エラストマーの極限膨潤に及ぼす分子鎖伸び切り限...

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計算数理工学論文集 Vol.18 (2018 12 ), 論文 No.02-181201 JASCOME エラストマーの極限膨潤に及ぼす分子鎖伸び切り限界の二軸変形依存性 EFFECT OF BIAXIAL DEFORMATION ON ULTIMATE SWELLING DESCRIBED BY LIMITING CHAIN EXTENSIBILITY OF ELASTOMERS 奥村 大 1) Shawn A. CHESTER 2) Dai OKUMURA and Shawn A. CHESTER 1) 名古屋大学大学院工学研究科(〒464-8603 名古屋市千種区,E-mail: [email protected]2) New Jerseh Institute of TechnologhNewark, NJ 07102, USAE-mail: [email protected]In this studh, we investigate the effect of biaxial deformation on ultimate swelling characterized bh limiting chain extensibilith of elastomers. Limiting chain extensibilith is introduced into the Florh–Rehner theorh using the Arruda–Bohce eight chain model and the Gent phenomenological model. To obtain a single unified inequalith, stretches are normalized using the material constant that accounts for limiting chain extensibilith. The derived inequalith allows for shstematic analhsis to provide the ultimate values of swelling ratio under biaxial loading. It is found that the ultimate values are not exceeded at equilibrium swelling regardless of the thpe of biaxial deformations and the set of material constants and that at equilibrium swelling, deswelling can occur even in tension. Key Words: Elastomers, Swelling, Hhperelasticith, Limiting chain extensibilith, Ultimate analhsis 1. エラストマーの膨潤に関する研究は,当初,天然ゴムと有 機溶媒の組み合わせに対して行われ (1),(2) ,近年では,ハイド ロゲルを代表とする高分子ゲルも膨潤エラストマーとみな すことができるため注目されている (3) .膨潤エラストマーの 力学特性を表す自由エネルギー関数として,Florh-Rehner FR)モデル (4) はよく知られている (1),(2) .この自由エネルギ ー関数は,統計分子鎖理論に基づく Neo-HookeanNH)型 の弾性ひずみエネルギーと Florh-Huggins 理論に基づく混合 エネルギーの和で構成される.したがって,応力と化学ポテ ンシャルの相互作用が規定され,膨潤エラストマーの変形挙 動と溶媒の吸収や排出といった膨潤挙動を連成して解析す ることができる (5)~(8) FR モデルは基礎的であるため,高性 能化のための研究が数多く進められている (9)~(13) 弾性ひずみエネルギーの高度化を考えるとき,とりわけ大 変形領域において,分子鎖の伸び切り限界の効果を導入する ことは重要である.この効果を FR モデルに導入するため, Chester Anand (9),(10) NH モデルを Arruda-BohceAB)モ デルで置き換えることを提案し, Li (12) Gent G)モデル で置き換えることを提案した.AB モデルでは,分子鎖の伸 び切り限界は逆ランジュバン関数を用いて表され,分子鎖を 構成する節の数 n が材料定数として追加される.一方,G デルは現象論的なモデルであり,次章に示されるように,J m と表される材料定数が追加される.どちらも NH モデルに対 して材料定数が一つ追加され,この定数を用いて伸び切り限 界が導入される.この点において,AB モデルと G モデルは 同じ特徴を有しているが,全く等価なモデルではない. Okumura Chester (14) は,FR モデルを用いて,分子鎖の伸 び切り限界に由来する膨潤量の極限値を調べた.弾性ひずみ エネルギーには AB モデルと G モデルをそれぞれ考え,NH モデルからの違いは一つのスカラー関数を用いて整理でき ることを示した.続いて,伸び切り限界に基づく不等式を用 いて極限膨潤の予測式を導出するとともに,膨潤平衡下での 膨潤量は,材料定数の組み合わせに関わらず,この極限値を 超えることはできないことを示した.また,単軸負荷状態で は,一般に引張によって溶媒の吸収が生じるが,伸び切り限 界に近づくと溶媒の排出が生じ得ることを明らかにした. そこで本研究では,上述の研究 (14) を拡張することを考え, エラストマーの極限膨潤に及ぼす分子鎖伸び切り限界の二 軸変形依存性を調べる.このため 2 章では基礎式を示す.3 章では,極限解析に用いる不等式を AB モデルや G モデルに 依存しない形に正規化し,正規化された極限条件を導出する. 4 章と 5 章では解析結果を示し,6 章では結言を述べる. 2. 基礎式 2.1. 自由エネルギー関数 FR モデル (4),(5) では,膨潤エラス トマーの自由エネルギー関数 W を,弾性ひずみエネルギー W e ( i )と混合エネルギーW m (C)の和として次のように表す. e m ( ) ( ) i W W W C (1) ここで, i は主方向への伸び,C は溶媒分子の濃度である. 2018 9 14 日受付,2018 10 21 日受理 ¶ Dedicated to the memorh of Prof. Shoichi KOBAYASHI

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計算数理工学論文集 Vol.18 (2018 年 12 月), 論文 No.02-181201 JASCOME

エラストマーの極限膨潤に及ぼす分子鎖伸び切り限界の二軸変形依存性

EFFECT OF BIAXIAL DEFORMATION ON ULTIMATE SWELLING

DESCRIBED BY LIMITING CHAIN EXTENSIBILITY OF ELASTOMERS

奥村 大 1),Shawn A. CHESTER2)

Dai OKUMURA and Shawn A. CHESTER

1) 名古屋大学大学院工学研究科(〒464-8603 名古屋市千種区,E-mail: [email protected]

2) New Jerseh Institute of Technologh(Newark, NJ 07102, USA,E-mail: [email protected]

In this studh, we investigate the effect of biaxial deformation on ultimate swelling characterized bh

limiting chain extensibilith of elastomers. Limiting chain extensibilith is introduced into the

Florh–Rehner theorh using the Arruda–Bohce eight chain model and the Gent phenomenological

model. To obtain a single unified inequalith, stretches are normalized using the material constant

that accounts for limiting chain extensibilith. The derived inequalith allows for shstematic analhsis

to provide the ultimate values of swelling ratio under biaxial loading. It is found that the ultimate

values are not exceeded at equilibrium swelling regardless of the thpe of biaxial deformations and

the set of material constants and that at equilibrium swelling, deswelling can occur even in tension.

Key Words: Elastomers, Swelling, Hhperelasticith, Limiting chain extensibilith, Ultimate analhsis

1. 緒 言

エラストマーの膨潤に関する研究は,当初,天然ゴムと有

機溶媒の組み合わせに対して行われ(1),(2),近年では,ハイド

ロゲルを代表とする高分子ゲルも膨潤エラストマーとみな

すことができるため注目されている(3).膨潤エラストマーの

力学特性を表す自由エネルギー関数として,Florh-Rehner

(FR)モデル(4)はよく知られている(1),(2).この自由エネルギ

ー関数は,統計分子鎖理論に基づく Neo-Hookean(NH)型

の弾性ひずみエネルギーと Florh-Huggins 理論に基づく混合

エネルギーの和で構成される.したがって,応力と化学ポテ

ンシャルの相互作用が規定され,膨潤エラストマーの変形挙

動と溶媒の吸収や排出といった膨潤挙動を連成して解析す

ることができる(5)~(8).FR モデルは基礎的であるため,高性

能化のための研究が数多く進められている(9)~(13).

弾性ひずみエネルギーの高度化を考えるとき,とりわけ大

変形領域において,分子鎖の伸び切り限界の効果を導入する

ことは重要である.この効果を FR モデルに導入するため,

Chester と Anand(9),(10)は NH モデルを Arruda-Bohce(AB)モ

デルで置き換えることを提案し,Li ら(12)は Gent(G)モデル

で置き換えることを提案した.AB モデルでは,分子鎖の伸

び切り限界は逆ランジュバン関数を用いて表され,分子鎖を

構成する節の数 n が材料定数として追加される.一方,G モ

デルは現象論的なモデルであり,次章に示されるように,Jm

と表される材料定数が追加される.どちらも NH モデルに対

して材料定数が一つ追加され,この定数を用いて伸び切り限

界が導入される.この点において,AB モデルと G モデルは

同じ特徴を有しているが,全く等価なモデルではない.

Okumura と Chester(14)は,FR モデルを用いて,分子鎖の伸

び切り限界に由来する膨潤量の極限値を調べた.弾性ひずみ

エネルギーには AB モデルと G モデルをそれぞれ考え,NH

モデルからの違いは一つのスカラー関数を用いて整理でき

ることを示した.続いて,伸び切り限界に基づく不等式を用

いて極限膨潤の予測式を導出するとともに,膨潤平衡下での

膨潤量は,材料定数の組み合わせに関わらず,この極限値を

超えることはできないことを示した.また,単軸負荷状態で

は,一般に引張によって溶媒の吸収が生じるが,伸び切り限

界に近づくと溶媒の排出が生じ得ることを明らかにした.

そこで本研究では,上述の研究(14)を拡張することを考え,

エラストマーの極限膨潤に及ぼす分子鎖伸び切り限界の二

軸変形依存性を調べる.このため 2 章では基礎式を示す.3

章では,極限解析に用いる不等式を AB モデルや G モデルに

依存しない形に正規化し,正規化された極限条件を導出する.

4 章と 5 章では解析結果を示し,6 章では結言を述べる.

2. 基礎式

2.1. 自由エネルギー関数 FR モデル(4),(5)では,膨潤エラス

トマーの自由エネルギー関数 W を,弾性ひずみエネルギー

We(i)と混合エネルギーWm(C)の和として次のように表す.

e m( ) ( )i

W W W C (1)

ここで,i は主方向への伸び,C は溶媒分子の濃度である. 2018 年 9 月 14 日受付,2018 年 10 月 21 日受理

¶ Dedicated to the memorh of Prof. Shoichi KOBAYASHI

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弾性ひずみエネルギーとして,NH モデルのほかに AB モ

デル(9),(10),G モデル(12)をそれぞれ考えるとき,

01

0e

0 1

( 3 log ) , NH model6

2 2 log log , AB model6 sinh

3log 1 log , G model

6m

m

EI a J

EW n n a J

E IJ a J

J

(2)

である(14).詳細については文献(2),(13)~(15)を参照することとし

て省略するが, I1 と J はひずみの不変量であり,

I1=12+2

2+32,J =123 と書ける.また,E0 は参照状態に

おけるヤング率であり,NH モデルでは未変形,乾燥状態で

の値に対応する.AB モデルにおいて, 1 / 3I ,1( / )L n である.L

1(x) は逆ランジュバン関数と呼ば

れ,ランジュバン関数は x = coth 1/= L() と表される.n

は分子鎖の伸び切り限界を表す材料定数である.一方,G モ

デルにおいて伸び切り限界を表す定数は Jm であり,後述す

るように n と Jm の間には換算関係が成り立つ(式(11)).な

お a は係数である.

逆ランジュバン関数 L1(x) はランジュバン関数の逆関数

であるため解析的な取り扱いが容易ではない.この問題を避

けるため,L1(x) の近似解がいくつか提案されており,

2

1

2

35 12( ) 3

35 33

xL x x

x

, Padé (P) approx. (3)

は Padé の近似としてよく用いられる(14).テイラー展開を用

いる方法も一般に知られているが, → ∞ の極値を有する点

で Padé の近似は優れている.

最後に,混合エネルギーは次のように表される(4),(5).

m

1log 1

1

kTW C

C C

(4)

ここで,kT は熱エネルギー換算の絶対温度,は溶媒1分子

当たりの体積,は Florh-Huggins の相互作用係数である.

2.2. 非圧縮性の導入 網目構造の高分子と溶媒分子に対し

て,非圧縮性近似が成り立つと仮定すると,膨潤エラストマ

ーの体積は乾燥状態の網目構造の体積と吸収された溶媒の

体積の和として,

1J C (5)

と表される(2),(5).したがって,ひずみの不変量 J は体積膨潤

比を表すことになる.式(1)に式(5)の拘束条件をラグランジ

ュの未定乗数法を用いて導入すると,未定乗数 Π を用いて次

式が得られる(5),(13).

e m( ) ( ) (1 )i

W W W C C J (6)

式(6)より,公称応力 si = /i

W が求められ,真応力は

20

3 2

i i

i i

s E a

J J

, no sum on i (7)

と表される.ここで,

1

1

1

m

m 1

1 , NH model

, AB model3

( )35 4

, AB model+P approx.35 11

, G model3

n

I

n I

n I

J

J I

(8)

であるため,モデル間の違いや伸び切り限界の効果はこのス

カラー関数を通して現れる(14).式中には AB モデルに対して

Padé の近似を用いた場合も示されており,当然のことである

が,4 つのモデルはそれぞれ異なる挙動を示す.ただし,n →

∞ 及び Jm → ∞ を考えるとき,AB モデル及び G モデルは

NH モデルと等価となる.

次に,外部溶媒の化学ポテンシャルをと表し,膨潤エラ

ストマー内部の化学ポテンシャルとの釣り合いを考えると,

/W C であるから,式(6)より

2

1 1log

JkT

J J J

(9)

となり,膨潤平衡状態では = 0 とみなされる(5),(13),(14).式(7)

と式(9)を用いて膨潤平衡状態( = 0)における応力と伸び,

体積膨潤比の関係を解析することができる.

2.3. 極限条件 式(8)より,NH モデル以外の各モデルでは,

伸び切り限界に由来して,不変量 I1 は次の不等式に従い極大

値を有する(14).

1

1

m 1

3 , AB model

0 35 11 , AB model+P approx.

3 , G model

n I

n I

J I

(10)

なお,一般に n >> 1 及び Jm >> 1 である.また,I1 の極大値

に対して AB モデルと G モデルの間に換算関係

m 35

11

3 3 , AB model,

3 , AB model+P approx.

nJ

n

(11)

が成り立つことがわかる(14).

式(10)の不等式を用いると,例えば,無応力下での膨潤平

衡状態(すなわち自由膨潤状態)を想定すれば,i = J1/3 (i

=1,2,3)であるから I1=3 J2/3となり,この関係を代入して整理

すると,自由膨潤下での極限条件

3/2

3/235ult 33

3/21m3

, AB model

( ) , AB model+P approx.

( 1) , G model

n

J J n

J

(12)

が導かれる(14).この式より,体積膨潤比の極限値 Jult は,AB

モデルでは n に,G モデルでは Jm にのみそれぞれ依存する

ことがわかる.同様にして,異なる変形状態の場合にも極限

膨潤を解析することができる.Okumura と Chester(14)は単軸

負荷状態を解析し,膨潤平衡下では,引張によって一般に溶

媒の吸収が生じるが(1),(2),伸び切り限界に近づくと溶媒の排

出が生じ得ることを明らかにした.3 章では正規化された極

限条件を導き,4 章と 5 章では解析結果を示す.

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3. 極限条件の正規化と展開

3.1. 正規化方法 式(11)に示されるように AB モデルと G モ

デルの間には換算関係があるが,式(10)や式(12)には,伸び

切り限界を表す定数(n もしくは Jm)が含まれる.本研究で

は,式(10)の不等式からの極限条件の解析を容易にするため,

伸びi を次式のように正規化することを考える.

1/3

ult/i i

J (13)

上式の Jult は,式(12)に定義されるように自由膨潤下での体積

膨潤比の極限値である.したがって,不変量は

2 2 2 2/3

1 1 2 3 1 ult/I I J (14)

1 2 3 ult/J J J (15)

とそれぞれ正規化される.

式(14)を用いて式(10)の不等式を正規化すると,AB モデル

や G モデル,Padé の近似に依存しない統合された不等式

10 3 I (16)

が導かれる.式(16)を用いて自由膨潤下での極限条件を導出

すると, 1/3 1/3

ult/i

J J であるから,

1J (17)

が導かれる.なお,式(15)と式(17)より,正規化前の極限条

件(式(12))を求めることができる.

式(16)と式(17)に示されるように,正規化された不等式や

極限条件では,伸び切り限界を表す定数が消去された形にな

っている.したがって,このような正規化の導入は,AB モ

デルや G モデルの選択,関連して n や Jmの値とは無関係に

極限条件を解析できるため優れている.

3.2. 単軸負荷の場合 1 方向への単軸引張圧縮を考えると

き , 式 (15) の 関 係 よ り 2 方 向 と 3 方 向 の 伸 び は1/2 1/2

2 3 1J と表される.このとき,式(14)から

2 1

1 1 12I J (18)

である.式(16)と式(18)を組み合わせることによって,単軸

負荷下での極限条件は次のように導かれる.

211(3 )

2J

(19)

すなわち,正規化された体積膨潤比の極限値は正規化された

伸び 1 の関数として表される.なお,式(19)を正規化前の形

式に変換すると,Okumura と Chester(14)が単軸負荷状態で導

出した極限条件と一致する.ただし,正規化された極限条件

(式(19))は伸び切り限界の定数を含んでおらず単純な形と

なっている.次節では正規化された表現を用いて二軸負荷に

おける極限条件を導く.

3.3. 二軸負荷の場合 ひずみ制御で二軸変形を与えること

を考え,3 方向の応力を零,1 方向と 2 方向のひずみを1 と

2 と表すとき,それぞれの方向の正規化された伸びを次式の

ように定義する(16).

1/3

1 0 1

1/3

2 0 2

(1 )

(1 )

J

J

(20)

ここで, 0 0 ult/J J J と定義される正規化された値であり,J0

を二軸変形開始時における体積膨潤比の初期値とする.すな

わち,1=2=0 において 1/3

0iJ である.二軸比 を

2 1 (21)

と定義するとき,式(20)より 1/3

2 0 1(1 )J となり,式(15)

を用いて 11 1/3

3 1 0 1(1 )J J が求められる.

したがって,式(14)から,

2 22 1/3 2 2 1/3

1 1 0 1 1 0 1(1 ) (1 )I J J J (22)

であることがわかる.上式を式(16)に代入すると,二軸負荷

状態における極限条件は次式のように導かれる.

1/2

21/3 2 1/3

1 0 1 1 0 1(1 ) 3 (1 )J J J (23)

式(23)は, 0J とを既知として,体積膨潤比の極限値を 1 の

関数として調べるために用いられる.

二軸比 について, > 0 のときには引張-引張もしくは

圧縮-圧縮の二軸負荷状態を表す.とりわけ, = 1 のとき

には,等二軸負荷状態となり,式(23)より極限条件は

2 2 1/2

1 1(3 2 )J (24)

と求められる.つづいて, = 0 のときには, 1/3

2 0J と拘束

されるため,2 方向に変形を拘束された平面負荷状態となり,

式(23)より極限条件は,

1/3 2/3 2 1/2

0 1 0 1(3 )J J J (25)

と求められる.最後に, < 0 のときには,引張-圧縮もし

くは圧縮-引張の二軸変形状態を表す.この変形過程におい

て,3 方向と 2 方向の変形が等しいときには,単軸負荷状態

となる.この状態では 2 方向の応力は零となり,この点を境

にして,この方向の応力の符号は反転する.本研究では,代

表的な二軸負荷状態として, 0 1 の場合を考える(16).

この節では,二軸負荷状態における極限膨潤の条件を正規

化された不等式(式(16))から導いた.二軸変形状態におけ

る極限条件(式(23))は単軸負荷条件の場合(式(19))と比

べて複雑になるが,等二軸負荷や平面負荷といった特定の状

態を想定すれば,式(24)と式(25)のように簡単に表すことが

できる.4 章では,以上の条件を用いて極限膨潤を解析する.

4. 極限膨潤の解析

4.1. 単軸と等二軸負荷の比較 式(19)と式(24)より予測され

る単軸及び等二軸負荷状態における体積膨潤比の極限値を

Fig.1 に示す.図中には 1/3

iJ ,すなわち自由膨潤状態にお

ける 1 と J の関係も図示されており,この鎖線より右側が

引張変形,左側が圧縮変形に対応する.この図が示すように,

J の極限値は,自由膨潤下の等方変形状態において極大値を

取り( 1 =1 で J =1),単軸や等二軸負荷といった非等方変

形によって減少する.単軸引張では 1 3 1.73 ,等二軸

引張では 1 3 / 2 1.22 が伸びの限界値であり,このとき

0J となることがわかる.この結果は,膨潤エラストマー

が引張変形を受けて伸び切り限界に近づくとき,膨潤平衡状

態のように J の変化を許す状態下では 0J となることを

示唆する.すなわち,引張変形下において溶媒の排出が生じ

得る.この結果は,一般に引張変形は溶媒の吸収を誘起する

ことが知られているため(1),(2),大変興味深い.この点につい

ては,5 章の膨潤平衡下での解析にて再び議論する.

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Fig.1 Ultimate swelling under uniaxial and equibiaxial loading

conditions (Eqs.(19) and (24)) as a function of 1 .

4.2. 平面負荷の場合 式(25)を用いて平面負荷状態におけ

る極限膨潤特性を調べた結果を Fig.2 に示す.この場合には,1/3

2 0J と 2 方向の伸びが拘束される. 0J =1 の条件は,自

由膨潤によって極限値を取った状態からの平面変形に対応

しており, 1 =1 で J =1 と極大値を取り,平面引張において,

0J に近づくとき, 1 2 1.41 と伸びの限界値を取る

(式(25)).一方, 0J <1 の場合には,Fig.2 に示されるように,

自由膨潤では極限状態にはならず,そこからの 3 方向への伸

びを許すことによって,極限値に到達する.また, 1/3

2 0J と

2 方向の伸びが拘束された結果として,J の極大値は, 0J の

減少とともに減少傾向を示す.さらに,伸びの限界値は2/3

1 03 J であり, 0 0J に対して 1 3 1.73 とな

る.したがって,平面引張では, 0J のための 1 の限界値

は,等二軸引張の値( 3 / 2 1.22 )と単軸引張の値

( 3 1.73 )の中間に分布し, 0J の値に依存して

12 3 の値を取ることがわかる.

Fig.2 Ultimate swelling under planar loading condition (Eq.(25))

with 0J =1, 0.4, 0.1 and 0.01 as a function of 1 .

4.3. 二軸負荷の場合 式(23)を用いて二軸負荷の場合に極

限膨潤特性を調べた結果を Fig.3 に示す.図中では, 0J =0.1

として,二軸比 を 0~1 の間で変化させたときの結果が示

されている.平面引張負荷の場合(Fig.2)と同様にして, 0J <1

の自由膨潤では極限状態に到達せず,そこからの 3 方向への

伸びを許すことによって,極限値に達する.3.3 節に示され

る よ う に , 初 期 状 態 1/3

1 2 0J で は , 式 (23) は

2/3 2/3 1/2

0 0(3 2 )J J J となるため,Fig.3 中の曲線は,この点に

おいて の値に関わらず 1 点で交わる.これらの曲線は,

等二軸負荷状態( = 1)から平面負荷状態( = 0)に変化す

るに従って,極限値の減少傾向を示し,連続的に遷移する.

なお伸びの限界値は 2/3

1 03 / 2 3 J となる.

Fig.3 Ultimate swelling under biaxial loading condition

(Eq.(23)) with 0J =0.1 for = 0 (Planar), 0.2, 0.5 and 1

(Equibiaxial) as a function of 1 .

5. 膨潤平衡状態の解析

5.1. 解析方法 4 章において解析した極限値は,伸び切り限

界を表す定数(n もしくは Jm)で正規化されており,それ以

外の材料定数には依存しない.しかし,膨潤平衡下( = 0)

での応力と伸びの関係や体積膨潤比は,式(7)と式(9)を連成

して求められるため,それ以外の材料定数にも影響を受ける(1),(2),(5),(14).本章ではこの影響を評価することを考える.この

ため,G モデルを適用し,代表的な材料定数として,Jm = 30,

a = 2, = 0 を用いる.ヤング率については,その無次元量

E0/(3kT)を変数と考える.

単軸及び二軸負荷では,3 = 0 であるから,式(7)より

を求め,式(9)を解くことによって,体積膨潤比の平衡値を1

の関数として求めることができる.この結果を用いて,式(7)

より応力と伸びの関係も求められる.具体的には,単軸負荷

を想定すると, 1/2 1/2

3 1J であるから,式(9)は,

0

2

1

1 1log 0

3 2

J E a

kT J J J kT J

(26)

と展開でき,二軸負荷を想定すると, = 1 なら等二軸負荷,

= 0 なら平面負荷に対応し,次式のように展開できる.な

お, 11 1/3

3 1 0 1(1 )J J を用いている.

2

0

22 1/3

1 0 1

1 1log

03 2(1 )

J

kT J J J

E J a

kT JJ

(27)

5.2. 単軸及び等二軸負荷の場合 膨潤平衡下における単軸

及び等二軸負荷応答を,式(26)と式(27)を用いて解析した結

果をFig.4とFig.5にそれぞれ示す.これらの図が示すように,

伸び切り限界に近づくに従って,応力は急激に増加する.ど

ちらの場合にも,E0 が小さくなると J の値が大きくなり,

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E0/(3kT) = 105 では極限値にかなり接近していることがわ

かる(Figs.4(b), 5(b)).

(a) 1/E0 as a function of 1

(b) J as a function of 1

Fig.4 Effect of equilibrium swelling ( = 0) on the response

under uniaxial loading for E0/(3kT) = 103, 104 and 105, Jm = 30,

a = 2 and = 0 using G model.

Fig.4(b)と Fig.5(b)に着目するとき,引張変形での J の値は,

自由膨潤状態からの初期段階では増加する(4.1 節).しかし,

その後,伸び切り限界に近づくと増加から減少に転じ,最終

的に 0J ,すなわち膨潤状態から乾燥状態に至る.この予

測は,伸び切り限界の効果として溶媒が排出され得ることを

示しており(14),単軸及び等二軸負荷に関わらず観察された.

すなわち,本研究で導出した極限条件は,負荷条件や変形状

態に依存して,体積膨潤比の上限を正しく予測するだけでな

く,伸び切り限界によって溶媒の排出が生じ得ることも説明

できる.

5.3. 平面負荷の場合 式(27)を用いて,膨潤平衡下における

平面負荷応答を解析した結果を Fig.6 に示す.ここで,体積

膨潤比の初期値 J0 を自由膨潤下での平衡値とみなす.すなわ

ち,式(27)において,J→J0, 1→J01/3 と置き換え,次式を用い

て J0 と E0 の関係を決定する.

0 0

2 1/3

0 0 0 0 0

1 1log 0

3 2

J E a

kT J J J kT J J

(28)

解析例として, 0J =0.1 を用いたところ,E0/(3kT)=3×103

であった.Fig.6 は,平面負荷の場合にも,単軸及び等二軸

負荷の場合と同様にして,伸びが限界値に近づくときに溶媒

の排出の予測している.また,Fig.6(a)は,伸び切り限界の効

果によって,2 方向の拘束面に対しても大きな引張応力が生

じ得ることを示している.平面負荷の場合には,上述のよう

に,J0 と E0 の間には式(28)が成り立つことが想定される.こ

のため,単軸や等二軸負荷の場合のように,E0 を小さくする

ことによる極限値への接近をはっきりと確認することはで

きない.しかしながら,極限条件は体積膨潤比の上限と伸び

が限界に近づくときの溶媒の排出を同様に予測している.

(a) 1/E0 as a function of 1

(b) J as a function of 1

Fig.5 Effect of equilibrium swelling ( = 0) on the response

under equibiaxial loading for E0/(3kT) = 103, 104 and 105, Jm =

30, a = 2 and = 0 using G model.

6. 結 言

本研究では,Okumura と Chester の解析手法(14)を拡張して,

エラストマーの極限膨潤に及ぼす分子鎖伸び切り限界の二

軸変形依存性を調べた.極限膨潤の解析では,伸び切り限界

に由来する不等式(式(10))から,単軸負荷の場合だけでな

く,二軸変形の場合の極限条件も導出できることを示した.

導出過程では,AB モデルや G モデルに依存しない形で正規

化する方法を示した(式(13)).結果として,極限条件は非常

に単純に表される.極限解析では,二軸変形下においても,

単軸負荷状態と同様の傾向を確認した.ただし,伸びの限界

値や体積膨潤比の極限値は,負荷条件に依存して変化する.

さらに,膨潤平衡下での解析によって,極限条件の妥当性を

確認した.すなわち,二軸変形下においても,伸び切り限界

の効果として,体積膨潤比の上限が決定され,引張変形にお

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いて溶媒の排出が生じ得ることを示した.極限条件は非常に

単純な形式であるため,膨潤限界の評価や伸び切り限界周辺

での挙動を理解するために非常に有用であるといえる.

(a) 1/E0 and 2/E0 as a function of 1

(b) J as a function of 1

Fig.6 Effect of equilibrium swelling ( = 0) on the response

under planar loading with 0J = 0.1 for E0/(3kT) = 3×103, Jm =

30, a = 2 and = 0 using G model.

謝 辞

本研究は JSPS 科研費 JP16H04234 と NSF 助成金

CMMI-1463121 の助成を受けて行われた.ここに記して謝意

を表する.

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