光沢アルミニウムめっきの 研究から次世代の新たな...
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銅とニッケルの多層めっき層の構造解析
松本研究室では、「銅とニッケルの多層めっきの研究」を行っており、多層膜をどのように生成するかによって、最終的なめっき膜の耐摩耗性が変化していくことを突き止める研究を行っている。
一般的に、耐摩耗性という話になると、硬質めっきが使われて
いたり、材料としてはチタンなどが使われていたりするが、同研究室での研究はそれとは違っていて、どちらかというと基礎研究という範ちゅうになる。したがって、この技術を販売ベースに持っていくことは考えておらず、アカデミックな話として研究しているという。内容的には、多層膜を構成する単膜の厚さを徐々に薄くし
ていった時に、表面の性能がどのように変化していくのかを測定していることになる。
研究では、銅とニッケルの膜厚を均一ではなく、片方が厚くもう一方が薄いという状態など様々な条件の膜を作製して検討を行っている。実際にはニッケルが銅に比べて厚い関係にある条件において耐摩耗性の成果が上
多層めっき構造の解析や光沢アルミニウムめっきの研究から次世代の新たな材料を探索
アカデミアシリーズ:第 55 回
神奈川大学工学部物質生命化学科の松本研究室では、めっきをはじめとする電気化学やコンビナトリアル化学の研究を行っている。 その研究の中で、ここ最近の研究成果として、「銅とニッケルの多層めっきにおけるめっき層の構造研究」や「光沢アルミニウムめっきとその陽極酸化によるポーラス構造の作製」などがある。 いずれも基礎的な研究というが、界面部分の解析など、めっきの本質を探る意味でも注目に値すると考えられる。また、現在研究中のテーマとしては、「熱電変換フィルムをめっきで作る研究」で、湿式法により作製したフレキシブル熱電材料の熱電変換特性の向上に取り組んでいるという。 今回は、ここ数年の間の代表的な成果である、それら3つのテーマを取り上げさせていただき、その研究内容や成果、今後の展開などについて、松本 太准教授、金子信悟博士に話をうかがった。
神奈川大学工学研究所博士(工学) 金子 信悟
(Kaneko Shingo)氏
神奈川大学工学部物質生命化学科准教授 博士(理学) 松本 太
(Matsumoto Futoshi)氏
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がっていることから、ニッケルめっきの中での結晶構造がどのようになっているのかを解析している。
すでに、多層
め っ き で 銅 とニッケルを交互に繰り返し積層させていくことによって(図 1)、耐摩耗性が上がるというのは解明されていることだが、それを膜内の構造を詳しく丹念に調べていった研究があまりないということで、膜厚を実際に薄くしていくと膜内でどのような変化があるのかを調べているということを説明してくれた。
例えば、銅とニッケルをそれぞれ 100 nm ずつ積み上げていったものを、50 nm、25 nm、10 nm とすると次第に耐摩耗性が向上してくるが、それは厚さの因子だけではなく、10 nm にした時に形成される結晶の因子が影響を及ぼしてくると考えられる。そこで、この部分に注目し、透過電子顕微鏡(TEM)などの手法を使って構造の細かい部分について結晶構造を追求していこうという研究を現在進行中とのことである。「膜厚を薄くすると耐摩耗性
が向上するというデータや、膜厚を厚くするとバルクの材料表面が堅くなってくるといった研
究成果がすでに報告されている。そこで、そこからもう一歩進めていこうというのが研究室の方針であり、結晶構造を解析するのはもちろんのこと、銅とニッケル層の界面はくっきりと分かれているわけではないので、その界面における銅とニッケルの合金層ができている箇所の状態やメカニズムを丹念に追っていくという研究を行っている」と松本氏は語る。
界面部分の解析に傾注多層膜の場合、膜の厚さに
よって構造が変わってくるというより、銅とニッケルの境界面では、綺麗にクッキリと分かれているわけではなく、本研究の電析方式上、必然的に融合する層として銅とニッケルの中間層のようなものが形成されていることになる。その部分では、いわゆる銅とニッケルの合金の
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図 1 Cu / Ni 多層膜の断面 SEM 像
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ような状態になっていると考えられる。したがって、今までの100 nm の厚さで考えれば中間層の影響は低いが、10 nm、20 nm の厚さになってくると中間層の割合が高くなるため、影響を考えないわけにはいかない。
さらに、銅とニッケルだけではなく、薄いスズの中間層を入れると摩耗性が上がるので、その研究も進めているという。「私たちの研究室では界面に注目している。銅とニッケルの界面を操作すると、耐摩耗性が上がるが、メカニズムの解明には至っていない。しかし、銅とニッケルの界面でズレが起きる時に、第 3 層を入れることで問題を回避することができるようになることも分かっている。その第 3
層としてスズを混入させる研究も行っている」という。さらに最近は、単に銅、ニッケル層を単純にめっきするのではなく、銅あるいはニッケル単層を形成する際に一度に作製するのではなく、定電流パルスを繰り返して作製することにより、多層膜の耐摩耗性が向上することを見出しており(図 2)、その原因が多重定電流パルスによってNi層中に形成される数nmオーダーの薄い銅層が形成されることにあると報告している(図 3)。
この研究成果を追求すれば、「これまでにない耐摩耗性材料を安価な材料で提案できると考えている」ということである。また、利用場面や状況によっては耐摩耗性材料のローコスト化
図 3 Cu / Ni 多層膜断面の STEM 像 (1) および STEM 像に対応する元素分布図(a) Cu およびニッケル層を 1 回の定電流パルスで作製した場合 , (b) Cu およびニッケル層を 5 回の定電流パルスで作製した場合
図 2 Cu / Ni 多層膜の摩耗損失量比較 . 図中の 200 nm x 1 time は 200 nm 単層を1回の定電流パルスで作製したことを意味し、20 nm x 10 times は 200 nm の単層を 20 nmの層を作る定電流パルスを 10 回印加することを意味する。
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が図れる可能性があるということだ。今後は、結晶構造の解析だけでなく、様々なアイディアを共同研究者と出し合って更なる耐久性を有する構造を突き詰めたいとしている。
アルミニウム電気めっき膜での添加剤の効果
同研究室では、アルミニウム電気めっきの光沢に関しての研究も行っている。アルミニウムの光沢めっきは、従来に比べてかなり向上しており、アウトプットとしての成果が出ている。
そこで、同研究室では、アルミニウムに対し、きちんとしためっきができているかどうかの判断は、光沢で見ることができるのではないかと考えている。通常の電析では、不純物が混入することで外観が損なわれたり、電析されたアルミニウム表面が粗くなったりすることが、アルミニウムめっきの問題点として指摘されている。銅やニッケルめっきでは、種々の光沢剤の適用により容易に光沢性を持たせることができるが、アルミニウムめっきの場合は、依然として効果的に光沢面を
作り出す条件はごくわずかしか見出されていないことがアルミニウムめっきの用途拡大を阻む。そこで、できあがり具合の一つの指標として光沢性があるのではないかと考え、これに焦点をあてた研究に取り組んでいるという。
アルミニウムめっきでは水溶液を使うことができないため、イオン液体を使用することに違いはないが、他の研究室と違うのは添加剤であるという。同研究室では、光沢性を持たせられる添加剤を見つけたところが特筆すべき点である。しかも、高温ではなく、常温で実現しているという。
アルミニウムめっきの代表的な添加剤にフェナントロリンがあるが、それを加えると光沢が現れるようになる。しかし、同研究室ではそれよりも効果的な添加剤の発見に成功している
(図 4)。一般に、析出した金属がある程度の厚みを持つまでに成長すると、研磨により鏡面化処理を施した下地由来の光沢性は失われ、めっき外観が損なわれるようになる。例え光沢剤を添加しても、極度に厚い皮膜ではこのような現象が見られる
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図 4 光沢性を示すめっき膜の写真(上部:Al めっき面、下部:プリントアウトした文字)添加剤:(a) 4-pyridinecarboxylic acid hydrazide, (b) 3-pyridinecarboxylic acid hydrazide, (c) 2-pyridinecarboxylic acid hydrazide, (d) 1,10-phenanthroline.
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が、本研究のアルミニウムめっきでは数百 mm オーダーまで達しても表面光沢が持続する。
他の研究成果でも光沢性を測定している論文はいくつかあり、可視光の反射率を測定したものが載っている。そこでは、80% を超えることはできず、せいぜい75%程度である。しかし、同研究室では 82% 程度を実現した(図 5)。アルミ箔の光沢性は 90% 近くに上るため、アルミニウムで 80% 台を示す反射率にはまだ改良の余地があるものの、反射率を向上させることに成功できていると考えている。反射率が高く光沢性があるということは、表面が平滑であることから、光学素子の鏡などに使えるのではないかと言われている。しかし、光学素子として利用するには、90% 以上の反射率が必要になる。
同研究室では、そこまでの反射率に裏付けられる光沢性を実現するには更に時間を要すると見ており、更なる光沢性の向上のために分子構造の観点から添加剤の探索を行ってきている。
アルミニウム電気めっき膜の陽極酸化によるポーラスアルミナ形成
アルミニウムの表面を平滑にしたことで、めっき膜を陽極酸化し微細孔が規則配列したようなポーラスアルミナを形成することにもつながる。つまり、表面に凸凹があると穴がランダムに空いてしまうため、なるべくめっき面をフラットにすることで、均一な穴が空くようになる。最終的な応用展開として、ポーラスアルミナをめっきから作製する目的がある(図 6)。
図 5 紫外可視分光光度計を用いた反射率測定結果添加剤:(a) 市販の Al 箔(A1N80H-H18, 三菱アルミニウム) , (b) 4-pyridinecarboxylic acid hydrazide, (c) 3-pyridinecarboxylic acid hydrazide, (d) 2-pyridinecarboxylic acid hydrazide, (e) 1,10-phenanthroline. めっき条件:電流密度 -8 mAcm-2, めっき時間 2 時間 .
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アルミニウムの陽極酸化は一般的にアルミニウムの板で行われる。酸性溶液中で数十から数百ボルトの電圧をかけると、アルミニウムが溶けて、ポーラス構造の穴が空くようになる。それを、フィルタに使用したり、磁性体を付けて記憶媒体に用いたりするなどの応用研究が進んでいる。しかし、その場合は、バルクの板を使うため、小型化を阻むという課題がある。同研究室では、将来的には、モデルとしてある小さな形状の基材に決め、これに電析させたアルミニウムからポーラス構造を作っていくことで、基材表面に立体構造物のようなものが作れればいいと考えている。
その際、形状によっては電気的特性が変わってくる可能性もあるという。したがって、その作製過程や作製形状によって応用できるものが少しずつ変わってくることもあり得るという。
現状は研究段階でしかないが、この材料を使うと光の特性
を変えることができるようになる。ポーラス材料を用いて、特定の光だけを透過させるような研究も他の研究施設で行われている。
アルミニウム板ではすでに行われている技術であるが、同研究室ではそれをめっきで展開して応用することで、小さなものを作ったり、曲がったり変わった形状をしたものにも機能を持たせられるようにしたいと考えている。金属のみの機能では、応用性が限られてくるが、めっきにすることで、プラスチックやガラスなど、応用範囲が広がると考えられる。
熱電変換フィルムをめっきで作る研究
物体に温度差が生じる際に電圧に直接変換される現象はゼーベック効果と呼ばれ、温度を測定したり制御したりする熱電対に応用されている。これに対し、電圧から温度差を作り出す現象をペルチェ効果という。このように、電気伝導体や半導
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図 6 ルミニウム板 (a,b)およびアルミニウム電気めっき膜 (c,d)を用いて陽極酸化によって作製された陽極酸化アルミナの表面 (a, c) および断面 (b, d) の SEM 像
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体などの金 属中で熱エネルギーと電気エネルギーが相互に影響することを総じて熱電効果と呼び、この原理を応用した技術に「熱電変換素子」がある。我々の身近では、小型冷蔵庫などに搭載されるペルチェ素子が代表的であるが、同研究室ではこのような熱電変換を示す材料をめっきによりシート状にして作る研究にも取り組んでいる
(図 7)。本研究の試験片は、高分子
フィルム上に電極層を介してBi-Te 系材料を電析して作製する。フィルムであるため柔軟性を持たせることができ、熱が発生するところに設置するだけで、電気を回収することも可能になる。ターゲットとしている熱は 200 °C 未満を想定しているため、身の回りのあらゆるところで利用できると考えられている。したがって、熱の発生するところに巻けば、発電ができると考えられる。「将来的には、携帯用にでき
ることを目指しているが、現状ではそこまでの発電量には至っておらず、原理的なところでの達成にとどまっている」と、金子氏は語る。
実験では、40°C 程度の温度差で確認し、数mVの発電量が確認できている。めっきするものは半導体で、P 型と N 型の半導体を直列で交互に並べることによって全体的に出力を上げれば、ある程度の発電量のものが作れるのではないかと考えているという。実際には、P 型、N 型の半導体を作成し、それぞれの発電量や電気伝導度な
どを調べることにしている。「現在は簡易的な試験を行っ
ている段階であり、生活空間の温度と、涌かしたお湯の温度差をもって発電量を調べている。この試験では 70°C 程度のお湯を使用し、40°C 程度の温度差を作り出すことによって発電をチェックする」と金子氏は説明する。
つまり、自然に生活している気温を基準とし、お湯の熱との差で、発電力を決めることになる。そのため、温度差が大きくなるほど、発電量も比例して大きくなると期待できる。
具体的には、フィルム面の一端を高温側にして、同面の反対側を低温側にする方式であることから、膜面内での発電ということになる。したがって、片側が加熱され、もう一方が低温に保たれる箇所であれば発電ができるということになる。例えば、冷凍庫に設置した場合を考えると、断熱材の部分に設置することで、内部の低温を片側で受け、もう一方を外気温にしておけば発電されることになる仕組みだ。
ただし、対象はフィルムであるため温度差や電気伝導をどこで捉えるかを考えていく必要が今後出てくるとは思われる。研究の年数は非常に浅く、まだ 2年目を迎えたばかりである。現在は品質の向上を視野に入れて研究を続けているという。
湿式法により作製したフレキシブル熱電材料の熱電変換特性
熱電変換フィルムは、結晶性
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の良し悪しが伝導性に影響してくることが分かっている。伝導には、熱伝導に関わるものと電気伝導に関わるものの 2 種類ある。この 2 種類が熱電変換性能を左右することから、両者をいかにして向上できるかが高効率熱発電を実現するための鍵となる。
固体中での熱伝導は、結晶格子間を伝わる格子振動に由来するエネルギー伝達と伝導電子に由来するエネルギー伝達が影響する 2 大機構が関与していると考えられている。熱伝導では、フォノン(音子)と呼ばれる格子振動を量子化した粒子が、固体結晶を構成する原子配列構造に支えられて存在するとされる。一方、電気伝導は、電場を印加された物質中の荷電粒子の加速に基づく電荷の移動現象、すなわち電流が流れることを指す。電荷を運ぶ担体として電子があるが、その対となる正孔(ホール)や、結晶を構成する原子・イオンも担体に該当する。電流の流れやすさは電気抵抗が働くが、この主な原因として物質中の格子振動や不純物による散乱が挙げられる。つまり、熱伝導および電気伝導
のいずれにも結晶を形作っている原子やイオンの配列が関与していることになり、電析によって理想的な結晶構造が構築できれば、ある程度の効率が出てくると考えられる。しかし、出力が実用レベルに達していないため、現在はその作り方も模索しているところである。
金子氏は、「できるだけ応用価値を高めるのであれば、めっきした後に熱処理をせずに使えるようにしたいので、どのような条件であれば、優れた熱電変換特性を示すシートとなるのかを検討していく。効率的な熱伝導と電気伝導を両立できるように、表面処理の評価を進めている」としている。
薄膜という性質上、前述のように温度差を区別することが現状では困難であることから、熱伝導率は使用する材質でほとんど変わらないと仮定し、ゼーベック係数や電気伝導率を性能の指標としている。現在、実用化されているペルチェ素子に使われる材料は、ホットプレス焼結のように粉末から焼き固めて作られた塊が主流である。そのため、めっき
で作製された材料に対しては、評価方法から検討していく段階である。
一般に、熱電変換シート自体は既に登場してきているが、現行の作製法にはスパッタリングに代表される乾式プロセスが採用されている。一方、ここで紹介した熱電変換シートでは大掛かりな設備を必要としない湿式プロセスを用いることから、その特長を活かした複雑な形状の下地への電析や、微細加工による高密度化も可能となる。現状では、フィルムにすることで、熱発電用シートとして用途は広がりを見せると考えられるが、塊に比べて出力が大幅に落ちるため、その点をいかにして工夫していくかが課題のようだ。
一般的な生活シーンにおいて、熱はそのほとんどが捨てられているのが実態であり、この研究が現実化すれば熱を電気として回生できることから、省エネだけではなく、二酸化炭素の排出量低下にも効果が発揮できるのではないかと考えられ、地球規模の将来的な展望を考えても大いに期待できる研究テーマといえよう。
図7 めっきにより作製した熱電変換シート片(a)および3種の皮膜の薄膜X線回折パターン(b)およびBi2Te3系皮膜の熱電性能評価結果の例(c)