マルチセンター構造の問題点と...

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〔論文〕 弘前大学経済研究第 17 Nove ber1994 マルチセンター構造の問題点と 一般化に関する考察 はじめに オミ乙 本木 スウェーデンにあるウプサラ大学を中心とし た研究グループは,スウェーデ、ン出身の多国籍 企業を分析し,マルチセンター構造というモデ ルを構築している.これはセンターとしての役 割を担う海外子会社(もしくは海外現地法人) によって構成される多国籍企業の新しいモデル 1 つである.われわれはこのモデ‘ルの可能性 に注目し,グローパル時代の日本企業について 論じたことがある(森 1993). しかしながら,このモデルはこれまであまり 注目されてこなか った.それはおそらく,スウ ェーテ、ンの研究者たちがこのモデ、ルを従来のマ トリックス組織とは違うと述べてきたにも関わ らず(Hedlund1986 ),従来型のマトリ ックス 組織と混同されてきたためだと考えている (e.g.日経ビジネス 1994 1 24 日号).つ まり,マトリックス組織の失敗によってマトリ ックス組織への関心が薄れ,その影響でマトリ ックス組織と考えられていたマルチセンター構 造への関心も示されなかったということである。 ところが近年,このモデ、/レへの関心が高まり つつある.グローパル時代の多国籍企業を語る 際に必ずといっていいくらい登場する企業があ る.それはスウェーデンのアセア社とスイスの ブラウン・ボベリ社が合併してできたアセア・ ブラウン・ボベリ社( ABB )である.この企 業は,マルチセンター構造のモデ、 l レとされる 一 つである.われわれはこのような企業が取り上 げられることによって,マルチセンタ一構造へ の関心も高まってくると考えている. そこでわれわれは,このマルチセンター構造 のモテ〉レについてまず述ベ,つぎにそのモテ、ル がもっ問題点を明らかにする.そして,このモ デルがより一般化するための方法について考察 する.つまり,このような考察を通して,この モテ、ノレがなぜこれまで関心を示されなかったの か,ということを明らかにするとともに,今後, このモデ〉レが受け入れられるようになるために はどうすればいいのかということを検討するこ とを目的としている.要するに,マルチセンター 構造の普遍化について検討することが本稿の目 的である. -8I. マルチセンター構造 多国籍企業におけるマルチセンター構造の研 究は,スウェ ーデンのウプサラ大学を中心と し てなされている(e.g. Forsgren1989, Forsgren and Johanson 1992, Forsgren, Hohn and Johanson1992,Hedlund1986, Hedlundand Rolander1990 ).なかでもフオノレスグレンを 中心とした研究グループが熱心にマルチセン ター構造について研究をおこなっている.そこ でこの章では,とくにフオルスグレン,ホノレム, ヨハンソン( Forsgren, Hohn andJohanson 1992 )をもとに,マルチセンター構造の形成プ ロセスとその内容について述ベていくことにす る. 彼らの研究はスウェーデンの多国籍企業を対 象にしている.スウェーデンの多国籍企業の伝 統的な国際化のパターンは,まずはじめに現地

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〔論文〕 弘前大学経済研究第 17号 Nove皿ber1994

マルチセンター構造の問題点と

一般化に関する考察

はじめに

オミ乙本木

スウェーデンにあるウプサラ大学を中心とし

た研究グループは,スウェーデ、ン出身の多国籍

企業を分析し,マルチセンター構造というモデ

ルを構築している.これはセンターとしての役

割を担う海外子会社(もしくは海外現地法人)

によって構成される多国籍企業の新しいモデル

の1つである.われわれはこのモデ‘ルの可能性

に注目し,グローパル時代の日本企業について

論じたことがある(森 1993).

しかしながら,このモデルはこれまであまり

注目されてこなかった.それはおそらく,スウ

ェーテ、ンの研究者たちがこのモデ、ルを従来のマ

トリックス組織とは違うと述べてきたにも関わ

らず(Hedlund1986),従来型のマトリ ックス

組織と混同されてきたためだと考えている

(e.g.日経ビジネス 1994年1月24日号).つ

まり,マトリックス組織の失敗によってマトリ

ックス組織への関心が薄れ,その影響でマトリ

ックス組織と考えられていたマルチセンター構

造への関心も示されなかったということである。

ところが近年,このモデ、/レへの関心が高まり

つつある.グローパル時代の多国籍企業を語る

際に必ずといっていいくらい登場する企業があ

る.それはスウェーデンのアセア社とスイスの

ブラウン・ボベリ社が合併してできたアセア・

ブラウン・ボベリ社(ABB)である.この企

業は,マルチセンター構造のモデ、lレとされる一

つである.われわれはこのような企業が取り上

げられることによって,マルチセンタ一構造へ

樹 男

の関心も高まってくると考えている.

そこでわれわれは,このマルチセンター構造

のモテ〉レについてまず述ベ,つぎにそのモテ、ル

がもっ問題点を明らかにする.そして,このモ

デルがより一般化するための方法について考察

する.つまり,このような考察を通して,この

モテ、ノレがなぜこれまで関心を示されなかったの

か,ということを明らかにするとともに,今後,

このモデ〉レが受け入れられるようになるために

はどうすればいいのかということを検討するこ

とを目的としている.要するに,マルチセンター

構造の普遍化について検討することが本稿の目

的である.

- 8ー

I.マルチセンター構造

多国籍企業におけるマルチセンター構造の研

究は,スウェーデンのウプサラ大学を中心と し

てなされている(e.g.Forsgren 1989, Forsgren

and Johanson 1992, Forsgren, Hohn and

Johanson 1992, Hedlund 1986, Hedlund and

Rolander 1990).なかでもフオノレスグレンを

中心とした研究グループが熱心にマルチセン

ター構造について研究をおこなっている.そこ

でこの章では,とくにフオルスグレン,ホノレム,

ヨハンソン(Forsgren,Hohn and Johanson

1992)をもとに,マルチセンター構造の形成プ

ロセスとその内容について述ベていくことにす

る.

彼らの研究はスウェーデンの多国籍企業を対

象にしている.スウェーデンの多国籍企業の伝

統的な国際化のパターンは,まずはじめに現地

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マルチセンター構造の問題点と一般化に関する考察

のエージェントを通した取引で海外進出をおこ

ない,つぎに自社の販売子会社を設立,そして

最終的には自社の製造子会社を設立するという

ものであった (Johansonand Wiedersheim-

Paul 1975, Johanson佃 dV ahlne 1977).ここ

では進出先国の市場に関する知識が多国籍企業

に蓄積されることによって海外市場との関わり

が深まっていくということが仮定されていた.

フオルスグレンらはこのような国際化を「第一

段階の国際化(theinternationalization of the

first degree)」としている.

彼らによると,この第一段階の国際化がさら

に進むことによって,これまでの親会社と海外

子会社の関係が変化してくるという.つまり,

この第一段階の国際化では,海外子会社は親会

社の経営資源に依存していたわけだが,梅外子

会社が現地生産をはじめ,その製品に関する知

識やその海外子会社が担当している市場に関す

る知識を蓄積するようになると,海外子会社の

親会社の経営資源にたいする依存度が低下す

る.そうなると親会社と海外子会社の関係はこ

れまでの垂直的な関係から,水平的な関係に近

いものになる.さらに海外子会社が力をつけ,

海外子会社独自のカで近隣の市場へ進出するよ

うになると,海外子会社は特定の製品や職能に

おいて,自らが属するグループ全体に対する戦

略的な役割をも担うようになる.この段階が彼

らのいう「第二段階の国際化(int巴mationalzation

of the second degree)」である.

この段階では,実力のある海外子会社はセン

ターとしての役割を担うことになる.彼らによ

れば,これらのセンターはさまざまな製品分野

や職能において発生するという.つまり,さま

ざまな種類のセンターによって構成される多国

籍企業が出現する.彼らはこれを「マルチセン

ター構造」と呼んでいる.また,へドランドは

これをへテラルキー(heterarchy)と呼んでい

るが,同じことをさしている(Hedlund1986).

では,このセンターにはどのような種類のも

のがあるのだろうか。フオルスグレンらは,こ

のセンターを次のように概念の操作化をおこな

- 9一

い, 5つのセンターに分けている(Forsgrenet

al. 1992, pp.238-239).

-製造センター

海外子会社の所在国市場を除いて少なくとも

5カ国で製品の製造・販売をおこなっている

海外子会社.これらの子会社の売上高は,セ

ンターである子会社の総売上高の少なくとも

25 %を占めなければならない.また製品開

発機能ももっ.

-マーケティング・センター/購買センター

少なくとも 5カ国において製品のマーケティ

ングや購買について全責任を負っている海外

子会社.

・R&Dセンター

独立してR&Dを遂行し,それらがグ、ノレープ

全体の要求を満たすことを目的としている場ρ、仁l.

・マネジメント・センター

企業の事業部長が配置されるセンター

また,彼らはマルチセンター構造の確立する

プロセスについて,第一段階の国際化と合わせ

て述べている.それらは以下の3つの段階に分

けられる.

①海外にセンターをもたない第一段階の国際

イヒ

②重要なオベレーションに関連したセンター

によって構成される第二段階の国際化

③マネジメント・センターを合むマルチセン

ターの段階

図1は以上のことをあらわしている.このよう

にマネジメント・センターが海外に設立され,

マルチセンター構造が確立するのは製造や販売

などオベレーションに関するセンターがかなり

の割合で出現してからの現象であるということ

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一一- 11国際化の||H第二段階H

0000 0000 只ォベレーシ巾_,初ントヌδセンター セント 0 000000000000

図1 プロセス・パースペクティブにおける

がわかる.

センター構造の法則(出所 Forsgren et al. 1992, p. 24 7)

以上のことから,マルチセンター構造は国際

化がかなり進展した段階で現れる構造であると

いえるだろう.すなわち,グローパル化の段階

に入った企業がもっ構造の一つなのである.

II.マルチセンター構造の問題点

以上がマルチセンター構造に関しての概要で

ある.最初に述ベたように,われわれはこのモ

デルに注目しているわけだが,あまり一般的に

注目されるものではなかった.その理由として

以下にあげるような問題が存在していたことが

考えられる.ここではマルチセンター構造のも

つ問題点について論じることにする.

第一の問題点は,このモデルを構築するため

に用いられたデータがスウェーデン企業のもの

であるという問題である.ウプサラ学派の研究

によると,このマルチセンター構造をもっ企業,

もしくはその傾向がある企業としてSK Fやア

トラス・コプコ,そしてAB Bなどがケースと

して取り上げられるが,それらはスウェーデン

企業,もしくはもともとスウェーデンに本社が

あった企業である(seeForsgren and Johanson

1992, Forsgren, Holm and Johanson 1992,

Hedlund 1986, Hedlund and Roland巴r1990).

また,それ故に他の国の研究者から注目され

ることも少なかったようである.たとえばパッ

クレー&プノレーク(Buckleyand Brooke 1992)

はこのようなマルチセンター構造に関する研究

の存在を認識したのは最近であると述ベてい

る.そして彼らは,このような構造は「本国外

における事業でたいへん高い業績が大勢を占め

ている大企業の中にしか,このような構造が認

められない」(邦訳p.512)として,その将来

性はあるかもしれないが一般的に適用すること

は難しいと述べている.

したがって,このマルチセンター構造はスウ

ェーデン以外の出身の多国籍企業にも適用でき

るモテ、/レなのかが問題となる.

第二の問題点は,このモデルがグローパル統

合を推進する仕組みに欠けているのではない

か,という点である.フオノレスグレンらによれ

ば,第二段階の国際化が進むということは海外

子会社が自律’性をもつことであり,独自の能力

で海外展開をはじめることを意味する.つまり,

海外子会社同士が同じ市場で競争をしたり, 経

営資源の重複が発生することになり,経営効率

が下がってくる.そこでマネジメント機能を適

切な場所に移して無駄をなくそうと,マメジメ

ントセンターを海外に移転していったのが第二

段階の国際化の最終的な姿なのである.フォル

スグレンらの定義では,マネジメントセンター

は事業部長の駐在する場所になっている

(Forsgren et al. 1992, p.239).ということ

であれば,彼らのいうマネジメントとは事業部

レベルのものになる.

しかしながら,このような事業部レベルでの

センターによって構成されているというだけで

はグローパル企業とはいえない.グローパノレ企

業としての強みを発揮するには全社的な統合の

仕組みが必要である.

ところが,マルチセンター構造を語る場合,

このような企業を一つにまとめる議論,すなわ

ちグローパル統合についての議論が余りなされ

ていない.確かに,マルチセンター構造の議論

において,本社の役割が変化するということが

述べられており,新しい本社の役割は「象徴的

な行動Jをおこなうことだとはのべられている

(Forsgren and Johanson 1992, p.30).また,

ヘドランドはホログラフィーのメタファーや脳

のニューロンのメタファーなどを使ってグロー

- 10ー

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マルチセンター構造の問題点と一般化に関する考察

パル統合について述ベている(Hedlund1986,

pp.24-26).しかし,マルチセンター構造にお

けるグローパノレ統合については,どちらかとい

うと,具体的な仕組みの検討というよりも抽象

的な議論で留まっている.

このように,マルチセンター構造のモデルで

はグローパル時代の企業にとって必要なグロー

パルな統合の仕組みに関してあま り検討されて

いないということが問題なのである.

m.マネジメント概念の変化とマルチセンター

構造

以上のようにマルチセンター構造にはいくつ

かの問題があることがわかった.ここではその

うち,マルチセンター構造のモデルがスウェー

デン以外の出身の多国籍企業においても有効な

のかどうかということについて考察する.われ

われはここで,マネジメントにたいするとらえ

方の変化からこの問題を考えるこ とにする.

1 .伝統的なマネジメント

そもそも「マネジメント」は,個人の直観や

経験にもとづくものと考えられていた.それが

科学的な認識のも とにとらえられるようになっ

たのはテーラーやファヨール以降である.たと

えば,ファヨー/レ(Fayol1916)は,企業経営

に関わる職能として技術的職能,商業的職能,

財務的職能,保全的職能,会計的職能につづく

第 6の職能として 「管理的職能Jを区別してい

る.彼によれば管理的職能とは,「計画し,組

織し,命令し,調整し, 統制することJ(Fayol

1916,邦訳 p.9)をさす.

また, ドラッカー(Drucker1954)の『現代の

経営』 (THEP九4CTICEOF MANAGEMENT)

では,「経営者(マネジメント)とは,事業体

に特有の機関」(邦訳 p.7)であるとし, 3つ

の職能を示している.その3つのマネジメン ト

の職能とは①事業の経営,②経営担当者

(manager)を管理する能力,③働く人間お

よびその仕事の管理,である.

そしてチャンドラ一(Chandler1962)は,「経

営管理(adiministration)という術語は,こ

こでは,企業の業務を調整し,評価し,計画す

る場合に,また企業の経営資源(resources)

を割り当てる場合に,経営者がくだす決定およ

び行動と命令を意味するもの」(邦訳 p.25)と

定義している.

このよ うに, 伝統的にマネジメン トという言

葉は,企業経営という目的のために多数の人々

を管理する,もしくは経営者が意思決定し,そ

れを下のものに命令するというように,上下関

係,もしくは支配従属の関係を合んだものとし

てイメージされてきた.これはへドランドが,

マネージ(manage)という言葉の語源は,「真

ん中で鞭をもっているトレーナーとそのまわり

を馬がぐるぐるまわっているというアリーナを

意味しており,それはまるでマネジャーと従業

員のようである」(Hudlund 1993 , p. 233)と

述ベているイメージにも一致する.つまり,そ

こには,中央にいるヒトがまわりのヒトを支配

管理するというイメージがある.

2.マネジメント概念の変化

ところが,近年「マネジメント」という言葉

がさす内容に変化が見られるようになってき

た.

たとえば,ハンディは,ハイテク志向のアメ

リカの企業組織においてマネジャーという言葉

がすたれはじめていることを指摘し,この言葉

の変化が人々の取り組み姿勢の変化や,世界に

たいする新しい見方を生み出していると述ベて

いる.つまり,「マネジメントという言葉が身

分と地位の定義づけ,組織の中の階級の定義づ

けであることをやめ, 一つの機能を定義するも

の」(Handy1990,邦訳 p.197)へと変化して

きているのである.

また,伊丹と加護野は「マネジメン トとは,

支配あるいは管理と訳されるが,組織のマネジ

メントの本質は,人々の協働的努力の条件の形

,,A 74

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成と維持にある」(伊丹・加護野 1993,p.220)

と述べている.彼らによれば,マネジメントの

本質を 「複数の人々の活動を制御すること」あ

るいは「人々を支配すること」ととらえると、

経営者や管理者が人々の活動を完全に支配して

いるようなニューアンスをもつのでよくないと

している.そして彼らは,人々は判断力をもち,

自律性をもち,お互いにコミュニケートしてい

る存在であり,そのような人々のもっている自

然な協働能力をうまく利用するための条件作り

がマネジメントであるという.

このようなマネジメントにたいする考え方の

変化はなぜ生じてきているのであろうか.われ

われはその背景に,個の重視,創造性の重視と

いうことがあると考えている(e.g.野中 1990;

Handy 1990 ; Hedlund 1993 ; Pinchot 1993).

たとえば,野中(1990)は組織的知識創造の

モデルを示し,個人的なレベルからの知識創造

に注目している.また,ピンショット(1993)

は,ポスト・ビ、ユーロクラシーとして,より自

由度と責任をもった個人からなるインテリジェ

ント組織に関して検討している.彼らに共通し

ているのは個人のもっている知をどうやって組

織的な知へと変換していくかということであ

る.

ハンディによれば, 「理知的な個人は上から

の命令で動かせるものではなく,管理に服する

のはあくまでも納得づくのうえだということ,

一方的に相手の服従を求めても無理だというこ

と,何かをやろうとするなら仲間同士が組織の

文化を共有し,理解を分かち合うのでなければ

不可能だ」(Handy1990,邦訳 pp.182-183)

という.

つまり,これまでのようにピラミッドの上部

で考え,下部はそれを遂行するという上下のつ

ながりをもった世界から,個々の組織メンバー

のもつ知識を有効に組合せ,組織的な知を作り

上げていく世界へと変わってきているというこ

とである.そしてその場合,マネジメントにお

ける重要なテーマは管理や支配ではなく,いか

に個々の能力を発揮させるか,組織的創造のた

めの環境作りにある.

3.マネジメント概念の変化とマルチセンター

構造

このようなマネジメント概念の変化は多国籍

企業の親会社と海外子会社(もしくは海外現地

法人)の聞の関係にも影響を与える.すなわち,

マネジメントが管理や支配をテーマにしていた

時代では,親会社と海外子会社の関係は支配従

属の関係にあり,海外子会社は親会社の経営資

源に依存し,戦略的意思決定は親会社でなされ

るというものであった.しかしながら,マネジ

メン トのテーマが個の重視と,組織的創造のた

めの環境作りという時代にあっては,親会社と

海外子会社の関係はこれまでとは違ったものに

なる.すなわち,海外子会社の自律性を重視す

ることによって,多国籍企業としての優位性で

ある多様性と異質性を手に入れ,それを挺子に

創造的な組織の仕組みを運営していくことが中

心的な活動になっていく.

たとえば,吉原(1993)は海外子会社の自主

経営を主張している.彼によれば,これまで海

外子会社は本国親会社の子会社であるという側

面が重視されてきたが,いまや海外子会社は一

つの企業であるという側面を重視して,海外子

会社の自主経営へ転換すべきだというのであ

る.これによって多国籍企業としての優位性を

獲得することをねらっている.

このように海外子会社の自律性を重視するこ

とは,多国籍企業が多数の自律的な海外子会社

によって構成されることを意味する.これを言

い替えると,マルチセンター構造ということも

できるだろう.マルチセンター構造は,数種の

自律性なセンターによって構成される構造だか

らである.

したがって,以上の考察から,われわれは次

のような結論を導くことができる.すなわち,

マルチセンター構造はスウェーデンの多国籍企

業から導かれたモデルではあるが,マネジメン

トにたいする考え方が個の重視,組織的な知の

- 12 -

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マルチセンター構造の問題点と一般化に関する考察

創造という時代にあっては,非常に適応性のあ

るモデルとしてとらえることが可能だというこ

とである.

N.マルチセンター構造とグローバル統合

1 .グローバル統合に関する議論

しかしながら,前に指摘したように,マルチ

センター構造はクローパノレ統合を推進する仕組

みに欠けていると思われる.この能力が弱いと

いうことはグローパル企業としての優位性を十

分に獲得できないということを意味している.

ワーノレプーノレ社のCE Oであるホイ ットワム

はハーバード・ビジネス・レビ、ユー誌のインタ

ビューで次のように述べている.「永続的な競

争上の優位を獲得する唯一の方法は,自分の会

社が世界中にもっている能力をてこにして,会

社全体が,単なる部分の集合以上の力を発揮で

きるようにすることです.」(Maruca1994,邦

訳 p.63)彼らによれば,ただたんに海外に工

場や販売店をもつだけではグローパル企業で、は

ないという.それらは各国に自社旗を掲げた「フ

ラッグ・プランター」であるという.彼らは,

社内のある地域にある最も進んだ専門技術(冷

凍技術,財務報告システム,販売戦略など)は,

一つの地域や一つの部門に限られるのではな

く,そのような最高の能力を世界中に広めるこ

とによって強みを発揮するという.そのために

は企業を一つにまとめるためのビジョンが必要

だと強調している.そして,そのビジョンを広

めるためにさまざまな仕組みゃ会議などで共通

の意識を作り出そうとしている.

また,日本企業に目を転じると,地域統括本

社制の構築の動きを見ることができる.アメリ

カ,ヨーロッパ,そしてアジアに地域統括本社

を設置し,グローパルに企業活動を展開しつつ

も,その地域内でのマネジメントにも焦点を合

わせるというもので,世界三極体制ともいわれ

る.つまり,これはグローパノレとローカルを同

時達成しようという意図をもったものである

(安室 1992).われわれは,このような地域統

括本社制をマルチセンター構造のーっとしてと

らえ,それによってグローパル時代の日本の多

国籍企業の姿を描こうとしてきた(森 1993).

つまり,地域統括本社を一種のセンターとして

とらえようとしているのである.

しかし,この議論の中で,ウプサラ学派との

違いを特徴づける議論がなされている.それは

世界本社に関する議論である.前にも述べたよ

うに,確かにグローパル統合については,マル

チセンター構造では本社の新しい役割として議

論がなされているわけだが,日本企業による地

域統括本社制,もしくは世界三極体制について

の議論のように中心的なトピックスのーっとし

て取り上げられているわけではない.しかし,

日本の地域統括本社制の議論では必ずといって

いいほどグローパル統合をおこなう仕組みとし

て世界本社について述べられている(e.g.大

前 1985,高橋 1991,経済同友会編 1991,安室

1992など).まだこの世界本社は構想、の段階に

すぎないことが多いが,一部の企業では着実に

前進をしている.たとえば,オムロンは世界本

社檎想をもってグローパル化を進めており,ヤ

オハンやユニデンなども世界的戦略の意思決定

をおこなう本社をもっている(経済同友会編

1991).

経済同友会編(1991)によれば,世界本社と

は「各事業部に密接に関連していた現場のマネ

ジメン トや現場に関わる意思決定の多くを地域

統括本社に移し,地域閣の調整と全世界の企業

活動を統合する経営理念やビジョンをつくり,

全世界戦略を立案する役割をもつもの」(p.37)

とされている.またこのような世界本社は,日

本にあるかどうかはあまり問題ではないといわ

れている.

われわれも世界本社について以前同じような

機能を定義している(森 1993).そこでは世界

本社のもつ機能としてコーディネーターという

役割を指摘した.そして,このコーディネーター

としての世界本社の存在によって,知識創造の

仕組みが促されることを述べている.

- 13 -

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以上のように,グローパル統合に関する検討

がさまざまな研究者によって,そしてアメリカ

や日本において盛んにおこなわれている.マル

チセンター構造モデルだけがグ、ローパル統合に

関して抽象的な議論に留まっているわけにはい

かない.なぜ,マルチセンター構造のモデルに

おいてグローパル統合の議論が進まないのであ

ろうか.

2.グローバル統合の必要性

われわれは,マルチセンター構造モデルにお

いてグローパル統合の議論が進まない理由を

ヨーロ ッパ系の多国籍企業のもつ伝統にあると

見ている.すなわち,ヨーロッパ系の多国籍企

業は伝統的にマザー=ドーター構造をもってい

る(Franko 1976).このモデ、ルでは海外子会

社はかなり自律性をもっ存在として示されてい

る.このような海外子会社では多角化が進み,

本国本社がもたない製品をもっ場合も生じてい

る.そして,このようなマザー=ドーター構造

の伝統を引きずっているが故に,マルチセン

ター構造のモデルにおいてグ、ローパ/レ統合の議

論が進まないのである.つまり,マザー=ドー

ター構造の特徴に引きずられ自律性を重視しす

ぎ,またこれまであまりにも長いあいだ自律的

な海外子会社によって運営されてきたために,

それらを統合することに対する抵抗が大きいの

である.

しかしながら前にも述ベたように,現代のマ

ネジメントの主要なテーマは環境作りである.

そしてこのような機能は個々の自律的な部分に

よって遂行することが難しい.なぜなら,その

機能を遂行するには全社的な視野と情報が必要

だからである.

たとえば,日本企業の地域本社制において述

べられている世界本社の機能は日常的な活動に

関わるものではない.そのような機能は地域統

括本社や各活動拠点が自律的におこないうるも

のとされる.世界本社の機能とは,地域統括本

社や各活動拠点がおこなえない機能,すなわち,

グローパノレ企業としての統ーを図るための活動

である.それは,企業理念の構築であったり,

全社的な戦略を建てることである.

このように世界本社でなければできない活動

があるというこ とは,マノレチセンター構造にお

ける議論で,複数のセンターの構築ばかりに焦

点があてられていることは問題だといわざるを

得ない.グローパル統合についてはわずかに述

べられてはいるが,その機能の重要性を考えれ

ば,すなわち,多国籍企業としての優位性を獲

得しようとするのならば,もっとグローパノレ統

合について議論がなされてもおかしくないはず

である.ヨーロッパ系の多国籍企業がグローパ

ノレ企業としての優位性を発揮するためには中程

度の集権化の方向へ進むことが必要なのである

(安室 1992).

今後,マルチセンター構造のモデ、ルがグ、ロー

パノレ企業のモデノレとなるためには,これまでの

ような自律的な海外子会社による自律的な統合

といった状態から脱して,グローパノレな統合の

もとに企業活動をおこなう方法をもっと議論す

る必要があるだろう.すなわち,マルチセンター

構造のモデルがより普遍的なモデルになるため

には,グローパノレ統合についてさらに検討をす

る必要があるということである.

まとめ

これまで述ベてきたことをまとめると,次の

ようになるだろう.

マルチセンター構造は数種類のセンターによ

って構成されるが,最終的にはマネジメント ・

センターを合めたものによって構成される多国

籍企業の一つの形態である.そして,これらは

グローパル段階に入った企業がもっ 1つの形態

と考えることができる.しかしながら,そこに

は大きく 2つの問題がある. 一つは,そのモデ

ルがスウェーデン以外の出身の多国籍企業にも

適用可能なのかという問題である.もう一つは,

グローパル統合についてあまり検討されていな

いということである.われわれはそこで,マネ

- 14一

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マルチセンター構造の問題点と一般化に関する考察

ジメント概念のとらえ方の変化に注目し,マル

チセンター構造は今後の多国籍企業における親

会社と海外子会社(もしくは海外現地法人)の

聞の関係を説明する際に,有効であることを明

らかにした.すなわち,マネジメントにたいす

る考え方が,管理や支配というものから,個の

重視や組織的な知の創造のための環境作りとい

うものへ変化してきために,自律的なセンター

から構成されるマルチセンター構造はグローパ

ル時代のモデルのーっとして認識できるように

なったことを明らかにした.一方,グローパル

統合の問題であるが,日・米においてグローパ

ル統合の議論がなされているにもかかわらず,

マルチセンター構造ではあまりなされていない

という原因を,ヨーロッパ系多国籍企業をもっ

伝統,マザー=ドーター構造に求めた.しかし

ながら,今後グローパル企業として活動するに

あたっては,グローパル統合を真剣に考えてい

くことが必要であることを述べた.

このような考察を通してわれわれは次のよう

なことを述べることができるだろう.

地域経済圏がいろいろと議論され,実行され

ている現在,グローパノレな展開を考えている企

業は,グローパルな活動だけでなくローカノレに

も焦点をあてて活動をおこなわなければならな

い.これは,グローパノレな統合とローカルへの

分権化のバランスを考えなければならないとい

うことである.また,海外子会社,もしくは海

外現地法人の自律性を促し,組織的な知の創造

の方法も確立しなければならない.

このように考えてくると,マルチセンター構

造は,グローパル時代の組織を考える際に非常

に有効なモデノレだということができる.すなわ

ち,個々のセンターが自律的な活動をおこなう

ことが可能であり,それによって組織的な知の

創造をおこないうる構造だからである.しかし

ながら,このモデルをさらに有効にするために

は,これまで指摘してきたように,グローパル

統合の仕組みを検討する必要がある.

現在,「小さな本社Jに焦点があてられてい

るが,世界本社の役割がグローパル統合を促進

するための経営理念の構築と,そのための環境

作りというコーディネーター的な役割というこ

とであれば,大きな組織である必要はない.す

べてをー箇所で管理支配する時代ではないから

である.また,現在のように複雑な社会におい

ては,すべてを管理支配することができない.

そのような時代にあってはマルチセンタ一構

造にもう少しグローパルな統合の仕組みを加え

たようなモデルが必要になってくるだろう.こ

れによって,単なる事業部レベルでの自律性を

もっ海外現地法人から構成される組織から脱

し,グローパルな展開をおこなっている多国籍

企業としての優位性を獲得することができ,本

当の意味でのグローパノレ企業としての構造をも

つことになるだろう.

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