スミスとリカードの価値理論の比較検討 -...

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〔論文〕 弘前大学経済研究第 24 ovember2001 スミスとリカードの価値理論の比較検討 はじめに アダム ・スミスの価値理論は投下労働概念と 支配労働概念の混同をふくむ不完全な議論であ る、スミスからリカ ー ドへの価値理論の発展は 投下労働論の確立と支配労働論の否定をその契 機とすると伝統的に説明されてきた。こうした 説明はスミスーリカ ー ド一マルクスという剰余 価値理論の発展の系譜を想定しながら構成され たものである 。そして商品の価値は賃金費用と 利潤費用の合計として決定するという生産費用 論の立場から、投下労働を唯一の規定要因とし て決定するという投下労働論の立場への移行を 正当化することを含意している。本稿はこうし た伝統的な説明とは異なる視点からスミスとリ カー ドの価値理論を検討するものである (Smith, 1950; Ricardo, 1951;Mar ヌ, 1965) I)。 次章で詳述するが、スミスの価値理論につい て従来のように投下労働 と支配労働の矛盾を指 摘するのは間違いであるという見解が見られる ようになった。例えば価値理論の内容を価値の 起源/原因/尺度という 3 つの問題に分類する なら 、スミスの議論は<投下労働=価値起源 論>を前提として<投下労働=価値原因論>と <支配労働=価値尺度論>が整合的に展開され l)本稿の主題であるスミスの価値理論の議論は『諸国民 の富』(Smithl 950 )、この議論に関する伝統的見解はリカー ドの『経済学および課税の原理』 (Ricardo1951『リカード ウ全集』第 I 巻)、およびマルクスの『剰余価値学説史』(Marx 19657 ノレタスーエンゲノレス全集』 第26 巻・第 I 冊)に見ら れることは周知のとおりであろう。本格以下ではこれらを、 WN RW,I TSV,I と各々略記して示す。 たのものと看なせるという(新村 1987 )。また 筆者は以前、リカードの労働価値理論の論理構 成について検討し、その基本的な体系が<均等 利潤の成立>と<貨幣商品の定義>という 2 の仮定に基づいて成立することを示した。ここ では生産費用論と投下労働論が矛盾するのでは なく、あるいは資本構成が均等であるとき両者 がたまたま両立するのでもなく、むしろ生産費 用論の論理に基づいて投下労働論の論理が成立 することが明らかになった(福田 2000 )。とこ ろでこれらの見解が正しいのなら、スミスから リカードへの価値理論の発展過程を従来のよう に支配労働論または生産費用論の立場から投下 労働論の立場への移行として説明することはで きなくなる。そしてリカード‘の労働価値理論の 論理構成について、あるいはその歴史的意義に ついて考えるためにも、スミスからリカー ドへ の価値理論の発展過程を再検討することが不可 欠になった。 かくして本稿の課題は、スミスおよびリカー ドの価値理論に関する近年の研究の成果を踏ま えて、従来の通説とは異なる形で両者の発展過 程を再構成して、両者の論理を比較検討するこ と、そしてリカードの労働価値理論の歴史的意 義を解明することである。その具体的な論点は 次章の考察の後に明確に示したい。 なお木稿の考察はスミスとリカードの議論の 理論的側面に焦点を当てて行われるものであ り、また筆者自身のリカードの研究の立場から スミスとリカードの関係を検討することを意図 するものである。従ってそうした立場や方法に よる制約が存在することは否定できないが、し Q J A

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〔論文 〕 弘前大学経済研究第 24号 ト!ovember2001

スミスとリカードの価値理論の比較検討

はじめに

アダム ・スミスの価値理論は投下労働概念と

支配労働概念の混同をふくむ不完全な議論であ

る、スミスからリカー ドへの価値理論の発展は

投下労働論の確立と支配労働論の否定をその契

機とすると伝統的に説明されてきた。こうした

説明はスミスーリカー ド一マルクスという剰余

価値理論の発展の系譜を想定しながら構成され

たものである。そして商品の価値は賃金費用と

利潤費用の合計として決定するという生産費用

論の立場から、投下労働を唯一の規定要因とし

て決定するという投下労働論の立場への移行を

正当化することを含意している。本稿はこうし

た伝統的な説明とは異なる視点からスミスとリ

カー ドの価値理論を検討するものである

(Smith, 1950; Ricardo, 1951; Marヌ,1965)I)。

次章で詳述するが、スミスの価値理論につい

て従来のように投下労働と支配労働の矛盾を指

摘するのは間違いであるという見解が見られる

ようになった。例えば価値理論の内容を価値の

起源/原因/尺度という 3つの問題に分類する

なら 、スミスの議論は<投下労働=価値起源

論>を前提として<投下労働=価値原因論>と

<支配労働=価値尺度論>が整合的に展開され

l)本稿の主題であるスミスの価値理論の議論は『諸国民

の富』(Smithl 950 )、この議論に関する伝統的見解はリカー

ドの『経済学および課税の原理』 (Ricardo1951『リカード

ウ全集』第 I巻)、およびマルクスの『剰余価値学説史』(Marx

1965『7 ノレタスーエンゲノレス全集』第26巻 ・第 I冊)に見ら

れることは周知のとおりであろう。本格以下ではこれらを、

WN、RW,I、TSV,I と各々略記して示す。

田 進 治

たのものと看なせるという(新村 1987)。また

筆者は以前、リカードの労働価値理論の論理構

成について検討し、その基本的な体系が<均等

利潤の成立>と<貨幣商品の定義>という 2つ

の仮定に基づいて成立することを示した。ここ

では生産費用論と投下労働論が矛盾するのでは

なく、あるいは資本構成が均等であるとき両者

がたまたま両立するのでもなく、むしろ生産費

用論の論理に基づいて投下労働論の論理が成立

することが明らかになった(福田 2000)。とこ

ろでこれらの見解が正しいのなら、スミスから

リカードへの価値理論の発展過程を従来のよう

に支配労働論または生産費用論の立場から投下

労働論の立場への移行として説明することはで

きなくなる。そしてリカード‘の労働価値理論の

論理構成について、あるいはその歴史的意義に

ついて考えるためにも、スミスからリカー ドへ

の価値理論の発展過程を再検討することが不可

欠になった。

かくして本稿の課題は、スミスおよびリカー

ドの価値理論に関する近年の研究の成果を踏ま

えて、従来の通説とは異なる形で両者の発展過

程を再構成して、両者の論理を比較検討するこ

と、そしてリカードの労働価値理論の歴史的意

義を解明することである。その具体的な論点は

次章の考察の後に明確に示したい。

なお木稿の考察はスミスとリカードの議論の

理論的側面に焦点を当てて行われるものであ

り、また筆者自身のリカードの研究の立場から

スミスとリカードの関係を検討することを意図

するものである。従ってそうした立場や方法に

よる制約が存在することは否定できないが、し

QJ

,,A

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かしこのような一定の制約のある考察によっ

て、従来十分に正しく扱われてこなかったスミ

スとリカードの価値理論の論理構成を解明しな

がら、古典派価値論の全体像の つの側面を鮮

明にすることができるのである。

1. スミスとリカードの価値理論をめぐる

新たな課題

スミスとリカードの価値理論に関する従来の

一般的な見解は、リカー ドによるスミスの価値

理論の批判、およびマルクスによるスミスとリ

カードの価値理論の批判的評価に始まるもので

ある。リカードによるとスミスは投下労働が「交

換価値の根源Jであると正しく定義しながらも、

「価値の標準尺度」として支配労働を採用した、

ここでスミスは 2つの労働概念を「同意義のも

の」であるかのように論じたという。そしてリ

カード自身は周知のとおり投下労働概念、を唯一

正当な基礎とする労働価値理論の構築を目指し

たのである。またマルクスはリカー ドの見解を

継承しながら、スミスは価値尺度の問題および

価値規定の問題について労働時間(投下労働)

と労働jの価値(支配労働)の聞を動揺している

が、商品の価値は正しくは労働時間によって規

定されるという。マルクスにとって 2つの概念

の差異の問題は剰余価値の源泉の問題であっ

て、そうした視点からスミスの議論を裁断しよ

うとしたのである。要するにリカードも?/レク

スも、スミスは投下労働と支配労働を混同して

おり、このうち投下労働によって価値を定義す

ることが正しい価値理論の構築への道であった

と考えているのである(RW,I, pp. 12 17 ;

TSV, I , pp. 41 45)。

こうした伝統的見解といえるスミスの価値理

論の批判に対する反批判は、スミス研究者の間

ではすでに 定の市民権を得ているように思わ

れる。いずれもスミスの議論について価値決定

の問題と価値尺度の問題を区別して検討するな

ら、投下労働と支配労働の混同とか矛盾とか、

両者間の移行とかいった問題は存在しないと主

張するものである2)。新村聡によるとスミスの

価値理論の内容は価値の起源/原因/尺度とい

う3つの問題に分類するべきだという。価値の

「起源、」とは投下労働が商品の価値の起源また

は本質であることを説明する質的問題、価値の

「原因」とは投下労働、または投下労働を含む

生産費用が商品の価値を決定することを説明す

る量的問題、価値の「尺度Jとはすでに決定し

た商品の価値を支配労働を基準として測定する

ことを説明する問題である。そしてスミスの議

論は本質論として<投下労働=価値起源論>を

前提に、一方では価値決定論として未聞社会の

<投下労働ニ価値原因論>と文明社会の<構成

価値論>、他方では価値尺度論として<支配労

働=価値尺度論>が展開されたものであるとい

う。要するにスミスの議論では投下労働と支配

労働は異なる問題に属するのであるから両者は

矛盾するのでない、むしろリカードとマルクス

がこうした問題の区別を認識することができな

かったためにスミスの議論を誤解したのだとい

う(新村 1987,pp. 75 76, 81 83)。

ところでリカー ドの労働価値理論について、

リカードの議論は文字どおりの投下労働論とい

うより、むしろ生産費用論というべきだという

見解がリカード研究者の問で広まりつつある。

中村慶治によるとリカードの労働価値理論は生

産費用の合計が商品の価値を規定するという

「連動論」の論理を否定するのではなく、連動

論の基礎において連動論の発現を否定するもの

であるという。すなわち生産費用の変化は商品

の価値の変化を生じるが、貨幣もまた商品であ

って生産費用の変化を生じるから、賃金の変化

において貨幣で測った商品の価値は一定だとい

うのである。そうであるならリカードの労働価

値理論は生産費用論をただ否定するのではな

く 生産費用論の論理を徹底させたときに成立

するものだということになろう(中村 1996,

2) Blaug 1978; Hollander 1973; Skinner 1979;稲キナ 1976;

小沼 l983;島 1980は各々の視点からスミスの議論を価値決

定論と価値尺度論に分類して説明しようとしている@本稿で

はとくに、新村 1987:,新村 1988による 3分類の方法に基づ

いて検討する。

20一

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スミスとリカードの価値理論の比較検討

pp. 20-25)。また竹永進によるとリカードの労

働価値理論は資本主義的生産および一般的利潤

の存在を前提として成立するという。ここで資

本主義的生産とは資本家と賃金労働者による生

産と分配の制度、一般的利潤とは生産部門間で

均等な利潤率の成立すなわち本稿のいう均等利

潤の成立を意味する。そしてリカードの議論は

商品の価値が投下資本量と一般的利潤の合計と

して決定するという意味において生産費用論で

あるが、賃金の上昇は利潤部分の減少を生じる

という意味においてスミス流の構成価値論とは

異なる性質をもつものだという(竹永 2000,

pp.46 50)。

さて先にふれた筆者によるリカー ドの労働価

値理論の論理構成に関する研究も こうした議論

の文脈と関連するものである。筆者の見解によ

るとリカードの議論の枠組みにおいて均等利潤

の成立は労働価値理論の成立と同義である。す

なわち一定の条件のもと生産部門聞の資本移動

および労働移動を通した均等利潤の成立を仮定

するとき、商品と商品の交換比率は産出量あた

り投下労働j量の比率として決定する、さらに貨

幣商品の生産部門の技術的生産条件を一定とし

て同様に均等利潤の成立を仮定するとき、商品

の価格の絶対値および均等利潤の絶対値は貨幣

部門の産出量あたり投下労働J量を基準値として

決定する。結局のところ、リカードの労働j価値

理論は<均等利潤の成立>と<貨幣商品の定

義>という 2つの仮定に基づいて成立するので

ある。そしてリカードの議論において商品の価

格は賃金費用と利潤費用の合計として決定する

という生産費用論の論理と、商品の価格は投下

労働l量に比例して決定するという投下労働j論の

論理は矛盾するのでないし、前者の論理から後

者の論理へ移行するのでもない、むしろ前者の

論理に基づいて後者の論理が成立するのである

(福田 2000,pp. 126 27)1)。

以上の議論のうち本稿ではリカー ドとマルク

ス以来の伝統的見解を否定して、まずスミスの

価値理論に関する新見解の立場を採用する。従

ってスミスからリカードへの価値理論の発展過

程についても価値の問題の分類を踏まえて検討

せねばならない。またこうした検討の内容を踏

まえて、リカードの労働価値理論がやはり筆者

が明らかにした 2つの仮定に基づいて成立する

ことを示したい。こうして本稿の課題は具体的

には、第 lにスミスからリカー ドへの価値理論

の発展過程について、スミスの価値理論を価値

の起源、/原因/尺度という 3つの問題に分類す

る見解を踏まえて再検討する ことである。すな

わち価値決定の問題についてスミスの構成価値

論からリカードの投下労働論へ、価値尺度の問

題についてスミスの支配労働論からリカードの

投下労働j論へという、少なくとも 2つの側面に

分類して説明することである。第 2にこうした

説明のなかで、リカードの労働価値理論が上述

。コ2つの仮定に基づいて成立する次第を示すこ

とである。すなわちリカードの労働価値理論に

含まれる価値決定論と価値尺度論という 2つの

側面の各々が、均等利j間の成立と貨幣商品の定

義という 2つの仮定に基づいて成立する次第を

説明することである。そして こうした検討を踏

まえて、第 3にリカードの労働価値理論の歴史

的意義について再検討することである。リカー

ドの議論において生産費’用論の論理に基づいて

投下労働論の論理が成立するなら、リカードの

労働価値理論はもはや投下労働jを価値の実体と

するいわゆる投下労働価値論の議論とはいえな

いが、しかしスミスの文明社会の構成価値論に

見られるような単なる生産費用論の議論でもな

い。こうした点を明らかにするために、スミス

3)賃金と手ljj聞の分配を前提として、商品[A]と商品[ BJ

の生産過程の費用と価格の関係を次のようにして表すことが

できる。

(1 +π.. )w .. L,=p .. A

(I+πu)wuL,=puB

ここで商品[A]の投下労働長L,,産出量A、価格 PA、手IJ

潤率 h 、貨幣賃金、NA、商品[BJの投下労働量LB、産出量

B、価抱 p"、利 i閏率π肉、貨幣賃金WHである。そしてた,=

π”と w,,=日れを仮定するなら、商品[A]と商品[BJの交

換比率は次のようにして決定する。

p,J p”= (LJA)/(L,/B)

さらに商品[ BJは貨幣商品、その生産条件( L1IB)は一

定不変とするとき、商品[A]と貨幣 [BJの交換比率すな

わち商品[A]の価格は(LJA)に比例して決定する。注13)

を参照。

,,A つ’u

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の価値理論と比較しながらリカードの労働価値

理論について改めて考えてみたし刊。

2 スミスの価値理論の論理構成

スミスの価値理論の議論は周知のとおり『諸

国民の富』第 l編の第 5章 ・第6章 ・第7章に

まとまった形で見られる。ここでの議論の詳細

について検討することは本稿の課題を越えるし

筆者の力量を越えるのだが、少なくとも 3つの

章に渡るスミスの議論全体の文脈について整理

することが必要である。それを踏まえてスミス

の価値理論の論理構成について検討し、一定の

立場を提案したい。

スミスの価値理論の議論全体の文脈は以下の

とおり 3つの問題に分類しながら整理すること

ができる。第 lに価値の「起源」の問題につい

て、第 5章では価値の議論のための前提として

生産活動における投下労働という行為が商品の

価値の起源であるという議論が見られる。本稿

のいう<投下労働=価値本質論>である。次の

とおり 5)0

「あらゆるものの実質価格、つまりあらゆ

るものがそれを獲得しようと欲する人に現

実についやさせるものは、それを獲得する

ための労苦や煩労である。 労働こそは、

最初の価格、つまりいっさいのものに支払

われた本源的な購買貨幣であった。J

(WN, I , p. 32)

第 2に価値の「原因」の問題について、第6章

官頭では資財の蓄積と土地の占有に先立つ初期

未聞の社会においては、商品の価値は投下労働

を唯一の規定要因として決定するという議論が

4 )古典学派の議論なかにマノレタスの立場あるいはスラッ

ファの立場を投影しようとする往々にして見られた傾向から

離れて、リカード、の経済学を再構成することが本稿の研究の

底意である。スミスとリカードの価値理論に関するスラッア

ァ流の解釈は、 Sraffa1951; Dobb 1973に見られる。また、

Christensen !979; Kurz 1980はスミスの価値理論をスラッ

ファ体系のなかに直接投入して解説したものである。

5)価値原因論のようにも見える叙述であるが、新村

1987, pp.81によると、価値起源論と価値原因論は区別され

ねばならない、スミスは価値起源論を前提として続いて価値

尺度論を展開 した、リカードはこれを完全に混同したとしづ。

見られる。本稿のいう<投下労働=価値決定

論>である。次のとおり。

「資財の蓄積と土地の占有と の双方に先行

する社会の初期未開状態のもとでは、さま

ざまのものを獲得するために必要な労働量

のあいだの割合が、これらのものをたがい

に交換するためのある基準になりうる唯一

の事情であるように思われる。」

(WN, I , p. 49)

これに続いて資財の蓄積と土地の占有が支配的

となった進歩した社会においては、商品の価値

は、労働者に支払う賃金、資本家が取得する利

潤、地主が取得する地代の合計として決定する

としづ議論、いわゆる構成価値論が見られる。

この議論は文字どおりの生産費用論であるか

ら、本稿では<生産費用=価値決定論>と呼ぶ。

次のとおり。

「ー ある商品の獲得または生産にふつう

ついやされる労働の量は、その商品がふつ

う購買し、支配し、またはこれと交換され

るべき労働の量を規制しうる唯一の事情で

はない。賃金を前払いし、その労働量の原

料を提供した資財の利潤に対してもまた、

当然追加量が支払われなければならないの

は明白である。 ーこ の部分の価格が、 土

地の地代を構成し、そしてそれは、大部分

の商品の価格における第三の構成部分を形

づくるのである。」(WN,I, p. 51)

ここでスミスは利潤と地代という追加分の支払

のために、投下労働は支配労働jによって評価し

た商品の価値を規制する唯一の要因ではなくな

ると述べている。さらにこれに続いて第 7章で

は、現実の市場における需要と供給の影響に関

する検討を踏まえて、結局は構成価値論の論理

に基づいて長期均衡価格としての自然価格が決

定するとしづ議論、いわゆる自然価格論が展開

されたのである(WN,I , pp. 57 59)。第 3に

価値の「尺度」の問題について、第5主主冒頭で

は商品の価値の真の尺度はその商品と交換され

る他の商品の獲得のために投下された労働、す

なわち「支配労働Jであるという議論が見られ

-22ー

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スミスとリカードの価値理論の比較検討

る。この議論が未聞社会の<支配労働u=価値尺

度論>である。次のとおり 6)。

「ある商品の価値は、それを所有してはい

ても自分自身で使用または消費しようとは

思わず、それを他の諸商品と交換しようと

思っている人たちにとっては、その商品が

その人に購買または支配させうる労働の量

に等しい。それゆえ、労働はいっさいの商

品の交換価値の実質的尺度なのである。」

(明「N,I, p. 32)

ただしスミスの支配労働の含意は一貫していな

い。スミスは文明社会における価値尺度として

は上述のような支配労働ではなく、商品の価値

総額によって直接雇用できる労働を採用してい

る。これを当初の支配労働と区別するために本

稿では[雇用労働j と呼ぶ。そしてこの議論を

文明社会の<雇用労働=価値尺度論>とする。

次のとおり。

「注意されなければならないのは、価格の

ありとあらゆる構成部分の実質価値は、そ

のおのおのが購買または支配しうる労働の

量によって測られる、ということである。

労働は労働に分解される部分の価値を測る

ばかりではなく、地代に分解される部分の

価値と、手lj潤に分解される部分の価値をも

測るのである。」(羽明,I, p. 52)

こうして整理するなら、スミ スの価値理論の議

論全体の文脈は価値本質論を基礎として価値決

定論と価値尺度論が各々展開されるとし、う問題

構成をなしているといえる。 これがリカードに

よって価値決定論と価値尺度論の両方について

投下労働j論が妥当するという立場から継承され

るのである。 これらは次のようにして図示する

ことができる。

「投下労働→生産費用→投下労働[=価値決定論]

投下労働=価値本質論4L支配労働→雇用労働→投下労働[=価値尺度論]

こうして見たときスミスの価値理論の議論の一

見複雑な外観が容易に理解できるものとなるだ

ろう。また価値決定の議論から、自然価格、所

得分配、経済成長の議論への移行が自然な流れ

として理解できるだろう。そしてこうした見方

が正しいなら、ス ミスの価値理論に関する新見

解は支持できるものとなるし、スミスからリ

カードへの価値理論の発展過程に関する問題を

改めて整理する ことができる。

さてスミスの価値理論の議論のうちリカード

との関連において特に検討すべきは、やはり第

6章に見られる構成価値論、本稿のしづ生産費

用=価値決定論についてである。ここでスミス

は進歩した社会あるいは文明社会においては労

働者の賃金のほかに資本家の利潤と地主の地代

を支払わねばならない、これらの追加分の費用

のためにもはや投下労働は商品の価値の唯一の

規定要因ではないと述べた。また恐らくこの論

理を前提として、スミスは貨幣賃金の変化はす

べての商品の比例的変化を生じるという見解、

23

いわゆる一般的価格変化の見解を述べている

(WN, IT, pp.11-12)。これに対してリカードは

文明社会においても依然として投下労働論は成

立する、貨幣賃金の変化は手lj潤の逆向きの変化

を生じるとして反論したのだ、った(RW,I, pp.

22-23n, 46)。こうしたスミ スの構成価値論に

ついて留意すべき点として、第 lに投下労働量

が商品の価値の唯一の規定要因ではないこと 、

あるいは投下労働量と商品の価値が比例しない

ことの理由は、あくまで利潤の発生である。 リ

カードまたはマノレクスの議論においては投下労

働量と商品の価値の比例関係は、周知のとおり

均等利潤の成立を前提として諸商品の生産過程

の資本構成が不均等であるために成立しなくな

6)この叙述がある商品と交換される他の商品の投下労働

(支配労働)を意味するのか、ある商品の総額によって直接

雇用できる労働(本稿の雇用労働)を意味するのか、必ずし

も判断は容易ではないが、利潤の存在しない未聞社会では両

者の大きさは等しいので本稿の考察の目的にとっては大きな

問題ではな~'o取りあえず、新村 1987ほかによる通説に従

う次第である。

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るのだったが、スミスの議論においてそういう

認識が存在するとはいえない。筆者が示したよ

うに、リカードの議論において利潤の存在にも

拘わらず投下労働量と商品の価値が比例するの

は均等利潤の成立とし、う仮定の役割によるもの

であるが、スミスは資本家の利潤率が均等化す

る傾向をもっと考えながらも、均等利潤の成立

と価値決定の問題の関連にはそもそも気付いて

いなかったと思われる(WN,I , p. 57, 101) n。

第 2に貨幣商品の存在は暗黙に想定されている

と看なしてよいとしても、有効な役割を果たし

ていない。やはり筆者が示したように、リカー

ドの議論において商品の価格の絶対値の決定の

ためにはそれ自身の価値が一定不変である貨幣

商品の定義という仮定が不可欠である。スミス

は商品の価格は商品の価値と貨幣の価値の比率

である、そして商品の投下労働量と貨幣の投下

労働量の比率であると考えていたが、このこと

が価値決定の問題において一定の意味をもつこ

とを述べていない(WN,I, pp. 311-12)。むし

ろスミスは貨幣の価値は貨幣需給の状況に依存

して変動する不安定なものであると考えていた

から、スミスにとって貨幣は不変の価値尺度と

はなりえないのである(明別, I, pp. 34-35)。

第 3に、賃金費用、利潤費用、地代費用の合計

として決定した商品の価値総額を雇用労働によ

って測定するという形式において、価値決定の

問題と価値尺度の問題は互いに別々の問題とし

7) スミスは閉じ第6章において均等な利潤率および不均

等な資本構成のケースを想定して数値例を提示している。す

なわち 2人の企業家が、主任主主記の監督労働のもと、等しい

数の職人、異なる質の原料を雇用して利潤の後得を試みる。

一方は賃金費用300£ +原料費用700£ に対して利潤100£ 、

他方は賃金費用300£ +原料貸用7000£ に対して利潤730£ を

獲得するという。しかしスミスはこの数値例を、監督労働が

等しいときも利潤は異なること、利限lは監督労働の賃金では

ないこと、利潤は賃金と異なる原理によって規制されること

を主張するために提示したのである。そしてそのために「労

働の全生産物は必ずしもつねに労働者に属さなし、」のであっ

て、ゆえに投下労働は商品の価値の唯一の規定要因ではない

のである。従って数値例は投下労働が等しいときも商品の価

値は異なることを主張するものではないし、そのような主張

はスミスの叙述の理路のなかに居場所を見つけることもでき

ない。やはりスミスは均等利潤の問題についても、資本構成

の問題についても、それらが価値決定の問題と重要な関連を

もつことを自覚していなかった(WN.I, pp. 50-51)。

て整合的に併存している。以前の段階の議論か

ら見るなら、価値決定の要因は投下労働から生

産費用へ、価値尺度は支配労仰jから雇用労働へ

と各々の内容は変化している。しかし前者は商

品の生産に投入された唯一/諸々の生産要素の

実質/名目費用による価値の決定、後者は商品

と直接/間接に交換される本源的な生産要素の

実質費用による価値の測定という意味におい

て、両者の論理は各々一貫しており、そうした

形で併存しているのである。

こうしてスミスの文明社会の価値決定論であ

る構成価値論の論理構成が基本的に解明でき

た。あくまでリカードの労働価値理論の論理構

成と比較して、また理論的な問題に関する考察

として、以下のように整理することができる。

すなわちスミスのいう進歩した社会あるいは文

明社会においては、手lj潤が存在すること、均等

利潤が成立しないこと、貨幣商品が存在しない

こと、 資本構成が均等で、あることが仮定されて

いる。そして利潤が存在するがゆえに投下労働

は商品の価値の唯一の規定要因ではない、従っ

て価値決定論として構成価値論が採用される

が、価値尺度論としては雇用労働論が採用され

る。ただし先述のとおり均等利潤および貨幣商

品について文字どおりスミスの議論のなかで成

立しないとか存在しないとかいうわけではない

が、しかしスミスはこうした仮定の問題と価値

の問題の関連を十分に認識していたとは言えな

いから、 ここでは事実上成立しない、存在しな

いと看なす。また資本構成について文字どおり

スミスがこれを均等であると仮定していたわけ

ではないが、そもそも資本構成が均等であるか

不均等であるかという問題自体がスミスの議論

においては存在しなし、から、本稿では議論の単

純化のために一貫して均等であると看なす。こ

うした整理の仕方が承認されるなら、スミスの

議論では均等利潤の成立と貨幣商品の定義とい

う2つの仮定が欠如していたために生産費用論

の立場に留まることになったが、リカードの議

論ではこれら 2つの仮定が採用されたためにス

ミスの議論を発展させて、構成価値論から投下

24 -

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スミスとリカードの価値理論の比較検討

労働論へ移行することができたと言うことがで

きる。これらの点を具体的に論証することが次

章以降の課題となる。

3.スミスから リ力一ドへの価値理論の

発展過程

スミスの価値理論の論理構成を前章で示した

ように整理することによって、スミスとリカー

ドの価値理論を一定の視点から比較検討するこ

とができる。以下ではスミスからリカードへの

価値理論の発展過程を 4つの段階に分けて各々

を定式化しながら、価値決定の問題について投

下労働論生産費用論投下労働論、価値尺度

の問題について支配労働論一雇用労働論一投下

労働論、として移行してし、く過程を再構成して

いきたい。なお地代の問題については以下では

議論の単純化のために捨象し、地代の存在しな

し、社会を想定して検討する。従って主要な問題

は利潤の発生をどのようにして扱うかであ

る8)。

第 l段階としてスミスのいう未開社会につい

て検討する。ここでは労働者は独立生産者とし

て、産出の全額を所得として獲得する。あるい

は賃金概念の存在を認めるなら、賃金の総額は

産出の総額に等しい。そして商品と商品は両者

の生産に投下された労働量が等しくなるような

分量同士で交換される、そして商品と商品の交

換が等価交換となるように両者の価値あるいは

交換比率が決定するのだ、った。これを商品[A]

と商品[BJの価値関係として次のようにして

表すことができる。

wLA=pAA=psB=wLn (1)

ここで商品[A]の投下労働量LA,産出量A、

価格 PA、商品[BJの投下労働量LB、産出量

日)リカードは差額地代理論を用いて地代を分析治、ら排除

することによって、地代の存在する現実的な社会においても

労働価値理論が厳密に成立することを示した (RW, I, pp

113 15)。スラッファのいうとおり、リカードはスミスと異

なる方法、然るべき方法により地代を処理することによって

賃金と利潤の分配の問題を整然と扱うことができたのである

(Sraffa 195 J, pp.ロiii)。

B、価格 pB、両者の生産において均等な労働

量あたり貨幣賃金w、両者の投下労働j量は互い

に等しい( LAニ Ls)。そして両者の投下労働

量および産出量の値が与えられたとき、両者の

交換比率は産出量あたり投下労働量の比率とし

て決定し、さらに貨幣賃金の値が与えられたと

き、各々の価値の絶対値も決定する。こうした

意味において、商品と商品の投下労働量が等し

いこと、かっ両者の賃金が均等で、あることを前

提として商品の価値は投下労働を唯一の規定要

因として決定するのである。これがスミス<投

下労働=価値決定論>である9)。 さてスミスは

商品の価値はその商品と交換される他の商品の

投下労働、すなわち支配労働jによって測定する

べきだと述べたのだった。しかし等価交換され

る商品と商品の投下労働量は等しいのだから、

スミスはつまり価値を決定する投下労働量と等

しい大きさの支配労働量によって価値を表現す

ると言っているのであって、事実上は同義反復

である。これがスミスの<支配労働u=価値尺度

論>である 10)。

第 2段階としてスミスのいう進歩した社会あ

るいは文明社会について検討する。これは未開

社会のケースに<利潤の存在>という仮定を追

加したものであり、資財を所有する資本家が、

資財を所有しない労働者を雇用して生産を行う

社会である。そして利潤の発生のために商品と

9)本文中ではL,=L,の仮定があるが、この仮定をはず

して一般的にいうなら、交換比率は、 p,.Jp s‘= (L,.JA)/(L,J

B)として決定する。 P,, p"の各々は、wの値に依存して

決定する。スミスは恐らく未開社会の議論では、投下労働盆

の比率が商品と商品の交換価値を規定する「唯一の事情」で

あることのみが重要だと考えたために、個々の商品の価値の

絶対値が賃金の値に依存して決定することには言及しなかっ

たのである。ただし交換比率の決定のためにも投下労働が公

平に評価されることは前提でなければならないし、スミス自

身も異質労働の賃金格差による評価に言及しながら、未開社

会においても「これと同穫のなにごとか」があったと言って

し、るから、賃金概念を便宜的に議論に導入しても許されるは

ずである(WN,I , p. 49)。

10)従って投下労働=価値決定論と支配労働=価値尺度論

は論理的には向義である。しかしここでのスミスの価値尺度

の議論は文字どおりの価値の絶対値の測定を目的とするので

はなく、まさに投下労働と支配労働の交換に注目するもので

あった。すなわらマノレクスのいうとおり、スミスの真意は「私

の労働は社会的労働と してのみ」現実的な意味をもっという

見解にあった(TSV,l , pp. 46-4 7)。

Fh1u

n4

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商品は両者の生産に投下された労働量が等しく

なるような分量同士では交換されないのだっ

た。このときの価値関係は次のようにして表す

ことができる。

(l+πA) wL1=pAA手psB=(1 +πs) wLs (2)

ここで前出の記号に加えて財貨[A]の生産に

おける利潤率 πA、財貨[BJの生産における

利潤率 πB、やはり L.,=L Bである。そして商品

と商品の投下労働j量が互いに等しくても、両者

の利潤率が等しくないなら両者の価値総額も等

しくないことは明らかである。スミスは利潤率

の均等化の傾向に言及しながらもやはり均等利

潤の成立と価値決定の問題の関連には気づいて

いなかったから、商品と商品の交換比率は産出

量あたり投下労働j量の比率として決定するとは

言えなくなった。従ってスミスは投下労働を商

品の価値の規定要因のうちのーっと看なしなが

らも、各々の商品の価値は個々別々に、ただ単

に、賃金費用と利潤費用の合計として決定する

と言わぎるをえなくなった。またこのためにス

ミスは貨幣賃金の変化はすべての商品の価格の

比例的変化を生じるという見解を当然のように

提示することになったので、ある。これがスミス

の構成価値論あるいは<生産費用=価値決定

論>の内実である。さて投下労働量が等しいと

き等価交換が成立しないのだから、等価交換が

成立するとき投下労働量と支配労働量は等しく

ならない、そして支配労働量の大きさは利潤率

の相違の程度に依存して変化する。こうして未

聞社会のように支配労働によって商品の価値を

正確に測定することはもはや不可能となるか

ら、スミスは支配労働概念の内容を変更して、

商品の価値総額によって直接雇用できる労働、

すなわち本稿のいう雇用労働を新たに価値尺度

とした。次のとおりで、ある。

(1 +π;) WLA= pAA=wLc (3)

ここでスミスのいう支配労働量すなわち本稿の

いう雇用労働j量Lc、当然Ls< Leて、ある。そし

て投下労働量、産出量、手lj潤率、貨幣賃金の値

が与えられたとき、商品の価値の値は決定する。

こうして決定した商品の価値総額は雇用労働を

価値尺度として測定される。これが<雇用労働

=価値尺度論>である。なお本来の支配労働Jに

ついても本稿のいう雇用労働についても、それ

が価値尺度として商品の価値を正確に測定する

ためには労働の価格である貨幣賃金が一定不変

であることが前提である。スミスの価値尺度は

分配の変化の存在しないときのみ有効で、あると

いう制約を終始もっていたlI)。

第 3段階として、スミスの文明社会のケース

に<均等利潤の成立>の仮定を追加して検討す

る。先述のとおりスミスはこの均等利潤の成立

の傾向を示唆しながら価値決定の問題との関連

を見落としたために、投下労働l論の成立の範囲

を未開社会に限定した。しかしこの点について

リカードがスミスを批判しているように、そし

て筆者が以前の研究で示したように、利潤の存

在するときでも均等利潤の成立という仮定を置

くなら当初の投下労働論は依然として成立す

る。一定の条件のもとで均等利潤の成立は、商

品と商品の交換比率に関する労働価値理論の成

立と同義なのである。次のとおりである。

(l+π) wL=p.ill=psB= (1 +π) wLn (4)

ここで利潤率πは、商品[A]と商品[BJの

両者の生産に関する均等利潤率である。明らか

に、利潤率が均等であるために以前の不等号が

等号になっている。すなわち均等賃金および均

等利潤の存在を前提として、商品と商品は両者

の投下労働j量が等しくなるような分量同士で交

換される、そしてこの交換が等価交換となるよ

うに両者の価値あるいは交換比率が決定する。

ただし正確にいうなら、ここで商品と商品の産

出量あたり投下労働量の比率として決定するの

は両者の交換比率であって、各々の価値の絶対

値ではない。貨幣賃金の値が与えられたとして

も、均等利潤率の絶対値と価値の絶対値はとも

11)未聞社会の議論では価値の絶対値の決定は重要ではな

かったが、文明社会の憐成価値論では生産費用の貨幣額の合

計によって決定するのはまさに商品の価値の貨幣額あるいは

絶対値である。従ってスミスの価値尺度もここで初めて、リ

カードのし、う意味に近い価値の絶対値の測定という役割を求

められることになる。そして商品の価値総額と雇用労働量の

関係は、 pAJL,= w だから、貨幣賃金の変化が両者の関

係の変化を生じることは明かである。

po nd

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スミスとリカードの価値理論の比較検討

なって変化しうるから一意に決定しないのであ

る。これがし、わば文明社会の投下労働=価値決

定論であり、リカー ドの<投下労働=交換比率

決定論>である 12)。さてリカードは不変の価

値尺度としてスミスのいう支配労働、本稿のい

う雇用労働Jの有効性を否認して、投下労働を採

用することを主張している。ところが明らかに、

雇用労働が価値尺度として機能するためには以

前と同様に貨幣賃金が一定不変であることが前

提であるが、投下労働が価値尺度として機能す

るためには貨幣賃金と利潤率がともに一定不変

であることが前提である。すなわち雇用労働と

投下労働はともに商品の価値との関係について

分配の変化の影響を被るのであり、しかも投下

労働のほうが制約が多い。従ってこの段階では

リカードによるスミスの支配労働尺度の批判は

成功していないのである。

第4段階として、スミスの文明社会のケース

に今ひとつく貨幣商品の定義>の仮定を追加し

て検討する。スミスは貨幣の価値は貨幣需給の

状況に依存して変化すると考えたために、貨幣

に代わる真の価値尺度として支配労働を採用す

ることを主張したのだ、ったが、リカードは貨幣

商品の生産条件を一定不変であると仮定したう

えで、そのような貨幣を不変の価値尺度として

採用したのである(WN,I , pp. 34-35; RW, I ,

pp. l 7n, 27 28)。そしてやはり筆者が示したと

おり、こうした貨幣商品の定義はリカードの労

働価値理論の成立にとって均等利潤の成立の仮

定と並んで決定的に重要である。次のとおりで

ある。

(1 +π)wL=pAA=G= (1 +π) wLo (5)

ここで貨幣商品[G]の投下労働量LG、産出

12)本格のいうリカー ドの交換比率論は操作概念である

が、『原理』第 l章曹頭から貨幣商品が導入されるまでの部

分がこれに近いと看なしてよい。商品と商品の交換比率の決

定に関する数値例による議論では確かに均等利潤の成立が必

要な仮定となっていることが分かる (RW, I , pp. 12-27)。

本稿でも均等利潤の成立のために交換比率はふたたび、 p,J p,.=(L.JA)/(L,JB)として決定する。 しかし価格と貨幣

賃金と利潤率の関係が確定していないから、 P'・ P”の各々

は、 wの値が与えられても決定しない。従ってまたスミスの

一般的価格変化の見解を否定することもできない。

量G、ただし LA= Loである。そして以前と同

様に均等賃金および均等利潤の存在を前提とし

てこの等式は成立するが、 ここでは一般商品と

貨幣商品が両者の投下労働量が等しくなるよう

な分量同士で交換され、 この交換が等価交換と

なるように一般商品の価格が決定する。一般商

品の価格とはその商品と交換される貨幣商品の

分量を意味するからである。ここで貨幣商品の

生産条件が一定不変である限り、一般商品の価

格はその商品の産出量あたり投下労働j量を唯一

の規定要因として決定する ことが分かるだろ

う。そしてこのとき一般商品の価格の絶対値は

決定し、さらに貨幣賃金の値が与えられたとき

均等利潤率の絶対値も決定する、しかも貨幣賃

金と均等利潤率のいずれの変化も価格の絶対値

には影響しえない。従ってまた貨幣賃金の変化

は価格の変化を生じることはできず、手lj潤率の

逆向きの変化を生じるのみだから、先述のスミ

スの一般的価格変化の見解は否定される。これ

がリカー ドの<投下労働=絶対価格決定論>で

ある 1:1)。さてここでふたたび雇用労働jと投下

労働の価値尺度としての有効性について考えて

みるなら、雇用労働が価値尺度として機能する

ためには以前と同様に貨幣賃金が一定不変であ

ることが必要であるのに対して、投下労働につ

いてはもはやし、かなる分配上の制約も存在しな

い。貨幣賃金と均等利潤率のいずれかが変化し

でも、貨幣商品の定義という仮定の役割のため

に投下労働は商品の価格の絶対値をつねに正篠

に測定するのである。こうしてリカードによる

スミスの価値尺度論の批判は成功し、支配労働

あるいは雇用労働よりも投下労働が価値尺度と

して優位であることが明らかになる。これがリ

13)本稿のいうリカードの絶対価格論はやはり操作概念で

あるが、『原理』第 l:章の貨幣商品の導入以降の議論はこの

論理を少なくとも背景として成り立っていると看なすことが

できる。リカードは投下労働量が 定不変、ゆえにその価値

が一定不変の貨幣商品を導入することによって、価格を確定

しようとしている(RW,I pp. l 7n, 27 28)。本稿では貨幣

商品の定義のために価格の絶対値は、 P"=(L.JA)。として

決定する。ただし α=(G/LG)である。貨幣賃金と利潤率

の関係は、( 1+π)w=aとして確定する。明らかに、 w上

昇はπ低下のみを生じる。

ク’つ’LH

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カードの<投下労働=価値尺度論>である l •l )。

こうしてスミスからリカードへの価値理論の

発展過程の理論的側面をある程度解明すること

ができた。それはスミスの最も単純なケースで

ある未開社会のケースから出発して、議論のた

めの仮定を順次追加しながら想定を具体化して

いく過程として整理することができた。その過

程のなかで価値決定論と価値尺度論の各々が順

次発展していく次第を確認する ことができた。

そして価値決定の問題について、構成価値論あ

るいは生産費用論から投下労働論への発展は均

等利潤の成立を決定的な契機とすること、価値

尺度の問題について、雇用労働論から投下労働

論への発展は貨幣商品の定義を決定的な契機と

することが分かるだろう。これらの点、を踏まえ

て、次章でリカードによるスミスの価値理論の

批判の論点を確認したうえで改めてリカードの

議論の意義について検討したい。

4. リカードの労働価値理論の歴史的意義

リカードの労働価値理論の歴史的意義を検討

することとは、スミスの価値理論をどのように

批判することによってリカードの労働価値理論

が生まれてきたのか、スミスの価値理論と比較

してどのような点についてリカード、の労働価値

理論が憧れているのか、異なっているのかとい

った問題を明らかにすることである。この問題

について、前章でのスミスからリカードへの価

値理論の発展過程に関する考察を踏まえて検討

する。

まずリカード、自身によるスミスの価値理論に

対する批判として、周知のとおり『経済学およ

14)こ こで商品の価値総額と投下労働盆の関係は、 P,A/

L,= u だから、貨幣商品の生産条件を表すaのi直が一定不

変であるかぎり、投下労働は分配の変化にも拘わらず商品の

価格の絶対値を正確に測定する。スラッアァによると、リカー

ドの価値尺度の深求の目的は「分配における変化に真面して、

異なった種類の商品の総額の大きさの変化を測定すること j

だったという。スラップアのこの主張がスラッファの自身に

よる価値理論の修正の問題に関連する文脈とは異なる場所で

確認できたことは興味深いことかもしれない(S目的 1951,

p刈1x)。

び謀税の原理』第 l業において以下の 3つの論

点、を見出すことができる。第 lに価値尺度の問

題について、リカードはスミスが投下労働J尺度

と支配労働j尺度を混同しているとして批判した

のだった。次のとおりである。

「・ 0・・ 0アダム ・スミスは、自ら別の価値の

標準尺度をたてて、この標準尺度の多量ま

たは少量と交換されるに比例して物の価値

が大となり 小となる、と論じている。彼は

標準尺度として、ある時には穀物を、他の

時には労働を挙げている、ただし、それは

なんらかの対象の生産に投下された労働j量

ではなくて、それが市場において支配しう

る労働量である、あたかも、これら二つの

表現は同意義のものであるかのように

・..0 」(RW,I, pp. 13-14)

ここでリカードのいう「支配しうる労働量j と

は本稿のいう雇用労働量であるから、雇用労働

から投下労働への価値尺度の移行の問題であ

る。そして前章で示したとおり 、この問題は本

質的には分配の変化にも拘わらず商品の価値を

正確に測定する価値尺度を探求することであっ

て、リカードはこの問題の解決に一定の成功を

収めたのだ、った。スミスは実際には投下労働jと

支配労働jを混同していたわけではないのだが、

それにも拘わらずリカードによる雇用労働論の

批判と投下労働l論の提起はリカード自身の分析

目的にとって正当な主張であったと言わねばな

らない15)。第 2に価値決定の問題について、

リカードはスミスが資財の蓄積のために利潤の

存在する文明社会に関する議論において、投下

労働論を放棄したことを批判した。次のとおり

である。

「 -アダム・スミスは、さまざまの対象

を獲得するのに必要な労働j量のあいだの割

15)スミスの投下労働尺度と支配労働尺度の混同という議

論はリカードのこの見解から生まれた。新村 1987, pp. 84-87

によると、リカードこそスミスの価値起源論と価値原因論を

混同しながら、事実誤認に基ついてスミスの価値尺度論を批

判しようとしたという。新村 1988, p. 42のいうとおり、確

かにリカードはリカー ド自身の課題に対する解決手段として

スミスの理論を検討したのである。

-28 -

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スミスとリカードの価値理論の比較検討

合だけが、これらの対象を互いに交換しあ

うための規則を与えうる唯一の事情であ

る、という原理を十分に認知していたにも

かかわらず、しかもなお、その適用を、資

本の蓄積と土地の占有とに先行する初期未

聞の社会状態に限定し、利潤と地代とが支

払われなければならなくなれば、これらの

ものが、諸商品の生産に必要な単なる労働

量とは無関係に、それらの商品の相対価値

にいくらかの影響を及ぼすかのように考え

ていた・ 一。」(RW,I , pp. 22-23n)

そしてリカー ドは「資本の蓄積の効果」を分析

せねばならないと述べたのだが、これには利潤

の発生および均等利潤の成立の効果を分析する

ことが含まれると考えられる。そして実際、こ

の文章に続いて均等利潤の成立と貨幣商品の定

義という仮定、ならびに均等な資本構成という

仮定のもと、手lj;潤の存在する社会においても投

下労働論が成立するという内容の議論が展開さ

れる。 こう した議論を基礎としてリカート、は利

潤率の傾向的低下の命題の論証を試みたのであ

って、 この点についても一定の成功を収めてい

る(RW,I , pp. 48 49, 115) lfi) 0 第 3に価格変

化の問題について、リカードはスミスによる貨

幣賃金の上昇はすべての商品の価格の比例的上

昇を生じるという見解、いわゆる一般的価格変

化の見解を批判している。次のとおりである。

[。 アダム ・スミス、および彼を継いだ

すべての著者が、私の知っているかぎり一

人の例外もなく、労働lの価格の騰貴は、

様にすべての商品の価格の騰貴を伴うであ

ろう 、と主張したことを述べておくのが適

当であろう。私は、このような意見にはな

んらの根拠もないこと、および賃銀が上昇

するばあいには、それで価格が評価される

媒介物よりも、より少ない固定資本がそれ

16)リカードは資本蓄積と収穫逓減のために、投下労働量

の増加 賃金財価協の上昇 貨幣賃金の上昇利潤率の低下

という過程が継起寸ることを説明している (RW, I , pp. 48

49, 114 15)。 リカードは労働価値理論を理論的核心として

利潤率の傾向的低下の命題を論証することを主要な分析目的

としていた(Peach1993, pp. 143-44)0

に使用された商品の価格のみが騰貴し、ま

たより多くが使用された商品の価格はすべ

てたしかに下落するであろう,ということ

を説明するのに成功したつもりである。J

(RW, I , p. 46)

ここでは労働価値理論の修正の問題が念頭に置

かれているために必ずしも明確ではなくなって

し、るが、要するに貨幣賃金の上昇は均等な資本

構成のもとでは価格の変化を生じずに利潤率の

低下を帰結するという認識に基づいて、貨幣賃

金の上昇が一般的に商品の価格の上昇を帰結す

るとはいえないと主張しているのである。この

ようにしてスミスの一般的価格変化の見解を否

定する論理が、リカードが利潤率の傾向的低下

の命題を論証するときの基礎であったことは明

かであろう。以上、総じてリカードの論点は、

利潤の存在する社会においても投下労働=価値

決定論および投下労働=価値尺度論に基づいて

商品の価格の絶対値を決定または測定するとい

う問題、そして貨幣賃金の上昇が利潤率の低下

を帰結するという命題を論証するという問題に

関連しているのである。

こうした点を踏まえてリカードの労働j価値理

論の特色をスミスの価値理論と比較しながら以

下のように整理することができる。第 lにリ

カードの労働価値理論は生産条件を重視する分

析を構成しているということである。スミスの

構成価値論において商品の価値は賃金費用と利

潤費用の合計として決定するのだ、ったが、その

諸費用は社会の一般的事情あるいは長期的な需

要条件に依存するという(WN,I , p. 57)。と

ころがリカードの労働価値理論においては商品

の価格はつねに投下労働を唯一の規定要因とし

て決定する。従ってスミスの議論では文明社会

の成立とともに需要条件の問題が価値決定の問

題に直接関与してくるが、リカードの議論では

終始一貫して生産条件の問題がすなわち価格決

定の問題であったげ)。 第 2にリカー ドの労働j

価値理論は投下労働量と商品の価格との排他的

な関係、円環的な関係、すなわち両者の比例関

係を分析の基軸にしているということである。

。Jつ&

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スミスの価値理論は投下労働をふくむ生産費用

に基づいて決定した商品の価値を、雇用労働に

よって測定するという直線的な関係を基軸にし

て構成されている。ところがリカードの労働価

値理論では投下労働に基づいて決定した商品の

価格を、同じ投下労働によって測定するという

円環的な関係が基軸である。スミスの議論では

こうした円環が完結していなかったために需要

条件の問題が直接介在してくるのであるが、リ

カー ドはこの価値決定と価値尺度の円環を投下

労働の問題あるいは生産条件の問題として閉じ

たので、ある。第 3にリカー ドの労働価値理論は

貨幣賃金と利潤率の相反関係を今ひとつの基軸

にしているという ことである。 この関係は投下

労働量と商品の価格の比例関係の必然的な帰結

である。スミスの価値理論ではこの関係が確立

していないから、貨幣賃金の変化は商品の価格

の変化を生じるという見解が容認されたのであ

るが、リカードは生産条件の問題として価値決

定と価値尺度の問題を再構成することによっ

て、投下労働量と商品の価格の比例関係を確定

し、さらにこの貨幣賃金と利潤率の相反関係を

確定したのである。先述のとおりスミスの一般

的価格変化の見解を否定することは、リカード

が利潤率の傾向的低下の命題を論証するときの

不可欠な基礎であったJR)。

こうした議論が成立するために必要な仮定の

採用をリカー ドの議論の今一つの特色とするな

ら、第4にリカー ドの労働価値理論は均等利潤

の成立と貨幣商品の定義という 2つの仮定を本

質的な前提として成立するということである。

前章で示したように均等利潤率の成立と貨幣商

17)ただし、中村 1996, pp. 319:,福田 2000,p. 126のい

うとおり、リカードの自然価絡の成立あるいは労働価値理論

の成立の前提として需要条件の役割は不可欠である。この役

割に基づいて、生産部門間の資本移動が生じ、均等利潤が成

立し、そして本稿でむ示したとおり労働価値理論が成立する

のである。

18) Sraffa 1951, Dobb 1973; Garegnani 1987; Peach 1993

はリカードの分析の核心として貨幣賃金と利潤率の相反関係

をとくに重視して、あるいはこれを 「剰余の原理」と呼ぶ。

ただし、福田 2000. pp. 127-28のいうとおり、リカードの

剰余の原理は労働価値理論の論理の基礎において固有の形式

をもって成立するものだった。

品の定義という 2つの仮定のもとで、リカード

の投下労働=価値決定論と投下労働=価値尺度

論はともに成立する。 このときリカードによる

スミスの価値理論の批判、すなわち支配労働尺

度の批判、投下労働論の放棄の批判、一般的価

格変化の見解の批判という論点は一定の範囲に

おいて正当化できる。そして同時に上述の リ

カー ドの議論の特色、すなわち生産条件を重視

する、投下労働量と商品の価格の比例関係を基

軸とする、貨幣賃金と利潤率の相反関係を基車rl1

とするという特色が鮮明になる。こうしてスミ

スの価値理論は2つの仮定の欠如によって、リ

カードの労働価値理論は 2つの仮定の採用によ

って各々特徴つけることができる。またここで

商品の価格が投入費用と均等利潤の費用の合計

として決定するという論理を生産費用論と呼ぶ

なら、リカー ドの労働価値理論はこの2つの仮

定のもとで成立するという意味において、まさ

に生産費用論の論理に基づく投下労働論の論理

をその内容とするという ことができるのであ

る。ただし本稿では均等な資本構成という仮定

を今ひとつの前提として考察を進めてきたのだ

ったが、もしこの仮定が存在しないならリカー

ドの労働価値理論は厳密には上述のような形で

は成立しない。とりわけ投下労働量と商品の価

格の比例関係は、周知のとおり不均等な資本構

成のもとでは必ずしも成立しない。労働価値理

論の修正の問題である(RW,I , p. 30, 38)。

この問題の検討は本稿の課題の範囲を越えるの

であるが、リカードーの労働価値理論について検

討するとき本来無視しえない問題であることは

言うまでもない。ここではこの問題の評価が、

リカー ドの労働価値理論の特色として示した上

記の4つの論点をどのように評価するべきか、

とし、う問題の判断に依存しているということの

みを指摘しておきたい。

以上により明らかになったのは、リカー ドの

労働価値理論は均等利潤の成立と貨幣商品の定

義という 2つの仮定を前提として成立し、価値

決定論と価値尺度論を主要な内容とする議論で

あったということ、そして利潤率の傾向的低下

- 30 -

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スミスとリカードの価値理論の比較検討

の命題を論証するための一定の基礎となる議論

であったという ことである。 ここで、投下労働=

価値決定論は利潤の存在する社会においても貨

幣賃金の上昇が利潤率の傾向的低下を帰結する

ことを論証する議論、投下労働=価値尺度論は

貨幣賃金または利潤率の変化にも拘わらず商品

の価格を正確に測定することを可能にする議論

であったから、結局のと ころリカードの労働価

値理論は、価値の分析を基礎とする分配の変化

の分析を経済理論の主題とすることを志向する

議論であったといえる。さらにスミスは経験的

見地から貨幣賃金を一定不変と看なしながら貨

幣価値の歴史的変化を追跡したのだ、ったが、こ

れはスミスの需要条件を重視する、支配労働尺

度を採用する、そして重商主義政策を批判する

という立場に関連 している。これに対してリ

カー ドは方法論的に貨幣価値を一定不変と看な

しながら収穫逓減状況における貨幣賃金の変化

の帰結を論証したのだ、ったが、これはリカー ド

の生産条件を重視する、投下労働尺度を採用す

る、穀物条例を批判するという立場に関連して

いるのである 19)。

おわりに

本稿の考察ではスミスの価値理論の内容を価

値の起源/原因/尺度という 3つの問題に分類

する見解、およびリカー ドの労働価値理論の成

立を均等利潤の成立と貨幣商品の定義という 2

つの仮定の導入において見る筆者自身の見解を

承認する立場から、スミスからリカー ドへの価

19) スミスは労働の貨幣価絡はつねに生活必需品の平均

的 ・通常的価他に適用しているゆえに「労働は価値の唯一の

普遍的な尺度」だと述べた(WN,I , pp. 38-39)。そして、

小沼 l983. pp. 46-48によると、スミスIt韮商主義の貿易政

策と貨幣思想、を批判するためにこうした支配労働尺度を採用

したのだという。新村 I988, pp. 54 55によると、スミスは

重商主義政策による市場価格の上昇を批判するために支配労

働尺度を採用したが、リカードは穀物条例を批判するために

スミスの支配労働尺度を批判したのだという。なおリカード

は不変の価値尺度の存在を理論的に想定することが必要であ

ると主猿したのだったが、より現実的な政治経済の問題を議

論するときには貨幣価値の変動の問題を考!在していた (RW,

I . p. J 7n. 1・13)。

31

値理論の発展過程について検討した。そして生

産費用=価値決定論から投下労働=価値決定論

へ、および雇用労働=価値尺度論から投下労働

=価値尺度論へという 2つの側面を含む価値理

論の発展過程として、ス ミスの未聞社会のケー

スから出発して、スミスの文明社会のケース、

リカードの交換比率論のケース、リカー ドの絶

対価格論のケースに至るという 4つの段階の移

行を想定し、 この移行が、利潤の存在、均等利

潤の成立、貨幣商品の定義という諸仮定を順次

導入していくことによって再構成できるという

ことを明らかにした。

そしてリカー ドの労働価値理論の歴史的意義

として、リカー ドによるスミスの価値理論の批

判の論点を確認したうえで、生産条件を重視す

る分析、投下労働量と商品の価格の円環的な関

係を基軸とする分析、貨幣賃金と利潤率の相反

関係を基軸とする分析、均等利潤の成立と貨幣

賃金の定義という 2つの仮定を前提とする分析

を構築した点にある ことを指摘した。 これは リ

カードの労働価値理論がまさに生産費用論の論

理に基づく投下労働論の論理として成立するこ

とを意味するのだった。さらにこれらがリカー

ドの本来の課題である一般的利潤率の傾向的低

下の命題を論証すること、リカー ドの価値の分

析に基づく分配の変化の分析を志向する議論を

形成していることを指摘した。

筆者の木来の問題意識はリカードの労働価値

理論について、それが生産費用論の論理に基づ

く投下労働論の論理であるという認識に基づい

て、その特色または意義をどのようにして説明

するかにある。そしてまたリカードの労働価値

理論の論理構成を規範的概念としながら、古典

学派の価値理論の全体像をどのようにして把握

するかにある。本稿の考察はあくまでその一環

である。その一環としてスミスの価値理論から

リカードの労働価値理論への発展過程について

検討し、リカードの議論の固有の意義を浮き上

がらせるように努めたものである。

今後の課題としては、第 lにリカー ドの労働

価値理論の修正の問題を視野に入れて、いわば

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本稿の考察の続きを行うことである。本稿の考

察では終始、均等な資本構成の仮定を前提とし

て扱ってきたが、不均等な資本構成の仮定を導

入することによってリカードの議論が変容する

ことは説明するまでもないだろう。 しかしこの

ときリカードの労働価値理論が固有の意義をも

っとすれば、それはどのようなものになるのか、

この点を明らかにしたい。第 2にリカードの労

働j価値理論とマ/レクスの剰余価値理論の比較検

討を、本稿の考察を踏まえて行うことである。

従来、スミスからリカードそしてマルクスへと

至る価値理論の発展の系譜が、あるいはリカー

ドからマノレクスそしてスラッフアへと至る剰余

理論の発展の系譜が当然のように語られてき

た。 しかし筆者はこうした理解はいずれも間違

いであると考えている。 こうした点を明らかに

しながら古典派価値論の新しい全体図を提案し

たい。本稿の考察はこうした課題を遂行してい

くための前提として不可欠な作業であった。

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