コラーゲン被覆平織りダクロン人工血管(Intergard-W )の 多施設 ... · 2019. 7....

7
コラーゲン被覆平織りダクロン人工血管(Intergard-W )の 多施設臨床試験成績 旨:外面コラーゲン被覆平織りダクロン人工血管lntergard-W゛1を用い,胸部大動 脈瘤25例,胸腹部大動脈瘤4例,動脈解離23例(DcBakey l 型8例,II型2例,m型13 例),腹部大動脈瘤22例,腸骨動脈瘤4例,閉塞性動脈硬化症5例,その他2例の合計85 例(男性67例,女性18例,平均年齢55歳)に対し86回の置換あるいはバイパス手術を 行い,有用性および安全性について評価した.使用した人工血管は分枝動脈の同時再建を 含め126本(直管100本,Y型管26本)であり,手術時の縫合性は良好で血液の漏出を認 めなかった.人工血管に関連した合併症および死亡はなかった.4例(9%)に10日間以上 持続する溶出液貯留を認め,遮断錨子による人工血管被覆コラーゲンの剥離との関連が推 定された.術後炎症反応と人工血管との関連を認めなかった.術後6ヵ月以上の遠隔期に おいて人工血管に閉塞や拡張は認められなかった. Intergard-W は,使用時にプレクロツ ティングの必要がなく,ヘパリン投与あるいは体外循環下の手術においても血液漏出を認 めず,取扱いが容易で開存性が良好であることから,従来のダクロン人工血管にはない特 色を有する代用血管として臨床応用できるものと結論する.(日血外会誌4 : 753-759, 1995) 索引用語:コラーゲン被覆人工血管,平織りダクロン人工血管,インターガードーW゛ 東京医科大学第2外科(Tel:03-3342-6111) 〒160 新宿区西新宿6-7-1 2 札幌医科大学第2外科(Tel : 011-611-2111) 〒060 札幌市巾央区南1条西16丁目 千葉大学医学部第1外科(Tel : 043-222-7171) 〒260 千葉市中央区亥鼻1-8-1 4 慶應義塾大学医学部外科(Tel : 03-3353-1211) 〒160 新宿区信濃町35 5 大阪大学医学部第1外科(Tel : 06-879-5111) 〒565 吹田市山田丘2-15 6 国立循環器病センター(Tel : 06-833-5012) 〒565 吹田市藤白台5-7-1 7 〒650 神戸市中央区楠町7-5-2 8 久留米大学医学部第2外科(Tel : 0942-35-3311) 〒830 久留米市旭町67 受付:1995年3月22日 受理:1995年6月2日 41 はじめに Intergard-W は,外面ベロア加工した平織りダク ロン管を牛コラーゲンにより外面のみ被覆処理した新 しい型式の人工血管であり,その壁漏水量(porosity) はコラーゲン被覆前280 m//c�/min/120 mmHg から, 被覆後はOm/ (zero porocity)となり,使用時に漏血 防止のためのプレクロッティング操作を行う必要がな い.また被覆コラーゲンは生体内で徐々に分解吸収さ れることから,安定した組織治癒が期待できる. 今回,本人工血管を用いて動脈瘤あるいは閉塞性動 脈疾患に対する置換あるいはバイパス手術を行い,そ の安全性と有用性について評価検討することを目的と した多施設臨床試験を行ったのでその成績を報告する. 石丸 新1 古川 欽一1 小松 作蔵2 中島 伸之3 川田 志明4 松田 暉5 川島 康生6 岡田 昌義7 大石 喜六s

Transcript of コラーゲン被覆平織りダクロン人工血管(Intergard-W )の 多施設 ... · 2019. 7....

Page 1: コラーゲン被覆平織りダクロン人工血管(Intergard-W )の 多施設 ... · 2019. 7. 22. · Intergard-W は,外面ベロア加工した平織りダク ロン管を牛コラーゲンにより外面のみ被覆処理した新

コラーゲン被覆平織りダクロン人工血管(Intergard-W )の

         多施設臨床試験成績

要  旨:外面コラーゲン被覆平織りダクロン人工血管lntergard-W゛1を用い,胸部大動

脈瘤25例,胸腹部大動脈瘤4例,動脈解離23例(DcBakey l 型8例,II型2例,m型13

例),腹部大動脈瘤22例,腸骨動脈瘤4例,閉塞性動脈硬化症5例,その他2例の合計85

例(男性67例,女性18例,平均年齢55歳)に対し86回の置換あるいはバイパス手術を

行い,有用性および安全性について評価した.使用した人工血管は分枝動脈の同時再建を

含め126本(直管100本,Y型管26本)であり,手術時の縫合性は良好で血液の漏出を認

めなかった.人工血管に関連した合併症および死亡はなかった.4例(9%)に10日間以上

持続する溶出液貯留を認め,遮断錨子による人工血管被覆コラーゲンの剥離との関連が推

定された.術後炎症反応と人工血管との関連を認めなかった.術後6ヵ月以上の遠隔期に

おいて人工血管に閉塞や拡張は認められなかった. Intergard-W は,使用時にプレクロツ

ティングの必要がなく,ヘパリン投与あるいは体外循環下の手術においても血液漏出を認

めず,取扱いが容易で開存性が良好であることから,従来のダクロン人工血管にはない特

色を有する代用血管として臨床応用できるものと結論する.(日血外会誌4 : 753-759, 1995)

索引用語:コラーゲン被覆人工血管,平織りダクロン人工血管,インターガードーW゛

l 東京医科大学第2外科(Tel:03-3342-6111)

〒160 新宿区西新宿6-7-1

2 札幌医科大学第2外科(Tel : 011-611-2111)

〒060 札幌市巾央区南1条西16丁目

3 千葉大学医学部第1外科(Tel : 043-222-7171)

〒260 千葉市中央区亥鼻1-8-1

4 慶應義塾大学医学部外科(Tel : 03-3353-1211)

〒160 新宿区信濃町35

5 大阪大学医学部第1外科(Tel : 06-879-5111)

〒565 吹田市山田丘2-15

6 国立循環器病センター(Tel : 06-833-5012)

〒565 吹田市藤白台5-7-1

7

〒650 神戸市中央区楠町7-5-2

8 久留米大学医学部第2外科(Tel : 0942-35-3311)

〒830 久留米市旭町67

受付:1995年3月22日

受理:1995年6月2日

41

           はじめに

 Intergard-W は,外面ベロア加工した平織りダク

ロン管を牛コラーゲンにより外面のみ被覆処理した新

しい型式の人工血管であり,その壁漏水量(porosity)

はコラーゲン被覆前280 m//c�/min/120 mmHg から,

被覆後はOm/ (zero porocity)となり,使用時に漏血

防止のためのプレクロッティング操作を行う必要がな

い.また被覆コラーゲンは生体内で徐々に分解吸収さ

れることから,安定した組織治癒が期待できる.

 今回,本人工血管を用いて動脈瘤あるいは閉塞性動

脈疾患に対する置換あるいはバイパス手術を行い,そ

の安全性と有用性について評価検討することを目的と

した多施設臨床試験を行ったのでその成績を報告する.

石丸  新1   古川 欽一1   小松 作蔵2

中島 伸之3   川田 志明4   松田  暉5

川島 康生6   岡田 昌義7   大石 喜六s

Page 2: コラーゲン被覆平織りダクロン人工血管(Intergard-W )の 多施設 ... · 2019. 7. 22. · Intergard-W は,外面ベロア加工した平織りダク ロン管を牛コラーゲンにより外面のみ被覆処理した新

ア54

 表1 臨床試験参加施設

札幌医科大学第2外科

千葉大学医学部第1タト科

慶庖義塾大学医学部外科

東京医科大学第2外科

大阪大学医学部第1外科

国立循環器病センター

神戸大学医学部第2外科

久留米大学医学部第2外科

        対象および方法

 1994年1月より同年12月までの問に全国8施設

(表1)においてIntergard-W (米国Tntervascular社)

を用いた人工血管手術を85症例(男性67例,女性18

例,平均年齢55±38歳)に対し86回施行した.疾患

の内訳は胸部大動脈瘤25例(真性23例,仮性1例,

炎症性I例),胸腹部大動脈瘤4例,動脈解離23例

(DeBakey l 型8例,II型2例, III型13例),腹部大動

脈瘤22例,腸骨動脈瘤4例,閉塞性動脈硬化症5例,

人工血管感染1例(胸部大動脈瘤術後),人工血管閉塞

1例(腹部大動脈瘤術後)であった.人工血管の使用部

位は上行11本,弓部16本,下行17本,胸腹部10本,

腹部32本(腸骨動脈を含む)および弓部分枝あるいは

冠状動脈の再建40本の合計126本(直管100本,Y型

管26本)であった(表2).なお,手術前に本試験の内

容について患者に説明し,本人またはその代理人の同

意を文書または口頭で得た.

 手術術式は各施設で通常行われている方法に準じた

日血外会誌 4巻6号

  表2 1ntergard-W の使用部位および使用数

人工血管      動 fi^ 富 位      A計規格(mm)上行弓部下行胸腹部腹部(腸骨)分枝゜“

802468024680

  1111122222fO

        直管型

14m CO

1り乙1フ″O

          1

154421

1<M VO

 

   T-i

CN

・―I 1-H C^l

VO fO CS

CO

86921275764CO

en

≪-<

小計 1 1 16 1 7 10   6   40 100

 14X

Y 16x

管18x

型20x

8910

22×11

合計 11 16 17 10

14″`J″D1

   1

32

14VO VO .->

   1

40  126

が,胸部大動脈の血流遮断を必要とする症例には全身

超低体温法を含む何らかの補助手段を施行し,これに

伴って相当量のヘパリンが投与された(表3).その他

の症例では50~100単位/kgのヘパリン投与下に手術

を施行した.

 以上の症例について下記の事項を検討した.

 l.術中項目:人工血管の縫合性および血液漏出の

程度.

 2.術後項目(術後1~6ヵ月):合併症.患者の一般

状態.人工血管の開存性(CTもしくはDSA).血液一

般検査(赤血球数,ヘモグロビン量,ヘマトクリット

値,白血球数,血小板数).血液凝固系検査(フィブリ

ノーゲン値, FDP値).血液生化学検査(GOT,『

GTP, ALP,総コレステロール,トリグリセライド,

表3 補助手段の条件とヘパリン投与量

        上行: 5例

脳分離体外循環弓部:12例 229±52分 21±4 9C 21300±9000 1U

完全体外循環

部分体外循環

下行: 1例W上行:6例

弓部:3例-下行:13例

胸腹:8例

左心バイパス 下行:3例

動脈間バイパス胸腹:1例

合計

220±88分 23±4℃19700±7100 1U

124±62分 34±4 °C 14600±8700 1U

168±37分 35±2 °C 7900±2000 1U

52例  180±78分 28±8℃ 17300±9100 1U

42

Page 3: コラーゲン被覆平織りダクロン人工血管(Intergard-W )の 多施設 ... · 2019. 7. 22. · Intergard-W は,外面ベロア加工した平織りダク ロン管を牛コラーゲンにより外面のみ被覆処理した新

1995年12月 石丸ほか:コラーゲン被覆平織りダクロン人工血管

表4 術後合併症

肺炎        3例

腎機能障害     3例

脳梗塞       2例

イレウス       2例

低心拍出量症候群  1例

乳び胸       1例

呼吸不全       1例

消化管出血     1例

肝機能障害      1例

結腸壊死       1例

譚炎         1例

縦隔炎       1例

胆嚢炎        1例

対麻舜        1例

人工血管感染    1例

後腹膜血腫      1例

アレルギー性ショック 1例

高アミラーゼ血症  1例

     (重複あり)24例

総ビリルビン,総蛋白,BUN,クレアチニン,血糖,

CRP).

          結  果

 1. 縫合性と血液漏出

 術中における人工血管の取扱いに関して問題点はな

く,針糸の通過および結鈎などの縫合性は良好であっ

た.また,補助手段施行の有無やヘパリン投与量の多

少に関わらず,遮断解除後の吻合部出血および人工血

管表面からの血液漏出について問題となる所見は認め

られなかった.

 2. 手術成績

 術中出血量は補助手段施行の有無に関連しており,

施行群(胸部または胸腹部大動脈瘤あるいは大動脈解

離)で多い傾向にあった.しかし,人工血管に直接起

因したと考えられる多量出血の症例はなかった.

 手術死亡は2例(2%)あり,内訳は大動脈解離1例

および胸部大動脈瘤1例であった.死亡原因は呼吸不

全および低心拍出量症候群であり,いずれも人工血管

に起因するものではなかった.

 術後30日以内の合併症は86手術例中14例(16%)

に延べ24回発生した.その内訳は肺炎3例,腎機能障

害3例,脳梗塞2例,イレウス2例,低心拍出量症候

43

755

    表5 ドレーン長期間留置例

置換部位  補助手段  留置期間 合併症

上行,弓部

胸腹部

下行

下行

-上行一弓部

胸腹部

下行

下行

完全体外循環  18日

部分体外循環  27日

部分体外循環  11日

部分体外循環 31日

完全体外循環  21日

部分体外循環  16日

部分体外循環 12日

部分体外循環 20日

なし

術前CRP増加

術後腎不全

術後対麻癖

リンパ旗

群I例などであり,これら合併症には人工血管との関

連性を認めなかった(表4).胸部または胸腹部大動脈

瘤および大動脈解離では,原則として手術創部にドレ

ーンを留置しており,手術死亡例を除く46例の平均留

置期間は7日間であった.うち10日間以上長期にわた

り留置を必要としたものは8例あったが,術前よりす

でにCRPの増加がみられた1例,術後のリンパ奨に

よる乳ぴ胸1例,腎不全1例,対麻郷1例の計4例に

ついてはドレーン留置の延長がこれら合併症に起因し

たものと考えられた.したがって,溶出液持続による

ドレーン留置期間の延長が人工血管に関連すると推定

される症例は4例(9%)であった(表5).このほか,

腸骨動脈瘤の1例にドレーン留置を必要としたが,原

因は人工血管感染であった.ドレーン留置期間と補助

手段,体外循環時間およびヘパリン投与量との間には

いずれも相関関係を認めなかった.しかし術式につい

ては,人工血管置換部位が上行―弓部あるいは下行大

動脈の比較的広範囲であり,分枝動脈再建のために遮

断錨子を用いて人工血管を分節的に遮断する方法を採

用した症例において惨出液が多い傾向にあった.

 術後の発熱について,調査し得た70症例の日内最高

体温の推移を30日間にわたり観察した.発熱は術後約

1週間で回復するが,その傾向には疾患による相違を

認め,特に大動脈解離症例で遷延する傾向にあった

(図1).

術後14日目で37.5°C以上の発熱をみた10例には

大動脈解離例が多く,うち5例には術後感染症や腎不

全などの合併症が関与していた.

 人工血管の開存状態は良好であり,死亡を除く全例

において術後30日以内に施行したCTあるいはDSA

の所見より血栓形成や拡張はなく吻合部動脈瘤の形成

Page 4: コラーゲン被覆平織りダクロン人工血管(Intergard-W )の 多施設 ... · 2019. 7. 22. · Intergard-W は,外面ベロア加工した平織りダク ロン管を牛コラーゲンにより外面のみ被覆処理した新

756

体温(゜C)

38

37

大動脈解離群

胸部~腹部大動脈瘤群

  10   15   20

   術後経過(日)

図1 日内最高体温の推移

25 30

も認めなかった.

 3.術後遠隔成績

 術後8ヵ月以内に3例が死亡し,死亡原因は脳梗塞

に伴う多臓器不全2例,肺炎1例であった.術後6ヵ

月以上追跡調査が可能であった69例70手術(死亡5.

例,未調査11例を除く)については全例で全身状態は

良好であり,合併症の発生を認めなかった.

 人工血管の開存性をCTあるいはDSAを施行し得

術前

CRP(mg/dl)25

20

1   1

]Lj

03 7 14

日血外会誌 4巻6号

  30    90  術後経過(日)

図2 CRP値の推移

180

た61例62手術(死亡5例,未施行19例を除く)につ

いて検討すると,全例で人工血管に血栓形成や拡張は

なく,吻合部動脈瘤の形成を認めなかった.

 4. 臨床検査成績(表6)

 血液一般検査:赤血球数,ヘモグロビン量,ヘマト

クリット値は手術後に軽度低下するが,1ヵ月以降に

回復傾向を認めた.血小板数は術後に減少するが,1週

間後には術前値に回復し,2週間後には一過性に増加

  表6 臨床検査成績

3日  1週間  2週間  1ヵ月  3ヵ月 6ヵ月以降

413±60 376±54

12.7±1.8 1L5士1.6

37.6±5.5 34.0±4.7

6690   10830

 ±2660  ±3290

383±60 360±52  371±49 392±71  417±50

U.8±1.8 11、1±1.6 11.2±1.4 11.6±1.9 12.7±1.6

35.1±5.2 333±4.8 33.5±4.6 35.0±6j 37.6±5.6

9330     7980     6270     6780     6310

  ±3290  ±2690  ±1660  ±1890  ±1610

21.0士フ.0 11.3±5.4 20.7±9.5 31.7±12.3 25.2±9.8 25.5±8.2 20.5±6.3

337±133 396±148 419±191 470±221 408±117 369±125 317±68

138±257 214±442 525±899 543±808 348±611 179±175 233±600

 20±13  63±126  35±27  27±20  21±11  20±15  21±11

137±83 113±69  175±116 184±134 167±120 136±91 122±79

 35±42  35±47  86±81  71±69  49±54  29±39  26±24

182±43 148±37  158±40  168±45  177±44  192±41 204±42

0.7±0.4 1.3±1.4 1.5±1.9 0.9±0.8 0.8±1.3 0.8±1.3 0.6士0.3

6.9±0.6 6.2±0.6 6.3±0コ 65±0.8 6.8±0.7 7.1±0.5 13土0.6

21.3±16.5 31.3土49.1 38.8±qL7 24j±24.3 21.9土23.1 22.5±17.8 21.2±9.2

 1.3±1.2 1.7±2.0 1.7±2.6 1.6±2.3 1.4±1.6 1.7±1.8 1.5±1.6

100±29 150±58  131±52  114±45  99±24  108±21  102±27

44

Page 5: コラーゲン被覆平織りダクロン人工血管(Intergard-W )の 多施設 ... · 2019. 7. 22. · Intergard-W は,外面ベロア加工した平織りダク ロン管を牛コラーゲンにより外面のみ被覆処理した新

1995年12月 石丸ほか:コラーゲン被覆平織りダクロン人工血管

する傾向を認めた.白血球数は術後1週間にわたり高

値を示し,2週間目以後は正常範囲に回復する傾向を

認めた.

 血液凝固検査:フィブリノーゲンおよびFDP値は

術後1~2週間で一過性に増加傾向を認めた.

 血液生化学検査:総蛋白量は術後に低下し,1週間

以後は次第に回復した. BUN,クレアチニン, GOT,

ALP,つ/-GPT,総コレステロール,トリグリセライ

ド,総ピリルビン,総蛋白,血糖値に有意な変化を認

めなかった.

 CRPは術後著明に増加するが,その後は徐々に回復

して2週間後には平均5 mg/d/ 以下となり,術後3ヵ

月目には大動脈解離例を除き正常化した.大動脈解離

群では回復が遅延して6ヵ月目に正常値となった

(図2).

          考  察

 ダクロン織布血管に代表される有孔性人工血管の特

性を規定する因子として,繊維間隙の拡大による柔軟

性や良好な器質化の獲得と,これに伴う強度減弱およ

び壁漏血増加という相反する条件があり,これをさま

ざまに調整することによって理想的な人工血管を生み

出そうとする努力がなされてきた.その結果,大動脈

領域の手術においては強度保持および漏血防止の面か

ら平織り(woven)ダクロンが選択され,末梢血管領域

においては器質化を優先したメリヤス編み(knitted)

ダクロンを使用し,これに自家血の凝血による被覆処

理(preclotting)を加える方法が一般的となった.さら

に大血管手術に際しては,補助手段としてヘパリン使

用下に体外循環を行う場合に著明な血液凝固能の低下

をきたし,従来のpreclotting法では止血困難となるこ

とが経験され,より確実な処理を目的として,平織り

ダクロンを使用直前にヒトアルプミンに浸潰し,これ

を熱処理して被覆する方法が考案された1).しかし,こ

のアルプミンオートクレープ法では熱処理後に人工血

管が硬くなり操作性や縫合性が低下すること,被覆が

不均一で漏血の危険があること,また術中操作が煩雑

であることなどが指摘され,漏血防止のみならず縫合

性の向上による吻合部出血の制御という両面からの改

良が要求されるに至った.これを解決するため最近で

は,縫合性の良いメリヤス縫みダクロン人工血管をあ

らかじめ製造の段階でアルブミン2),ゼラチン3)あるい

45

757

はコラーゲン4)などの蛋白質膜により被覆したzero

porosity人工血管の開発が活発となり,本邦において

も臨床経験が報告されているs~7).

 Intergard-W゛1は,平織りダクロン管を用い,牛

Type Iコラーゲンをグルタールアルデヒドにて架橋

処理して,その外面のみを薄く被覆することにより,

本来の強度と柔軟性を失うことなくzero porocityを

実現した人工血管であり,使用前に何ら処理操作を行

う必要がない.また,被覆コラーゲンは約3ヵ月で徐々

に分解吸収され,その間に良好な仮生内膜が形成され

る8).

 今回,全国8施設において動脈瘤あるいは閉塞性動

脈硬化症85例に対してIntergard-W を用いた人工

血管手術を施行した.その結果,術中出血量は腹部動

脈手術に比し,胸部あるいは胸腹部大動脈手術におい

て多い傾向にあるものの,全例において人工血管から

の血液漏出は認められず,縫合性も良好であった.ま

た手術関連死亡はいずれも人工血管に起因するもので

はなく,その安全性が立証された.今日,上行あるい

は弓部大動脈の手術には補助手段として脳分離体外循

環法や超低体温下循環停止法などが用いられる傾向に

あり,本検討でも27例に施行されている.さらに,こ

れらには弓部分枝動脈や冠状動脈の同時再建例が含ま

れており,低温条件下での体外循環時間の延長,ヘパ

リンの投与量増加などから血液凝固障害を伴う場合も

少なくない.このような状態においても血液漏出がな

く取扱いの容易な本人工血管の有用性は高い.また柔

軟で縫合性が良い点は吻合部で動脈との密着が得られ

術中出血量の軽減に有効といえる.

 被覆コラーゲンの分解吸収過程で生ずる生体反応に

ついては,主としてメリヤス編みダクロン人工血管に

おいて発熱や炎症反応また抗体価との関連などが報告

されているが,いずれも臨床的に問題となるような障

害は認められていない9・10)本人工血管についてみる

と,術前の病態や手術侵襲の程度によって若干の相違

がみられるものの,炎症反応は術後妥当な推移をたど

っており,コラーゲン自体の生体への影響は軽度とい

える.すなわち,少数例に発熱あるいは白血球増多を

認めたが,多くは術後1週間以内に回復しており,大

動脈解離でのみ解熱の遅延を認めた.また炎症反応の

指標であるCRPは術後2週間で回復の傾向を認め,

おおむね3ヵ月で正常化するが,大動脈解離では術前

Page 6: コラーゲン被覆平織りダクロン人工血管(Intergard-W )の 多施設 ... · 2019. 7. 22. · Intergard-W は,外面ベロア加工した平織りダク ロン管を牛コラーゲンにより外面のみ被覆処理した新

758

より高値を示す症例が多く,その回復には6ヵ月を要

した.このことから,広範な血管病変を呈する解離症

例においては,手術侵襲の増大とともに術前後での特

異な組織修復過程が炎症反応に影響しているものと考

えられる.さらに被覆コラーゲンが術後3ヵ月の間に

徐々に分解吸収される過程において,何らかの生体反

応が生ずるとしてもきわめて緩徐な経過をとるものと

考えられた11)

 ~方,術後出血に対応する目的で排液ドレーンが挿

入された胸部あるいは胸腹部大動脈領域の手術では,

術前よりの感染症や術後合併症の発生を認めていない

にもかかわらず,溶出液持続のために長期間にわたり

ドレーン留置を必要とした症例が4例(9%)あり,1週

間程度の発熱をみた.これらに共通する術中所見とし

て,病変の存在範囲が広く,このため人工血管の置換

にあたっては弓部分枝や肋間動脈などの側枝動脈の再

建を行う必要があり,錨子により数回にわたって人工

血管を分節的に遮断する操作が加えられている.これ

らのことから,遮断鱈子の使用により被覆コラーゲン

が部分的に剥離脱落したことが溶出液の原因となって

いる可能性も考えられ,取扱上の注意が必要である.

いずれにせよ,ドレーン留置に起因する重大な合併症

は認められず,安全性については問題ないが,長期間

にわたって胸腔内ドレーンを留置する際には感染につ

いても注意が必要である.

 術後6ヵ月の遠隔において本人工血管に関連する合

併症は認められず,開存性は良好であった.メリヤス

編みダクロン人工血管については,大動脈領域の置換

術後にみられる口径拡大が問題となっているが12)平

織りダクロンである本人工血管は強度の点ですぐれて

日血外会誌 4巻6号

  Dacron aortic grafts lo prevent interstitial hemor-

  rhage. Card 10 vase. Dis. Bull. Tex. Heart. Inst・,8 :

  48~52, 1981.

2) McGee, G. S., Shuman, T. A., Atkins, J. B. et a1. :

  Experimental evaluation of a new albumin-im-

  pregnated knitted Dacron prosthesis. Am. Sur-

  geon, 53: 695-701, 1987.

3) Reid, D. B. and Pollock, J. G.:A prospective

  study of 100 gelatin-sealed aortic grafts. Ann.

  Vase. Surg・, 5:320-324, 1991.

4) Jonas, R. A., Shoen, F. J., Levy, R. J. et a1.:

  Biological sealants and knitted Dacron. Porosity

  and histological comparisons of vascular graft

  materials with and without collagen and fibrin

  glue pretreatments. Ann. Thorac. Surg・,41 : 657-

  663, 1986.

5)矢野 孝,池潭輝男,桜井垣久他:腹大動脈手術

  におけるアルプミンコート人血管の有用性.脈管

  学,33 : 121-126, 1993.

6)佐久間まこと,安田慶秀,田辺達三他:ゼラチン

  被覆処理ダクロン人工血管(UNI-Graft DVR)

  の臨床的検討.多施設臨床試験成績.日血外会

  誌,3: 521~529, 1994.

7)井関治和,川田光三,四津良平他:コラーゲン被

  覆人工血管の臨床的検討.人工臓器,22: 1135-

  1 138, 1993.

8) Scott, S. MoGaddy, L. R., Sahmel, R. ct a1.:A

  collagen coated vascular prosthesis. J. Cardio-

  vase. Sure・,28: 498-504, 1987.

9)

いることから拡張の可能性は低く,胸部および腹部大  10)

動脈への使用にも適しているものと考えられる.

          結  論

 Intergard-W 人工血管は・取扱いが容易で壁漏血  11)

がなく,開存性が良好であることから,おこり得る合

併症を念頭において適切に使用することにより,従来

のダクロン人工血管にはない特色を有する代用血管と  12)

して臨床応用できるものと結論する.

         文 献

1) Cooley, D.A.: A method of prepareing woven

46

Reigel, M. Mo HoUier, L.H・,Pairolero, P. C. et

a1・: Early experience with a new coUagen-im-

pregnated aortic graft. Am. Surg・,54 : 134-136。

1988.

Norgren, L・, Holtas, S・, Presson, G. et al.:

Immune responce to collagen impregnated

Dacron double velour grafts for aortic and

aorto-femoral reconstructions. Eur. J. Vase.

Surg・,4: 379-384, 1990.

石川 巧,安達盛次,安藤太三他:コラーゲン処

理人工血管の臨床使用の検討。人工臓器,23:

814- 817, 1994.

Blumenberg, R. MoGelfand, M. L・, Barton, E. A.

et a1.:Clinical significance of aortic graft dilataヽ

tion. J. Vase. Sure・, 14 : 175- 180,1991.

Page 7: コラーゲン被覆平織りダクロン人工血管(Intergard-W )の 多施設 ... · 2019. 7. 22. · Intergard-W は,外面ベロア加工した平織りダク ロン管を牛コラーゲンにより外面のみ被覆処理した新

1995年12月 石丸ほか:コラーゲン被覆平織りダクロン人工血管

Multicenter ClinicalStudy of a Collagen-Coated Woven Dacron

Vascular Graft (Intergard-W )

759

Shin Ishimaru1, Kinichi Furukawa1, Sakuzo Komatsu2,

Nobuyuki Nakajima3, Shiaki Kawada4, Hikaru Matsuda5,

Yasunaru Kawashima6, Masayoshi Okada7 and Kiroku Ohishi8

1 Department of Surgery II, Tokyo Medical College

2 Department of Surgery II, Sapporo Medical College

3 Department of Surgery I, Chiba University School of Medicine

4 Department of Surgery, Keio University School of Medicine

5 Department of Surgery I, Osaka University School of Medicine

6 Department of Cardiovascular Surgery, National Cardiovascular Center

7 Department of Surgery II, Kobe University School of Medicine

8 Department of Surgery II, Kurume University School of Medicine

Key words: Collagen-coated vascular graft,Woven Dacron graft,Intergard-W

Woven Dacron vascular grafts coated with collagen (Intergard-W ) were implanted in 85 patients,

67 males and 18 females, with an average age of 55 years. The graft was used for replacement of 11

ascending aortas, 16 aortic arches, 17 descending aortas, 10 thoraco-abdominal aortas, 23 abdominal

aortas and 9 iliac arteries.Reconstruction of the coronary arteries or the branch arteries of the aortic arch

was simultaneously undertaken in 40 lesions. Extravasation of blood from the graft was not observed and

satisfactory anastomotic characteristics were recognized during surgery. There were no complications nor

hospital death related to the graft. Prolonged drainage of exudation over 10 days postoperatively was

performed in 4 patients (9 %), and was suspected to have been caused by detachment of collagen from the

graft that had been clamped repeatedly. There was no inflammatory reaction related to the graft. Neither

occlusion nor dilatation of the graft were observed during follow-up for 6 months. It is concluded that

Intergard-W is an easy to handle and clinically reliable vascular graft that does not require preclotting

to prevent graft bleeding, regardless of extracorporeal circulation under full heparinization.

(Jpn. J. Vase. Surg., 4: 753-759, 1995)

47