ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──...
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ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──
夕凪楓
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【注意事項】
このPDFファイルは「ハーメルン」で掲載中の作品を自動的にP
DF化したものです。
小説の作者、「ハーメルン」の運営者に無断でPDFファイル及び作
品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁
じます。
【あらすじ】
たとえこの身が尽きたその先に、願ったものが何一つ無いとして
も。
誓いを胸に、この物語を失った世界で、それでも少年は夢を見る。
この作品は、PSVita専用ソフト《ソードアート・オンライン
ホロウ・フラグメント》のストーリーを元に作成しております。
75層の先を描くストーリーです。
『他作ネタあり』のタグを付けています。クロスではありませんが、色
んなアニメや小説のネタなど色濃く反映されると思います。ご了承
ください。
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目 次
────
prologue 勇者と魔王の消えた世界
1
─────────────
Ep.1 攻略の鬼の復活
15
───────────
Ep.2 その黒い剣士の名は
26
───────────
Ep.3 妖精少女と落下少女
43
──────────────
Ep.4 かつての英雄
63
───────
Ep.5 黒猫&閃光 異色のパーティ
83
───────────
Ep.6 不幸を告げる黒い猫
102
──────────────
Ep.7 彼女達の悩み
116
─────────
Ep.8 勇者と魔王のいない戦い
130
─────────────
Ep.9 派手にいこうぜ
142
───────────
Ep.10 その剣は加速する
160
────────
Ep.11 黒猫&閃光 流麗の剣舞
176
─────
Ep.12 英雄の影 アキトVSリーファ
198
──────────
Ep.13 0と1 人とAI
214
───────
Ep.14 それは誰かの、優しい願い
230
──────────────
Ep.15 過去の投影
243
───────────────
Ep.16 辛い気持ち
257
───────────────
Ep.17 訓練の傍らで
274
──────────
Ep.18 今の自分に出来ること
284
───────────────
Ep.19 結晶化した爪
298
───────────────────
Ep.20 同調
317
───────
Ep.21 夢で見た記憶、いつか見た記憶
340
───────────────
Ep.22 目覚めの傍で
355
-
───────────────────
Ep.23 変化
372
──────────────
Ep.24 彼女達の胸の内
390
───────────
Ex.1 現実世界で君の名を呼ぶ
406
────────────
Ep.25 虚ろな瞳を持つ少女
424
──────────────
Ep.26 ホロウ・エリア
441
────────────
Ep.27 罪ありし虚ろな少女
450
──────────
Ep.28 帰りたいと思える場所に
470
─────────────
Ep.29 願う事は一つだけ
491
────────────────
Ep.30 生きる意味
513
────────────
Ep.31 今日からこの場所が
530
─────────────────
Ep.32 未開の謎
551
─────────────
Ep.33 ストレアとの邂逅
569
──────────
Ex.2 仮想を生き抜く白い猫
584
────────────
Ep.34 未知を旅する黒い猫
605
────────────────
Ep.35 選択の連続
619
────────────────
Ep.36 その言葉は
634
─────────────────
Ep.37 教会の主
651
─────────────────
Ep.38 みんなで
670
────────────
Ep.39 フィリアのこれまで
700
────────────────
Ep.40 影に潜む獣
715
─────────────────
Ep.41 蘇る恐怖
733
────────────────
Ep.42 正義の定義
750
────────────
Ep.43 80層到達パーティ
768
────────
Ep.44 黒猫&閃光 気持ちを新たに
795
───────────────
Ep.45 未知と違和感
806
-
───────────────────
Ep.46 射撃
822
─────────────
Ep.47 変わりつつある心
840
─────────────────
閑話 とある夢の予兆
867
───────────────────
Ep.48 異変
879
────────────────
Ep.49 妖精と太陽
901
──────────
Ep.50 強くなりたい、その理由
917
─────────────
Ep.51 ままならない世界
935
───────────
Ep.52 空を統べる王者の剣
950
───────────────────
Ep.53 共鳴
963
─────────────
Ep.54 少女に迫る狂皇子
980
─────────────────
Ep.55 食い違い
1000
──────────────────
Ep.56 猫と鼠
1015
────────────────
Ep.57 失敗を糧に
1035
────────────
Ep.58 自覚した思いと想い
1048
────────────────
Ep.59 異質の存在
1073
───────────────
Ep.60 大きな強がり
1093
─────────────
Ep.61 世界を壊す探し物
1123
────────────────
Ep.62 虚構の存在
1141
────────────────
Ep.63 重ねる面影
1164
─────────────────
Ep.64 黒猫と月
1179
─────────────
Ep.65 信頼に応える為に
1196
─────────────
Ep.66 この気持ちを音に
1212
────────────────
Ep.67 薄れる感情
1236
─────────
Ep.68 その?(黒)の剣士の名は
1256
────────────────
Ep.69 重なる剣戟
1295
-
────────────
閑話 一年後のクリスマス・イヴ
1311
─────────────────
Ep.70 狂う歯車
1338
────────────────
Ep.71 歪んだ決意
1360
────────────
Ep.72 裏切りは棺桶と共に
1377
────────────
Ep.73 零化からの夢の中で
1392
──────────
Ep.74 死ねない理由があるから
1416
──────────────
Ep.75 Re:黒の剣士
1442
──────────────
Ep.76 この世の何処に
1461
────────────
Ep.77 アキトという黒猫は
1475
────────────────
Ep.78 行動の理由
1497
───────────────
Ep.79 テストエリア
1515
──────────────
Ep.80 きっと何度でも
1529
────────────
Ep.81 今、君が笑える様に
1547
──────────
Ep.82 その紛い物の勇者の名は
1569
─────────────
Ep.83 英雄と勇者の剣技
1594
───────────────
Ep.84 気持ちの欠片
1627
──────────────
Ep.85 仲間との在り方
1659
────────────
Ep.86 あの頃のリベンジを
1679
──────────────
Ep.87 虚ろなる刈り手
1700
─────────────────
Ep.88 漆黒の夢
1727
───────────────
Ep.89 異界の地へと
1752
─────────────────
Ep.90 射抜く剣
1773
───────────────
Ep.91 痛ミ、苦シム
1798
───────────────
Ep.92 災いの紫水晶
1818
─────────────
Ep.93 やすらぎのひと時
1857
-
───────────────
Ep.94 幸せのひと時
1877
───────────────
Ep.95 無邪気な君が
1902
────────────
Ep.96 虚ろな世界の中心で
1923
──────────
Ep.97 銀河の果てで君と出会う
1946
─────────────
Ep.98 キリトVSアキト
1973
Ep.99 黒の英雄(ホロウ) VS 黒の勇者(ヴァリアント)
────────────────────────────
2007
───────────
Ep.100 だって私のヒーロー
2036
─────────────
Ep.101 おかえりなさい
2082
───────────────
Ep.102 新たな問題
2107
────────────────
Ep.103 深まる謎
2130
───────────────
Ep.104 仮想と現実
2148
───────────
Ep.105 90層到達パーティ
2169
───────────────
Ep.106 眠りの中で
2197
───────────────
Ep.107 眠りの傍で
2218
──────────────────
Ep.108 予兆
2249
─────────────
Ep.109 95層討伐戦線
2263
──────────────
Ep.110 鬼眼の殺戮者
2278
───────────────
Ep.111 望まぬ告白
2313
─────────────
Ep.112 ストレアの行方
2338
─────────────
Ep.113 96層討伐戦線
2356
────────────
Ep.114 虚ろなエンプレス
2384
───────────────
Ep.115 黒より昏く
2410
──────────────────
Ep.116 災禍
2435
──────────────────
Ep.117 零落
2466
-
──────────────────
Ep.118 前進
2497
──────────────────
Ep.119 虚飾
2517
──────────────────
Ep.120 暗躍
2545
───────────
Ex.その約束が果たされなくても
2573
──────────────────
Ep.121 後悔
2603
──────────────────
Ep.122 憧憬
2620
──────────────────
Ep.123 理由
2642
──────────────────
Ep.124 追想
2662
──────────
登場人物設定資料 : プロフィール
2679
──────────────────
Ep.125 輝亡
2700
Episode.0 雪舞う月下に誓う猫
───────────────────────
白い黒猫
2736
─────────────────────
後悔の序章
2748
─────────────────────
憧れとの邂逅
2764
─────────────────────
羨望と嫉妬
2778
────────────────
『強がり』を『強さ』に
2794
──────────────────
好きな色、嫌いな色
2806
──────────────
守る、その一言が言えなくて
2826
─────────────────────
すれ違う想い
2845
─────────────────────
崩壊の兆し
2860
─────────────────────
亀裂の果て
2886
─────────────────────
朽ちた理想
2908
─────────────────────
私のヒーロー
2935
─────────────────────────
喪失
2979
──────────────────
その涙を見ない為に
3007
-
─────────────────────
──誓約──
3034
───────
Memory Heart Message
3068
Ep.Collaboration ランペイジ・クイーン
─────────────────
Ep.1 理を欺く者
3085
──────────────
Ep.2 帰る場所無き世界
3130
───────────────
Ep.3 初対面との再会
3150
─────────────────
Ep.4 後悔の兆し
3189
───────────────
Ep.5 二刀流と無限槍
3217
-
prologue 勇者と魔王の消えた世界
浮遊城《アインクラッド》第76層
迷宮区 ボスの間 2024年 11月 7日
クォーターポイントと呼ばれるその階層のボス部屋では、今まさに
一触即発の空気が漂っていた。
対峙するのは2人の剣士。
《二刀流》黒の剣士キリト。
《神聖剣》ラストボス、ヒースクリフ。
周りが沈黙してる中、黒の剣士が口を開いた。
「…悪いが、一つだけ頼みがある」
「…何かね」
私、本当はどこかで期待してた──
「簡単に負けるつもりはないが…もし俺が死んだら、…しばらくで
いい。アスナが自殺出来ないようにはからってほしい」
「ほう…よかろう」
たとえ、どんな敵やモンスターが相手でも──
「くそ……はああああぁぁぁぁあ!」
このゲームのラスボスが相手だとしても──
「っ…!? き、キリト君っ!」
1
-
それでも、キリト君なら──
「さらばだ、キリト君」
キリトくんなら、きっと、勝ってくれるって───
その時、世界に裂け目が出来た。
●○●○
「…夢」
目が覚めると、アスナはその部屋にいた。
ベッドに机、棚。隣の部屋には浴場もついている。必要最低限のも
のしか備わっていないその場所は、あまりにも冷えていた。
そこまで見て、アスナは思い出した。
2
-
ここは、浮遊城《アインクラッド》第七十六層。名前は《アークソ
フィア》。
品揃えが良い商店街や、橋のかかる綺麗な水路に噴水。賑やかな
街、というのが第一印象である。
エギルが76層に新しく建てた店、その宿の一部屋に横になってい
たアスナは、天井を見上げる。
その目蓋はとても重く、酷く疲れているのを感じた。
「…嫌な夢…」
起き上がったアスナは、苦い顔で右手で頭を抑えた。寝起きにこん
な夢を見るなんて、あまりにも不吉だ。
そう。
『キリトが死ぬ夢』なんて。
そうだ、キリトが死ぬはずなんてない。随分と可笑しく、馬鹿げた
夢だ。笑えるものでもない。
逆に、アスナの頬には涙が伝っていた。
「あ、…あれ…?」
アスナは不思議に思い、涙を手で拭った。しかし、涙は再び、アス
ナの瞳からこぼれ落ちた。
拭っても拭っても、涙が止まらない。
──その理由を、アスナはとっくに理解していた。
「……『夢』、じゃない……現実だ……」
3
-
アスナは、顔を手で抑えた。溢れんばかりの涙を、どうにかして抑
えたかった。
フラッシュバックするのは、キリトが自身の目の前から消えゆく瞬
間の光景。
それは、三日前に現実に起きた光景。
七十五層で起こった、攻略組トッププレイヤーの一人キリトと、
《ソードアート・オンライン》製作者、茅場晶彦ことヒースクリフの決
闘。
ヒースクリフの正体を看破したキリトに対して、茅場が出した報酬
は、『ゲームクリアを賭けた決闘』だった。
ここは引くことを提案したアスナだが、キリトはこの決闘を受けた
のだった。
自分達のタイムリミットと、百層まで辿り着くまでの時間。ヒース
クリフとの勝率。それらを天秤にかけて、それでもなお、キリトは茅
場に向かっていった。
結果、残ったものは何もなく、ただ、『キリトの死』という事実のみ
が残された。
ユニークスキル《二刀流》
この仮想世界随一の反応速度を持つプレイヤーに与えられるそれ
は、こと戦闘においては無類の強さを誇る。常人の使う共通のスキル
では追いつけない境地に、キリトは立っていたはずなのだ。
何よりこのスキル保持者は、この世界の『魔王』を倒す『勇者』の
役割を担うものだったのだ。
──だが、それでもなお、キリトは、ヒースクリフには勝てなかっ
た。
戦闘を続ける中、キリトは焦りを感じていたのだろう。この世界の
創造者である彼に向かって放ったのは、この世界に存在する《ソード
スキル》。
それはヒースクリフ──茅場晶彦に向かって使用するにはあまり
にも愚かだった。
だが、キリトはそれでも自身の持つ速さでヒースクリフに立ち向か
4
-
い、そして結局、二人ともその場から消失してしまった。
キリトもヒースクリフも、何故かその場から姿を消していた。中に
は、相打ちだったのではないかと発言する者もいた。だが、この世界
は終わらなかった。故に、キリトもヒースクリフも死んだのではと、
その仮説は現実味を帯び始めていた。
浮遊城《アインクラッド》は、勇者を失った攻略組に対して。無慈
悲にも次の階層への扉を開くのだった。
七十六層に辿り着いた攻略組は、闘志を失いかけていた。特に、血
盟騎士団所属のプレイヤーの表情は、ボスを倒した直後よりも酷い顔
だった。自分達が忠誠を誓っていた団長、ヒースクリフが、この世界
の創造主、茅場晶彦だったとは想像もしてなかったのだろう。
裏切られる形になった上に、先頭に立つリーダーも失った。彼らが
分散するのも、時間の問題だった。
今回のボス討伐に参加したプレイヤーの内、ほとんどは血盟騎士団
のプレイヤーだ。
当然、アスナも。
エギルに抱えられているアスナからは、生気を感じなかった。虚ろ
な瞳からは、涙が伝って止まらない。
クラインも、エギルも、そんな彼女を見ていられなかった。
ヒースクリフの消失に続き、アスナも戦意喪失。キリトの死。攻略
は絶望的だった。
これが、三日前の出来事である。
「くぅっ… …ううっ……キリト……くん……キリトくんっ……
!」
アスナは膝を抱えて蹲り、しきりにキリトの名前を呼ぶ。だが、い
くら呼んでも返事は返ってこない。
もう二度と、それに応えてくれる人はいない。
何故、どうして、そんな事ばかりが頭の中で巡る。でも、誰もそれ
に答えてはくれない。
5
-
アスナはこの日、アインクラッドに来て初めて大声で泣いた。
それを慰めてくれる人さえ、もういない。
●○●○
エギルの店、その一階の酒場の様な場所は、あまりにも静かだった。
人は数人いたが、皆が大人しい。恐らく、攻略組のプレイヤー達だろ
う。
今の自分達が置かれている現状を冷静に考え、そして絶望している
のだろう。
「アスナさん……大丈夫でしょうか……」
そう言って、アスナの部屋のある二階に向かう階段を見つめる、頭
にフェザーリドラを乗せた少女──シリカは、不安そうな表情を浮か
べていた。
何かのバグなのか、七十六層から下に降りられないというとんでも
ない状況の中、キリトの身を案じて駆けつけた、ビーストテイマーの
プレイヤーである。シリカはそう呟きながら、テーブルに置いてある
ジュースに手を伸ばす。
ここは、七十六層に新しく立てられた、エギルの店である。事情を
知らずに来てしまったシリカを、エギルが保護してくれたのだ。
そして、もう一人、何も知らずに来てしまったプレイヤーがいた。
彼女はリズベット。女の子にしては珍しい、鍛治職のプレイヤー
だ。彼女もまた、キリトとアスナを心配し、ここまでやってきた。ク
オーターポイントである75層のフロアボスは、今まで以上に強い事
が予想されたのだ、心配しないはずがない。
6
-
けれど、あの二人のことだから、きっと心配はいらない。リズベッ
トはそう思っていた。
倒して、帰って来て。そしたらまたいつものように、二人に労いの
言葉をかけるつもりだったのだ。
シリカの隣に座るリズベットは、シリカの言葉を耳に入れた瞬間、
アスナの顔を思い出した。76層に来てみれば、キリトが死んだと言
われたり、アスナが酷い状態になっていたり。
そんなの、大丈夫なんてものじゃなかった。
「大丈夫……じゃ、ないでしょうね……」
「そう、ですよね……」
二人はその会話で、すっかり途切れてしまった。
アスナだけじゃない。シリカも、リズベットも、今のこの状況に頭
が追い付かない。
けど事実として胸に刻まれたのは、キリトが死んだ、という事だっ
た。
カウンターのエギルは、かけてやる言葉も見つけられなかった。そ
んな彼に気付いたのか、リズベットは自嘲気味に笑う。
「私達……これからどうしたら良いんだろうね」
「……結局、ゲームをクリアする為にやらなきゃいけない事は、変わ
らないんだろうな……」
「……やだな……私。キリトが死んで、ヒースクリフは茅場晶彦で、
アスナはあんな状態で……もう、これ以上は……」
「リズ、さん……」
リズベットの絞り出す細い声には、悲しみと絶望が綯い交ぜになっ
て含まれていた。今にも泣きそうで、それを我慢している様にしか見
えない。
シリカも、そんなリズベットを見て、キリトが死んだ事実、ゲーム
7
-
クリアが絶望的なものへと変わってしまった事実を段々と感じ始め
ていた。
「……そういえば、その……クライン、さんは……?」
シリカは、この場にいない彼の姿に気付き、エギルへと視線を上げ
る。エギルは小さく息を吐くと、ポツリと囁いた。
「……76層の攻略に出てる」
「っ……そう、なんですね……」
「もうここに来てから三日も経ってる。時間的にも、そろそろ攻略
は再開しないといけない」
それだけ聞けば、一見、キリトの死よりも攻略が優先だと見えるか
もしれない。クラインが冷酷に見えるかもしれない。
だが、きっとクラインも自分達と同じだ。この悲しみを紛らわせ、
怒りをぶつける為に攻略しているのかもしれない。
それ以上に、ゲームクリアの為に止まれないと思っているのかもし
れない。どっちにしても、この状況で行動を起こせるクラインが、リ
ズベットには凄く見えた。
「……凄いわね、アイツ。もう駄目だって思ってる人達の方が多い
のに……」
「……ああ、そうだな。あまり言いたくはないが、キリトもヒースク
リフもいなくなっちまって、攻略組の戦力も士気も大幅に下がって
る。アスナもあの状態だ、このままじゃ、いつ攻略が再開するか分か
らない。クラインの奴も、それが分かってるんだろう」
「そう、だけど……」
エギルの言葉は正しく正論だった。クラインのしてる事も、きっと
褒められた行為だ。リズベットはそれが分かっているからこそ、この
8
-
行き場の無い悲しみをぶつけられないでいた。
ふと思い出すのは、アスナの絶望一色に染まった顔。
「私は……もう、アスナに戦って欲しくないな……だって、辛過ぎる
わよ……あの子の隣りに、キリトがいないなんて……」
キリトが死に、自分のギルドの団長もこの世界の創造者だった。
これだけの事が一度に起きたのに、アスナにまだ戦えなんて、そん
な事が言えるはずが無い。
今のアスナは、何をするかも分からない。もしかしたら、自殺も考
えてるかもしれない。そんな彼女を、前線に行かせる、なんて。
だが、そうなれば攻略組はこの先、アスナさえもいない攻略をしな
ければならない。ゲームクリアは遠のくばかりだった。
それでも、クラインは、エギルは、やらなきゃいけない事を分かっ
てる。干渉に浸ってるばかりじゃなく、ちゃんと選択して行動してい
る。
「クラインもエギルも攻略、続けるのね……強いのね、大人って」
それは、決して皮肉では無かった。リズベットは本当に、自分の気
持ちよりも優先して行動出来る彼らが凄いと思ったのだ。
テーブルに乗せた握り拳が少しだけ強くなる。唇を噛み締め、今に
も泣きそうな気持ち、その悲しみを押し殺す。
けど、それはエギルも一緒だった。リズベットとシリカが見上げた
彼の表情は、悔しさが滲み出ていた。
「……んな事は無えよ。けど、俺達の目的は一貫してゲームクリア
なんだ。悲しんでばかりいられないってだけだ。……じゃねぇと、キ
リトも浮かばれねぇよ」
「エギルさん……」
「俺達の為に、アイツは命を懸けてくれたんだ。なら、俺達もそうし
9
-
なきゃならねぇ。やる事は多いぞ、二人とも」
シリカもリズベットも気付いてしまった。今この場で一番悲しい
のはきっと、キリトと仲が良く、そしてキリトとヒースクリフが戦う
その現場にいたエギルだったのだ。
何も出来ず、ただヒースクリフがかけた麻痺毒に侵され、黙って決
闘を見る事しか出来なかったエギルのその表情は、悲しみに満ちてい
た。
そんな彼が、キリトがした事と同じ事をすると、そう豪語している
のだ。
それを見たリズベットは、ぐっ、と悲しみを押し込め、立ち上がっ
た。
「……あたし、この層に《リズベット武具店》の二号店を出すわ」
「リズさん……」
「もう《リンダース》には帰れない。だったら私も自分の出来る事、
精一杯やるわ。バグでスキルも幾つか飛んだけど、またやり直す」
リズベットはそう宣言する。攻略組にとって命である武器、それを
ここからまた新たに作るのだと、そう告げた。ここへ来て、何のバグ
かは知らないが、鍛冶スキルやその他のスキル幾つかが飛んでいたの
だ。またやり直すには時間はかかる。
けれど、エギルの言う通り、そうでなければキリトに合わす顔が無
い。
「わ、私も頑張りますっ」
「きゅるぅ!」
シリカも、おもむろに立ち上がった。ピナもそれに便乗し、息巻い
ていた。彼女もレベル的には攻略組に参加出来るものじゃない。や
る事は多かった。
10
-
シリカのその表情と言葉に、エギルとリズベットは笑う。シリカ
も、それを見て小さく笑った。
「じゃあ、そうと決まったら早速行動しないとね」
「…そうですねっ」
その誰もが空元気なのは、互いに分かっていた。
けれども、このままではいけない。残り時間は多くない。だから。
残り、二十五層。
少ないようで多いこの数字。 上に行くたびに強くなるボス。
しょげてる時間さえ、カーディナルは与えてくれない。
この残りを、キリトもヒースクリフも、アスナも無しに上がってい
かなければならないのだ。
たとえ不可能に近くとも、挑戦し続ける事を止めてはならない、そ
う思ったから。
無理にでも笑顔を振りまこうとする二人。けれど、その二人を見
て、エギルは安心した。彼女達は少しずつゲームクリアの目標を思い
出し、前に進もうとしている。
エギルは、静かに微笑んだ。
───突如、二階から音が響く。
人が降りてくる、そんな音が。
シリカもリズベットもエギルも、その表情が固める。その音のする
方へ視線を向けた。
他にも人はいたはずなのに、全員の視線が階段へと向けられた。
「っ……」
11
-
降りてきた少女は栗色の長髪を靡かせ、白を基調とした衣装を身に
着けている。
腰に刺すのは、リズベットが作った細剣《ランベントライト》。
誰もが振り返るであろう容姿をもつ彼女。リズベットにとって、彼
女はよく知っている人物だった。
だが彼女の表情は、かつての、リズベットが好きだったあの笑顔な
ど、嘘だったのではないかと思う程に。
「……アス、ナ……」
その表情からは、かつての彼女を感じない。まるで、人形のように
冷たくて。触れれば壊れる脆い存在に見えた。
●○●○
75層、ボス部屋。
その場所は、三日前にキリトがヒースクリフとゲームクリアを賭け
た勝負をした場所。役割を終えたその場所は、闇の様に暗く、冷た
かった。そこは死を体現していた様に見える。
12
-
────その場所には、一人の剣士が立っていた。背中に紫に光る
剣を刺し、部屋の真ん中に佇んでいる。
「ようやくここまで来た……。もう少しで最前線か……」
七十六層に続く階段を探すその剣士は、この長めの黒髪を左右に揺
らす。きょろきょろと辺りを見渡し、この場所が他のボス部屋よりも
広い事に気が付いた。
「何だこの部屋……他の層のボス部屋より広くない?……っとあっ
たあった」
その視線の先には、探していた76層に続く階段が。この剣士は、
は小走りで階段付近まで駆け寄った。
その足取りは軽く、彼が歩く度に響くのは、首にかけられた小さな
銀色の鈴。
そして、その階段の前まで来るとその足を止め、先を見上げる。そ
の青い瞳は、その階段の先、そこから紡がれる物語を映し取る。
「……」
────これは、とある一匹の猫の話。
永遠に続くかもしれない、そんな絶望の世界に現れた、唯一の存在。
望んだもの、欲しかったものの為に奮闘した、彼の人生の物語。
────ここから、彼の物語は始まる。
「……さてと、……行くか」
13
-
そう言って、彼は階段に向かって歩を進めた。
剣を背負い、黒髪は揺れ、それでも意志だけは揺らがぬ様に。
翻すコートは、かつての勇者と同じ色──
14
-
Ep.1 攻略の鬼の復活
アスナが攻略に復帰してからというもの、停滞していた攻略が、
嘘のように捗った。
というのも、その功績のほとんどは、その復帰したアスナによる
ものだったのだ。
このところ変わってきているモンスターのアルゴリズムなどお
構い無しに、その正確無比な突きを叩きこんでおり、その精度は、今
までのアスナよりも洗練されたようにも感じる。
そして何より、攻略の進行速度が異常だった。
七十五層のボス戦後、その時にあったキリトの死とヒースクリフ
の消失によって、攻略組は混乱し、正直攻略どころではなかった。
七十六層に到達して、その後すぐに攻略を進めるパーティなど、どこ
にもいなかった。
翌日になって、クライン率いる《風林火山》は攻略に出向いてい
たが、それだけだった。
皆、クリアの可能性が薄れてきたことに絶望していたのだ。
だがその二日後、アスナが前線に赴いた。
その攻略速度は、この攻略が滞っていた三日間の遅れを取り戻し
てなおお釣りがくる程に速かった。
その姿を、アスナを心配してついてきたリズベットとシリカは驚
愕した。
休みなく続く攻略、その突きに、一切の容赦を感じない。モンス
ターに向ける冷徹な瞳、辺りの魔物を蹴散らしてなお、その歩みを緩
めない。
まるで、以前の、《攻略の鬼》と呼ばれていた時の彼女に戻ってし
まったかのように感じた。
血盟騎士団のメンバーは、そんな強さを持つアスナを見て、再び
活気を取り戻しつつあった。
15
-
──だが。
そんな、無表情に見えて、本当はどこか苦しそうなアスナを。
彼女をよく知るリズベット達は、とても見ていられなかった。
●○●○
七十六層 《エギルの店》
その宿には、シリカ、リズベット、そしてクライン、カウンター
を挟んでエギルが集まっていた。
彼らからは、あまり良い雰囲気を感じなかった。
彼らは黙って何も言わない。
否。 何も言えなかった。
あのアスナの狂気とも言える姿に、困惑した心持ちだったのだ。
この静寂の中、最初に声を発したのはシリカだった。
「…アスナさん…どうしたんでしょう…」
「きゅるぅ…」
カウンターに乗せられたピナも、心なしか落ち込んでいるように
見える。
リズベットは、そんなピナを撫でながら、震える口を開く。
「…あんな攻略をこの先続けてたら…アスナがもたないわ…」
「なあ、クライン。今日の攻略はどうだったんだ?」
「お、おう。…日が沈む頃に迷宮区前に辿り着いたんだがよ、その
前にフィールドボスがいてよ。そりゃあデッケー蜘蛛みたいなモン
16
-
スターでな。明日、そのモンスター討伐の攻略会議を開くってんだ」
アスナが前線に出て、丸二日。もう既にそこまで辿り着いたこと
に、エギルは驚いた。
浮遊城《アインクラッド》が、上の層に上がるに連れて狭くなっ
ているとはいえ、恐ろしい程の速度だった。リズベットがアスナを心
配することにも頷ける。
今日は店のことで攻略に出なかったリズベットは、クラインに恐
る恐るといった感じで問いかけた。
「…それ、アスナはなんて?」
その質問に、クラインは溜め息を吐きながら答える。
「さっき、日が沈む頃にフィールドボスを見つけたって言ったろ
?もう暗くなるからこれで今日はお開きーと思ったらよ…」
──今から、街に戻って攻略会議を開きます──
「あ、アスナが?」
「ああ。こう暗くちゃあ、まともに戦えねぇって言ったんだが
……中々折れてくれなくてよ」
《攻略の鬼》と呼ばれていた頃のアスナは、ゲームクリアのみを目
指したハイスピードの攻略をしていたが、それはあくまでも、彼女な
りに安全と効率を考えた上のものだった。
作戦も、キリトが納得しなかったものも含めて、効率は概ね良い
ものだとも言える。
だが、今のアスナは安全や効率よりも、速さを優先している感じ
がした。
でなければ、闇夜の中でフィールドボスの討伐など有り得ない。
17
-
スキルである程度は視認出来るが、正確に攻撃をするのなら、多
少時間はかかっても、日が昇るのを待つべきなのだ。
この時のアスナは、『この三日間、攻略が進まなかった分、スピー
ドを上げるのは当然』らしい。
キリトが生きていた頃に見たアスナの面影を、その時のクライン
は感じなかった。
まるで別人のようだと、そう思った。
「そう、なんだ…」
そう呟いたリズベットを横目に、クラインとエギルは顔を合わせ
た。
多分、お互いに同じことを考えているだろう。
以前のアスナよりも荒れているだろうということに。
今、アスナの心根にあるのはなんだろうか。
キリトが死んだことによる悲しみ?
クリアが遠のいたことによる焦燥感?
最愛の人を殺した茅場晶彦に対する復讐心?
色んな思いがないまぜになって、今のアスナが出来上がってい
る。
──アスナが自殺出来ないように図らってほしい──
キリトはこうなることを予想していただろうか。
アスナが、自身を殺した茅場晶彦に、復讐するかもしれないと。
だがもし、あの異常な速度の攻略が、死に急ぐためのものだとし
たら。
アスナが死ぬのも、そう遠くない。
18
-
●○●○
翌日、午前九時。七十六層 《アークソフィア》
定例通り、フィールドボス討伐の際の作戦会議が始まった。
前の層のボス戦で、攻略組の戦力が大幅にダウン。今、この場に
いるのは、血盟騎士団所属のメンバーがほとんどだが、全くの新顔も
いた。
最前線で戦うプレイヤーは、どんどん減っており、今では500
人もいない。
なりふり構っていられなかった。
クラインのエギルの参加は勿論、そこにはシリカとリズベットも
いた。
シリカは、最前線で戦うキリトの力になる為に、これまで必死の
レベリングを続けていた。
もう支えるべき人間は、この世のどこにもいないというのに。
それでも、シリカはこの攻略会議に参加した。
今のアスナを、見ていられないから。
そんなシリカの決意を見たリズベットは、自分も行くと言い出し
た。彼女はマスターメイサーだが、それらは鍛治職によって得た経験
値によるものだ。
フィールドボスとはいえ、いきなりボス戦に赴くなど、危険極まり
ない。
「お店のことより、アスナの方が大事でしょーが!」
ということらしい。
クラインもエギルもシリカも、そんなリズベットを見て、頼もし
く感じていた。
───しかし。
19
-
「フィールドボスの近くに、小さな村があります。そこまでボス
をおびき寄せます」
アスナの口から出た言葉は。
キリトに言われたことの全てを、否定する言葉だった。
「ボスがNPCを襲っている間に、一気に攻撃を仕掛けます」
「…え?」
「な…なんて…?」
シリカは、何を言ってるのか分からないというように、素っ頓狂
な声を上げていた。
リズベットは、何を言ってるいるのか分からないといったような
表情だった。
クラインも、エギルも。なんなら今までアスナと戦ってきた攻略
組よメンバーは。
皆その作戦に動揺していた。
「なっ…お、おい待てよ!」
クラインは思わず声を荒らげた。アスナは耳障りだと言わんば
かりに、イラついたような顔でクラインを睨みつける。
「…何か?」
「何かじゃねえよ!なんだよその作戦は!?」
「ボスには、私達とNPCの見分けはつけられない。囮にするに
は最適です」
「そんなことを言ってんじゃねえ!NPCは…」
「アレはただのオブジェクトです。破壊されても、またリポップ
する」
20
-
「…オマエさん、本気で言ってるのか…?」
逆上するクラインに平然と返すアスナ。エギルは、そんなアスナ
を信じられないという顔で見つめた。
かつてキリトに、NPCを犠牲にする作戦は認められないと。そ
う言われたはずなのに。
アスナだって、それからはNPCを使う作戦は絶対しないものだ
と思っていたのに。
「…あ、アスナ?…冗談…よね?」
「本気です。これが一番効率的です」
「っ…」
リズベットの問いかけにも、冷静に、平然と。当然だろとも言い
たげなその物言いに、クラインは段々と耐えきれなくなっていた。
「キリトがこの場にいたら!そんな作戦はゼッテェ認めねえよ
!」
「お、おい!クライン!」
エギルが制するも、クラインは止まらない。
「だってそうだろ!アンタはキリトの思いを踏み躙ってんだろ
!」
「っ…」
『キリト』という単語に、アスナは僅かに反応するも、アスナはそ
の冷ややかな視線を変えなかった。
「…そのキリトくんは…」
「…あ…?」
21
-
「そのキリトくんは…もういません」
「っ…」
「アスナ…」
「アスナさん…」
クラインも、リズベットもシリカも、そんな言葉を、アスナから
は聞きたくなかっただろう。クラインもここに来て、自分の言ったこ
とに後悔をし始めていた。
エギルも、そんなクラインの肩を叩く。
「クライン…言い過ぎだ」
「っ…。…悪い、アスナさん」
「…いえ」
クラインは頭を下げて謝り、アスナは『何でもない』といった風
に返す。
その、キリトの死を『何でもない』ように振る舞うアスナを、こ
こにいる者達は痛々しく思った。
何故こんなことになってしまったのだろう。彼らはただ、みんな
でゲームをクリアしたかっただけなのに────
あまりの痛々しさに涙がを流すリズベットをよそに、アスナは周
りに宣言した。
「私達は今、とても危うい状況です。戦力が圧倒的に足りない今、
ゲームクリアを目に見える目標にするには、多少の犠牲は無視しなけ
ればなりません。我々には、時間が無いんです」
正論だった。アスナが言っていることは、的を射た発言だった。
もはやキリトもヒースクリフもいない。縋るものが少なすぎた。
22
-
現実の身体も限界を迎えているはず。だから、仕方のないことだ。
それは納得出来る。納得のいく発言のはずなのに。
二年近くアインクラッドで暮らしていた彼らにとって、NPCはた
だのオブジェクトではない。この世界で暮らすには、なくてはならな
い存在だった。
そんな彼らを犠牲にしてボスを倒す。あまりにも辛い選択だった。
けど、ゲームクリアの為に、そう割り切るしか無かった。
辺りが静寂に包まれる。
静まり返った会議室で、アスナはふっと息を吐いた。
「では、他に意見の無いようなら、今から一時間後、迷宮区前の村に
向かいます」
それを聞いたプレイヤー達は、次々に立ち始めた。回復薬の補充
をしていない奴もいるだろう。この一時間で、準備を万全にしなけれ
ばならない。
リズベットはそんな中、すれ違っていくプレイヤー達をよそに、た
だアスナだけを見つめていた。
瞳が揺れ、体が震える。
────ああ……アスナは、変わってしまったんだ。
そう実感してしまった。
「リズさん…」
「……」
涙を流すリズベットに、シリカは寄り添う。エギルにもクラインに
も、もうどうしようも出来なかった。
見るに耐えないアスナの姿を、これからずっと見ていかなくては
ならないなんて。
アスナを先頭に、この部屋の出口に向かい出す攻略組を見て、四
23
-
人はそう思った。
「異議ありに決まってんだろ。頭どうなってんだ?」
「…え」
「っ…!?」
「誰だっ!」
突如発せられた声に、ここにいる全てのプレイヤーが振り向い
た。
その声のする方へ。
その声の主は、人混みに紛れて見えないが、自らこちらに向かっ
てくる。
「二年間お世話になったこの世界の先住民様方に随分な態度だ
な。育ちの悪さが窺える」
アスナはその発言に憤りを感じ、声のする方を睨みつける。
クライン達も、その声のする方へ顔を向ける。
今このタイミングで、《攻略の鬼》に歯向かうのは、どんな奴だと
彼らは思った。
だが、その姿を見た瞬間、シリカは。リズベットは。クラインは。
エギルは。
そして、アスナは。
───心臓が止まるかと思った。
そのプレイヤーは、一言で表すなら、《黒》。
24
-
そのコートも、ブーツも、髪も、剣も。何から何まで黒く染まって
いた。
彼らは、驚愕の視線を向けていた。先程まで睨みつけていたアス
ナでさえ。
だって。
だって、その姿はあまりにも────
「…キリト…くん…?」
25
-
Ep.2 その黒い剣士の名は
「…キリト…くん…?」
アスナは小さな、震える声でその名を呼ぶ。
シリカも、リズも、クラインもエギルも、その驚きを隠せない。
攻略組の誰もがその黒き装備の男を見た。
上半身は、黒いシャツの装備を下に、黒いコートが装備され、下半
身は黒いズボンに黒いブーツ。
その姿は、75層で死んだキリトを思わせる姿をしていたのだ。キ
リトと間違えても不思議はない程に。
その少年は、鋭い視線をアスナに向けており、その瞳には明らかに
怒気が含まれていた。
アスナは思わず一歩後ろに下がってしまう。少年はそれと同時に
一歩、また一歩と、アスナの元へと近づいていく。
「ご大層に言ってるけど、お前がやろうとしてんのは殺人となん
ら変わんねぇよ。ラフコフと同じだ同じ」
「っ…何を…」
「それに、NPCがお前の思うように動いてくれる保証も無いだ
ろ。作戦にもなってねぇよ……それにだ」
「っ……!?」
アスナの目の前まで辿り着いたその少年は、いきなりアスナの胸
ぐらを掴み顔を引き寄せた。
アスナはいきなりの事で何も出来ず、至近距離で少年の顔を見る事
に。
しかし、その少年の顔は、決してやましい事を考えてるようには見
えず、さっきと変わらず怒りの表情だった。
26
-
ハラスメントコードの表示などお構い無しに、少年はアスナにしか
聞こえないように呟いた。
「デスゲームで……人の形をした奴をモンスターに殺させような
んて、いい度胸してんな」
「っ……!」
「お前だけが辛いと思うなよ、小娘」
彼の言い分は最もだった。
ここはデスゲーム。人が死ぬ、決して遊びではないゲーム。誰も
が、人が死ぬ瞬間を目の当たりにしている。それは、いつまで経って
も慣れるものではない。
NPCとはいえ、人が死ぬ瞬間を目の当たりにするのは、あまり気
分が良いものとはいえないだろう。
アスナは何も言えない。何も口から発しない。
少年は、アスナから手を離す。アスナを一瞥し、周りの攻略組に
目を移す。
彼女のおかげで攻略組の覇気が高まったといっても、やはりキリト
の死は大きいものだったのだろう。見れば分かるほどに、攻略組の雰
囲気が暗い。
黒い少年は、そんな彼らを見て、鼻で笑った。
「……キリトとヒースクリフがいなくなっただけでこの体たらく
か……案外情けないな、最前線も」
その言葉は攻略組、アスナにとって、許せる範囲のものでは無く
なっていた。
(いなくなった……『だけ』……?)
27
-
アスナは、その怒りを隠せない程になっていた。
その表情は周りから見ても、彼女がどのような感情を抱いているの
か見てとれる程に。
「……何ですって……?」
「最前線で攻略してんだ、死ぬかもしれないってのは分かってん
だろ?人が死んで一々ショック受けて攻略が滞るなんてアホか」
「っ……あなた……」
「今日から攻略組になろうって時に最前線がこんなんだったら志
望者なんて来ねぇぞ。切り替えろ」
攻略組のメンツは、何も言えず下を向く。
しかし、彼らはその少年に、少なからず怒りを抱いていた。
確かに少年の言っている事は、一見正論に聞こえる。彼の言うよう
に出来れば、それが理想だろう。しかし、そう出来ないのが人間であ
る。死に近い場所で戦う攻略組なら尚更だ。
それを、今日初めて見る新顔が、何も知らずに語るその言い様が、あ
まり気に食わなかった。
「……おお、なんだよお前ら。俺、何か間違ったこと言った?」
周りの空気に気が付いた少年は、ニヤけた顔で周りを見返す。
その態度に、彼らは益々怒りを増していく。シリカもリズも困惑気
味だ。久しく見ていない、まさに一触即発の雰囲気だった。
「もうやめろ。みんな落ち着け。こんな時に言い争いをしてる場
合じゃない」
その雰囲気を壊すのは、エギルだった。
攻略組のメンツは、我に返ったのかエギルの発言に下を向いたりす
る奴もいれば、舌打ちしたり、何か少年に文句を言いたそうな輩もい
28
-
た。
エギルは、アスナと少年の元に近寄り、少年を見下ろした。
「……お前さんもだ。少し落ち着け」
「俺は落ち着いてる」
少年はそっぽを向き、部屋の出口の方へと歩いていった。
その後ろ姿まで、キリトにそっくりで。
エギルはつい呼び止めてしまった。
「っ……おい、……アンタ、名前は?」
それはきっと、ここにいるみんなが知りたい事の一つだったはず
だ。
アスナも、シリカも、リズも、クラインも、攻略組も。みんなが少
年へと視線を動かす。
少年は、気だるそうにコチラを振り向いた。
だが、気だるそうに見えただけでその視線は鋭く、睨みつけられて
るのかとさえ思う。
「…アキトだ。…以後、よろしく見知りおけ」
●○●○
攻略会議が終わり、シリカはリズが新しくアークソフィアで建て
た店、<リズベット武具店>の2号店で、武器のメンテナンスをして
貰っていた。
29
-
ボス戦の備えて、武器も調整しないといけない。
シリカもリズも、その店の工房で座って飲み物を啜っていた。
しかし、その雰囲気は少し暗い。
理由は言うまでもなく、攻略会議に現れた少年だ。
「……キリトに、よく似てた」
「……そう、ですね……私もそう思いました」
「装備もそうだけど……雰囲気っていうか……どことなく、ね」
「……きっと、アスナさんも……」
「……そう、ね……」
アスナのあの顔は、驚愕というか、焦りといった感情が窺えた。
確かに、彼はキリトによく似ている。
アスナもきっと、そう感じたのだろう。
「けど……見た事ない人だったわね」
「確かに……私も見た事ないです」
「下層から来たのかしら……装備は見た感じ、最前線の攻略組の
よりレアなのかもって感じたけど……」
リズは、彼の装備を思い出していた。
キリトによく似ていた事の驚きで、あまり防具に目を向けてなかっ
たが、あの装備、見た限りではレベルの高いものだと感じた。
あれほどの装備なら、下層でドロップしたとは考えにくい。
上層で手に入れたとしても、それほどの実力者なら名前くらい聞い
たことがあっただろう。
「『アキト』なんてプレイヤー、聞いた事無いわね」
「どーいう事なんでしょうか…?」
二人は同時に腕を組む。そのタイミングがピッタリで、途端二人
30
-
はお互いの顔を見合わせる。
すると不思議と、笑みが零れる。
お互いにクスクスと笑い合う。
久しく、笑ってなかった気がする。
キリトの突然の死、アスナの変化。色んな事があって、泣いてばっ
かの気がする。
二人は不思議と、暖かい気分になった。
すると、店の入り口の開閉音が聞こえた。誰かが店に入ってきた
ようだ。
シリカとリズはそれに気付くと、お互いに立ち上がった。
「さてと、仕事しないとね!」
「あ、私もお手伝いします!メンテナンスのお礼って事で!ね、ピ
ナ」
「きゅる!」
「ありがとっ」
彼女達は勢いよく、工房の扉を開ける。
そして、客を確認する前に、客への挨拶を忘れない。
「いらっしゃいませー!リズベット武具店にようこそ!……って
……!?」
「武器のメンテ、頼みたいんだけど」
二人の目の前には、先程の攻略会議に乱入してきたあの黒き少
年、アキトが立っていた。
シリカもリズベットも、アキトを目の前に視線を外せない。アキ
トは、そんな二人を不思議そうに見つめる。
黒く長めの髪に、綺麗な青色の瞳。その容姿は女性に好まれるであ
ろうものだった。
31
-
背に担ぐ剣は、黒というよりは紺色で、刀身までもがその色で覆わ
れている。
別人だと認識出来るが──やはり、どことなくキリトに似ていた。
「……あの」
「え……あ、ああ!メンテ、ですよね、はい!」
「……?……えと、じゃあよろしく」
アキトは、そう言って背にある剣を取り外そうとする。
しかしシリカもリズも、アキトに違和感を覚えていた。
攻略会議の時と、どこか雰囲気が違う。
会議の時は、アスナを言いくるめたり、攻略組にケンカを売ったり
と、自信家というか、勝手な印象があったのだが…。
今ここにいるアキトは、口調が丁寧で、態度もなんだか柔らかいよ
うに感じる。まるで別人のようだった。
そんな事を考えていると、アキトが剣を差し出してきた。我に返っ
たリズは、アキトの剣を受け取る。
「っ……お、重っ……!」
アキトのその剣は、キリトの<エリュシデータ>に匹敵する重さ
だった。リズはうっかりその剣を落としそうになる。リズはその剣
のステータスを恐る恐る確認し、そのステータス要求値に目を見開い
た。
「な、何よこれ……魔剣クラスじゃない……」
「ええっ!?」
シリカも驚きを隠せない。そのステータス画面を可視状態にし、
シリカにそのアホみたいなステータスを見せる。
シリカも驚きを隠せないようで、もの凄く目を見開いていた。
32
-
固有名: 《ティルファング》
リズは身を乗り出して、アキトに近づく。
「…アンタ、これどうやって…」
「……モンスタードロップ……だけど」
「何処で手に入れたの!?」
「何処だっけ……あー、確か72層の……見た事ないボスのド
ロップで……えと…それ以上はちょっと分かんないかな……あと近
い」
「っ…!? あ、…えと…ゴメンなさい…」
「リズさん…」
興味津々に聞くリズだったが、アキトの引いたような表情と言葉
で我に返ったのか、すぐアキトから離れる。その顔は若干赤かった。
シリカはそんなリズをジト目で見る。
リズはそんなシリカから視線を反らす。そして、わざとらしく咳を
してアキトに向き直った。
「えっと…いつまでにやったらいいかしら?」
「これからフィールドに出るから、なるべく早く。けど無理しな
くてもいいよ、そしたら別の剣で行くし」
「常に万全にしないと駄目でしょ!…この剣一本なら時間は掛か
らないから、少し待ってて」
「あ、ああ……分かった。じゃあ、頼む」
「はいはい。シリカ、表よろしくね」
「は、はい」
リズはシリカに店を任せると、工房の扉を開き、入っていった。
アキトはその扉が閉まるのを確認すると、店に並ぶ剣を拝見し始め
る。
シリカは、そんなアキトをただただ見つめた。
33
-
しかしどれだけ見ても、キリトの面影がチラつくだけで他には何も
考えられなかった。キリトの死は、想像以上に心にきたという事だ。
シリカはこれまで、最前線で戦うキリトの役に立ちたい一心で、
必死にレベル上げをしていたのだ。ピナの件でもお礼がしたいと、今
度は自分が力になりたいと。
そして、75層攻略後。ようやく追いついたはずのキリトは、もう
この世界の何処にも存在してなくて。それを知った時、自分はどんな
顔をしていただろうか。
シリカは自然とその表情を暗くする。ピナも、そんなシリカに気
付いたのか、悲しげな表情に見える。
「……どうしたの」
「え……?」
顔を上げると、アキトが店の剣を持ちながら、シリカを見ていた。
その瞳は何もかもを見透かしているようで、シリカは途端に顔を赤
くする。
「あ……い、いえ!何でもありません!」
「……」
「何でも……あれ…?」
シリカは自分の頬に何かが伝うのを感じた。触れると、それは水
滴、涙だった。
拭っても拭ってもその涙は止まらない。涙腺が決壊したかのよう
に、ぽろぽろの流れていく。
「きゅるぅ…」
「あれ……あれ、何でだろう……ご、ゴメンね、ピナ」
キリトが死んだショックはアスナの方が大きいだろうと感じて
34
-
いたシリカ。
そのアスナが泣かずに攻略に励む姿を見て、泣いてはいられない
と、自分も頑張らなくてはならないと、気を張っていた。けれどシリ
カは、まだ14歳。そう簡単に割り切れるわけもなかった。
今まで我慢していたものが、アキトを見ていた事によって解かれて
しまったようだ。
「す、すいませんアキトさん…わ、私…」
「…えっと…え?な、なんで泣いて…ど、どうすりゃあ…!」
泣いてる原因が分からず、アキトはオロオロするしかない。どう
すればと考えていると、工房の扉が開く音が。
そこにはアキトの剣を抱えるリズの姿が。
「お待たせー……って…え?」
「うう…ぐすっ…り、リズさぁん…」
「……アンタ…何女の子泣かしてんのよ……っ!」
泣いているシリカを見て、リズはアキトが泣かしたものだと一瞬
で判断した。間接的には正解なのだが、アキトは何も分かってなかっ
た。
「はっ……!? お、俺は何もしてないぞ……」
「問答無用!この…っ!」
「危ねっ!? …ってちょ、それ俺の剣!」
要求値が足りていないはずなのだが、凄い勢いで振り回すリズ。
説得するのは骨が折れるであろう事は明白だった。
35
-
「……アキトさん、すみませんでした」
「いや、別にいいけど……」
「全く……アンタが泣かせたんじゃないなら最初からそう言いな
さいよー」
「……言いましたが……」
リズの勘違いにより酷い目にあったアキトは、リズを力なく睨み
付ける。しかしすぐに、何か疑問に思ったのかシリカの方に目を向け
た。
「…そういや、何で俺の名前知って…」
「アタシらも攻略会議に出てたのよ。それに、もう噂になってる
わよ」
「…あの場にいたのか」
「…ちょっと…アスナが心配でね」
「…アスナ…ああ、閃光か」
アキトは思い出したかのようにアスナを口にする。
リズは、アキトにあの時の事を色々聞きたかった。
「アンタ…なんであんな風に攻略組にケンカ売ったわけ?今のア
ンタの態度を見た感じだと、あの時言ったのわざとでしょ」
今のアキトは、攻略組にいた時の雰囲気や態度が違って見える。
今のアキトが本当のアキトならば、攻略会議でのあの態度は演技な
のでは、というように見えた。
36
-
「確かにあの作戦は、アタシも聞いてた気分の良いものじゃ無
かったけど…」
「…別に。間違った事は言ってないだろう。76層まで来て毎回
葬式みたいなムードだったら攻略組に入りたいって思う奴だって減
ると思うし」
「…けど、人が死んでるのよ…?すぐに切り替えなんて…出来な
いわよ…」
むしろ、 アキトの言うように出来たらどれだけ楽だろう。大切な
人を失った悲しみは、一日二日じゃ拭えない。
アスナだって表面上は冷静に取り繕っているが、実際の所は分から
ない。
シリカも、顔を下に伏せる。
「だからだよ」
「え…?」
「ここはデスゲーム、人の死には敏感だろ。NPCだからって、人
の形をしたものを殺してる間にボスを倒すって…道徳的にどうなの
かと思ったんだ」
「あ……」
シリカもリズも、そこまで言われて納得した。アキトのやろうと
していた事が。
「あの時の態度は…その…そんな作戦を立てた奴に腹が立ったか
らってのも間違いじゃない。…まあ他にも理由はあるけど」
「…そっか…意外ね。会議で感じた印象とは大違いだわ」
「……」
アキトは何も言わずにそっぽを向いた。リズはアキトのそんな
37
-
態度にフッと笑みを浮かべる。
「…で?シリカはなんで泣いてたわけ?」
リズは、思い出したかのようにハッとした後、シリカの方へと顔
を向けた。
シリカが泣き出した理由を問うことにした。
シリカは、顔を少し赤く染め顔を上げる。恐らく、泣いた事を思い
出し、羞恥に見舞われたのだろう。
「その…アキトさんを見てたら…キリトさんを思い出して…それ
で…」
「…シリカ…」
リズは、シリカの気持ちが痛い程分かっていたし、我慢していた
であろう事は察していた。きっと、キリトの面影があるアキトを見
て、その我慢が解かれてしまったのだろうと。
リズも今でこそ泣いていないが、キリトの死を知らされた日はとて
も冷静ではいられなかった。好きだった人が、自分の知らないところ
で死んだのだ。ショックでないはずがない。
けれど、アスナが心配で、泣いてばっかではいられなくて。
きっと、自分も我慢してる。
そう、シリカもリズも。
アスナが泣かないから泣かない、泣けなかった。
黙るシリカとリズを、アキトは見つめる。
「…アンタら、キリトのこと…知ってるのか」
口を開いたアキトは、表情が暗い感じに変わっていた。
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アキトのその問いに、シリカもリズも、表情を暗くさせる。
「…友達よ」
「…キリトの最後…知ってるか」
「…断片的な事は、エギルとクラインから聞いたわ…ヒースクリ
フが茅場晶彦だったっていうのも。ゲームクリアを賭けて、キリトが
私達の為に戦ってくれた事も」
「…そう、か…」
アキトはそう言うと、顔を下に向ける。シリカは、そんなアキト
を見て、口を開く。
「…キリトさんとは…お知り合い…なんですか…?」
アキトのその反応に、シリカは疑問を抱く。
リズもシリカと同じ事を考えたようだ。
その姿は、キリトのそれとよく似ている。無関係とは考えにくい。
「…まあ、有名だからな」
「違うわよ。個人的に…何かあるんじゃないの?」
「……アンタらには、関係ないだろ」
その口調は、なんとなく苛立ちのようなものを感じた。
アキトは、そう言うと立ち上がる。ティルファングを鞘に仕舞
い、店の扉へと歩き出す。
シリカもリズも、アキトの態度で聞くのをやめた。
しかしその後、リズはすぐに閃いたように口元を歪める。
「…じゃあ、もう行く。武器、ありがとう」
「ああアキト、ちょっと待ちなさい」
「…?何?」
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「フレンド登録しましょう。76層から下にはバグで降りられな
いんだし、鍛冶屋とのコネはあって損は無いと思うわよ」
「…そう、だな…分かった」
「あ、あたしも!」
リズのフレンド申請に、アキトは少し考えた後了承した。シリカ
も立ち上がり、アキトとリズの元へ駆け寄った。
「…シリカにリズベット…。…キリトの友達…か」
「ん?何か言った?…何ニヤけてんのよ」
「いや、別に」
フレンドリストにシリカとリズベットの名前が載ったのを確認
したアキトは、何故か嬉しそうで。
頬が緩んだのを、シリカとリズは見逃さなかった。
不思議に思いながらも、二人はアキトの名前を自分のリストで確認
する。
すると、二人はアキトのプロフィールで気になるものを見つける。
「アキトさん、ギルドに入ってるんですか?」
「あ、ホントね。…てか気づかなかったけど、カーソルの横にギル
ドマーク付いてるじゃない…」
「……」
アキトのカーソルの隣には、ギルドに加入している事を証明する
ギルドのマークが表示されている。
キリトに似ている事の衝撃が勝り、マークが目に入って無かったの
だろう。
リズは呆れたように笑った。
「こんなに見やすい場所にあるのに…。…見た事ないマークね、
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月に黒猫なんて」
「……」
アキトは何も言わない。リズは構わずそのマークに目を凝らす。
三日月に乗るように座る、黒い猫のイラスト。上層では見た事もな
いマークだった。
リズはシリカに目配せする。どうやらシリカも知らないギルドの
ようだ。
二人はアキトに視線を向ける。
「…アンタ、ソロのイメージがあったから意外ね」
「なんて名前のギルドなんですか?」
「…それは…」
アキトはそこまで言ったっきり、黙ったまま何も言わない。ただた
だ下を向くだけだった。
シリカとリズは互いに顔を見合わせる。
言いたくない事なのだろうか。そう思っていると、アキトが顔を上
げた。シリカとリズはそれに反応して、視線をアキトに戻す。
しかし、次にアキトが口を開こうとした瞬間、扉を開く音が聞こ
えた。
三人は、入り口の方へと視線を移す。
入ってきたそのプレイヤーは、アキトを見ると、顔が強ばった。
アキトも、そのプレイヤーを見た瞬間、顔が先程と打って変わって
豹変した。
「…貴方…さっきの…」
「…よう、閃光」
アキトの黒い笑みの先にいたのは、攻略の鬼アスナ。
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シリカもリズも、この場から逃げ出したいような、これから始まる
かもしれない言い争いを止めさせたいような、二つの気持ちで葛藤し
ていた。
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Ep.3 妖精少女と落下少女
シリカとリズベットは、現在困惑していた。
原因は、自分の店にいる目の前の二人。
一人は、今回の攻略会議で乱入してきた、黒い剣士アキト。
一人は、キリトの死により攻略の鬼と化した、ギルド《血盟騎士
団》の現団長アスナ。
アキトは不敵な笑みを浮かべながらアスナを見ており、アスナは
そんなアキトに睨みをきかせる。
一触即発の雰囲気が漂っており、シリカもリズも焦っていたが、先
にこの沈黙を破るのはアスナの方だった。
「…て何故ここにいるの」
「鍛冶屋にいる理由なんて聞かなくても大体分かんだろ。何、俺
は来ちゃマズかった?」
アスナの問いに、鼻で笑って答えるアキト。一々癪に障るその態
度が、シリカとリズと会話していた時のそれとまるで違う為に、シリ
カとリズの困惑はさらに増していく。
何故アスナにはそのような態度なのか。というか、今の彼女を見
てどうしてそんな度胸でいられるのか。そんな疑問も虚しく、アキト
は眉を顰めて問い掛けた。
「…ってかアンタこそなんでここにいんだよ。この時間帯なら
フィールドボスと交戦してるはずだろ」
「……仕切り直しにしたの。攻略は明日。それまでは各自レベリ
ングするようにって…」
「へぇ……少しは他の奴らの事も考えるんだな。それとも、考え
てるフリか?」
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「……」
アキトはそう言うと、アスナを上から下にかけて見た後、徴発的
な笑みをアスナに見せつける。値踏みするような視線はきっと、今の
アスナにとっては怒りを助長するものでしかないのに。
「そっか……今は、アンタが血盟騎士団の団長なんだ」
「……何か言いたい事があるの?」
「いや、まあ別に」
その含みのあるように言うアキトに、アスナは若干の苛立ちを覚
えているのは傍から見ても明白。その視線が段々と鋭くなるのは当
然だった。
アスナはアキトを睨み付けながら、口を開いた。
「……先程の攻略会議の作戦を貴方にも伝えておきます」
「……ああ、あの人の形をしたオブジェクトをボスに殺させるっ
て奴?なんか変わったの?」
「っ……」
彼の言い方は辛辣だが、実質その通りの作戦だ。
アスナがやろうとしていた作戦は、傍から見ればアキトが言ったよ
うに映るだろう。アスナは唇を噛み締めた。
それからアキトは、アスナに作戦の変更を聞いた。それは、先程
のように、NPCを囮に使うような非人道的なものではなかった。
作戦内容を一通り聞いたアキトは、フッと息�