ゲル化に要する時間 ゲル形成の運動論 -...

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ゲルの科学 5 2016 9 8 不可転載・不可他目的使用 ゲル化に要する時間 ゲル形成の運動論 理論高分子科学研究所 (ITPS) 田中文彦 内容要約: 任意の初期状態から出発した高分子溶液がゲル化に至るまでの時間(ゲル化時間)を,化学反応 による非可逆架橋(化学ゲル)の場合 (t g ) と物理会合による可逆架橋(物理ゲル)の場合 (t (R) g ) との違いに留 意して,温度・濃度などの種々の環境パラメータの関数として求める.逆反応(解離)のためにゲル化時間が 遅延する効果 t (R) g t g > 0 について,平衡ゾル-ゲル転移線からの相図上での距離(過冷却度,加熱度)の関 数として解析し,臨界遅延(転移線近傍でゲル化が無限に遅れる現象)を含む熱力学的な因子について議論す る.また,長時間経過後の終局的な状態がどのようになるかについて,ポストゲル領域での反応進行の問題を 含めて検討する.得られた結果を,化学ゲル,水素結合架橋(ゾル-ゲル縮合反応),微結晶架橋,疎水会合な どの具体例に関する測定結果と比較し,有効性を検討する. 1 はじめに 本稿では,高分子溶液が任意の初期条件から出発 して,種々の環境パラメータの変化によりゲル状態 に至るまでの時間発展,ならびにゲル化後の状態変 化について,架橋反応の確率過程にもとづく解析を 行う.とくに溶液調製時 (t = 0) からゲル化にいた るまでの時間(ゲル化時間 t g )を様々なゲルについ て推定し,効率良くゲル化させる方法を検討するの が最終目的である. ゲル化には大別して,化学反応などによる不可逆 ゲル化(化学ゲル)と,水素結合や疎水凝集による 可逆ゲル化(物理ゲル)の 2 種がある.また,溶液 をゲル化させる環境変化としては,(1) 温度ジャンプ (加熱 (heat-setting) と冷却 (cold-setting) の双方あ り),(2) 定温下での化学反応や会合の促進,(3) 剪断 流の印加,などの方法がある.さらに,初期条件と しては,(a) 初期温度における熱平衡状態,(b) 未反 応ユニットのみを溶液状態に調製する,などが考え られる.これらの異なるタイプ,異なる初期条件に ついてのゲル化過程を,できるだけ統一的な視点か ら研究することにより,個々の系の特性を明確化し, 互いの相違点を検討する. 2 ゲル化溶液の基本モデル まず会合性の基本ユニット(コロイド粒子,多官能 性分子,会合性高分子など)が溶媒に溶解した体積 V のモデル溶液を考え,これを精密化することにより, 個々のゲル化現象に適用できるモデルに特化する. 物理ゲル(第1講)の解説と定義や記号が一致す るように,溶媒分子の体積 a 3 を基準値にして溶液の 全体積を V/a 3 ,ユニットの分子体積を na 3 する.(高分子の場合には n は重合度に対応する.) 時刻 t において m 個のユニットが架橋反応や分子会 合により結合した m 量体(以下では m-mer と略称 する)が N m (t) 個存在するとする.それらの数濃度 ν m (t)= N m (t)/,架橋体の総数は m1 N m ユニットの総数は N = m1 mN m ,体積分率は ϕ = nN/である.ゲルは無限大の架橋体であると 定義するので形式的には m = に対応し,ゲル化 後の溶液では m に関する級数和に収容できない部分 となる.以下では,しばらくゲルが出現していない 領域(プリゲル領域 t t g )に限って説明を進め,ゲ ル化後の状態発展(ポストゲル領域 t>t g )につい ては 5.2 節以下で詳述することにする. 次に,架橋体の数分布関数を f m (t) N m (t)/ m1 N m (t)= ν m (t)/ m1 ν m (t) (1) で定義する.数分布は架橋体の大きさを区別せずに 個数のみで調べた場合の分布情報である.定義によ m1 f m (t) 1 である.さらに,数濃度の k-モーメントを M k (t) m=1 m k ν m (t) (2) で定義する.プリゲル領域では当然ながら M 1 (t) 1

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ゲルの科学 5

2016年 9月 8日不可転載・不可他目的使用

ゲル化に要する時間 — ゲル形成の運動論 —

理論高分子科学研究所 (ITPS) 田中文彦

内容要約: 任意の初期状態から出発した高分子溶液がゲル化に至るまでの時間(ゲル化時間)を,化学反応による非可逆架橋(化学ゲル)の場合 (tg)と物理会合による可逆架橋(物理ゲル)の場合 (t

(R)g )との違いに留

意して,温度・濃度などの種々の環境パラメータの関数として求める.逆反応(解離)のためにゲル化時間が遅延する効果 t

(R)g − tg > 0について,平衡ゾル-ゲル転移線からの相図上での距離(過冷却度,加熱度)の関

数として解析し,臨界遅延(転移線近傍でゲル化が無限に遅れる現象)を含む熱力学的な因子について議論する.また,長時間経過後の終局的な状態がどのようになるかについて,ポストゲル領域での反応進行の問題を含めて検討する.得られた結果を,化学ゲル,水素結合架橋(ゾル-ゲル縮合反応),微結晶架橋,疎水会合などの具体例に関する測定結果と比較し,有効性を検討する.

1 はじめに本稿では,高分子溶液が任意の初期条件から出発して,種々の環境パラメータの変化によりゲル状態に至るまでの時間発展,ならびにゲル化後の状態変化について,架橋反応の確率過程にもとづく解析を行う.とくに溶液調製時 (t = 0) からゲル化にいたるまでの時間(ゲル化時間 tg)を様々なゲルについて推定し,効率良くゲル化させる方法を検討するのが最終目的である.ゲル化には大別して,化学反応などによる不可逆ゲル化(化学ゲル)と,水素結合や疎水凝集による可逆ゲル化(物理ゲル)の 2 種がある.また,溶液をゲル化させる環境変化としては,(1)温度ジャンプ(加熱 (heat-setting) と冷却 (cold-setting) の双方あり),(2)定温下での化学反応や会合の促進,(3)剪断流の印加,などの方法がある.さらに,初期条件としては,(a)初期温度における熱平衡状態,(b)未反応ユニットのみを溶液状態に調製する,などが考えられる.これらの異なるタイプ,異なる初期条件についてのゲル化過程を,できるだけ統一的な視点から研究することにより,個々の系の特性を明確化し,互いの相違点を検討する.

2 ゲル化溶液の基本モデルまず会合性の基本ユニット(コロイド粒子,多官能性分子,会合性高分子など)が溶媒に溶解した体積 V

のモデル溶液を考え,これを精密化することにより,個々のゲル化現象に適用できるモデルに特化する.

物理ゲル(第1講)の解説と定義や記号が一致するように,溶媒分子の体積 a3 を基準値にして溶液の全体積を Ω ≡ V/a3,ユニットの分子体積を na3 とする.(高分子の場合には n は重合度に対応する.)時刻 tにおいてm個のユニットが架橋反応や分子会合により結合した m 量体(以下では m-mer と略称する)が Nm(t)個存在するとする.それらの数濃度は νm(t) = Nm(t)/Ω,架橋体の総数は

∑m≥1Nm,

ユニットの総数は N =∑

m≥1mNm,体積分率はϕ = nN/Ωである.ゲルは無限大の架橋体であると定義するので形式的には m = ∞ に対応し,ゲル化後の溶液ではmに関する級数和に収容できない部分となる.以下では,しばらくゲルが出現していない領域(プリゲル領域 t ≤ tg)に限って説明を進め,ゲル化後の状態発展(ポストゲル領域 t > tg)については 5.2節以下で詳述することにする.次に,架橋体の数分布関数を

fm(t) ≡ Nm(t)/∑m≥1

Nm(t) = νm(t)/∑m≥1

νm(t)

(1)

で定義する.数分布は架橋体の大きさを区別せずに個数のみで調べた場合の分布情報である.定義により

∑m≥1 fm(t) ≡ 1である.さらに,数濃度の k-次

モーメントを

Mk(t) ≡∞∑

m=1

mkνm(t) (2)

で定義する.プリゲル領域では当然ながらM1(t) ≡

1

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gel part

unitsol part

m-mer

V=Ωa3

Fig.1 ゲル化反応に用いる溶液のモデル.ユニット粒子は,高分子,コロイド,多官能性低分子など.単量体 m = 1 はユニマーとよぶ.無限大の架橋体が存在すれば,それをゲル部分とよぶ.ゾル部分は有限サイズの架橋体と溶媒をあわせた部分のこと.

ϕ/nである.また,0-次モーメントは

M0(t) =∑m≥1

νm =ϕ

n

1

⟨m⟩n(3)

となる.ここで

⟨m⟩n ≡∑m≥1

mfm(t) =M1/M0 (4)

は数平均分子量である.次に,架橋体の重量分布関数を

wm(t) ≡ mνm(t)/∑m≥1

mνm(t) (5)

で定義する.重量分布は架橋体の大きさ(質量)に比例した重みを付けて調べた場合の分布情報である.重量平均分子量は

⟨m⟩w ≡∑m≥1

mwm(t) =M2/M1 (6)

で定義される.さらに,z-平均分子量は

⟨m⟩w ≡∑m≥1

m3νm/∑m≥1

m2νm =M3/M2 (7)

で定義される.

3 凝集方程式とゲル化条件さて,本稿で考察するゲル化過程の時間発展方程式はすべて次の形にまとめられる:

∂νm∂t

=1

2

∑i+j=m

(Ki,jνiνj − Fi,jνi+j)

−∞∑j=1

(Km,jνmνj − Fm,jνm+j)

(8)

ここで,Ki,j は単位時間に i-merと j-merが結合してm(= i+ j)-merになる確率で凝集核 (coagulation

kernel)とよばれ,ユニットの濃度や系の温度 T に依存する.また,Fi,j はその逆過程,すなわち単位時間に m-mer が解離して i-mer と j-mer に分離する確率で解離核 (dissociation kernel) とよばれる.ユニットの濃度は体積分率 ϕや,数濃度 c ≡ ϕ/na3 で表す.不可逆凝集の場合 [1, 2, 3, 4, 5]には逆過程が存在

しないので,Fi,j ≡ 0である.これに対して,可逆凝集の場合 [6]は,熱平衡状態における架橋体の数分布関数を νm(ϕ, T )として,詳細つり合いの条件

Ki,j νiνj = Fi,j νi+j (9)

が満たされているものと仮定する.解離核は

Fi,j = κi,jKi,j (10)

となり,熱平衡量 κi,j ≡ νiνj/νi+j を通じて凝集核と関係づけられている.平衡分布 νm(ϕ, T )は第1講のゲル化溶液理論で導出した平衡分布である.一般に,凝集核は架橋反応の速度定数 k(T )に架橋

体の官能数に依存する因子 K がかかった

Ki,j = k(T )Ki,j (11)

の形で表せるので,時間の基本単位を k(T )−1 にとると,凝集方程式はすべて無次元時間で記述することができる.従って,ゲル化時間 tg は

tg ≃ 1/k(T ) (12)

となり,速度定数の温度・濃度依存性から直ちに推定することが可能である.たとえば,化学反応の場合には ∆E を活性化エネルギーとする Arrhenius則

tg ≃ e∆E/RT (13)

となり,微結晶架橋の場合には結晶の核生成速度 k

の理論からtg ≃ eA/(∆T )2 (14)

となることはほとんど自明である.(∆T は過冷却度,Aは定数.)しかしながら,これらは架橋生成の速度をコントロールするものであり,たとえ架橋が生じるような条件下であっても,温度や濃度,その他の条件が不足してゲル化に至らない場合もあるはずで,ゲル化時間にはこのような原因による熱力学的因子の考察も必要である.このため,以下ではゲル化時間の推定のみならず,架橋状態(系の連結性,分子量分布)の時間変化そのものの解析を目標にする.

2

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さて,このような凝集方程式で記述される系は,凝集核の形により有限時間内に無限大の凝集体が出現するゲル化系 (gelling system) と,長時間の極限でのみ漸近的に無限大の凝集体が形成される非ゲル化系 (non-gelling system) に区別される.ゲル化系ではゲル化時間 tg は無限大の架橋体形成,すなわち重量平均分子量が

⟨m⟩w = ∞ (15)

となる時間で定義される.凝集核がどのような形であればゲル化可能であるかという基本的な問題は重要であるが,以下で具体的な系について順に調べることにより,一般的なルールを見出すことにしよう.

4 Smolchovskiの凝集理論球形コロイド粒子の凝集に関して Smolchovski[7,

8, 9]はブラウン運動の解析により 2粒子が出会う確率を計算し,理想的な条件下では凝集核が

Ki,j =

(2kBT

)(Ri +Rj)

(1

Ri+

1

Rj

)(16)

となることを示した.ここで,Riなどは粒子の半径,η は溶媒の粘度である.このような凝集方程式の解析は多くの研究者により研究されてきたが,厳密な解は見つかっていない.そこで,本稿ではまず定数の凝集核Ki,j ≡ K で,かつ解離が起こらない不可逆凝集の方程式の解析から始めよう [9, 10].計算の便宜上,結果が簡単になるようにK = 2としておく.定数凝集核の具体例としては,(1) 類似サイズの凝集体間の結合が支配的な場合には,Ri ∼ Rj なのでKi,j ∼ 4となる.(2) 鎖状分子(ポリマー)の末端間結合による線状凝集体の生成系(重合反応)の場合.両末端に官能基を有するポリマー(テレケリックポリマー)の末端反応 [11, 12]において,反応度が重合度に依存しない,いわゆる固有反応性の条件 [11] が満たされる場合には,凝集核が定数となる.テレケリックポリマーは 2 官能性 (f = 2) の分子とみなされる.

4.1 モーメントの計算まず,モーメント (2)の時間発展をしらべよう.凝集方程式により

dMk

dt=

∑m≥1

mk

∑i+j=m

νiνj − 2νm∑j≥1

νj

=

∑i,j

(i+ j)kνiνj − 2MkM0

(17)

となる.k = 0, 1, 2, · · · の順に調べると

M0 =∑i,j

νiνj − 2M20 = −M2

0 (18a)

M1 =∑i,j

(i+ j)νiνj − 2M1M0 ≡ 0 (18b)

M2 =∑i,j

(i+ j)2νiνj − 2M2M0 = 2M21 (18c)

· · ·

のように順次解が求まる形になっている.これを初期条件,たとえば完全分散状態 N1 = N,Nm =

0(m ≥ 2),すなわち

νm(t = 0) =ϕ

nδm,1 (19)

のもとに解けば良い.結果は

M0 =ϕ/n

1 + (ϕ/n)t(20a)

M1 =ϕ

n(20b)

M2 =ϕ

n

(1 + 2

ϕ

nt

)(20c)

· · ·

となる.0-次モーメントは数平均会合体サイズの逆数なので時間とともに減少し,1-次モーメントは定義により定数,2-次モーメントは重量平均会合体サイズなので時間とともに増加する.しかし有限時間内には発散しないので,定数凝集核は非ゲル化系の時間発展である.ところで,これまでは濃度の効果をみるために ϕ/n

の因子を書いてきたが,m-mer の数濃度を ϕ/n で割ったもの,すなわち,νm(t) ≡ (ϕ/n)νm(t)で定義しなおし,かつ,時間を (ϕ/n)tと考えると,上記の式中の ϕ/n因子は見かけ上消えるので,以下ではこのような記法で理論を展開し,必要が生じたときに元の定義にもどして考えることにする.時間が因子ϕ/n とともに出現するのは,凝集方程式が2体の衝突を仮定しているからである.

4.2 時間の変換による解法別法として

qm(t) ≡ νm(t)/ν1(t) (21)

とすると,dqmdt

= ν1∑

i+j=m

qiqj (22)

となるので,時間を

τ ≡∫ t

0

dt′ν1(t′) (23)

3

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と変換することにより

dqmdτ

=∑

i+j=m

qiqj (24)

となる.これから∑m≥1

qm =M0

ν1=

1

1− τ(25)

となるが,M0 = 1/(1 + t)であるから

τ =t

1 + t(26)

および

νm =tm−1

(1 + t)m+1(27)

など,前項と同一の結果が得られる.さて,与えられたmに対するこの解が最大になる時間 t∗m は m = 1 + 2t∗m を満たす.また,長時間後の振るまいは,m/t を一定に保ち,m, t → ∞ の極限をとることにより

νm(t) ∼ 1

t2e−m/t (28)

となることがわかる.この漸近形は一般に冪指数z, θ を用いて

νm(t) ∼ t−zθf(m

tz) (29)

のように書かれる慣例になっている [13, 14]ので,定数核の凝集方程式では

z = 1, θ = 2, f(x) = e−x (30)

であることがわかる.z-平均会合数を計算すると

⟨m⟩z = 1 + 2t ∼ tz (31)

となり,z は ⟨m⟩z の長時間変化を特徴づける指数の意味をもつ.

4.3 母関数による解法次に,確率過程の解析で頻用される確率母関数

(probability generating function, p.g.f.と略記)を用いて解を求める.この方法は一般的であり,後述するゲル化反応の場合にも適用できるので便利である.今の問題に p.g.f.

Φ(z, t) ≡∑m≥1

νm(t)zm (32)

を導入する.z はパラメータである.凝集方程式から p.g.f.は方程式

∂Φ

∂t= Φ(z, t)2 − 2M0(t)Φ(z, t) (33)

を満たすことがわかる.方程式 (18a)を差し引くと

d

dt(Φ−M0) = (Φ−M0)

2 (34)

初期条件をΦ(z, 0) = Φ0(z) (35)

とすると,M0(0) = Φ0(1)であるから,解は

Φ(z, t) =Φ0(z)

(1 + Φ0(1)t)[1 + (Φ0(1)− Φ0(z))t](36)

となる.とくに,初期状態が完全分散 νm(0) = δm,1

の場合には

Φ(z, t) =z

(1 + t)[1 + (1− z)t](37)

これを z でべき展開すれば (27)が得られる.

5 不可逆ゲル化反応の運動論次に,凝集核が

Ki,j = k(T )σiσj (38)

の形である場合を調べよう.ここで σm はm-merの官能数,すなわち,m-mer上に残留している官能基の数である.ユニマーが f -官能性の分子で,凝集体が樹木構造

をとる場合には

σm = (f − 2)m+ 2 (39)

となり,Flory-Stockmayerのゲル化反応論 [1, 11]に帰着する.k(T )は架橋反応の速度定数である.この系で一般解が求まるのは,Ki,j = A + B(i +

j) + Cij の場合で,冪指数 ω を用いた σi = iω の場合には,近似解(スケーリング解)が求まることが知られている.基本的にはゲル化系であるので,有限時間 tg において重量平均 ⟨m⟩w が発散する.従って,ゲル化点までの時間発展(プリゲル領域)とゲル化点後の時間発展(ポストゲル領域)とに分けて調べる必要がある.ポストゲル領域では,ゲルは系の巨視的部分に成長しているので,全ユニマー数はゾル部分 NS とゲル部分 NG に分かれ

N =∑m≥1

mNm +NG (40)

とする必要がある.

4

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5.1 プリゲル領域とゲル化点以下では,これまでのように k(T )(ϕ/n)をスケールした時間,νm を ϕ/n単位で測ったものにし,プリゲル領域での無次元化方程式

dνmdt

=1

2

∑i+j=m

(σiνi)(σjνj)− σmνm(∑j≥1

σjνj)

(41)

から出発し,母関数 p.g.f.を用いて解を求める.ここで用いる母関数は

g(z, t) ≡∑m≥1

zσmνm(t) (42)

で定義する.z の冪がm-merの官能数になっている点に注意.凝集方程式 (41)を用いると,g は方程式

∂g

∂t=

1

2

(∂g

∂z

)2

− z

(∂g

∂z

)ψS (43)

を満たす.ここで

ψS(t) ≡(∂g

∂z

)z=1

=∑j≥1

σjνj(t) = (f − 2)M1(t) + 2M0(t)

(44)

は未反応官能基の総数である*1.ここで,(43)を z で微分して z = 1とおくことにより,ψS は

∂ψS

∂t+ ψS

2 = 0 (45)

を満たすことがわかる.そこで,(43)を解くために

y(z, t) ≡ ∂g

∂z− zψS(t) (46)

とおくと,関係 (43)により,y は Burgers方程式

∂g

∂t= y

∂g

∂z(47)

を満たすことがわかる*2.Burgers方程式の一般解は

y(z, t) = y(ξ) (48)

ξ ≡ z + yt (49)

である.これを初期条件

g(z, 0) =∑m≥1

zσmνm(0) ≡ g0(z) (50)

*1 プリゲル領域では ψS = ψ となるので,ゾルを表す下付添字の S は省略してよい.

*2 流体力学で衝撃波の解析に用いられる Burgers方程式の原型は,流速を u(x, t) として ∂u/∂t + u∂u/∂x = 0 であり,その一般解は u(x, t) = f(x− ut)である.

のもとに解く.まず,g0′(1) = ψS(0) は初期における未反応官能基の数であるから,y の定義 (46) により

y(z, 0) = g0′(z)− zg0

′(1) (51)

従ってy(z, t) = g0

′(ξ)− ξg0′(1) (52)

とくに,初期において完全分散の場合には ψS(0) =

f, g0′(z) = fzf

′, y(z, 0) = fz(zf

′′ − 1)なので

y(ξ) = fξ(ξf′′− 1) (53)

となる.ここで,f ′ ≡ f − 1, f ′′ ≡ f − 2 などの略記法を使用した.これは y についての方程式であるが,解を z についての冪級数の形で求めると母関数gの冪展開式がもとまるので,その係数から分布関数νm(t)が求まる.この手続きをスマートに行うには,(49)に (53)を代入し

ξ = zϕ(ξ), ϕ(ξ) ≡ 1/[1 + ft(1− ξf′′)] (54)

の形にしておき,Lagrange展開の方法を用いる*3.答えは Stockmayer分布 [1]

νm(t) =f(1− α)2

αωmβ

m (56)

となる.ここで

ωm ≡ (fm−m)!/m!σm! (57)

は Stockmayerの組み合わせ数,

α ≡ ft

1 + ft(58)

は時間の関数としての反応度,

β ≡ α(1− α)f′′=

ft

(1 + ft)f ′ (59)

である.すなわち,任意の時刻においてm-merの分布関数の形自体には変化がなく,ただ反応度のみが時間的に (58)に従って増大していくという簡単な結果になる*4.この式で f = 2 とおくと定数凝集核の解 (27)に帰着することに注意しよう.

*3 変数 xが変数 θ と関係

x = θϕ(x) (55)

で結ばれているならば,任意の関数 f(x) を θ について巾展開する式は

f(x) = f(0) +∑n≥1

θn

n!

(d

dx

)n−1[f ′(x)ϕ(x)n

]x=0

となる,というものである.ただし,関数 ϕ(x), f(x)は解析関数とする.

*4 Stockmayer は初出の論文 [1] の Appendix でこの点を議論している.また,Dusek は微分方程式 (43) を直接解いて解を求めた [16].

5

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この結果から,分布関数のモーメントも平衡解における反応度 α を時間依存反応度 (58) で置換すればよいことが明らかである.たとえば M0 =

1− fα/2,M1 = 1,M2 = (1+ α)/(1− f ′α)などで,未反応官能基数は ψS(t) = f ′′M1 +2M2 = f(1−α)

となる.また,本稿のテーマであるゲル化時間はα = 1/f ′,すなわち

tg = 1/ff ′′ (60)

となる*5.さらにゲル化点 t = tg におけるモーメントはM0

∗ = f ′′/2f ′,M1∗ = 1,M2

∗ = ∞, ψ∗S =

ff ′′/f ′, ポストゲル領域の解析で初期値として必要になるゲル化点での微係数は(

dM0

dt

)t=tg

= −(ff ′′

f ′

)2

(61a)

(dM1

dt

)t=tg

= −f2f ′′

f ′(61b)(

dM2

dt

)t=tg

= +∞ (61c)

である(図 2).また,m-mer 数が最大になる時間 tm は νm(t) を最大にする条件から

tm =m− 1

f(f ′′m+ 2)(62)

となり,t→ ∞の極限で tg に近づく.

1

0tg

t

M0

M1

M2

Mk

wG

Fig.2 プリゲル,ポストゲル領域を含めたモーメントの時間発展.ポストゲル領域ではゾル部分とゲル部分の反応の考え方により異なった結果になる.t = tg における各モーメントの値と傾きがポストゲル領域の初期値となる.

*5 実時間にもどすと k(T )ϕtg/n = 1/ff ′′ である.

5.2 ポストゲル領域における反応の進行ポストゲル領域においては有限クラスター(ゾル

部分)以外に無限大の(N と同程度のオーダのユニマーを含む) ゲル部分が共存する.それぞれの中に残留している未反応基数は ψS ≡

∑m≥1 σm および

ψG(未知数)である.後者を求めるためには,ゾル部分とゲル部分の反応がどのように生じるか考察する必要がある.そこで,p.g.f. に対する方程式 (43)

wG

α*=1/(f-1) α0=2/f

ZS

A

GELGEL

A

GEL

×GEL

×

A

GELGEL

×

F

S

ZS

(a) (b)

t = ∞ t = ∞

Fig.3 (a) F: Flory の考え方.ゾル部分とゲル部分が反応し,ゲル内部でも反応する.S: Stock-

mayerの考え方.ゾル部分とゲル部分は反応せず,ゲル内部でも反応せず,ゲルは常に樹木構造をとり,有限架橋体が無限大に成長するカスケード過程によりゲル部分が増大する.ZS: Ziff-Stell の考え方.ゾル部分とゲル部分は反応するが,ゲル内部では反応しない. (b) ポストゲル領域におけるゲル分率の時間発展.F(Flory), S(Stockmayer),

ZS(Ziff-Stell).長時間経過後 (t → ∞)の反応度極限の違いに注意.

において右辺の ψS の部分を一般的に Ψ とした方程式を考察する.ゾル部分とゲル部分が反応すればΨ = ψS +ψG であり,反応しなければ Ψ = ψS である.Stockmayer[1]にならって,ポストゲル領域の解をプリゲル領域の解と同様の形

νm(t) = Af(1− µ)2

µωm

[µ(1− µ)f

′′]m

(63)

に仮定する.ただし,A = A(t), µ = µ(t) は時間の関数とする.プリゲル領域では A = 1, µ(t)は反応度 α(t) であった.ポストゲル領域では定義 (42) に代入して

g(z, t) =A

2

[zf(1− µ)ξf

′′− f ′′ξf

](64)

を得る.ここで ξ は方程式

ξf′ − ξ

ξ − z=

1− µ

µ(65)

6

Page 7: ゲル化に要する時間 ゲル形成の運動論 - BIGLOBEftanaka/member/ftanaka/phys/geltime.pdfさて,このような凝集方程式で記述される系は,凝 集核の形により有限時間内に無限大の凝集体が出現

の解である.これを修正した (43)に代入し,任意のz 値で方程式を満たす条件を書くと

f ′′µ

1− µ

A

A− µ

1− µ= −fA(1− µ) (66a)

1

f

A

A− µ

1− µ= −Ψ (66b)

となる.

Flory の考え方  ゾル中の未反応基とゲル中の未反応基との反応,及びゲル中の未反応基間の反応はいずれも可能であると仮定する(図 3(a))[2, 11].反応方程式は

dνmdt

=1

2

∑i+j=m

ψiψj − ψm(ϕS + ψG)(67a)

dψG

dt= −ψG

2 + ψG

∞∑m=1

(σm − 2)ψm (67b)

となる.振幅Aは一定値とするので,µ = f(1−µ)2,すなわち µ = α(全体の反応度 (58)に一致)となり,Ψ = f(1 − α) = ψS + ψG である.ゾル部分の反応度は Flory条件 µ(1−µ)f

′′= µ′(1−µ′)f

′′ を満たすµ′ に対応する時間 t′ を用いて

α′ =ft′

1 + ft′(68)

と表すことができる.そこでパラメータ ζ を

ζ ≡ (1 + ft′)/(1 + ft) (69)

で定義すると,Flory 条件は t′ = ζf′t となるので,

これを ζ の定義式に代入して

ft =1− ζ

ζ − ζf ′ (70)

を得る.すなわち,ζ は方程式

1− ζ = ftζ(1− ζf′′) (71)

の解である*6.全系の反応度は

α =1− ζ

1− ζf ′ (72)

ゾル部分の反応度は α′ = ζf′′αとなる.従ってゾル

分率はM ′

1 = ζf (73)

で与えられる*7.

*6 言い換えれば,ζ は z = 1における ξ の値である.*7 ゲル化反応のカスケード理論 [17] ではゾル分率は ζf ≡ S

の記号で書かれ,式 (72)は Goodの式に対応している.

Stockmayerの考え方 ゾル中の未反応基とゲル中の未反応基との反応,及びゲル中の未反応基間の反応はいずれも不可能であると仮定する(図 3(b))[1].反応方程式は

dνmdt

=1

2

∑i+j=m

ψiψj − ψmψS (74a)

dψG

dt= a(t) (74b)

となる.a(t) はゾル中の架橋体が成長し無限大となる過程(カスケード成長)によりゲル部分が増大する速度である.この取り扱いでは,ポストゲル領域でのゾルの反応度は一定に留まるので,µ = 0,従ってA(t)は方程式

A = −f(1− µg)2

f ′′µgA2 (75)

を満たす.初期条件 A(tg) = 1を用いると,解は

A(t) =f ′t

ft− tg(76)

また,(66b) から Ψ = 1/(ft − tg) = ψS であり,カスケード速度は

a(t) = ψG =f ′

(ft− tg)2(77)

となる.

Ziff-Stell の考え方 ゾル中の未反応基とゲル中の未反応基とは反応可能であるが,ゲル中の未反応基間の反応は不可能であると仮定する(図 3(c))[2, 3, 4, 5].反応方程式は

dνmdt

=1

2

∑i+j=m

ψiψj − ψm(ϕS + ψG)(78a)

dψG

dt= ψG

∞∑m=1

(σm − 2)ψm (78b)

となる.Ψ = ψS + ψG である.連立方程式(66a)(66b) を解くのは困難であるが,関係 ψG =

f′′(1−M ′

1)が成立することに注意すればゲル分率を求めることができる.

5.3 スケーリング解凝集核がスケーリング則

Kλi,λj = λωKi,j (79)

を満たす場合には,連続変数に移行することにより簡単に解が求まる [10, 13, 14, 15].凝集体のサイズ

7

Page 8: ゲル化に要する時間 ゲル形成の運動論 - BIGLOBEftanaka/member/ftanaka/phys/geltime.pdfさて,このような凝集方程式で記述される系は,凝 集核の形により有限時間内に無限大の凝集体が出現

を連続変数 x と考え,νm(t) → ν(x, t) と移行すると,凝集方程式は

∂ν

∂t=

1

2

∫ x

0

dyK(y, x− y)ν(y, t)ν(x− y, t)

−∫ ∞

0

dyK(x, y)ν(x, t)ν(y, t)

(80)

となるが,ここで解がスケーリング形

ν(x, t) = s(t)−mf(x/s(t)) (81)

に従うものと仮定する.1次モーメントM1は物質総量を意味し,時間によらない定数であるから,m = 2

である.上式に代入し,変数 u ≡ x/sを用いると

−ds/dts3

[2f(u) + uf ′(u)] = sω−3Φ(u) (82)

が得られる.ここで

Φ(u) ≡ 1

2

∫ x

0

dvK(v, u− v)f(v)f(u− v)

−∫ ∞

0

dvK(u, v)f(u)f(v)

(83)

で,変数 uだけの関数である.整理すると

ds/dt

sω= − Φ(u)

2f(u) + uf ′(u)(84)

となり,これは左右両辺に変数が分離された形であるので,定数でなければならない.この定数を Λとすると,時間スケール因子は

s(t) ∼

t1/(1−ω) ≡ tz (ω < 1)

eΛt (ω = 1)

(tg − t)−1/(ω−1) (1 < ω ≤ 2)

(85)

となる.一方,スケーリング関数は方程式

2f(u) + uf ′(u) + Φ(u)/Λ = 0 (86)

の解として求まり,

f(u) ∼

e−au (u >> 1)

u−τ (u << 1)(87)

となる.巾指数が τ = ω + 1 となることを示そう.有限の

m値に対しては

νm(t) ≃ 1

s2

(ms

)−τ

≃ m−τ t−(2−τ)z (88)

となる.とくに u→ 0では

dν1(t)

dt= −ν1(t)

∑j≥1

K1,jνj(t) (89)

であるが,K1,j ≃ jµ, νj(t) ≃ j−τ を代入すると,右辺の和が有限値に収束する条件 µ− τ +1 < 0の条件のもとに,dν1/dt ≃ −K1,1ν1,すなわち ν1(t) ≃ 1/t

となる.従って,(2− τ)z = 1,これから τ = ω + 1

を得る.

5.4 反応定数(凝集カーネル)の形によるゲル化の判定

以上の結果を踏まえて,凝集方程式の一般的な性質を調べよう.まず,凝集核Ki,j が

• LL 結合則 同程度の大きさの i, j 間の結合に対して確率が指数則Ki,i ∼ iω に従う*8

• LS 結合則 大きな i 値と小さな j = 1 値に対してKi,1 ∼ iµ に従う

と仮定して,以下では系を 3種のクラスに分類する.(1) Class I(LL 系) (LL 結合が支配的なクラ

スで  µ < ω)条件 µ < ω < 1 が満たされれば非ゲル化系となり,臨界指数は τ = 1 + ω,z = 1/(1− ω)となる.たとえば,結合確率が凝集体の表面積に比例する場合には ω = 2(d− 1)/d, µ = (d− 1)/d(dは空間次元)となるので,このクラスに該当する.一方,第 5 節に述べた多官能分子のゲル化反応の

ように,条件 µ ≤ 1 < ω ≤ 2が満たされればゲル化系となり,臨界指数は τ = (ω+3)/2,z = 1/(ω− 1)

となる.Ki,j = σiσj の場合には ω =, µ = 1である.(2) Class II(均一系)(LL結合と LS結合が同

程度に働くクラスで  µ = ω)例えば,Ki,j = K(定数),Ki,j = (ia + ja)b(a, bは定数)のような場合である.常に非ゲル化系となり,臨界指数は ω の値による.ω = 1では冪乗則ではなく指数増大則に従う.(3) Class III(LS系)(LS結合が支配的なクラ

スで  ω < µ)ブラウン粒子の凝集では式 (16)から ω = 0, µ = 1/3

であり,このクラスの例になっている.常に非ゲル化系である.過冷却気相における液滴の核生成や,界面活性剤溶液中におけるミセルの形成などのように,成長した凝集体に自由分子が一個ずつ結合・解離する重要な系はこのクラスに属し,K1,j ,Ki,1 以外のKi,j 要素は 0である.これらについては後ほど節を改めて議論しよう.

*8 指数を 2ω と定義している文献もあるので注意.

8

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6 可逆ゲル化反応の運動論

 本節では物理ゲルのゲル化現象を調べる [6].多くの物理ゲルでは水素結合や疎水会合などで高分子鎖が架橋されてゲル化に至るが,結合による凝集が一方的に生じるのではなく解離過程を伴うのが一般的であり,長時間経過後には結合と解離が均衡を保った熱平衡状態が実現される.そこで,物理ゲルの解析には解離過程をとりいれた運動論的方程式 (8) から出発するのが適切である.また,非可逆ゲル化との違いが明確になるように,凝集核として Flory-Stockmayer

のゲル化反応論と同一の (38)を用いる.詳細つり合い条件から,解離確率は

Fi,j = k(T )κi,jσiσj (90)

である.ここで,

κi,j =νiνjνi+j

(91)

は平衡分布 νm(ϕ, T )を用いて書いた濃度・温度依存因子である.

6.1 平衡状態における反応度ここで,熱平衡状態における諸量の関係を復習しておこう(詳細は第1講).架橋の結合エネルギーを−ϵとすると,結合定数は

λ(T ) = λ0eϵ/kBT (92)

である.(エントロピー部分は定数 λ0 に含ませる.)系の平衡反応度 α と結合定数,温度,濃度との関係は,ψ ≡ fϕ/nを高分子(ユニマー)の官能基数濃度を用いて

λ(T )ψ = α/(1− α)2 (93)

と表せる.また,架橋体 m-mer の数濃度 νm =

νm(ϕ, T )は

λ(T )νm = ωm[α(1− α)f′′]m (94)

である.平衡ゾル-ゲル転移線は,ゲル化点の条件

α = α∗ ≡ 1/f ′ (95)

で決まり,これを T = Tg(ϕ)としておく(図 4の実線).

6.2 急冷実験高分子濃度 ϕ で溶液を調製し,十分に高い初期温

度 Ti で長時間静置し,ゾル状態で平衡に保つ.この溶液を時刻 t = 0で終温度 T = Tf に急冷し,ゲル化させる過程の時間変化を観測する.平衡ゲル化温度Tg(ϕ)から測った温度差

∆T ≡ Tg(ϕ)− Tf (96)

は過冷却度とよばれる.溶液の反応度は初期値 αi = α(ϕ, Ti) から増大し,

ゲル化時間 tg 経過後にゲル化点の値 α∗ に達し,その後はゲル部分とゾル部分とが共存した状態でポストゲル領域の反応が進行し,やがて終状態の値αf = α(ϕ, Tf)に至る.以下では,簡単のため,プリゲル領域からゲル化点に至るまでの過程に注目し,とくにゲル化に要する時間 tg の温度,濃度依存性について考察する.この時間範囲では溶液の時間発展は (8)で記述されるので,(90)を代入して

∂νm∂t

=1

2

∑i+j=m

σiσj(νiνj − κi,jνi+j)

−∞∑j=1

σjσm(νjνm − κj,mνj+m)

(97)

を得る.この可逆ゲル化反応式を解くために,非可

Fig.4 温度ジャンプの実験.高分子濃度を一定値に保ち,時刻 t = 0 において初期平衡温度 Ti からゲル領域の温度 T = Tf に冷却する.平衡ゾルゲル転移線からの温度差∆T ≡ Tg − T の関数としてゲル化時間 tg を求める.

逆方程式の解を参考にして,解を

νm(t) = A(α)ωmxm (98)

の形に仮定し,反応度 α の時間依存性を求める.ここで,ωm は Stockmayerの組み合わせ数 (57),パラ

9

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メータ x は反応度を用いて関係 x ≡ α(1 − α)f′′ で

定義されている.代入すると

∂νm∂t

=

(1− A

A

)1

2

∑i+j=m

σiσjνiνj −∞∑j=1

σjσmνjνm

(99)

となる.時間は反応速度定数 k でスケールされているが,数濃度 νm は ϕ/nでスケールする前の,正味の量で書いてあるので,M1 = ϕ/n(プリゲル領域)である.会合数mに関する和をとると,

dM0

dt= −1

2

(1− A

A

)(100)

を得る.A ≡ A(α)は振幅 Aの平衡値である.これから αの時間発展方程式

dt= α(A− A) =

(fϕ

n

)(1− α)2 − (1− α)2

αα

= ψ

(1− α)2 − α

λψ

(101)

を得る*9.右辺は αの 2次式(2次の可逆反応)なので,その 2根(いずれも実根である)を

α1 ≡1 + 2λψ −

√1 + 4λψ

2λψ, α2 ≡

1 + 2λψ +√1 + 4λψ

2λψ(102)

とする.初期条件 t = 0で α = αi を見たす解は

α(t) =(α2 − αi)α1 − (α1 − αi)α2e

−γt

(α2 − αi)− (α1 − αi)e−γt(103)

である.ここで減衰率 γ は

γ ≡ α2 − α1 =√

1 + 4λψ/λ (104)

である.長時間の極限で反応度は α1 に至るので,α1 = α である.ゲル化点は α = α∗ = 1/f ′ で決まるので,α1 > α∗ がプリゲル領域である.初期状態が十分高温で分子分散しているならば αi = 0であるから,

α(t) =α1α2(1− e−γt)

α2 − α1e−γt(105)

となる.このように長時間的には指数則に従うが,短時間の振る舞いは

α(t) ≃ γt

α2 − α1 + α1γt=

ψt

1 + α1ψt(106)

*9 級数和を Sk(x) ≡∑

m≥1mkωmxm とすると,S0(x) =

(1 − fα/2)S1(x), S1(x) = α/f(1 − α)2, f ′′S1(x) +

2S0(x) = α/(1−α)を使用する.この微分方程式はポストゲル領域では α/α = (1− fα/2)ϕS/(fα/2)ϕS = A− A

となる.ϕS はゾル部分の体積分率.

1

0

α = α1

α∗=1/(f−1)

tg

tg

(R) t

α

α

α

α'

α'

Fig.5 反応度 α の時間変化.可逆ゲル化(太線)では不逆ゲル化(細線)に比べてゲル化時間が遅延する.長時間後の平衡値も α → 1 に漸近せず,温度,濃度に依存する平衡値 αに漸近する.ゲル化点近傍に近づく(α → α∗)につれて,ゲル化に至る熱駆動力が弱まるため t

(R)g は長くなる(臨界遅延).

となり,不可逆反応反応 (58)に類似した冪乗則に従う.ただし,逆反応の効果で,分母の時間依存性がψtから α1ψtに遅延していることがわかる(図 5).ゲル化時間は α = α∗ = 1/f ′ の条件から,速度定

数 k も含めて書くと

k(T )t(R)g =

λ(T )√1 + 4λψ

ln1− α∗/α2

1− α∗/α1(107)

となる.この式中の温度 T は冷却後の温度 Tf のことである.会合定数が大きい λ→ ∞の極限では,当然ながら不可逆ゲル化反応の結果 (60)に帰着する.

6.3 ゲル化への熱力学的駆動力ゲル化時間 (107)をもとに,水素結合架橋,微結晶

架橋,疎水凝集架橋などによる物理ゲルのゲル化時間について考察する.まず,反応速度定数 k と平衡結合定数 λ との関係を調べておこう.架橋結合の活性化エネルギーを∆E とすると k(T ) = e∆E/kBT であり,反応平衡条件は

k(T )/k′(T ) = λ(T ) (108)

となる.ここで

k′(T ) = e(∆E+ϵ)/kBT (109)

は解離過程(逆反応)の速度定数である.過冷却度 ∆T が微小な場合,すなわち,ゾル-ゲル

転移線直下に冷却した場合には,ゲル化に至るまで

10

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に長時間要するが,会合定数を ∆T で冪展開して

λ(T ) ≃ λ(Tg)

1 +

kBTg

)(∆T

Tg

)+ · · ·

(110)

となることを使うと,

λψ = λ(Tg)ψ

1 +

kBTg

)(∆T

Tg

)+ · · ·

(111)

となり,t(R)g の右辺の対数因子からあらたな対数発

散が現れ

k(T )t(R)g ≃ − ln(∆T/Tg) (112)

となる.左辺の速度定数による部分は,架橋のメカニズムにより Arrhenius 則 (13) や,核生成則 (14)

により温度依存性が決まるが,これらに加えて,右辺に過冷却度による駆動力に依存した熱力学的因子が加わる.架橋が生じる条件が満たされても,温度,濃度に関する熱力学的なゲル化条件が満たされなければゲル化に至らないのは当然であるからである.以上の考察により,ゲル化線に近づくにつれて,熱力学的因子は弱い対数異常性をしめすことが分かった.Mal等 [18]はポリフッ化ビニリデン (PFDV)の

Fig.6 (a)PFDV/TG 系の相図とゾルーゲル転移線.(b)t−1

g を 1/(∆T )2 に対して対数プロットすると直線となる.

熱可逆ゲルに関して,アセトフェノン (AP) を溶媒として用い,種々の温度・濃度でゲル化時間を測定した.その結果 tg

−1 ≃ f(T )ϕn の形に整理出来ることを示した.指数は 0.45 < n < 0.6であり,パーコレーション理論におけるゲル分率指数 β = 0.45に近いという指摘をした.Hong 等 [19] は同高分子に対して異なる溶媒テトラエチレングリコールジメチルエーテル (TG)を用いて相分離(スピノダル線)とゲ

ル化線の関係を調べた.透明ゲルが生じる相分離線近傍の均一溶液相において tg を測定し,微結晶の核生成時間と一致することを確認している(図 6).ゲル化過程の時間変化を追跡した実験では,シリ

カのゾル-ゲル反応(可逆縮合反応)の解析がある.Ponton等 [20]はテトラメトキシシラン (TMOS),テトラエトキシシラン (TEOS)について加水分解パラメータ h を変化させ,水/アルコール/シリカの三角相図上のゲル化に至る領域において,粘弾性測定法により系の時間変化を測定した.その結果,ゲル化時間は縮合反応の活性化エネルギー ∆E に一致する Arrhenius 型 tg ≃ τ0(h)e

∆E/RT になり, 前因子は加水分解パラメータ hの巾乗則 τ0(h) ≃ h−b (b =

0.87 ∼ 0.98)となる結果を得た(図 7右図).図 7左図には複素弾性率の実部と虚部の時間発展プロフィルをプロットしてある.

Fig.7 (左図)TMOS のゾル-ゲル反応における貯蔵弾性率(印)と損失弾性率(印)の時間変化.(右図)ゲル化時間 t−1

g を過冷却度 ∆T の逆 2

乗に対してプロットしたもの.

また,これらと関連する実験には加熱によるタンパク質のゲル化現象がある.架橋が生じるためには熱変性による官能基の活性化が必要なため,高温へ温度ジャンプを行い,粘度の時間変化を追跡してゲル化時間を測定するものである.Tobitani 等 [21, 22]

はベータ-ラクトグロブリン (β-Lg) 水溶液を種々の濃度に調製し,室温から種々の終温度に昇温してゲル化までの時間を測定し,温度-濃度平面に等時間線を描くことにより相図を構成した(図 8).これらを外挿し,ゲル化時間が実質的に長時間の極限になるような線を求めることで平衡ゾル-ゲル線を構築することができる.この平衡線から測った「過熱度」∆T の関数として tg が求まったことになる.結果はtg(c,∆T ) ≃ t0(c)e

A/∆T の形で整理でき,濃度依存

11

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Fig.8 タンパク質 β-Lg の加熱ゲル化におけるゲル化時間の等高線.tg → ∞ となる外挿線が平衡ゾル-ゲル転移線(印).この線から測った温度差∆T が加熱度.参考のためタンパク質 BSAの平衡転移線も示してある(点線).

性については巾乗則 tg ∼ c−n に従うことが議論されている.

7 核生成の運動論

 本論から少し離れるが,可逆ゲル化の運動論に関連して凝集方程式が単一分子の結合・解離で支配される Class IIIの場合について調べておく.過冷却気相から液滴が生成される核生成や,界面活性剤水溶液におけるミセル形成などがこのクラスの代表的な例である.時刻 t において,m 個の分子からなる液滴(m-

mer)が,系の単位体積当たりに νm(t)個存在するものとする.液滴は気相の分子の表面への付着により成長し,表面から分子が蒸発することにより縮小する.いずれの過程も分子 1 個の出入りによるものと仮定すると,凝集核はKi,1 = K1,i ≡ f(i),解離核はFi,1 = F1,i ≡ b(i) となるので,単位時間に m-mer

が (m+ 1)-merに成長する確率流束は

Jm = f(m)νm − b(m+ 1)νm+1 (113)

成長方程式は

∂νm∂t

= −Jm + Jm−1 (114)

となるはずである.母相(気相)の中でサイズが m

の液滴をつくるのに必要な可逆仕事量をW (m)とすると,平衡分布は

νm = νe−W (m)/kBT (115)

となる.詳細つりあい条件は

f(m)νm = b(m+ 1)νm+1 (116)

であるので逆反応(蒸発)確率を消去して

Jm = f(m)

(νm − νm

νm+1νm+1

)(117)

を得る.さらに,連続変数に移行すると

∂ν(m)

∂t≃ f(m)ν(m)

∂m

(ν(m)

ν(m)

)(118)

となるので,拡散型の方程式を得る.この先,具体的な系について結果を得るためには,

付着確率 f(m) と平衡分布が必要である.付着確率については液滴の表面に付着するのであるから,表面積に比例し,

f(m) = βA(m) (119)

のような形が仮定される.ここで

β ≡ β0p/√2πmkBT (120)

は衝突確率(pは気相の圧力,mは分子質量,β0 は定数),

A(m) ≡ 4πr2 = 4π

(3vl4π

)2/3

m2/3 (121)

は,半径 rの球状液滴の表面積である.(vl は分子体積.)核生成に関するさらなる解析はゲル化運動論のテーマから離れるので別稿に譲ることにする.

8 まとめ

ゲル化時間に関する研究発展を振り返り,架橋反応の速度とともに熱力学的な因子が重要であることを指摘した.また,ゲル化時間は系の始状態にも終状態にも依存すること,逆反応(解離反応)の存在によりゲル化が遅延すること,平衡転移線近傍では遅延が著しく臨界遅延現象が観測されること,などを指摘した.しかしながら,これらの研究の出発点となる運動論的方程式がゲル化後の反応進行を記述するためには完全なものでなく,ゲルの反応に関する情報が何か不足しているために複数の異なる考え方が可能であり,一意性を失っていることが判明した.この問題については 1943年に Stockmayerがゲル化反応の理論モデルを提案して以来長期にわたり議論が続けられてきたが,未だに完全な解決に至ってい

12

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ない.非常に基本的な課題であるので,理論・実験両面から更なる研究が期待される.その際,平衡論よりも運動論の方がポストゲル領域での反応進行が前面に現れるので,詳細な解析に適しているであろう.今後の発展を期待したい.

———————————-

[1] Stockmayer, W. H. J. Chem. Phys. 1943, 11, 45-

55.

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