『ル・コルビュジエ図面撰集 美術館篇』 · {Ím ó > f j 4 t©e g l 1 g = e 3 ,...

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『ル・コルビュジエ図面撰集-美術館篇』 Selection of Plans Le Corbusier - Museum 千代章一郎(広島大学) Shoichiro Sendai, Hiroshima University

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    中央公論美術出版

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    図面解題 第一章 アーメダバードの市立サンスカール・ケンドラ美術館

    的な原理を再確認する(FLC7003)。敷地の空間構成そのものは前日の素描(!"#$%FLC7018)とほぼ同様である。全体構成の再確認であるが、美術館にはさらに&つの附属施設(考古学、自然史、人類史)を描き加え、断面図では、中階で美術館本体と卍型の通路で連結する(FLC7003上)。一方、ル・コルビュジエが自主的に提案する劇場は、まだ明瞭な輪郭を伴わず、中央の舞台とそれを取り囲む舞台の図式しかない。施主から依頼された美術館に優先的に取り組むのは、当然ではある。 平面構成はより詳細に及ぶ(FLC7001)。ル・コルビュジエは、地上階において美術館と &つの附属施設を卍型に連結すると同時に、敷地の東に隣接するサヴァルマティ川からのアプローチを定め、中庭に附属するスロープを備え、螺旋型の空間を構成する。 次は、美術館の屋上階である(FLC7002)。「限りなく成長する美術館」において、天井からの自然採光もまた主題の一つであり、螺旋型の動線に沿った螺旋型の自然採光装置を天井に備えなければならない。しかし、アーメダバードの美術館では、展示作品のための自然採光と雨水処理が一体となった装置を水平に配置する。美術館中央の中庭化と同様に、インドの雨季

    の気候への配慮である。さらに、ル・コルビュジエは美術館の西側に隣接する演劇空間を一気に素描する。「不思議の箱」と呼ぶことになる単純幾何学の空間と水盤に浮く舞台、そして民俗芸能のための野外舞台が軸上に並ぶ(FLC7002左)。インドの舞踊文化に触発された野外舞台とは対照的に、「不思議の箱」は、インドの山並みを背景にした幾何学的形態内部の人工照明を用いた演劇空間の演出である。美術館の内部空間よりも、格段に具体的である。断面図やアクソノメトリックの「不思議の箱」は、ル・コルビュジエがアーメダバードの文化センターに構想するものの核心を物語っている(FLC7002右)。

    * ル・コルビュジエは揺らぐことなく慎重に最初の空間表象を具体化する。明確に区画した演劇空間と展示空間の原理は変わらない。一方は、作品という「もの」のための空間である。もう一方は、演劇する「ひと」のための空間である。革新的であるか伝統的であるかは別にして、ともに芸術空間であるが、携帯生成は同期せず、境界はますます明瞭であり、互いにますます自律して隔たっている。敷地全体を結ぶ動線を検討する黄色の色鉛筆の線描は、 限りなく弱々しい。

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    Le Corbusier, FLC7002, 1951.9.26

     はじめての素描の翌日も、素描は続く。ル・コルビュジエは &枚の平面を描き、文化センターの輪郭を明確にしていく。おそらくル・コルビュジエは、自宅などで描いていた素描に署名と日付を入れてアトリエに持ち込み、整理している。ル・コルビュジエの日常的なやり方であり、なかでも重要な素描については、手製の判子を押して整理する(アーメダバードの美術館の場

    劇場と美術館の隔離

    合、「!"」)。たとえ廃案になるにしても、思考の過程を示す図面は大切に保管しなければならない(アトリエの所員の証言によると、図面の日付と署名は「歴史」である)。場合によっては、別の構想に適応できる主題が含まれているかもしれないからである。

    * ル・コルビュジエはまず、中庭のある美術館の基本

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    Le Corbusier, FLC7003, 1951.9.20

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    Le Corbusier, FLC7001, 1951.9.26

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  • 1929年に研究された「世界博物館」 ル・コルビュジエの「美術館」の理論は、自律した芸術作品のための空間として「ホワイト・

    キューブ」でありながら、歴史的な芸術作品のための空間として「ホワイト・キューブ」ではない。そして、時間的秩序に支配される空間として「ルーヴル」でありながら、歴史の封印を解こうと

    する空間として「ルーヴル」ではない。

  • 1939年に確立された「限りなく成長する美術館」 の原型螺旋方型と卍型の拡張・増築動線、天井からの自然採光を原理とするこの原型(プロト

    タイプ)は「どこにでも」建設可能。

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    中央公論美術出版

    ル・コ ル ビ ュ ジ エ 図 面 撰 集

    ― 美術館篇―

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  • 「限りなく成長する美術館」 の変容▼

    建築図面による3つの美術館の制作過程の復元

    アーメダバードの市立サンスカール・ケンドラ美術館:1957

    東京の国立西洋美術館:1959

    チャンディガールのパンジャブ州立美術館:1964

  • アーメダバードの市立サンスカール・ケンドラ美術館:1957

    アーメダバードの美術館は「どこにでも」建設可能な理論としての原型の最初の実践。

  • アーメダバードの市立サンスカール・ケンドラ美術館:1957

    アーメダバードにおける「美術館」の原型変容:「ファサードのない」美術館

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    図面解題 第一章 アーメダバードの市立サンスカール・ケンドラ美術館

    を「人間的(もしくは自然的)」であると見なす。*

     意図的な壁面緑化は、おそらく他のル・コルビュジエの建築作品にはない手法である。アーメダバードの製糸業者協会会館(!"#$)などでは、ファサードに植物が溢れ出ているが、いずれも「ブリーズ・ソレイユ」

    という日射しの緩衝帯に事後的に植えている植物であり、植物のために特別な造形的処理を施すわけではない。壁面緑化は、たとえば壁面の窓割りを規制する「トラッセ・レギュラトゥール(規準線)」のような数学的比例のファサードを視覚的には否定するからである。

    Maisonnier, FLC6961, 1953.2.10

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  • 東京の国立西洋美術館:1959

    アーメダバードとは違った方法での「美術館」原型の展開

  • 東京の国立西洋美術館:1959

    東京における「美術館」の原型変容:中心の光のもとで

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    19世紀大ホール透視図6-6/FLC29967

    19世紀大ホール透視図6-7/FLC33443

     ル・コルビュジエはかなり早い段階から、美術館の中心となる「19世紀大ホール」に19世紀の文明を象徴する様々な写真を素材とする「写真壁」の構想を抱いているが、具体的な「写真壁」の検討を始めるのは、起工式の後である。図は、その全体像を示す素描である。 下絵となる大ホールの透視図では、アトリエの所員がル・コルビュジエの指示によって天井面を鮮やかな赤色の色鉛筆で着色している(上図)。そこに、ル・コルビュジエは壁面に「写真壁」の大枠の構図を描き、A~Dまでの白黒の無彩色指定をする。天井に「クロストラ」を備える最初の構想にもまして、無彩色の壁面と有彩色の赤色の天井面との対比は、上昇する視線を誘導する。 ル・コルビュジエは、この所員の図面をもとに大ホールの壁にさらに手を加え、水彩で着色している(下図)。もはや最初の大ホールの素描のように、本物の絵画や彫刻はない(p.36参照)。科学技術や芸術作品などの19世紀文明

    の出来事に関する写真群が、大ホールを包囲している。見方によっては騒々しく、静寂とはほど遠い。むしろ祝祭的な文明肯定である。 「写真壁」はル・コルビュジエの「芸術の綜合」の手法の一つである。ル・コルビュジエは大ホールに19世紀の文明を写真によって複製し、コラージュする。本物性を無効にする代わりに、広義に捉えた芸術が集積する場所を大ホールに構築する。ル・コルビュジエのヴィジョンは、敷地の中心(広場の「エスプラナード」)にはじまり、そして美術館の中心(大ホール)に収斂する。つまり、国立西洋美術館が「ル・コルビュジエ」の作品であることの保証は、外部空間ではなく、垂直の光の効果によって天空へと視線を導く大ホールの内部空間にある。それゆえに、ル・コルビュジエは実現の目処が立たないにもかかわらず最後までこの場所を描き、実現可能性を模索する。

    ▎「写真壁」

    写真壁美術館のホール

    パリ59年2月12日ル・コルビュジエ

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  • チャンディガールのパンジャブ州立美術館:1964

    チャンディガールの美術館は、新都市の全体構想に位置づけられた、いわば白紙の土地に据えられた建築作品

  • チャンディガールのパンジャブ州立美術館:1964

    チャンディガールにおける「美術館」の原型変容:螺旋の「美術館」の終焉

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    図面解題 第三章 チャンディガールのパンジャブ州立美術館

    上部の屋根面に残るが、チャンディガールでは、屋根の表現は天井採光を兼ねた雨水のダイナミックな造形に収斂していく。

    [Le Corbusier], FLC4960

    [Le Corbusier], FLC4900

    堂(!"#$)の屋根とはまた別の、屋根・雨水の視覚的表現である。しかし、それは屋上庭園の断念でもある。アーメダバードの美術館(!"#%)や東京の美術館(!"#")の構想において、屋上庭園的なものは最後まで展示階

     ル・コルビュジエは、立面図の検討で顕在化した雨水処理という主題をさらに詳細に検討する。もちろん、美術館の屋根面の雨水処理の体系化は、天井からの自然採光装置との一体化と不可分である。

    * ル・コルビュジエは、&型の自然採光装置の効果について検討する(FLC4900)(FLC4960)。ピラミッド型を取り囲んでいた自然採光装置は、雨水を処理するために再び平行装置となる。しかも、東京の美術館(!"#")の自然採光装置のように、屋根スラブに支持される覆いではなく、地上のピロティへとつながる!本の通し柱(もしくは板状の耐力壁)の上端部の梁に&字の断面を持つ自立的な自然採光装置が載る。人工

    自然採光と雨水処理の一体化

    [Le Corbusier], FLC4991

    [Le Corbusier], FLC4899

    照明はどこにも描かない。さらに「ブリーズ・ソレイユ」で補強すれば、展示空間に相応しく、自然光は十分に拡散するはずである。 チャンディガールの美術館外周へ雨水を流す &型の自然採光装置端部の有機的な造形は、ロンシャンの礼拝堂(!"#$)のガーゴイユそのものである(FLC4991)(FLC4899)。アーメダバードのサラバイ邸(!"##)における鋭利で細長いガーゴイユとは対照的である。

    * 雨水の処理方法は、アーメダバードの美術館(!"#%)よりも雄弁である。構造としても美術館と一体化し、機能としても自然採光装置と一体化して屋根全体に載る。屋根全体がガーゴイユとなるロンシャンの礼拝

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    ル・コ ル ビ ュ ジ エ 図 面 撰 集

    ― 美術館篇―

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  • ル・コルビュジエが30年かけて理論化し、実践してきた「美術館」は、結果的に、「美術館」の原型へと回帰する。これが、芸術という多様な言語を摂り集めてどこまでも成長を続けようとしてル・コルビュジエが築き上げた20世紀のバベルの塔の物語の未完の幕引きである。建築図面は、このような物語に隠された構想の生成と変容、選択と断念という近代建築家固有の内面の様態を示している。そこに近代建築作品の単純性と複雑性、一回性と普遍性、あるいは地域性と国際性の両義性が隠されている。