インターネットマガジン1999年11月号―INTERNET...

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オーディションで選ばれたまったく無名の新人な ら、撮影機材も家庭用のビデオという具合。 外電などによれば、手持ちカメラによるブレの 激しい映像に気持ちの悪くなる観客が続出、上映 中に映画館のトイレに駆け込む観客が相次いで悲 惨な状態になり、映画館は予想外の入場者数に 喜びながらもトイレの掃除におおわらわとか。 また、行方不明事件の現場検証やインタビュー などをまとめた公式事件報告書(もちろんフェイ ク)などの関連グッズが発売されて評判を呼んだ り、この映画の舞台となったと思われるメリーラン ドの小さな町に熱心なファンが押し寄せて住民は 困惑……などなど、エピソードにはことかかない。 しかし本コラムとして注目したいのは、この映 画がヒットしていったプロセスにある。 制作費10万ドル(6万ドルという説もある)で 作られたこの映画が最初に注目されたのは、イン ディーズ映画のフェスティバルとして有名なサン ダンス映画祭でのこと。アーティザン・エンター テイメントという会社がこれに目を付け、100万 ドルで買い取った。制作者としてはこれだけでも 大満足だろう。 さて、ハリウッドのメジャースタジオであればテ 今年の夏、1つの映画がアメリカで大きな話題 になった。といっても、例の「スターウォーズ: エピソード1」のようなメジャー系の映画ではない。 無名のグループが作った低予算映画が、大金をか けたメジャー映画をしのぐ大ヒット(8月末時点 での予想興業収入1億3,000万ドル)を記録した という、いかにもアメリカ人好みの元気になる話 である。 問題の映画「The Blair Witch Project」(以下 「BWP」)はフロリダの2人の大学生が中心になっ て制作した、いわゆるホラー映画。伝説の魔女を 求めてメリーランド州のある森にビデオカメラを 持って入っていった3人の学生が行方不明になり、 彼らが撮影した映像が1年後に見つかるが、そこ に写っていたものは……といったドキュメンタリ ー風の作品である。 この映画、主人公として登場する3人の学生が 300 INTERNET magazine 1999/11 「Emerging Stories」とは? その昔、アメリカに「Amazing Stories」という人気SF雑誌 があった。未知の物体との遭遇、南海の孤島での信じられない 一夜の話など、読む人を引きこむ文章と独特の雰囲気を持っ た挿画で描き、人々を魅了したものだった。 この連載は現在進行形の「Amazing Stories」と、さらにそ こから1歩先の世界を覗いた姿を描いていく。 カギはインスタント・コミュニティーのデザイン 映画「The Blair Witch Project」に見る ネットワーク時代のマーケティング新潮流

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オーディションで選ばれたまったく無名の新人な

ら、撮影機材も家庭用のビデオという具合。

外電などによれば、手持ちカメラによるブレの

激しい映像に気持ちの悪くなる観客が続出、上映

中に映画館のトイレに駆け込む観客が相次いで悲

惨な状態になり、映画館は予想外の入場者数に

喜びながらもトイレの掃除におおわらわとか。

また、行方不明事件の現場検証やインタビュー

などをまとめた公式事件報告書(もちろんフェイ

ク)などの関連グッズが発売されて評判を呼んだ

り、この映画の舞台となったと思われるメリーラン

ドの小さな町に熱心なファンが押し寄せて住民は

困惑……などなど、エピソードにはことかかない。

しかし本コラムとして注目したいのは、この映

画がヒットしていったプロセスにある。

制作費10万ドル(6万ドルという説もある)で

作られたこの映画が最初に注目されたのは、イン

ディーズ映画のフェスティバルとして有名なサン

ダンス映画祭でのこと。アーティザン・エンター

テイメントという会社がこれに目を付け、100万

ドルで買い取った。制作者としてはこれだけでも

大満足だろう。

さて、ハリウッドのメジャースタジオであればテ

今年の夏、1つの映画がアメリカで大きな話題

になった。といっても、例の「スターウォーズ:

エピソード1」のようなメジャー系の映画ではない。

無名のグループが作った低予算映画が、大金をか

けたメジャー映画をしのぐ大ヒット(8月末時点

での予想興業収入1億3,000万ドル)を記録した

という、いかにもアメリカ人好みの元気になる話

である。

問題の映画「The Blair Witch Project」(以下

「BWP」)はフロリダの2人の大学生が中心になっ

て制作した、いわゆるホラー映画。伝説の魔女を

求めてメリーランド州のある森にビデオカメラを

持って入っていった3人の学生が行方不明になり、

彼らが撮影した映像が1年後に見つかるが、そこ

に写っていたものは……といったドキュメンタリ

ー風の作品である。

この映画、主人公として登場する3人の学生が

300 INTERNET magazine 1999/11

「Emerging Stories」とは?その昔、アメリカに「Amazing Stories」という人気SF雑誌

があった。未知の物体との遭遇、南海の孤島での信じられない

一夜の話など、読む人を引きこむ文章と独特の雰囲気を持っ

た挿画で描き、人々を魅了したものだった。

この連載は現在進行形の「Amazing Stories」と、さらにそ

こから1歩先の世界を覗いた姿を描いていく。

第3回

カギはインスタント・コミュニティーのデザイン映画「The Blair Witch Project」に見るネットワーク時代のマーケティング新潮流

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INTERNET magazine 1999/11 301

レビや雑誌などで大々的な宣伝を打つなどお金を

かけたマーケティングを行うところだが、同社は

独立系の小さな映画会社。大した予算もない。そ

こで映画のキャラクターを考えてインターネット

のユーザーをターゲットにしたキャンペーンを行う

ことにしたのである。

考えてみると映画の面白さは、もちろんお金を

かけた迫力のある映像にもあるが、観客の予想を

裏切りながらも意識をとらえて放さない“思いが

けない展開”であり、ポイントは、驚きの連続する

ストーリーでどこまで観客を引っ張れるかである。

「BWP」のような謎めいたホラー映画はこうし

た映画の公式にぴったり、というより、この映画

にはそれだけの力強さがあると映画会社は判断し

たのだろう。

まずは嘘か本当か判然としない謎めいたウェブ

ページを使い、面白さを求めてウェブをさまよっ

ているウェブサーファーの興味をそそる。

公開された映画を見るとそのストーリーの謎が

さらに深まる。謎が謎を呼ぶようなストーリーは

映画を見た後でも誰かに話して確かめたくなるも

のである。そこで評判がネット上を飛び交い、結

果としてその評判を聞いた観客を呼ぶ。そして先

に紹介したようなさまざまなエピソードがネット

ワークやマスメディアを通じて流されることによ

って、さらに世間の注目を浴びる……。

こうした話題づくりのフィードバックループは

マーケティング担当者にとって夢のような仕掛け

に違いない。

「BWP」はインターネットというメディアの特性

を活かし、情報の流れを拡大・再生産する仕組み

を見事に機能させたのだ。

かつて日本映画でも「らせん」や「リング」と

いった謎めいたホラー映画が評判になり、その際、

口コミの力に注目が集まったことがある。とりわ

け携帯電話などのパーソナルな通信環境の普及に

よって、口コミはかつてないほど影響力を持つよ

うになったと評価され、これらのメディアが新た

なマーケティングツールとして話題になった。し

かし、こうしたパーソナルなメディアは観客とそ

の友人というポイントとポイントを結んで噂を作

り出す装置ではあっても、メディア上で不特定多

数の人へ影響していくものではない。より多くの

人にその情報を伝えようとするなら、「噂になって

います」という形の二次情報をマスメディアを通

じて流さざるをえない。

これに対して、「BWP」ではウェブを中心にあ

る種のカルトなコミュニティーが生まれた。伝言

板やチャットなどでコミュニケーションのプロセス

が公開され、それ自体が社会的影響力を発揮した

のである。

マーケティング会社の立場から言えば、そうし

た「場」……ある話題を中心に形成される電子的

なコミュニティーをうまく利用し、コミュニケー

ションのプロセスを公開することで、より多くの

層を巻き込んで、映画館に向かわせることに成功

した、ということになる。

将来的には噂が噂を呼び、評判が評判を呼ぶよ

うな仕組みをデザインし、それを日常的な情報環

境の中にうまく埋め込んでいくことが、エンター

テイメント・マーケティングの常識になっていくの

ではないだろうか。

オフィシャルサイトにあるチャット。チャットや掲示板は検索にヒットしたものだけでも2000以上はある。反発する人々による“アンチブレア”サイトもいくつかあった。

www.blairwitch.comJump

オフィシャルサイトから。謎めいたビジュアルが迫る。米国では10月にこの「ザ・ブレアウィッチ・プロジェクト」のビデオが発売される。日本では来春公開予定。

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302 INTERNET magazine 1999/11

このところ、「EC」(電子商取引)という言葉

が万能の響きを持って聞こえるようになってきた。

というのは、これまでユーザーへの課金、広告ベ

ース、あるいはそれらの併用という形でインター

ネットビジネスを立ち上げようとしていた企業が、

どうやら「インターネットの本質はEC」という結

論に達したのか、さまざまな形でECプロジェクト

に乗り出そうとしているからだ。

周りの取引先が先を競ってECへの対応を進め

ようというとき、取り残されてしまう者に未来は

ない!と言われて納得しない企業はないだろう。

そしてECが「B to B」(ビジネス・トゥ・ビジネス=

企業間取引)で計り知れない経済的効

果をもたらすとすれば、いかに速やかに

この仕

組みを

「B to

C」(ビジネス・トゥ・コンシューマー=企業と消費

者間の取引)へ拡大するかが勝負になるはず。つ

まり、最終ターゲットは消費者を巻き込むEC分

野、という企業の考え方はよく理解できる。

しかし逆の立場、つまり一般利用者にとって

EC、とくに具体的な存在としての電子マネーを使

うことにどんな具体的メリットがあるのかという

と、これがなかなか分かりにくい。オンライン・

ショッピングが簡単にでき、購入した品物を最寄

りのコンビニで受け取れる……なんていうのは、

確かに便利かもしれないが、そんなにしてまで買

いたいものがあるのか、そんなものがECの目玉な

のかというとちょっと疑問である。

はたまた昨今は「電子マネーカードや携帯端末

を持っていれば、現金を持ち歩かなくても大丈夫」

などという話を、まるでありがたいものであるかの

ように聞かされることが多いが、本当にそうなの

だろうか? ちょっと勘ぐると、「これからはEC

でモノを買うことが当たり前!」と言い続けなけ

れば消費を喚起できないというのは何か大きな制

度的欠陥でもあるんじゃないの? と言いたくな

ってくる。

こうした話は、おそらくECのATM的な合理性

……つまり、多くの利用者がATMなどのマシンを

対面的に利用することで本来サービス側が行わな

ければならない窓口業務などの作業を代行する。

そのことによって業務が効率化され、結果的に全

体としての経済活動が円滑化するというくらいの

意味はあるのだろう。しかし、利用する側がそん

な作業をこなしてまで、ただひたすらお金を使い

たいなどと思うわけがない。そんな形でお金を使

わされる仕組みなど、ありがたいわけがない。

ここはしっかりとユーザー側に立ってECの賢い

利用法を考えていかねばならないと思うのだが、

どんなものだろう?

そういう意味で注目したいのが、たとえば米国

で話題になっている「Ve r t i c a lOne」や

「PayMyBills.com」といった、ウェブのパーソナ

ライズの延長上に出現しようとしているサービス

である。

VerticalOneは銀行の取引明細やクレジットカ

ードの利用状況、電話料金(あとどれくらい格安

で電話を利用できるかなどにも対応!)、航空会

消費者からユーザーへ賢く使うためのECツール整備が始まる

www.paymybills.comJump

www.verticalone.comJump

www.netcentives.comJump

www.emaginet.comJump

右から時計回りに「PayMyB i l l s . com」、「VerticalOne」、「ClickPoint」、「e-centives」。税金の自己申告が必要で、「QUICKEN」などの家庭用会計ソフトが定着している米国ならでの発達ぶりがある。

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社のマイレージなど、個人の持つEC的情報を一

元的に管理し、指定のウェブページ、たとえばポ

ータルサイトのパーソナルページなどに表示する

というもの。

一方のPayMyBills.comは請求書の送り先とし

て登録しておけば、さまざまな請求書を管理し、

請求書の到着をメールで通知してくれるほか、口

座の残額をチェックしながらオンラインで条件に

応じて自動的に、あるいは手動で支払い処理を可

能にするという。

いずれも自分自身にまつわる情報を一元的に管

理し、実際の支払いにまで拡張していこうという

ものだ。確かに現状ではどうもプライバシーの確

保に心配が残るが、方向としては考えられないも

のではない。

もう1つ、個人の側からECを考えるときに押さ

えておきたいものにボーナスクーポンがある。

代表的なものとしては航空会社が提供するマイ

レージクーポンがあるが、実際、航空会社のマイ

レージは消費者の購買インセンティブを高める仕

組みとして多くの企業にその権利が販売されお

り、すでに見えない商品=ECとなっていると言っ

てもよい。

また、netcentives社の「ClickPoint」、あるい

はemaginet社の提供する「e-centives」のよう

に、ポータルサイトでユーザー登録を行えば、提

携関係にあるオンラインショッピングを利用する

たびに(購買情報と引き換えに)ボーナスが与え

られ、ボーナスクーポンが発行されるという仕組

みも登場している。

こうしたことを考え合わせると、おそらく個人

にとってECのメリットは、自分がさまざまなショ

ッピングサイトや日常のショッピングで得たボー

ナスクーポンを他人と交換したり、航空会社のマ

イレージなど別の形に変えていったり、自由な形

での交換性を確保できるかどうかにあるといえそ

うだ。

豊かな未来の代表として喧伝されるECだが、

冷静になってみると、電子マネーは使うしか能の

ない代物なのだろうか? 別の言い方をすれば、

使うばかりで儲からない仕組みというのを受け入

れるほど、一般ユーザーはお人好しだろうか?

使うだけでなく簡単に支払いを管理できる、さ

らにうまく支払いを節約できる、もっとうまくす

ればお金を稼げる……ユーザーとしては、そんな仕

組みとしてECを考えなおす必要がある。企業側か

ら提供される仕組みをユーザーとして組み替えら

れるようになって初めて、ECは利用者にとって本

当の価値を持つ仕組みになるのではないだろうか。

ECの一形態として有望視されるマイレージ。ホテルやクレジットカードで使用した分も追加できるサービスも増えている。

INTERNET magazine 1999/11 303インターネットマガジン/株式会社インプレスR&D©1994-2007 Impress R&D

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