メンテナンスフリーのセンサーを実現する エネル …...特に,M2M(Machine to...

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FUJITSU. 64, 5, p. 557-563 09, 2013557 あらまし エネルギー・ハーベスティング技術は,太陽光や照明光,機械の発する振動,熱など のエネルギーを収穫(ハーベスティング)し,電力を得る技術である。M2M Machine to Machine)無線センサーネットワークの無線センサーモジュールにエネルギー・ハーベ スティング技術を適用すると,系統電力や1次電池を必要としないため,メンテナンス フリー,電池交換レス,配線レスなどの新しい価値を享受することが可能となる。また, エネルギー・ハーベスティング技術の利活用は,省エネルギー,CO 2 削減など環境に対 して優しくクリーンな技術を進めることにつながるため,これからの環境配慮,省エネ ルギー化に対応した次世代スマートシティやサステナブル社会の実現に際しても有益な 技術と考えている。 本稿では,エネルギー・ハーベスティング技術をM2M無線センサーモジュールに適用 し,メンテナンスフリーを実現するための要素技術として,富士通研究所が研究開発を 進めているハーベスティング用酸化物熱電変換材料,全固体2次電池,環境発電テスター 技術を紹介する。 Abstract Energy Harvesting Technology obtains electric power from the ambient environment, from sources such as sunshine, machine vibration and thermal sources. It extends the possible range of application of Machine to Machine (M2M) wireless sensor networks by offering maintenance-free operations, saving energy, and requiring less wiring. Moreover, Energy Harvesting Technology that achieves battery-less operations and reduces CO 2 is useful as technology for the next-generation Smart City and the Sustainable Society. This paper describes the research and development situation in Fujitsu Laboratories with regards to oxide thermoelectric material technology, all-solid secondary battery technology, and environmental power generation tester technology that are used in Energy Harvesting Technology for maintenance-free M2M wireless sensor modules. 田中 努   鈴木貴志   栗原和明 メンテナンスフリーのセンサーを実現する エネルギー・ハーベスティング技術 Maintenance-Free Sensor Made with Energy Harvesting Technology

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FUJITSU. 64, 5, p. 557-563 (09, 2013) 557

あ ら ま し

エネルギー・ハーベスティング技術は,太陽光や照明光,機械の発する振動,熱など

のエネルギーを収穫(ハーベスティング)し,電力を得る技術である。M2M(Machine to Machine)無線センサーネットワークの無線センサーモジュールにエネルギー・ハーベスティング技術を適用すると,系統電力や1次電池を必要としないため,メンテナンスフリー,電池交換レス,配線レスなどの新しい価値を享受することが可能となる。また,

エネルギー・ハーベスティング技術の利活用は,省エネルギー,CO2削減など環境に対

して優しくクリーンな技術を進めることにつながるため,これからの環境配慮,省エネ

ルギー化に対応した次世代スマートシティやサステナブル社会の実現に際しても有益な

技術と考えている。

本稿では,エネルギー・ハーベスティング技術をM2M無線センサーモジュールに適用し,メンテナンスフリーを実現するための要素技術として,富士通研究所が研究開発を

進めているハーベスティング用酸化物熱電変換材料,全固体2次電池,環境発電テスター技術を紹介する。

Abstract

Energy Harvesting Technology obtains electric power from the ambient environment, from sources such as sunshine, machine vibration and thermal sources. It extends the possible range of application of Machine to Machine (M2M) wireless sensor networks by offering maintenance-free operations, saving energy, and requiring less wiring. Moreover, Energy Harvesting Technology that achieves battery-less operations and reduces CO2 is useful as technology for the next-generation Smart City and the Sustainable Society. This paper describes the research and development situation in Fujitsu Laboratories with regards to oxide thermoelectric material technology, all-solid secondary battery technology, and environmental power generation tester technology that are used in Energy Harvesting Technology for maintenance-free M2M wireless sensor modules.

● 田中 努   ● 鈴木貴志   ● 栗原和明

メンテナンスフリーのセンサーを実現するエネルギー・ハーベスティング技術

Maintenance-Free Sensor Made with Energy Harvesting Technology

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メンテナンスフリーのセンサーを実現するエネルギー・ハーベスティング技術

センサー設置を可能とし,より細かな検出と見える化,および今までは検出が不十分であった場所の見える化が可能になる。エネルギー・ハーベスティング技術は,スマートシティの,省エネ,省資源,安心・安全に大きく貢献すると考えられる。エネルギー・ハーベスティング素子によって発電された微弱な電力を有効に,そして効率良く活用するためには,蓄電素子が必須である。そして,M2M用無線センサーモジュールの開発では,エネルギー・ハーベスティング素子と蓄電素子を合わせた電源プラットフォームの考え方が重要になる。これは,エネルギー・ハーベスティング素子の発電が何らかの環境変化などにより発電しなかった場合でも,センシングや無線送信などの一連の動作を行う必要があるからである。エネルギー・ハーベスティング素子と蓄電素子をあわせた電源プラットフォームにより,発電した電力をコントロールし,センサーの種類に依存せずに安定した電力供給を可能とする(図-2)。本稿では,エネルギー・ハーベスティング技術をM2M無線センサーモジュールに適用し,メンテナンスフリーを実現するための電源プラット

ま え が き

エネルギー・ハーベスティング技術は,身の回りにある熱(温度差)や振動,光など,これまではあまり使われてこなかったエネルギーを収穫(ハーベスティング)し,電力に変換して利活用する技術であり,環境発電技術とも呼ばれている。これらのエネルギーから変換された電力はµWからmWと微弱であるが,収集して適材適所に使うことによって,系統電力のない場所での電力供給やメンテナンスフリー,電池交換レス,配線レス実現など,新しい価値を享受することが可能となる。特に,M2M(Machine to Machine)無線センサーネットワークとの親和性が高く,エネルギー・ハーベスティング技術をM2M無線センサーモジュールに適用することにより各種センサーを使ったワイヤレスセンサーネットワークをメンテナンスフリー化することが可能となる。エネルギー・ハーベスティング技術の適用イメージを図-1に示す。エネルギー・ハーベスティング技術により,無線センサーの多量配置,地下や特殊施設など人が立ち入ることができない場所への

ま え が き

図-1 エネルギー・ハーベスティング技術のスマートシティへの適用イメージ(無数のピンポイントデータ活用で省エネ,省資源,安心・安全を効果的に推進)

農作業の最適化による省エネ促進,災害,花粉,PM2.5情報/予報。

電池交換不要で装着を意識させないヘルスモニター。

プロセス/保守最適化による省エネ促進と災害防止。

詳細な情報収集により空調/照明管理で省エネ促進。

エネルギー・ハーベスティング無線センサー

家庭/ビルの省エネ化

工場/プラントの省エネ化

気象/大気汚染の高度把握 ヘルスケアの促進

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メンテナンスフリーのセンサーを実現するエネルギー・ハーベスティング技術

ゼーベック係数が大きいものの熱伝導率も高いため,バルク単結晶のZTは室温で0.1程度である。著者らは,STOの熱電特性を改善するため,次の二つの方法を試みた。(1) 薄膜化による熱伝導率の低下(2) エネルギーフィルタリングによるゼーベック係数の向上薄膜化については,膜厚を数十nmにまで薄くするとフォノンモードの変化により熱伝導率が低下することが知られている。しかし,STOの場合,これまでは薄膜化すると導電率が大幅に低下してしまい,ZTはバルク単結晶より悪化してしまう。熱電変換材料としてのSTOは,導電率を高めるためにNbなどをドーピングしているが,薄膜化するとドーピングによる格子歪

ひずみ

の影響が顕著になり,この影響で導電率が低下する。X線回折による格子定数の精密な分析からこの現象を明らかにし,その対策として,Srと置換するLaおよびTiと置換するNbを両方同時にドーピングするとともに,Laによる歪とNbによる歪を相殺するようにドーピング量を調整することで,ゼーベック係数および導電率を悪化させずに薄膜化させることに成功した。図-3はSTO単結晶基板上に成膜した厚さ約30 nmの(Sr,La)(Ti,Nb)O3薄膜の断面TEM(透過電子顕微鏡)像である。基板との区別が困難なほど,欠陥や歪のない高品位の薄膜が形成されていることが分かる。熱伝導率がバルク単結晶の約1/2となることを確認し,ZTを0.23にまで高めることができた。(1)

エネルギーフィルタリングとは,バンドギャップが僅かに異なる薄膜を積層すると,積層界面でエネルギーが低い電子がフィルタリングされ,その結果としてゼーベック係数が大幅に向上するという現象である。古くから理論的に予想されている現象でありバンドギャップの制御が容易な化合物半導体では確認されている現象であるが,酸化物系ではこれまでに報告はない。著者らは,XPS(X線光電子分光)による酸化物薄膜の電子構造およびバンドギャップの精密な測定(2)と第一原理計算による材料シミュレーション(3)により,高いエネルギーフィルタリング効果が得られる層構成を予測するとともに,前出の高精度の薄膜成膜技術を駆使し,世界で初めて酸化物薄膜のエネルギー

フォームに向けた要素技術として,富士通研究所が研究開発を進めているハーベスティング用酸化物熱電変換材料,全固体2次電池,環境発電テスター技術を紹介する。

熱電変換材料

エネルギー・ハーベスティング技術の有力な要素技術の一つに熱電変換がある。熱電変換とは,物質の両端に温度差を加えると起電力が生じる現象(ゼーベック効果)である。このような性質を持つ材料(熱電変換材料)から成る素子を,例えば人の肌と空気の間に配置すると,体温と気温の温度差で発電し電力を取り出すことができる。体温や脈拍などの人体情報をセンシングして無線送信する電力をこの体温発電で賄うことができれば,電池交換不要のヘルスケアモジュールが実現できる。熱電変換材料の特性は,一般に次式で表される

ZTという無次元性能指数で評価される。ZT=S2δT/κ ZT :熱電性能指数 S :ゼーベック係数(熱起電力) δ :導電率 κ :熱伝導率 T :温度熱電変換を実用化するためには,ZTが1以上の材料が必要と言われているが,現在,室温でこの要求を満足する材料はBiTeやPbTeといった,有害で資源量に乏しい重金属系しかなかった。ヘルスケアなどに適用するためには,重金属系ではない環境負荷の小さい新たな材料の開発が必要である。現在,著者らが開発に取り組んでいる材料は,

SrTiO3(以下,STO)を主体とする酸化物薄膜で毒性のない環境負荷が小さい材料である。STOは

熱電変換材料

図-2 自己発電無線センサーモジュール

センサー 処理 無線

エネルギー・ハーベスティング素子

蓄電素子

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メンテナンスフリーのセンサーを実現するエネルギー・ハーベスティング技術

フィルタリング効果を確認した。試作した薄膜は(Sr,La)(Ti,Zr)O3薄膜と(Sr,La)TiO3薄膜の積層体で,ゼーベック係数をSTOバルク単結晶の約2倍にまで高めることができた。シミュレーションでは,ゼーベック係数を約9倍にまで高めることができる結果を得ており,今後は更なる特性の改善を目指す。また,エネルギーフィルタリング効果を有効利用できるデバイス構造の考案と発電デバイスとしての実証を行う。

全固体2次電池

電源プラットフォーム用の蓄電素子として,全固体2次電池の研究開発を行っている。現在ノートPCやスマートフォンに使用されているLi(リチウム)イオン2次電池の電解質は,有機系の電解液や重合体が使用されているため高温になると発火する心配があり,ヘルスケアなど人体への適用や火災の心配のある場所での使用が困難である。全固体2次電池は,電解質が固体であるため発火の心配がなく,繰り返し使用しても劣化しにくいという特徴を持ち,電源プラットフォーム用の蓄電素子として適している。しかし,電解質中のLiイオンの通りやすさの指標であるイオン導電率の向上が

全固体2次電池

課題となっている。つまり,固体電解質中をLiイオンが高速に行き来しやすくする必要がある。本章では,この全固体2次電池の固体電解質のイオン導電率向上に向けた研究成果として,新たに開発した硫化物系固体電解質材料LiPBSの特性を報告する。実験に用いた全固体2次電池の構成を図-4に示す。プラス(+)極の電極に正極活物質としてLiCoO2を用い,その上に固体電解質層を配置し,その上に負極活物質としてLiAlを用いマイナス(-)極の電極を配置した。新たな高イオン導電率の固体電解質材料の開発に際しては,固体電解質のイオン導電率を向上させるために,以下の二つの方法を試した。(1) イオン半径の異なる陽イオンを置換し,結晶中のイオン導電経路を変化させる。

(2) 価数の異なる陽イオンを置換して,導電種であるLiの量を変化させる。また,目標のイオン導電率はバルク粉体で実用レベルの10-4 S・cm-1以上とした。まず従来から知られている固体電解質材料Li3PS4の5価のP(リン)に対して,イオン半径の小さな3価のB(ホウ素)を置換し,(1),(2)を同時に行う効果を実験した。具体的には,固溶系Li3+3/4xP1-3/4xBxS4とし,B量xを0.10から1.00まで変化させた材料を合成し,比較実験を行った。イオン導電率の測定結果を図-5に示す。イオン導電率は,B量(x)が増加するにつれて向上し,x=0.35で最大となり,それ以降は低下傾向を示した。x=0.35のイオン導電率は2.2×10-4 S・cm-1であり,目標値以上の高いイオン導電性を示すことが分かった。更に詳細にイオン導電率変化の原因を分析するため,兵庫県

図-4 全固体2次電池の構成

10 nmSrTiO3

(Sr,La)(Ti,Nb)O3

2 nm

図-3 SrTiO3基板上に成膜した(Sr,La)(Ti,Nb)O3薄膜の断面TEM像

固体電解質

負極(LiAl)

正極(LiCoO2)

400 µm

400 µm

200 µm

プラス極

マイナス極

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メンテナンスフリーのセンサーを実現するエネルギー・ハーベスティング技術

スに適用する際には,まず最初に設置環境における発電量を把握して全体設計する必要がある。定常的に光や振動環境,あるいは温度差が発生する条件が決まっていれば,それぞれの条件に合った発電方法を選択すればよく,発電量の見積もりもできる。しかし,例えばエネルギー・ハーベスティング技術を産業機器に適用する場合,機器が屋内にあるのか,あるいは屋外のどこにあるのかによって光環境は大きく変わる。また産業機器を終夜運転するのか,あるいは断続的に運転するのかによって振動や発熱状態は大きく変動する。そのためこのような場合では得られる発電量の見積もりも難しい。また環境発電から得られる不安定な発電から安定した電源を構成するためには通常,キャパシターなどの蓄電機構を組み込むが,蓄電容量が足りない場合には全固体2次電池などの2次電池を組み込むことが必要になる。次に考慮しなければならないのは,得られた発電量の中で,センシングデバイスをどのくらい動作させることができるのかを把握することである。環境発電では発電量が必ずしも十分でないことが多く,そのため電力を消費する側にも制約が生ずる。多くの場合,例えば低消費電力のセンサーを選択したり,目的に応じてセンシングやデータ処理・データ送信の間隔を長くしたりするが,それらの組合せは多種多様なものとなる。当然のことながら環境発電を用いたセンシングアプリケーションが成立するためには,発電・蓄

の播磨科学公園都市にある世界最高性能の大型放射光施設SPring-8による放射光X線回折データを用いてリートベルト解析を行った。その結果,大きく三つの構造に分かれており,イオン導電率の最も高い構造Bは,Pnma型空間群の結晶構造でイオンは稜共有でつながれたLiS6八面体中心のLiを介して導電していると考えられる。また,イオン導電率の高低は,Liイオンが通り抜けるLiS6八面体の三角形の窓の大きさに依存していることが明らかになった。(4)

開発した固体電解質材料LiPBS(結晶構造B)を用いて試作した全固体2次電池の繰返し充放電特性結果を図-6に示す。正極材料,固体電解質材料(400 µm),負極材料を積層し約1 tの圧力をかけて電池化した。4回の繰返し充放電において劣化のない充放電曲線が得られ,全固体2次電池機能を確認した。なお,更に繰返し充放電においても劣化ないことを確認している。以上のように電源プラットフォーム用の蓄電素子として,全固体2次電池の研究開発を行い,高いイオン導電率を示す固体電解質材料の開発に成功した。今後は長期にわたる繰返し特性評価や製造プロセスの低コスト化を行うとともに,更なる高性能化を研究し,全固体2次電池を用いた電源プラットフォームの実用化を目指していく。

環境発電テスター

エネルギー・ハーベスティング技術を様々なケー

環境発電テスター

図-5 固体電解質材料LiPBSのホウ素量依存性 図-6 全固体2次電池の繰返し充放電特性

目標値

ホウ素(B)量(Li3+3/4xP1-3/4xBxS4)

LiPON (製品)のイオン導電率

10-3

10-4

10-5

10-6

10-7

10-8

0.0 0.2 0.4 0.6 0.8

イオン導電率(

S・

cm-

1 )

構造 B構造 A 構造 C

1.0

LiPS(ベース材料)

2.2×10-4 S・cm-1

1

2

3

4

5

0 20 40 60 80電池容量 (mAh・g-1)

電圧

(V)

放電

充電 繰返し4回

繰返し4回

固体電解質(LiPBS)負極(LiAl)

正極(LiCoO2)プラス極

マイナス極

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メンテナンスフリーのセンサーを実現するエネルギー・ハーベスティング技術

なエネルギー・ハーベスティング素子を用いたセンシングとデータ送信ができるのみならず,発電量が小さくても電池を用いて各種エネルギー・ハーベスティング素子の発電量や蓄電量のモニタリングが可能になる。そこでこの装置を「環境発電テスター」と名付け,エネルギー・ハーベスティング素子やセンサーはコネクターを用いて簡単に外付けできるようにして,エネルギー・ハーベスティング技術が活用できると想定される現場にすぐに持ち込めるように実装した。アプリケーションの一例として工業用モーターを想定し,高温(約50℃)になったモーター表面と外気(約20℃)との温度差で発電された発電量を環境発電テスターでモニタしてその値を10 s間隔で送信した。離れた場所に設置したノートPC上で受信し,モニタしている受信ソフトの表示例を図-7(b)に示す。受信された発電電圧の値と,そこから得られる発電量からどの程度の時間間隔でセンシング・無線送信が可能かの目安を知ることができる。以上のように,環境発電テスターを用いることで,各種エネルギー・ハーベスティング素子からの発電電力や蓄電状況をポイントごとに見える化

電量が消費電力よりも十分大きいことが必要となる。しかし上述のように両者の値はそれぞれ条件に大きく依存し,更に発電量に応じてセンシングデバイスの消費電力が変化するような場合を想定すると,より一層複雑な組合せが発生する。そこで著者らは様々な環境発電(熱電,太陽電池など)と全固体2次電池をはじめとする蓄電素子の組合せを電源として利用でき,また入力デバイスには各種のセンサーを選択して接続できる,環境発電テスターを設計・試作した{図-7(a),表-1}。この回路に無線モジュールを接続することにより,環境発電で得て,蓄電素子に蓄えられた電力でセンサーデータを無線送信することが可能となり,エネルギー・ハーベスティング素子による発電量が低い場合にはボタン電池を用いても動作する。無線モジュールには様々な規格のものが接続できる。ここではIEEE 802.15.4規格(2.4 GHz帯)のモジュールを用い,見通し距離で約1 km離れたところまで送信できるようにした。更に,回路内部の切替えスイッチにより,各種センサーのデータのみならず,発電電力や蓄電状況をモニタできる。すなわちこの汎用回路を用いると,様々

Start Clear

DotLine

Stop

0

0.1

0.2

0.3

0.4

熱電発電電圧(

V)

熱電発電量モニタ

5 s/回10 s/回1 min/回

2 s/回

(a) 環境発電テスターの外観 (b) 受信ソフトの表示例(熱電発電量モニタ)

無線規格:IEEE 802.15.4(2.4 GHz)

10  cm

30 s

図-7 環境発電テスター

表-1 環境発電テスターの主な装置構成電源 蓄電機構 センサー入力 送信データ

環境発電 太陽電池発電 熱電発電 そのほか(5 V入力)ボタン電池

全固体2次電池キャパシター

温湿度加速度音声A/D (1ch)I2C (1ch)

センシングデータ発電電圧蓄電電圧

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メンテナンスフリーのセンサーを実現するエネルギー・ハーベスティング技術

め,発電量の向上が重要な課題である。センサーやマイコン,無線の省電力化技術,少ない電力を無駄なく使う電源技術などの使いこなしと全体設計も重要になる。エネルギー・ハーベスティングを用いたM2M無線センサーネットワーク実現に向け,今後も関係機関との連携を図りながら研究開発を加速していきたい。

参 考 文 献

(1) J. D. Baniecki et al.:Electronic transport behavior of off-stoichiometric La and Nb doped SrxTiyO3-δ epitaxial thin films and donor doped single-crystalline SrTiO3.Appl. Phys. Lett.Vol.99,Issue23,p.23211-1―23211-3(2011).

(2)R. Schafranek et al.:Band offsets at the epitaxial SrTiO3/SrZrO3(0 0 1)heterojunction.J. Phys. D Vol.45,No.5,055303(2012).

(3)J. D. Baniecki et al.:Density functional theory and experimental study of the electronic structure and transport properties of La, V, Nb, and Ta doped SrTiO3.J. Appl. Phys.Vol.113,Issue1,p.013701-1―013701-11(2013).

(4)K. Homma et al.:Enlarged Lithium-Ions Migration Pathway by Substitution of B for P in LiPS.ECS Transactions Vol.50,No.26,p.307-314(2012).

田中 努(たなか つとむ)

環境・エネルギー研究センター 所属現在,エネルギー・ハーベスティング技術,および蓄電技術の研究開発に従事。

栗原和明(くりはら かずあき)

環境・エネルギー研究センター 所属現在,エネルギー・ハーベスティング技術の研究開発に従事。

鈴木貴志(すずき たかし)

環境・エネルギー研究センター 所属現在,エネルギー・ハーベスティング技術の研究開発に従事。

著 者 紹 介

し,アプリケーションに応じた発電,蓄電,センサーの最適化による全体設計が可能となり,エネルギー・ハーベスティング技術が有効なセンシング・無線通信アプリケーションを探索する上で強力なツールとなる。

む  す  び

富士通が目指すヒューマンセントリック・インテリジェントソサエティでは,無数のセンサーからの膨大なデータを効率良く収集することが必要とされる。エネルギー・ハーベスティング技術はメンテナンスフリーの無線センサーを実現できる技術であり,M2M無線センサーネットワークによるビッグデータ収集に大きな効果を発揮すると考えられる。また,スマートシティにエネルギー・ハーベスティング技術を適用した場合,電池交換の煩雑さから解放されるため,無線センサーの多量配置が可能となる。更に,地下や高温/高放射線量領域など,人が立ち入ることができない場所にもセンサーを設置できるため,データ量だけでなく,今まで分からなかった世界の見える化も可能である。更に,エネルギー・ハーベスティング技術を発展,普及させることができれば,社会の省エネ,省資源,安心・安全に大きく貢献すると考えられる。しかし,エネルギー・ハーベスティング技術で得られる電力はµWからmWオーダーと小さいた

む  す  び