コンフリクト・マネジメント V.おわりにコンフリクト・マネジメント 23...

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19 コ ン フ リク ト ・マ ネ ジメ ン ト - トマス ・モデルの研究 - Ⅰ. はじめに Ⅱ. コンフリク トのプロセス ・モデル Ⅲ. コンフリクトの構造モデル Ⅳ.統合モデルとコンフリクト・マネジメント V. おわ りに Ⅰ.は じめ に 行動生物学 には,遺伝子の利己主義 という考え方がある。進化の過程で成功 した遺伝子 に期待 され る特質 の うちで もっとも重要 なの は無情 な利 己主義 であ り,通常 この遺伝子 の利 己主義 は,個体 の行動 における利 己主義 を生 み出す と され る (Dawkins ,1976) 。そ うであるとすれば,人間の行動 に もこの利 己主義 の行動特質 があ らわれ るの は当然 の帰結 で あ り, この観点 か らして も組織 内の 人間行動 か ら組織 コンフ リク トが生ず ることは疑 いのないことであろ う 組織論では以前より組織 モデルとして,組織の完全合理性モデルにかえて コ ンフ リク トを内包 す る組 織 の コ ンフ リク ト・モ デルが提 唱 され て い る。 この パ ースペ クテ ィブに則 った コ ンフ リク ト研究 が, コンフ リク ト・マネ ジネ ン ト であ る。最近 の コ ンフ リク ト研究 で は, コ ンフ リク トが もっ機能 的 な側面 が認 め られてお り, コ ンフ リク トが組織 に とって建設 的 な影響 と破壊 的 な影響 の ど ち らか とな るのは コ ンフ リク ト・マネ ジメ ン トに依存 して いるとされ る この コンフ リク ト・マネ ジメ ン ト研究 の中で, Thomas (1976) の コ ンフ リク ト・ モデルをとりあげて考察す ることはコンフ リク ト研究 において重要 な示唆を得 ることが出来 ると考 え られ る ヨ円 3日

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コンフ リク ト・マネ ジメ ン ト

- トマス ・モデルの研究 -

Ⅰ.はじめに

Ⅱ.コンフリクトのプロセス・モデル

Ⅲ.コンフリクトの構造モデルⅣ.統合モデルとコンフリクト・マネジメントV.おわりに

高 橋 正 泰

Ⅰ.は じめ に

行動生物学には,遺伝子の利己主義という考え方がある。進化の過程で成功

した遺伝子に期待される特質のうちでもっとも重要なのは無情な利己主義であ

り,通常この遺伝子の利己主義は,個体の行動における利己主義を生み出すと

される (Dawkins,1976)。そうであるとすれば,人間の行動にもこの利己主義

の行動特質があらわれるのは当然の帰結であり,この観点からしても組織内の

人間行動から組織 コンフリクトが生ずることは疑いのないことであろう。

組織論では以前より組織モデルとして,組織の完全合理性モデルにかえてコ

ンフリク トを内包する組織のコンフリク ト・モデルが提唱されている。 この

パースペクティブに則ったコンフリクト研究が,コンフリクト・マネジネント

である。最近のコンフリクト研究では,コンフリクトがもっ機能的な側面が認

められており,コンフリクトが組織にとって建設的な影響と破壊的な影響のど

ちらかとなるのはコンフリクト・マネジメントに依存 しているとされる。 この

コンフリクト・マネジメント研究の中で,Thomas(1976)のコンフリクト・

モデルをとりあげて考察することはコンフリクト研究において重要な示唆を得

ることが出来ると考えられる。

ヨ円3日

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2() 商 学 討 究 第 39巻 第 3号

Thomas(1976)はコンフリクトを論 じるとき,その前提であるコンフリク

トを二者間コンフリクト (dyadicconflict)と定義 している。2着間コンフリ

クトとは,二つの当事者 (個人,集団,組織といった社会単位)による相互作

用を考え,且つこの二者間をひとっのコンフリクト単位とすることを意味して

いる。

このコンフリクトに関する基本的認識として,(1)適度なコンフリクトはコス

トとみなす必要はないこと,(2)意見 ・見方の違いというコンフリクトは総合的

でより深い理解を生む見方を導 くこと,(3)攻撃的なコンフリクトが非合理的あ

るいは破壊的である必然性はない,という影響をコンフリクトは組織にもっと

される。 コンフリクトのもっ機能的な側面と逆機能的側面を認識することに

よって,コンフリクトの単なる排斥からコンフリクト・マネジメントへとパー

スペクティブをシフトすることが重要である。 コンフリクト・マネジメントの

基本的な見方は,コンフリクトの非合理性 ・破壊性を極力抑止 し,コンフリク

トのもっ機能的 ・建設的側面を助長することにあると考えられる1)。

Thomas(1976)はコンフリクトを考察するスキーマとして,モデルをコン

フリク トのプロセスと構造の2つのモデルに分けて,検討 している。 プロセ

ス ・モデルは,進行中のシステムを管理することに関係 し,重要事項を扱い,

構造変数の影響を予測する知識を提供するものである。 他方,構造モデルはシ

ステマティックな変化,すなわち長期にわたる進歩発展に関係 し,プロセスに

おけるダイナ ミックスの制約要因および形成要因となる。

以下,Thomas(1976)の展開にしたがって検討することとする。

Ⅱ.コンフリクトのプロセス・モデル

プロセス ・モデルとは,基本的に所与のコンフリクトを一つのエピソー ド

(episode)内のサイクル ・モデルと考え,一定の関係内では,それぞれのエビ

1)コンフリクト・マネジメントについてのまとまった研究としては,Robbins(1974),Kilmann-Thomas(1978)が代表的である。

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ソー ドはそれ以前のエピソー ドの結果になん らかの影響を受けることを前提 と

している2)。このダイアディック ・コンフリク トのモデルは,一つのエピソー ド

内でダイアディック関係にある一方の当事者の観点か ら, 5つの主要な出来事

によって構成される (図 1)。その出来事とは,フラス トレーション (frustra-

tion),概念化 (conceputualization),行動 (behavior),他者の反応 (other'S

図1 ダイアディック・コンフリクトエピソードのプロセス・モデル

(Thomas,1976,p.895)

2)コンフリクトのプロセス・モデルについては,Pondy(1967)が有名である。

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reaction),そして結果 (outcome)である。

1.フラストレーション

コンフリクトは,当事者の一方によって自分の関心3)が満足されないと知覚

することによって発生する。 例えば,地位への関心は個人間 コンフリク ト

(Whyte,1948),部門間コンフリクト (Seiler,1963)の発生に結びっいている

と考えられる。また,Argyris(1957)によれば,自律性-の関心は上司一部下

問の関係にコンフリクトを生み出すことが認められている。

2.概 念 化

概念化とは状況の認識のことであり,現実を構成することである。ここでは,

当事者間の関心に関するコンフリクト問題の規定,および可能な行動代替案と

その結果について考慮されている。 プロセス ・モデルのこの段階においては,

①特定の概念化がいかにコンフリクト処理行動 (conflict-handlingbehavior)

に影響を及ぼすか,②一方の当事者の概念化における変化が行動の漸次的拡大

や他の変化がどのようにして派生するか,が重要なポイントである。

また,この概念化の過程は,(1)問題の明確化と(2)行動代替案の認識を含んで

いる。

(1) 問題の明確化

一方の当事者による当該問題に関する規定は,コンフリクト状況の概念化の

最初の要素である。 問題の明確化には, 3っの次元,すなわち自己中心性

(egocentricity),根底にある関心、に対する洞察力,問題の 「大きさ」("size")

が含まれている。 洞察力は当事者双方の満足を導く解決法,すなわち 「統合」

(Follett,1941)に到達する可能性を増大させるのである。

問題の大きさの概念はFisher(1964)によって展開されたもので,問題が大

きいとそれだけ問題解決が困難になり,問題の細分化によって問題管理すなわ

ちコンフリクト・マネジネントが容易となるのである。

3)関心 (concern)には,欲求,公式な目的,行動の基準等のよりはっきりとした特定概念が含まれる (Thomas,1976,p.895)。

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(2) 代替案の知覚

概念化の第二の側面は,行動代替案 とその結果の認識である。 当事者双方の

関心をそれぞれ横軸と縦軸にとれば,概念化は,(a)どちらか一方の満足,(b)蛋

協的なゼローサム (zero-sum),(C)根底にある関心に関わる問題を明確化する

のに適 した形の定まらない暖味な概念化,(a)解決不可能,にパターン化される。

これ ら(a)か ら(d)までの概念化 は,その後の行動パ ターンへと連関するのであ

る。

3.行 動

コンフリクト・プロセスにおける行動 は,方向づけ (orientation),戦略的目

的 (strategicobjectives),戟術的行動 (tacticalbehavior)か ら構成 される。

方向づけは,概念化のパ ターンをうけて①支配,①宥和,①妥協,④無視,①

図2 5つのコンフリクト処理指向(Thomas,1976,p.900)

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統合の行動パターンとなる (図2)。これらの行動パターンは,コンフリクトの

解消方法とオーバーレイしていることは明白である。

戦略的目的は,方向づけと相互作用しており,当事者双方が得ることのでき

るパイの大きさを示すという統合的次元とパイの分配という次元を持 ってい

る。これらのどちらの次元にそった行動を起こすかは,利害のコンフリクトの

タイプと程度,すなわち概念化によって左右される。例えば,コンフリクト状

況の認識にしたがって支配の方向づけを望み,選択 したとしても,相手にパ

ワーがあることがわかれば,何らかの妥協を含んだ戦略的目的を考えられなけ

ればならないであろう。 このように,コンフリクト状況に応 じて戦略的目的が

設定されることとなるのである。

つぎに,この戦略的目的の次元にしたがって,競争戟術もしくは協調戟術と

言う戦術的行動が選択される。取引として展開される競争戦術は分配戦術であ

り,一方の満足には他者の犠牲をともなう。協調戟術は統合戦術であり,双方

の満足を増大させることを意図している。 協調戦術は問題解決法とも言われ,

この問題解決には3つの段階がある。 すなわち,(1)当事者の本質的関心の明確

化,(2)代替案の探索と結果の認識,(3)当事者双方が満足する代替案の明確化,

がそれである。これらの過程が可能となるためには,正確な情報の公平な交換,

柔軟なものの見方,信頼の確保が必要である。 この協調戟術が望ましいことは

容易に理解することが出来ようが,常に協調戦術が可能であるとは限らない

し,また,常に管理にとってよい結果を生むとは言い難いとも言えよう。

4.相 互 作 用

プロセス ・モデルにおいては,概念化,行動,そして他方の当事者の反応が

ひとつのループを措いている。 このダイアッド関係にある二者間の相互作用

は,漸次的拡大と縮小のダイナミックスを含んでおり,この交渉過程で当事者

はお互いに反応して方向づけ,戦略的目的,戦術を変更すると考えられている。

この交渉過程には,(1)問題の明確化と選好される代替案の再評価,(2)予想され

る他者の行動によって強化される反応の同質化,(3)他者に関する知覚に依存す

るバイアスの生起,(4)単純化された知覚によるもうひとつのバイアスの生起,

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(5)コミュニケーションによる知覚の修正,(6)コミュニケーションの中断はお互

いの歪んだ見方を発展させ,かつ維持させ,その結果お互いの敵意の源泉とな

ること,(7)敵意,不信が増大すると当事者の戦術は強制的となり,問題解決を

低減させること,(8)最初の関心を満足させるための競争をした後は,最初の関

心を見失い,利害関係のための単純な競争となってしまうこと,(9)当事者間の

競争は他の問題にまで波及 してしまうこと,(10)競争の波及と認知の単純化にと

もなって二者間の本質的関心が両立 しないと知覚 してしまう恐れがあること,

(ll)したがって,分化が統合に先だって行われなければならず,それは見方をか

えることによって可能となること,つまりお互いの共通利益,プラスの特徴を

正 しく認識すれば統合が可能となること,が含まれているのである。

5.結 果

特定のコンフリクトによるエピソー ドの結果は,現実の同意以上のものを含

んでいる。 新 しい同意からフラス トレーションが,そして交渉の過程で相手の

行動から敵意や不信が生ずるかもしれない。この説明のつかない感情は短期的

関係から言えば,それは次のコンフリクト・エピソードの原因のひとっともな

る。これをPondy(1967)はコンフリクトの余波と呼んでいる。

一般的な観点からすれば,他者の目標達成は当該当事者の協調行動によって

助長されるのであり,強化理論によれば,好意的な知覚は良好な反応を導くと

される。 したがって,他者の目標達成を含めた長期的な観点からすれば,結局,

統合行動がよい結果を生むが,この行動がうまく行かない場合,競争戦術も有

効となると言えよう。

Ⅲ∴コンフリクトの構造モデル

コンフリクトの構造モデルは,特定のエピソードについての重要な理解を提

供する。このモデルは,二者間の交渉で用いられる行動の総体に関係 しており,

いわばダイアディック・コンフリクト状況の心理的環境要因を表していると思

われる。 構造モデルは4つの変数,すなわち,(1)一部は当事者の動機および能

力からくると思われる行動性向,(2)当事者を取 り巻 く社会環境から受ける圧

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力,(3)その場の状況におけるコンフリクトの報酬巾こ対する反応,そして(4)当事

者を制約する規則と手続きのフレームワーク内での相互作用から構成されてい

る (図3)。

図3 ダイアディック ・コンフリク トの構造モデル (Thomas,1976,p.912)

1.行 動 性 向

コンフリクト状態にある当事者は,自分の行動になんらかの行動傾向を持っ

ていると考えられている。つまり,コンフリクトに対する対処についての階層

構造を持っているのであって,それはプロセス ・モデルにおける行動パターン

にその優先順位を提供するものと考えることができる。

2.社会的圧力

当事者は様々な方向から社会的圧力を受け,影響されると考えられるが,こ

れ らの圧力は当事者によって代表される集団か らの圧力である構成的圧力

(constituentpressure) と中立の第三者や傍観者から受ける環境的社会圧力

(ambientsocialpressure)に分類される。

(1) 構成的圧力

当事者の属する集団より受ける圧力であり,集団規範がその例である。 この

圧力は当事者に直接的に関与する社会圧力である。 コンフリクトに直面すると

当事者は自分の選好や判断にしたがって交渉を行うが,それは必ずしも自由で

あるわけではない。交渉に際し,当事者は彼の属する集団の代表する者となり,

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彼は集団の英雄あるいは裏切り者として集団の評価を受ける。 この集団の圧力

(集団規範と言ってもよい)は,集団の目的に寄与すると知覚 したり,また他の

行動を戒める代表行動を是認するのである。この構成的圧力は,文献によれば

一般に競争行動となることが指摘されている。 しかし,この他の集団との競争

は集団の凝集性をたかめる機能を一面でもっているのである。

(2) 環境的社会圧力

当事者を取り巻 く環境より受ける圧力であり,コンフリクト関係にある当事

者の属するより大きなシステムより受ける社会的圧力,すなわち組織あるいは

集団の規範,文化的価値,そして公共の利害がそれである。また,行政体等の

公的権力による圧力を受ける場合もある。 労使交渉のような場合,政府の勧告

がそれである。組織内においても,管理者が公式な権限を用いてコンフリクト

に対処 しようとすることを)ある。 しかし多くの場合,この社会的圧力 (規範)

はより大きなシステムの観点から,分裂の抑止や強制による権力行使を抑制す

る機能をもっようである。

3.誘 因 構 造

ここでの誘因構造は広い意味で用いられ,当事者二者間の関心の相互関係を

意味 している。つまり,-一方の当事者の利害関係の満足は,他の当事者の満足

に結びっいていると言うことである。 プロセス ・モデルにおいては,概念化が

行動の決定要因として扱われたが,構造モデルではあらわれる行動に関する諸

条件に関心を向けている。 主観的現実はプロセス ・モデルに関連 し,客観的現

実は構造モデルに関連 しているようである。

構造モデルでは,誘因構造は2つの局面をもっている。 一つは関係内に含ま

れる関与であり,他の一つは当事者利害関係間の利害コンフリクトである。 関

与は他者の行動に依存した当事者の利害関係の重要性であり,利害コンフリク

トは二者間の利害の両立,不両立の一般的程度を示している。 高い関与は独断

的行動を誘発するが,それは当事者間の依存の程度に相関する。 利害コンフリ

クトには,利害が基本的に共通する領域をもっものと共通領域をもたないもの

がある。 前者は共通問題として扱われ,協調行動を導 く。後者は競争的問題と

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なり,非協調的行動と結びつく。 この関与と利害コンフリクトを二次元モデル

として考え,コンフリクト処理行動の二次元モデルと重ね合わせると,両立 し

ない利害関係にあり,かつ高い関与は競争行動となると理解される。

4.規則と手続

ここでの規則と手続とは,コンフリクト関係にある二者問の交渉を統制する

「意思決定の機械」を意味しており,この機械は,(1)意思決定の規則,(2)交渉の

手続,(3)調停と裁定という構成要素から成り立っている。

(1)意思決定の規則

ここでの 「意思決定の規則」は,問題が生 じたときに代替案を選別するかあ

るいは回避するかを特定化するという規則を相互に受容することを意味 してい

る。 この規則は,当事者間の感情的問題を抑制する作用をもっている。また,

コンフリクト・エピソードにおいてこの規則は,ある意味で時間,エネルギー

を節約 し,そして潜在的な敵意を回避 したりする。それは,規則によって指示

される行動は自動的であり,その場の状況はもはやコンフリクト問題として概

念化されない からである。

しかしながら,この規則にはコンフリクトを統合に導 く問題解決の足かせと

なったり,「勝ち一負け」の競争行動を導いたり,公式規則を増大させることに

より統制を強化するという脅威となったり,また規則を犯すことを恐れて進ん

で問題を引き受けなくなるという官僚制化を導 くことにもなるのである。

(2) 交渉の手続

当事者間は無作為に相互作用するわけではない。組織内ではなんらかの交渉

方法が存在するものである。 それらはコンフリクト処理の場づくりとして考え

られるもの-であり,手続は慣習的なものから入念に公式化された規定など様々

である。ただ,行動上の交渉手続が長引くと敵意をおこさせて協調を減退させ

たり,公式な提案が自分のおかれている立場にコミットメントするあまり競争

を助長 したりすることにもつながることもあるのである。

(3) 調停と裁定

当事者の二者間で,ある問題において合意を得られなかった場合,解決を図

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るために第三者の意思決定への関与が図られるであろう。 このような事例とし

ては,労使交渉をあげることができよう。 この場合,第三者の介入としては,

調停と裁定の方法が考えられる。

調停では,当事者への援助とコンサルタントが第三者っまり調停者の役割と

なる。調停者は解決を当事者に課さず,受容可能な代替案を提示するのである。

調停者の行動を通 して,調停者は全体の諸関係から当事者がより生産的で,且

つ非競争的な交渉形態をとるように仕向けることが重要であろう。

裁定の場合は,当事者に合意の義務を背負わせる七 とになり,裁定者によっ

て解決が命令されることになる。 この点で,裁定は調停と性格が異なる。この

裁定にはより深い洞察が必要になる。裁定が当事者にとって不公正となった場

合,多くの困難が生 じる。最 も良いとされる裁定は,当事者両者に勝利観を抱

かせないものであろう (Blake-Mouton,1964)。

Ⅳ.統合モデルとコンフリク ト・マネジメント

二つのコンフリクト・モデルはそれぞれコンフリクト現象の異なる側面を説

明しており,コンフリクトを考察するとき相互補完的であるようである。プロ

セス ・モデルはコンフリク ト・エピソー ドに起 こる事象の連続性に焦点を当

て,そのコンフリクトにおいて起 こる出来事の流れを理解 したり,直接コンフ

リクトに介入する必要性に直面するときに有用なモデルである。

他方,構造モデルはある関係下にあるコンフリクト行動を形成 したり,望ま

しい行動パターンを容易にするために状況を再構成するのに役立っような条件

に焦点を当てているのである。

コンフリクト・マネジメントの観点からすれば,どちらも必要なモデルであ

る。 コンフリクト・マネジメントのフレームワークは,コンフリクトの受容可

能性を探索すること, コンフリク トの源泉を診断すること,介入を行 うこと

(Kilmann-Thomas,1978)によって,コンフリクトを組織にとって機能的,

さらに言えば組織の存続と発展,そのための革新に結びっけることである。 そ

のためのモデルとしてコンフリクトのダイアディック・モデルを考察すること

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は意味のあることである。

Thomas(1976)によるコンフリクトのダイアディック・モデルは,確かに

二者間のコンフリクト関係を対象としているが,そこには常に第三者の存在が

考えられている。つまり,実際には三者間モデルである。第三者とはコンフリ

クトを統制する者であり,多 くの場合それは管理者であろう。 ここに管理者の

役割としてコンフリクト・マネジメントがとりあげられるべき必然的帰結があ

るのである。

構造モデルにおいては,調停と裁定という二つのコンフリクトへの介入方法

が考えられていた。先のプロセス ・モデルにおいては,コンフリクトへの介入

はどうであろうか。Thomas(1976)は第三者のプロセス介入について,三つあ

げている。第-は協調であり,それはプロセス ・モデルの 「結果」の局面に属

する問題である。 全体としては,相互協調は問題の望ましい状態であるといえ

る。時によっては,時間的制約とか,より激しい競争を引き起こすような場合,

回避行動をとったり,抑制 したりすることが必要であって,必ずしもコンフリ

クトの処理には唯一正 しい方法があるわけではない。ただ,協調を確保するこ

とは組織にとって有益であることには違いないのである。

第二は漸次的減少である。 第三者は競争のコス トを明らかにして,コンフリ

クトの解消や減少に結びっく誘因を提供することが望ましいと考えられる。そ

のためには第三者はコミュニケーションを開き,当事者を動機づけ,敵意をな

くし,問題解決を促進 しなければならない4)。

第三 は問題直視であり, コンフリク ト問題の明確化であり (Schmidt-

Tannenbaum,1960),局面の分化 (Walton,1969)である。 ここでは直面する

問題を明らかにして,さらけ出し,当事者間の協調行動あるいは問題解決行動

をとらせることが第三者の重要な目的である。

以上のように,Thomasのコンフリクト・モデルには,いくつかの管理的介

4)労使交渉はこの顕著な例である。

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人の方法が論 じられている。 ある意味では,この介入方法がコンフリクト・マ

ネジメントの有効性を決める要因であると言える。

V.お わ Uに

Thomas(1976)のコンフリクト・モデルは, これまで整合性を欠いたよう

に研究されてきたコンフリクト研究を,一つのまとまったモデルとして統合 し

たという点において評価することができる。 プロセス ・モデルにおいてはコン

フリクト・マネジメントの管理的介入の機会を考えることができるし,また構

造モデルにおいてはコンフリクトの管理的介入の基盤やその条件を知ることが

できる。

しかし己むを得ないこととは言え,Thomasのこのコンフリクト・モデルは

心理学的傾向が強く,組織論の研究成果を十分に取 り入れたものになってはい

ない。このことは,コンフリクト研究が多岐にわたり,また同じ研究分野,例

えば役割 コンフリクトの研究においても,関連諸概念が複雑に絡み合って一つ

の役割コンフリクトという研究領域を形成 しつつも,統合的研究成果がなかな

か得られない実状からも推測できよう。 プロセス ・モデルで提起された概念化

の問題においても,1960年代から研究が盛んに行われている認知心理学の成果

が十分に反映されてはいない。ただ1980年代に入 り組織論上あまり活発にコ

ンフリクト研究が行われていないのは,コンフリクトそのものをとりあげるこ

との困難性から,むしろ他の組織概念との関係において研究 した方がより実り

ある成果が期待できるとしているからかもしれない 。 とは言え,コンフリクト

そのものを正面からとりあげることが無意味であると言っているのではない。

さらに両方面からの研究アプローチが必要である。

現実には組織管理において,管理者がコンフリクトをいかに処理 していくか

は管理者の管理能力が評価されるところである。経営管理における実践的側面

からも,また理論的側面からしてもコンフリクト現象を組織の重要な側面とし

て考えることには異議があるとは考えられない。そうした中では,コンフリク

トそのものを対象化 した研究およびそのマネジメントについての多 くの研究が

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実証を加えつつ,展開されなくてはならない5)。組織のあらゆるレベル (組織間

から組織メンバーの個人内まで)でコンフリクトの研究が展開されなければな

らないし,またその場合,コンフリクト・マネジメントの基本的視点である組

織発展の機能的側面を十分考え,組織革新へと導く 「混乱効果」(Peltz,1967)

を認知 して研究を進めることが重要である。

参 考 文 献

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5)代表的な研究として,Kilmann-Thomas(1978),Likert-Likert(1976)の研究

がある。

Page 15: コンフリクト・マネジメント V.おわりにコンフリクト・マネジメント 23 (2)代替案の知覚 概念化の第二の側面は,行動代替案とその結果の認識である。

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