インドにおける農政・・貿易政策決定貿易政策決定 …...Employment Guarantee...

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インドインドインドインドにおけるにおけるにおけるにおける農政農政農政農政・・・・貿易政策決定貿易政策決定貿易政策決定貿易政策決定メカニズムメカニズムメカニズムメカニズム

京都大学 東南アジア研究センター 教授 藤田幸一 1.目次と要約 .................................................................................................................... 57 2.インドの 5 ヵ年計画 ..................................................................................................... 59 (1)第 10次 5ヵ年計画(農業分野)の評価 .............................................................. 59 (2)第 11次 5ヵ年計画(農業分野)の概要と方向 ................................................... 61 3.インドの食糧(穀物)需給 .......................................................................................... 63 (1)穀物需給をめぐる最近の動向 ............................................................................... 63 (2)パンジャーブ州の農業の現状と将来 .................................................................... 64 4.農業政策決定メカニズム .............................................................................................. 68 (1)インドの主要な農業政策とその概要 .................................................................... 68 (2)農業政策の決定メカニズム:連邦政府と州政府の関係を含めて ........................ 73 (3)州農業局の役割:パンジャーブ州とハリヤーナー州を事例に............................ 75 5.農産物貿易政策............................................................................................................. 77 (1)インドの農産物貿易の概要と最近の動向............................................................. 77 (2)主な農産物の輸出入制度と政策............................................................................ 79

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インドインドインドインドにおけるにおけるにおけるにおける農政農政農政農政・・・・貿易政策決定貿易政策決定貿易政策決定貿易政策決定メカニズムメカニズムメカニズムメカニズム

1.目次と要約 はじめに、本報告書の目次を示しておく。 1.目次と要約 2.インドの 5ヵ年計画 (1)10次 5ヵ年計画(農業分野)の評価 (2)第 11次 5 ヵ年計画(農業分野)の概要と方向 3.インドの食糧(穀物)需給 (1)物需給をめぐる最近の動向 (2)パンジャーブ州の農業の現状と将来 4.農業政策決定メカニズム (1)インドの主要な農業政策とその概要 (2)農業政策の決定メカニズム:連邦政府と州政府の関係を含めて (3)州農業局の役割:パンジャーブ州とハリヤーナー州を事例に 5.農産物貿易政策 (1)インドの農産物貿易の概要と最近の動向 (2)主な農産物の輸出入制度と政策

次に、以下で本報告書の要旨を箇条書きにしておく。 ・第 10次 5ヵ年計画(2002~2007)は、農業成長率の目標を年率 4%に設定し、さまざまな政策を講じ、プロジェクトを実行に移したが、結果的には年率 2%程度の低成長率にとどまった。それは、穀物部門のかなり極端な不振と、園芸、畜産、漁業など成長が期待される部門の計画成長率の未達成から生じたことである。ただし、年率 2%程度の低成長率は、1990年代半ば頃から恒常化していることである。

・第 11次 5 ヵ年計画(2007~2011)でも、年率 4%の成長目標を置いている。これは、マクロの成長率が 7%から 8%、9%へと上昇しつつある現状に鑑みて、農工間の所得格差が拡大しすぎて、社会問題とならないために必要な最低の成長率だと当局がみていると考えられる。

・第 10次計画期に政府の穀物在庫が急減し、2005年には 2000万トンを割り、標準在庫量

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とほぼ等しくなり、それ以降、小麦を中心にさらに在庫量の減少が続き、2006-07年度と 2007-08年度の 2 年連続で、インド政府はそれぞれ 500万トン程度の小麦の緊急輸入を余儀なくされた。しかも小麦の国際価格は高騰しており、インドは高値での輸入を余儀なくされ、国民の批判を浴びている。

・パンジャーブ州は文字通りのインドの穀倉地帯であり、冬作(ラビ)の小麦と夏作(カリフ)の稲作のモノカルチャー構造が成立している。1990年代半ば以降のインド農業全体の成長率低下と同じく、パンジャーブ農業も、その頃から、そして 2000年以降の最低支持価格(MSP)の据え置きの影響も受け、停滞と危機の状態にある。とりわけ、地下水位の低下が懸念される中、要水量の多い稲作に代わる有望な代替作物の導入による農業多様化が大きな政策課題となっている。

・インドの主要な農業政策は、1)食糧(コメ、小麦)の買い上げ・売り渡し政策、2)主要な投入財(化学肥料、灌漑水、電力)に対する補助金政策、3)農業・農村に対する金融・保険政策、4)農業技術開発・普及政策、である。本報告書では、すでに説明した1)を除き、2)~4)についてその要点を叙述した。

・農業政策の決定メカニズムは、インドの場合、基本的にトップダウンである。大学教授等有識者による審議会を組織し、その報告書を重視して、政策立案の基本方針を決めているように思われる。農業部門に関連のある省庁が数多くある中で、複数の省庁にまたがる重要問題については、関連省庁の大臣で構成するグループを組織し、そこで決定する方式もとられている。連邦政府は政策の企画・立案を行い、州政府はそれをモディファイしながらも、基本的には連邦政府のつくった政策を現場で実行していくという役割分担になっている。

・ただし、州政府は、重要な政策変数を決定する権利を握り、実際に行使していることが多い。たとえば、電力料金の決定、食糧の公共配給制度(PDS)における州独自の補助金上乗せ政策の実施などである。 ・州農業局は、基本的に農業技術の普及をその任務とする機関である。多くのプロジェクトは、連邦政府との費用の分担方式で行っているが、州独自の政策・プロジェクトもある。パンジャーブ州では、連邦政府による最低支持価格(MSP)の決定に影響を与えようとする独自の試みも行っている。

・インドの農産物の輸出は輸入を大きく上回り、「出超」の状態にある。主な輸出品目は、水産物、野菜・くだもの(生鮮品と加工品)、コメ、カシュー、香辛料、肉類、茶、コーヒ

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ー、タバコなどであり、逆に輸入品目の主たるものは、植物油と豆類である。

・輸入規制は 1999年の WTO紛争調停小パネルでの全面敗北以降、大きく縮小しているが、たとえば小麦やメイズ(飼料用を除く)の国家貿易会社(STC)による輸入独占、卵の輸入規制などがまだ残っている。これに対して、農産物の輸出規制は、現在までにほぼ全廃されたが、輸出税を取っている品目も若干ある。

2.インドの 5 ヵ年計画 (1)第 10次 5ヵ年計画(農業分野)の評価 インド経済にとって農業部門(畜産、漁業などを含む広義)は、いまだに重要な地位を占めつづけている。GDPシェアでは 20%を割り込んだものの、就業人口の約 6 割を雇用しているからである。そのような農業部門が、1990年代半ば以降、年率 2%程度の低成長に苦しんでいる。それは、マクロの経済成長率が 5%から 6、7、8%へと加速的に上昇しつつある現状とは対照的であり、農工間の格差が危機的に拡大しつつあることを示している。インド政府は、第 9 次 5 ヵ年計画(1997~2002)の頃から、こうした認識の下、農業部門の復興を最優先課題の 1 つとして掲げ、年率 4%の成長を目標に、さまざまな政策手段を講じようとしてきた。第 10次 5 ヵ年計画(2002~07)もまた同様であった。 しかし、第 10次計画期間中に、年率 4%の農業成長率は達成されなかった。2002-03年にはいきなり大旱魃に見舞われ、7.2%のマイナス成長を余儀なくされたこと、さらに2004-05年にもモンスーンは不順であり、ゼロ成長にとどまったことなど、天候不順に災いされた面もあるが、いずれにせよ、計画期間を通じて 2%前後の低成長率しか達成されなかったのである。 ただし、計画支出(Plan outlay)の配分からみたとき、農業部門が第 10次計画で重視されたとは必ずしもいえない状況であった。すなわち、灌漑部門への配分シェアは引き上げられたものの、農業、灌漑、農村開発の各部門への配分シェアの合計は、第 9 次計画の 20.1%から第 10次計画では 18.7%へ低下したのである(その背景には、限界資本産出比率が第 9次計画時に比べ半分に改善されると仮定されていた事実がある)。 第 10次計画における農業部門の重点施策は、以下の通りであった。 ・ 荒蕪地や未利用/不完全利用地の利用 ・ 問題土壌の改善と農地開発 ・ 天水地開発のための雨水の有効利用および保全 ・ 灌漑開発、とりわけ小規模灌漑開発 ・ 生物資源の保全と利用 ・ 高付加価値作物への多様化 ・ 作付集約度の向上

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・ 投入財のタイムリーで十分な確保 ・ 流通・加工インフラの強化 ・ 普及制度の見直し・近代化と民間セクターによる普及サービスの取り込み ・ 試験場と農家圃場の収量ギャップの縮小 ・ 生産性上昇とともに経費節減 ・ ファーミング・システム・アプローチの推進 ・ 有機農業の推進と有機廃棄物の利用 ・ 東部・東北部地域、および丘陵地・沿海地の開発 ・ 農業部門活性化政策導入のための改革

第 10 次計画終了時における食糧穀物(穀物+豆類)の生産目標は、2億 3000万トンと控え目であったが、2006-07年の生産量は 2億 1000万トンを下回り、控え目な目標すら達成されなかった。2001-02年から 2002-03年にかけて一時は 6000万トン(コメと小麦合計)以上にも積みあがった政府の穀物在庫は、第 10次計画期間中に急速に減少し、必要とされる標準在庫量をも下回る状況となっている。その原因は、第Ⅲ章第 1節で詳しく述べるように、特に小麦の在庫の払底にあった。 耕種部門(crop sector)では、わずかに果樹・野菜と調味料・香辛料、薬用作物が年率2.5%以上の成長を達成した以外は、約 0.5%成長にとどまり、おしなべて不振であった(ちなみに、第 10次計画における果樹・野菜の目標成長率は 6~8%であった)1。上記のように、第 10次計画では、高付加価値作物への作付多様化が 1 つの重点施策であったが、生産性の上昇ではなく、作付面積の拡大でそれを達成しようとするならば、他の耕種部門、特に穀物生産へのマイナスの影響は避けられないのである。 畜産部門は、もうひとつの成長部門である。しかも農業 GDPの 27%を占める重要部門でもある2。第 9 次計画では年率 3.8%成長を達成し、第 10次計画でもミルク、羊毛の目標成長率を年率 5%、卵を年率 2.5%と高く設定している(2001-02年から 2005-06年の 4 年間の成長率の実績は、ミルク 3.6%、卵 4.6%であった)。さらに、漁業もまた成長部門のひとつである。ただし、第 10 次計画では年率 5.4%成長を目標として設定していたが、最近4年間の実績をみると年率 2.6%にとどまっている。 以上のように、園芸作物や畜産、漁業などの特定部門を除き、農業部門は第 10次計画期間中に停滞し、また園芸作物や畜産、漁業にしても目標成長率を下回ったのである。またこれらの要因が総合的に作用して、農業部門は目標の 4%を大きく下回る 2%程度の成長にとどまったわけである。

1 2005-06年の果樹、野菜の生産量は、それぞれ 5300万トン、1億 800万トンに達し、世界第 2位の生産国となっている。国家園芸作物計画(National Horticulture Mission)によると、2012年までに園芸作物(果樹、野菜、香辛料、花卉、プランテーション作物)の生産量を倍増する計画である。 2 特に、乾燥・半乾燥地域では、農業 GDPのそれぞれ 7割、4割を占めるきわめて重要な部門である。

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(2)第 11次 5ヵ年計画(農業分野)の概要と方向 第 11次 5 ヵ年計画(2007~2012)は、本稿の執筆時点でまだ策定途上の段階にある。以下では、2006年 12月に計画委員会より出版された『速く、より包括的な成長をめざして-第 11次 5 ヵ年計画へのアプローチ』3と題する最新の政府文書をもとに、第 11次計画の方向性について概観したい。 第 11次計画は、マクロの経済成長率の目標を 9%程度におくと同時に、農業部門の成長率のターゲットを、第 10次計画と同様、4%に設定しようとしている。農業部門の成長率が過去 10年以上にわたって 2%程度にとどまってきたことが、農村の疲弊とときには危機の原因であると認識されているからである。不十分な生産性の伸びに起因する低所得が、低い農産物価格と有利な借り入れ機会の不足と相俟って、多くの農民を雪だるま式に膨らむ債務累積状態に追いやっている。さらに、不確実性(価格、投入財の品質、天候、病害虫などの点で)が高まっており、適切な普及サービスや保険制度の欠如と相俟って、農民を絶望的にさせ4、それが都市への労働移動を引き起こし、農村に残された婦女子への労働の加重負担や脆弱性の増加につながっているのである。農業労働力の女性化は着実に進んでおり、2004-05年には、農業を主とする就業人口の 34%、農業を副とする就業人口の 89%は女性が占める状況となっている。 また、仮に農業部門が 4%成長を達成したとしても、マクロの経済成長率が 9%であれば、現在農業に就業している約 1000万人の農民に対して非農業部門に職を与えることができなければ、農工間の所得格差はますます拡大すると予測されている。そして 1000万人の農民に職を与えるためには、インドの非農業部門の雇用は、第 11次計画期間中に年率 6%以上で拡大しなければならないのである。雇用問題は、かくして第 11次計画のひとつの大きな挑戦となっているのである。 農業部門の 4%成長のために必要と認識されている政策は、次の通りである。

① 農産物に対する需要の引き上げ 農家が農産物の増産に躊躇している主な原因は、1)近年における 1人当たり食料消費量の停滞、2)多くの作物で世界価格が弱含みで推移していること、である。多くの経済モデルによると、マクロの経済成長率が 8~9%でも、農産物輸出が増加するか、あるいはマクロ成長率以上に貧困層の消費が伸びない限り、農業の 4%成長を支えるだけの(農産物に対する)需要は期待できないという。農産物輸出にはあまり期待できない以上、鍵は貧困層の需要増加にある。最近導入された国家農村雇用保障計画(National Rural

Employment Guarantee Scheme)は直接その役に立つし、バーラト・ニルマン5計画(Bharat

Nirman programme)を通じた農村住民の学校や保健所へのアクセスの改善は、間接的に効 3 Planning Commission (Gov. of India), Towards Faster and More Inclusive Growth: An Approach to the 11th Five Year Plan, December 2006. 4 農民による自殺の多発が社会問題化している。 5 文字通りの意味は、「インド建設」である。

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果があるであろう。また、これまでは一部の作物・一部の地域でのみ6機能してきた農産物の最低支持価格(MSP)を、より多くの作物と地域で機能させることも重要であろう。

② 供給力増加の戦略 「緑の革命」に匹敵するような第 2の技術革新が望まれる。しかし、技術の開発と普及に時間的ラグがあることを考慮すると、第 11次計画中には、既存の技術のポテンシャルを利用する以外にはなかろう。以下、供給力増加のための施策を列挙する。 ・ 灌漑面積の成長率の倍増 ・ 水管理、雨水有効利用、流域開発の改善 ・ 劣化した土地の開墾と土壌の改善 ・ 効果的な普及による収量ギャップの縮小 ・ 果樹、野菜、花卉、ハーブ・香辛料、薬草、竹、バイオディーゼルなど高付加価値作物への多様化、ただし食料安全保障への十分な配慮と共に ・ 家畜飼養や漁業の振興 ・ 適切な利子率のクレジットへの容易なアクセス ・ インセンティブ構造の改善と市場の円滑な機能 ・ 土地改革問題への再着目

③ 農業研究 第 2の「緑の革命」を生むためには、(優先順位がつけられた)基礎研究を重視することが大切である(特に、稀少な自然資源への圧力が増し、また国際農業研究からのスピルオーバー効果が縮小している昨今ではなおさらである)。第 11次計画では、国家農業研究システムを活性化し、革新技術の開発能力を高める必要がある。 以上、3点にわたって述べた政策により、現在の 2%成長の軌道を 4%に高めることが可能とされている。追加的な 2%のうち 1%は、2004年から始まっているバーラト・ニルマン計画(第 10 次計画の最初の 2 年間よりも実質で 60%以上も多い計画支出を農業・灌漑部門ですでに配分している)を含む、新しい 5 ヵ年計画の直接的な効果として期待できる。そして残りの 1%分は、民間部門でのより適切な資源利用とより多額の投資に依存することになろう。結局、農業投資の総額は、農業 GDPの約 16%(公共投資 4~5%、民間投資11~12%)が必要となるであろう、というわけである。

6 具体的には、パンジャーブ、ハリヤナ、ウッタル・プラデーシュ州西部の小麦、パンジャーブ、ハリヤナ、アーンドラ・プラデーシュ州のコメである。

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3.インドの食糧(穀物)需給 (1)穀物需給をめぐる最近の動向 インドが 1960年代半ば以降の「緑の革命」の普及と期を一にして、国家による穀物(特にコメ、小麦)の買い上げ・売り渡しを含む管理制度を充実させてきたことは、よく知られているところである。基本的な仕組みは、以下の通りである。 政府は、毎年、播種時期が来る前に、農業費用価格委員会(CACP)の諮問に基づき、作物の最低支持価格(MSP)を決定する。最低支持価格とは、文字通り、市場価格がそれを下回っても、その最低支持価格で政府が農民から無制限に農産物を買い上げなければならないことを意味する(市場価格がそれを上回れば、農民が政府に必要な量を販売しようとするだけのインセンティブ価格が買い上げ価格となる)。農民は、市場価格と政府買い上げ価格の両者をにらみながら、販売行動を決定することになる。

MSPは、主要な作物のすべてについて決定・提示されているが、現場で実効的なのは主としてコメと小麦である。コメと小麦の政府買い上げ量は、制度発足以来、年々増加し、最近では合計で 4000万トン程度にのぼっている。総生産量(農家の自家消費量や種籾、減耗を含む)に対する比率でみると、コメは 25~30%、小麦は 20~25%に達している。

1991年の経済危機(外貨危機)に端を発する本格的な経済自由化政策の下で、コメや小麦の MSPは、90年代前半に年々、大幅に(年率 10~15%)引き上げられた。インドの通貨ルピーの切り下げに伴い、穀物の国際価格とインド国内価格の差が拡大し、それを縮小させるのが主な目的であった。MSPの大幅引き上げの背景には、パンジャーブ州をはじめとする穀倉地帯の農民の政治圧力もあったとされる。 こうした MSPの引き上げに呼応するように、コメや小麦の政府買い上げ量も増加した。しかし、政府による売り渡し価格(中央政府が州政府に売り渡す際の価格を中央配給価格CIPという)も同時に大幅な引き上げとなったため(財政負担増大の回避)、国民への売り渡し量はかえって減少し、その結果、政府の穀物在庫が急速に膨らむこととなった。政府在庫は、過去 2回にわたって急速な膨張を経験した。1 度目は 1995年から 96年にかけて(第 1次過剰)、2 度目は 2001年から 2002年にかけて(第 2 次過剰)である。第 1次過剰では、コメ、小麦の合計で政府在庫が 3000万トンを越え、第 2次過剰では実に 6000万トンを越えた。 こうした状況に対し、政府は 1990年代半ば頃から MSPの引き上げ幅を抑え、また 2000年以降には据え置きを続けた。インフレを考慮すると、2000年以降の数年間で実質の買い上げ価格は 10%程度低下した模様である。こうして農民からの買い上げ量の抑制を図ったのである。一方、1997 年には、政府は新たな公共配給制度(TPDS)を導入し、貧困線以下の世帯(BPL)に対して特に安価に配給することによって、売り渡し量の増加を図ることになる。またコメ(従来から中東諸国を中心に輸出されていた高級品であるバスマティ米ではなく、普通のコメ)の輸出は 1995年以降恒常化し、さらに 2000年からは小麦の輸

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出もはじまった。2002-03年にインドを襲った大旱魃は、以上のような政府在庫の需給調整の動きを加速化させた。 こうして第10次5ヵ年計画期間中に、政府の穀物在庫は瞬く間に減少することとなった。2001年 7月に 6170万トンでピークに達して以降、2003年 10月には 3000万トンを割り、2005年 4月には 2000万トンも割り込んだ。そして、2006年 10月には 1240万トン(季節によって変動する標準在庫量は 1620 万トン)まで低下してしまい、そのうちコメは 600万トン(標準量 520トン)と標準を満たしていたものの、小麦は 640万トン(標準量 1100万トン)で標準を大幅に下回り、配給(PDS)に必要な量が確保できないとして、政府関係者を慌てさせたのである。 かくして政府による小麦の緊急輸入がはじまった。折りしも小麦の国際価格は急騰しており、政府は、2006-07年には割高な(トン当たり 205ドル)小麦の 550万トンの緊急輸入に追い込まれただけでなく、2007-08年にも、高値で 500 万トンを上限として輸入宣言するはめとなった7。また政府は、2007-08年の小麦の MSPを 750ルピー(100kg当たり)と、前年度よりも 100ルピーの大幅な引き上げを行い、農民からの買い上げ量の増加を狙っているところである。

(2)パンジャーブ州の農業の現状と将来 インドの北西端に位置する、国土面積や人口からすればごく小さなパンジャーブ州は、インド有数の穀倉地帯である。特に市販余剰という観点からみたとき、その地位は際立っている。たとえば、2005-06年度の政府コメ(精米に換算したモミ米を含む)買い上げ量は 2766万トンであったが、うちパンジャーブ州は 32%に当たる 886万トンを占めた。また 2006-07年度の政府小麦買い上げ量は 923万トンであったが、うちパンジャーブ州は、実に 75%に当たる 695万トンを占めている。インドの穀物供給、特に政府の公共配給制度(PDS)の維持という観点からみたとき、その地位は揺るぎなく大きく、文字通り、インドの穀倉地帯なのである。 パンジャーブ州は、1960年代半ば以降のインドにおける「緑の革命」の主な舞台であり、いち早く新技術を取り入れ、定着させていった地域としても名を馳せている。「緑の革命」を経過して、パンジャーブ農業は、コメと小麦の穀作に急速に特化していった。夏作(カリフ)にコメ、冬作(ラビ)に小麦というモノカルチャーの成立である。表 1 は、「緑の革命」前後におけるパンジャーブ州の作付パターンの変化を、隣接するハリヤーナー州(かつてはパンジャーブ州の一部であった8)と対比させて示したものである。ハリヤーナー州では相対的に農業がまだ多様化したままであったのに対し、パンジャーブ州における小麦 7 輸入機関(State Trade Corporation: STC)の対応のまずさから、トン当たり 300ドル以上の高値で輸入することとなり、国民の批判を浴びた(詳細は、Chand, R.,“Wheat Import and Price Outlook for 2007-08: Separating the Grain from the Chaff”, Economic and Political Weekly, August 4, 2007を参照されたい)。 8 1966年 11月に、パンジャーブ州からわかれ、独立のハリヤーナー州となった。

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とコメへの著しい偏りが明らかであろう。小麦とコメの作付比率の合計をみると、ハリヤーナー州では 1960年代半ばの 20%から 2000年に 52%へ上昇するにとどまったのに対し、パンジャーブ州では 1960年の 34%から 2000年には実に 76%へ上昇したのである。

表1  作付パターンの変化小麦 コメ 雑穀 ヒヨコマメ 綿花 砂糖キビ その他 合計パンジャーブ州1960/61 29.5 4.8 2.7 17.7 9.4 2.8 33.1 1002000/01 43.2 32.9 0.1 0.7 7.5 1.4 14.2 100ハリヤーナー州1966/67 16.2 4.2 25.3 23.1 6.2 3.3 21.7 1002000/01 35.2 17.2 11.6 2.0 11.4 2.3 20.3 100出所)Government of Punjab, Statistical Abstract of Punjab, 2003/04 ; Government of Haryana, Statistical    Abstract of Haryana, 2003/04 .

小麦とコメのモノカルチャーとなったパンジャーブ農業にとって、問題点は作付面積の推移を示す図 1 と単位面積当たり収量の推移を示す図 2に集約されている。まず、作付面積の動向をみると、コメは最近まで伸び続けているのに対し、小麦は、1980年代初頭まで急速に伸びた後は、伸び悩んでいる。これは、冬作(ラビ)で小麦がほぼ 100%に近くなって飽和したことを示している。一方、収量の動向を示す図 2をみると、逆に 1980年代以降のコメの頭打ちが明瞭に観察できる。また順調に収量を上げてきた小麦についても、2000年頃に 4.5トン/haに達して以降、低下・停滞局面に入っていることがわかるであろう。小麦とコメを生命線とするパンジャーブ農業にとって、以上のような近年の動向は、2000年以降の政府買い上げ価格の停滞と相俟って、農家所得の停滞を示すものにほかならない。

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図 1 パンジャーブ州の小麦、コメの作付面積の推移

05001000150020002500300035004000

50/51 58/59 62/63 66/67 70/71 74/75 78/79 82/83 86/87 90/91 94/95 98/992002/2003年度作付面積 (1000ha) RiceWheat

(出所)Government of Punjab, Statistical Abstract of Punjab, various issues.

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図 2 パンジャーブ州の小麦、コメの収量の推移

0500100015002000250030003500400045005000

50/5158/5962/6366/6770/71 74/7578/7982/8386/8790/9194/95 98/992002/2003年度土地生産性 (kg/ha) RiceWheat

(出所)図 1 に同じ。

2007年 9月に、チャンディガールにあるパンジャーブ州農業局を訪問した際、局長が列挙した現在のパンジャーブ農業の問題点は、以下の通りである。 1)土壌の劣化(マイクロ栄養素の不足、塩害、アルカリ化など) 2)地下水の枯渇 3)作物収量の停滞

このうち、地下水の枯渇について若干敷衍するならば、パンジャーブ州の灌漑の 75%は地下水に依存している。地下水の過剰なくみ上げにより、地下水位は緩やかながら着実に低下しており、チューブウェル(tubewell)の centrifugalポンプから submergibleポンプへの転換が 70%ほどの井戸で進んでいる。Submergibleポンプは、水中深くまで電動モーターを埋め込み、より深い地下水のくみ上げが可能となる。しかし、パンジャーブ州では一般に、地下水位が 450フィート以下に低下すれば、塩分濃度の高い地下水となり、農業には適さなくなる。したがって、灌漑に適した地下水の枯渇は、思ったよりも早くやって来るかも知れない。この問題は、特に要水量の多い稲作において深刻であり、コメに代わる有利な夏作(カリフ)の代替作物をみつけ、定着させていかなければならないと、危機感を募らせているのである。 以上の問題群に対する対策としては、1)有機農業の推進、緑肥の鋤き込み、豆類を組み込んだ作付体系への転換、2)コメに代わる代替作物(地域特性に応じてメイズ、砂糖

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キビ、ダイズなど)の模索、稲作における水節約技術の導入(たとえば、無耕起栽培など)、3)良質の種子(quality seed)の普及、機械化、などが指摘されている。小麦よりも一足早く需要の頭打ちが明瞭になりつつあるコメは、地下水位の枯渇問題や土壌の劣化問題とも相俟って、一刻も早く有利で適切な代替作物を導入・定着させ、それを通じて農業多様化を推進していくことが重要と認識されているのである。

4.農業政策決定メカニズム (1)インドの主要な農業政策とその概要 インドの主要な農業政策としては、以下のものを挙げるのが適当といえるだろう。 a)食糧(コメ、小麦)の買い上げ・売り渡し政策 b)主要な投入財(化学肥料、灌漑水、電力)に対する補助金政策 c)農業・農村に対する金融・保険政策 d)農業技術開発・普及政策

a)の食糧(コメ、小麦)の買い上げ・売り渡し政策についてはその概要と最近の動向についてすでに述べたので省略し、以下では、b)~d)について簡単に述べておこう。

① 投入財補助金政策 農業生産に必要な主要な投入財、すなわち化学肥料、灌漑水、電力の供給については、政府の役割が大きく、またそこに多額の財政的な補助金が投入されている。化学肥料に対する補助金(価格差補給金)は連邦政府が管轄し、負担しているのに対し、灌漑水と電力については、州政府の管轄・負担となっている。

1)化学肥料 化学肥料に対する補助金は、基本的に価格差補給金であり、国内産肥料の場合は肥料メーカーに、輸入肥料の場合は輸入商に、直接的には支払われる。国内産の場合、肥料メーカーは政府が指定する全国一律価格での販売を義務づけられるが、その際、政府から製造原価に一定のマージンを上乗せした基準価格(販売価格<基準価格)との差額を受け取ることになる。もっとも、製造原価といっても、当然のことながら各肥料メーカーや同じメーカーでも各工場で異なってくる。政府は、工場毎に製造原価を推計し、工場毎に異なる差額を支給する方式(これを保持価格計画:Retention Price Schemeと呼ぶ)を採用してきた。これはつまり、非効率で本来ならば市場から撤退すべき肥料工場も一定のマージンを保障されるという、大きな制度的矛盾をもっていることを意味する。 以上のように、補助金は連邦政府から肥料メーカーに支払われるわけであるが、しかし補助金が肥料メーカーに 100%帰属し、農家には恩恵が及ばないと考えるのは誤りである。

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国際価格を基準として、それと政策価格である小売価格との差額は、農家が受け取ることになるからである。こうして農家の補助金取得シェアを計算すると、主として国際価格の変動に応じてシェアも大きく変動し、たとえば窒素肥料の場合、1991年には 50%、98 年には 37%、99 年には 18%へと低下した(2000年には 43%へ回復)9。農民の受け取りシェアが低下した事実は、それだけ国内産肥料のコストが上昇し、国際価格よりも相対的に割高になったことを意味するものである。 政府は 1992年、リン酸肥料(DAP など)とカリ肥料(MOPなど)について、批判の多かった保持価格制度(RPS)を廃止し、小売価格の上限だけを設定する新制度を導入する決定を下した。また同時に、これら肥料の輸入を自由化した。その結果、リン酸肥料とカリ肥料の価格が高騰し、相対的に値上がりの少なかった尿素肥料との価格差が拡大することとなった。またそれは、尿素肥料の相対的な過剰投入という事態を招いたのである。 政府は、以上のような問題に直面し、1996年以降、リン酸肥料とカリ肥料に対する価格差補給金を倍増させる措置をとった。その効果があがり、リン酸肥料とカリ肥料の高騰は抑制されたが、それはほかでもなく、肥料補助金の復活を意味するものであった。肥料補助金は、1989年に対 GDP比率で 1.11%となってピークに達したが、その後、1992年の上記改革によって 1993年、94年には 0.56~0.57%へと急激に減少したものの、1996年の政策変更によって再び、対 GDP比率は 0.75%(1999年)に上昇するに至っている。 対 GDP比率の大きさをみてもわかるように、連邦政府にとって化学肥料補助金は、相当に重い負担となっているのである。さらに問題は、化学肥料のヘクタール当たり使用量に大きな地域間格差がある以上、化学肥料補助金の農民受け取り分にも、自ずと大きな地域間格差があり、「緑の革命」の先進地であるパンジャーブ州などに偏った配分になっているという点である。

2)灌漑水 灌漑のうち用水路灌漑は、政府の管轄であり、チューブウェルによる地下水灌漑の民間管理とは著しい対照となっている。用水路灌漑は、ダムや大河川から分水した水を長大な用水路で導水するもので、インド全体の灌漑の約 3割を占めている。用水路灌漑は、州政府灌漑局の技官を中心に企画・建設・運営されているものである。灌漑補助金とは、このような用水路灌漑について、灌漑コストから農民の支払った水利料金を差し引いたものである。 灌漑コストは、<物的施設の原価償却費>と<日常的な管理・運営費>の合計であるが、農民の支払うべき水利料金が著しく低く抑制されているため、州によって多少の差はあれ、後者の管理・運営費すら賄えないというのが一般的な状況である。水利料金は州政府が決定し、インフレその他の経済事情を考慮して改定できることになっているが、往々にして 9 Gulati, A. and S. Narayan, The Subsidy Syndrome in Indian Agriculture, Oxford University Press, 2003.

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農民への政治的人気取りのために、据え置きがなされてきたのが実情である。インド全州合計の灌漑補助金は、1999/2000年度で 522億ルピーに達しており、同年度の化学肥料補助金 1324億ルピーと比較しても、それほど小さくないということができよう。なお、電力補助金は 2627億ルピーに達しており、最も問題が深刻である。次に、その電力について述べよう。

3)電力 電力供給は、用水路灌漑と同様、州政府の管轄事項となっている。各州には州電力公社(State Electricity Board;SEB)が置かれ、独占的に電力を供給する体制となっている。そのため、電力補助金は、近年、州政府最大の財政圧迫要因になっている。 電力料金は、用水路灌漑の水利料金同様、州政府にその決定権がある。電力料金は、家庭用、農業用、業務用など用途別に大きな差が設けられており、一般に家庭用と農業用とが著しく低く抑制されている。そのしわ寄せは、一部は SEBの赤字となるが、他の一部は業務用電力料金の割高な設定となり、工業化のひとつの隘路となっているケースが多い。 農業用電力料金は、パンジャーブ州やタミルナードゥ州などのように全くの無料とされている場合もあるが、一般にはフラット・レートと呼ばれるモーター馬力数に応じた固定料金制である。すなわち、一定料金で、いくらでも電力を消費することができる料金体系となっているのである10。その意味するところは重大である。第 1 に、電力を過剰に使用し、その結果、地下水を過剰にくみ上げてしまう傾向を生むことになる。パンジャーブ州その他、インド各地で問題になっている地下水の枯渇問題は、農業用電力料金の賦課方式にもその責任の一端があるといえよう。第 2 に、料金体系がフラット・レートであるということは、地下水の限界くみ上げコストが著しく低くなることを意味する。灌漑用の地下水は、インド各地で広範に売買の対象となっており、市場原理が働くならば、限界費用の低下は灌漑水の取引価格を引き上げ、中小農民への所得再分配効果をもつことになろう。 以上、投入財補助金の問題について概要を示した。投入財に対する補助金は、「緑の革命」を普及させるプロセスにおいては、不確実性やリスクが高い中で、農民に高価な投入財を採用させるインセンティブを与えるという意味で、重要な役割を果たしたであろうと考えられる。しかし、1980年代に「緑の革命」が全国的に普及した現在、その役割は減じてしまったといわざるを得ない。多額の補助金の存在は、(連邦政府、州政府を問わず)財政圧迫の大きな原因となり、本来、(公共)投資に回すべき資金の枯渇を招く。それは、農業の成長率を低めるばかりでなく、灌漑や電力などのインフラがまだ整っていない後進地域の開発を遅らせてしまうという意味で、地域格差の固定化にもつながる。以上のように、(政 10 したがって、電力消費量を計測するメーターは設置されず、実際の農業用電力消費量は誰にもわからない。全発電量から他のセクターの消費量を差し引いた残余でもって、推計するしかないのである。つまり、実際の消費量がわからない以上、農業用電力のユニット料金も、推計でしかないことになる。配電の過程で発生する多くのロスや、盗電の多さ(いわゆるシステム・ロス)を考慮すると、農業用電力料金の低位性は、かなり誇張されたものであるという意見も多い。

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治的には非常に困難な)投入財補助金をいかに削り、投資資金に回していくかという問題は、インド農業の将来を占う最も重要な問題のひとつなのである。

② 農業・農村の金融・保険政策

1)金融 インドの農業・農村制度金融は、連邦政府およびインド準備銀行(中央銀行)の直轄組織である全国農業農村開発銀行(National Bank for Agricultural and Rural Development;NABARD)と、その傘下にある 4種類の金融機関群、すなわち指定商業銀行、土地開発銀行、地域農村銀行、信用協同組合によって担われている。指定銀行(Scheduled Banks)とは、一定以上の資本規模をもち、中央銀行から直接融資を受けられる銀行をさしている。土地開発銀行は、土地を担保に中長期資金を供給する役割を担っており、NABRAD の強い指導下にある政府系金融機関である。また地域農村銀行(Regional Rural Banks)は、1975年に政府の肝いりで設立された、農村の弱者層をターゲットとする金融機関である。 2001年現在、指定商業銀行は 100を数え、約 3 万 3000の支店網を持っている。また地域農村銀行は 196を数え、約 1 万 4000の支店網をもつ。これに対して、信用協同組合は、州、県、村の 3段階の組織を持ち、州協同組合銀行(29)とその支店が 823、県協同組合銀行(367)とその支店が約 1 万 2400、そして村レベルの単位農業信用組合が約 9 万 2000を数える。

総世帯数 融資世帯数 融資 融資合計/融資世帯('000世帯) ('000世帯) 世帯率 信用協同組合 土地開発銀行 商業銀行 地域農村銀行 合計 (ルピー)限界農民 63,389 8,874 14% 5,976 1,070 2,836 1,123 11,005 1,240小農民 20,092 3,598 18% 4,705 881 2,552 1,116 9,254 2,572準中農民 13,923 2,926 21% 5,486 1,140 3,213 966 10,805 3,693中農民 7,580 1,620 21% 4,908 968 2,993 712 9,581 5,914大農民 1,654 347 21% 2,159 523 1,095 232 4,009 11,553合計 106,638 17,365 16% 23,234 4,582 12,689 4,149 44,654 2,571出所)Government of India, Agricultural Statistics at a Glance 2004.

1991/92年融資実績(百万ルピー)表表表表2    農業制度金融農業制度金融農業制度金融農業制度金融のののの利用状況利用状況利用状況利用状況 表 2は、資料は 1990年代初頭と古いが、農業・農村制度金融の実績を示すものである。制度融資を受けた農家世帯は、限界農(1ha未満)で 14%、小農(1~2ha)で 18%とやや低めになっている以外は、準中農(2~4ha)、中農(4~10ha)、大農(10ha以上)で 21%と一律になっている。予想以上に限界農や小農の融資受け取り比率が高いのは、表から明らかなように、信用協同組合や農村地域銀行が「弱者」をターゲットにしているからである。 農業融資額の 1990年代初頭から現在までの推移をみると、1990年代半ばまでは停滞したが、その後は急速な成長を遂げている。特に成長著しいのは、指定商業銀行による短期、

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および中長期の農業融資である11。最近ではおそらく、農業制度融資の配分は、表 2 に示すよりも上層農に有利に展開しているものと考えられる。 1990 年代半ば以降の新しい展開として注目されるもう一つの点は、自助グループ(SHG;Self-Help Group)の急速な普及である。SHGは、近隣に居住し経済的に豊かではない貧困世帯の世帯員、なかでも主に女性世帯員が 5~20人集まり、自主的に組織するもので、定期的に少額の貯蓄を集め、集まった貯蓄を構成員に貸し出す、という仕組みである。これは、いわゆる ROSCA(回転型貯蓄信用講)と同種のものと考えてよいが、それだけではなく、一定の条件が整えば12、金融機関からの借り入れを行うこともできるという点が大きな特色である。SHGは、全インド規模で、急速に拡大しつつある。

2)保険 国家農業保険計画(NAIS;National Agricultural Insurance Scheme)は、1999/2000年に導入された。インド農業保険会社(AICIL;Agricultural Insurance Corporation of India Ltd.)は、その実施のために設置された政府系の会社である。また 2004年には、AICIL は、降雨保険(Varsha Bima)を導入した。以下では、2008年 2月にタミルナードゥ州で実施した調査に基づき、その現場レベルにおける仕組みと導入の実態について簡単に説明しよう。 タミルナードゥ州では 2004年頃から計画がはじまったが、しかし実際に村レベルまで達するのは 2007年になってからであった。このように、政府レベルでの政策決定と現場での実施にはかなりの時間的ラグがあるとみてよい。 タミルナードゥ州 T.Kallupattiブロックの農業局長に対するヒアリングによれば、コメの場合、保険料は 1ヘクタール当たり 342.8ルピー(調査時の為替レートで約 1000円)であり、50%を受益者(農民)が支払い、残りの 50%を政府が支払う。そして旱魃などで不作になった場合、おりる保険金は最大、1ヘクタール当たり 1 万 7040ルピーである。稲作の地域の標準収量を 1エーカー当たり 30袋とすると、1ha当たりで 5.3トン、市価に換算して約 4 万 4000ルピーの粗収入となるのが前提である。所得率をざっと 7割とすると、純収益は約 3 万 1000ルピーとなるので、保険金は、その 55%程度を上限として出ることになる。 旱魃など天候被害の査定の仕方は、グラム・パンチャヤート(行政村)を 10個程度含む地域単位で査定を行うという。査定は、その地域内に設定された 10から 16枚程度の圃場の坪刈りを通じて行い、県長官(District Collector)が最終的に旱魃(drought)と宣言すれば、その地域に含まれ、保険料を支払っている農民すべてに保険金が下りるという仕組みである。したがって、保険料は農民個人で支払うのに対して、保険金は一定の大きな地域 11 須田敏彦『インド農村金融論』日本評論社、2006年、24~25ページ。 12 須田(前掲書、176ページ)によれば、SHGのミーティングや貯金が一定期間(6ヵ月)きちんと行われていることを確認した上で、SHGの申請に基づき、貯金残高の 4倍まで年利 12%程度で融資することができる。

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が単位となって支払われることになる13。そういう制度的な未熟さゆえか、現場では、農民はなかなか保険料を支払わず、役人は制度の普及に躍起になっているようであった。

③ 農業技術開発・普及政策 農業技術開発は、主として連邦政府農業省の農業研究・教育局によって担われている。インド農業研究会議(ICAR;Indian Council of Agricultural Research)が、多数の研究所・試験場の統括機関である。1929年に設立され、農業・畜産・漁業の研究、教育および普及教育活動を調整し、推進する頂点に立つ組織である。ICAR は、インド各地に広がる、48 の国立研究所、32の国立研究センターをはじめ、数多くの研究所・研究センター・研究局等を擁している。 上記の国立研究機関以外にも、各州には、作目別等にわかれた 3~4 の州立試験場が設置され、州政府農業局が所管している。また、ハイデラバードには、国際農業研究協議グループ(CGIAR)傘下の機関である国際半乾燥熱帯作物研究所(ICRISAT)があり、雑穀、豆類、油糧種子等の研究を行っている。 その他、農学教育は州立農業大学(State Agricultural University)で行われている。現在までに 40の州立農業大学が設立されている。 また農民への農業技術の普及事業は、州農業局の管轄である。もう少し詳しくは、パンジャーブ州やハリヤーナー州を事例に、第 3節で後述することとしよう。

(2)農業政策の決定メカニズム:連邦政府と州政府の関係を含めて インドの農業政策の決定メカニズムについて説明する前に、インドの農業部門(畜産や漁業を含む広義)に対して、いかに多くの省庁が関与しているかを解説しておきたい。それは、わが国などとは異なり、非常に多くの省庁が「乱立」しているからである。 インドの農業部門に関与する省庁には、以下のものがある。 ・ 農業省(Ministry of Agriculture) ――農業・協同組合局(Department of Agriculture and Cooperation) ――家畜飼育・酪農局(Department of Animal Husbandry and Dairying) -家畜飼育課(Animal Husbandry Division) -酪農開発課(Dairy Development Division) -水産課(Fisheries Division) ――農業研究・教育局(Department of Agricultural Research and Education) ・ 水資源省(Ministry of Water Resources) ・ 消費者問題・食糧および公共配給省(Ministry of Consumer Affairs, Food and Public

13 したがって、仮に保険料をきちんと支払っており、かつ実際に被害にあったとしても、地域全体で被災したと宣言されない限り、保険金は下りないことになる。逆に、井戸を所有しているために旱魃時にも平年作を達成できた農民でも、地域全体が旱魃と宣言されれば、保険金を受け取ることになる。

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Distribution) ――消費者問題局(Department of Consumer Affairs) ――食糧・公共配給局(Department of Food and Public Distribution) ・ 農村開発省(Ministry of Rural Development) ――農村開発局(Department of Rural Development) ――飲料水供給局(Department of Drinking Water Supply) ――土地資源局(Department of Land Resources) ・ 環境・森林省(Ministry of Environment and Forests) ・ 食品加工工業省(Ministry of Food Processing Industries) ・ 化学薬品・肥料省(Ministry of Chemicals and Fertilizers) ――肥料局(Department of Fertilizers) ・ 電力省(Ministry of Power) ・ 商業省(Ministry of Commerce)

電力省がなぜ農業関連なのかについては、農業用電力の消費量がインド全体の電力消費量の約 3 分の 1 を占めることから、理解できるであろう。農業用電力の消費は、前述の通り、主として灌漑用地下水のくみ上げのための消費であり、地下水灌漑への依存度の高いインドの灌漑農業にとっては命綱ともいえる重要性をもっているのである。 インドの憲法は、国防などごく一部の事業を除き、州政府にさまざまな事業の管轄権を与えている。農業、灌漑、電力、農村開発、食糧等もその例外ではない。大雑把にいえば、連邦政府は基本的な政策の立案に当たり、州政府はそれを受け、州の特殊事情に適合するように政策に変更を加えたり、拡張・縮小させたりして、州独自の政策を策定し、かつその政策の具体的な実施に当たる、という基本的な構図が成立しているようである。 しかし、以上のようにいったからといって、州政府の政策立案上の役割を過小評価してはならない。政策決定の際の最も枢要な政策変数を州政府が握っているケースが結構多いのである。たとえば、すでに述べたことでもあるが、電力料金体系を決めるのは州政府である。農業部門にとっては、農業用電力料金がどう決まるかは決定的に重要である。パンジャーブ州やタミルナードゥ州では、農業用電力料金をタダ(無料)にするという思い切った政策が取られている。こうした措置は、一般に農民への政治的人気取りのために行われるわけであるが、必然的に、州電力公社(SEB)の財務体質に大きな影響を与えるし、かつ他の用途向けの電力料金にも無視できない影響を与えるであろう。1991年以降の経済自由化時代に入って、国民会議派(Congress)の一党支配体制が完全に終焉し、地方に基盤を持つ政党の力なしに政権の確立・維持がもはや困難である今日、州政府の政策は、州政治の動向に大きく影響を受ける体質に変質してしまっているのである。 他の例をあげるならば、たとえば、食糧の公共配給政策(PDS)では、基本的な仕組みは連邦政府の政策枠組みに沿ってはいるものの、(これも州民の政治的取り込みや人気取り

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のためであるが)州独自の食糧補助金を計上して、さらに安価な食糧配給を約束するようなケースもかなり多いのである。かつては、政府の PDSを通じて配給されるコメや小麦は品質面で問題が多く、貧困層以外には実質的な意味を持たなかった時代もあったが、今日では品質面での改善がなされ、富裕層でも PDSに依存することが多くなっているため、膨大な食糧補助金が必要になることにもなる。 農業政策に限らないことと考えられるが、インドの政策立案・決定プロセスは、基本的にボトムアップではなく、トップダウンである。重要な政策課題が眼前にあるとき、政府は、政策事情に通じた大学教授等有識者を数名から 10名程度指名し、審議会をつくり、そこで議論をさせ、報告書を出版させる。その報告書は、しばしば審議会の委員長の名前をつけて(たとえば Khusroが委員長の場合、クスロ報告など)一般に流布され、政策決定は、その報告書がベースになることが多い14。インターネットの発達した昨今では、各省庁は、重要な報告書は、ホームページに掲載していることが多い。 しかし、すでに述べたように、インドの省庁は数多くの省庁に「分断」されている。政策が重要なものになればなるほど、複数の省庁に関連した政策が多くなるであろう。この場合、政策決定は、どうなされるのであろうか。そのヒントは、国立農業経済研究所(NCAP;National Center for Agricultural Economics and Policy Research)のラメシュ・チャンド(Ramesh Chand)博士が筆者の質問に答えて述べたように、関連する複数の省庁の大臣によって構成されるグループ(Empowered Group of Ministers)が、重要な役割を果たすようである。たとえば、農業省、消費者問題・食糧・公共配給省、財務省の 3 つで構成したり、農産物貿易に関連する政策であれば、さらに商業省が加わったり、などである。この複数の大臣グループで決定した政策は、最終的には閣議決定される。

(3)州農業局の役割:パンジャーブ州とハリヤーナー州を事例に すでに述べたように、農業部門に関連する省庁の数は大変多い。州農業局は、連邦政府の農業省に関連する領域のみを扱う。したがって、灌漑や水利開発、農村開発、食糧の買い上げや公共配給などは、基本的に管轄外である。州農業局は、主として農業技術の普及を実行するための機関であるといっても、決して過言ではない。 たとえば、ハリヤーナー州の例では、夏作(カリフ)と冬作(ラビ)の年 2回、大きな農業会議が行われる。そこで提出される報告書を 1部入手したので15、その内容を通じて、州農業局の仕事の内容を紹介することにしよう。 目次は以下の通りである。 1.はじめに 1-3

14 ひとつの事例として、農業金融の政策決定における審議会報告の重要性を詳しく論じたものとして、須田の前掲書をあげておきたい。 15 入手した報告書は、Department of Haryana, National Conference on Agriculture for Rabi Campaign 2007-08 18th & 19th September 2007と題する 90ページのものである。

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2.2007-08年度の作物と天候予測 4-17 3.油料種子・豆類・メイズの技術使命(technology mission) 18-21 4.園芸 22-23 5.農業普及 24-28 6.天水地のファーミング・システム 29-30 7.自然資源管理 31-34 8.農産物のマーケティング 35-36 9.種子 37-43

10.総合的(土壌)栄養管理 44-52

11.植物防除 53-59

12.電力供給 60

13.農業金融 61-71

14.農業機械化 72-81

15.農業統計 82-85

16.情報技術 86

17.農業をめぐるマクロ管理16 87-90

また最後の「17.農業をめぐるマクロ管理」には、2006-07年度の具体的な事業名と予算規模、予算消化進捗状況が一覧表になっている。それによると、Part Iの「作物栽培」とPart IIの「土壌および水分保全」に分かれており、それぞれについて州独自の事業、連邦政府が費用分担する事業、連邦政府が費用を 100%負担する事業、の 3 つが掲載されている。改定予算(Revised outlay)でみると、州独自事業が 8004万ルピー(13.8%)、費用分担事業が 4億 8818万ルピー(84.0%)、連邦政府事業が 1310万ルピー(2.5%)となっている。以上のように、予算面では、州政府と連邦政府が費用を分担する形態の事業が圧倒的に多くなっていることがわかる。 一方、パンジャーブ州農業局では、すでに述べたように同州農業における政府穀物買い上げが非常に重要であることから、最低支持価格(MSP)の連邦政府決定に一定の影響力を与えるような仕事をしていたのが印象的であった。すなわち、MSPの決定の基礎になるような独自の生産費データを収集・分析し、それを連邦政府に持ち込んで、できるだけMSPが高く決まるように「陳情」をしているのである17。 なお、パンジャーブ州農業局は、地質部(Geology Wing)、工学部(Engineering Wing)、 16 具体的内容は、年次計画の計画支出について。 17 MSPの決定に際しては、農業費用価格委員会(CACP)の役割が決定的に重要である。CACPは、独自の生産費調査体制をもっており、毎年 2回(カリフ期とラビ期)、生産費と国際価格などをにらみながら、政府にMSPの諮問をする。MSPは、以上のようにかなり客観的なデータに基づいて決定される。これに対して、配給価格の基礎になる中央配給価格(CIP)は、もっと「政治的」なプロセスで決定がなされるという。

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統計部(Statistical Wing)、事務部(Administrative Wing)の 4つの部から構成され、局長の下に 4 人の部長(Joint Director)が配置されている。配布されたパンフレットによると、農業局の主な機能は、以下の通りである。 ・ さまざまな作物生産のため、研究所で開発された最新技術を農民にトレーニングする。 ・ 種子、化学肥料、農薬、灌漑水、農業機械など農業投入財の供給と品質管理をモニターする。 ・ 土壌の圃場における作物の健康状態をモニターし、バランスの取れた肥料使用のため、総合栄養管理(Integrated Nutrient Management)を推進する。 ・ 農薬をできるだけ使わないことを推奨し、総合防除管理(Integrated Pest Management)を採用して、環境汚染をコントロールする。 ・ 伝統的作物から油料種子や豆類、砂糖キビ、メイズ、綿花への多様化。 ・ 農業コミュニティの経済的向上のための受益者重視の事業の実施(たとえば契約栽培、養蜂、ミミズ農法) ・ 自然保全技術(Natural Conservation Technologies)の推進。 ・ よりよい農場管理を通じた思慮のある灌漑水の利用を推進し、地下水位と水質をモニターする。

5.農産物貿易政策 (1)インドの農産物貿易の概要と最近の動向 1990年代初頭から最近までのインドの農産物輸出と輸入の動向は、表 3 と表 4に示した通りである。2002/03年度でみると、輸出は 3313億ルピー、輸入は 1710億ルピーで、大幅な「出超」になっている。インドの農業は、ネットで多くの外貨を稼いでいるということである。 主な輸出品目は、年によってかなり大きな変動があるが、水産物、野菜・くだもの(生鮮品と加工品)、コメ、カシュー、香辛料、肉類、茶、コーヒー、タバコなどであり、また最近では紙・木製品の伸びが注目される。別の資料によると、主な輸出先は以下のようになっている。 ・ 水産物――アメリカ、日本 ・ 野菜(生鮮)――バングラデシュ、アラブ首長国連邦、マレーシア ・ くだもの(生鮮)――オランダ、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、バングラデシュ、イギリス ・ 野菜(加工)――アメリカ、フランス、ロシア、スペイン、ドイツ ・ くだもの(加工)――ロシア、アメリカ、イギリス、オランダ、サウジアラビア ・ コメ(バスマティ)――サウジアラビア

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・ コメ(一般)――ナイジェリア、バングラデシュ、南アフリカ、コートジボワール ・ カシュー――アメリカ、オランダ ・ 香辛料――アメリカ、マレーシア、イギリス ・ 肉類――マレーシア、フィリピン、アンゴラ ・ 茶――ロシア、イギリス、アラブ首長国連邦 ・ コーヒー――イタリア、ロシア、ドイツ ・ タバコ――ベルギー、ロシア、アラブ首長国連邦、アメリカ、サウジアラビア

(億ルピー) (構成比) (億ルピー) (構成比) (億ルピー) (構成比) (億ルピー) (構成比)コメ 44.0 7.3% 456.8 22.4% 293.2 10.2% 536.4 16.2%小麦 2.9 0.5% 36.7 1.8% 41.5 1.4% 170.0 5.1%豆類 0 0.0% 13.2 0.6% 53.7 1.9% 33.7 1.0%茶 107.5 17.9% 117.1 5.7% 178.9 6.2% 162.1 4.9%コーヒー 25.3 4.2% 150.3 7.4% 118.5 4.1% 97.4 2.9%タバコ 26.3 4.4% 44.7 2.2% 86.7 3.0% 100.4 3.0%鶏・酪製品 0 0.0% 5.9 0.3% 10.8 0.4% 17.3 0.5%花卉 0 0.0% 6.0 0.3% 11.8 0.4% 17.5 0.5%香辛料 23.3 3.9% 79.4 3.9% 161.8 5.6% 161.5 4.9%カシュー 44.7 7.4% 123.7 6.1% 205.3 7.2% 201.5 6.1%油糧種子 14.9 2.5% 71.5 3.5% 150.3 5.2% 105.9 3.2%油粕 62.5 10.4% 234.9 11.5% 204.5 7.1% 137.7 4.2%キャスター油 5.8 1.0% 74.3 3.6% 95.3 3.3% 52.0 1.6%砂糖 3.7 0.6% 50.7 2.5% 50.5 1.8% 173.8 5.2%野菜・くだもの(生鮮) 0 0.0% 52.8 2.6% 84.3 2.9% 105.0 3.2%野菜・くだもの・その他加工 21.3 3.5% 88.8 4.4% 131.8 4.6% 166.2 5.0%肉類 14.1 2.3% 62.7 3.1% 147.0 5.1% 136.2 4.1%水産物 96.0 16.0% 338.1 16.6% 636.7 22.2% 668.3 20.2%綿花 85.5 14.2% 20.4 1.0% 22.1 0.8% 4.7 0.1%ジュート 0 0.0% 0 0.0% 20.6 0.7% 34.4 1.0%鶏肉製品 0 0.0% 0 0.0% 10.5 0.4% 17.0 0.5%紙・木製品 0 0.0% 0 0.0% 133.0 4.6% 186.7 5.6%その他 23.5 3.9% 10.8 0.5% 16.9 0.6% 26.9 0.8%合計 601.3 100.0% 2038.8 100.0% 2865.7 100.0% 3312.6 100.0%(出所)Government of India, Agricultural Statistics at a Glance 2003 .

2002/03年度 1990/91年度表3 農林水産物の輸出1995/96年度 2000/01年度

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(億ルピー) (構成比) (億ルピー) (構成比) (億ルピー) (構成比) (億ルピー) (構成比)豆類 47.3 39.2% 68.6 11.6% 49.8 4.1% 256.3 15.0%小麦 2.4 2.0% 1.0 0.2% 0.3 0.0% 0 0.0%コメ 3.9 3.2% 0 0.0% 1.8 0.1% 0.1 0.0%穀類調製品 8.7 7.2% 6.9 1.2% 5.1 0.4% 11.7 0.7%ミルク・クリーム 0.3 0.2% 3.7 0.6% 0.7 0.1% 1.0 0.1%カシューナッツ 13.2 10.9% 76.0 12.9% 96.1 8.0% 123.1 7.2%くだもの・その他ナッツ 10.8 9.0% 33.1 5.6% 79.8 6.6% 61.0 3.6%香辛料 0 0.0% 7.4 1.3% 25.4 2.1% 56.8 3.3%砂糖 0.9 0.7% 21.6 3.7% 3.1 0.3% 3.3 0.2%油糧種子 0.6 0.5% 3.6 0.6% 0.7 0.1% 1.1 0.1%植物油 32.2 26.7% 226.2 38.4% 597.7 49.5% 874.5 51.1%植物・動物脂肪 0 0.0% 0.3 0.1% 1.1 0.1% 1.2 0.1%綿 0 0.0% 52.1 8.8% 118.5 9.8% 104.1 6.1%ジュート 0 0.0% 4.8 0.8% 8.0 0.7% 10.9 0.6%茶 0 0.0% 0 0.0% 4.1 0.3% 12.4 0.7%木材・木製品 0 0.0% 83.6 14.2% 214.9 17.8% 192.5 11.3%その他 0.3 0.2% 0.1 0.0% 1.5 0.1% 0.0 0.0%合計 120.6 100.0% 589.0 100.0% 1208.6 100.0% 1,710.0 100.0%出所)Government of India, Agricultural Statistics at a Glance 2003 .

1990/91年度 2002/03年度表4 農林水産物の輸入1995/96年度 2000/01年度

これに対して、主な輸入品は、圧倒的に植物油と豆類、カシューナッツ(カシューへの加工貿易のため)、そして最近では木材・木製品が重要である。植物油の多くはパーム油であり、インドネシア、マレーシア、アルゼンチンが主な輸入先である。豆類の輸入先は、主にミャンマー、カナダが多い。またカシューナッツは、アメリカやパキスタン、イランが多い。

(2)主な農産物の輸出入制度と政策18 1992年、本格的な経済自由化政策の下、インドは新しい輸出入政策(Export-Import Policy)を発表し、これにより貿易は一部の規制品目(ネガティブ・リスト)を除き、原則自由化された。農産物については、数量規制、ライセンス制、政府機関による貿易独占(canalization)を廃止し、関税率の引き下げを行った。 農産物貿易に関する改革は、具体的には以下の通りである。 【輸入】 ・ 輸入規制の緩和(禁止品目を 3品目、制限品目を 80品目に削減) ・ 輸入ライセンス制の縮小・廃止(2品目を残して廃止) ・ 政府貿易機関の削減 ・ 最低輸入価格の廃止(バスマティ米、香辛料、肉類等) 【輸出】 ・ 輸出規制の緩和・廃止

18 本節の叙述に当たって、農林中金総合研究所『平成 17年度 海外情報分析委託事業(自由貿易協定情報調査分析検討)事業実施報告書 Ⅱインド編』、平成 18年 3月を大幅に参考にさせてもらった。

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・ 輸出ライセンス制の縮小 ・ 政府機関による貿易独占の縮小 ・ 民間参入の促進

ただし、農産物については多くの品目(穀物、植物油、くだもの、野菜等)で輸入数量規制が残り、ウルグアイラウンド合意(1994年)後も、これらの品目について輸入割当制度(IQ)を継続した。具体的には、ウルグアイラウンドで、安全・宗教上の理由などで認められた 632 品目を除き、輸入割当を撤廃していくことを確約したものの、さらに 1482品目について、国際収支上の困難を理由に合法的に IQ を維持してきたのである。 しかし、1991年の外貨危機を克服し、次第に国際収支ポジションが改善・安定していくに伴い、このような特権を維持していくことは困難になっていった。そして 1997年、WTOでアメリカをはじめとする国際圧力の高まりに抗しきれず、インドは問題の IQ 品目を向こう 9 年間で撤廃するという案を提示し、途上国の支持を得たが、先進国は、7 年間で撤廃するというインドのさらなる妥協案にも満足せず、1997年 11月には紛争調停小委員会(パネル)へ問題を持ち込まれることとなった。そして 1999年 8月 23日の裁定で、インドは全面的な敗北を喫し、インドは、15 ヵ月以内に IQ を撤廃するという苦しい選択を強いられることとなったのである。 1999-2000年度の輸出入政策によれば、インドでは全 10261品目のうち約 20%に当たる2114品目が非関税障壁の保護下にあるが、そのうち農産物は 29%に相当する 606品目にも及び19、インドの農業部門にとっては重大な意味をもつものであった。 しかし、現在でも若干の品目について輸入規制が残っており、それは以下の通りである。 ・ コメ、小麦、メイズ(トウモロコシ)については、政府機関(STC;State Trade

Corporation)による輸入独占を 99年に一度廃止したが、その結果、国内に過剰在庫があるにもかかわらず穀物輸入が行われ、国内農業にマイナスの影響が出たため、2002年より STCによる輸入独占を再開し、それは今も続いている(最近の小麦輸入をめぐる顛末については、既述の通りである)。ただし、養鶏向けの飼料の輸入は自由である。 ・ 卵については、現在でも輸入を制限している。 ・ 砂糖はすでに自由化しており、綿花についても 1997年に自由化した。 ・ 鶏肉、羊肉、茶、コーヒーは 2002年に自由化した。

主要な農産物の輸入品について状況を簡単に説明すると、以下のようになる。まず植物油は 1994年に輸入自由化がはじまった。1994年以前は国家貿易公社(STC)の輸入独占であった。それ以降、関税率が 75%から 40~50%に引下げられたこともあって、パーム油 19 ただし、606品目のうち 262品目は、安全・宗教上の理由による免除品目である。

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を中心に急速に輸入が増加し、国内自給率(国内産の植物油は、ナタネ・カラシナ、落花生、ヒマワリ、ダイズが中心である)は急速に低下した。油糧種子は、マディア・プラデーシュ州、ラジャスターン州、グジャラート州、マハーラーシュトラ州、アーンドラ・プラデーシュ州などの半乾燥地域が主産地であり、1980年代には政府の生産振興政策もあって、急速に生産が伸びてきたという経緯がある。これらいわば「条件不利地域」の農業および地域経済の衰退が懸念される。 次に、豆類は、関税率 0%で自由に輸入される。豆類は、国内生産が少ないときにバッファーとして輸入されるという性格が色濃い。「緑の革命」以降、豆類が小麦や稲に代替されていったため、最近では、国内生産量は常に需要量を下回り、輸入が恒常化している。 一方、農産物の輸出については、ほとんど規制は存在しなくなっている。 ・ 小麦、コメ、メイズ(飼料用を除く)は、かつては輸出数量制限、最低輸出価格の規制があったが、1997年に最低輸出価格が撤廃され、また輸出数量制限についても、コメについては 1997年、小麦とメイズについては 2002年に撤廃された。 ・ 油糧種子については、1997年まで輸出制限が設けられていたが、97年以降は規制がなくなっている。 ・ 綿花も 1997年以降、輸出規制はない。 ・ ミルクについては、2002年以降、輸出規制が撤廃された。 なお、一部の農産物の輸出には輸出税がかかっている。綿花が kg 当たり 25ルピー、カシューナッツがトン当たり 1125~1500ルピー、コーヒーが kg 当たり 22 ルピー、茶が kg当たり 5 ルピーである。またすべての農産物輸出について、輸出額の 0.5%が手数料(税金)として徴収されている。