ショパンのノクターンにおける装飾法の研究 津 田 俊 子 - …...op・9-3,48m...

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ショパンのノクターンにおける装飾法の研究 1研 の概 シ ョパ ソ(Fr馘駻icFran輟isChopin,1810年 ~1849)は 華 麗 さ と繊 細 さ とに よる独 特 な ピァ ノ技法 で新 しい ピ ア ノ様 式 を 築 い た。 そ の ピ ア ノ様 式 の 特 徴 と して は,出 生 地 ポ ー ラ ン ド の民 俗 性(リ ズ ム,旋 法),大 胆 な和 声 法,楽 曲 構 造 に お け る即 興 性,豊 か な音 響 な どが しば しば 指摘 され てい る。 特 に シ ・パ ソの魅 力 に 旋 律 の 美 し さが あ る こ とは否 定 で き ない 。 そ の旋 律 傾 向 は 多種 多 様 で あ る と言 え る。 ス ケル ツ ォや バ ラー ドに 見 られ る劇 的 な表 現 か ら,晩 年 期 の作品における主題的労作と対位法的な展開を示す旋律,さ らにマヅルカ,ワ ルッなどの舞i曲 的 性 格 を もつ旋 律 に 至 る まで 多 岐 に渡 ってい る。 しか し,そ の 様 々な構 成 の なか に必 ず と言 っ て よい ほ ど抒情 的 な 旋 律 が 配 置 され て い て,曲 構 造 に 欠 くこ との で きな い重 要 な部 分 と して, その位置を占めている。 抒 情 的 で流 麗 な旋 律 的 特 徴 は シ ョパ ンの全 作 品 に 見 られ るが,と りわ け,そ の特 徴 が顕 著 で あ り,シ ョパ ン特 有 の装 飾 が 多 彩 に施 され て い るの は ノ ク タ ー ンNocturneの 作品である。 本研究はノクターン全作品を対象に,そ こに使われている装飾音,あ るいは装飾音郡を摘出し て比 較分 析 を加 え,そ の 分 析 結 果 に基 づ い て,シ ョパ ンの 旋 律 的 特 性 を 考察 した もの で あ る 。 シ ョパ ンの ノクターンは,ア ーサー ・ヘ ッ ドリーの シ ョパ ン作品表(注1)によって年代順 に 列記す る と次 の通 りであ る。 表(一) 1調1作..号1作 曲 年 代1出 版年代 Nocturneemoll _lop・721182711855 3Nocturne bmoll Esdur Bdur op・9(1) oP・9(2) op・9(3) 1830 z 1831 1833 Nocturne Fdur OP・15~1 1830 z 1831 1834 Nocturne Fisdur op・15^-2 1830 z 1831 1834 一8ユ

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ショパ ンの ノ ク ター ンに お け る装 飾 法 の研 究

津 田 俊 子

1研 究 の 概 要

シ ョパソ(Fr馘駻icFran輟isChopin,1810年 ~1849)は 華麗さと繊細さとによる独特な

ピァノ技法で新 しいピアノ様式を築いた。そのピアノ様式の特徴としては,出 生地ポーランド

の民俗性(リ ズム,旋 法),大 胆な和声法,楽 曲構造における即興性,豊 かな音響などがしば

しば指摘 されている。特にシ・パソの魅力に旋律の美しさがあることは否定できない。その旋

律傾向は多種多様であると言える。スケルツォやバ ラー ドに見 られる劇的な表現か ら,晩 年期

の作品における主題的労作と対位法的な展開を示す旋律,さ らにマヅルカ,ワ ルッなどの舞i曲

的性格をもつ旋律に至るまで多岐に渡 っている。しかし,そ の様々な構成のなかに必ず と言っ

てよいほど抒情的な旋律が配置されていて,曲 構造に欠 くことのできない重要な部分 として,

その位置を占めている。

抒情的で流麗な旋律的特徴はショパンの全作品に見 られるが,と りわけ,そ の特徴が顕著で

あり,シ ョパン特有の装飾が多彩に施されているのはノクターンNocturneの 作品である。

本研究はノクターン全作品を対象に,そ こに使われている装飾音,あ るいは装飾音郡を摘出し

て比較分析を加え,そ の分析結果に基づいて,シ ョパ ンの旋律的特性を考察 したものである。

ショパンのノクターンは,ア ーサー ・ヘッドリーのショパン作品表(注1)に よって年代順に

列記すると次の通 りである。

表(一)

1調1作..号1作 曲 年 代1出 版 年 代

Nocturneemoll_lop・721182711855

3Nocturne bmoll

Esdur

Bdur

op・9(1)

oP・9(2)

op・9(3)

1830

z

1831

1833

Nocturne Fdur OP・15~1

1830

z1831

1834

Nocturne Fisdur op・15^-2

1830

z1831

1834

一8ユ ー

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人 文 學 論 集

XNocturne gmollop・15^-3118331834

2N�turne ciSl,moll

Desdur

OP・27(ユ)

op・27(2)

1834`

z1835

1838

2Nocturne Hdur

Asdur

op・32(1)

op・32(2)

1836z

18371837

XNocturne cmoll 11837 1938

Nocturnegmolllop・37^゚11838 1840

Nocturne Gdur op・37^r2 1839 1840

2Nocturne cmoll

frismoll

op・48(i)

op・ .48(2)

1841 1841

2Nocturne Hdur

Edur

op..62.(1)

op・62(2)

ユ843 1846

2Nocturne fmoll

Esdur

op・55(i)

op・55(2)

1843 1843

ショパ ンの作品は3期 に分けるのが一般 的である。ショパンがJ¥リ に到着する1831年9月 以

前のポーラン ド時代を第1期 ・健康状態が一時回復 して,マ 斗・ルカ島か ら再びパ リにもどっ

て活動を始める1840年 迄を第2期 。ポ リフォニックな手法を取 り入れて多様な様式を展開した

晩年の9年 間を第3期 として扱 うのが慣例である。創作期を表Oの 右側に書き加えた。第2期

に含めているノクターン・ハ短調は1938年 になってから出版 されたもので作品番号がなく,ノ

クターン全集(注2)か らも除外されている。作品15の3は 装飾音符が使われていない。これ ら

2曲 を研究対象か ら劑愛し,表 ←)に※印を記 した。 作品27の1は 小音符による装飾音符はな

いが,旋 律の動きが装飾音の動きと類似しているので研究対象に含めている。なお表eの 作品

番号の括弧書きはアーサー ・ヘ ッドリーの作品一覧表にないが便宣上番号を付記 した。

豆 シ ョパ ンの装飾音

ショパンの装飾法は多彩であると同時に,旋 律の主音符と装飾音符との峻別が困難なことが

多い。装飾音の概念は旋律の骨格を作bて いる主要音の前後に置かれ,主 要音を継ぎ生気づけ

うものである。装飾音は主要音を強調し重みを与え,旋 律を美しくして聞く人の特別な注意を

呼び起 こす ものである(注3)・ 装飾音の演奏方法は 時代によって異なり装飾音の歴史は古い。

バ ロック時代の装飾音を詳解 した文献で最 も貴重なのはエマニエル ・バ ッハの 「正しいピァノ

奏法の試論」(注3)である。装飾音の研究には欠かせない。本研究はエマヌエル ・バ ッハの 「正

しい ピアノ奏法の試論」で述べ られている装飾法を手がか りにして,シ ョパンの装飾音の分類

を試みた。

ショパンの装飾音の分類にバ ロック時代の古い装飾音を引き合いに出した理由には,1に バ

一82一

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ショパソのノクターンにおける装飾法の研究

ロック時代以後,作 曲家の個性が尊重されるようになると,作 曲家の意識の変更に ともない演

奏家の即興が許される範囲はしだいに狭まり装飾音は減少したこと。2に ショパンの装飾法が

古縣 と・マソ派のぞ綜 り・むしう・ミ ック黙 嘩 飾法に共通点が多く見咄 せるζζで

あ るα バ ロ ック時代 の 自由な フ ァγ タ ジー様 式 辷見 られ る即 興 性,た とえ ば チ ェ ンバ ロ曲 の各

種 の カ デ ンス や 走 句 に シ ョパ ンの装 飾 法 の 源 流 を ケかが わ せ る も のが あ る ヒ とに起 因す る。 し

か し なが らシ ョパ ソの装 飾 音 は,す べ て ・ミロ ック時 代 の伝 統 的 な装 飾 音 に 合 致 す る とは 限 らな

い 。 本 研 究 で は 分 類 の手 順 と して,伝 統 的 な 範 疇 に 包 含 可能 な もの とシ ョパ ン独 自の もの とに

分 け て考 察 した 。 そ うす る こ とに よっ て シ ョパ ソ独 自の 装 飾法 が よ り鮮 明 に,そ の 特 徴 が 把 握

で き る と考 え るか らで あ る。\

1伝 統 的範 疇 に包 含 可 能 な 装 飾音

エ マ ヌエ ル ・バ ッハ の 「正 しい ピ ア ノ 奏 法 の試 論 」 に述 べ られ て い る 装 飾 音 は,前 打 音

Vorschl盞gen,ト リラ ーTriller,タ ー ンDoPPelschlage,モ ル デ ン トMordent,複 前 打

音Anschlage,シzラ イ フ ァーSchleiffer,ス ナ ップSchnellerで あ る。 これ らの伝 統 的

な 装 飾 音 に 類 似 してい る装 飾 を シ ョパ ソの ノ クタ ー ン全 作 品(表O)か ら摘 出 し要 約 す る と以

下 の よ うに な や。、

④ 前 打 音Vorsch臠en

前 打 音 の な か で シ ョパ ンが 好 ん で 用 い て い る の は短 前 打 音acciccaturaと 複 前 打 音

Anschlageで あ る。バ ロ ック時 代 に 多用 され て い た 長 前 打 音Ver舅derlichVorschl臠e(可

変 的 前 打 音)は,小 音 符 に よ る伝 統 的 な 記譜 法 に よ らず,シ ョパ γは 長 前 打音 の音 の長 さ を演

奏 者 の 自由に 季 ね る こ とな く普 通 の音 符 で音 の 長 さを 明記 して い る。譜 例1,2は,そ の 用 例

の 作 品 番 号:と小 節 を示 して い る 。・この長 前 打音 を慣 習 に従 って倚 音 と掛 留 の 効果 と して 用 い て

い るo

譜例1 譜例2

op・9-3,42m

短前打音㊧用法で時に目立つのは経過的短前打音と掛留的短前打音,そ して先行音を反復す

る短前打音である。旋律の円滑な進行のために用いられている。譜例3は 経過的短前打音;譜

例4は 掛留的短前打音,譜 例5は 先行音を反復する短前打音である。

一83一

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人 文 學 論 集

譜例3

op・48-2,84m

譜例4

一 一op・55-1,52m op・62-1,4m

譜例5

op・9-1,30m op●9-2,grn

op・9-2,27mop・27-2,44m

譜例5の 先行音を反復する短前打音は,い かにもショパンらしい旋律傾向を示している。小

幅な動きから大幅な跳躍に至るまで自在に流動し,決 して滑らかさを失 うことはない。先行音

を反復しない短前打音は譜例6a,bに 示すように,流 麗さを損ねないように慎重に扱われて

いる。譜例6aは 点線で示すへ長調の主和音(分 散和音)の 協和的音響のなかに置かれ安定状

態を保っている。bで は2オ クターブ以上跳躍するにもかかわらず滑 らかさを失わないのは主

音を前打音 として確保 しているか らにほかならない。

譜例6ab

J

op・15-1,15m

∬op・9-1,79m

~84一

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ショパンのノクターソにおける装飾法の研究

このほかシ謬パンが用いた短前打音には,短 前打音 と主音符 とを同一音で用いた例がある。

この短前打音は主音符の拍より前に先取して,一 種の付点音符,あ るいは複付点音符のように

普通の音符で書いている場合が多い(譜 例7a)。 小音符で書いている場合は,後 続する トリ

ラーやアルペ ッジ・と結合して複合装飾を形成 している。譜例7b,cは 単独で使っているめ

ず らしい例である。この同一音の短前打音が1オ クターブ隔てて用いている例は完全1度 のも

のより出現頻度は高い。

譜 例7a'

op・9-3,48m op・72,47m

C

op・72,45m

譜 例7cは 主 音 符 と同一 音 の短 前 打 音 を 経 過 的 に 用 い た 複短 前 打音 の数 少 ない 例 で あ る。

(ロ)ト リラ ーTriller

バ ロ ッ ク時 代 には 既 に い ろ い ろ な形 の ト リラーが 出そ ろ って い た 。 エ マ ヌエル ・バ ッハ が あ

げ て い る トリ ラーは,標 準 ト リラー・(か一→,上 行 トリラー(rbaw),下 行 トリラー(〈 脚),

半 トリ ラーHalbTriller(プ ラル トリ ラーPrallTriller)の ほ か に,後 打音 つ き トリラ ー

(ハ小 う,短 い ト リラー(晒)の 各 種 が あ る。 バ ロ ッ ク時 代 の 標 準 トリラ ーは主 音 符 の上 か ら

弾 くの が一 般 的 で あ るが,シ ョパ ンの 場 合 は主 音 符 の音 か ら弾 き始 め る こ とが 多 い(注4)。

これ らの トリ ラー の うち,シ ョパ ンの 偏 執す る トリ ラーに は 複 合 され た ものが 多 く,単 純 な

標 準 ト リラー は 非常 に少 ない(譜 例8)。 複 合 的 な トリラ・一に は 後 打音 つ き の 標 準 ト リラー

(譜 例9)と 後 打音 つ き の上 行 ト リラ ーが 多 く(譜 例10),先 取 音 つ きの トリラー(譜 例11)

が これ に続 い てい るo

譜 例8

op・9-1,13m

一85一

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人 文 學 論 集

譜例 9

op・9-2,?m op・9-3,154m

op・62-1,50m

op・55-2,54m

譜例10

一 一__

op・32-2,16m op・37-1,8m

op・48-2,116m~117m

op・48-2,131m op・55-2,lm

:.

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シ ョパ ンの ノクター ソにおける装飾法の研究

譜 例 .11

op・62-1,68m^-69m

以上の譜例が示す ように,ト リラ ーの前後に付加された前打音ζ後打音は先行音おタび後続

音 とを滑らかに結合 させていて,い かにショパンが旋律音の継ぎに緬やかな神経を配 っている

かカミうかがえる。

¢9タ ーンDoPPelschlage

ショパンは単純な、ターソを普通の音符で記譜することもあるが(譜 例12),‡ 音符と主音符

との間に挿入す るターンと前打音つきターンが主である(譜 例13,14)。

譜例12・.

op・9-3,29m

譜例13

op・15-1,62m OP・ 幽62-1,12m

譜例14a

op・g-2,2m

し一S-」一

b

nA齔

}

r」r層 」』L口鐸 7⇔ 、 σ 冨'亠 【f'r1Y ▲ ゜4° ・'」Lじi

if1、n8冨 1【 ■レr,.画 」rP【w r 『 尸「雪1■ 臣 匪

」 曲 丶d冑一5一 一

op・27-1,22m

一87一

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人 文 學 論 集

譜 例14aの 後 半 は前 打 音 つ きタ ー ンの奏 法 を示 した 。 ま た シ ョパ ンは前 打 音 つ き タ ー ンを 装

飾 音 記 号 で書 いた り(譜 例14aの 前 半),普 通 の音 符 で 書 く こ と もあ る(譜 例14b)。 そ の 理

由 は タ ー ン奏 法 に メ ッゾ ・ス タ ッカ ー トの指 示 を 与 え るた め に 普通 の音 符 を用 い た と考 え られ

る。 この ほか シ ョパ ンは ター ソの転 回 形ooを 用 い て い る が,こ れ は シ ュ ライ フ ァーの 一種 と

考>x.ら れ る の で後 の項 で 言及 す る。

←)モ ル デ ン トMordent

伝 統 的 な モ ル デ ン トの 用 例 は,シ ョパ ソの ノク ター ン全 作 品 の 中 に は 見 出す こ とは で きな

い 。 モ ル デ ン トを 避 け た理 由 として は,上 行 して 下行 す る滑 らか な シ ョパ ンの旋 律 傾 向 に と っ

て,歯 切 れ のい い モ ル デ ソ トは不 向 きで あ った と考 え られ る。

㈹ 複 前 打 音Anschlage

シ ョパ ンの 複 前 打 音 の用 例 は譜 例15に 示 す よ うに先 行主 音 符 を 反 復 す る形 が 多 い 。

譜 例15

op・32-1,5mop・48-2,122m

この複 前 打音 に似 た 音 形 を しぼ しば用 い て い る 。譜 例16の 点 線 は そ の 複 前 打音 の音 形 を 示 し

て い るo

譜 例16

f'胃

ア:=〉 、,●昂一一`

op・9-1,8mop・32-1,27m

を9シ ュ ライ フ ア ーSchleiffer

エ マ ヌエル ・バ ッハ の 「正 しい ピ ア ノ奏 法 の試 論 」(注3)に よ る と,シxラ イ フ ァー は ,そ

の名 が 示 す よ うに 滑 走す る こ とで あ り,旋 律 を 滑 らか にす る もの で あ る 。そ の種 類 は 付 点 リズ

ム の あ る もの とな い もの が あ り,2音 な い し3音 か らな り,主 音 符 の前 で奏 され る と述べ て い

る。 エ マ ヌエ ル ・バ ッハ の シ ュラィ フ ァーに 該 当す る シ ョパ ンの用 例 は上 行 順 次 進 行形(譜 例

17a,b)と 上 行 ター ン(転 回 タ ー ンに 同 形)の2種 類 で あ る。 上 行 順 次 進 行 形 を小 音 符 で書

くの は め ず ら し く(譜 例17a),譜 例17bの よ うに普 通 の音 符 で 書 い て い る こ とが多 い。 こ の

普 通 の音 符 を 装飾 音 と見 做 す に は異 論 が あ る と思 うが,シ ェラ イ フ ァーの 旋 律 的特 徴 を 残 す も

の と して敢 て例 示 した 。 これ に反 して 上行 タ ー ン(転 回 タ ー ン)は 数 多 く用 い られ てい る(譜

..

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シ ョバ ソの ノ ク ター ンV'`おけ る装 飾 法 の 研 究

例18)。

譜 例17a b

アop・72-1,35m op・9-3,40m

譜例18

op・37-1,1mop・55-2,30m

(ト)ス ナ ップSchneller

ス ナ ッ プは モ ル デ ソ トの転 回形 で あ り,小 音 符(譜 例19a)で 書 くの が 一般 で あ る 。 シ ョパ

ソは 短 い トリ ラー(廿)で 書 い て い る こ と もあ る(譜 例19b)。

譜 例19ab

op・48-1,18mop・9-2,30m

短 い ト リラ ーに は 拍 よ り前 に先 取 して奏 す る場 合 と拍 と同 時 に奏 す る場 合 とが あ る。 この違

い は 曲 の テ ンポや フ レーズ の 前 後 関係 に よ つて判 断 され る。 短 い トリ ラー の前 に休 符 が あ る時

や フ レー ズが 切 れ てい る時 な どは 先 取 して奏 され る こ とが 多 い(注4)。 シ ョパ ンは この短 い トリ

ラー を 小音 符(譜 例20a1,a2)で 書 くこ と もあ り,ま た普 通 の音 符(譜 例20b)で 書 く こ

と もあ る。 この場 合,音 の長 さが 明 記 され てい るか ら,先 行 す るか 同時 に奏 す べ きか の選 択 で

奏 者 を 悩 ませ る こ とは な い。 譜 例20a2は 短 い ト リラー に前 打 音 が 加 え られ た もの で あ る。

言普イ列20ala2

op・37-1,15m op・37-1,31m

:・

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人 文 學 論 集

b

op・27-2,19mL馬 一 〇p・32-2,57m

エ マ ヌエル ・バ ッハ の 「正 しい ピア ノ奏 法 の試 論 」 に 述べ られ て い る装 飾 音 に は,こ の ほか

に アル ペ ッジ ョarpeggioと べ ー ブ ングBebungが あ る。分 散 和 音kよ る アル ペ ッジ ョは鍵

盤 楽 器 や 撥 弦 楽 器 で は古 ≦ヵ・ら用 い られ て い た が,シ ョパ ンに お い て は 終 止 に使 わ れ る単 純 な

も のか ら前 打 音 と一緒 に用 い る様 々な 複 合 に よ るアル ペ ッジ ョが あ る(譜 例21a,b)。

譜例2弊 ピ、 デ.∵ ・弓,b・

op・48-1,10mop・48-1 ,32m

譜 例21aは 右 手 で 旋 律 と分散 和 音 に よる伴 奏 を 受 け 持 って い る。下 行 す る主 音 符 の メ ロデ ィ

に 小音 符 の装 飾 音(ア ル ペ ッジ ョ)が 絡 ま りメ ロデ ィに 生 彩 さを 添% i..てい る 。前 打 音 つ き アル

ペ ッ ジ ョ(譜 例21b)は 前 打音 に よっ て アル ペ ッジ ョを 一層 重 み の あ る も のに して い る。

"ベ ー ブ ングは 元 来 バ ロ ック時 代 の チ ェ ンバ ロ奏 法 の 一種 で あ る。 そ の奏 法 は 鍵 盤 を押 した指

をす ぐ上礒なド'で揖で鍵盤を揺ず るものであり・阿一音め反復音に表情豊参なレガ冖ディシモ

とクレヅシェンド,T%i/ッ シェンドの微妙な吾色変化が可能 となる。べ_ブ ングはピァノで

は不可能であるが,シ ョパンの旋律にはべーブングを想起させる同音反復がある(譜 例22) 。

これ らの同音反復を装飾音 と言 うことはできないにしても,往 時の装飾音であったべーブソグ

の面影を残す ものとして指摘することができる。

譜例22

oP・9-2,18m

op・37-1,16m

一90一

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ショパソのノクターソにおける装飾法の研究

2シ ョパン独自の装飾音 、

ショパンは伝統的な装飾音を取捨選択 し,自 己の音楽に適応さすだけでなくi、さらに独自な

装飾法を創造していった。その装飾音の創造は伝統的な装飾音の数種を結合させた,い わゆる

複合装飾音 とショパン独自の展開により装飾音郡 との2つ に大別することができる。

α)複 合装飾音

複合装飾音は数種の異なった装飾音を組み合わせた装飾音郡である。ノクターンに見 られる

複合装飾音の傾向は,タ ーンを中心としたものとトリラーを中心としたものが圧倒的に多い。

前打音とターンの結合は先に述べたように(譜 例12,13,14,15,16)主 音符 と主音符の間に

置かれた前打音つきターンである。これ と同種と見做される譜例23aの 前打音つきターンは例

外 と考えられる。つまり実際の演奏は譜例23bの ように塗 り,前 打音の先取音は主音符で記譜

す ることも可能であるか らである。前打音つきターンと後打音(譜 例24の 点線は後打音を示す)

の結合は最も多く見 られるもので,こ の種の複合装飾音の典型と見做す ことができる(譜 例24

a,b,c,d)。 ただし譜例24aは 譜例23と 同様に,こ の複合装飾音符の最後の小音符は続

く主音符の先取音 とも考えられるので,特 殊な例 と言える。典型的なものは譜例24b,c,d

に示すように,後 打音郡が分散和音(譜 例の1_1)で 作 られていて,そ の分散和音は非和声音

(譜例の×印)に よって粉飾されている。

譜{列23a.b・

op・37-1,19m

譜例24a b

C

op・48-2,41m

op・32-2,14rn

d

op・15-1,20m

一91一

Page 12: ショパンのノクターンにおける装飾法の研究 津 田 俊 子 - …...op・9-3,48m op・72,47m C op・72,45m 譜例7cは 主音符と同一音の短前打音を経過的に用いた複短前打音の数少ない例である。(ロ)ト

人 文 學 論 集

トリラーを中心とした複合装飾音は,必 ずと言ってよいほど前打音つき トリラーである。 ト

リラーに続 く後打音郡め華々しい拡大はショパン特有の装飾法である。 トリラーの前打音は同

音反復によるもの,分 散和音的なもの(譜 例25a,b,c),そ して最も多 く使われている上

行 トリラー(譜 例26a,b,c,d,e)と がある。譜例25aは 連続下行する トリラー間に長

い装飾音郡が施され,単 調な トリラーの連続下行進行に変化と多彩さを与えている。この長い

小音符の装飾音郡は,初 めターソで始まり上行音階を経てアルペッジョに分散して後続の トリ

ラーへと導いている。このように前後の トリラーを結合させている点で後打音郡と言 うより,

むしろ挿入的,あ るいは経過的装飾音郡と言 うべきか も知れない。譜例25bの 後打音郡も非常

Y'めずらしい。後続の主音符と全 ぐ同型なのに装飾音のように小音符で記譜 しているか らであ

る。こうした例は既に述べたように,ト リラーと後打音郡の音の長さに流動性 と柔軟性を付与

したものと考えられる。 譜例25cめ 後打音は最も一般的な形を示 している。 譜例26a,b,

c,の 後打音q ..」印)は 所属和音か ら生じたものを非和声音(× 印)で 粉飾 している。譜例

26d,eの 後打音郡は上行音階である。譜例26dは3オ クターブに渡る半音階であり,譜 例26

eは1オ クタ≧ブの上行半音階である。これ らはショパンの大胆な装飾法を示す ものである。

譜例25a

op・62-1,71m

b

op・62-1,73m

一92一

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C

一、 与々糟  

譜例26a

一一一6-一 晶 __

b

アPcttm・

op・62-1,74m^-75m

H V7 I

op・32-1,40m

f・ 1 _IliIz

op・55-1,14m

C

f:

尸1

二皿1※12

0p・55-1,46m

d

op・48-2,135m^-136m

一93一

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人 文 學 論 集

e

op・72-1,37m

※ 一∬は ナ ポ リの和 音 を示 す 。

アル ペ ッジ ョを旋 律 の前 後 に散 りば め,鮮 やか な彩 りを添 え る手法 は シ ・パ ンの得 意 とす る

もの で あ る。 アル ペ ッジ ョの用 法 は主 音 符 の前 に置 く場 合 と後 に 置 く場 合 とが あ る。前 打 音 と

して の ア ルペ ッジ ョ(譜 例27)と 後打 音 と して の アル ペ ッジ ョ(譜 例28)と で あ る 。 トリラ ー

の後 打音 として の タ ー ンは 非 和声 音 で巧 み に粉 飾 した り,あ るい は アル ペ ッ ジ ・で彩 色 して い

、る 。前 打 音 と して の アル ペ ッジ ョは雄 律 の 冒頭 や フ レー ズの終 止等 に用 い る ゜r的な もの で あ

るが,譜 例28a,b,cに 示 す 後 打 音 と して の アル ペ ッジ ョは広 い音 域 に渡 る華 麗 な装 飾 法 で

あ る。

譜 例27

oP・62-1,70m

譜例28a

C

op・27-2,8m op・27-2,32m

一94一

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ショパソのノクターソにおける装飾法の研究

譜例28aとbは 同じアルペ ッジョでありなが らbは 普通の音符で記譜 している。この場合,

音の長さは固定され るが,小 音符の場合には各音の長さに伸縮性があることは既に述べた通 り

である0譜 例29aの 先取音 と複前打音との結合におし・ても,譜 例29bの ように先取音を普通の

音符で記譜しないのは同じ理由によるものと考えられる。

譜例29ab

op・37-1,14m

(ロ)ポ ル タ メ ン トportamento弓

ボルタメゾ トリ概念は音と音の間隙を円滑に奏することである。ショパレはボルタメソ トを

ピア ノ音 楽 の 装 飾 音 と して適 応 させ て い る(譜 例30)。

譜 例30

dvlczss.

op・15-2,18m

の コロ ラチ ュー アcoloratura

コ ロラチ ュ ー アは声 楽 用語 として は,旋 律 の主 要 音 の分 離,音 の 装 飾,伸 長 等 拡大 され た 音

列 が 母 音 また は 一 綴音 のイ申長 に よ って 歌 わ れ る多 彩 な技 巧 を 意 味 す る(注5)。 ボ ル タ メ ソ トも コ

ロ ラ チ ュ ー アの 一種 と考 え られ るが,コ ロ ラチ ュ ニ アの本 領 は ア ラベ ス ク風 の旋 律 装 飾,カ デ

ンス 楽 句 や 旋 律 反 復 の 際 の麥 奏 手 段 と して,ま た フ レー ズ間 を 継 ぐパ ッ セー ジな どの粉 飾 に あ

る。 シ ョパ ソの 旋 律 様 式 セ≒は声 楽上 の コ ロ ラチ ュー アが 持?装 飾 性 が 重要 な要 素 と して 機 能

して い るが,シ ョパ ソの 全般 的傾 向 は ピア ノが 奏 で る歌 謡 性 に あ る。 つ ま り カ ソテ ィ レー ナ

cantilena的 性 格 で あ る。 そ の カ ンテ ィ レー ナを 華麗 に粉 飾 して い るの が コ ロ ラチ ュー ア の手

法 で あ る。 あ らゆ る旋 律か ら音 階 や 分 散 和 音 に 至 る まで コ ロラチs^ア の 手 段 が施 され 自由 な

ア ラベ ス ク模 様 を 描 い て い る。 譜 例31の カ デ ソス に用 い られ て い る装 飾 音 郡 は フ ェル マ ー タ の

後,Ces,B,C,Aの4音 か らな る トレモ ロが続 き,メ ロデ ィ ックな 音形 に解 体 して 終 止 和 音

(変 ホ長 調 の 主 和音)へ 導 い て い る。Ces,B,C,Aの4音 トレモ ロの持 続 はB音 上 の属7

和 音 に 対 す る非 和声 音(Ces,C,入)が 属!7和 音 の根 音Bに 纏 わ って 不協 和 性 を強 め てい る。

この 不 協 和 な ト レモ ロは,そ れ に続 く経 過 的 な パ ッセ ー ジに 解決 して い る。

-95一

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人 文 學 論 集

譜例31

8

{

op・9-2,32m~34m

ノ クタ ー ンop・9-3の 終 止 直 前 の カデ ンス(譜 例32)は,先 行 す る セ カ ン ド ・ド ミナ ン ト

Doppeldominantの 且音 を掛 留 した ア ル ペ ッジ ョで上 行 し,刺 繍 音Gを 含 むE-Cis-Flis-G-

Cis-Disの6音 トレモ ロは4回 繰 り返 した後,最 高 音 に至 っ て3度 音 の 音 形 に変 え2オ ク タ

ー ブ の 間,半 音 階 で下 行 して 属7和 音 に復 帰 して い る。 この よ うな終 曲 を 彩 る華 麗 な カ デ ンス

は シ ョパ ンの ピア ニ ズ ムを 顕 示 す る もの で あ る。

譜 例32

1

一96一

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シ ョパ ソの ノクターンにお け る装飾法 の研究

op・9-3,154m~157m

皿 装飾音の構造上の意義

シ ョパ ンの 装 飾法 は旋 律 構 成 に 重要 な 機 能 を持 ち,旋 律 的 性 格 を特 徴 づ け てい る。 装 飾 音 の

機 能 として は,シ ソ タ ックス と して の 装飾 法 と旋 律 の要 素 と して の 装飾 法 とに分 け る こ とが で

き る。

1シ ン タ ックス として の 装 飾法

(f)フ レー ズ の終 止,展 開 と して の装 飾 音

譜 例31,32の カデ ソスは 曲 全 体 の 終 止 と して用 い られ て い る。6P・62=1,26mは セ ク シ ョ

ン終 止 と して用 い られ,op・27-1,83mは 中 間 部 か ら再 現 部 へ の移 行 と して 機 能 して い る。

発 展 的 な用 例 は譜 例33a,bに 示 す よ うに,提 示(譜 例33a)で は控 え 目な 粉 飾 を 再 現(譜 例

33b)で は よ り細 分 し発 展 的 に 扱 って い る 。 ほか に展 開 的 な 用例 と してはOP・27-2,51m~

52mが あ る。

譜 例33a

op・15-2,11m

一.97_

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人 文 學 論 集

(ロ)フ レー ズ間 の結 合 として の 装 飾音

シ ョパ ンは 音 域 的 に 懸 け 離 れ た フ レー ズ を 結 合 させ るた め に アル ペッジ ョを 用 い て い る

(・p'9-2・ ・2m~13m・ ・P・9-3・15~16m,・P・48-2 ,122m~123m)。

の 旋 律 反 復 の粉 飾 として の 装 飾音

古 典 的 な 意 味 の主 題 的 発 展 に代 る もの と して,シ ョパ ンは旋 律 の 反 復 の際,華 麗 な装 飾 を 施

し変 泰 して い る。 しか し古典 的 な変 奏 の原 理 とは 異 な り,ど ん なに 粉 飾 され て も旋 律 の 骨格 は

堅 持 して い る・ ノ グタ ー ン全 作 品 の反 復 粉 飾 の用 偵旺は ,・P・m・ の2m~3mと 、。m~ 、、mと72

m~73m,op・9-2の1m~2mと13m~14m,16mと24m,op・9-3の2m~3mと10m~11m,

7mと27m,op・15-2の4m~6mと12m~14mと52m~54m,さ らに フ レー ズ終 止 の11mと51

m,op・27-2の7m~9mと31m~33m ,op・32-1の4mと16m,op・32-2の7m~9mと71m~

73m,pp・37-1の3m~4mと19~20mと35m~36mと85m~86m,15mと31m,op・55-1の

3m~4mと27m~28mと43m~44m・5m~7mと29m゚~31mと45m~47m,・P・62-1の28m

~33mと68m~73m,op・62-2のlmと25mで あ る。 これ らの 用 例 の うち ,1,2期 の作 品 に

属す る もの は普 通 の 音 符 で 記譜 して い る こ とが 多 く,3期 の 作 品 は小 音 符 で記 譜 して い る。

2旋 律 要 素 と して の装 飾 法

単 純 装飾 音 お よび 複合 装飾 音 の 用 例 に お い て,個 々 の装 飾 音 の機 能 につ い て多 少触 れ た が,

こ こで 要 約 して シ ョパ ンの旋 律 を特 徴 づ け て い る装 飾 音 を 一覧 にす る と表 ⇔ の よ うに な る。

表(二)

旋 律要 素 の 機 能 装 飾 音 の 種 類

持 続 ・ 音 量 増 減 ト リ ラ ー,ベ ー ブ ン グ

上 行 ρ 弾 力 性一

タ ー ン,一 部 の前 打 音'

主 音 符 問 の 滑 走 タ ー ン,シ ュ ラ イ フ ァ ー,ボ ル タ メ ン ト

微 細.`な 音 の 揺 れ"

ス ナ ップ,複 前 打 音,短 い ト リラ ー甲

和 声 的 機 能 アルペ ッジ ョ,前 打音(経 過的,掛 留的)

特 定 音 の 強 調 前打音,複 前打音

音 量 増減 と持 続 ま々・譜 例25,26,27,の トリラー,お よび 譜 例22の べ ー ブ ングで あ る。 こ こ

で の音 量 増 減 は 漸 次 的 な増 減 を 意 味 す る こ とは 言 うま で もな い 。 旋 律 の上 行 に見 られ る弾 み は

タ ー ン,お よび そ の 複合 的 タ ー ン であ り,上 昇 運動 に弾 力 性 を 与 え て い る(譜 例13,14a)。

旋 律 音 間 の 円 滑 な運 行 は 穿 一 ン,シ ュ ライ フ ァー,ボ ル タ メ ン トの装 飾 音 に 見 られ る(譜 例17

a,30)。 微細な音の揺れは装飾音全般に言える特徴であるが,譜 例15,16の 複前打音,譜 例

.;

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シ ョパ ソの ノクター ンにおけ る装飾法 の研究

19a,b,20aの ス ナ ップ な どが 特 に 細 や か な音 の動 きを示 してい る。 和 声 的 機 能 を 持 つ 用例

は 譜 例1,2に 示 した長 前 打 音 の倚 音 的 効果 と譜 例6a,21aの 分 散 和 音 が 該 当す る。 特 定音

の強調は旋律の頂点をなす音を際立たせるために・その音に前打音ないし複前打音等を付加し

たものである(譜 例15,18,29)。

これ らの装飾音が旋律構成の単なる一要素に止まらず,装 飾音が旋律形に果している役割を

示す証左 として装飾音と主音符との相互浸透(譜 例12,14b,17b,29)が あげ られる。また

ヵデンスやパ ッセージの流動的で柔軟なテソポ及び音長の伸縮性には明らかに即興的傾向が認

め られ る。装飾を施された即興は,演 奏技巧を誇示するものが多いが,抒 情的なカソティレー

ナ様式の旋律の微妙な色彩の戯れも装飾音が深 く関わっている。・

引 用 文 献

注1)Grov6sdictionaryofmusicandmusiciansよ りArther且edleyの シ ョパ ン作 品表 。

注2)TheFryderykChopininstitutepolishmusicτpublications(1.J.Paderewski)に

よるVπ.Nocturnesforpiano。

注3)CarlPhilippEmanuelBachのVersuch�erdiewahreArtzuspielen,Berlin,

1753年,1762刊(邦 訳,「 正 しい ピ ア ノ奏 法 」上 下 ・東 川 清 一 訳)。

注4)JohnPetrieDunnのOrnamentationintheWorksofFrederickChopin,1921年,

1971年,London(邦 訳 「シ ョパ ソの 装 飾 音 」 高 橋 隆 二 訳)。

注5)楽 語 辞典,島 崎 赤 太 郎 著,共 益 書 店 。

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