パルス高電界およびプラズマによる殺菌 PEF or plasma...
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パルス高電界およびプラズマによる殺菌
PEF or plasma sterilization of microorganisms
佐藤正之 群馬大学名誉教授
1.はじめに
高電界および放電プラズマの生物工学への応用が始まったのはさほど古い話ではな
い。高電圧パルス電界による菌類の不活性化に関しては、1990 年以前には、ほんの数えるほどの研究報告があっただけである。1990 年代半ばから論文が増え始め[1-3]、それに続き、米国オハイオ州立大学から多くの論文が出された。これは、米国で軍から豊
富な研究費が配分されたためと聞く。ドイツはそれ以前から行っていたようであるが、
学術論文としては多くない。2000 年代に入って、ヨーロッパを始め、アジア各国でも研究グループが増加して、最近では数多くの学術雑誌上に報告が見られる。
高電界パルス殺菌は、水野、佐藤らが 1980 年代後半に研究をスタートした[4, 5]。その後、佐藤らは装置形状、操作条件等の様々な因子についての検討を重ね、研究室レベ
ルにおけるおよその傾向は掴んでいる[6-12]。さらに、パルス電界の応用として、殺菌のみならず、菌体からのタンパク質の選択的放出や[13-15]、不活化したタンパク質の活性化、DNA 分子の切断[16]など、まだまだ応用面としてはたくさんありそうである。食品への応用は、国内では法律的な制約もあり、実用化に至っていないのは残念であるが、
米国では FDA が前向きの方針を示しているとのことであり、今後に期待できる。 高電圧パルス電界による菌類の殺菌を例にとると、生物工学、電気工学および化学工
学の境界領域ともいえるが、アプローチの手段として、(1)主として生物関連研究者による研究方法である、装置・操作条件をほぼ一定として菌種や殺菌対象物質を変化、(2)主として工学的研究としては、菌類をほぼ一定として、装置・操作条件を変化させる手
段の二つがある。筆者は主に後者の研究手段で研究を行ってきた。 ここでは、パルス電界の生物工学的研究に関するいくつかの報告をもとに、いままで
に明らかにされてきたことについて述べる。 2. パルス電源と特徴 低コストで立ち上がりのはやい高電圧パルスを簡便に作るために、一般にコンデンサ
の充放電が用いられる。筆者らの用いている電源装置は、図 1 に示すように、セラミッ
-
クコンデンサに充電された電荷を
スパークギャップを通して放電さ
せる方式であり、コンデンサ容量は
2~10 nF である。パルス電圧としては最大で 30 kV、周波数は 25~400 Hz であり、パルスの立ち上がりが約 50~500 ns、パルス幅は試料液体の電気的性質によって異なるが 0.5~50 ms である。スパークギャップは簡便安価で壊れないという特徴
があるが、どうしても騒音が問題となる。最近は半導体のスイッチング素子を用いた装
置が主流となっている。しかしながら、パルスの立ち上がり速度が遅いという欠点があ
り、殺菌操作に対する立ち上がり速度の影響を明確にする必要が課題として残されてい
る。立ち上がりがはやいスイッチング素子として、サイラトロンがあるが、取り扱いが
繊細であることと、高価なためにあまり用いられていない。 簡易的なパルスのエネルギー計算には、印加した電力がすべて反応器内で消費される
と見なして、コンデンサに充電された電荷量から求めている。
式(1) ここで U は印加したパルスエネルギー[J/mL]、C はコンデンサ容量[F]、V は印加電圧 [V]、fp はパルス周波数[Hz]、T は処理時間[sec]、v は処理体積[mL]である。しかしながら、式(1)で求められたエネルギーには電線やスパークギャップの損失等を含んでおり、実測されたパルス電圧波形と電流波形よりエネルギーを計算することが望ましい。 3. 水中プラズマによる菌類の不活性化 3.1. 予想される殺菌機構 直流あるいは商用周波数交流を、菌体を含む水溶液中に流すと、高いエネルギー効率
で殺菌できることが知られている。これは、電気分解により発生する塩素やラジカル等
の化学物質によるものであり、飲料には適さない。それに対して、後述するように,水
中でパルス高電界を生じさせて菌類を物理的に破壊する「パルス殺菌法」は、常温で処
理できるために有効成分や香味を失わずに殺菌できるという特徴をもつ[4, 5]。これは、ラジカル等の化学的な殺菌ではなく、一瞬の高電界による菌体の細胞膜の物理的破壊現
象によるものとされており、食品に対して安全な方法といえる。 高電圧パルスにより発生する水中プラズマを利用した殺菌方法は、パルス電界法に比
べてエネルギー効率は高いが、プラズマから発生する活性化学種による細胞膜の酸化分
vTf
CVU p221
=
Reactor Oscilloscope
Rectifier ResisterSpark gap
switch
100 V ac
High voltage probe
Current probeSlidetransformer
High voltagetransformer Capacitor Reactor Oscilloscope
Rectifier ResisterSpark gap
switch
100 V ac
High voltage probeHigh voltage probe
Current probeCurrent probeSlidetransformer
High voltagetransformer Capacitor
図 1 パルス電源のブロック図
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解が主な殺菌機構と考えられ、長寿命活性種の残留の可能性を考えると、食品への適用
は難しいものと思われる[17-19]。大気圧気相中あるいは減圧下でのプラズマ殺菌も、医療器具の殺菌等に用いられ始めているが、殺菌機構は主として活性化学種による作用と
考えられ、直接口に入れるものを対象とした応用には注意が必要であろう。 さらに、水中パルス放電による衝撃波の利用がある。水中でスパーク状放電を起こす
と、瞬間的ではあるが 1000 気圧以上に達する強度な衝撃波が発生する。衝撃波は大きな圧力変動を生じ菌類の細胞膜を物理的に破壊し殺菌に至る[20]。放電に伴い強い紫外線も発生し、それらの複合作用によって高いエネルギー効率で殺菌可能である。しかし、
活性種ばかりでなく、電極金属も飛び散るため、食品に用いるためには放電部と殺菌部
を分離する必要があり、実用に至っていない。食品ではないが、大規模な温水排水パイ
プの中に繁殖する海洋生物や有機物質の分解処理に用いられようとしている。 水中パルス放電によって OH ラジカルが生成することが知られている。その OH ラジ
カルは再結合によって過酸化水素となり、長寿命活性種として殺菌効果を持つ。水中ス
トリーマ放電により生成する OH ラジカルと過酸化水素の菌類に対する影響が報告されている[18]。それによると、白金製針電極と接地電極を水中に配置し、パルス電圧を印加してストリーマ状の放電を生じさせた。水は、撹拌と温度コントロールの目的で、
マイクロチューブポンプで循環させた。多数のパルスを継続的に印加すると、そのエネ
ルギーにおよそ比例して過酸化水素が生成した。ほかに酸化物質もできているであろう
が、過酸化水素を選択的に消去する酵
素であるカタラーゼを添加すると検出
されなかったことから、過酸化水素が
主成分であるといえる。 同様な電極配置でストリーマ放電を
おこし、OH ラジカルの発生している雰囲気のなかで、酵母菌の殺菌実験を
行った結果を図 2 に示す。ここでは OHラジカルのスカベンジャーとして知ら
れている、いくつかのアルコールを添
加した。スカベンジャーの添加量とそ
の反応速度定数との積(スカベンジングパワー)を横軸に、酵母菌の生菌率を縦軸に示す。スカベンジングパワーの
値が大きくなるほど、OH ラジカルの濃度は減少する。しかし、図からわか
るように、生菌率はおよそ一定となっ
ている。これより、OH ラジカルの殺
図 2 スカベンジングパワーによる酵母生菌率
の変化(パルス電圧:19 kV、パルスエネルギ
ー:180 J/mL)
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菌への寄与はほとんどなく、この場合
は電界効果だけで死んでいるものと
思われる。理由として、OH ラジカルは細胞外部で生成しており、その極め
て短い寿命(70 ns 前後)のために、細胞まで到達できないこと、またその前に
近傍の物質と反応してしまうためで
はないかと考察している。 放電によって生成した過酸化水素
は殺菌効果を示す。ここでは、放電に
よる紫外線、電界、ラジカル効果等を
区別するため、放電によって生成した
過酸化水素溶液を菌体懸濁液に加え
る方法をとった。結果を図 3 に示しており、印加したパルスエネルギーの増
加とともに過酸化水素濃度が増加し、
酵母の生菌率が低下している。同濃度
に調整した市販の過酸化水素を加え
ても同じ結果であること、カタラーゼ
を添加すると全く死なないことがわ
かっている。 3.2. 放電モードと活性汚泥可溶化率 水中パルスプラズマは、高いエネル
ギー効率で菌類の処理ができること
から、例えば下水処理への応用には適
するものと考えられる。余剰汚泥処理
問題の解決策として、排水処理の段階
で発生汚泥量を減量する方法を三浦らが提案している[21]。これは、返送汚泥の一部を改質槽へ送り、パルス処理したのちに生物処理槽へ返送するプロセスである。返送汚泥
の一部は改質槽で易分解化されるため、生物処理槽に返送された後に槽内の微生物によ
って分解される。その結果、排水処理プロセス全体としての余剰汚泥の発生が抑えられ
る。 図 4 に示したように、水中パルス放電の放電モードは、電極間距離によって変わり、
(1)ストリーマ放電、(2)ストリーマ・スパーク混合放電、(3)スパーク放電に分けられる。汚泥可溶化率の放電モードによる違いを図 5 に示す。これらのうちで、ストリーマ・ス
図 3 印加パルスエネルギーに対する過酸化水
素生成量と酵母生菌率の変化(パルス電圧:19
kV)
図 4 放電の様子: (a)ストリーマ・モード(電極間隔
45 mm); (b)スパーク・ストリーマ・モード(15 mm);
(c)スパーク・モード(6 mm)
-
パーク混合放電がもっとも効果的である。
これは放電チャンネルが伸びきった状態
からスパークに移行するために、処理体
積が大きいこと、電界効果と紫外線効果
が有効に利用できること、などが理由で
あろうと思われる。 酵母エキスとペプトンの人工下水を用
いて、4.5 L の活性汚泥処理槽を運転し、返送汚泥の一部をパルス放電処理するこ
とにより、汚泥削減の試みを行った結果
を図 6 に示す。放電処理なしで汚泥を引き抜かなかった活性汚泥系に比較して、
放電処理を行った活性汚泥系の場合では、
汚泥濃度が長期間にわたりほぼ一定に推
移しており、余剰汚泥の発生がない状態
で処理槽を運転することが可能であると
いえる。 4.パルス電界(PEF)による菌類の不活性化 4.1. 提案されている不活性化機構 細胞懸濁液にパルス電界を印加すると、
細胞膜の両側に細胞の直径と電界強度に
比例した大きさの電位差が生ずる。この
電位差が小さいときには細胞膜の可逆的
破壊が生じ、電気穿孔と呼ばれる現象、
すなわち一時的に細胞膜にあいた孔から DNA を導入することによって、その細胞の形質転換を行うことができる。電位差が大きくなると、細胞膜の孔を修復することができ
なくなり、不可逆的破壊へと移行する。この破壊が開始する電位差を臨界電圧といい、
細胞の種類によらずおよそ 1 V 程度とされている[22]。 qcos5.1 aEVm = 式(2)
ここで、Vm は細胞膜にかかる電位差[V]、a は細胞半径[m]、E は電界強度[V/m]である。したがって、同じ臨界電圧を与えるのに必要とされる印加パルス電圧は、直径の大きな
細胞では低いために殺菌し易く、小さい細胞ではその逆となる。 パルス電界殺菌はこの膜電位差による細胞膜の不可逆的破壊現象を利用した方法で
0
500
1000
1500
2000
2500
3000
3500
0 100 200 300 400 500
投入エネルギー(J/ mL)
可溶
化汚
泥量
(ppm
)
(a)
(b)
(c)
図 5 水中パルス放電の放電モードによる可溶
化率の変化
図 6 人工下水を用いた余剰汚泥減容化プロ
セスの経時変化
-
あり、それによる細胞内容物の漏出
や原形質分離能の消失が、細胞不活
性化の主な原因とされている。 4.2. 菌の不活性化に対する諸因子の影響 4.2.1 電界強度と菌直径 パルス殺菌の歴史は約 40 年前に
さかのぼる。1967年に Saleら[23-25]が最初にパルス電界による微生物
の不活性化を報告した。それによる
と、同一実験条件でも菌の種類によ
って死滅傾向が異なること、胞子形
成菌は死ににくいこと、不活性化に伴って大腸菌の細胞内物質が漏れ出すことなどが示
されている(図 7)。筆者もそれらの傾向は実験的に確かめている。1980 年の Hulshegerらによる一連の報告[26]で、パルスによる不活性化効果の数式化を提案している。加熱殺菌や一般的な化学反応であれば、時間経過と共に死滅あるいは生成物の量を追いかけ
ることができるが、パルスの場合は休んでいる時間が長いためにその取り扱いに問題が
生ずる。そこで、Hulsheger らはパルスの印加されている時間だけを積算して反応時間とすることによって実験式を提案している。しかしながら、筆者の経験によれば、パル
ス幅は対象とする液体の導電率、すなわち殺菌槽のインピーダンスによって大幅に変化
するため、これだけで整理することは難しい。 4.2.2 パルスエネルギー 電界強度の増加に比例して生菌率の対数
は直線的に減少する。これは他の研究者によ
っても明確にされている。さらに、殺菌効果
の始まる電圧が存在すること、電気エネルギ
ーが大きいほうが生菌率の低下が大きいと
いう結果が得られている。入力パルスエネル
ギーを一定にした状態で、殺菌槽の構成をい
ろいろ変えた結果、生菌率には大きな影響を
与えないことがわかった。図 8 に示したのは二重らせん電極型殺菌槽の例であるが、殺菌
槽を一個、および二個を直列、二個を並列に
しても、結果としての生菌率が大きく変化し
ていないことがわかる[7]。
図 7 種々菌類のパルス感受性
0 100 200 30010-6
10-5
10-4
10-3
10-2
10-1
1
Energy [J/ml]
Surv
ival
ratio
[-]
One chamber5 cm10 cm
Two chamber (5 cm)ParallelSeries
図 8 殺菌槽の構成変化と生菌率(E. coli K-12)
-
4.2.3. リアクター内の攪拌 加熱殺菌の場合と異なり、殺菌灯の殺菌可能範
囲が表面のみに限られているように、パルス殺菌
の場合は、殺菌作用があるのはパルス電界が作用
している領域にのみに限られる。筆者らは、撹拌
と温度コントロールを兼ねて、ポンプで循環する
方法をとっており、図 9-(a)に示すような撹拌しない場合に較べて、図 9-(b)のように 40 mL/minの循環でかなり改善され、図 9-(c)では格段の殺菌効果の向上が見られる。 4.2.4. 操作温度 操作温度の変化は殺菌効果に大きな影響を及
ぼす。図 10 に示すように、タンパク質の変性温度以下において、菌類懸濁液試料の温度が高いほ
ど殺菌効果が高くなり、また逆に温度を下げるとパルス殺菌の温度依存性がなくなる
[10]。同じ温度に加熱しただけではほとんど死滅していないことから、パルスとの相乗効果であるといえる。 4.2.5. 添加物との相乗効果 オゾンあるいは過酸化水素を微生物懸濁液に添加すると、添加物単体では効果がほと
んどないにも関わらず、
パルスとの相乗効果で
殺菌効果に格段の向上
が見られる[9]。図 11に示したように、少量
のオゾンの存在により、
オゾンのみでは少ない
生菌率の低下が、パル
スとの相乗効果によっ
て、大幅に低下する。
これは、殺菌剤により
ある程度ダメージを受
けた菌はパルス電界に
対する感受性が高まり、
そのために殺菌効果が
大きくなることを示唆
している。
図 9 攪拌循環流量と生菌率変化(S. cerevisiae)
○
□
5℃ 10℃ 20℃ 30℃ 40℃ 50℃
0 100 200 30010-5
10-4
10-3
10-2
10-1
Surv
ival
rat
io [-]
Pulse energy [J/ml]
1
0 100 200 300 400 500Treatment time[s]
0 100 200 300 400 50010-6
10-5
10-4
10-3
10-2
10-1
Surv
ival
rat
io [-
]
Treatment time[s]
1
without PEF treatment
with PEF treatment
○
□
5℃ 10℃ 20℃ 30℃ 40℃ 50℃
without PEF with PEF
(plate to plate electrode, 12 kVcm, 50 Hz)
○
□
5℃ 10℃ 20℃ 30℃ 40℃ 50℃
0 100 200 30010-5
10-4
10-3
10-2
10-1
Surv
ival
rat
io [-]
Pulse energy [J/ml]
1
0 100 200 300 400 500Treatment time[s]
0 100 200 300 400 50010-6
10-5
10-4
10-3
10-2
10-1
Surv
ival
rat
io [-
]
Treatment time[s]
1
without PEF treatment
with PEF treatment
○
□
5℃ 10℃ 20℃ 30℃ 40℃ 50℃
without PEF with PEF
(plate to plate electrode, 12 kVcm, 50 Hz)
図 10 加熱とパルスの相乗効果(E. coli K-12)
-
4.2.6. 試料の導電率 電極は液体に直接触れているために、液
体の電気的性質が殺菌効果に大きく影響す
る。導電率が大きくなると流れる電流が大
きくなり、殺菌槽のインピーダンスが低下
して電源とのミスマッチングが生じ、パル
ス電圧が低下して殺菌効果が減少する。こ
れは、殺菌槽の電極形状とパルス電源の容
量との関係で決まるため、一概に言うこと
はできないが、スパイラル形状電極を用い
た場合の結果を図 12 に示す。図より、導電率がおよそ 4 mS/cm より大きくなると、パルス電圧が 8 kV以下となり急激に殺菌効果が減少する。これより、パルス殺菌の応用
は対象液体の導電率によって限定される
ものと思われるが、水道水、緑茶、オレン
ジジュース等はいずれも4 mS/cm 以下であるため問題はない。 4.2.7. 超高圧力との組み合わせ 数千気圧の圧力をある時間かけること
によって菌類の不活性化ができることが
わかっている。圧力が極めて高いため、そ
れに比例して装置も大きくなるが、静水圧
のため危険性は少ない。最近の報告によれ
ば、パルス殺菌との組み合わせによって、
それらの相乗効果が得られている[27]。例えば、オレンジジュースに芽胞を懸濁し、
12 kV、50 Hz で 20 分のパルス処理を行った後、700 MPa の超高圧処理を行ったところ、それぞれの処理単独では少なかった殺
菌効果が、両者の組み合わせによって 7 桁以上の死滅率が得られている。
4.3. 電界集中と電極形状 4.3.1. 広く用いられている形状
図 12 液体の導電率変化による殺菌効率への影響(E. coli K-12)
図 11 少量のオゾン添加の効果(E. coli K-12)
-
液体中で放電させることなく「高い電界強度」を
生じさせるために、一般的には平行平板型電極が用
いられている。平板の端部の処理には注意を要する
が、二つの電極ではさまれた部分は電界が均一とな
り、印加電圧を電極間距離で割った値がそのまま電
界強度となる。図 13 は典型的な平行平板電極を示している。また、他の研究者によっても図 14 のように一対の平行平板電極の間に絶縁体を挟み、きざ
まれた溝に液体を通すことによってデッドスペー
スをなくそうとしている試みがなされている[1]。平行平板電極を丸めて円筒状にすると、図 15 に示したような同軸円筒形状殺菌槽となり、内側と外側
円筒の間は均一電界となる[1, 12]。同軸円筒殺菌槽の中にガラス管を入れ、その中に菌類懸濁
液を入れた装置が提案されて
いる(図 16)。良好な殺菌効果が得られたと報告しているが、絶
縁性の高いガラス管中に電界
が生じることは考えられず、電
界以外の何らかの因子(たとえば、水中放電による紫外線殺菌
効果など)が影響しているものと思われる。 これらの電極形状では殺菌
のためのエネルギー効率は決
して高いとはいえない。平行平
板型の殺菌槽を用いてスケー
ルアップを狙う場合、電極面積
が増すとともに、処理液との接
触面積が増大することにより
インピーダンスが低下し、パル
スが注入され難くなる。従って、
殺菌槽にかかる電圧が低下し、
その結果として殺菌効果が極
端に低下する。唯一の解決法は、
図 14 溝付き平行平板殺菌槽
図 15 同軸円筒型殺菌槽
図 13 殺菌槽の例
-
パルス電源を大型化することであ
るが、それに伴ってコストと使用
電力が増加する。 4.3.2. 電極形状の工夫と二重らせん電極
殺菌槽内の電極形状と配置によ
って殺菌効果は大きく異なる。対
向する平行平板型電極のエッジ処
理によっても多少異なるばかりで
なく、針対平板形状では大幅な生
菌数の減少が見られる。鋭いエッ
ジを持った電極の方が殺菌効果が
高いのは、エッジ部分に電界が集中す
るためと考えられる。平板対平板電極
間に小さな穴をあけた絶縁板をはさ
んだ殺菌槽の特性を比較してみると、
パルスの電気的特性を含めた操作条
件が同じであれば、穴の大きさにかか
わらず殺菌効果は同じになるはずで
あるが、穴の合計面積が一定の条件で、
小さい穴の方が殺菌効果が大きくな
る(図 17)。試料液体の電気的性質にも依存するが、効果的殺菌のためには
電界を集中させることが重要である
ことを示唆している[9]。さらに、殺菌槽の電気的インピーダンスを大きく
低下させないために、試料液体と電極
との接触面積がなるべく小さくなる
ような形状が望ましく、リング対円筒
形状あるいは高電圧とアースのワイ
ヤをスパイラル形状に巻いた殺菌槽
が最も効率的であることが示されて
いる(図 18) [6, 7, 11]。いくつか試みた電界集中型殺菌槽に同一の印加パルスエネルギーを加えた場合の殺菌効率をまとめると図 19 のようになり、上述のように、同じ印加パルスエネルギーによっても、電界の集中によって生菌率に大きな違いが生ずることがわ
かる[11]。また、生菌率は電界集中だけではなく、槽内の流れの状態によっても変化す
図 16 ガラス管に入れた菌の殺菌
図 17 絶縁板形状による効果
-
ることがわかっている。 4.3.3. 織物電極 二重らせん型殺菌槽を使うことによっ
て、エネルギー効率を大幅に改善できる
ことがわかった。さらに、電極間隔を極
端に狭くすることによって、低い印加電
圧でも高い電界強度が得られることが予
想されるため、細い針金を細かく織った
「織物電極」を作り、その特性を求めた
[8]。たて糸に電気絶縁性繊維として耐薬品性に優れるポリエステルのモノフィラ
メント糸を、よこ糸に導電性材料として
チタン線を用いた。図 20-(a)に結線図、図20-(b)に外観を示すように、織り上がった織物電極のよこ糸に織り込まれているチ
タン線を1本ずつ交互に高電圧側とアー
ス側に分け、それぞれ導電性銅箔テープ
で結線した。電極面の大きさは 3×2 cmである。織物電極は、3×2 cm の穴の開いた 2 枚のアクリル板で挟み込み、両面にロトを接着し処理液を流した。試料液体 1 L をフラスコにいれ、マイクロチューブポンプで流量 40~560 mL/minで循環させながら処理を行った。 印加電圧の違いによる殺菌効果を図
21-(a)に示す。電圧の高い方が、また処理時間が長いほど生菌率が低下している。
これらをパルスエネルギーに対してプロ
ットしたのが(b)である。電圧の違う条件でも、二重らせん型殺菌槽の場合と同様に、装置形状が同じであれば、生菌率は印加する電気エネルギーによることがわかる。
0 10 2010 -6
10 -5
10 -4
10 -3
10 -2
10 -1
1
Treatment time [min]
Surv
ival
ratio
[-]
Plate-to-plateRing without insulating plateRing with insulating plateSpiral
図 19 種々殺菌槽のエネルギー効率の比較(E. coli K-12)
out
inHV
図 18 二重らせん型殺菌槽
-
織物電極は織機の条件設定によって、よ
こ糸(チタン線)の織り込み密度を変えることができ、これによって電極間距離の異な
る電極を容易に作成できることが特徴であ
る。図 22 に結果を示しており、生菌率は処理時間に伴い減少しているのは図 21 と同様である。作製した織物電極のチタン線密
度は、14、16、20、24 本/2 cm であり、電極間距離はそれぞれ、1.23、1.05、0.80、0.63 mm となる。図からわかるように、電極間隔が狭くなるにしたがって生菌率の低下が見られる。印加しているパルス電圧は一定で
あり、その他の操作条件も同じであるため、投入電気エネルギーも一定である。電極間
隔を狭め、電界強度を上げることによって、殺菌効率の向上が見られ、本条件では 24本/2 cm のワイヤ密度の場合が最も良い結果が得られた。
試料液体の流量を変えると生菌率が変化した。図 23 に示すように、160 mL/min 以上の場合はほとんど同様な傾向を示したが、それより少ない流量の 40 mL/min では殺菌効果が低下した。北島らは織物電極をモデル化して、試料液体が低流速の場合は、電極間
の殺菌可能領域内を通過するのに時間がかかり、その間にパルスが複数回無駄に印加さ
(a)
(b)
図 20 織物電極の結線と外観
(a)
(b)
図 21 処理時間による生菌率の変化 (E. coli K-12、チタン線直径 0.2 mm、ワイ
-
れるためとして説明している[8]。 5. 細胞内容物の選択的放出とタンパク質の活性回復 菌体に産生させた有用なタンパク質
は、一般的には菌体の破壊の後精密な
分離を行って目的とする物質を得てお
り、操作が煩雑であるばかりでなく、
収量、コストの点で問題が残されてい
る。パルス電界によって菌体細胞膜を
その強度がコントロールされた状態で
破壊すると、細胞中の細胞膜に近い場
所に蓄えたれたタンパク質は、細胞の
内容物がでるパルス強度に達する前に
放出される。従って、目的に応じて遺
伝子組換えを行った後、パルス電界に
より放出させると、目的のタンパク質
だけを選択的に放出させることができ
る[13, 15]。 酵素を長期間利用しようとする場合
には、時間とともに徐々に活性が低下
してしまう現象が問題である。タンパ
ク質の立体構造は比較的容易にゆがみ、
変形して活性を失うと考えられる。パ
ーオキシダーゼを 77℃で加温だけした場合の残存酵素活性と、77℃で加温しながら 13.3 kV/cm、50 Hz のパルス電界を 72秒断続的に印加した場合の残存酵素活性を比較すると、パルス電界を印
加しない場合には酵素活性は徐々に減
少し、100 分後には 55 %にまで減少したのに対し、パルス電界を印加した場合には活性の減少が大幅に抑制されており、100分後でも 80%以上の活性が残存していた。この結果よりパルス電界が酵素の失活防止に効果的と考えられる[14]。
図 22 ワイヤー間隔が生菌率に及ぼす影響 (E. coli K-12、印加電圧 9 kV、チタン線直径0.2 mm、導電率 0.002 mS/cm、流量 560 mL/min、試料容積 1 L)
図 23 液体流量と生菌率(E. coli K-12)
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6. まとめ パルス殺菌は古くは 40 年も前に基本的研究がスタートしている。しかし、そのころ
は積層型の大きなコンデンサを用いていたため、研究を進めるための装置的制約が大き
かったものと思われる。20 年前あたりから高耐圧で信頼性の高いセラミックコンデンサが広く市販されるようになって、高電圧極短パルス技術の応用が身近なものとなった。
ここ数年、世界的に多くの報告が見られるようになったが、エネルギー効率に関する検
討は数少なく、まだ実用化にはいま一歩の感がある。今後、一層の工学的検討を期待し
たい。 引用文献 [ 1] Barbosa-Cánovas, G. V., Gongora-Nieto, M. M., Pothakamury, U. R., and Swanson, B.
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