インクリメンタルフォーミング 金型レス・CNCフレ …142 日本機械学会誌...

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142 日本機械学会誌 2007. 2 Vol. 110 No. 1059 インクリメンタルフォーミング ―  金型レス・CNC フレキシブル塑性加工の新展開  1. はじめに インクリメンタルフォーミングは, 塑性加工のダイレス化とインテリジェ ント化を目指して 1990 年代に 日本で 提案された新しい成形技術である (1) インクリメンタルフォーミングは, 広義には空間逐次的に成形を行う塑性 加工の総称である.マイクロ部品から 航空機用大型部品の加工におよぶ広い 適用範囲をもち,フレキシブルダイス のように形状を制御変数とするものか ら,レーザ成形のように局所的なひず み導入を繰り返して形状を得るものま でさまざまな原理が提案されている. 2. 方法と特徴 図1 (a)および(b)は,スタイラ ス状の成形工具を用いる代表的な 2 つ のインクリメンタルフォーミングプロ セスである.成形原理は,CNC 制御 された工具を目的製品形状の等高線に 沿って動かし,その運動軌跡包絡面と して製品形状を得るのが基本である. 前者は材料を工具押込み方向へ逐次的 に張出し,後者は材料を後方へ張出す. 本プロセスの最大の特徴は,従来法 を凌 りょう する成形限界である.本法では 素材は実質的に,従来プレス成形法の 数倍の成形限界を示し,ひずみが 100% を超えるデータも報告されている. さらに,前者では複雑な多数回の工 具パスを用いることにより垂直壁やア ンダーカット形状の成形や板厚制御が 可能である. 3. 応用事例 図2(a)は,図 1(b)の原理を商 品化した逐次逆張出し成形機であ (2) .本技術が最初に応用されたのは, 同図(b)などの自動車車体パネルの 試作や,金型が存在しない古い車種の 補修部品の成形である.国内外の主要 自動車メーカがこの技術に注目してお り,一部は実車にも用いられている. もう一つの重要な応用分野は,歯科 および医療分野である.例えば,歯科 分野においては,軽く生体親和性に優 れたチタンが医療用素材として注目さ れている.その加工は主に精密鋳造に より行われているが,高温活性に関わ る問題を克服できる高価な設備と技工 士の高度な技が必要である.義歯床(総 入れ歯の底部)などの薄板シェル形状 の歯科補 てい 物の製作に本成形技術を利 用できればチタンを歯科医療にもっと 容易に使用できる.とくに,患部に合 わせて製品形状がすべて異なる歯科医 療補綴分野では本技術は有用であり, 歯科技工の CAD/CAM 化を促進する 期待を担っている.図 3 は,無歯口 こう がい 3 次元デジタル形状データを用いて製 作されたチタン床総義歯の一例であ (3) .その他,この単品生産に適した デジタルプロセスである特徴を生かし て,医療分野への応用も検討され始め ている (4) 4. おわりに インクリメンタルフォーミングに代 表される優れた日本のフレキシブル塑 性加工技術は海外からも注目されてお り,最近,これらを紹介するレビュー が海外誌に掲載されている (5) .10 年 先行していた日本オリジナルの技術も ついに他国研究者の追撃を受ける状況 に直面し,高精度化と多機能化を目指 す次世代の技術開発を目指して,レー ザプロセス等とのコラボレーション新 技術の研究が始まっている. (原稿受付 2006 年 11 月 13 日) 〔田中繁一 静岡大学〕 ─ 52 ─ ●文 献 (1)“21 世紀のインクリメンタルフォーミング 小特集”,塑性と加工,42-489 (2001) , 983-1055. ( 2 )http://www.amino.co.jp/ ( 3 )Tanaka, S., Nakamura, T., Hayakawa, K., Nakamura, H., Motomura, K., Incremental Sheet Metal Forming Process for Pure Titanium Denture Plate, Advanced Technology of Plasticity , (2005) , 340-341, EDIZIONI PROGETTO PADOVA. ( 4)Ambrogio, G., ほか, Application of Incremental Forming Process for High Customised Medical Product Manufacturing, J. Materials Processing Technology , 162 (2005) , 156-162. ( 5 )Allwood, J.M., Utsunomiya, H., A Survey of Flexible Forming Processes in Japan, Int. J. Machine tools and manufacturing , 46(2006) ,1939-1960. (a) 逐次(前方)張出し成形 (b) 逐次逆(後方)張出し成形 図 1 インクリメンタル成形 図 3 インクリメンタル成形チタン床を用い た総義歯 (3) (a)ダレイレス NC フォーミング機 図 2 商用インクリメンタル成形機と車体パ ネル成形例 (2) (b)成形例

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142 日本機械学会誌 2007. 2 Vol. 110 No.1059

インクリメンタルフォーミング― 金型レス・CNCフレキシブル塑性加工の新展開 ―

1. はじめに インクリメンタルフォーミングは,塑性加工のダイレス化とインテリジェント化を目指して 1990 年代に 日本で提案された新しい成形技術である(1). インクリメンタルフォーミングは,広義には空間逐次的に成形を行う塑性加工の総称である.マイクロ部品から航空機用大型部品の加工におよぶ広い適用範囲をもち,フレキシブルダイスのように形状を制御変数とするものから,レーザ成形のように局所的なひずみ導入を繰り返して形状を得るものまでさまざまな原理が提案されている.2. 方法と特徴 図1 (a)および(b)は,スタイラス状の成形工具を用いる代表的な 2 つのインクリメンタルフォーミングプロセスである.成形原理は,CNC 制御された工具を目的製品形状の等高線に沿って動かし,その運動軌跡包絡面として製品形状を得るのが基本である.前者は材料を工具押込み方向へ逐次的に張出し,後者は材料を後方へ張出す. 本プロセスの最大の特徴は,従来法を 凌

りょう

駕が

する成形限界である.本法では素材は実質的に,従来プレス成形法の数倍の成形限界を示し,ひずみが 100%を超えるデータも報告されている. さらに,前者では複雑な多数回の工具パスを用いることにより垂直壁やアンダーカット形状の成形や板厚制御が可能である.3. 応用事例 図2(a)は,図 1(b)の原理を商品化した逐次逆張出し成形機である(2).本技術が最初に応用されたのは,同図(b)などの自動車車体パネルの試作や,金型が存在しない古い車種の補修部品の成形である.国内外の主要自動車メーカがこの技術に注目しており,一部は実車にも用いられている. もう一つの重要な応用分野は,歯科および医療分野である.例えば,歯科分野においては,軽く生体親和性に優れたチタンが医療用素材として注目されている.その加工は主に精密鋳造に

より行われているが,高温活性に関わる問題を克服できる高価な設備と技工士の高度な技が必要である.義歯床(総入れ歯の底部)などの薄板シェル形状の歯科補

綴てい

物の製作に本成形技術を利用できればチタンを歯科医療にもっと容易に使用できる.とくに,患部に合わせて製品形状がすべて異なる歯科医療補綴分野では本技術は有用であり,歯科技工の CAD/CAM 化を促進する期待を担っている.図 3 は,無歯口

こう

蓋がい

3 次元デジタル形状データを用いて製作されたチタン床総義歯の一例である(3).その他,この単品生産に適したデジタルプロセスである特徴を生かして,医療分野への応用も検討され始めている(4).4. おわりに インクリメンタルフォーミングに代表される優れた日本のフレキシブル塑性加工技術は海外からも注目されており,最近,これらを紹介するレビューが海外誌に掲載されている(5).10 年先行していた日本オリジナルの技術もついに他国研究者の追撃を受ける状況に直面し,高精度化と多機能化を目指す次世代の技術開発を目指して,レーザプロセス等とのコラボレーション新技術の研究が始まっている.

(原稿受付 2006 年 11 月 13 日)

〔田中繁一 静岡大学〕

─ 52 ─

●文 献( 1 )“21 世紀のインクリメンタルフォーミング

小 特 集 ”, 塑 性 と 加 工,42-489 (2001), 983-1055.

( 2 )http://www.amino.co.jp/( 3 )Tanaka, S., Nakamura, T., Hayakawa, K.,

Nakamura, H., Motomura, K., Incremental Sheet Metal Forming Process for Pure Ti tanium Denture Plate, Advanced Technology of Plasticity, (2005), 340-341, EDIZIONI PROGETTO PADOVA.

( 4 )Ambrogio , G. , ほか, Appl icat ion of Incremental Forming Process for High C u s t o m i s e d M e d i c a l P r o d u c t Manufacturing, J. Materials Processing Technology, 162 (2005), 156-162.

( 5 )Allwood, J.M., Utsunomiya, H., A Survey of Flexible Forming Processes in Japan, Int. J. Machine tools and manufacturing, 46(2006),1939-1960.

(a) 逐次(前方)張出し成形

(b) 逐次逆(後方)張出し成形

図 1 インクリメンタル成形

図 3 インクリメンタル成形チタン床を用いた総義歯(3)

(a)ダレイレス NC フォーミング機

図 2 商用インクリメンタル成形機と車体パネル成形例(2)

(b)成形例