プロクター・アンド・ギャンブル: コネクト・アン...

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1 Gakushuin University Case Series 14-02 (IN) プロクター・アンド・ギャンブル: コネクト・アンド・ディベロップ戦略 * P&G の概要 プロクター・アンド・ギャンブル(The Procter & Gamble Company ;以下 P&G と略す)は アメリカ・オハイオ州に本拠を置く世界最大の一般消費財メーカーである。 1837 年にローソク業者のウィリアム・プロクターと石鹸業者のジェームス・ギャンブル の共同出資により設立。現在では、ホームケア製品、紙製品(パンパース)、化粧品(マ ックスファクター)、ヘアケア製品(ヴィダルサスーン、パンテーン、h&s、ハーバルエッ センス、ウエラ)、ヘルスケア製品(歯磨剤 Crest)など多数の事業を保有し、世界 180 国以上で事業展開している。 同社は、世界でも収益性が非常に高い企業として知られている。2010 年度の売上高(連 結)は約 758 億ドル、営業利益額は 153 億ドルであり、売上高営業利益率は 20.2%であった (図 1 参照)。『フォーチュン』誌による「社員の能力」ランキングでは、すべての業種 の中で 1 位に選ばれたこともあり、起業家的人材を輩出する企業としても評価が高い。ま た、マーケティングに力を入れる企業として知られ、社内でのブランド・マネジャー相互 の厳しい競争などがしばしば大学の MBA コース等のケースとして取り上げられてきた。し かし、2000 年以後、同社はマーケティングのみならず、イノベーションに関しても大きな 注目を集める企業になっている。 ここでは、 2000 年以降に同社が取り組み始めた「コネクト・アンド・ディベロップ」 Connect and Develop :以下 C&D と呼ぶ)と呼ばれる新しいイノベーション創出の仕組みとその成果 などについて紹介する。 1990 年代後半の P&G 1990 年代後半の P&G では、売上や利益は漸増傾向にあったものの、その伸びは鈍化し始 め、1999 年には売上・利益ともに減少に転じた。その背景の一つには、製品開発の行き詰 * このケースは、学習院大学経済学部教授・米山茂美が、イノベーションに関するクラス討議用に作成した ものである。本ケースの作成にあたっては、 Huston L and N. Skkab (2006), “Connect and Develop: Inside Procter & Gamble’s New Model for Innovation.” Harvard Business Review や、本荘修二「アウトソーシングを超えた社 外との共創!P&G のオープン・イノベーション大作戦」 (Diamond Online; http://diamond.jp /articles/print/6655 から多くの記述を引用している。また、 P&G ジャパン研究開発本部プリンシパル・サイエンティスト コネクト・アンド・デベロップマネジャ Radhakrishnan Nair 氏へのインタビュー(2013 12 20 日)から得られた情報を利用している。クラス討議のための参考資料以外での利用及び転載は控えてくだ さい。作成:2014 8 月(ドラフト版)

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Gakushuin University Case Series 14-02 (IN)

プロクター・アンド・ギャンブル:

コネクト・アンド・ディベロップ戦略*

P&Gの概要

プロクター・アンド・ギャンブル(The Procter & Gamble Company;以下 P&G と略す)は

アメリカ・オハイオ州に本拠を置く世界最大の一般消費財メーカーである。

1837 年にローソク業者のウィリアム・プロクターと石鹸業者のジェームス・ギャンブル

の共同出資により設立。現在では、ホームケア製品、紙製品(パンパース)、化粧品(マ

ックスファクター)、ヘアケア製品(ヴィダルサスーン、パンテーン、h&s、ハーバルエッ

センス、ウエラ)、ヘルスケア製品(歯磨剤 Crest)など多数の事業を保有し、世界 180 カ

国以上で事業展開している。

同社は、世界でも収益性が非常に高い企業として知られている。2010 年度の売上高(連

結)は約 758 億ドル、営業利益額は 153 億ドルであり、売上高営業利益率は 20.2%であった

(図 1 参照)。『フォーチュン』誌による「社員の能力」ランキングでは、すべての業種

の中で 1 位に選ばれたこともあり、起業家的人材を輩出する企業としても評価が高い。ま

た、マーケティングに力を入れる企業として知られ、社内でのブランド・マネジャー相互

の厳しい競争などがしばしば大学の MBA コース等のケースとして取り上げられてきた。し

かし、2000 年以後、同社はマーケティングのみならず、イノベーションに関しても大きな

注目を集める企業になっている。

ここでは、2000年以降に同社が取り組み始めた「コネクト・アンド・ディベロップ」(Connect

and Develop:以下 C&D と呼ぶ)と呼ばれる新しいイノベーション創出の仕組みとその成果

などについて紹介する。

1990年代後半の P&G

1990 年代後半の P&G では、売上や利益は漸増傾向にあったものの、その伸びは鈍化し始

め、1999 年には売上・利益ともに減少に転じた。その背景の一つには、製品開発の行き詰

* このケースは、学習院大学経済学部教授・米山茂美が、イノベーションに関するクラス討議用に作成した

ものである。本ケースの作成にあたっては、Huston L and N. Skkab (2006), “Connect and Develop: Inside Procter

& Gamble’s New Model for Innovation.” Harvard Business Review や、本荘修二「アウトソーシングを超えた社

外との共創!P&G のオープン・イノベーション大作戦」(Diamond Online; http://diamond.jp /articles/print/6655

から多くの記述を引用している。また、P&G ジャパン研究開発本部プリンシパル・サイエンティスト

コネクト・アンド・デベロップマネジャ Radhakrishnan Nair 氏へのインタビュー(2013 年 12 月 20

日)から得られた情報を利用している。クラス討議のための参考資料以外での利用及び転載は控えてくだ

さい。作成:2014 年 8 月(ドラフト版)

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まりがあった。P&G は、マーケティングが得意な一般消費財メーカーとして、華やかで開

かれたイメージがある一方、イノベーションにおいては社内開発にこだわり、どちらかと

いうと内向きで保守的な会社と見られることも少なくなかった。当時、競合他社との厳し

い競争のなかで、製品開発にはますますスピードが求められていた。また、市場では関連

する新技術が次々と生まれ、新たな価値を持った製品の開発が期待されていた。こうした

なか、P&G の R&D 予算は大幅に増加していた(図 2 参照)。

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図1 P&Gの業績推移(1995~2010)

売上高

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注:P&G社のAnnual Reportより作成。

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図2 研究開発費及び売上高研究開発費率の推移(1995~2010)

研究開発費

売上高研究開発費率(右目盛り)

注:P&G社のAnnual Reportより作成。

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CEOラフリーによる C&Dのスタート

このような状況の下、2000 年 6 月に CEO に就任したアラン・G・ラフリーは、売上高年

率 4~6%成長という公約を掲げ、それを可能とする新しいイノベーション・モデルを構築

することを宣言した。

ラフリーは、P&G がこれまで生み出してきた製品のなかでも、特に素晴らしい成果を上

げたものの大半は組織の壁を越えてアイデアを融合させた結果であることを理解していた。

また、数はわずかではあったが、社外開発の製品についてその成果を調査した結果、十分

に収益性の高い製品を生み出せていることが判明した。ラフリーは、こうした社内外のコ

ラボレーションこそ、今後の成長のカギを握ると考えた。

さらに、イノベーションの源泉となりうる社外の研究機関について調べてみると、特定

の技術分野について、P&Gの研究者1人に対してそれと同等の能力を有する科学者またはエ

ンジニアが全世界で200人いると推定された。つまり、当時7500名の科学者・エンジニアを

擁していたP&Gにとって、その200倍、すなわち150万人もの科学者・エンジニアが存在し

ていることに気が付いた。

もちろん、こうした外部の科学者・エンジニアの全てがP&Gにとって利用可能なわけで

はない。個人の発明家などを含め、社外の研究者・技術者の創造力や思考力を活用するに

は、社内の大胆な意識改革が不可避と考えられた。まず、自前主義にこだわるNIH(Not

Invented Here:自社で開発したものでない技術等の軽視)志向から、PFE(Proudly Found

Elsewhere:堂々と社外から見つける)志向へと研究開発の風土を変えなければならない。

そのためには、P&Gにおける研究開発組織の定義や位置づけを、従来の7500人体制から、

7500人プラス社外スタッフ150万人が内外の一線を守りつつ、相互交流しながら働く体制に

ふさわしいものへと改めることが必要と思われた。

また、技術的な知識の創出という観点から見ると、中小・ベンチャー企業による特許出

願比率が大きく増加していることも重要であった。1970年代にはその比率はわずか5%程度

に過ぎなかったが、2000年には約30%を占めるまでになっていた。もはや、これら中小・

ベンチャー企業が生み出す技術は決して無視できるものではなく、いかにそれら企業と連

携し、その技術を有効に活用していくことができるかが問われ始めていた。

このような背景から考案された新しいイノベーションのモデルが「コネクト・アンド・

ディベロップ」(C&D)であり、文字通り、社内外の技術やアイデアを有機的に結合させ、

新製品を開発していく仕組みであった。それは、R&D(Research and Development)とは異

なる。R&Dは、R(研究)もD(開発)も社内で行うことを前提としているのに対して、C&D

では社外の技術やアイデアを積極的に活用する。それはまた、いわゆるA&D(Acquisition and

Development)とも異なる。A&Dは、外部の技術・アイデアを獲得し、それを製品等の開発

につなげていくという点ではC&Dと似ているが、そこには自社の技術・アイデアとの結び

つきという側面が意識されていない。C&Dは、単に外部技術等を導入するだけではなく、

それを自社の技術やアイデアと組み合わせ、融合させることで高度化させ、イノベーショ

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ンを実現していくプロセスに特徴がある。

C&D活動の焦点

こうしたC&Dを機能させるために、P&Gでは、社外にどのような知識・アイデアを求め

るのか、P&Gのどの製品分野でそうした知識・アイデアを求めるのかを具体的に検討する

必要があった。それらをうやむやにしたままでは、たとえ山ほどのアイデアを見つけても、

結局は役に立たないものになりかねないためである。

P&Gが求める知識やアイデアとしては、すでに一定の成功を収めていることが重視され

た。つまり、実用に供することができる技術や試作品、製品であること、特に技術の場合

には特許として権利化されていることが条件であり、また製品の場合には消費者の関心に

応えるだけのエビデンスがあることを最低条件とした。加えて、マーケティングや流通を

はじめ、P&Gの能力を生かせそうな技術や製品に焦点を当てた。

次に、どのような分野で知識やアイデアを探索するかという点であるが、P&Gが手がけ

るブランドは300を超え、そのカテゴリーは衛生用品や洗剤類だけでなく、スナックや飲料

品、ペット用栄養補給製品、処方薬、香水、化粧品など、多岐にわたっている。また、材

料、バイオ技術、画像、栄養、獣医学、さらにロボット工学に至るまで、150もの科学分野

にまたがっている。したがって、アイデア探しといっても、けっしてやみくもに行うので

はなく、主として次の3つの分野に絞り込んだ探索を行うこととした。

消費者ニーズ「トップ・テン・リスト」

P&Gのイノベーション担当部隊は、年に一回、どのような消費者ニーズに訴えれば、自

社の各ブランドを成長させられるのか、各事業部からのヒアリング調査を実施している。

その調査結果に基づいて、事業部ごと、そしてP&G全体について、消費者ニーズのトップ・

テン・リストを作成する。たとえば、「しわを減らし、肌のきめと色つやを改善した」「防

汚性と修復性が高い硬質床材が欲しい」「ケバ立ちを抑え、湿潤強度(湿った状態での紙

の強度)を高めた、従来以上に柔らかい紙製品がないか」「風邪の諸症状を解消する、な

いしは症状とその期間を最小化する薬剤はないか」というニーズである。そして、そうし

た消費者ニーズを解決するために、具体的な技術上の課題へと落とし込む。これらの課題

は、技術資料のかたちで詳しく整理される場合が多い。

既存ブランドの隣接カテゴリー

P&Gでは、隣接カテゴリー、つまり既存ブランドを梃子にして、その周辺で新製品が生

み出せないかを常に検討している。たとえば、紙おむつ「パンパース」は、おしり拭きや

おむつ替えマットなど、どのようなベビー・ケア用品と関連性が強く、どのような応用が

できるかを考える。そのうえで、そうした隣接カテゴリーにおいて、革新的な製品の開発

ができないかを検討する。実際、オーラル・ケア分野では、歯みがき「クレスト」の隣接

カテゴリーに狙いを定め、このブランドを歯の漂白シート、電動歯ブラシ、デンタルフロ

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スへと展開させた。

テクノロジー・ゲーム・ボード

同社では、ある製品分野で開発した技術が他のカテゴリーの製品に及ぼすインパクトを

推定するため、いわゆる「テクノロジー・ゲーム・ボード」と呼ばれるシミュレーション

を行っている。「コア技術のうち、今後どれを強化すべきか」「ライバルとの競合状況を

改善するには、どのような技術を取得すべきか」「保有している技術のうち、どの技術に

ついてライセンス供与、売却、あるいは共同開発を実施すべきか」など、様々な問題を検

討する。そして、そこから得られる答えが、外部から技術やアイデアを探索する際の大ま

かな方向性と範囲を示すだけでなく、探索対象から外すべき範囲も明らかにする。

自社ネットワークの活用

このような形で焦点化された技術・製品上の課題について、P&Gは自ら作り上げたネッ

トワークや外部の専門企業が構築したネットワークなど様々なネットワークを通じて知

識・アイデアを収集していく。まず、P&Gが構築したネットワークについて見てみよう。

テクノロジー・アントレプレナーのネットワーク

P&Gには、C&D活動を推進する目的で自ら構築したいくつかのネットワークが存在する。

その一つが「テクノロジー・アントレプレナー」によるネットワークである。テクノロジ

ー・アントレプレナーはP&Gの幹部社員であり、消費者ニーズのトッ・テン・リストを策

定する際のガイド役を果たす一方、隣接カテゴリーのマップやテクノロジー・ゲーム・ボ

ードを作成し、そこから解決すべき具体的な課題をまとめた技術資科を用意する。世界各

地に約70人が配置され、C&D活動の根幹をなす重要な役割を担っている。

彼らは、大学や関連企業の研究者・技術者と会ったり、後述するサプライヤーのネット

ワークを構築したりするなどの活動を通じて、積極的に社外との人間関係を築き上げる。

そして、こうした社外人脈を活用するように、P&Gの全事業部の責任者に積極的に紹介、

働きかけを行う。

また、テクノロジー・アントレプレナーは、学術文献や特許データベースなどのデータ

を徹底的に掘り下げると同時に、実地にアイデアを調査する。たとえば海外の店舗を訪れ

て陳列棚を調べたり、製品や技術の見本市を歩き回ったりもする。

インターネットもアイデア探しの有力な手段だが、それだけで事足りるわけではない。

たとえば、日本市場を歩き回り、後に「ミスター・クリーンマジック・イレーサー」とな

るタネを見つけてきたのもテクノロジー・アントレプレナーであった。テクノロジー・ア

ントレプレナーの存在なくして、この製品は生まれえなかった(図3参照)。

C&Dの拠点は、米国、西ヨーロッパ、日本、中国、インド、中南米の6ヵ所に置かれてお

り、テクノロジー・アントレプレナーはこれらをベースにしている。各拠点で重点的に取

り組んでいるのは、何らかの意味でその地域固有の製品や技術を発掘することである。

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図3 「ミスター・クリーンマジック・イレーサー」を生み出した大阪コネクション

出典:ラリー・ヒューストン&ナビル・サッカブ(2006),「P&G:コネクト・アンド・ディベロップ戦略」

『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス』, p. 52より。

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たとえば中国の拠点は、高品質の新素材をはじめ、コスト・イノベーションすなわち低

コスト生産という中国固有の能力を生かせる技術・製品を探し求めている。またインドの

拠点では、コンピュータ・モデリングなどの問題解決能力を備え、製造工程上の問題を解

決できる科学者の発掘を目指している。

テクノロジー・アントレプレナーがこれまでに発掘した製品やアイデア、あるいは将来

有望な技術は、合わせて10,000件を超える。これらの発見はいずれも、後ほど説明する正式

な評価プロセスを経たものである。

サプライヤー・ネットワーク

P&GがC&Dへの取り組みをスタートした時点で、同社に部材等を供給するサプライヤー

企業のうち上位15社が抱えるR&Dスタッフは合計約5万人に上っていた。P&Gにとって、こ

の人材プールはイノベーションの一大宝庫であった。そこで、これらサプライヤーに対し

てP&Gが作成した技術資料を開示・共有できるよう、安全なITプラットフォームを構築し

た。

このサプライヤー・ネットワークを構築して以降、P&Gとサプライヤーの研究者・技術

者による合同のイノベーション’プロジェクトは、件数にして30%増加した。サプライヤー

の研究者がP&Gの研究所で働く場合もあれば、逆の場合もある。これは「コ・クリエーシ

ヨン」(共創)と呼ばれるコラボレーシヨン体制で、従来のP&Gの共同開発にはなかった

開発のやり方であった。

また、P&Gとサプライヤーの経営陣間の交流を図るための会議も開催した。研究者を共

用する仕組みと相まって、この会議が双方の関係の強化、アイデア交換の活発化、さらに

企業能力の相互理解に結びつき、イノベーションにいっそう拍車をかけることとなった。

オープン・ネットワークの活用

テクノロジー・アントレプレナーのネットワークや、サプライヤー・ネットワークは、

P&G自体が体制を整え、構築した外部組織とのネットワークであるが、そのほかに個人の

発明家や大学・公的研究機関、企業等をネットワーク化して知識やアイデアの結びつきを

促す専門的な仲介企業が存在する。こうした企業が持つ幅広いネットワークは、P&Gが構

築した自社のネットワークを補完する役割を担っている。C&Dの展開において特に貢献度

が高い外部ネットワークは、以下の4つである。

・ ナインシグマ

ナインシグマは、米国と欧州、日本にオフィスを持ち、科学的・技術的な問題

に対して解決策を提供できる企業や大学・公的研究機関、コンサルタント等を探

すサービスを提供している。世界中の研究者・技術者が登録しているナインシグ

マのネットワークは世界最大級であり、広範な産業分野や技術領域にわたり、テ

ーマはアイデア創出やR&Dからサプライチェーン、ビジネスモデル構築にまで及

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ぶ。

P&Gは、このナインシグマに委託したすべてのプロジェクトの約45%で目的と

する技術の導入に成功しているといわれる。後述する「プリングルズ・プリンツ」

(ポテトチップスにキャラクターなどを印刷する技術)は、ナインシグマを通じ

てイタリアでパン屋を経営する大学教授から取り入れたものであった。

・ イノセンティブ

イノセンティブは、ナインシグマと同様に、企業と大学・公的研究機関、非営

利団体等の間をつなぐ世界的なネットワークを擁しており、そこには 16万人以上

の専門家が存在していると言われる。何らかの問題や課題を持つシーカー企業が

イノセンティブのウェブサイトにそれを掲示すると、問題・課題を解決するソル

バー・コミュニティに参加している様々な分野の専門家(生命科学、エンジニア

リング、化学、数学、コンピューターサイエンス等の科学者やエンジニア、発明

家など)が回答してくれる。P&Gは、イノセンティブでのプロジェクトのうち、

約35%で目標とする技術導入に成功していると指摘される。

・ ユア・アンコール

ユア・アンコールは、生命科学、消費者科学、食品科学、材料・航空宇宙、防

衛産業について、米国の引退したベテランの科学者・技術者をトップ企業の短期

プロジェクトに紹介する専門企業である。ユア・アンコールを通じて、イノベー

ション上の課題を持つ企業は、これらベテランの科学者・技術者の知識や経験を

利用することができる。2003年10月に、P&Gとイーライリリーが創立会員となっ

て発足し、同年にはボーイングがメンバーに加わった。現在では、30社以上がユ

ア・アンコールのネットワークを利用していると言われる。

・ イェット・ツー・ドットコム

知的財産の国際的なマーケットプレイスである米イェット・ツー・ドットコム

(yet2.com)には、売却・ライセンス供与を望む特許情報やノウハウが登録され

ているほか、技術に対するニーズ(インライセンス)情報も多数掲載されている。

イェット・ツー・ドットコムは、技術の移管手続きを簡易化することを通じて、

企業は世界中の買い手に技術を販売できる一方で、他社から購入することができ

る。ネットだけでなく、リアルのやりとりも組み合わせている。日本では、トヨ

タ自動車や日立製作所、東芝、NTTドコモ、シャープ、旭硝子やデンソー、花王、

三菱化成、三菱重工、三井化学、NEC、大阪ガス、住友化学などが参加している。

参加企業の研究開発支出額を合わせると、世界全体の約15%にも及ぶという。

実は、P&Gはこれら4つのうち3つの仲介組織及びその外部ネットワークの形成

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に早い段階から関わっている(表1参照)。上で見たユア・アンコールだけでな

く、イェット・ツー・ドットコムもP&Gなど数社の参画からスタートしており、

ナインシグマもP&Gの協力の下で設立されたという経緯を持つ。

表 1 4 つの仲介組織の発足経緯

つまり、P&G は社内ネットワークを補完するためにこれらの仲介組織や外部のネットワ

ークを築き上げたと言える。P&G のイノベーション担当バイス・プレジデントのラリー・

ヒューストンは、この点について次のように語っている。「我々はユア・アンコ-ルを含む

これらのツールを自ら創った。退職者が本当に価値を創るのか、我々は価格モデルをつく

り知的財産関係の規制をマネージできるのか、といった疑問を解消するために実験を行っ

た」。

C&D は先進的な試みであり、世の中には適切なエキスパート・プラットフォ

ームが揃っていなかったために、P&G はそれを自ら創り上げたのであった。し

かし、ネットワークの力を発展させるために、自社で独占せずに広くオープンに

したのである。

C&Dを通じたイノベーションのプロセス

以上のように、P&Gでは、焦点を定めた特定の技術・製品分野において、自らが構築し

た社内ネットワークと専門仲介企業による外部のオープン・ネットワークを活用し、イノ

ベーションに必要な知識やアイデアを取り入れ、それを社内の知識・アイデアと融合させ

ることでイノベーションを実現していく。ここでは、こうしたC&Dによるイノベーション

のプロセスを、順を追って改めて整理しておこう。

出発点としての消費者ニーズの把握と確立

C&Dの出発点は、まず何よりも消費者ニーズの把握である。すでに述べたようにC&D戦

略における技術やアイデアの探索は、消費者ニーズのトップ・テン・リストの作成、既存

製品の隣接領域の検討、テクノロジー・ゲーム・ボードでの検討から浮かび上がる技術分

野に焦点を当てて行われるが、これらのうち何よりも重要なのが全社及び事業部ごとの消

費者ニーズのトップ・テン・リストである。P&Gのイノベーションは、消費者ニーズの徹

底した分析を起点としている。

企業名 設立の経緯

ナインシグマ P&G の協力の下で設立

イノセンティブ イーライリリーの新事業のスピンアウト

ユア・アンコール P&G とイーライリリーが最初の会員となって発足

イェット・ツー・ドットコム P&G の他、数社の参画からスタート

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製品のアイデア企画と技術課題の落とし込み

消費者ニーズが把握・確立されると、次に製品企画がスタートする。この段階では、研

究開発やマーケティングのほか、デザイナーなどが関与し、ホリスティック(全体的)な

検討が行われ、開発・探索すべき技術課題に落とし込んでいく。それが、先に述べた技術

資料としてまとめられる。

ここでいうホリスティックな検討とは、製品が生み出す価値の全体像を分析することを

意味する。この点について、P&G ジャパン・研究開発本部イノベーション・エコシステム・

マネージャのラダクリシュナン・ナヤー氏は次のように述べている。

「プロダクト・イノベーションには、ホリスティックな要素がある。P&G の CEO は、

FMOT(First Moment of Truth)と SMOT(Second Moment of Truth)ということを言って

いる。FMOT というのは、店頭で製品を選ぶ時点のポイントであり、たとえばデザイ

ンなどが大切になる。SMOT は購入した後に使用・経験する場面でのポイントである。

洗剤の場合、単に洗うという製品の基本的な機能だけではなく、使いやすさや香りな

ど、様々な要素から成り立っている。そういう意味でホリスティックであり、その中

のすべてを自社で賄うことはできない。逆に、ある要素を外部から調達したとしても、

それだけで製品の競争力は決まらない。ホリスティックな組み合わせの中で、どこを

自社で、どこを他社の技術でということを決定するわけである。P&G の強みは、世界

中の消費者のニーズを理解し、それを製品として形にしていく際の企画・コンセプト

の強さにある」。

ニーズ情報の社内・社外開示

このような製品企画の過程で整理された技術課題について、テクノロジー・アントレプ

レナーやサプライヤーのネットワーク、さらには仲介組織によるオープン・ネットワーク

を通じて、外部から最適な知識・アイデアを探索していくことになるが、こうした探索活

動はいきなり P&G の外部から行われるわけではなく、まずは社内から開始される。”Internal

first, external second”(まずは内部から、そして外部へ)」が原則である。前出のナヤー氏は、

この点について次のように指摘する。

「最初に社内で探索し可能性・実現性を確認しておかないと、何を外部に求め、何を

外部から獲得するべきかがわからなくなる。C&D といっても、やみくもに外部、外部

ではなく、社内を見渡すと外部に求める必要がない場合も存在する。企業の規模が大

きくなるほど、社内の技術プールは見えにくくなるが、内部での見える化こそが、効

果的にイノベーションを推進するためのカギである」。

実際、P&G では、そうした社内での技術知識の管理が徹底されている。人や技術などの

キーワードで検索ができる。検索した結果、社内で必要な技術が見つかっても、今は忙し

いから・・・という理由で利用が難しい場合もあるが、P&G では自分の技術が他の事業で

使われたということを評価する仕組みも取り入れている。技術者の研究開発の効率性は、

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一つの事業部だけでなく、いくつもの事業部に使われるということで評価されている。

企業内部での探索の後、適切な知識・アイデアが見つからない場合には外部ネットワー

クを活用することになる。その際、P&G が自ら構築したネットワークを利用するか、ナイ

ンシグマのような専門仲介企業のネットワークを利用するか、慎重な検討が求められる。

P&G のネットワークを使う場合、その探索主体はあくまでも P&G となるため、競合にいま

P&G が何を開発しようとしているのかを知られるリスクもある。そのため、ニーズ情報で

ある技術課題を開示する対象相手を絞り込んだり、製品分野によって競合の程度が強い場

合には、製品をイメージさせる開示をせず、限定された技術ニーズのみを開示したりする

などの工夫を行っている。もっとも、かりに競合に何を開発しようとしているのかという

手の内が見えたとしても、ファースト・インで市場に製品を投入することができれば問題

はない。また、すでに述べたように製品はホリスティックな要素があるため、部分的に開

発の意図や方法性が漏れたとしても、それが直ちに P&G の競争力の低下に結びつくわけで

はない。

獲得した技術等の選別

特定の技術課題に対して、外部のネットワークから複数の情報や提案が得られた場合、

もっとも有用と思われるものをどのように特定し、選別していくのか。また、情報や提案

を得たものの、利用しなかった場合にはどのように対応するのだろうか。

外部から得られた情報や提案の検討・選別については、研究開発のイノベーション担当

部門で初期的なスクリーニングを行う。その後、事業部門が検討し、技術評価が行われる。

P&G では、外部から技術を買って、それで終わりではなく、将来的に長期的なパートナー

シップを組めるかどうかが重要な判断の基準となる。そのため、生産力やマーケティング

や販売力等の補完的な資産の有無も検討対象となる。また、その技術について、相手企業

が特許を取得しているかどうかも重要なポイントである。それない場合、後々、権利関係

で難しい問題に直面しかねない。

知財部門は、外部から知識・アイデアがもたらされてから関与が始まるのではなく、実

はニーズ情報を開示する段階から関与している。それは、開示する技術情報や製品アイデ

アそのものに、権利化の可能性が含まれていないかを検討し、権利化すべきところは権利

化し、どこを外部から調達するかを判断するためである。また、知識・アイデアを獲得す

る場合、そのパートナーはどのような特許を持っているか、どこに強みがあるかどうかの

検討を行う。

外部から獲得した技術やアイデアで結局使用しないものについては、外部技術のデータ

ベースに相手先企業の情報とともに蓄積し、将来的な利用のために役立てていく。

パートナーとの共創

P&G の C&D 活動においては、単に外部から技術等を買ってくるのではなく、その提供者

とのコ・クリエーション(共創)が重視されている。それは、目標とする製品の企画・コ

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ンセプトに最も適するように共同で技術等の開発・改良を行っていくことはもちろん、今

後どのような製品進化の可能性があるのかをともに検討し、継続的なイノベーションを実

現していくことを目指しているためである。

C&Dを通じたイノベーションの事例

このようなC&D活動を通じた

イノベーションの具体例として、

食品に印刷する技術の獲得の事

例を紹介しよう。

それは、P&Gが2004年に発売し

た、ポテトチップスの「プリング

ル」シリーズの新商品の事例であ

る。ポテトチップス1枚1枚に絵や

文章、例えば雑学クイズや動物豆知識やジョークを印刷したもので、発売後、たちまちヒ

ット商品の仲間入りを果たした。

それ以前には、同様の製品を開発、上市するまでに平均 2 年はかかっていた。また、開

発費もリスクも、すべて自前で負担していた。ところが、この新しい商品「プリングルズ・

プリンツ」では、コンセプト開発の段階から発売までの期間をわずか 1 年足らずとし、コ

ストも通常の2~3分の1程度に抑えることに成功した。

この開発のきっかけは、2003 年のあるブレーンストーミングの中で議論にあった。そこ

では、スナック菓子に、よりユニークで、面白い魅力を加味できないものか、喧々諤々の

議論が交わされていた。すると、誰かが、「プリングルズにポップカルチャーのキャラク

タを印刷してみてはどうか」と言い出した。

その提案を受けて、ある研究者が、ポテトの生地にインクジェット方式で印刷すること

を思いついた。その研究者は、すぐにオフィスにあったプリンタで実験を行ったが、全く

うまくいかなかった。揚げたてのポテトチップスがまだ暑く湿っているうちに、一枚残ら

ず印刷し終わらなければならない。しかも、毎分何千枚ものポテトチップスに印刷するだ

けでなく、色鮮やかな多色刷りを施すために、多くの工夫が必要だった。そのうえ、これ

らの条件を満たす食用色素を開発することも求められた。

従来であれば、実用になる製造工程を完成させるだけで、開発費の大半を注ぎ込まなけ

ればならなかった。社内チームを編成し、インクジェット・プリンタ・メーカーと手を組

んで、その製造工程を開発していく。そのうえで、当該工程の使用権を巡って複雑な交渉

に臨む。そうした進め方が通常だった。

ところが、この開発で P&G が実際に行ったことは、解決すべき問題点を明らかにした

技術資料を作成することだけだった。そして、この技術資料を、外部の個人・組織を結ぶ

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同社のネットワークに流通させるとともに、ナインシグマを介して「食品に印刷する技術」

を探索してもらった。

すると、イタリアのボローニャに一人の大学教授が経営する小さなパン屋があり、そこ

が製パン機器も製造しているという情報がヨーロッパから上がってきた。その大学教授は

なんと、食用可能な絵をケーキやクッキーに印刷できるインクジェット方式を既に開発し

ていたのであった。P&G はすぐにその大学教授に接触し、秘密保持契約を結んでより詳

細な情報を入手した後、最終的にその方法を利用することを決めた。その方法に改良を加

え、問題解決にあてた。P&G では、このイノベーションのおかげで、発売後 2 年間、北

米のプリングルズ事業は二桁成長を記録した。

自社技術の外部化

P&G における C&D の活動は、プリングルズ・プリンツのように、外部知識・アイデアの

内部化(outside-in)が多いが、一方で自社開発の技術など内部の知識・アイデアの外部化

(inside-out)も行われている。社内で使われない技術を他社等で使ってもらえれば、それ

は技術者のヤル気にもつながる。また、技術に限らず、トレードマークやデザイン、マー

ケティングモデルなどもそうした内部知識の外部化に含まれる。

同社の C&D に関するウェブサイトには、P&G の技術ニーズが掲載され、誰でもそれに

応えることができる。C&D 活動は、すでに 1000 件以上の契約を生み、それは個人発明家

から中小・ベンチャー企業、大企業に及び、そこには競合他社も含まれる。消臭芳香剤の

「置き型ファブリーズ」は、ベンチャー企業など複数の日本のパートナー企業との共同開

発で生まれた。また、「ファブリーズ・アロマ」は、イタリアからの浸透膜技術の導入に

より、一定の香りが長持ちすることを実現した。これらはプリングルズ・プリンツと同様、

外部知識の内部化の例であり、そのほかにも数多くの成功例がある。

それに対して、内部の技術などの外部化は、相対的に数は少ないものの、次のような事

例がある。かつて P&G がジュース事業を持っていたころ吸収性の良いカルシウムを発見

したが、その後それは社内で活用されることがなかった。P&G は、このカルシウム技術

を富永貿易株式会社に売却し、そこから「カルシュウムパーラー」という商品名で販売さ

れた。

このほか、日本では P&G のライバル企業でもあるユニチャームは、海外で掃除用品を

P&G ブランドの「スイファー・ダスター」として販売しているが、これはトレードマー

クの外部化と言える。また、非競合企業に対して、マーケティング・スキルを移転するこ

ともある。P&G が培ってきたグローバルな経営・マーケティングのノウハウをサプライ

ヤー企業などパートナーの育成などに活用しているのである。

C&Dの成果

P&Gでは、2000年にC&D活動を本格的に展開してから、研究開発の効率性を向上させ、

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高いイノベーションの成果を生み出してきた。このC&D活動がもたらした変化は、様々な

点で表れている。

たとえば、開発した新製品のうち、社外で開発された要素を何らかの形で利用している

ものの割合は、2000年時点では約15%に過ぎなかったが、5年後の2005年には35%に達し、

さらに2007年には約50%となった。

研究開発に要するコストや期間は大幅に減少した。研究開発支出を見ると、2000年には

4.8%だった売上高研究開発費率も2005年には3.4%に低下し、その後は2%台半ばで推移して

いる。P&Gの競争力にとって特に重要なのは、開発期間の短縮であった。同様の製品の開

発と比較した場合、C&Dへの取り組みの前後で、開発期間は半分に短縮されたとされる。

日用品を中心とした一般消費財を扱うP&Gにおいては、Time to Market(市場投入までの時

間)が極めて重要な戦略方針になっており、この意味でC&Dが果たす役割は大きい。

C&Dの全社展開のための組織と管理

最後に、C&Dの導入・展開に向けてP&Gが意識した組織・管理上の課題とそれへの対応

について整理しておこう。

まず、C&Dをスタートするにあたって、P&Gは企業文化そのものの変革が必要であると

考え、そのための意識付けや管理システムの設計を行った。すでに述べたように、P&Gは

イノベーションについては自前主義的傾向が強く、どちらかと言えば保守的で内向きの企

業であった。そのため、C&Dを実りあるものにするためには、人脈を広げる仕組みを整え

るだけでなく、企業文化の変革を促す必要があった。そこで、P&Gの門戸を開いて社外の

知識やアイデアを歓迎するだけでなく、社内のアイデアを積極的に交流させることに努め

た。

新しい知識・アイデアを求めて社外の探索に尽力しても、全社挙げての支援がなければ、

あだ花に終わってしまう。ひとたび開発プロセスに乗ったアイデアには、R&D、製造、市

場調査、マーケティングをはじめ、各部門の後押しが欠かせないことが強く認識された。

製品開発プロジェクトをスタートさせる際、R&Dのスタッフは社内のどこかで関連研究が

進んでいないか、まず確認することになっている。次に、提携先やサプライャーなど、自

社が構築した社外ネットワークから解決策が得られないか調査しなければならない。外部

の専門仲介企業によるオープン・ネットワークに解決策を求めるは、あくまでこれら二つ

のルートから目的とする知識・アイデアが得られない場合に限られる。こうした方針を全

社的に共有することが必要であった。

また、報奨制度について、最終的に開発された製品が市場で成功すれば、その開発に携

わった社員たちには、アイデアが社内発であろうと社外からのものであろうと等しく報奨

が与えられることとした。その評価に当たっては、開発スピードが一つの重要な項目にな

るため、P&Gの報奨体系は社外のアイデアに基づいて発展させたイノベーションに有利に

できている。実際、「プリングルズ・プリンツ」のように外部の知識・アイでを利用した

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ほうがコンセプト開発から発売まで、通常よりも短期間で済むことが多いためである。

また、社内外のアイデアの活用という点に関連して、P&Gでは2つの点を重視していた。

一つは、それがどこで得られたものであろうと、優れた知識・アイデアは必ず日の目を見

させること。もう一つは、企業文化に一定のプレッシャーをかけ続けて、NIHの思考様式に

戻らないようにすることである。社員たちは当初、C&Dが仕事を奪ってしまうのではない

か、P&Gの開発能力が損なわれてしまうのではないかと懸念した。社外から取り入れるア

イデアが増えれば、その分だけ社内のアイデアが不要になると考えたのであった。

しかし、ラフリーが掲げた年率平均4~6%というP&Gの成長目標から考えて、事業を成長

させるための優れた知識・アイデアへのニーズは飽くことがない。事実、C&DによってR&D

の職が奪われたことは一度もなく、むしろ新たな職能を増やしたほどである。

C&Dの取り組みは、何年もかかって練り上げられてきたものである。途中、何度か揺り

戻しも経験した。しかし全体としては、失敗は正し、成功事例を展開するという学習のプ

ロセスを通じて次第に受け入れられ、いまではP&Gのイノベーションを支える原動力とし

て根付いている。