haraguchi Y. (2012). Fabrication of functional three-dimensional tissues by stacking cell sheets in vitro. Nature Protocols. 7: 850-858.9) Matsusaki M. (2007). Fabrication of Cellular Multilayers with Nanometer-Sized Extracellular Matrix Films. Angew. Chem. Int. Ed. 46: 4689-4692.10) Souza GR. (2010). Three-dimensional tissue culture based on magnetic cell levitation. Nature Nanotechnology. 5: 291-296.

再生医療を見据え、産学連携の成果が広がる

し、その成果が住友ベークライトより細胞積層組織培養キッ

ト「CellFeuille(セルフィーユ)」として販売されている。

現在のところ、三次元組織・器官の構築そのものを直接の

達成目標として掲げた施策があるわけではないが、株式会

社トランスパレント、株式会社セルシード、Scivax株式会

社(日本)、Nanofi ber Solutions、3D Biomatrix、n3D

Biosciences(アメリカ)、InSphero(スイス)などそれぞ

れの技術を製品化したベンチャー企業が生まれている。ま

た、岡野氏の研究成果も、いずれ細胞シート工学技術を軸

とするセルシード社より上市することが予想される。産業界

が活気づくこの分野は、これから加速していくはずだ。

三次元細胞培養は再生医療実現のために重要な技術と

考えられる。前述した東京女子医科大学の岡野氏の研究

は、内閣府の最先端研究開発支援プログラム(FIRST)

に採択されている「再生医療産業化に向けたシステムイン

テグレーション-臓器ファクトリーの創生-」において、細

胞シートの大量培養および多層化をこれまでの手作業から

ファクトリー化することで、再生臓器創生のための基盤技

術を確立することを目的としている。また大阪大学の松崎

氏は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)

の助成事業として「テーラーメード型三次元複合組織の

生体外構築を可能とする細胞積層化技術の開発」を推進

ディッシュの蓋に磁石を起き、ポリリジンベースの磁性ナノ粒子とともに細胞を培養する。磁性ナノ粒子を取り込んだ細胞は、磁力によって培地中に浮遊した状態でスフェロイドを形成する。穴あきの磁石を使うことで、スフェロイドを浮遊させたまま顕微鏡観察することも可能。

図5 磁場を用いた浮遊培養