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239 アジアにおけるロタウイルス感染症の流行疫学 帝京大学医学部小児科学教室 荒木 和子 長海 佐藤 賢子 藤田 靖子 篠崎 立彦 阿部 敏明 (平成7年12月4日 受付) (平成8年1月5日 受理) Key words: group A human rotavirus, epidemiology, electropherotype, VP7 serotype. ア ジ ア 内 に お い てA群 ヒ トロ タ ウ イ ル ス(HRV)株 の 伝 播 が あ る の か,埼 玉,静 岡,北 京,台 中,香 港 に お け る 流 行 株 に つ い て 調 査 した.こ れ ら5地 域 に お け るHRV感 染 症 の流 行 の ピ ー ク は 香 港 で1月, 台 中3月,埼 玉 お よ び 静 岡 で は2,3月 で あ っ た.台 中 お よ び 香 港 で は1年 を通 じ てHRV感 染症の流行 が あった. 7月 か ら翌6月 を一調 査年 と設 定 し,1991年12月 か ら1994年6月 に各 地 域 に お い て 各 調 査 年 に 検 出 し たHRV株 のVP7血 清 型(Gtype)お よ び ウ イ ル スRNA泳 動 型 を 比 較 し た 結 果 以 下 の 共 通 点 と相 異 点 が あ っ た.5地 域 の ほ とん どの 年 に お い てG1-HRVが 優 位 で あ っ た.1991年 に埼 玉,静 岡,台 中 の3地 域 に お い てG3-HRVの 流 行 が あ っ た.1993年 に 静 岡 と台 中 に お い てG2-HRVが 最 も優 位 に 検 出 され た. 調 査 期 間 中 にG4-HRVは 検 出 さ れ な か っ た. 各 年 に お い て 検 出 し た 株 のRNA泳 動 型 は 埼 玉 と静 岡,台 中 と香 港 にお いて よ り類似 して いた.RNA 泳 動 型 が10ng型 でG2-HRVで あ る変 異 株 が1993年 埼 玉 で の み6例 検 出 さ れ た.埼 玉,静 岡お よび台 中 の 例 に つ い て はC群 ロタウイルスの検出もあわせて行 った結果,埼 玉 で5例,静 岡 で3例 のみで台中か ら は検 出 さ れ な か っ た. A群 ヒ トロ タ ウ イ ル ス(HRV)は 世 界 中 に蔓 延 して お り,乳 幼 児 急性 胃腸 炎 の 病 因 と して 最 も主 要 な ウ イ ル ス と して 知 られ て い る.特 に開発途上 国 に お け る感 染 性 下 痢 症 は乳 幼 児 の 高 率 な死 亡 原 因 の一 つ で あ り,そ の 対 策 が 急 が れ て い る.HRV につ い て は そ の発 見 以 来,研 究 が す す め られ これ まで に 多 くの こ とが 解 明 さ れ て きた.そ して現在 は様 々 な 株,方 法によるワクチンの開発がすすめ られ,試 験的投与が行われている1). 世 界 各 地 に お い てHRV感 染 症 は 気 温 の低 い 季 節 に流 行 が あ る こ と は共 通 した 現 象 で あ るが,流 行 の始 ま りや終 息 と気温 また は湿度 との関係 は明 らか で は な い.熱 帯,亜 熱 帯 地 域 に お い て は1年 を通 じ てHRVが 検 出 され るが,や は り一 年中 で 気 温 が 低 い 時期 また は乾 期 に多 い傾 向 が あ る こ と が 報 告 され て い る.HRVは 糞 口感染 によ る とさ れ て い る が,気 道感染の可能性があることもいわ れ て い る.北 ア メ リカ に お け るHRV感 染症の流 行 の ピ ー ク は10月 頃 に メ キ シ コ湾 に は じ ま り北 東 に向 か っ て移 動 し,最 北 東部 で は4,5月 頃にな る こ とが 報 告 さ れ て い る2).ア ジ ア 内 に お い て も この よ うな 流 行 の ピ ー クの 移 動 が あ るの か,流 期の違いのみではなく,ウ イ ル ス株 の伝 播 が あ る の か を調 査 す る こ とを 目的 とし た. 材料 と方法 各 地 に お け る月 別 平 均 流 行 状 況 を 得 るた め,埼 玉(1991年1月 ~1993年12月),静 岡(1991年1 別刷 請 求 先:(〒173)板 橋 区加 賀2-11-1 帝京大学医学部小児科 荒木 和子 平成8年3月20日

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239

アジアにお けるロタウイルス感染症 の流行疫学

帝京大学医学部小児科学教室

荒木 和子 蔡 長海 佐藤 賢子

藤田 靖子 篠崎 立彦 阿部 敏明

(平成7年12月4日 受付)

(平成8年1月5日 受理)

Key words: group A human rotavirus, epidemiology, electropherotype, VP7 serotype.

要 旨

ア ジア 内 におい てA群 ヒ トロタ ウイル ス(HRV)株 の伝 播 が あるの か,埼 玉,静 岡,北 京,台 中,香

港 にお ける流行 株 につ いて調 査 した.こ れ ら5地 域 にお けるHRV感 染症 の流 行 の ピー クは香港 で1月,

台 中3月,埼 玉 お よび静 岡で は2,3月 で あ った.台 中お よび香港 で は1年 を通 じてHRV感 染症 の流 行

が あった.

7月 か ら翌6月 を一調 査年 と設 定 し,1991年12月 か ら1994年6月 に各 地域 におい て各調査 年 に検 出 し

たHRV株 のVP7血 清 型(Gtype)お よび ウイル スRNA泳 動 型 を比較 した結果 以下 の共通 点 と相異 点

が あった.5地 域 の ほ とん どの年 におい てG1-HRVが 優位 で あ った.1991年 に埼 玉,静 岡,台 中の3地

域 におい てG3-HRVの 流行 が あった.1993年 に静 岡 と台 中 にお いてG2-HRVが 最 も優 位 に検 出 され た.

調 査期 間 中 にG4-HRVは 検 出 され なか った.

各年 にお いて検 出 した株 のRNA泳 動 型 は埼玉 と静 岡,台 中 と香 港 にお いて よ り類似 して いた.RNA

泳 動型 が10ng型 でG2-HRVで あ る変 異株 が1993年 埼 玉 で のみ6例 検 出 された.埼 玉,静 岡お よび台 中

の例 につ い てはC群 ロ タウイ ル スの検 出 もあわせ て行 った結果,埼 玉 で5例,静 岡で3例 の みで台 中か

らは検 出 され なか った.

序 文

A群 ヒ トロタウイルス(HRV)は 世界中に蔓延

しており,乳 幼児急性 胃腸炎の病因 として最も主

要なウイルスとして知 られている.特 に開発途上

国における感染性下痢症は乳幼児の高率な死亡原

因の一つであり,そ の対策が急がれている.HRV

についてはその発見以来,研 究がすすめられ これ

までに多 くのことが解明されてきた.そ して現在

は様々な株,方 法によるワクチンの開発がすすめ

られ,試 験的投与が行われている1).

世界各地においてHRV感 染症は気温の低い季

節に流行があることは共通 した現象であるが,流

行の始 まりや終息 と気温 または湿度 との関係は明

らかではない.熱 帯,亜 熱帯地域においては1年

を通じてHRVが 検出されるが,や はり一年中で

気温が低い時期 または乾期 に多い傾向があること

が報告 されている.HRVは 糞 口感染 によるとさ

れているが,気 道感染の可能性があることもいわ

れている.北 アメリカにおけるHRV感 染症の流

行のピークは10月頃にメキシコ湾にはじまり北東

に向かって移動し,最 北東部では4,5月 頃にな

ることが報告されている2).ア ジア内において も

このような流行のピークの移動があるのか,流 行

期の違いのみではなく,ウ イルス株の伝播がある

のかを調査することを目的 とした.

材料 と方法

各地における月別平均流行状況を得るため,埼

玉(1991年1月 ~1993年12月),静 岡(1991年1月別刷請求先:(〒173)板 橋 区加賀2-11-1

帝京大学医学部小児科 荒木 和子

平成8年3月20日

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240 荒木 和子 他

~1993年12月) ,香 港(1989年1月 ~1991年12月,

1993年9月 ~1994年10月),お よ び台 中(1992年1

月 ~12月)に お け るHRV感 染 症 患 児 例 数 を調 査

した.

月 別 流 行 状 況 調 査 とは 別 に,HRV流 行 株 の 比

較 を お こな った.1990年12月 か ら1994年10月 の 間

を そ の調 査 期 間 と し,埼 玉,静 岡,北 京,台 中,

香 港 の各1小 児 科 外 来 でHRV感 染 症 患 児 の糞 便

材 料 を採 取 し た.こ の うち 香 港 と北 京 で はHRV

陽 性 の 糞 便 材 料 の み を,埼 玉,静 岡,台 中 にお い

て は急 性 胃 腸 炎 患 児 の 糞 便 材 料 を す べ て 収 集 し

た.

集 め た 糞 便 材 料 は0.1%牛 血 清 ア ル ブ ミ ン

(BSA),50μg/mlgentamicinお よび1μg/mlam-

photericin  Bを 加 えた 生 理 食 塩 水 で 溶 解 し,20%

溶 液 と した.3,000rpmで10分 間 遠 心 し,そ の 上 清

を-20℃ に保 存 した.以 下 の 抗 原 検 索 に はす べ て

この 糞 便 遠 心 上 清 を用 い た.

HRV抗 原 検 出;埼 玉,静 岡,台 中 の糞 便 材 料 に

つ い て は ア ビ ジ ンー ビ オ チ ン 法 に よ る キ ッ ト

(Rotaenzyme,IDL,Eldan Technologies,明 治

乳 業)を 用 い てHRV抗 原 の検 出 を行 っ た.

VP7血 清 型(G type);モ ノ ク ロ ー ナ ル 抗 体

(MAb,ロ タMA,セ ロ テ ッ ク)を 用 い たELISA

に よ った.G1-4お よ び サ ブ グル ー プI,IIに 特 異

的 な各MAbを 炭 酸 重 炭 酸 緩 衝 液(pH9.6)で1:

50に 希 釈 し,96 wellマ イ ク ロ プ レ ー ト(Nunc-

Maxisorp,Roskide,Denmark)に50μl/well,

2we11づ つ加 え,37℃ で60分 さ ら に4℃ に一 夜 お

い て 固相 化 した.洗 浄 液(0.05% Tween 20添 加

PBS,PBS-T)で3回 洗 浄 後,1%ゼ ラ チ ン添 加

PBSを100μl/well加 え,37℃ に60分 間 お い た.液

を捨 て た 後,サ ン プ ル 希 釈 後(0.5%ゼ ラ チ ン,

0.5%カ ゼ イ ン添 加PBS)で1:3に 希 釈 した 検 体

を50μ1/well加 え,4℃ に一 夜 お い た.洗 浄 液 で3

回 洗 浄 後,抗 ロ タ ウ イ ル ス ー ウ サ ギ 血 清 を0.5%

BSA-PBS-Tで1:4,000に 希 釈 し て加 え,37℃ に

60分 間 お い て た.4回 洗 浄 後,ペ ル オ キ シ ダ ー ゼ

標 識 抗 ウ サ ギ ー モ ル モ ッ ト血 清(Tago)を0.5%

BSA-PBS-Tで1:4,000に 希 釈 し て50μl/well加

え,370Cに60分 間 お い た.5回 洗 浄 後,0.3mg/ml

のo-phenylenediamineを100μl/well加 え て 室

温,暗 所 で30分 間 の 発 色 後,100μ1/wellの1N硫 酸

を加 え,492nmの 吸 光 度 を測 定 した.

台 中 で採 取 したHRV陽 性 例 に つ い て は,EIA

で 血 清 型 の 同 定 が 不 能 で あ っ た 例 に つ い てPCR

で 血 清 型 の検 出 を行 っ た.PCRはGouveaら の プ

ラ イ マ ー を用 い,方 法 も こ れ に 準 じ て お こ な っ

た8).糞 便 材 料 か ら の ウ イ ル スRNAの 抽 出 に は

キ ッ ト(SmiTest,EX-R & D,住 友 金 属)を 用 い

Fig. 1 Diagram showing the different RNA banding patterns observed after

electrophoresis of rotavirus RNA

I

II

IH

IV

感染症学雑誌 第70巻 第3号

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アジアにお けるロタウイルスの流行疫学 241

た.

Electropherotype;ウ イルスRNAは 糞便上清

液か ら直接 フェノールークロロフォルムで抽出精

製し,10%ポ リアク リルアミドゲルによる電気泳

動(PAGE)を お こなった.泳 動後のゲルは銀染色

をお こ な い 泳 動 型 を得 た.Fig.1に 示 した

electropherotype分 類法(Nicolasら の方法 を一

部変更)に よって泳動型の分類 をおこなった4).埼

玉,静 岡,台 中についてはHRV陰 性材料について

もPAGEに よってC群 ヒトロタウイルス(HRV-

C)の 検出を行った.

結 果

1)月 別ロタウイルス陽性数

香港,台 中,埼 玉および静岡における1~3年

間のHRV総 陽性例数に対する各月の陽性例数の

割合 を計算 した.香 港においては一年を通 じて陽

性例が検出された.1月(14.7%)を ピークとし

6月(4.4%)に 最 も少ない傾向があ り,ま た毎年

8月 に小流行があった.台 中においては8月 を除

き,毎 月HRVが 検出された.11月 か ら3月 に多

く,ピ ークは3月(26.7%)で4~10月 には少な

い傾向があった.埼 玉では3月,2月,1月 の順

に陽性率が高 くこの3カ 月間で陽性例の約85%を

し め て い た.静 岡 で は2月,3月 の2カ 月 間 に 陽

性 例 の約80%が 集 中 して い た.最 も陽性 例 数 が 多

く一 年 を通 じて 流 行 が あ っ た 香 港 の成 績 よ り,1

年 を7月 か ら翌 年 の6月 で くぎ り,こ れ を1調 査

年 と設 定 した.す なわ ち1990年7月 ~1991年6月

を調 査 年1991(the study year 1991)と し,以 下

同様 に調 査 年1992~4と した.

2)VP7血 清 型(G type)

埼 玉(1990年12月 ~1994年6月)の 計720例 の 糞

便 材 料 中,HRV陽 性229例(27.8%),静 岡(1991

年1月 ~1994年6月)の 計824例 中HRV陽 性235

例(28.5%),台 中(1991年2月 ~1994年10月)計

264例 中HRV陽 性83例(31.4%),香 港(1993年2

月~12月)HRV陽 性92例,北 京(1991年11月 ~12

月)HRV陽 性89例 を得 た.

5地 区 で 流 行 したHRVのGtypeを 調 査 年 別

に示 した(Fig.2).1993年 の 静 岡 お よ び台 中 を除

い た 各 年,地 区 に お い てG1-HRVが 主 流 で あ っ

た.1991年 で は埼 玉,静 岡 お よび 台 中 の3地 区 に

お い てG1-HRVに っ い でG3-HRVを 多 く検 出 し

た.G3-HRVは1991年 以 外 で は1992年,1993年 台

中 お よび1993年 香 港 にお い て い ず れ も少 数 例 検 出

さ れ た の みで あ っ た.ま た1993年 静 岡 お よび 台 中

Fig. 2 Relative frequency of G types of HRV in the five regions

平成8年3月20日

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242 荒木 和子 他

Table 1 Distribution of the electroferotypes of HRV in the study year 1991-1994 in Saitama, Shizuoka,

aichung, Beijing and Hongkong

SM: Saitama, SO: Shizuoka, TC: Taichung, BJ: Beijing, HK: Hongkong, mix: detected more than two electropherotypes, n.

i.: not identified, n.t: not tested

で はG2-HRVを 多 く検 出 した.

異 な るGtypeの 混 合 感 染 例 は静 岡 で1991年 に

G1とG3-HRVが2例,1993年 にG1とG2-HRV

が2例 あ った.

3)electropherotype

5地 区 か ら検 出 したHRVのelectropherotype

をTable 1に し め した.各 年 各 地 か ら検 出 し同 型

に分 類 した 株 でVP7血 清 型 が 検 出 で き た 例 で は

い ず れ も同 じ血 清 型 で あ っ た こ とか ら,RNA一 泳

動 型 をGtype別 に ま とめ て し め した.G1で6型,

G2で4型,G3で3型 あ っ た.baba型 が 最 も多 く,

この 型 は い ず れ の地 に お い て も毎 年検 出 さ れ た.

っ い でbbaa型 が 多 く,G1-HRVの これ ら2型 で

全 体 の 約 半 数 を 占 め て い た.1991年 に多 く検 出 し

たG3-HRVのelectropherotypeは 埼 玉,静 岡 お

よび 台 中 の い ず れ の 地 に お い て もbada型 が 主 流

で あ っ た.1993年 はG2-HRVを 多 く検 出 した が,

そ の 主 なelectropherotypeは 静 岡 お よ び 埼 玉 で

はbaab型,台 中 お よび 香 港 で はbadb型 と異 な っ

て い た.aaba型 の 株 は 台 中(1992,1994年),北 京

(1992年)お よ び香 港(1993,1994年)か ら の み検

出した.bbba型 株 は埼玉 と静岡(1991,1992年)

からのみ検出した.こ のほかbadb型,bada型 株

などの検出年 と頻度から,埼 玉 と静岡,台 中と香

港 において同 じ泳動型の株 の検出頻度が高かっ

た.1993年 埼玉のみにおいて検出した6例 のbada

型株 は,10,11分 節の易動度の速 い,い わゆるlong

型でVP7はG2の 変異株であった.

4)複 数地において検 出 した,同 型 のelectro-

pherotypeの 月別検出数の比較

G1-HRVは 各地において毎年検出された.こ の

うち埼玉,静 岡において多 く検出した3型,台 中,

香港 で多 く検 出 した3型 各々の月別検 出数 を

Fig.3お よび4に 示 した.い ずれの地域 において

も各流行年に主流 として検出した型はその前年に

少数例出現 していた.埼 玉,静 岡では1993年,台

中で1994年 以降 は1例 以外 はすべてbaba型 で

あった.香 港では1993年2月 か ら5月 はbaba型

が主流であったが,そ の後,bbaa型 が主流にいれ

かわった.香 港で は例 年7月 が1年 で もっとも

HRVの 流行が少ない月であったが,検 出 した株

の泳動型では,そ の前後 ともにbbaa型 が多 く出

感染症学雑誌 第70巻 第3号

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アジアにおけるロタウイルスの流行疫学 243

Fig. 3 Monthly distribution of G1 predominant electropherotypes baba, bbaa and bbba in

Saitama and Shizuoka between January 1991 and October 1994

Fig. 4 Monthly distribution of G1 predominant electropherotypes baba, bbaa and aaba in

Taichung and Hongkong between January 1991 and October 1994

Taichung

現 していた.

bbaa型 株 は,埼 玉,静 岡,台 中および香港の4

地域すべてか ら検出し,検 出総数はbaba型 に次

いで多かった.各 地におけるこの型の出現 は,1991

年1月 から埼玉,静 岡,台 中,香 港の順に各地 に

おいて各々2~13カ 月間に一群 として出現 した.

平成8年3月20日

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244 荒木 和子 他

香港については1994年2月 から12月 の検出につい

てのみ調査 をおこなってお り,こ れ以前にbaba

型株の流行があったか否かは不明であるが,調 査

期間中の1994年2,3月 および12月 には検出され

なかった.

5) HRV-Cの 検出

HRV-Cは 埼玉 において1991年 に1例,1993年

に4例 の計5例,静 岡において1991年 に1例,1993

年 に2例 の計3例 検出 した.台 中からはHRV-C

は調査期間中1例 も検出されなかった.

考 察

温帯地域においてはHRVの 流行は寒冷期 に集

中しているにもかかわらず,熱 帯地域では年間を

通 じて検出される.今 回の調査で各地 における月

別流行頻度 とそのピークをみると香港,台 中,静

岡,埼 玉 と地理的には南西か ら北東へ移動 してい

た.LeBaronら による北アメリカの調査結果にお

いて も南西から北東への流行のピークが移ってい

たことが報告されている2).常時HRVの 存在する

南部熱帯地域か ら北部へ毎年流行することが考 え

られるが,流 行期の比較のみでは十分ではない.

今回の調査で検出した各流行年のelectropher-

otypeを 比較すると埼玉 と静岡および香港 と台中

の間で より類似してお り,地 理的に近い地域間で

共通の株の流行があることが示唆 された.4地 域

か ら検 出 したbbaa型 株 の出現期の比較 で は埼

玉,静 岡,台 中そして香港 とむしろ北か ら南へ推

移 したようにみえる.今 回対象 とした検体はすべ

て一地区につき1小 児科外来において採取 した.

同じ泳動型のウイルス株がすべて同じ株であると

はいえないが,狭 い地域内か ら検出した同型のウ

イルス株 は同株に由来すると考 えられている.

調査 したアジア5地 域におけるHRV流 行株の

VP7血 清型 には,ほ とんどの年において毎年G1-

HRVが 主流である,1991年 のG3-HRVの 流行,

1993年 に静岡 と台中においてG2-HRVを 優位 に

検 出,G4-HRVは 調査期間中に1例 も検出されな

かったなどの共通点があった.G4-HRVは 今回の

調査期間以前の1989,1990年 には埼玉お よび静岡

で少数ではあるが検出されている.Urasawaら が

本邦の7地 域において2年 間に流行 したHRVの

血 清 型 を調 査 した 結 果 で はG1-HRVは 常 に検 出

され て い るが,G2, G3お よびG4-HRVは ご くま

れ に優 位 な 血 清 型 と して 検 出 さ れ,年 に よっ て は

ま っ た く出 現 し な い 地 域 も あ っ た5).G1-HRVは

日本,ア メ リカ,オ ー ス トラ リア,ヨ ー ロ ッパ 各

地 に お い て 多 くの 年 にお い て優 位 で あ る こ とが 報

告 さ れ て い る5~7).し か し,サ ウ ジ ア ラ ビア や ケ ニ

ア に お い て はG4-HRVが 高 率 に 検 出 さ れ て い

る8,9).調査 した 地 域 の 多 くの年 に お い てG1-HRV

が 優 位,次 い でG2-HRVが 多 く検 出 され て お り,

それ だ け に この順 位 の 変 動 が 同 じ年 に複 数 の 地 域

に お い て 見 られ た こ とは流 行 株 の 伝 播,あ る い は

各 地 に お い て 同調 した 流 行 傾 向 な ど とい った な ん

らか の 意 味 が あ る と考 え られ る.

ロ タ ウ イル ス は分 節 型RNAを ゲ ノム とす る ウ

イ ル ス で あ る こ とか ら,そ の ゲ ノ ム は容 易 に変 異

を生 じ る.同 じ く変 異 を お こ しや す い イ ン フル エ

ン ザ ウイ ル ス と同様 に大 きな 変 異antigenic shift

と小 さ な 変 異antigenic driftが あ る.Driftの 変

異 は個 体 内,あ るい は個 体 か ら個 体 へ の伝 播 中 に

生 じ,shiftの 変 異 は主 と して複 数 株 の 同 時 感 染 な

ど に よ るreassortantに よ っ て 生 じ る と考 え られ

る.2株 のco-infectionに よ る 新 株 の11本 の

RNA分 節 は親2株 各 々 の 分 節 の ラ ン ダ ム な 組 み

合 わ せ に よ っ て構 成 さ れ るの で は な く,複 数 の分

節 が 同 時 に 選 択 さ れ て 構 成 さ れ る10).ま たin

vitroで2株 を 同 時 感 染 さ せ る と様 々 なreassor-

tant株 が 検 出 され るが,こ れ を何 回 も継 代 す る と

1ま た は少 数 の株,多 くの場 合 親 株 の泳 動 型 を も

つ株 に な る こ とが 報 告 さ れ て い る10).こ れ ら の こ

とか らHRVが 増 殖 す るた め に安 定 し たRNA分

節 の組 み合 わ せ,配 列 が 存 在 す る こ とが 考 え られ

る.G typeを コ ー ドして い る の はgene9で あ る

が,electropherotypeがG typeに よ っ て 分 類 が

可 能 で あ り,し た が っ てelectropherotypeか らG

typeを あ る程 度 推 測 す る こ とが 可 能 で あ っ た.こ

の こ とは,gene 9の 配 列 を表 現 す る た め に適 切 な

他 のgeneと の組 み合 わ せ が あ る と考 え られ る.

bada型 のG2-HRV株 を含 め,単 発 的 に少 数 例 の

み が 検 出 され た 泳 動 型 の 株 は,増 殖 可 能 なgene

の コ ン ビ ネ ー シ ョン で は あ るが,増 殖 力 ま た は安

感染症学雑誌 第70巻 第3号

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アジアにおけるロタウイルスの流行疫学 245

定性に欠 けるため単発的出現で終息 しているので

はないだろうか.G1-HRVのbaba型 株はいずれ

の地域において も毎年検 出され,全 体の約35%を

しめていた.こ れ らのbaba型 株が1株 に由来 し

てい るとは考 えない.3地 区で同年 に検 出した

babaお よびbbaaの2型 各々のウイルス株 をco-

electrophoresisに より比較 した.同 地区内,異 地

区間のいずれでも多 くの株で11本 のRNA分 節の

うちの数本の易動度がわずかに異なってお り,11

本がすべて同 じ易動度である株 は少数例であった

(未発表).よ り細か く泳動型 を分類する必要があ

る ともい えるが,G1-HRVに お いて泳動型 が

baba型 となるようなRNA分 節の組み合わせが

適していると考えられる.1993年 に静岡と台中に

おいてG2-HRVが 優位であったが,流 行 した株の

泳動型は各々baab,badbと 異なっていた.こ れま

での考え方からみると,こ の2型 の泳動型の株 は

いずれ もウイルスの増殖 において安定した型であ

ると言える.ま たこの2型 は11本 の分節の第III部,

7,8,9分 節の うち1ま たは2本 の易動度が変

わると同 じ泳動型にな り,同 じ株に由来している

可能性 も否定できない.

HRV-Cは 埼玉 と静岡で1991年 および1993年 に

少数例ではあるが検出されたが,台 中では1例 も

検出されなかった.ア ジア,ヨ ーロッパ,ア メリ

カの各地においてHRV-Cが 検出された ことが報

告されているが台湾におけるHRV-Cの 報告例は

まだない11~14).

アジアの5つ の地域におけるHRV流 行株 を調

査 した結果,流 行株の血清型および泳動型か ら流

行株の伝播がある可能性が示唆された.そ れ と共

に,一 地域内で一部の流行株が次のHRV流 行株

に引 き継がれて流行すること,変 異株や一部の流

行株は一地域 内の限られた期間のみの流行 に終息

していることが明 らか となった.

さらにアジア各地 により材料 を採取 し,HRV

株の流行疫学 を検討 したい.

謝辞 検出採取にご協力くださいました小林小児科医院

の小林 惇博士,Queen Elizabeth Hospital in Hongkong

のDr. Grace LH Chan, Capita1 1nstitute in ChinaのDr.

Yuan Qianに 深謝いたします.

この研究のための費用 の一部 は国際医療協力研究委託費

および森永奉仕会研究奨励金によった.

文 献

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Epidemiology of Rotavirus Infection in Five DifferentLocations in the Asian Area

Kazuko ARAKI, Chang Hai TSAI, Kenko SATO, Yasuko FUJITA,Tatsuhiko SHINOZAKI & Toshiaki ABE

Department of Pediatrics, Teikyo University School of Medicine

Between 1991 and 1994, serotypes and electropherotypes were determined for clinical speci-mens of group A human rotavirus (HRV) rotavirus collected from five different locations in the

Asia, Saitama, Shizuoka, Taichung, Hong Kong, and Beijing. HRVs were detected through the

year in Taichung and Hong Kong. The peaks of each rotavirus season were in January in HongKong, in March in Taichung, and in February and March in Saitama and Shizouka. We set one

study year as that from July to next June.Serotype G1 was the most prevalent strain in the five different settings. Most of serotype G3

strains were identified in the study year 1991. Serotype G2 was the most predominant inShizuoka and Taichung in the year 1993. Electropherotypes indicated the possible G types except

in six cases of an unusual variant type whereas the serotype was G2 and the electropherotype was

the "long" type. Five of the 502 cases and three of the 622 cases were identified as group C HRVby PAGE in Saitama and Shizouka respectively. In 216 samples in Taichung, no group C HRV

strain was detected.

感染症学雑誌 第70巻 第3号